新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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後編 夢と誓い

 あの後、一晩中泣いていたのだろう。

 晴天のような笑顔の似合うイズナの顔は、今となっては目元を赤く腫らし、今も泣きそうなそんな雰囲気である。

 

 まぁ、アルのような明るく優しい人物からの拒絶を食らったんだ、心中察するものはある。

 

「宿題の答えは、見つかったか」

 

「……ごめんなさい」

 

 そう言って下を向いてしまう。

 まだわかりきってはないようだ。

 これも1つの機会か。

 

「イズナ、一緒に祭りを回らねぇか?」

 

 気分転換って訳でもねぇが、俺はイズナが本当に桜花祭が好きなのか、改めて確かめたかった。

 出会ったばかりのあの時間が、本当は演技だったんじゃないかとな。

 

 

 

「わぁ!先生!カルメ焼きがありますよ!…むむっ、この匂いは綿あめ!?……あ!焼きそば研究会の焼きそば改二です!!先生、先生!どれから食べましょう?」

 

 最初は暗く申し訳なさそうだったイズナもしばらく一緒に回って話しかけてやれば、前のように元気な姿を見せてくれる。

 どれからってことは結局全部食べる気なのか。

 まぁどれも美味いから分からなくは無いがな。

 

「イズナ、お前さんは本当にこの桜花祭が好きなんだな」

 

 あの笑顔が嘘だとは俺には思えない。

 心の底から純粋に楽しんでいる。

 

「はい!百夜ノ春ノ桜花祭、イズナ本当に大好きなんです!ですので、こうやって先生と一緒に楽しむことが出来て嬉しいです!」

 

「そうか、俺もこの祭りは大好きだ。だから、中止にはなってほしくねぇもんだ」

 

「え……ちゅ、中止?急にどうされたんですか?」

 

「……やっぱか」

 

 あの時、アルが失望し、イズナを拒絶した理由がこれだ。

 イズナは、何の理解もせずに、本当にただただ命令に従っているだけ。

 

 それじゃ、ただの道具だ。

 それは、俺とアル達が最も嫌いなタイプの人間。

 

 てめぇの意思を捨てた奴に、イズナをしたくない。

 だから、あぁして突き放すような言葉を言ったのだろう。

 

「お前の雇い主の目的は、この祭りの中止だ。そのためにお前さんや魑魅一座を使ってる」

 

「桜花祭を……?でも、い、イズナが受けた雇い主の命令は……事業を邪魔するやつらがいるから、その者たちを倒せと……それなのに、桜花祭が台無しに……?え、ええ……?」

 

 これで合点がいった。

 恐らく、雇い主である元凶は、こいつに何も話しちゃいない。

 都合の悪いところは、別の言い方で騙し、利用したのだ。

 ただ、それでも俺たちとの二回目の出会いで分かるものもあっただろう。

 それを何で疑問に思ってないのか。

 

「イズナ、授業に戻るが。何であんなにアルが怒っていたのか。それは、てめぇのやってることが、何の意味もない、ただの自己陶酔だからだ」

 

「っ……そ、そんな」

 

「確かに忍者なら、大事な人と戦ったり、やりたくもない仕事をやることもある。

 それはアル達が目指すアウトローも同じだ。でもな、それは自分が何をやっているのか、それを忘れるための免罪符じゃねぇってことだ」

 

 アル達とて、金さえ払えば何でもやるという社風は掲げちゃいるが、あいつらは前金を決して受け取らない。

 それは、依頼主との対等性を確保するためでもあり、本気で望まない仕事を断るためだ。

 だから、あいつらはカイザーとの戦いでは俺らに付いてくれた。

 あいつらは、本気でアウトローを目指すために、現実を見ている。

 イズナには厳しいことばかり言ってしまうが、俺は……いや、俺たちはそれを絶対に許せない。

 何故なら……

 

「イズナ、少なくとも俺たちはあの御神木に向かって言っていたお前の夢を疑う気はない」

 

「……」

 

「だからこそ、俺たちはお前がこのまま、ただ命令に従うだけの道具に成り下がるのを見捨てられねぇ。アルはそれに気づいてほしくてあんな言葉をかけたんだ」

 

 あの空の下で宣言したあの夢は、本物だと思っている。

 本気で仲間だとそう思っているからだ。

 

「イズナ、もう一度アルに代わって、俺が聞いてやる。これからどうする……最後までやり切るのか。俺のように、札付きになって、二度とこの祭り参加できなくなるかもしれねぇぞ」

 

 可能性の話だが、今回の元凶が、自分の身の可愛さにイズナを盾にする可能性だってある。

 シャーレで匿ってやることもできるが、もしそうなれば、こいつは二度とこの地を踏むどころかこの祭りに参加することが出来なくなってしまう。

 俺とて札付きになったことはあるが、それでも同じ場所に何度も顔を出すようなことはなかった。

 それこそ滅多なことが無い限りはな。

 

 ただ、それをイズナにやらせたくはない。

 こいつは何をしていたのか理解していなかった。

 なら、今ならまだ引き返せる。

 そのチャンスだからだ。

 

 しかし、目を伏せ、静かに考え込むイズナは、首を横に振って、俺の目を真っすぐ見つめる。

 

「ごめんなさい、先生。イズナには……出来ません。先生、アルさんのお陰で、イズナが何をしていたのか。何をしようとしているのかは分かりました……でも……それでも!」

 

 返されたその拒絶には、覚悟が感じられた。

 覚悟と、明確な意思だ。

 

「イズナは、キヴォトス一の忍者になりたいのです!

 いつかは、便利屋の皆さんみたいに立派な主君を見つけ、それを御傍で支えられるような、そんな忍者に……だから、そのためにも忍者として仕事を受けた以上、その言葉を曲げてしまったら……イズナは、いつか自分の夢すら曲げてしまいます!」

 

 一度言った言葉は決して曲げない。

 自分の夢に嘘はつきたくないから……か。

 

「だから……いくら先生だとしても──「分かった、それがお前の意思なんだな、なら構わねぇよ」……へ?」

 

 俺から大反対されるとでも思ってたのか知らねぇが、あっさりと肯定した俺に、口をポカンと開けた表情をするイズナ。

 確かに今の俺は先生だし、堅気がそういうことをするもんじゃねぇと今でも思っちゃいるが……

 俺は、夢を本気で追ってる奴にわざわざやめろだなんて言うほど、出来た大人じゃねぇ。

 

「お前が、考えて、悩んで、それでもなお選んだんなら……止めれねぇな。それが悪いことだとしてもな」

 

「……イズナが、選んだこと」

 

 アルだって、滅多にやんねぇがそれでも札付きものだ。

 ただ、それはアル達が望んだ上での行動。

 それと一緒で、イズナの意志で選んだ行動なら俺は何も言わない。

 いや、言えるはずもない。

 とは言え、残念なのは間違いないんだがな……

 アルには少し悪いことをしちまったが……まぁこういう仕事をしている以上はあり得るもんだ。

 俺は、マグナムに手をかける。

 

「なら、これで俺とお前さんは完全に敵対関係だ。今回の仕事だとな」

 

「っ……先生とイズナは、やはりそうなる宿命……!」

 

 宿命とは大きく出たもんだが……とは言え、殺し合った宿敵……みたいなものは昔からいたもんだ。

 イズナとそうなる気はないが、それでも今回は、俺とイズナは敵だ。

 なら、仕事のためにも、今ここで止めるべきだろう。

 

 マグナムを抜き、イズナに向けると、引き金を引くよりも前に、マグナムを持つ腕を掴まれ、照準を上に向かせられる。

 ほんの一瞬の出来事だったが、俺の早撃ちに対応されたのは、これが初めてだ。

 弾を見てから避けられることはあったが……早撃ちそのものを対処されるとはな……

 

「……先生は、やっぱり強いです。ですが、イズナも負けるつもりはありません!この場は失礼させてもらいますが……次こそは!」

 

 俺の腕を掴んでいた腕を離し、そう宣言して走り去っていく。

 

 ……こうして敵対している様子と、イズナの有能さを見せれば、大丈夫だろう。

 最初っから俺のことをずっと監視していた奴らがそう報告してくれるはずだ。

 

「こんなおっさんのストーカーなんざ、いい趣味してんな」

 

「……シャーレの先生、顔は悪くねぇけどアタイそういう趣味じゃねぇからな」

 

「そうそう、でも、護衛もなしにこんなところ居たら、襲われちゃうっすよ?」

 

 物陰に向けてそう話すと、そこから天狗の面を被った二人の一座の奴らが現れる。

 

「別にアタイらだけで先生を止めれるとは思っちゃいねぇっすけど……でも痛い目は見たくねぇでしょう?」

 

「アンタに、用があるって人がいてな……悪いけど大人しくお縄についてもらおうか!」

 

 銃を見せびらかして脅すが……まぁそれで怖気づくようなら俺はもう死んでる。

 なら、俺がここで取るべき選択肢は一つだ。

 

「分かった、ならしっかりエスコートしてくれよ?」

 

「ははっ!そりゃそうだ、でも抵抗するならこっちも……え!?」

 

「素直に応じるんすか!?」

 

 俺とて無駄な戦闘は避けたいことだってある。

 それに、元凶が自ら会おうとしてくれてるのなら……それに応じた方が合理的だろう。

 ……リオの癖が移ったか?

 

「なんだ?連れて行かねぇのならこのまま行っちまうぞ」

 

 困惑しているのはいいが、動きが遅い。

 まぁ、破落戸にそんなところを期待するのもお門違いってもんか?

 

「えぇ……?うーん……いや、計画通りなんだけど、これでいいのか……?」

 

「まぁ、でも逃げられてまた怒られるのは勘弁ですし……これでいいんじゃねぇんです?」

 

「……それもそうか。態々自分の足で来てくれることなら楽だし好都合だしな。連れていくぞ」

 

 そういって、リーダー格であろう奴が先頭に、俺を挟んで後ろに回って、連行していくようだ。

 その懐に隠し持った手錠はなんの為にあるのか。

 俺が何で素直に応じたのか。

 まぁ、所詮雇われなら、そこまで考えなくてもいいと思ってるのかもしれねぇが……

 減点だな。

 雇い主のお里が知れるってもんだ。

 

 特に何かを奪う様子もない……

 のであれば、作戦はこれから本番だ……

 懐で赤く光る発信機の感触を感じながら、俺は連れていかれる。

 

 この作戦は、相手の作戦である分断に合わせ、俺が一人になることを前提としたものだ。

 

 修行部は、迷子の対処。

 シズコは、スタッフたちに呼び出され、その対応に。

 フィーナは便利屋たちと共に、向こうの囮であろう一座の奴らを追っかけて行った。

 

 向こうも俺との一対一を考えているのだろう、何故なら、イズナの意志もあるだろうが向こうの最高戦力を常に俺に当ててきたから……そこからの推察だったが予想は的中したようだ。

 

 

 

「命令通り連れてきたよ!」

 

「連れてきたっす!」

 

 二人に連れてこられたのは、街の少し外れにある路地裏……そこの一角の廃墟だ。

 最近は何かとこういうところに足を延ばすことが多いが……ミレニアムの『廃墟』ほど危険なところでもあるまい。

 

「よくやった、魑魅一座。やればできるじゃないか」

 

 そう、一座を呼ぶ声に俺は聞き覚えがあった。

 というか、想像通りだったわけだが……

 廃墟の陰から出てきた、商店街の会長を見て俺は内心溜息をつく。

 答えの分かり切ったクイズほど面白くないものはないし、ましてや的中してしまうとな……

 仕事としてはやりやすいことこの上ないが。

 

「また会えて嬉しいよ、シャーレの先生」

 

 月明かりが照らしたその姿は、前とほぼ同じものだったが、会長の左目には黒い眼帯がつけられている。

 義眼だったのか?あの目は。そんな雰囲気は感じなかったが……

 

「はぁ……会長の……確かニャン天丸だったか?」

 

「人の顔を見て溜息吐くとはとんだ小僧だな。それに、儂の本名はニャン天丸じゃない!儂の名はマサムニェ……路地裏の独眼竜!ニャテ・マサムニェとは儂のことじゃ!」

 

「…………」

 

 まぁ、人の趣味にあーだこーだは言いたかねぇが……なんだ。俺のセンスには合わねぇな。

 

「おほん……類まれなる指揮能力を持つ『先生』とやらに邪魔をされたと聞いて、誰のことかと思ったら。そのシャーレの先生が、おぬしだったとは……たしか、一度百夜堂で会ったな?」

 

「悪いが、小悪党の名前と顔は、基本覚えないようにしてるんだ」

 

 しかし、ここまで予想通りの相手だと、アガサクリスティーなら大激怒しちまうな。

 プロファイルも概ね合ってそうだ……が、カイザーの件がある。

 相手にまだジョーカーがあるかもしれない以上は……気を抜くものでもない。

 

「ははっ!こんな状況でも余裕でいられるとは、大したやつだ。まるで何か奥の手でもあるみたいじゃないか。だが、私はコミックの悪役なんかとは違う。その手に気づかないとでも思うか?……悪いが、その手段は封じさせてもらうよ」

 

 少し余裕ぶった素振りを見せたせいか、何か考え、あたかも見せびらかすように、俺の懐からスマホを取り上げた。

 そして、それ以上何かすることはなかった。

 

 ……銃は奪わないのか?

 キヴォトスでは銃の所有が当たり前だとはいえ……

 

「歳を取ると用心深くなるので、これは没収することにしよう。さぁ、これでおぬしが助けを求める手段はない。心の中で叫んだところで、お祭り運営委員会の連中は来ない。孤立無援という言葉がぴったりだな。あるいは飛んで火にいる夏の虫というところかな、先生?」

 

 いつぞやあった小悪党……確か『殺さずのエリク』だったか。

 アイツですら、銃を奪ってからことに及んでいた。

 詰が甘いって話じゃない、こいつは舐めすぎている。

 他人をな。

 連絡手段の一つを封じただけで、もうチェックメイトのつもりになっている。

 とは言え、ここで余裕を見せて警戒されては元も子もない。

 今の俺は、蜘蛛の巣にかかった蝶のフリをしなきゃならねぇ。

 

「そんなに、アンタにとって桜花祭の伝統が大事なのか?」

 

 ハルカの感じたあの悪意が本物だとしたら……恐らくこの『伝統』は、向こうの演技だ。

 だから、わざとそれに乗っかってやる。

 相手に気持ちよく語らせるためにな。

 

「伝統……?ああ、花火のことか?ふはは!人の話をよく聞いているじゃないか。だが違うわい、全部が全部口から出まかせってわけじゃあないが、本当に気にしているのはそこじゃない」

 

 そう言ってから、彼はもったいぶって話し出す。

 

「儂の目的はいたってシンプル、金だよ」

 

 だろうな。

 あの数刻の会話でもてめぇは随分と金に執着していた。

 それが、悪いとは言わねぇ、キレイゴトばかりじゃ世の中は動かない。

 

「百夜ノ春ノ桜花祭……このお祭りが一度開かれるたびに、一体どれぐらいの金が動くと思う? この規模だ、それなりに大きいことくらいは分かるだろう。なのにその金をお祭り運営委員会、あんなチビ共が握っとる。儂はそれが気に食わんのだ」

 

 ──みんなが楽しそうに笑ってるのが気に食わないとか、そんな理由で暴れさせてるのかも!

 

 カエデが語っていたその犯人像は当たっていた。

 随分と醜い嫉妬だ。

 まだ、子供がそんな権力を持っていては不安だとかなら分かるが……こいつが言いたいことはそういうもんじゃない。

 ただひたすらに、自分の手にその力がなく、自分よりも若い人間がそれを持っていることが気に喰わないだけだ。

 その力にどれだけの責任があるのか、こいつは分かっていないのか?

 

 

「『お祭りを素敵なものに』?そんなくだらない事のためなら、大枚をはたいてミレニアムに依頼するのも必要なことだって?何という青い考えだ!儂に任せれば、あいつらよりはるかに多くの金を稼げたというのに!」

 

 聞くに堪えない戯言だが……今のあいつは口が滑る。

 まだ色々語らせておくべきだ。

 俺も聞きたいことがある。

 イズナのこととかな。

 

「それで、桜花祭の妨害をしたと、自分に主導権が渡るようにするためか?」

 

「その通りだ。桜花祭が中止になれば、お祭り運営委員会はその責任をとって運営を下りるしかない。自然と次にその役割が任されるのは儂だろう。これでも商店街の会長だ、そのコントロールも難しくはない」

 

 誘導尋問ってものでもないが、気持ちがいいくらいこいつはペラペラと喋ってくれる。

 猫じゃなく、インコの類だったか。

 この情報は、シッテムの箱を通して、聞いているであろう彼女らがどうするか任せればいい。

 

「その実行役として、イズナと破落戸共を雇ったと」

 

「イズナ……? あぁあの自称忍者のチビッ子か。そうだな、あいつは実に役に立ってくれた。大したお金もかけていないのに、よく働いてくれたよ」

 

 あぁ……イズナは、あの目に今まで晒されてきたんだな。

 人を小馬鹿にする見下した目に。

 

「ちょっと忍者ごっこ(お遊び)に付き合っただけで、こんなにも活躍をしてくれるとは思ってもみなかった。戦力だけなら、魑魅一座の数十人分はあったからな」

 

「お遊び……か」

 

「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう? あいつの言う、魔法のような『忍者』なんて、ファンタジー世界の話だ。『雇い主としてご命令を』だとか『ご命令とあらば何でもこなすのが忍びの道』だとか。笑わないようにするのが大変だったくらいだ!」

 

 

 ──はい!イズナには夢があるんです!

 

 ──キヴォトスで、一番の忍者になるという夢が!

 

 

「逆に言えば面倒だったのはそれくらいで、ちょっと付き合ってあげればあの通り。もうやる気満々で『忍びとして全力を尽くします!』なんて言った時には、いくらでも笑いが止まらなかったさ!」

 

「今なら言えるけど、あの歳で忍者とか笑わせるよな!」

 

「正直、隣で見てるだけでも笑いをこらえるのが大変だったっす」

 

「ああ、本当に便利なやつだ。実に経済的で、バカで、こちとら大助かりだよ!ふははははっ!」

 

 ──忍者として仕事を受けた以上、その言葉を曲げてしまったら……

 

 ──イズナは、いつか自分の夢すら曲げてしまいます!

 

 

 あいつは、そんな人の目に晒されながらもそれでも、自分の夢を諦めず、その言葉だけは決して曲げてこなかった。

 

「……要するにだ、てめぇは金の為にアイツの夢を利用したってことだな?」

 

「夢?何を言っているんだ?あんな夢想とすら言えないバカの妄想を、夢だと?おぬしも付き合いの良いやつだな。先生とはいえ、大したお人よしだよ」

 

 この会話を、イズナが聞いていないことを俺は願っている。

 こんなあんまりな展開はそうそうねぇだろ。

 ただでさえ、同じ夢に生きる人から拒絶された彼女が、奮起したその先で、その雇い主からはこう思われていたなどと知れば……

 今度こそ壊れるかもしれない。

 

 夢を諦めていいのは本人だけだ。

 その道筋を歩んだことのねぇ奴にそれを否定する資格はない。

 

「先生。話を聞いてるとおぬし、イズナ殿……いや、イズナが儂の命令を聞いて動いていたことに気づいてたんだろう?」

 

 イズナがどれだけ、単純とは言え、最低限の演技はしていたわけだ。

 まぁ、あんな眼帯をつけてるわけだ。それなりの腕前はあったのかもしれない。

 その腹黒い汚れたもんをよくもまぁ隠せたもんだ。

 

「魑魅一座もイズナも、どちらも儂の支配下にあると知っていたのに、のこのことイズナに同行するのはちょっと頭が足りないんじゃないか? 裏に罠がある可能性を考えないとは」

 

「…………。」

 

「行動力だけはあるイズナを泳がせた方が、おぬしを上手く見つけるかもしれない。一部の魑魅一座にはイズナを尾行させ、隙を見て誘拐。あくまで策の一つだったが、面白いほど上手くいった。あいつは本当によく働いてくれたよ。ふはははっ!」

 

「もう、うんざりだ」

 

 喋らせていたほうがマシだったかもしれない。

 そんなこたぁ百も承知だ。

 あのカイザーよりも聞きたくない声が出てくるとはな。

 

「……小僧、今」

 

「もう、うんざりだって言ったんだ。俺は、お前を過大評価してた。もっと骨のある奴だと思ってたが……」

 

 単純な話だ。

 俺は、夢を馬鹿にするような奴に。

 ロマンすら追い求められねぇ奴にこれ以上喋らせるのは……

 ただ、我慢ならなかった。

 

「会長、お前さん。もし砂漠に宝が眠ってると知った時、貴族の家に伝わる秘宝があると知った時、国すら動かせる超兵器があると知った時……てめぇはそれを信じるか?」

 

「ぶっ……はっはっはっ!何を急に、そのような蒙昧な妄想!子供の夢物語。信じるバカがいるわけないだろう!!」

 

「……はっ」

 

 カイザーPMC理事、カリオストロ伯爵、ゲラルト……それだけじゃねぇ。俺たちもだ。

 その子供の夢物語を信じ、それを本気で勝ち取りに行った馬鹿ども。

 ……あぁ、大馬鹿達だ。

 それでもな。

 

「お前の様な、夢すら見れねぇクソガキに、イズナが本気でついていくとでも思ったのか?」

 

「……何が言いたい」

 

「イズナの夢は、キヴォトス一の忍者……んでもって、主君を見つけることだそうだ。分かるか?お前さんは認められなかったんだよ。小物すぎて、器が足りなかったみたいだな」

 

 お前のような、夢すら見れない大人に、負ける理由がどこにも見当たらない。

 

「っ……!もういい!シャーレの先生だというから、もう少し話が通じる奴だと思っていたんだがな!仲間にするつもりだったが止めだ、何を言ってるか分からない奴にこれ以上付き合う時間は無い!」

 

 あぁ、俺ももう、てめぇに付き合う時間はない。

 壁を爆破して、サッサとこの仕事を終わらせよう。

 

「じゃあな、シャーレの先生。儂の計画を邪魔したのが運の尽きだ!やれ、魑魅一座!」

 

 そして、天井が崩落し、その瓦礫によって土煙が舞い上がる。

 

 ……待て、便利屋は壁で待機させてたはずだぞ?

 天井……?

 

 嫌な予感がする。

 カッコつけてるところを見られたという意味でな。

 

「な、何だ!?天井が……!?どうなっている!?」

 

「げほげほっ!何が……!?」

 

「わ、分かんないっす!」

 

 敵たちが混乱している中、崩落した天井に空いた穴から、一つの影が舞い降り、そして着地と同時に舞い上がる桜が旋風と共に土煙を吹き飛ばす。

 

 ……かっこいい登場だが……何でいるのか、どこから聞いていたのか……

 少なくともあの会長の言葉は聞いてなきゃいいんだが……

 

「キヴォトス最強を目指す忍び!真の主君の窮地を救うため、今ここに参りました!」

 

 敵対したはずのイズナが銃口を会長に向けて、堂々とそう宣言する。

 

「イズナ……!?どうして天井から……!?」

 

「全部聞いていました」

 

 淡々と、イズナはそう話す。

 忍びらしい感情を感じさせない声色で。

 

「雇い主の話も……どんな時もイズナの夢を笑わない、先生の気持ちも」

 

 思わず顔に手を当ててしまう。

 最初っから全部聞いてたのかよ……

 

 少なくとも気配を探る事をやめたつもりはない。

 なら、イズナの実力で、俺からの探知を防いだんだろうな。

 

「イズナはついに見つけました……最初からずっとイズナの夢を応援してくれた、先生の隣でなら……イズナは、これから先もずっと、夢を見続けることができます!」

 

 俺を守るように前に立つが……そういうのは俺の趣味じゃない。

 女の後ろで守られるのはな。

 だから、イズナの横に並び立つ。

 

「ぐっ……裏切るのか、イズナ!?」

 

「悪いな。お前さんの懐刀は俺の方がいいらしい」

 

 イズナは、会長からの声に耳を傾けずに隣に立つ俺の目を見つめる。

 そこに、迷いも弱さも感じない。

 ただ真っ直ぐに決して曲がらない強い意志を感じる目だ。

 

「先生……いや、主殿!」

 

 そう、彼女は言い切った。

 お頭の次はそう来たか……

 

「……俺のことでいいんだよな?」

 

「はいっ!今からイズナは、全てを真の主君たる主殿に捧げ、主殿のために戦います!」

 

「なるほどな……なら、最初の任務と行こうか」

 

 アルに、パートナーと言ったりすることもあるんだ。

 今更、そういう呼ばれ方をするのも構わないが……まぁ、女に捧げられる趣味はない。

 が、まぁ今はそこにツッコんでる暇はないな。

 

「ちっ……えぇい、仕方あるまい!それでもたった二人!街中にいる魑魅一座を向かわせれば……のわぁぁぁ!?」

 

 壁が爆破され、瓦礫と共に、大量の天狗の面が廃墟内に入って来る。

 

「イズナ、よく吠えたわね!今の貴方とってもアウトローで素敵よ!」

 

 月明かりに照らされながら逆光の中、アルが、天狗の面を踏みしめて、中に入って来る。

 

「な、この面は……!」

 

「そう、街中に潜伏してた魑魅一座の面だよ。後はここにいる奴らだけ」

 

 カヨコが、そう冷静に話しているが……それがハッタリの様には聞こえない。

 飛び込んできた仮面のどれもが年季を感じさせられるものだ。

 それなりの時間はあったが……本当に壊滅させたのか。

 相変わらずの仕事っぷり、俺としても鼻が高い。

 

「そうそう、会長のおじいちゃん、先生に言ってた言葉、みんな全部聞いてたからね☆」

 

 ムツキが愉快そうに話すが、その目は一切笑っていない。

 

「先生を小僧呼ばわりして、生きて帰れると思わないでよね!」

 

「ひ、ひぃぃ!お、お前ら!私が逃げるまでの時間を稼げ!!」

 

 そこにキレてるのかよ……と思わずツッコミかけたが、それよりも、側に控えさせていた一座を囮に、奥の方へ逃げていく会長をどうにかするべきか。

 猫の逃げ足は速いというが……なんともまぁみっともねぇ後ろ姿だ。

 追っかけるべきなんだろうが、それをする必要はない。

 何故なら……

 

「……な」

 

「な、なんだチビッ子!そこをどけ!」

 

「るな……げるな……逃げるな……逃げるな逃げるな逃げるな!!!!」

 

 ショットガンを持って、発砲するハルカがそこにいるからだ。

 

「祭りを台無しにしようとして!悪意ばっか振りまいて!!そのくせ逃げるなんて許さない!!!」

 

 ショットガンを乱射しながら詰め寄り、その散弾は、会長の体を掠めながら、その背後にいる一座達に命中する。

 

「ハルカ、そこまでにしとけ」

 

「は……はい……」

 

 泡を吹いて、会長はその場で失神している。

 とことん最後まで小物だったな。こいつは。

 

「……最後まで突っ張れねぇなら最初からやるんじゃねぇよ」

 

 残った少ない魑魅一座との戦いを態々何か話すようなことはない。

 あぁ、でもそうだな。

 あのあと、気絶した会長を叩き起こして、眼帯を外して赦しをもらおうとした会長を、文字通りボコボコにしたシズコは、かなりアウトローだった。

 

 

 

 

 そうして迎えた、最終日……

 本当はこのまま帰っても良かったんだが、どうせならとイズナにせがまれて、フィナーレである花火を、御神木がみえる展望台……そこに併設してある茶屋に俺たちは来ていた。

 

 ここに来て最初に思った御神木を見ながらの酒が出来るとは、思ってもない報酬だ。

 ユウカには禁酒されているが……ここで飲まねぇでいつ飲むんだって話だ。

 

「うーん……花火舞う 夜の桜と 先生かな……作、陸八魔アル……どうかしら」

 

「酷すぎる、季語がごちゃごちゃ、おまけに字余りだ」

 

「達筆なのにアルちゃんセンスないね~」

 

 個室の畳の部屋から窓越しに、百鬼夜行の名産品の清酒を盃で飲み、花火を待っているとアルが指でカメラを作って俺をその画角に収めながらそう話す。

 ムツキの言う通り、酷いセンスだ……

 まぁ、その辺は前からか、項垂れているアルをイズナが慰めているが……あの後も、話して互いに謝ったりなんだりして仲良くなったようだ。

 俺としても、こいつらには仲良くいてほしいもんだからな。

 

「あっ、皆さん始まりました!」

 

 イズナが、そういうと空に大きな華が咲き乱れていた。

 ミレニアム製のそれは、ホログラムだからこそ、煙や風に影響されず常に最高の輝きを見せてくれるのだとか。

 ……百鬼夜行最古の御神木とキヴォトス最新の花火。

 その対比と光のコントラスト。

 粋なもんだ。

 

「主殿主殿っ!」

 

 盃が枯れたところで、イズナが、俺に近寄り、正座で畏まった雰囲気で話しかけてくる。

 

「イズナ、ここに宣言します!先生は、主殿は、私の夢を応援してくださる方!これから先、イズナは主殿に忠誠を誓います!」

 

 花火にその横顔を照らされながら、イズナは俺に誓う。

 しかし、俺にそういうものは似合わねぇと思うし、何よりだ。

 

「アルに、お前らも何かねぇのかよ。俺は部下を作る気はねぇんだが……」

 

 俺はこいつらを手下だとは思っちゃいないが、それでもイズナ視点だと便利屋は俺の右腕になるらしいからな。

 となると、新入りになるわけだ。

 夢が違う以上、便利屋に入るってよりかは、シャーレの秘密部隊に入ることになるのか?

 

「別にいいんじゃないかしら?」

 

「うん、私達みんなイズナのこと気に入ってるしね?」

 

「わ、わたしも……その……イズナさんのことは悪い人じゃないと思ってますし……その、お友達になりたいので……」

 

「そうそう!それにアルちゃんも、仕事中ずっと気にかけてたしね!」

 

 まぁ、本人らがいいのならそれでいいのか?

 俺としても、イズナの夢を否定することは出来ねぇからな……

 頭を掻きながらそう考えていると、イズナが俺の手にある盃をそっと取り、そこに酒を注ぐ。

 

「あ、あの主殿!……そのもしよろしければ……」

 

 そういって、イズナは、その盃を差し出しこういった。

 

「八分目まで飲んでいただけませんか」

 

 どこのどいつの入れ知恵だ?

 それは忍者じゃなくて……ヤクザ…………フィーナか!!

 

 学生に酒を飲ませるのはご法度、先生としてはやっちゃいけねぇ事だと思うんだが……

 イズナがうるうるした目で俺を見つめている。

 

「はぁ……今回だけな……」

 

 そういって、俺は八分目まで飲んだ盃をイズナに渡すと、イズナはそっと口元に運び。

 中の清酒を飲む。

 

「……これで、名実共にイズナは主殿の忍びです!何かあれば、二回手を叩いてくださればどこにいてもイズナが駆けつけます!」

 

 ほんのりと顔を赤くしながらイズナはそう話し、そして……その盃を俺ではなくハルカに渡す。

 

 物凄く嫌な予感がする。

 まさかだとは思うが……

 

「あら、先生?イズナにはやっておいて先輩である私たちにやらないなんて道理が通らないわよ」

 

「あのな、一応先生として、未成年飲酒はやらせたくねぇんだからな?」

 

「先生の前いた世界はどうだったか知らないけども、キヴォトスだとそこらへんも色々違うよ?」

 

 だとしても、気にするもんなんだが……

 そう言っている間にも、イズナがハルカの持つ盃にお酒を入れる。

 

「あ、ははは……やっぱ、先生は私のような人間とは……こんな儀式したくないですよね……ごめんなさいぃ……」

 

 俺は大きくため息をつき、そしてハルカ、ムツキ、カヨコと盃を交わす。

 もう一個俺がこういうことをしたくなかったのは、しがらみに縛られたくねぇからだ。

 いつか、この仕事が終われば俺も、キヴォトスを離れる。

 その時に俺という存在が大きくなりすぎるのは控えたい。

 ただ、まぁ……俺も大分絆されてるのかもしれねぇな。

 

「先生、私とは、こっちがいいわ」

 

 そういって、アルはもう一つ盃を取り出し、両方にお酒を注ぐ。

 

「私たちは対等なのでしょう?なら、社員を代表して私が五分をさせてもらうわ」

 

「分かった。てめぇらの我儘、今日ばっかりは聞いてやるが……酒は少なくとも今日までにしろよ」

 

 そういって、盃を取るとアルが腕を組み、そして盃を交わす。

 

 祭り囃子が聞こえる最中、新たに増えた仲間と共に、夜は更けていく。

 たまにはこんな夜があったっていい、俺はそう思う。

 





百鬼夜行より愛をこめて
~完~


この作品は未成年飲酒を助長する意図はございません。
あくまでもキヴォトスは異世界の一部である解釈です。


あのシーン最後までやるかどうか悩んでたんですけどね……やりたくなっちゃった……

この後は、再びミレニアム編に戻ります。
神秘の新情報も開示、そしてようやく、あの秘密が明らかに……?


イズナの神秘の名前は『忍』です。印を結ぶと好きな忍術を出せる優れもの。
長距離での移動なら、瞬身がキヴォトス最速なのでは?と。

最後に、もしよろしければ感想、ここすき、評価お待ちしております。

今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か

  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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