鼻に微かに残るのは、紅茶の鮮やかな香り。
ナギサへの報告を済ませた俺は、その足で車に乗り込み、ハナコに教えられた蒼森とセイアが居るという隠れ家に向かっている。
汚れたスーツを着替えて、そのポイントへと走る。
暗い空には月明かりすら見えず、しとしとと雨が降り始める。
口に咥えたシケモクから入る辛い煙。
未だに頬に残る鈍い痛み。
これは、俺自身への罰だ。
目の前の少女の心を見捨ててでも、掴むべきものがあると考えて動いた。
ナギサなら立ち直れると見込んでな。
ただそれも、ミカの自暴自棄を止めてからじゃねぇと話にならない。
その為にも……セイアに会いに行くのは、必要不可欠なことだ。
蒼森ミネ……救護騎士団の団長さんだったか。
話によれば、トリニティの外で今は根城を構えているとのことだった。
結果的に死にかけたとは言え、セイアはティーパーティーのホストだった奴だ。
そんな奴の住んでいた場所のセキュリティが甘いとは到底考えられない。
なら、襲撃した実行犯……アリウスだろうな。
そいつらにはそのセキュリティを突破できる何かしらがあると考えるべきか。
アズサに聞かねぇとな……
車を走らせていくと、トリニティの郊外。
座標としては、ミレニアムとトリニティの中間あたりの地区だろうか。
ゲヘナとの中間地点は、まだ治安が悪いと聞くからな。
それに比べたらまだマシだったってところか。
しかし、ハナコは何でこんな場所を知っていたんだ?
曰く、セイアさんに教えてもらったなどと言っていたが……
アイツの夢渡りの力か?
車を止めて、ここから先は徒歩で移動していく。
追跡はされてねぇと思うが……念のためだ。
森の中へと入ってしばらく彷徨うと、ポツンとした一軒家が見えてくる。
そして、その家先に立つ青い翼と長髪の女性が俺の方を向いている。
「次元大介先生、ですね?」
「そういうお前さんは、蒼森ミネか」
頷く蒼森の手にはライオットシールドが握られており、ただならぬ雰囲気を感じる。
盾持ちか、ホシノ以来だな。
救護……まぁ、要するに守るべきものの為に傷をつけないようにするための武装ってところか。
機動隊の奴らも銃よりも盾を主に使ってたしな。
「先生、その火傷はどうされたのですか?」
「あ?よく分かったな。煙草の火つけにミスっただけだ」
「……煙草はお体に悪いですよ」
「こいつは俺の生命線なんで……っ!?」
その言葉を聞いたミネが俺の方へ突進してくる。
間一髪で避けれたが、こいつ俺を仕留める気で走ってきやがったな。
「火傷、背中の打撲、治療すらせずに……喫煙も長そうですね……先生、救護させていただきます」
救護ってのは実力行使なのか?
俺がおかしいのかこれは?
「喧嘩する気なんざ一ミリもないんだがな?」
「では大人しく拘束されて頂けると」
医療用の拘束ベルトをもってにじり寄ってくる蒼森。
ナイチンゲールか、こいつは!
「俺はセイアに会いに来たんだ!治療を受けるつもりはねぇよ」
「おや、左の奥歯……虫歯ですか?そちらも治療致します」
「人の話を聞け!!」
ミカ並みとは言わねぇが……こいつ、相当な怪力してやがる。
拘束ベルトを俺の手足の先端部を狙って振って来る。
狙いが分かれば避けるのは簡単だが……風切り音と、振るう度に周りの木の葉が揺れる。
「何故避けるのですか!!」
殺す気にしか見えねぇからだよ。
こいつ戦い慣れてんな……当然のように打撃を繋げて絶え間なく動き続けてくる。
騎士団って名前を付けてんのも強ち誇張ってわけでもなさそうだ。
「それなら実力行使をやめろってんだ!」
「では、救護の邪魔をしないでください!」
避け続けるのも限度があるなこいつは……!
発砲してこねぇのは助かるが……
「おい、蒼森!セイアとの件が終われば大人しく検診を受けっから落ち着け!」
「…………分かりました。この日に先生が来訪することは、セイア様から話を伺っておりましたが……その杜撰な負傷への対応は見兼ねます」
俺の言葉を聞いて即座に止まってくれたが……
蒼森のその発言に、どうも引っかかるものがある。
「この日に来訪するのが分かってたってのはどういうことだ?予言者かなんかなのか?」
セイアが俺の夢に現れたように近くにいるミネや、ハナコに接触したってのなら分かる。
ただ、この日にって俺が現れるのが予め分かってたってなるなら、話は変わるぞ。
俺はてっきりセイアの神秘は夢に関する何かだと思ってたんだがな。
「そこは私からではなく、ご本人に説明してもらいましょう」
蒼森の後ろに着いて、そのまま建物の中へと入っていく。
外壁はカモフラージュなのか、屋内はかなり清潔に整備が行き届いている。
そして、香る薬品の臭い。
麻酔の類のものに、消毒液か。
「セイア様、お連れしました」
辿り着いた部屋には一つのベッドと大量の医療器具が並べ置かれており、ベッドの上にいる彼女にどんなことが起こったとしても、意地を懸けて生きさせるという決意を感じさせる。
「……やぁ、初めまして、で良かったかな?」
「百合園セイア……あぁ、初めましてだな」
黄色い狐耳を揺らしながら儚げに微笑む彼女こそ、トリニティ総合学園のサンクトゥス派の長である百合園セイアその人である。
こうやって顔を突き合わせるのは、初めてだ。
「……本来ならば、私はもう少し夢の中に引きこもっているはずだったんだが……」
「…………」
「あぁ、私の神秘さ……夢を渡り歩き、そして過去と現在と未来を見通す……そんなくだらない力さ」
こいつには、色々聞きたかったことがあった。
が……今は、それ以上にだ。
「お前さんはさっき、本来はって口にしたな。いつ未来が変わったのかは分からないが……本来はどうなってたんだ」
こいつが俺に接触してきた回数は少ないが……少なくともだ。
蒼森が俺が来る日を分かっていたように、ハナコが俺へこの情報を伝えるのが分かっていたように。
確定で起こることと、そうではない変えられる未来があるってことなんだろう。
「ふふっ、そうだな……私の知っている既定路線ならば……ミカの裏切りがバレるのはもう少し後、そしてナギサの心が壊れるのももう少し後になるはずだった」
「俺のミカに対しての質問か、原因は」
「原因……先生を責めるつもりは毛頭ないが……あの瞬間世界線が切り替わったのは事実だね」
儚げに微笑む彼女の目つきが変わり、少し悩む素振りを見せたあと、言葉を続ける。
「もしあのまま何事もなく続けば、トリニティはいずれ内乱が起こり……火の海になっていた。ナギサの心を砕いたことは、許してはいないが……結果的に正しかった」
「随分と先を見てるんだな、お前さんは」
「これでも、ホストだからね。母校の行く末がより良いものになるように努めるものさ」
セイアの言葉には、達観に近いようなどうにもならない諦めに近いような何かを感じる。
まるで……そう、アズサが話していたあの思想に近いものを目の前の彼女から感じる。
「お前さんは、どうして俺に会おうと思ってくれたんだ。それこそ、本来なら夢の中に引きこもっているつもりだったんだろう?」
「……君の思惑は分かっているさ。ミカへのメッセージを取りに来たのだろう?……私とて彼女に何も思っていないわけじゃない。良くも悪くもね」
こっちの行動は筒抜けってわけか。
ミカの原動力は、分かっている。
──私はセイアちゃんを殺しちゃったから……だから!人殺しをした私には理由がいるの……戦争っていう大義名分が!
普通逆ではあるんだがな。ただ、セイアを殺してしまったその罪の意識で動いている。
それなら、セイアの無事を確認できるものを用意する。
それが今出来る最善策だろう?
「まぁ、実際に私を襲ったのはミカではないんだがね」
「アリウスの連中か」
「あぁ、さらに言えば、先生の知っている生徒だとも」
俺の知っているアリウスの生徒……そんなの一人しかいねぇが……
「アズサか……ただお前さんが生きてるってことは……ダブルスパイか」
「ご名答、伊達に大泥棒の右腕を務めたわけではなさそうだ」
「……お前さんの神秘ってのは、人の過去でも見れるってのか?」
俺の質問に対して肩を竦めるだけで明言化しない辺り、こいつもいい性格をしている。
しかし、あの思想に対して自分なりの答えを導き出したアズサだ。
この二人の間に何があったのか。
気になるところではあるが……大事なのは今どうあるかだ。
それはアズサの様子を見れば分かる。
アイツは今青春ってものを楽しんでいる。
「さて……さっさと撮ってしまおう。あまり長引くと、ミネ団長が怒ってしまうからね」
「アイツはいつもあんな感じなのか?」
「あぁ、そうだとも。人の命を救うことに全力な良い生徒だろう?」
それはその通りではあるな。
初手実力行使なのは、どうなんだと思うがな。
軽い雑談を終えて、俺はセイアからの伝言を託される。
あのお転婆姫への切り札としてな。
「セイア、お前さんのその虚無主義は何があった……いや、何を見たんだ」
「……やれやれ、先生の鋭さは困りものだ。これは確実に起こる未来として記憶してくれたまえ」
『楽園の扉が開かれる時、君は大切な黒い翼をもつ生徒を庇い死に至る』
部屋から出た俺を蒼森が出迎える。
「セイア様は……「寝付いたよ、案内してくれてありがとうな」そうですか……では」
そう言って蒼森は懐からスッと拘束具を取り出す。
これがこいつじゃなきゃ、裏切りかってなるんだがな。
こいつの場合、本気で治したいだけだからタチが悪い……
俺ぁサッサと帰ってやることがあるだがな……決して、歯医者が怖いってわけじゃねぇからな。違うからな。
「…………」
「…………」
俺と蒼森の間に沈黙が流れる。
まるで西部時代劇の決闘のようなそんな緊張感が走る。
「あっ」
「?」
俺が蒼森の背後を指差して声を上げると、そっちの方を振り向く。
「何もいないではないですか…………なっ、騙しましたね!!!!」
俺の背後から怒号が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。
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ここは13個目のセーフハウス。
先生のあの告白から、既に二日の時が経ちました。
ようやく、通常通りの業務を進めれる程度には……私の心は落ち着いたようで……
──そんな夢物語、子供でも信じないでしょ。
「うっ……」
脳裏にミカさんの冷たい声が響く。
私の口から漏れる呻き。
込み上げる吐き気。
先生の言うことは尤もでした。
セイアさんが襲われてしまったあの時、自動的に私はティーパーティー内部の仕業ではないと勝手に思い込んでしまっていた。
信じたくない。
考えたくもない。
でも、私の座るこの席が。
この立場がそれを許さない。
桐藤ナギサ、しっかりなさい。
ティーパーティーのホストたる淑女であるならば。
目を背けることなんて許されるはずがない。
逃げるな。
先生の発言の全てを否定してしまいたかった。
逃げるな。
考えれば、考えるほど、大切な幼馴染が黒く染まっていく。
目を向けろ。
「うっ……おぇぇぇ゛……」
その真実に目を背けるために私は何をした?
密かに気にかけていたヒフミさんに、圧をかけ、命令を下し、あまつさえ彼女ごと除籍処分を下そうとしていた。
そのための手段も妨害も準備していたというのに……
私が、逃げてしまったから。
「ナーギちゃんっ、大丈夫?」
声が聞こえる。
気付けば辺りは暗く、既に日が落ちてしまっていた。
声は窓の方から聞こえる。
視界を向けると、そこには月の逆光を浴びる白い翼の天使がそこに立っていた。
開いた窓に立っていた彼女は、そこからステップを踏むように中に入って来る。
「……ミカさん」
「わっ、思ってたよりも酷い顔してるね」
先生から報告が入っていたというのに、私は何も出来ない。
彼女の優しい微笑みが私に向けられる。
彼女は敵だ。
分かっています。
逃げるか、撃つか。選べ。
わ、分かっています。
「ナギちゃん、正実は来ないよ」
ホストたる人間なら……
撃てません。例え、彼女が裏切り者だったとしても……
妹のような存在の彼女を……撃てるはずがありません。
後ろのドアが開かれて、そこから雪崩れ込むように現れるのは……アリウスの生徒。
全員が武装して、そして銃を向けてくる。
「……驚かないんだね?先生からもう聞いてた?」
「……カヒュ……コヒュ……」
「あぁ、声が出ないんだね」
私の口からは、細い息だけが漏れる。
喋ることが出来ない。
ミカの言葉に私は頷くことしかできない。
手足が震え、動かない。
「そっか、先生にはもう聞いたんだ。なら分かってるでしょ……セイアちゃんの時みたいに失敗はしないからさ」
ミカが、私に向けて銃を構える。
「だから、お願い。動かないでね」
銃口を向けられ、その先のミカの顔を見る。
……貴女も、大概じゃないですか。
夜空に一つの銃声が鳴り響いた。
響く銃声。
吹き抜ける夜風、桃色の髪を撫でる貴方は
次回 響くは祝福の音
少し短いですが……次回の更新を7/3に予定している関係上ここで区切ります。
何故かって?誕生日だからですよ。ナギサ様のね。
初めて書いてますが、楽しいですね、曇らせ。これ曇らせで合ってるか不安ではあるのですが
色々ありましたが、セイアちゃんの神秘の名は『夢幻』です。何となく分かる人には分かる元ネタがあるのですな。
あと、U-NEXTにあの作品が戻ってきたので……やれますね、あの皆様からのご要望が多かったあの見るシリーズが……そう、カリオストロ城が……!
まぁ、先にエデン条約編、せめて前編が終わったらではございますがね。
ではでは、最後に、評価、感想、ここすき、お待ちしております
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持