新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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Happy Birth Day 桐藤ナギサ
祝福があらんことを


1-7 響くは祝福の音

 銃声が部屋に響く。

 

「っ……!」

 

 コトンと軽い音を立てて、ミカの手から銃が地面へと落ちる。

 銃声を鳴らした主は、天井の隠し扉から降りて私を囲むように着地する。

 

「間に合い、ましたね……」

 

「……あぁ、ターゲット捕捉。これより保護を開始する」

 

 ピンクの長髪と白い髪をした2人が私を守るように背を向けながら囲む。

 その後ろ姿を私は知っている。

 何度も何百回も、彼女達の資料を確認したのだから。

 

「ハナコさんに……アズサさん……?」

 

「ふふっ、私達だけではないですよ。他の二人は今頃外で待っていますよ」

 

「な、何故ここが分かったのですか……?」

 

 私がここに居ることを、ミカが把握してるのは理解できます。

 紛れもなく私が、そのローテーションを教えていたからです。

 それがこの末路を産んだのですから。

 

 私の拙い質問にハナコさんが口元に手を当てて微笑みながら、声を出す。

 

「全て把握してるだけですよ、ナギサさんのセーフハウス合計84個、そしてそのローテーションを。変則的な運用を含めて調べ尽くすのに時間はかかりましたがね♡」

 

「聖園ミカ、動けば撃つ」

 

「アズサちゃん。自分が何をしているのか、この先どうなるのか、分かってるの? 『サオリ』から逃げ切れるつもりでいるの?」

 

「あぁ、理解している。そのうえで、私は桐藤ナギサを守護する」

 

 こっそりと銃に手を伸ばしていたミカに、アズサさんが声をかけ、ミカの銃を撃って、さらに遠くへと飛ばす。

 アズサさんは私とハナコさんが話している間、常にミカへの警戒を解かずに銃を構え続けていた。

 

「ふーん、そっかそっかぁ……本気で私達の妨害をする気なんだ。 ねぇ?先ず、どうやってここから逃げるつもりなの?」

 

 アズサさんの警戒は、ミカが銃を持たないようにすることに重点を注いでいる。

 それは間違ってはいません……

 でも、合ってもいません……

 

「んーん、言葉を変えるね☆ そもそも私から、逃げれると思ってるの?」

 

 ミカは、例え素手でも一個中隊と同等の戦力を誇ります。

 ですから、銃がなかったとしても、ミカがその気になれば私達は瞬く間に縊り殺されますし……仮にミカが動かなくとも、この部屋唯一の入り口であるドアはアリウス生の兵士で埋め尽くされています。

 

 前門のミカ、後門のアリウスという絶対絶命の最中、くすくすと笑い声が聞こえる。

 

「ふふっ、変わったことを聞くのですね、聖園ミカさん」

 

「何笑ってるの、浦和ハナコ」

 

 ミカから発せられる圧が増していく。

 純粋な神秘の放出。

 ミカの神秘が目に見える形で溢れ出していく。

 この暴の化身を前に、ハナコさんは、たじろぐことも無く、煽るような言葉を紡ぐ。

 

「ふふっ……脱出プランのない計画なんて、実行するわけがないでしょう……先生!!」

 

 ハナコさんの掛け声と同時に、轟音と共に窓ガラスが大きく割れ、壁に大穴が空き、土煙が舞う。

 

「っ!!ナギちゃん!!!」

 

 背後からミカの声が聞こえ、その方を振り向いて、手を伸ばすと、誰かに手を取られ、空いた穴の方へと駆け出していく。

 

 呆気にとられる間もない一瞬の出来事だった。

 

 夜の涼しい風が肌を撫で、思考が冷静になっていく。

 私の手を握る手は小さく、その腕の先を見るとアズサさんが私の手を引いて走っていた。

 

「な、何が起きたんですか!?」

 

「先生の射撃ですよ、13という不吉な数字の割には、間取りに救われましたね」

 

「予定のポイントに到着、回収を待つ、over」

 

 私の手を引いてくれていたアズサさんが立ち止まる。

 彼女たちの様子を見るに、この作戦はすでに完了したようでした。

 しかし、皮肉な話です……

 

「ふふっ……まさか、貴方たちに救われることになるなんて……良かったのですか?私を助けて……元凶なのですよ?」

 

「話は聞いています。諸々話したいことは山ほどありますが……この作戦を決行することを踏み切った指揮官の方が、百倍話したいことがあると思いますから……」

 

 私が自身への皮肉交じりに笑うと、その呟きを聞いたハナコさんが私に詰め寄る。

 指揮官はてっきり、先生だとばかり思っていたのですが……

 

 そう思っていると、遠くからエンジンの音が聞こえる。

 

「コハルちゃーん!こっちでーす!」

 

 ハナコさんが手を振る方を見ると、ゆっくりと戦車が走ってくる。

 ハッチが開き、コハルさんが顔を覗かせる。

 

「まさか、コハルさんが指揮官を……?」

 

「コハルにそんな才能はない、今は」

 

「そこ余計なこと言わない!!」

 

 私の疑問に端的に結論を下したアズサさんをコハルさんが注意する。

 コハルさんは、まだ一年生ながら、射撃訓練の成績は、そこまで悪くないのですから……

 そんなこともないとは思うのですが……

 

「しかし、彼女ではないとすると……」

 

「はい、私です。ナギサ様」

 

 コハルさんに次いで、ハッチから顔を覗かせたその姿に私の息が詰まる。

 当然と言えば当然のこと……コハルさんが違う時点で決まっていたようなものです。

 

 何せ、部長に推薦したのは、紛れもない私なんですから。

 

「ヒフミ……さん……」

 

「ナギサ様……無事でよかったです……!」

 

 ふわりと、ハッチから飛び降りたヒフミさんが私を抱きしめる。

 

 何故?

 

 私は貴方に酷いことをさせようとしたのに。

 

 私は、皆さんに酷い仕打ちをしようとしたのに……

 

 こんな悪人を何故?

 

 トリニティにおいて、弱いということは悪であり、あの権謀術数の絶えないティーパーティーという、トリニティという世界において、それは死を意味します。

 

 なのに、こんな私を、ホストという重責に耐えきれなかった私を、どうしてこの子は、優しく抱き締めてくれるのですか……?

 

「あとはもう大丈夫ですから、今は……ゆっくりと眠っていてください」

 

 セイアさんの襲撃が起きてから、もう何日何週間、寝てないのでしょうか。

 ヒフミさんに、優しく抱きしめられて……その香りに、包まれて私の意識が落ちていく。

 

 

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 ────── 

 

 

「ナギサ様、眠ってしまいましたね」

 

「今のうちに乗り込んで移動しよう」

 

 私の胸の中で眠るナギサ様を抱き上げながら、戦車へと乗り込み移動を開始する。

 

 膝枕をしながら、ナギサ様の髪をそっと耳にかけると、その目元は涙で化粧が剥がれていて、その下に黒いクマがはっきりと見える。

 先生の想定通り、ナギサ様は、相当自分のことを追い込んでいるようだった。

 

「こんなに深いクマ……一体何日徹夜したら……」

 

「……あの人の慧眼には驚かされますね」

 

 この作戦の開始は二日前に戻り、それは授業が終わり、みんなで部屋でゆっくりしている中、先生が部屋に訪れてきたことから始まる。

 

 

 ドアを軽快にノックする音が鳴る。

 

「はーい、居ますー!」

 

「俺だ。そこに補習授業部全員居るか?」

 

「えっと、はい!全員居ます!」

 

 私が返事を返すと、ゆっくりと扉が開き先生が部屋に入ってくる。

 今日の授業中もだったが、最近先生は何か悩んでいるようなそんな雰囲気があった。

 

「先生、一体どうなさったのですか?」

 

「色々、話しておかねぇと行けないことがあってな……先ず初めに、次の試験に俺は出れねぇ、すまないがお前さんらで、受けに行ってほしい。学校に話は通してある」

 

 部屋に備え付けてある椅子に、先生は腰を下ろして、そう話す。

 試験は基本的に引率の講師、今回であれば先生の同伴は必須のはずです。

 先生は、約束を破るような人ではないと私は思っています……つまりは、その裏に何かあるということ、それに真っ先に気づいたのはハナコちゃんでした。

 

「先生、また隠し事ですか?」

 

「ハナコ……こいつは大人としての義務なんだよ」

 

「義務……それは、私たちを巻き込んだ上でも、なおそれを優先するほどのものなのですか?」

 

 この時のハナコちゃんの顔は一生忘れることはないと思います。

 本気でハナコちゃんが怒っている。

 その目付きを私は忘れない。

 

「……」

 

「今まで先生は、そうやってお一人で全てを片付けられたのかもしれません。ただ、今回はそうは行かないのではないでしょうか」

 

 バツが悪そうに、先生は頭を掻く。

 自分の芯をしっかりと持っているあの次元先生が、ハナコちゃんに押されている。

 

「はぁ……分かった。前提から話すとしよう。本来は俺が言っていいものか悩んでいたんだがな……俺は、元々ナギサからの依頼で、エデン条約に向けて、それを妨害しようとしているトリニティの裏切り者を、探すためにここに来たんだ」

 

「えっ……ってことは……」

 

「あぁ、この補習授業部ってのは、トリニティの裏切り者を探すために、存在する部活動なんだよ……コハル、一つ言っておくが、悪い成績で退学処分になりかけてんのは、事実だからな」

 

 先生は、前に私がナギサ様から、トリニティの裏切り者を探すという依頼を受けていたことを見抜いて、そのうえで声をかけてくれた。

 でも、まさか私自身もその容疑者にかけられていたとは……ナギサ様とは何故か特別気にかけてくださってくれていた分、ショックも大きい。

 

「……」

 

 アズサちゃんの体が震えている。

 

「アズサちゃん……?」

 

「先生が探している『トリニティの裏切り者』は、私だ」

 

「……はい?」

 

「え……? 急に何の話?」

 

 無言で深く考えていたアズサは、ゆっくりとそう話す。

 その唐突な告白に、私とコハルちゃんは腑抜けた声を漏らす。

 あのペロロ様たちモモフレンズを可愛いと、目を輝かせながら話してくれたアズサちゃんが……?

 

 急な情報の密度で頭がクラクラとし始める。

 

 その中で、アズサちゃんは語り始める。

 自分はアリウス分校の人間であり、身分を偽造してトリニティに、スパイとして潜入していると、そして、自分には任務があるということを。

 

「その任務というのは……ティーパーティーの桐藤ナギサ、彼女のヘイローを破壊すること」

 

 ナギサ様の命を……じゃあ……つまり、アズサちゃんを止めないと……ナギサ様が……

 でも、アズサちゃんは大切なお友達で……

 

「アリウスは、ティーパーティーを消すためなら、何でもしようという覚悟でいる」

 

「やっぱりか……」

 

「先生?」

 

 アズサちゃんのその言葉を聞いて先生が声を漏らす。

 

「アズサ、お前さんが二重スパイなのは知っている。百合園セイアからの提案だろう?」

 

「そのことを……何故!?」

 

「セイアからな」

 

 セイア様は、確か謎の集団から襲撃に遭って、今は意識不明の重体って……

 私は何も知らされていない、知ってないのだなと、この時に気が付く。

 

「アリウスは、二日後の夜、桐藤ナギサを襲う。これは確定事項だ」

 

「なぁ──「どうして、ナギサさんを守ろうとするんですか?それは、誰の命令で?」……言われちまったな」

 

「……これは私自身の判断だ。誰かの命令というわけでもない。アリウスのような学園が生まれないようにするために、桐藤ナギサには生き残ってほしい」

 

 アズサちゃんはそう答える。

 強い意思を持って、ハッキリとハナコちゃんと先生の顔を見つめながら。

 

「なるほどな……先ず初めにだ、アズサ。俺はお前が裏切り者とは思っちゃいねぇよ」

 

「それは……何故?」

 

「あんなに楽しそうに授業を受けて、プールで遊ぶスパイがいるかってんだ」

 

 アズサちゃんの言葉を聞いた先生が、アズサちゃんの頭を撫でながらそう話し、歯を見せながら笑う。

 その言葉に私の心も少し晴れた。

 私は、今回のことを何も知ることはできなかった。

 それでも、あの時見せた笑顔を、あの時の言葉を、嘘じゃないって、そう思っていいんだと。

 

「俺から、お前さんら補習授業部の全員に頼みごとがある。教師としては落第点もいいとこだが、ナギサと……もう一人の奴を守る手助けをしてほしい」

 

「もう一人……?」

 

「今回の事件の……実行犯でもあり、俺からしちゃ被害者の一人でもあるな。聖園ミカ、それが本当のトリニティの裏切り者の名前だ」

 

 ミカ様が……?

 ナギサ様とミカ様は、幼い頃から常に一緒で、仲が良いと聞いていました。

 つまり……もしこのまま行けば、ナギサ様は、ミカ様の手で……幼馴染の手で、ヘイローを破壊されてしまう……?

 

「なるほど、先生は……ミカさんに手を汚させないために、向かうのですね?」

 

「あぁ、幼馴染同士で殺し合うなんざ……そんな悲しい話は似合わねぇだろ?」

 

「先生はお人好しなんですね」

 

「先生は、生徒を守るもんだろ? ……お前さんら全員その一人だ。 ただ、今回はあの二人に、これ以上傷を残さねぇためにも……俺に力を貸してほしい」

 

 先生は帽子を深く被りなおして、そして私たちに頭を下げる。

 全員の間に沈黙が流れる。

 

「先生、少しだけ席を外してもらえますか……?」

 

「分かった」

 

 ハナコちゃんがふと声をかける。

 短く返事をした先生は、部屋から出て行ってしまう。

 

「ね、ねぇ、ハナコ。何で先生を外に出したの?」

 

 コハルちゃんが不安そうにハナコちゃんに対して様子を窺うように声をかける。

 

「ただのノリ、何となくです♡ ただ……あえて言うのであれば、意地悪したくなりました」

 

「えぇ……」

 

 ハナコちゃんは意外とお茶目なところがあり、噂といい意味で違って、本当にごく普通の女の子なんだなと、そう思う事が増えた。

 

「その……私は、助けに行きたいです」

 

「何故ですかヒフミさん? ナギサさんは貴方を裏切ったのですよ? 大方大義のためというオチが付いてきます」

 

「はい……私も、少しショックを受けています。 でも、それを怒るにしても叱るにしても……生きていないと、何にもなりませんから」

 

 私は、確かに裏切られて、切り捨てられたのかもしれない。

 でも、私のような平凡な生徒でも、知っている人を見捨てるなんて、そんなことは出来ません。

 

「ふふっ、確かにその通りですね。 みんなでナギサさんを助けて、ごめんなさいしてもらいましょう!」

 

 ハナコちゃんの号令でみんなの意思は固まった。

 そこからは、勉強を続けながらも、作戦を練った。

 ハナコちゃんのフットワークの軽さは、凄まじくナギサ様のスケジュールを、あっという間に把握してしまった。

 

「先生……これは……」

 

「あぁ、ナギサの奴、寝てねぇな。道理で夜中の呼び出しにも、二つ返事で返せるわけだ」

 

 書き出されたナギサ様のスケジュールを見て、その過密さに全員が絶句する。

 五分間の休憩が細々と入れられてはいますが、全ての生徒、生き物に共通で与えられている24時間という枠組みのほとんどを、エデン条約と内外の政治に割り当てている。

 私たちには神秘が有って、頑丈に出来てはいますが……これじゃあ、過労死してしまいます。

 

「ここ一か月間のローテーションを省みるに、次は恐らく、この13番のセーフハウスを使うと思われます」

 

「だったら、ここで合流しましょう。 私戦車運転できるので、ナギサ様をここまで連れてきてほしいです」

 

「分かりました。 では突入役は、私とアズサちゃんで」

 

 この二日間は本当に忙しかった。

 あっという間に時間が過ぎ、そして実行の日になった。

 

 今日は、先生にお願いして、一次試験を早めに受けさせてもらえることになった。

 どうやったのか聞こうとしても、教えてはくれなかった。

 ペロロ様のゲリラライブの参加に使えると思ったのに……

 

 そして、作戦後、戦車を運転しながら、私達はトリニティの郊外にあるとあるポイントに向かっている。

 

「先生……今頃大丈夫ですかね……一人で足止めをするって言ってましたが」

 

「ふふっ、きっと大丈夫ですよ♡ あんなに豪語してたんですからね」

 

 

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 土煙が舞い、崩れかけたセーフハウスが見えてくる。

 

 作戦通り、俺は特殊換装したシモノフPTRS1941に、とある特殊弾頭の弾を使用して、ナギサを確保したハナコとアズサを逃がす役目を全うした。

 

「まさか、お前さんの初お披露目がここになるとはな。カイザー」

 

 その弾の名称は『.586Kaiser弾』

 あのアビドスの一件で手に入れたカイザーの体に使われていた特殊合金を使用した弾頭に、うちの爆発バカ2名の助力を経て、完成した逸品だ。

 しかし、ド派手にぶち抜いたもんだ。

 まさかここまでの威力だとはな……基本的には対人には使えねぇとそう確信する。

 

 このムツキによって改造を施された対戦車ライフルも然りだ。

 バカみたいな威力のこの弾に、耐え切れる銃身に、衝撃を逃がす機構を兼ね備え、俺への反動を減らしたこいつは、必要以上の火力の弾を、発射できるように設計されている。

 列車砲みてぇな機構を中に作ってたのは驚いたな。

 あいつ意外に手先が器用なんだよなぁ……

 

「ナギちゃんっ……!ナギちゃんはどこっ……!」

 

 土煙の中から、必死にナギサを探す声が聞こえる。

 いつも綺麗で、純白なその服装も随分と汚れ、その整った顔からはポロポロと涙がこぼれ落ちてもいる。

 

 ここからが作戦の最終段階……

 ミカが何事もなく大人しくしてくれたらいいんだけどな。

 

「よぉ、ミカ。随分と物騒な友達を引き連れてるじゃねぇか」

 

「先生……ナギちゃんを何処にやったの!」

 

「安全な場所に送り届けたよ。だから安心しろ」

 

 俺の言葉を聞いたミカがゆっくりと体を起こして、手を上げる。

 後ろのアリウス生が、一斉に銃を構える。

 

「安心しろ……?何を言ってるの!?私は……私は桐藤ナギサを殺しに来たんだよ!!」

 

 そんな顔で言われてもなんの説得力もねぇんだよ。

 美人が台無しだ。

 

 俺は最初、ミカはアリウスを引き連れて、ナギサを殺しに来たと思ってた。

 俺というシャーレの力を使えなくなったわけだからな。

 ただ、ハナコからの通信でそれは覆されることになった。

 あいつがここに来たのは、自分の手でナギサを保護するためなんじゃないかってな。

 今回の作戦の指揮官がアイツだとすれば、わざわざ最前線に来る理由もない。

 

 アリウスはトリニティを恨んでいる。

 そして、アズサから聞いたアリウスの目標は、ナギサのヘイローを破壊すること。

 なら間違いなくナギサはアリウスに殺されちまう。

 

 だから、アリウスに取られるよりも前に、自分の手で、ナギサを攫いに来たってわけだ。

 

「先生は、私たちの足止め……時間稼ぎにでも来たの?」

 

「いいや、お前を止めに来た。聖園ミカ」

 

「はぁ?……この兵力を前に!?  目でも腐ったんじゃないかなぁ!!」

 

 確かに、俺だけならちょっとだけ手に余るようなそれくらいの軍勢だ。

 耳を向けりゃ、あと数十分もすれば『スクワッド』が合流するなどと言っている。

 そのスクワッドってのは何者か分からねぇが……それよりも前に片付けちまえばいい。

 

「安心しろ、俺とテメェのダンスは、誰にも邪魔させねぇよ」

 

 瞬間、ミカの背後が大爆発する。

 そして、俺の背後から足音が聞こえてくる。

 どうやら手筈通りに呼んでくれたみたいだな。

 

「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」

 

「シスターフッド……!? そっか、浦和ハナコが呼んだんだね?」

 

「ミカ。お前さんは、頭がキレるな?」

 

 シスター服を着こんだ銀色の長髪をした生徒。

 シスターフッドの長、歌住サクラコが俺の隣に並び立つ。

 そしてその背後には、シスターフッドに所属する面々が並ぶ。

 

「シスターフッド、ミカは手出し無用で頼む。その代わりアリウスの相手は任せた」

 

「……承知しました、先生?」

 

「あ?なんだ」

 

「報酬を楽しみにしていますね」

 

 報酬……報酬か……シスターの長様のお眼鏡に適うものを考えねぇとな……

 サクラコが俺に対して微笑み、軍勢を引き連れてアリウスの方へと向かう。

 

「なんだ、結局私の相手は、先生だけってこと?」

 

「あぁ、個人面談ってやつだな」

 

「あっそ、私から話すことなんて、何にもないよ!」

 

 銃を握り締めたミカは俺に対して突撃してくる。

 こいつの戦い方のクセは、前に戦った時に掴んでる。

 

 基本は、突貫。そして右の大振り。

 単調な動きだ、余程頭が回っていないのか、それとも俺に当てたくないのか。

 

 そして……今回の俺は、とある得物をもってここに来ている。

 そいつを使えれば……概ね勝ちだろうな。

 

「また撃たずに戦うつもり!? 情けないね大人ってさ!」

 

「当たり前だろうが、人を撃つ覚悟のない女なんざ、丸腰と一緒だ」

 

「……っ!!!」

 

 もし仮にミカが万全な状態なら、俺に勝ち目はなかっただろうな。

 だが、こいつの心は既に砕けて、前すらろくに見えちゃいない。

 その曇った眼じゃ、俺に攻撃が当たるわけが無い。

 

 振られる剛腕を避けながら、足を引っ掛ければ、簡単に体勢を崩して前に転ぶ。

 

「やっぱな。ミカ、てめぇもろくに寝てねぇだろ」

 

「っぐ……関係ないでしょ……先生には」

 

「お前は俺の生徒だからな。 気にするもんだ、ほら」

 

 転んだミカに手を差し伸べるが、手の代わりに銃口を向けられる。

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 その銃口は震えて、照準が定まっていない。

 引き金にかかる指には力が入っておらず、その先の目が揺れている。

 

「ミカ。お前は優しい奴だ。 何せ、お前の心は人の死を受け入れられねぇ」

 

「黙って……」

 

 ミカの銃口を握り締めて、座り込む。

 背をつけて俺の方を睨むミカを見下ろしながら、俺は話を続ける。

 

「お前は、セイアが死んだと思った時に、次にアリウスが消すであろうナギサのことを思って、行動を続けたんだろ?」

 

「違う……」

 

 あんなに強い腕力の持ち主であるはずなのにな。

 俺が握った途端その力は1ミリも感じない。

 俺に怪我をさせるのを恐れてるのか?

 

「だから、今回お前は、最前線に来た。 ナギサを保護するためにな」

 

「違う……私は私は……!」

 

 ミカの腕に力が入り、銃の揺れが大きくなっていく。

 銃口を掌で抑えて、握り締める。

 

「そんな優しいお前には、ゲヘナを潰すなんて、そんなことは出来ねぇよ」

 

「黙って!!!」

 

 瞬間、ミカの顔に鮮やかな赤が走る。

 音の方が先のはずなのに、遅れて聞こえてくる夜空に轟く銃声。

 

「え……せ、せんせい……!」

 

 ミカが、今にも死にそうな声を上げる。

 

 俺の左手に、大穴が空いているからだろうな。

 

 ミカが叫んだ瞬間に、俺はミカの持つ銃の引き金を引いて、俺自身の手に穴を空けた。

 

「血が……死んじゃうよ!」

 

「分かるか、これが殺すってことだ。 テメェの持つその銃は、人殺しの道具だってのを、忘れちゃいねぇか」

 

 腰が抜けて、倒れてしまったミカの顔を穴が空いた左手で掴み、持ち上げる。

 気絶しちまいそうな程に痛いが、それを矜恃で縛り上げる。

 

 俺とミカの泣きそうな目が、見つめ合う。

 

「これが戦いだ、これが戦争だ。 傷つき傷つけて、そして人が死ぬ。 お前はこれを望んでいるのか?」

 

「私は、そんな、殺すつもりなんて……でも、セイアちゃんの為にも……!」

 

「お前が、セイアの死で止まれなくなったのは、わかってる……だから、伝言を託されたお前のためにな」

 

 力が抜けて銃を落として、今にも泣きそうなミカの顔を離し、その綺麗な白い手に、俺は懐から手錠を取りだし、それを掛ける。

 

 散々これから逃げてきた人生だってのにな。

 まさか、俺が掛ける側になるとはな。

 

「……伝……言?誰からなの?」

 

「アロナ、頼めるか?」

 

 懐からシッテムの箱を取り出すと、ムスッと頬を膨らませながら、今私は怒っていますとでも言いたげな表情のアロナが現れる。

 

『んむむむっ……その手のこと。後で文句言いますからね、今は……分かりました、それでは再生します』

 

 今までの中で見たことないレベルで強力なバリアが、俺の左手に付与されている辺り、本気で怒ってるんだろうな。

 まぁ、この程度じゃ死にはしねぇし、キヴォトスの医療技術を信じての決断だが……それは後でいいな。

 

 シッテムの箱は、基本誰にも見えねぇブラックボックスだ。

 だから、今回撮った映像は、俺のスマホを通して映し出される。

 ならなんで、シッテムの箱で撮ったかって言うと、スマホと違って、こいつにはハッキングされねぇだろうって言う信頼があるからだな。

 何せ、この伝言はミカ以外が見ていいものでもねぇし、絶対に紛失しちゃいけないものだからだ。

 

『やぁ、ミカ。驚いたかい?  一度先生から、私が生きているかもしれないと知った時、君は心の中でそれを否定していたね』

 

 ベッドの上のセイアが、ミカに向かって手を振り、話を始める。

 

「セイア、ちゃん……本当に、生きてる、生きてるんだ……」

 

『おいおい、泣くのは止めておくれ。 君に泣かれたら、蕁麻疹が走るよ。 そもそもだ、私があのような爆発で死ぬわけが無いだろう?』

 

「あはは、ほんと、その喋り方は変わらないね……小難しくて、人を馬鹿にしたような喋り方……ほんと良かった……」

 

『君の教養に合わせる身にもなってくれたまえ』

 

 撮っている時、会話してるような変わった話し方をしていたが……間を含めて、ビデオを通じて過去から今のミカに対して話していたのか。

 改めて、規格外だな……

 

『さて、本当は君に対して説教をするつもりだったんだけどね……ナギサといい、君といい……全く、私がこのことを予知さえしていれば、こうはならなかった。予言の大天使ともあろう者が呆れてしまうよ』

 

「違うよ、セイアちゃんは悪くないよ……! 私が、手段を間違えたから……!」

 

『全く自分の病弱さには辟易するね……私は許すよ、ミカ。 だから、しっかりと罪を償って、3人でまた茶会(ティーパーティー)を開こうじゃないか』

 

「セイアちゃん……! うん、うん……!」

 

『まぁ尤も、次に会うとしたら、君が獄中にいる時だろうけどね。また話そう』

 

「涙返してよ!」

 

 ミカの顔に笑顔が戻る。

 本当に久しぶりに聞いたセイアの声が、彼女を落ち着かせたのだろうな。

 セイアからの伝言は、ミカ宛てに届けられたものだ。

 ナギサへ伝えるか悩んだところはあるが……

 ナギサは、良くも悪くも、過剰なまでの意思のみで、動いている。

 あの過密なスケジュールで、心身ともに壊れている彼女に、そんな爆弾を聞かせようものなら、アリウスに襲われる前に死んじまう。

 

 まぁ、尤も、過剰な意思で動いていたのは、ミカもそうなのだが……

 

 ナギサを連れていった保護場所のことを考えりゃ、この方が良かったと思っている。

 

 メッセージを聞き届けたミカは、ぺたりと座り込む。

 そして、自分の手にかかった手錠を見つめている。

 

「あはは……先生、貴方の勝ちだよ。 もう何でもいいや、私のことも好きにして」

 

 アリウスの奴らも、直にシスターフッドの面々によって捕らえられるだろう。

 この戦いもここまで。

 

 ポツリと零したミカの言葉が嫌に耳に残る。

 

「……あとは、正義実現委員会の奴らが、お前を捕らえる。 神妙にしときな」

 

 あー、しっかし、覚悟の上とはいえ……痛ぇな。

 

 自分の掌に空いた大穴を見つめる。

 利き手は潰せねぇ、左手ならまだ替えがきくからな……まぁ、ミカとナギサの命に比べりゃ、安い買い物だ。

 

 しかしまぁ、綺麗に空いたもんだ。

 さっき、ミカの顔を掴めたのは、アロナのバリアが、筋骨の代わりになってくれたからか?

 

 しみじみと思うが、このバリアってのはどういう原理なんだ?

 まぁ、気にするだけ無駄だな。

 どうせ、俺の理解の届かないシロモノだろうさ。

 

「先生、私のせいで空いたその傷は……」

 

「あ?唾でもつけりゃ治るさ」

 

「……んーん、そういう訳にはいかないよ。 だから……トリニティで一番腕利きの人を呼ぶね」

 

 手錠をつけて、電話も出来ねぇだろうに何を言ってんだ?と、ミカを見つめていると、ミカが息を吸い、大きな声を上げる。

 

「怪我人が、ここにいまーす!!!」

 

「うるさっ、なんだ急に!?」

 

 声を空に向けて放ったと思えば、ミカが神妙な顔で俺のことを見つめて、そして言葉を紡ぎ始める。

 

「ね、先生。やっぱりシャーレを巻き込んだのが、私の最大のミスだったよ。 その傷も、きっと治る。 だから大丈夫……ほら、来たよ。 それじゃあ……サヨナラ。先生」

 

 俺が返事をするよりも前に、上空から何かが飛んでくる音がする。

 物凄く嫌な予感がする。

 セイア、お前の予言よりも先に死にそうな気がするぜ。

 

 ミカが見ている方向に顔を向けると、そこには明けていく夜空に翔ける、一筋の青い流星が。

 ただ空に流れる星なら、綺麗で済むんだがな。

 それが人の形をして、なおかつ俺の方に飛んできている。

 

「救護っ!!!!」

 

 刹那、全身に走る衝撃で、俺の意識は暗転した。

 

 




それは最も偉大な予言
予言の大天使と呼ばれた私ですら、この予言の前には歯が立たない

故に希望を持って、この言葉を貴方に授けよう

明日の日が昇っても生きていられますようにと
来たる私の予言が外れますようにと

次回 また明日







初の曇らせで同時に二人は無理があったかもしれない。
でも、作者としてはね、皆さんが阿鼻叫喚に堕ちていた様子を見れて幸せ、満足ですわ。

~この先作者の長い語りがあります~

この曇らせ少し語りたいことが多く、これティーパーティー全員がそれぞれの方向に重いんですよね、少しTwitterの方で語ったのですが……
ナギミカは、当然なんですけど、2人ともセイアに対してもかなり重く、セイアもセイアなりに、2人に対して重いんですよ。
そして全員が自分のことを大切に考えようともしてない結果このザマです。
そうです、作者は百合好きなのです。ヒナマコとか増えて欲しいよね!

前話のナギちゃん、実は血を含んだ嘔吐してたって話しましたっけ?
描写するには生々しくてグロいかと思って、止めたんですけども。
原因は心労と紅茶内に含まれるカフェインの大量摂取による中毒です。
この辺は体験談もあるので、ナギちゃんの心象描写は少し書きやすかったです、まぁ後で増やすかもしれませんが……
ナギちゃんは、図式にして、挿し絵するか悩みましたが、簡単に言えば、分数単位のスケジュールを詰め込んで、徹夜し続けていました。
それもセイアが死んだと知らされた時からずっとです。
そうやって走り続けないと、目を向けてしまいそうでしたからね。

さてさて、これでVol.Ⅲ-1が終わり……という訳がないんですね。
この章の終わりは決めていましたので、それでは終点までお付き合いいただければ……
あと、1~3話の予定です……

最後に、ここすき、評価、感想お待ちしております。

今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か

  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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