声が響く。
やれやれ、まさかあんな大胆な方法でミカを鎮めてしまうとはね……
先生、その自己犠牲の精神はあまり教育上宜しくない。
分かっている?
まぁ、あのようなお転婆姫には、あれくらいの気付けが必要なのかもしれないが……
まぁ何はともあれ、先生。
君は、一つ成し遂げたようだ。
しかし、君は気づいているだろう?
まだトリニティ……いや、キヴォトスに迫っている暗雲が晴れた訳ではないと。
そしてそれは、今も尚着々と迫っているということを。
さて、暗い話はこれまでにして、私から先生へ……一つ、贈り物だ。
以前、先生に贈った予言、あれには足りていない情報があってね。
それは、何が起きて……というものだ。
聡明な先生なら、きっと以前の予言で既に内容は分かっているだろう。
さて、足りていなかった一節を足した本来の予言がこれだ。
楽園の扉が開かれる時、天より注ぐ、破滅の雫が堕ち、君は大切な黒い翼を持つ生徒を庇い、命を落とす。
「いっだぁあああ!!!!」
強烈な激痛と共に目覚める。
散々拷問やらなんやらで、痛みには慣れた人生だったが……
そうして体を起こそうとして違和感を感じる。
動かねぇ……?
「起きましたね、先生。もう逃がしませんよ」
首を横に向けると、そこには鬼の形相をした蒼森が立っていた。
あぁ、そうだ。
意識を失う前、俺は空から降ってきた蒼森に衝突して意識を失ったんだったな。
良く生きてたな……
「おい、前逃げたのは悪かったって。だからこの拘束をだな」
「拒否致します、私の救護の邪魔をしないでください」
はぁ……こうなると抜け出すには一苦労するんだよな……
手錠ならどうとでもなるが……首から下を完全に拘束されてやがる。
「で、俺が気絶してから何日経った」
「丁度丸一日です。私の神秘を使用したとは言え、素晴らしい回復速度……流石ですね」
あれから丸一日……大体ミカの鎮静が終わったのが、明け方の5時くらいだったから……
今は、5時くらいか……寝すぎたくらいだな。
「ここは、セイアを匿っていた場所だと思ってんだが……ナギサも着いてるんだよな?」
「えぇ、先生の隣にいますよ」
首を蒼森の指さす方に向けると、そこにはもう一つ俺と同じように拘束されている物体が目に映る。
「ナギサ様には睡眠薬を投与して眠ってもらっています。消化器管に視神経が特に酷く……血液の中から多量のカフェインが検出されました……」
「なるほどな……あのイカれた過密スケジュールを、回していたのはカフェインの力か……よく考えりゃ会うたび会うたび、常に紅茶を飲んでたが……そういうことだったんだな」
「ですので、拘束して治るまでは大人しくしていただく予定です……しかし、その前に一仕事なさっていただく予定ではございます」
蒼森の顔が、悲しそうに沈んでいる。
恐らく、俺が気絶した後、最後にミカに出会ったのは彼女だろうからな。
ボロボロの体を酷使させるみたいで、嫌になっちまう。
特に次の仕事であろうことは、ナギサには酷すぎるだろうからな。
「ミカの裁判ってところか……トリニティだとどうしてるんだ?まさか直接、牢獄にぶち込んで終わりってわけでもねぇだろ?」
「ミカ様のような立場のある方ですと、聴聞会を経て正式な決断を下すようになっております」
「なるほど……ってことはそれはまだ先なのか?」
蒼森の話を聞く限りは、ミカの聴聞会ってのはまだ先のように感じる。
何か大事なことを忘れているようなそんな気がしてならない。
「本来ならば、捕まってから翌々日には行われるのですが……エデン条約がありますので……」
「あっ」
そうだ、すっかり忘れちまってたな。
……待て、エデン条約の締結日まであと何日だ!?
「その御様子ですと、どうやら忘れていたようですね。それほどまでにナギサ様とミカ様を守ることに必死だったのですね……」
「仕事の成り行きってなだけだ、それよりも……セイアと話したいことがある。あいつのところに連れて行ってくれねぇか」
「拘束はしたままですよ、そこは譲りませんので」
なんともカッコ付かねぇザマだなこりゃよ……
ベッドごと俺は蒼森に連れられて、セイアのいる部屋に移動する。
既にセイアは起きているようで、何やらハナコと話しをしているようだった。
「ハナコ、お前さん何してんだ?」
「あら、先生、おはようございま……あらあら♡何とも魅力的なお姿で……」
振り向いたハナコが俺の姿を見て、そう話す。
一体俺のどこが魅力的なんだ?
いや、話さなくていい、どうせろくでもねぇ。
「……悪いな、お前さんらにも色々積もる話はあるんだろうが、少し急ぎ用でな」
「いえいえ、ではセイアちゃんいずれ学校で」
「あぁ……さて、それで?先生いかな用事かな?」
手を振って、ハナコと別れたセイアは、そのまま俺に対して向き合って話し始める。
蒼森にも頼んで、席を外してもらう。
エデン条約のこともあるからな。
あまり時間はかけれねぇってもんだ。
「お前さんが夢の中で話してきたあの預言について……1個気になるところがある」
「あぁ、あの事かい。先生と言えど死は怖いかい?」
「はっ、抜かせ。俺が気になっているのはそこじゃねぇ」
セイアの言い回しのせいで、妙に分かりづらいが……概ねその内容は汲み取れている。
もしも、俺の予想があっていた場合、確認しないといけないことが増える。
そういう意味で急用って訳だ。
「まずは確認だ。
楽園の扉が開かれる時……これはエデン条約の事だな?
続く一文の破滅の雫……こいつがどうにも気になる。雨だってんなら、ヘリかそれとも弾幕かって話になるんだがな……まさかミサイルだったりするのか?」
「ふむ、まず前者の質問についてはご名答、その通りだとも、そして最後の質問についてだが……そのまさかさ」
おいおい、この世界にもミサイルはあるのかよ……
最後の一文を考えるに、ミサイル自体で死人は出ねぇのか?
それとも最低二名しか生き残らないってか?
「アリウスにそんな金と武力はあるのか?」
「私の知る限りだと無い。もう少し明晰夢を探索すれば分かるかもしれないが……アリウス分校のある場所に辿り着くのは至難なのだよ」
やけに嫌な予感がする。
アリウスにそんな武力がないとするのならば……トリニティにはミカが、もう片方の学校にも交渉を持ちかけるはずだ。
つまり……このミサイルはゲヘナ産の可能性があるってことか?
「……急いで抜け出さねぇとな」
「ほう、ミネから逃げる気なのかい?まぁ確かにゼニガタ殿よりかは幾分か楽かもしれないが……」
こいつの人の過去を覗き見る力ってのは存外に厄介だな。
久しぶりにとっつぁんの名前を聴いたよ。
「……はぁ、本当はそうしたいんだがな、治療してくれた礼もある。しっかり話し合ってから向かうさ」
「あぁ、その方が良いだろうね。さてと、私はもう一眠りさせてもらうよ」
そう言って、セイアは眠りについた。
また夢渡りでも始めたか。
やれやれ、こうも動けないと面倒ではあるな。
セイアを起こさないように外で待機しているはずの蒼森を呼ぶ。
「蒼森、悪いがこの拘束を解いてくれねぇか?」
「理由を求めます。私の救護の邪魔をするのであれば無理ですね」
「エデン条約の件で、どうしても確認を取りたい奴がいる」
俺の言葉を聞いて、考え込む蒼森。
猪突猛進なところが目立つが、案外思慮深いと言うべきか。
まぁ、トリニティの中では珍しく馬鹿正直なやつなのだろうな。
「では、ここからビデオ中継すれば良いのではないですか?」
「それも悪くはねぇんだがな。 一つ目に盗聴、もしくはここが逆探知されたら困る。二つ目に俺が会おうとしてるやつは随分と立場を気にするやつでな。 ビデオでもやろうもんなら直接顔を見せに来いとでも言ってくるだろうさ」
「お会いになろうとしているのは、ゲヘナの万魔殿の議長様ですね? であれば、なるほど……限定的ですが許可します」
そういうと、手早く俺の全身を拘束していた器具を取り外してくれた。
俺がぶち開けた左手は、包帯で完全に動かせないように固定されている。
拘束されてたせいで気づかなかったが、どうやら脱がされてたみたいで、入院服に着替えさせられていた。
流石にこのままじゃ出かけれねぇからな……
「先生も、エデン条約には出席なさるのですよね?」
「あぁ、まぁそうだな。あの二校に繋がりのある第三者は必要だろ」
「であれば、条件を提示します。左手はまだ傷が治りかけなので、使用しないこと。またその治療としてゲヘナでの一件が終われば、必ず私の元に来てください、分かりましたか?」
俺が寝かせられていた部屋のクローゼットを開ければ、そこには新品同然に綺麗に仕立ててあるスーツと帽子がかけてあった。
まさか、蒼森がやってくれたのか?
「おう、分かったよ。ところで、こいつはお前さんが?」
「えぇ、血などが付着していたので、そちらも救護させて頂きました」
「そうか、色々とありがとうな、世話になった」
そそくさと着替え始めて、いつものスタイルに戻る。
やっぱり俺は、このスーツじゃねぇとな。
「あ、先生。もう一つお伝えし忘れていた事が」
「あ?なんだ?」
「左奥の虫歯を抜きましたので、暫くは柔らかいものをお食べ下さい」
……思わず左顎を擦る。
確かに感じる違和感。
ってことは、俺が気絶してる間にこいつ……!
「ふふっ……」
「何笑ってやがる……」
「なんと言いますか、叱られた子犬と似た顔をしていたものですので……」
俺の顔が熱くなっていく感覚がする。
子犬?
俺が?
なんの冗談だ?
言い返すことすら出来ず、俺は部屋から出ていく。
「……はぁ、ったく……朝から疲れた気分だ……」
施設から出て、停めてあった車に乗り込む。
さてと、気分を切り替えて、マコトに連絡を入れるとしよう。
流石に連絡を入れずに、出向くのは失礼だからな。
そうして、シッテムの箱に手を伸ばすと、箱の方から勝手に起動する。
光が溢れて、思わず目を瞑る。
そして目を開けた先に広がる一面の青。
「俺が悪かった、とは言え、随分と強引な呼び出しだな?アロナ」
振り返ると、しかめっ面をしているアロナがそこに立っていた。
「次元先生、なんで私がこんなに怒ってるか分かっていますか?」
「……あ〜、あれだろ?左手に穴ぶち開けたことだろ?」
「それはそうなんですが……そうじゃなくて、それをするまでに至った思考回路の方です!!」
アロナが拳を振り上げて、ポスンと勢い弱く俺のお腹を殴る。
「先生、どうせセイアさんの預言を聞いて、そこまで死ぬことがないから大丈夫だろうって考えであんなことしたんですよね?」
その通りだから、何も言い返せずに、頬を掻く。
あの預言を信じるなら、俺はエデン条約までは死ぬことはないらしいからな。
「そもそもですよ?なんであの子の預言を信用しようなんて思ったんですか!嘘をついてるかもしれないんですよ?」
「セイアの目を見りゃわかる。本気で自分のせいで友達の2人を殺しかけちまったって後悔している目をしていた。それに、まずは先生である俺が信じてやらねぇとだろ」
むーっと声を上げながら、ポコポコと俺のお腹を叩きまくるアロナの頭を撫でる。
「別に前にした約束を忘れたわけじゃねぇよ」
「うぅぅぅ……先生の大馬鹿!!今回は運良くミネさんのお陰で治せましたけども! でも先生の体は弱いんですよ!? 私が先生の身体を補強してあげないと、生徒の皆さんと戦えないほどに!先生!貴方は人間なんです! もう何回怒ればいいんですか! 私の意思を無下にしていいなんて思ってませんか!?前に言いましたよね! 先生の命を護るのがアロナの存在意義なんです! なのに自分で捨てられようとしたら、それじゃあ、私は道化じゃないですか!! そんなことするなら、私はもう勝手に動きますからね!!」
ポコポコと俺の体を叩く腕は徐々に速くなっていき、いつの間にか完全にアロナに押し倒され、胸ぐらを掴まれて、泣き叫ぶアロナの顔を眼前に見せつけられる。
「……分かってるんです、きっとこんなことを言っても先生は変わらないって……だって貴方は次元大介ですから。自分の仕事に真摯な人ですから」
アロナの雰囲気が変わったように感じる。
大人びたようなしみったれた声色……
俺はどこかでこの声を。
「……私なんかの言葉で止まるなら、貴方はこんな所まで来なかったですもんね」
「アロナ……さっきも言ったが……お前も俺の生徒だよ」
そっと俺はアロナの顔を胸に抱き留める。
確かにこいつの言う通り、俺はだいぶこいつに甘えている。
諜報やらそれこそ格闘戦の補助もな。
「だから、俺はお前を信用している。お前さんが俺を何がなんでも生かそうとしてくれている、その感情をな」
「やっぱり先生はサイテーの悪党です……分かった上で利用しようとしてくるなんて……」
「よく分かってるじゃねぇか」
「でもそれが照れ隠しなのもわかってます。……だから、私も勝手に動きますからね、何が何でも先生の命は私が守りますから」
悲しそうな笑顔を見せるアロナ。
その顔を見て、胸のどこかが何かに刺されたかのように痛む。
そして、目を閉じて開くと、元の景色に戻っていた。
晴れ間の見えない曇り空、俄雨でも降りそうなそんな天気を見ながら……
やれやれ、つくづく俺は子供の相手が苦手だ。
と、独り言を零し、シケモクを咥えた。
涙雨が振り零れ
向かった先は悪魔の巣窟
かつての約束を武器に、魔王へと向かい合う
次回 万魔殿
キリがいいので、今回は短めに。
アロナちゃんの青春あんさんぶる聴くと思うんですが、この子も大抵重いですよね。
青春あんさんぶると絆ダイアローグは大分キャラ理解に活用させてもらってます。
あ、だから湿度高いんですかね??
全くの余談ですが、見てきましたよ、不死身の血族。
まぁ、色々言いたくはありますが……ネタバレになりかねないので……Twitterで色々こぼします。
最後に、ここすき、評価、感想お待ちしております。
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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