新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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1-10 撃手はエデンの夢を見る

 セナによる追加の治療を受けたと、蒼森に報告した後にそのまま休み、翌日俺は放課後授業部のアイツらと再会を果たしていた。

 

「さてと、まずはこの前の作戦、お前さんらが居なきゃ、あぁも上手くいくことはなかっただろう。ありがとう」

 

 久しぶりに教卓につき、頭を下げる。

 こいつらには助けられた。

 

 俺一人でナギサを庇いながら、暴走していたミカとアリウスたちを相手にすることは、到底不可能だっただろう。

 

 少なくともミカを見捨てる必要があった。

 ただ、仕事のポリシーとして、先生なんて仕事を、やっている以上そんなことをする訳には行かねぇ。

 

 だからこそ今回の事の顛末として、俺は比較的最善を取れたと思っている。

 

「ふふっ、あのまま先生を一人で行かせていたら、ここにはいなかったかもしれませんね?」

 

 ハナコの視線が痛い。

 全くもってその通りだ。

 やれやれ、俺は如何せんこいつらの事を甘く見すぎているのかもしれねぇな。

 

「お前さんらには、デカい貸しを作っちまった。何かしらの形でそれは返させてもらうとして……あの日、作戦以外にもう1つ大事なことがあったのは覚えているな?手を挙げたアズサ。答えてみろ」

 

「あぁ、もちろん忘れていないぞ!試験だな!」

 

「アズサ、今回は正解したな。偉いぞ」

 

 そう、あの日、どさくさに紛れて、こっそりとデータを書き換えてこいつらの試験時間を前に引っ張って、受けてもらった。

 本来なら次の日には返したかったんだが……

 致し方のない理由によって、今日まで延期されていた。

 

 得点順に公開していこう。

 

 一位、100点。浦和ハナコ……まぁ、そりゃそうだ。こいつの頭の回転具合に、察しの鋭さ……ルパン並の知力は間違いなくある。

 作戦でも、こいつのアイデアにはかなり助けられた。

 ナギサの救出作戦の大部分を立案したのは彼女だ。全く、若者ってのは侮れねぇな。

 

 二位、95点。阿慈谷ヒフミ……俺としてはここまで伸びるとは思っていなかった。

 ただ、あまり接してやれなかったが、この補習授業部の中で誰よりも責任感が強かった彼女、その献身に相応しい結果だな。

 

 三位、86点。白州アズサ……ブービートラップの仕掛けから分かっていたが、こいつ素頭はかなり良い。

 ただどうしようもないレベルで天然なのがな……そこもこいつの良さではあるが、ただその分知識の吸収率はかなり良かった。

 俺も含め、すぐに疑問に思ったことを口にして知恵として貯める。

 正しい学習ってのを、自然と行っていたアズサの勝利って訳だ。

 

 四位、81点。下江コハル……ヒヤヒヤしたが、何とか滑り込んでセーフだった。

 最初こそ作戦の意図や何でやろうとしているのかすら、分かっていなさそうな雰囲気だったが、アズサやヒフミの顔を見て、疑問を捨てて作戦に参加したその正義感は、眩しいものを感じた。

 ある種の盲目的な思考だが、コハルの場合は、それが持ち味で良い意味で働いてる。バカなりにガムシャラにやったコハルの努力の結果だ。

 

「これで、お前さんらは晴れて正式にトリニティに戻ってこれる。おめでとう」

 

 あまり長い期間いた訳じゃねぇが、ただ随分と濃い時間を過ごした気がする。

 まぁ、また何か試験でやらかさない限りは、こうして俺とこいつらが会うこともないだろう。

 

「先生、少しよろしいでしょうか」

 

 ハナコに呼び止められる。

 別れを惜しむタイプでもねぇと思ってたが、いつぞやと同じように別室で彼女と二人きりになる。

 

「先日、ナギサ様から謝罪を受けました」

 

 そういや、帰ってきてから会ってなかったな。

 アイツには随分と辛い目に遭わせちまった、何かしらの形で謝罪をしねぇとだ。

 

「正確には私だけでなく、他の三人にも同様に……特段謝るようなことをされたつもりはなかったのですが、真面目な方です」

 

「トリニティの顔役だしな。その様子じゃ疑心暗鬼も少しはマシになってるって感じか」

 

「はい。ただ、ミカさんの方が私は少し心配です」

 

 セイアの無事を確認した時、俺が最後に見たミカの顔に映っていたのは、燃え尽きたあとの虚脱感のある顔だった。

 止められはしたが……今度は別のやり方でアイツに接していかねぇとだ。

 

「先日、シスターフッドの手を借りて、ミカさんに会いに行ったんです。ただ、先にナギサさんがミカさんと話していたようで……先生は、ミカさんの動機はなんだと思いますか?」

 

 ミカの動機か。

 ただのゲヘナ嫌い……まぁそれだけじゃねぇだろうな。

 それはただのキッカケにすぎない。

 

「あくまでも、俺の憶測でしかねぇが……全部自分の仕業に仕立て上げたかったんじゃねぇか?このトリニティの事件はアリウスでもティーパーティーでもなく、ただのどうしようもないゲヘナ嫌いが引き起こした事件……って風にな」

 

 あのミカの表情、あの目に込められた感情は自罰の念だった。

 

 ──私は桐藤ナギサを殺しに来たんだよ!!

 

 誰にでも聞こえるような声で、自分のことを悪者に見せようとしてな。

 あくまでも俺の推察であって、憶測だがな。

 

 俺の考えを聞いたハナコが、ミカにあった時の様子を話してくれた。

 

「……と、こうして先生に伝えてしまった訳ですが、セイアさんの事を含めても……私も先生と同じ結論ですね」

 

「ただ、結局は俺たちは聖園ミカじゃねぇ、アイツの本心はアイツ自身のものだよ」

 

「ふふっ、まるで五つ目の古則のような事を仰いますね」

 

 楽園のパラドックス……だったか。

 

『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することは出来るのか』

 

 楽園に辿り着いた者は、楽園の外で観測されることが無い。

 故に、観測されない楽園は存在するのかっていう話だ。

 

「俺に言わせれば、話はもっと単純だと思うぜ」

 

「ほう、あのパラドックスに解が存在すると?」

 

「それよりも前の大前提だよ。この古則を考えたどこぞの哲学者は、在る無いの話じゃなくて、テメェらにとっての楽園を見つけてほしかったんじゃねぇか?

 他人の心なんざ読めるはずがねぇ、そういう風に見せてるのは、ただテメェの思った通りに操作してるだけ。なら、それと同じようにそいつにとってのエデンは、自分の手で見つけて、掴み取れって話だと俺は思うぜ」

 

「…………なるほど、解では無いでしょうが……では、先生にとっての楽園は何処なのでしょうか」

 

 ハナコのその疑問に、俺は結局答えを出すことが出来なかった。

 俺にとっての楽園か。

 

 

 ──それが、きっと貴方がここに来た理由になる。

 

 頭痛が走り、思わずよろける。

 

「先生っ!」

 

 ハナコが、駆け寄って額に手を当てる。

 普段はおちゃらけてるが、やっぱ真面目だなこいつは。

 

「悪いな、俺にはそういうインテリ気取りの考えは向いちゃいねぇらしい」

 

「熱はないようですね……ふふっ、大丈夫ですよ。きっと考えること自体に意味があるんだと思いますから」

 

 そうして、彼女との話し合いは幕を閉じた。

 

 

 そこからそれなりに時間が経ち、調印式に向けての会議が何度も行われた。

 

 シャーレに帰ってから山積みになっていた仕事のせいで、その全てに出席したわけじゃねぇが……最初はマコトが強気な態度で、ナギサに対して弁論を行っていた。

 

 それでも、ナギサの弛まぬ姿勢と言葉もあってか、結局はマコトが折れ、エデン条約は晴れて調印されることになる。

 

 その最後の会議に俺は出席をしていた。

 

「……ナギサ、久しいな」

 

「次元先生……あの件ではお世話になりました」

 

「……すまなかった」

 

 ようやく、こいつに謝れる機会が巡ってきた。

 どうあれ、最初にこいつの心を砕いたのは俺だ。

 

 先生という立場もあるが、俺のポリシーとして、そのまま何事もなく過ごすのはどうしても気持ちが悪かった。

 

「せ、先生……頭を上げてください……そんな、結果として、あの事件で私が生き残れたのは先生の手回しもありましたから」

 

「だとしてもだ。お前さんの心を砕いたのはミカでもなくアリウスでもねぇ、この俺だ」

 

 頭を下げたまま、俺は話す。

 それが、今、ナギサに対して見せるべき態度、通すべき筋だと思っている。

 

「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、先生。お願いを一つよろしいですか」

 

「あぁ、構わねぇ」

 

「でしたら、先生。今度のお茶会に出席してください。先生、初めてお会いしてから、一度たりとも私の出したお茶を飲んでいませんよね?」

 

 ……まぁ、腹の中を探ろうとしてくる奴の茶は飲めねぇが……

 今の彼女はそうではない。

 

 なら、今度こそしっかりとその茶会に出るべきなんだろうな。

 

「お茶会?」

 

 俺が顔を上げたタイミングで幼い声が聞こえる。

 今回の調印式に向けての会議の裏の立役者、イブキがそこに立っていた。

 

 実際に会議に出席した回数は俺よりも少し多い程度だったが、イブキの存在でトリニティとゲヘナ間の緊迫した空気が和んだらしく、またあの頭の硬いマコトもイブキには勝てない為か、イブキにデレデレな様子を見たナギサたちもマコトへの印象が変わり、こうして条約の締結に繋がった訳だ。

 

「あら、イブキさん。イブキさんもお茶会に参加しますか?」

 

「いいの?」

 

「もちろんですとも」

 

「やった!ありがとう!ナギサ先輩!!」

 

 エデン条約が結ばれれば、こうした光景も増える。

 未だに両校の生徒間の睨み合いは、少なくないが、それでも時間の問題もあるだろう。

 

 少なくともどちらさんにとっても良いものになることは間違いない。

 

 ナギサとイブキが話している姿を見ながら、俺はその場をそっと離れていく。

 

 俺が向かっていく先には、黒い髪にそして、血のように滴り落ちている変わったヘイローを持った少女がいる。

 どうやら向こうも俺に気づいたらしい。

 

「きひひひひひひぃいっ!!!きゃははハハハ!!!!」

 

 獣みたいな奇声をあげながら、腕をダラリと垂らして、とても女がしていいとは思えねぇ顔で俺のことを睨んでくる。

 

「お前さんが、剣先ツルギで合ってるな?」

 

「……は、はい。えっと、その、何か御用でしょうか」

 

「っ!?……あ、あぁ、少しお前さんら正実と話しておきたいことが、あってな。代表者としてお前さんを呼びに来たんだ」

 

 さっきまでの狂気は何だったのかと言わんばかりの豹変に、少し気圧されてしまう。

 こっちが、素と見るべきか。

 なら、あの狂気的な表情筋は一体?

 

 ……今は考えない様にしよう。

 個人の問題だろうしな。

 

『剣先ツルギ』……正義実現委員会の委員長であり、超武闘派だったか。

 アロナに調べてもらったが……あの映像は酷かった。

 とあるトリニティ内で起きた暴動事件の鎮圧している様子だったのだが……

 鎮圧というよりかは、殺戮と言うべき代物だった。

 あれで死者が居ないのだから、キヴォトスの人間の頑丈さが改めて思い知らされるってなもんだが……鎮圧直後の暴動犯の姿は、そう潰れた空き缶といった様相だったな。

 

 つけられた渾名は『歩く戦略兵器』

 

 ホシノ、ヒナ、ネルに並べられるキヴォトスの最強を名乗れる人物だろう。

 

 ツルギを手招きし、俺は既に別室で待機させていた人物の元へと向かう。

 

「……先生が会わせたかったのって、正義実現委員会の委員長?」

 

「きゃははは!!……えっと、その、風紀委員会の委員長」

 

 会わせたかった人物ってのが、風紀委員会のヒナだった。

 二人を席に着かせてから、俺は間の位置に座って、腰を落ち着かせる。

 

「さてと、お前さんらを呼んだのは他でもない。調印式の日に起こる事について話したかったからだ」

 

「!……なるほど、私たちはその日現場の警護を行うものね」

 

「……それで、その起こる事というのは?」

 

 こいつらの力を借りれば、あの未来を回避できるかもしれねぇ。

 

 仕事の話となって、真剣な顔つきの二人に対して、俺は話し出す。

 

「結論から言うとだ。その日、ミサイルが落ちてくる……らしい」

 

「らしい……って、先生らしくない発言ね」

 

「…………もしかして、セイア様?」

 

 俺の曖昧な言い方に引っ掛かっていた二人だが、トリニティとして付き合いがあったのかツルギが、先に答えに辿り着く。

 

「あぁ、曰く未来を見れる神秘らしいが、セイアが言うには、その日にミサイルが発射される。ヒナなら分かるだろうが、あの頑固なマコトが首を縦に振ったんだ邪魔をさせる訳にはいかないだろ?」

 

「ふふっ、えぇそうね。ミサイル……念のためミサイルの検知の装置を私達が用意するわ」

 

「セイア様が……正義実現委員会からは、空対空の装備を用意します」

 

 未来を見れたとしてもだ。

 それを変える権利は、誰にでもある。

 俺はそう思っている。

 

「その分の資金は俺が持つ。悪いがよろしく頼むぜ」

 

 胸の中には、未だに不安感が残るが……

 やれることは、時間が許す限り行うとしよう。

 

 

 

 そして、エデン条約の調印式当日を迎えた。

 

 調印式の場所に選ばれたのは、『通功の古聖堂』

 いくつか候補地があったらしいが、投票の結果この場所になったらしい。

 その周りを探索して、ミサイルが発射できそうなポイントをいくつか調べていた。

 

 巡航ミサイルでもない限りは、大丈夫なはずだ。

 

 あとは、彼女らの迎撃システムに頼るしかねぇってわけだ。

 

 昨日は、連邦生徒会の緊急記者会見があったりした。

 随分と野次共がうるさかったが、『SRT学園』が閉鎖されたことや、連邦生徒会長が未だに見つからないなどのキヴォトスにとっては大事なことを話していた。

 リンの顔、中々傑作だったな。

 文句を言いたいがぐっと押し堪えている顔をしていた。

 

 今度労いに行ってやろう。

 

「っ!教官お疲れ様っす!!」

 

「張り切ってんな、メルナ。教官じゃなくて先生だ」

 

「はいっす!」

 

 俺の護衛としてメルナ達、アルファ隊が俺の後ろに並んで歩く。

 式として、大事な日だからか、全体的にヒリついた空気が流れている。

 

「すみません、そこの大人の方、ここから先は関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

「俺の事か?俺は──「おい、正義実現委員。誰に物言ってんだ。お前の目は節あな゛ッ!!」 ライ、口の利き方ってのを覚えろ。仕事してるのに悪いな。シャーレで先生ってのをしてるんだが、話は通ってるか?」

 

 俺の言葉を遮って、正実の委員にガンを飛ばしたライの頭に拳骨を落として、同じ目線までしゃがんで話をする。

 

「シャーレの先生でしたか……こちらこそすみません……」

 

「気にすんな、こっちもフラフラしてて悪かったな。おい、ライも謝れ」

 

「いっ……たぁ……はい……ごめんなさい」

 

 種族間ってのもあるだろうが、どうしてもこの二つの間にある嫌悪感ってのは拭えないものだな……

 ただ、ナギサとイブキの様に、その種族間を越えて、手を繋ぐことだって出来る。

 嫌悪ってのは一朝一夕で、如何にかできるほど甘いもんじゃねぇ。

 

「俺は少し休憩してくる。お前さんらも好きにしてな」

 

 流石に聖堂内は禁煙らしい。

 仕方ねぇ……アルファ隊に指示を出して、俺は回廊の方へ向かう。

 そう、指示を出したつもりだったんだけどな。

 

「……あのなぁ、一緒に来るなって言ったつもりだったんだがな」

 

「先生、煙草を吸うつもりっすよね!火ぃどうぞっす!!」

 

 メルナが、俺に着いてきてライターに火をつけて差し出してくる。

 学生がライターを持ち歩いてるのはどうなんだ?

 キラキラした目で俺のことを見つめてきやがる……

 

「はぁ……おい、風上の方に立てよ」

 

「もちろんっす!」

 

 メルナが差し出してくれたライターで、煙草に火をつけて、煙が極力行かないように吸う。

 かぁーっ……めんどくせぇ……

 

「お前さんは、どう思う。このエデン条約」

 

「そうっすね……トリニティの人達は苦手っすけど、でもナギサ先輩みたいな人と仲良くなれるのなら楽しみっすね」

 

 ……こうやって次の世代へと憎しみが継がれないようにしていくのも、俺の仕事なのかね。

 

「おや……そこにいるのは?」

 

 煙草を吸っていると、回廊の向こうから声が聞こえる。

 黒い髪にシスターの服装に身を包んだ赤い瞳の少女が、俺の方へと向かってくる。

 

「シスターフッドの……確か、若葉ヒナタ、だったな?ここは禁煙だったか?」

 

「……あ、はい!あの時以来ですね、ここなら大丈夫ですが……神聖な場所なので……」

 

 宗教ってのは苦手だが……生徒の前だ。仕方ねぇ。

 

 携帯灰皿に煙草を押し込んで、ヒナタに向き合う。

 

「あの時は、世話になった。古聖堂だから、シスターフッドのお前さんらも来てるって感じか」

 

「はい、サクラコ様の指示で……無干渉主義がこの前の事態を招いたと……ですので、これからはもっと積極的に、対外的な活動をされていくとのことでした」

 

 サクラコ……あ、そういえばお礼の件何も手を付けてなかったな。

 あの笑みからして、何かしらの物を求めてきてることは間違いないんだが……

 シスター長の要求なんざ、どう応えるべきかね……

 

「私たちは、基本的にはお手伝いで……色んな方の案内や、警備のお手伝いなどを……あ、そうです。もしよろしければ、後ろのお嬢さんも一緒に古聖堂のご案内致しましょうか?」

 

 古聖堂の案内か……

 キヴォトスの歴史に関しては余り分かってないことも多いからな。

 何か探れるかもしれねぇし、聞いておくべきだろうな。

 

「あぁ、頼むぜ。メルナも……あとそこで隠れてる他のアルファ隊のお前らも来い」

 

「げっ、バレてる……」

 

 俺の背後の曲がり角からぞろぞろと、他のアルファ隊の奴らが現れる。

 それなりの大所帯になっちまったが、社会学習の代わりにこいつらにも授業を受けさせることにした。

 

「わわっ……が、頑張って説明しますね!」

 

 ヒナタを先頭に古聖堂の中を歩きながら、説明を受ける。

 

 曰く、この聖堂の地下には大規模な地下墓地が存在するらしく、古のトリニティの『第一回公会議』にも記述がされている数十キロにも及ぶ終わりの見えないカタコンベとのことだった。

 

「公会議において締結される戒律というのは、神聖なものです……その神聖さと言いますか、戒律の守護者たちのその名残のような『何か』が、まだここに残っているような感じすらします」

 

「ヒナタ先輩、守護者ってのは何なんすか?」

 

 俺の隣を歩いていたメルナが、ヒナタへと質問を投げかける。

 

「そうですね……約束を守らせるために破った時に関するルールが設けられることが多いですよね?」

 

「そうっすね……そうでなきゃ、約束を守らない人が多くなりますもんね」

 

「えぇ、その破った際のルール『制約』の役割を持つ人々の事を、戒律の守護者と呼んだのです。約束を破る者たちに対処するトリニティの武力集団……それが、『ユスティナ聖徒会』です」

 

 ユスティナ……キリスト教の聖女の名前だったか?

 偶然の一致にしちゃ、随分な名前をしているな。

 

「聖徒ってことは、お前さんらシスターフッドの前身だったりするのか?」

 

「えぇ、その通りです……大体今から数百年ほど前の」

 

 そう話していた時、メルナ達とヒナタの携帯に通知が入る。

 どうやら校外学習はここまでの様だな。

 

「そろそろか。悪いな、時間ギリギリまで付き合わせちまってな」

 

「いえいえ、皆さんもそろそろ参りましょうか」

 

 その通知はナギサや、マコト達が到着したとの知らせだった。

 

 セイアの言葉を借りるとするならば、楽園の扉が開かれる時は、もう間もなくと言った所だ。

 その件のセイアは、まだ傷が癒えてなく、今頃はミネと一緒に見ていると思われる。

 

 

 さてと、そろそろ式が始まる。既に招待された客たちが集まり、警護している奴らの緊張感も高まっている。

 

 俺は……まぁ、あぁいう真面目なもんに出席するのは柄じゃねぇからな。

 こうして、少し離れた場所で見ているってわけだ。

 

「あ、先生!万魔殿の人たちとティーパーティーの人たち──」

 

 会場の方へと足を運んでいるマコトやナギサ達を見守っている最中、耳に着けた無線から声が聞こえる。

 

 ──『全員に緊急連絡!!ミサイルが検知されました!!』

 

 全員の顔色が変わる。

 やっぱり来たか……何かが飛来する音が聞こえる。

 

「対空装備はどうした!」

 

『も、申し訳ありません!レーダーの検知が遅れて、迎撃に間に合いません!着弾まで残り一分です!!』

 

「っ、分かった、俺が狙う」

 

 元より人混みから離れた位置に居たからな。

 そそくさと古聖堂の屋上に昇って、音のする方向を見る。

 

 見えた……あれは……NSMか?

 対艦の巡航ミサイルじゃねぇか。

 

 ……やるしかねぇな。

 

「……頼んだぜ、相棒」

 

 懐から取り出したマグナムにキスをして、俺は銃口を向ける。

 

 被害は出るかもしれねぇが……このまま空中で撃ち落とすしかねぇ。

 

 まだ射程圏内ではない。

 

 外せば、これまでの生徒たちの努力は全部パーだ。

 だから、ここで確実に撃ち落とす。

 

「……っ!!」

 

 引き金を引き、六発の弾丸を放つ。

 

 ミサイルの弾頭へと向かって放たれたそれは、空を切り裂きながら飛び、そして……

 

 ド派手な音を鳴らしながら、ミサイルへと命中し、そして誘爆する。

 

「……ふぅ」

 

 ホッと肩を撫でおろしたのもつかの間、黒煙を突き破りながら、無傷のミサイルが飛び出してくる。

 反応する間もなかった。

 

 確実に全弾命中させて、爆破させたはずだった。

 

 そんな驚きと後悔を感じる間もなく、俺の体が何かに引っ張られる。

 

 それを確認しようと目を向けた瞬間……

 

 目の前が真っ白に包まれ、何も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

「い……」

 

 誰かの声が聞こえる。

 

「先生、目を覚ましてください!」

 

 目の前に広がる景色は、つい最近見たものだった。

 ここはそう……アロナの世界だ。

 

「アロナ……すまねぇ、守ってくれたのか」

 

「は、はい……爆心地に一番近かったので……なんとか先生と、周りの方を助けようとしたのですが……もう、これ以上は……」

 

 アロナの声が霞んで聞こえる。

 アロナの世界が崩壊していく。

 

 迎撃するために、着弾予想地点の近くまで行ってたんだ……

 そのミサイルによる衝撃と熱、破片から身を護るために力を使いすぎてしまったのだろう……

 

 視界が、アロナの世界から、元に戻っていく。

 そして、俺の視界には……

 

 地獄が映った。

 

 赤く燃える大地と瓦礫、火の粉が舞い、そして焦げた臭いと火薬の臭いが鼻腔に絡みつく。

 

 そして、俺の体の上には何かが覆いかぶさっており、そこから赤く温かいものが俺の顔に流れ落ちていく。

 

 この臭いは、忘れるはずがない。

 血の臭い。

 

 スッと、頭の中が冷静になっていく。

 

 アロナは、さっきこう言った。

 

 俺と、周りの方をと。

 

 そして、ミサイルが着弾する直前……俺は何かに体を引っ張られていた。

 

 恐らく少しでも着弾地点から離そうとするため……

 

 俺が意識を失う直前に近くにいたのは……

 

 ずっと俺の側で護衛し続けてくれていたのは……

 

 そっと体を起こし、俺の上に覆いかぶさって、盾になってくれていた奴らを楽な体勢にしていく。

 

「きょう……かん……よかった……ぶ、じ……だったんすね」

 

「喋るな、メルナ」

 

 血だらけのメルナが、俺に向かって喋りかけてくる。

 ボロボロになったアルファ隊の全員に、応急手当を施していく。

 全員まだ息はある。

 ヘイローが砕けた奴はいない……

 いや、砕かせるわけがねぇ。

 

「えへ、へへ……そこは、いつもみたいに、せんせいとよべって……」

 

「生き残ったら幾らでも付き合ってやる。だから、生きることだけ考えろ」

 

「……はい、っす……」

 

 メルナのヘイローが消えた。

 急いで脈を確認する……

 

 死んだ……訳ではない、気絶しただけか……

 

 全員の処置が終わるころには、辺りの火の粉が落ち着き、静かになる。

 

「先生……!」

 

 誰かが俺を呼んでいる。

 この声は……

 

「ヒナタ!怪我人だ!こっちに来てくれ!」

 

「はい!」

 

 声と共にヒナタが見える。

 その後ろには、ハスミとツルギの姿が。

 

「無事だったか……悪いが、こいつらを安全な場所まで連れて行ってくれねぇか?」

 

「それは、私が……」

 

「正義実現委員会も大部分が、先ほどの爆撃で戦闘不能に……それに、ナギサさんやサクラコさん……それ以外にも多くの方が見当たらなくって……」

 

 ヒナタが、応急手当をしたアルファ隊たち全員を抱えて、運んでいく。

 凄まじい怪力だが、助かった。

 ハスミの報告を聞きながら、懐から煙草を取り出して、火をつける。

 

「ゲヘナ側も、ほとんど確認が取れていません……申し訳ございません、先生」

 

「いや、俺がミサイルの迎撃に失敗したのが事の始まりだ。気にするな……俺は、マコト達を探す、お前さんらは、ナギサの方を頼めるか?」

 

 俺が、立ち上がり歩き出そうとした瞬間、ツルギが反応し、物陰に向かって発砲を行う。

 

「アリウスのお出迎えか……」

 

「作戦地域に到着、シャーレの先生と正義実現委員会の残党を発見。……いや、訂正。残党じゃなくて、真髄だった。ハスミとツルギか……兵力をこっちに回して。これより交戦に入る」

 

 黒いマスクに首に包帯を巻きつけた少女が、FIM-92をこちらに向けながら、無線で話している。

 相手は恐らくリーダーだろうな。

 その後ろには、アリウスの生徒たちが見える。

 

「……本当に顔を見せてくるなんて……許しません。その代償を、今ここで……!!」

 

「ハスミ。落ち着け」

 

 アリウスの姿を確認したハスミが激昂して、襲い掛かろうとしているところをツルギが宥める。

 良く出来たリーダーだ。

 

「……こいつらの事任せてもいいか?」

 

「ゲヘナの風紀委員長が心配なんですか?」

 

 ハスミの言ってることは図星だ。

 何せ、ヒナにはイブキの警護を任せている。

 アイツのことだ。自分の生存を度外視して守ってねぇか……それが不安だ。

 

「……分かった。先生は向かってください。暴れるのは……私の役目だから」

 

 そう呟いたツルギは、黒いマスクのアリウスの生徒に立ち向かうように前に出ながら、両手のショットガンを広げる。

 

 頼もしい背中だぜ、全く。

 

「……くひひひひっ……さぁ。相手してやるぜ、虫けら共!かかってきなぁっ!!!」

 

「先生、御武運を」

 

 口火を切ったツルギが、走り出すのと俺が離脱するのは、ほぼ同時だった。

 奇声を上げながら、銃声が鳴り響き、それを聞き届けながら、俺はヒナを探しに走る。

 

 

 

 道中、俺の前を立ちふさがるように青白く光る少女が俺に向かって襲ってくる。

 ガスマスクに、そしてシスター服のような変わった服を着こんだそいつらからは、まるで生気を感じない。

 

「どうなってやがる、確かに眉間にぶち込んだはずなんだがな……」

 

 まるで手応えがねぇ……

 幽霊、なんてもんを信じるつもりはねぇが……

 

 シスターのような礼拝服。

 それにアリウスの生徒たちみたいに、ガスマスクをつけて……

 

 その姿に何か引っかかった俺は、モモトークを開いて連絡を取る。

 

「おい、ヒナタ!聞こえるか!」

 

『は、はい!聞こえています!』

 

「お前さんが、話していた『ユスティナ聖徒会』の守護者って奴ら、あれの姿とか覚えてねぇか!?」

 

 急にかかってきた俺の通話に応じてくれたヒナタに、目の前の少女の写真を送り付ける。

 

『……え、なんで……その姿は、数百年前に消えたはずの『戒律の守護者たち』です!!』

 

 道理で手応えがねぇわけだ……

 大方誰かの神秘なんだろうが……どいつもこいつも姿が似ていやがる。

 

 要するにあれは、生きた奴らじゃねぇ。

 

 しかし、問題なのは……残弾数の少なさよりも、格闘戦が出来ないことだな……

 アロナのおかげで、アルファ隊も生き残れた。

 だから、仕方ないんだがな。

 

「キリがねぇ……!」

 

 とは言え、ざっと30体はいるか?

 迂回も考えたいが……この数を回避するのは現実的じゃねぇな……

 

 徐々に迫って来る守護者たちを前に考えあぐねていると、重低音の発砲が聞こえる。

 

「先生!!!」

 

「ヒナか!」

 

 その声が聞こえた方向に、俺は走り出す。

 守護者たちを紫の弾幕が襲い、蹴散らしていく。

 

「ヒナ、お前さんその傷は……」

 

 ヒナが頭から血を流し、右腕をダラリと力なく下げた姿で俺の前に現れる。

 かなりの重傷だな……

 少なくとも右腕と左わき腹、頭蓋の一部が損傷している。

 

「少しは傷を回復したから……イブキ達も無事よ……咄嗟に、私の神秘で防護壁を作ったから……」

 

「そいつはよかった……離脱は出来てるんだな?」

 

 その言葉にうなづいたヒナは、片腕で銃を持ち上げて、歩き出す。

 

「正実の二人が向こうで敵の足止めをしているが……ヒナ、まずはお前を離脱させる」

 

「だめよ、私はまだ戦えるわ」

 

 傷のある奴をこれ以上戦わせるのは、とてもじゃないが容認できない。

 ただ、こいつがこの傷を負った中でここまで来たのは、間違いなく俺のせいだろう。

 

「……分かった、なら俺と一緒に離脱する。それでいいな?」

 

「……了解、退路は……」

 

 ヒナが振り返った先には、守護者たちが大勢いる。

 どちらにせよ、ここを突破するしかなさそうだ。

 

「一緒に切り拓くぞ」

 

「えぇ……貴方となら何処までも」

 

 全く……情けねぇことこの上ないな。

 新しい煙草に火をつけて、吸いながら、リロードをして銃を構える。

 ヒナが放つ弾幕によって、敵を蹴散らし、俺のマグナムでヒナのカバーを行う。

 敵の数は、多いが……数による暴力のような安い手しか使ってこねぇ。

 それはそれで辛いものはあるが……ただ、強敵を相手にした時ほどの緊張感はねぇ。

 

 まぁ、それは、こいつに背中を預けているからだろうな。

 

「……あともう少しよ……」

 

「ヒナ、肩貸すぜ」

 

 ある程度片付けて、安全地帯まであと少しの距離まで歩いてこれた。

 流石のヒナも体力の限界なのだろう……

 歩くのも辛そうな彼女に肩を貸そうとした瞬間……

 

 銃声が鳴り響く。

 

 俺の目の前でヒナが撃たれた。

 

 銃弾の衝撃で、近くの建物の壁へと叩きつけられ、ヒナは動かなくなった。

 

「ヒナッ!!」

 

「ゲヘナの風紀委員長、ようやく倒れた」

 

「やっとですか……痛かったですよねぇ、よくあの傷でここまで……」

 

 銃声のなった方向から足音が聞こえる。

 先ほどの黒いマスクの少女に加えて、水色の長い髪の少女に、紫髪で白いフードで顔を隠した少女がこちらに向かって歩いてくる。

 

「トリニティとゲヘナの主要人物は全部片付いた。残りはもう貴様だけだ、シャーレの先生」

 

 黒い帽子に藍色の髪をした少女……

 明らかなリーダー格って奴だな。

 

「お前さんが、スクワッドのリーダー、サオリか」

 

「…………あぁ、そうだ。アズサが世話になったらしい。あいつには今から会いに行く予定だ」

 

 長い沈黙の後、サオリが俺の発言を肯定する。

 こいつらが、アリウススクワッド……

 

 確かに全員、かなりのプロフェッショナルと見たな……

 

「……我々は、トリニティに代わり、この『通功の古聖堂』で条約に調印した」

 

「あぁ、そうか……お前さんらの目的……いや、目的を果たすための前段階として、エデン条約を乗っ取りたかった訳か」

 

 俺らしくねぇミスだ。

『どうして』だとか『結果』の方ばかりに目を向けて、『どうやって』を完全に忘れていた。

 

「大昔の第一回公会議の仕返しってところか?」

 

「ほう……流石に頭がキレる様だな。あぁその通りだ。我々が行使すべき当然の権利だ」

 

 あの守護者たちは、要するにだ……

 こいつらが書き換えた戒律によって出現したカラクリってところなんだろな。

 

「あの守護者たちの兵力を使って、ゲヘナとトリニティを潰そうってわけか……壮大な復讐劇だな」

 

「あぁ……だが、貴様がそれを見ることはない」

 

 サオリが拳銃を構える。

 

 嘗められたもんだな。

 俺を前にしてそう悠長に銃を構えるなんざ……

 

「っ!」

 

「……まずは、俺に早撃ちで勝ててから、その先のセリフを吐いてもらおうか」

 

 銃弾を一発、サオリの拳銃に当てて、弾き飛ばす。

 当然周りのスクワッドも動くが……

 俺が抵抗するとは思ってなかったのか、反応が一瞬遅れる。

 

 その隙さえあれば充分だ。

 

「悪いが、寝てろ」

 

 残った弾丸を三人の眉間に命中させ、気絶させる。

 

 今の俺は、気が立ってる。

 

 ヒナやアルファ隊をやられたのもそうだが……それ以上にだ。

 

 俺に撃たれた時のサオリの目つきには何処か覚えがある。

 

 ただ、それが思い出せない。

 

「サオリだったか。どうする。形勢逆転だぜ」

 

「……やはり、『彼女』の言う通りだった」

 

「彼女……?」

 

 サオリがSIG516を構える。

 止まる気はないらしい。

 仕方ねぇ……やるしかないな。

 

「貴様が、一番……計画の支障になり得る」

 

 サオリの向けた銃口が、俺から逸れる。

 

 俺を狙っていない?

 

 サオリの銃口の先には……彼女がいる。

 

「……っう……」

 

 苦痛に呻くヒナがいる。

 

 俺の体は自然と駆け出していた。

 

 脳裏に響くのは……あの予言だった。

 

 

 

『楽園の扉が開かれる時』

 

 

 鉛色の曇り空の下、銃声が鳴り響く。

 

 

『天より注ぐ破滅の雫が堕ち』

 

 体に衝撃と激痛が走る。

 口から熱く生臭い液体が溢れ、端から流れ出る。

 

 

『君は大切な黒い翼を持つ生徒を庇い』

 

 

「せん、せい……そんな……だ、だめ……」

 

 

『命を落とす。』

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」

 





地に伏す体

零れ落ちる涙

絶望に濡れたその世界で、それでもと叫んでくれ

次章 Vol.Ⅲ-2 その時、古くからの相棒が言った








これにて、『撃手はエデンの夢を見る』は閉幕でございます。

ここすき、感想、評価お待ちしております。

今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か

  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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