扉を抜けた先に広がる光。
目を閉じ、再び開くと、暗い病室のベッドの上で俺は寝ていた。
体に巻かれた包帯に、腕に繋がれた脈拍機のケーブルが見える。
ふと顔を倒してベッドの横を見ると、蒼森とセナが椅子に座って舟を漕いでいる。
「……ここは……」
俺が声をふと漏らすと、隣にいた二人が目を覚まし、一瞬の間の後、驚いた表情をする。
「先生!」
「息を吹き返したのですね!!」
ひでぇ頭痛がする。
貧血か……?
冷静に分析している場合でもねぇか。
「セナ、蒼森、あれから何日経った!」
「式の事故が起きてからまだ二日です」
「二日……ってことは、アズサはもうとっくに一人で行きやがったな」
時間を確認したかったのは、あの夢の中の世界とこっちの世界じゃ時間軸がバラバラだからだ。
少なくとも過去のセイアと俺があぁやって話せることが出来たんだからな……
二日ってことは……大体、アズサがサオリのところに行って、爆弾を爆破させたあたりの時間帯か……?
「こうしちゃ、いられねぇ……っぐ、いでで……」
「そんな急に立ち上がろうとしてはダメですよ」
「セナさんの言う通りです。先生の体に空いた穴……計40針の大手術を終えたばかりで、そんな身体で動いては傷が開いてしまいます」
起き上がろうとした瞬間に腹に激痛が走る。
腸を含めて腹をぶち抜かれたわけだからな……
それなりの手術は覚悟してたが……
ったく色々足りねぇな……
「……おい、食いもんだ。食い物を持ってこい」
「まさか先生……!」
「なんだっていい、血が足りねぇんだ。あるだけ運んできてくれ……」
まさかあいつと同じことをする羽目になるとはな。
ったく、今度から俺もルパンの野郎を叱れねぇじゃねぇか……
セナが、俺に対して不安そうな目を向けて話しかけてくる。
「先生、貴方は一度死にかけた身ですよ。その体に負担をかけるような事は……」
「私が見守っています。先生、もしヤケ食いなどした場合は……分かっていますね?」
蒼森が冷ややかな目線で俺のことを見てくる。
随分と信用されてるみたいで良かった。
悪い方向にだけどな。
しばらく待っていると、セナが病院食を運んでくる。
味気ねぇが……ないよりかはマシってくらいだ。
「なぁ、もっとあるか?」
「駄目です。これ以上は、胃が受け付けません」
「はぁ、鉄拳喰らうよりかはマシか」
もう少し食いたいところだったが、隣に座っているお医者さんがそれを許しちゃくれねぇらしい。
仕方ねぇ……破れば間違いなく殴ってでも止められるからな……
腹ごしらえは、済んだ。
そしたら……止めに行かなくちゃな。
俺が扉を抜ける直前に、セイアが教えてくれたことがある。
『先生、どうやらパテル派がこの機に乗じて、ミカを脱獄させる気らしい……』
今のミカを見れば、どうするかなんざ分かるが……問題は、その後のことだ。
傷口はまだ痛むが……時間的にも動かねぇと間に合わないだろう。
今度こそ体を起こし、ベッドの上から立ち上がろうとするが、俺の肩を優しく抑える二人の手が。
「……先生食べたばかりで動くのは、よろしくないですよ」
「先ほど言いました通り、先生は大手術の後に一度心肺停止状態……そんな体を引きずって何処に行くつもりで」
肩にかかる力こそ優しいが、二人の目線は厳しいものだ。
まぁ、当然と言えば当然ではあるがな。
「仕事がまだ残ってるんだ。悪いが……通してくれ」
「死地に行くつもりですか」
「死ぬ気なんざ毛頭ねぇよ」
二人の手を上からそっと触れてから手を外して、俺は立ち上がり、穴の空いたスーツを羽織る。
「先生……貴方は今までそうやって我々の思いを押しのけてきたのですか?」
立ち去ろうとする俺の背中にセナの言葉が刺さる。
……こいつらの人を助けたいという思い自体は本物で、俺はそれのおかげで生き残った。
助けてくれたにも関わらず、それを無視して前に進むのは……確かに失礼なことだ。
ただ、それでもやらなきゃいけねぇ事ってのが世の中にはある。
だから、目の前に立ち塞がる蒼森を宥めなくちゃいけねぇ。
「確かに先生には、先生のやるべきことがあるのでしょう。だとしても!救護の名にかけて、負傷者を行かせるわけには──「ミネ」……先生、今、私の名前を?」
「セナもだ。お前さんらのお陰で俺は生き残れた。ありがとう。命を粗末にするつもりはねぇ、約束だ。だから頼む、向かわせてくれ。お前らと同じように救わねぇと行けないもんがあるんだ」
「……はぁ、団長。先生は、どうやらかなりの頑固者らしいですね」
後ろから溜息を吐くセナの声が聞こえる。
頑固者で悪かったな。
俺を止める気のないミネの横を通って、俺は扉に手をかける。
扉を開いた瞬間、声をかけられる。
「……先生、丸腰で何処に行かれるおつもりで」
振り向くと、ミネから俺のマグナムを投げ渡される。
どうやら、二人が保管してくれていたらしい。
「……何から何まで世話になったな」
「それが私たちの仕事ですので」
受け取ったマグナムを腰に仕舞いこんで、俺はトリニティへと向かう。
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暗い部屋の中、私のことを監禁している部屋に来訪者が現れた。
「ミカ様、こちらへ」
確か彼女は、パテル派の子だったけ……?
その子の後ろからさらに二人ほどやってくる。
どの子もティーパーティーにいたころに見たことがあるような気がする。
「ミカ様!!」
「お待たせしました、もう自由です!」
その子の発言で何となく外の様子が分かってしまった。
多分だけど……ナギちゃんが大変なことになってるっぽいね。
どうしよっかな。
もう私にその気はないんだけど……この子達を止める必要があるよね……
これも私への罰ってことかな?
「ふんふん……なるほどね。大体状況は分かったよ。つまり……みんな、私のファンってところかな?やー、仕方ないなぁ。サインでもしてあげよっか?」
「い、いえそうではなく。ご覧になったかと思いますが、現在トリニティは──「うん、だいたい分かってるよ。で、ここのみんなは何?まさかだとは思うけど、ゲヘナに宣戦布告でもしようとか考えたり?」……はい、その通りです!今こそゲヘナの角付きを消し去るチャンスかと!」
いやぁ、まさか嫌な予感が当たっちゃうなんてね。
適当な演技だったけど、この子達の目的は聞き出せた。
後は、この子たちをここに足止めしなくちゃだよね。
ハナコちゃんとかが、てっきり指揮してるかなって思ったけど。
この感じ、完全なクーデターってところかな?
正実と他のシスターフッドの子たちはどうしてるんだろう?
もしかして、みんな調印式でやられちゃった?
「あなた様が望んでいた通り、ゲヘナとの全面抗争を……!」
「さぁ、今すぐにトリニティ全域に戦闘命令を!」
この子たちの目的は、私の解放……ってよりも、私を神輿に乗せたいって感じだね。
私の口から笑いが零れ落ちる。
「あはっ、あははは……そうだね。私はゲヘナが大っ嫌いだよ」
本当は宥めるとか、そんな道もあると思うけど。
私に先生みたいな手段はとれないや。
「……で?だから何なの?どうしてそんな命令を、欲しがって来たわけ?」
「……はい?」
「ふふっ、他の派閥を抑えたんでしょ?実際のところ、宣戦布告なんて手続きいらないじゃんね。貴方たちが長になって、今すぐゲヘナに殴り掛かれば良いのにさ。 それなのに自分たちの代わりに怒って、命令してくれだなんて……あははっ!何それ、面白いことするね」
自分たちの意思で、動かずに私を祭り上げて、大義名分を得たい。
そんな彼女たちのことを見ていると、自分のことを見ているようで自然と笑いが止まらなくなる。
「気に障ったらごめんね? 私は確かにゲヘナが嫌いだよ。生まれ持ったものだから変えられないと思うの。でも……戦争をするほどじゃないんだよね。人を殺したいほど憎んじゃいないの。だから悪いんだけど、帰ってもらえるかな?」
「今がどれだけ重大なタイミングなのか、分かっていらっしゃるのですか?」
「だから、言ったじゃん。私の手なんか借りずに自分でやりなよってさ」
私は、先生に止められたから、先生の手に穴を空けた重罪だけで済んだ。
あの時、私の頬にかかった熱くて生臭い血の臭いとセイアちゃんの言葉。
私は、私の罪を償う。
だから、これも……一つの罪滅ぼしかな。
この子たちの恨みを私に向けさせて……私が背負うから。
こういう、生意気な口の利き方は得意なんだよね私。
「なんだと……」
「聞こえなかった?お耳掃除でもしてあげようか?命令されなきゃ、憎むことすらできないの、って言ってるの」
「この、言わせておけば……!」
私のことを出迎えてくれた子が、私の首の襟を掴んでから、頬を殴ってくる。
神秘を使えば、この子の拳を割ることなんて簡単だけど……でも今は不思議と力が入らなかった。
「世間知らずのお嬢様が!わざわざ牢屋から出してあげようっていうのに、調子に乗って……!」
殴り倒された私のお腹に蹴りが入り、壁まで飛ばされる。
痛いなぁ……
銃口が向けられ、地面に倒れ伏している私に向かって弾丸の雨が降り注ぐ。
「自分の立場を理解しろ!もうティーパーティーから解任直前の分際で!」
そうだよ……君たちが頼ろうとしたのはそんな女なんだよ?
マガジンが切れたのか。交換することもなく、銃身を掴んで、私を叩いて……
「わざわざ来てあげたというのに、それを……!」
止まない暴行の嵐。
でも、これも私の罰だから……
艶やかだった私の羽が、ボロボロに。
綺麗に仕立てられていた私の服は、埃と血で汚れる。
痛いけど、でも我慢しなくちゃ……
そんな風に思っていると、声が聞こえてくる。
「な、何してんのっ!?」
ふと、目を向けると……そこには黒い翼とピンクの髪の少女が……
コハル……ちゃん……?
「な、なんだお前は!」
「それはこっちのセリフよ!い、いじめは駄目っ!どうして、こんなに大勢で寄ってたかって……」
コハルちゃんが走って、倒れる私の前に立ち塞がる。
「こ、こんなの、私が許さないんだからっ!!」
小さな体で、声を張り上げて……よく見ると震えている。
怖いはずなのに、どうして?
「どきなさい、今の状況が分からないの!?」
「緊急事態なのよ!?」
「で、でも私は……!──「どけっ!!!」嫌っ!!」
銃のストックで、コハルちゃんの頭が殴られる。
地面にポタポタと血が垂れている。
痛いはずなのに、一歩も引かない。
「わ、私はバカだから、何がどうなってるのか全然分からないけど……でも、これは違う!こんなの絶対にダメ!!!殴るなら私にしなさい!!絶対に絶対に……一歩も退かないから!!」
「聞かない奴だ……それなら」
その言葉に頭が来たのか、マガジンを変えて、三人が銃を構える。
私のせいで……コハルちゃんが。
さっきまで全身を撃たれたせいで……力が……
私のバカ、自分の罰に他人を巻き込んで……そのせいで……!
三人の引き金が引かれる瞬間、銃声が響く。
入口の方から飛んできた弾丸が彼女たちの銃に命中。
音を立てて、三人の銃が粉砕される。
そして、奥の方から、革靴の音が鳴る。
「おい、俺の生徒に何してんだ」
「っ、シャーレの先生……この子、何処か見覚えがあると思ったら、補習授業部の落ちこぼ……ひぃっ!」
銃弾が喋った子の頭の横を横切る。
先生……怒ってる。
「……見逃してやる。さっさと消えな」
一歩進むごとに部屋の中に流れ出す先生の気迫……いや、これは……気迫じゃなくて……
そんなことを考えていたら、濃密なそれにやられた三人がそそくさと出ていく。
「せ、先生……先生……!」
「コハル、やるじゃねぇか。見直したぜ、正義実現委員会のエリート」
コハルちゃんが、先生に抱き着き、その頭を撫でてもらいながら少し泣いている。
安心したから……なのかな。
「ミカ。お前さんも良く立ち止まれたな」
「……うん、セイアちゃんに、先生のお陰……かな?」
「はっ……そいつは光栄だ」
傷ついた私の手を取って、先生は立ち上がらせてくれた。
その帽子の下の優しい目が私のことを見抜いてくる。
出会った最初から、分かってたのかな。なんてね。
出ていく先生の後ろ姿を私は見つめて、思い耽けていた。
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「せ、先生だ……死んだって聞いたんだけど」
「おい、ゾンビか幽霊みたいなもん見る目で見てくるんじゃねぇよ」
「す、すみません!」
ティーパーティーの役員に、驚いた様子で謝られる。
あからさまにドン引きした声で囁かれたぞ。
今は、コハルを連れて、会議室へと足を運んでいる。
会議室の中には、ハナコとマリーが居て、なにやら作戦を立てている様子だった。
「現状維持、ありがとうハナコ。また貸しが出来ちまった」
「ふふっ、当然返してくれるのですよね?」
「あぁ、ここからは、大人の出番だ」
眠ってた分は、働いて返さなくちゃな。
それに、一番会いに行かなくちゃいけねぇ存在が、まだいるんだ。
散々助けられた魔王様に逢いに行かなくちゃな。
これまで頑張ってきた君に
折れかけている君に
次回 役立たずな私と貴方
皆さん夏イベ楽しんでますか?
作者は水着セイア様の二枚抜き達成してホクホクですわ。
これはもうね、前回の話が干渉したと思うので全力で育てていきます。
さてさて、第二章ももうそろそろ佳境。
あのスチルはやりたいんですけどね、そのあとのボス戦をやりたくないという矛盾
どうしたものか……
では、評価、感想、ここすきお待ちしております。
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持