新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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2-5 役立たずな私と貴方

 部屋の外では雨が降り、窓を濡らし、部屋にジメジメとした空気が流れ込む。

 

 暗い部屋の中で私はベッドの上に蹲り、ただただ時間を浪費し続けている。

 もう私は頑張れない。

 

 生きる価値のない私に……

 自ら命を絶つ手段の取れない臆病な私にはこうすることしかできない。

 

 先生が倒れてから48時間……目を閉じるたびに、頭の中に流れるのはアリウスの生徒によって先生が撃たれる後ろ姿。

 

 涙はもう枯れ果てた。

 

 私みたいな役立たずなんか……

 そんな声が胸の奥から溢れ出る。

 

 頑丈な私が嫌になる。

 

 私の手から零れ落ちていく儚くて尊い命の感覚……

 

 手が震える。

 

 もう力も入らない。

 

 さっさと……死んでしまえばいいのに。

 

 そんな弱い私の部屋の扉がノックされる。

 

 配達を頼んだ記憶もない。

 

 風紀委員会の子達には、私の住所を教えた記憶もない。

 

「……誰?」

 

 鍵を開けに行くことすら億劫だ。

 

 どうせこのまま腐れ死ぬのだから……ほっといてほしい。

 

 ガチャリと金属音が鳴ると共に、部屋の鍵が開錠させられる。

 

 それなりに複雑な構造の鍵のはずなのに……どうやって?

 

 身構えることすらせず、私はこちらに向かって歩く足音の主をじっと見つめていた。

 最初は誰だか分からなかったけど……部屋に差し込む夜の明かりが、その主を照らし出す。

 

「……」

 

「せ、先生……生きてた、のね……良かった」

 

 嬉しいはずなのに、何も感情が湧き出ない。

 死ぬはずがないと思ってた、でも……あの神秘を喰らったら先生でも危ういと思っていた。

 

 自己矛盾が酷すぎて……乾いた笑いすら出てこない。

 

「お前さんも酷い傷だっただろ。セナに聞いたぜ?脱走したんだってな」

 

「私なんか別にいいのよ……むしろそのまま……」

 

 先生が私の隣に座る。

 先生の体重でベットが沈み、少し跳ね、そのまま先生の肩に頭を寄せてしまう。

 

「このまま引退するか?」

 

「……そのつもり……ごめん、私には……もう無理……もしあの時みたいに助けを求めてるのなら……ガッカリさせてごめん。役立たずな私は、もう誰も守れないわ」

 

「そうか……別に降りるってのなら止めやしねぇさ。それにお前さんには礼を言いたかったんだ」

 

 先生がそっと頭を撫でてくる。

 

 仕事を頑張った時、風紀委員会の演習の時も、先生はこうして頭を撫でてくれた。

 私って……こんなに甘えん坊だったのかと、今になって気づく。

 

「お礼……? 先生を守れなかった私にお礼なんて……」

 

「お前さんが居なきゃ、俺はあのまま始末されてた。お前さんが居なきゃ、イブキ達も死んでた。同じプロとして、尊敬できる仕事ぶりだった」

 

「……でも、私は……」

 

 先生の言葉が、心に沁みていく。

 そっとその言葉に、私は耳を傾けていた。

 

「後は任せとけ、責任感の強いお前さんのことだ。寝てねぇんだろ?ゆっくり休んでな」

 

 先生が立ち上がり、ドアへと歩いていく。

 その後ろ姿に……あの光景を重ねてしまう。

 

 本当はあの時、動けたはずだった。

 でも、人の命を天秤に乗せられて……私は怖気づいてしまった。

 

 失うという事が怖くて怖くて……逃げてしまいたかった。

 

 私の心の裏に潜んでいた彼女が顔を出し……勝手に話し始める。

 

「私は……小鳥遊ホシノみたいには、なれない……」

 

「前アビドス生徒会長の話か?行方不明って聞いたが……」

 

「……えぇ、でも一つだけ違うわ。彼女は死んだの。その遺体を見つけたのは……小鳥遊ホシノだったそうよ。かけがえのない、物凄く大切な人だったはずなのに……」

 

 小鳥遊ホシノは、変わってしまったところもある。

 それでも……戦闘を仕掛けられた時のあの眼光は……当時のままだった。

 彼女は折れずに、まだそこにいるのだ。

 大切な人を失っても尚……

 

「あれだけの苦しみを味わっておきながら、彼女はまだアビドスで戦っている……私には、そんなことできない……私はみんなが思うほど強くないの……もう、あの瞬間に……もう……う゛ぅぅ……」

 

 おかしい、枯れたはずなのに、目が熱くなる。

 もう散々喚いたはずなのに……

 

「……ヒ──「私だって頑張った!!!」」

 

 私の手は、先生の服を掴んで、自分に寄せてしまっていた。

 こんな事したくないのに……

 

「いつも肝心なところで空回りしちゃうけど……アルファ隊とか、便利屋68みたいに……先生に褒められたくって!! 先生の自慢の生徒で居たかった!!!先生の一番で在りたかった!!」

 

 顔が熱くなる。

 心臓が針に刺されているみたいにチクチクと痛く軋み上げる。

 

 それでも、口は止まらなかった。

 

「先生に頼ってほしくて!!その期待に応えたくて……!!ぐっ……うぅ……」

 

「ったく……」

 

 私の視界が暗くなる。

 優しく暖かな感触が広がる。

 先生の胸に抱き寄せられているという事に気が付くのにそう時間はかからなかった。

 

「お前さんがまさかそこまで甘えん坊さんだったとはな?」

 

「っ、は……なしてっ」

 

「良いから、そのまま聞きな……俺ぁ今まで色んな奴と戦って命のやり取りをしてきた。 そんな俺がだ。キヴォトスに来て、初めて戦いたくねぇと思ったのはお前なんだよ。空崎ヒナ……理由は単純なもんだ。純粋に強ぇし、頭もキレる。そのうえ人格者……」

 

 抱き留められたまま、先生は私のことを褒めてくる。

 恥ずかしくて、自分には勿体ない言葉の数々に、顔が熱くなる。

 離してほしいのに腕に力が入らなくて、離してもらえない。

 

「……まぁ、つまりは……お前さんは頼りになる女だってことだよ」

 

「……一番?」

 

「悪いが、俺の一番は俺自身なんでな。そいつは譲れねぇ」

 

「……頑固者……ふふっ」

 

 ようやく離してもらえた。

 少し名残惜しいのは……秘密だけど……

 

 あんなに泣いたはずだったのに、気持ちが少しスッキリした。

 

 私は、結局誰かに甘えたかったのね。

 子供みたいに……

 

「先生。何か私に頼みに来たんじゃないのかしら?」

 

「くくっ、引退したんじゃなかったのか?」

 

「意地悪ね……分かってる癖に……甘えたかったのよ……悪かったかしら?」

 

「それの答えは、随分と前に言っただろ?……先行って待ってるぜ」

 

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられたあと、先生は今度こそ外へと出ていく。

 着替えなくちゃ……

 

 貴方の頼れる女が……今度こそ、道を切り拓くから。

 

 ────────────────────   

 

 ────────────   

 

 ──────

 

 時間は少し遡る。

 

 アリウススクワッドとの戦闘の前の準備……その為に俺は幾つかの病院を回っていた。

 まぁ、それもあるが、入院している奴らの様子を見たかったのが正直なところだ。

 

 俺が病室に入ると、そこにはミイラみてぇに包帯でグルグル巻きになったハスミとその横のベッドにもたれかかるように寝込むツルギの姿が見える。

 

 俺が近付くと、その気配を察知したのか、ツルギがガバリと起き上がって俺に銃を向けてくる。

 気配を消したつもりはなかったが……流石の反応速度だな。

 

「おはよう。ツルギ」

 

「……? ……ぎゃあぁぁぁぁあっ!!??」

 

「うるさいですよ……ツルギ……」

 

 俺だと気付いていなかったのか寝ぼけていたのか、徐々に目の焦点が合い始めると、奇声を出して驚き、その声でハスミが目を覚ます。

 

「ハスミも、生きてるみたいでよかった」

 

「えぇ……何とか……」

 

「せ、せせせ、先生……!? ど、どうしてこちらに……!?」

 

 ハスミと話している横で、生娘みたいな声でツルギがオドオドした様子で話しかけてくる。

 もうこいつの変貌の差には慣れたな。

 

「少しお前さんらに手伝ってほしいことがあってな。ハスミ……は、まだ無理そうか?」

 

「…………ハスミ、私の神秘を少し貸す。治せるな?」

 

 俺の発言を聞いたツルギが、声色を変えてハスミを見つめている。

 俺としちゃ無理をしてほしくはねぇんだがな……

 

「分かりました。時間と座標を、正義実現委員会にお送りしてください……間に合わせます」

 

 決意が固まっているハスミの目を見れば、これ以上は野暮ってものか。

 俺はそっとメモをツルギに渡して、その場を後にする。

 

 これで先ずは一つ。

 

 その足で、俺はゲヘナの方へと出向く。

 

 

 

 二度目になる救急医学部の部室に着くと、風紀委員会の幹部組がベッドの上で寝かされていた。

 

「セナ、お前さんまだ働いてたのか?」

 

「おや、先生。貴方に言われたくはないですね」

 

 相変わらず辛辣な返しをしてきやがる。

 キヴォトスってのは、口が達者な奴しかいねぇのか?

 まぁ、素直だと思うべきかね……

 

「……先生、良かった。ご無事だったんですね」

 

「チナツ、まだあなたは動いては駄目です。先輩命令ですよ」

 

 チナツが俺の様子に気が付いたようで体を起こそうとするが、即座にセナによって取り抑えられ、そのまま包帯でベッドに固定させられる。

 

 ……どこかで見たことのある処置だな……

 

「それ、ミネの奴から教わったのか……?」

 

「えぇ、実に合理的な方法だと思いますね」

 

「……はぁ」

 

 頭が痛くなるな……あの二人のお陰で助かったのは事実なんだが……

 そこで技術の交換が行われたのはな……

 

 いい事のはずなのにな……

 頭が痛くなるぜ……

 

 頭を押さえていると近くのベッドから誰かが起き上がり、俺へと声をかける。

 

「……ごしゅ……いえ、先生……」

 

「アコちゃん、体動かしたら怪我が……ぐっ!」

 

「お前さんらも生き残ってたか。怪我が酷いんだろ?」

 

 起き上がって何か口走りかけたアコに、それに反応したイオリに声をかける。

 そして、一つ空いたベッドに目が向く。

 

「……そこはヒナが寝ていたはずのベッドです」

 

「気が付いたら居なくなってしまっていて……酷い怪我を負っていたはずですのに……」

 

 セナとアコが、話してくれたが、全くあのバカは。

 どうやら……脱走をしたみたいだな。

 

「ヒナは俺に任せろ。動けるメンバーだけでいいんだが……力を貸してくれねぇか」

 

「お任せください。間に合わせますよ」

 

「あと、もう一つ聞きてぇんだが……アルファ隊はどうなった。俺を庇って怪我をしたんだ」

 

 セナの言葉に皆がうなづく中で俺は、気になっていたことを話す。

 ヒナタに預けたあいつらが無事なのか……

 

 俺の言葉に返ってきたのは……沈黙だった。

 

「……そうか。ありがとうな」

 

 そっとメモを残して、俺はトリニティ学園の校舎へと向かう。

 これで……二つ目。

 

 

 

「ヒフミ、コハル、ハナコ。お前さんらはどうしたい」

 

 頭の怪我を治してもらったコハルと、指揮を執っていたハナコに、置いていかれてしまったヒフミを俺は集めて、一人欠けた補習授業部の教室で、話しかける。

 

「アズサのことは聞いた。ここから先は、正真正銘の死地だ。お前さんらを連れていくには、少し荷が重い」

 

 こいつらが仲間思いなのは百も承知だ。

 それでも、堅気のガキを戦地に連れていくのはな。

 

 ミカとナギサの救出作戦の時は、まだ戦闘をせずに済む作戦と、戦闘のプロであるアズサが居たから任せられたが……

 

 今回ばっかしは、そうはいかねぇ。

 

「……それでも、アズサちゃんは一人で戦っています……まだ、独りでずっと……居場所が違うんだ、って……それで私、何も分からなく……こんな大変なことになってしまって……もう私みたいな普通の学生に出来ることなんて……」

 

 啜り泣くヒフミが、そう声を出す。

 ヒフミはなまじ素頭が良い。

 だからこそ、自分の力の範囲外だという事実を当然のように理解しちまっている。

 

 いつだったか、あの砂塵が吹き付ける場所で、あの夜に語った言葉を俺は、今度はヒフミに向かって、話す。

 

「出来るかどうかで悩むような奴は、俺らの世界じゃ、皆棺の中に消えていった。お前さんらはどうしたい」

 

 当然死地に足を踏み入れる覚悟は要る。

 それがねぇ奴の背中を押すなんざ、殺すに等しい行いだが……

 

 目の奥が死んでいない奴の、諦めたくないと思っているのに悩む奴の背中を押してやるのも、この仕事ってもんだろう。

 

 俺の言葉を聞いて、いの一番に声を上げたのは……コハルだった。

 

「放っておくわけにはいかないでしょ!! 立場なんて関係ない!わ、私は知ってるの……一人でいることとか、置いていかれることとか、それが凄く悲しいって! 先生!私はアズサを助けに行きたい!!」

 

「ふふっ……そうですね、独りぼっちは寂しいですもんね。私もアズサちゃんを助けに行きますよ」

 

 二人は俺に向かって宣言したのちに、ヒフミの方を見る。

 お前さんは、責任感の強い奴だ。

 平凡だって、自分を卑下するけどな。

 

 俺は知ってるぜ、お前さんが一期一会の縁だったとしても、犯罪行為だと分かっていて学校を守ろうとした奴に、手を貸しちまうほどの意思の強い奴だってことをさ。

 

「二人とも……はい……私も……アズサちゃんに会って、今度こそ……」

 

 まだ踏ん切りがつかないみたいだが、そんな彼女に声をかけたのはハナコだった。

 

「言いたいことは、伝えないとですね?」

 

「……はい。しっかりと、伝えないといけません」

 

 彼女の目には、決意を隠す曇りが消えていた。

 

 これで条件は揃った。

 

 あとは……あの場所に向かうだけだ。

 

 ──────

 

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 シトシトと雨が降りつづける。

 

 私の体を濡らし、つい先日に起こったばかりのこの地に刻まれた残忍な爪痕に水が流れていく。

 

 私の目の前には……三人の人影が……

 

 やっぱりここに来たみたいだった。

 

「よくも、よくも姫を……!絶対に許さない……!」

 

 サオリの言葉からして、サオリのことをアツコが庇ったようだった。

 特別な神秘を持つ彼女なら……死にはしなくとも大打撃を与えられたはず……

 

「私も許してない。だから……刺し違えてでも止める」

 

「お前にそんなことが出来るか!!!」

 

 サオリの体から今まで見てきたことがないほどの神秘が放出されている。

 感情が無駄だと言ったのに……サオリは、それに振り回されているのか?

 

 ……やっぱり人間なんだ、彼女も。

 

「私たちの怒りに、憎しみに、恨みに!耐えられるとでも思うのか!!」

 

 銃を構える。

 

「……私は、『人殺し』になる」

 

「アズサぁぁああ!!!!」

 

 ……たとえ、二度とあの世界に戻れなくなったとしても。

 




物語を語りましょう
幾度、羽が汚れても
星を目指して歩き出す。

曇り空のその先にきっと青空が広がると信じているから

次回 青春の物語










出す機会がなさそうなので、ここで語っておく豆設定。
ツルギの神秘である『カマエル』は、血液を意図的に操る神秘です。
それらの応用として、常時ヒールが掛かっており……まぁ、ざっくり例えると常時秤金次みたいなもんです。いつぞや話した戦闘中でも神秘の回復が出来る存在が彼女です。
倒れねぇってのはクソ強ぇだろ


では、評価、ここすき、感想お待ちしております

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  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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