『だからよ?次元先生の力が──「どうせ、いつもの不二子からのオネダリだろ」ギクッ』
「はぁ……てめぇも懲りねぇよな、ルパン。いいか、今回ばかりは降りるぜ、俺はよ」
『ちょ、ちょっとそりゃないぜ、次元ちゃん!五ェ門にも断られちゃって、頼れるのはお前くらいしか──』
BARの一角で俺は酒を煽りながら、いつも通りの日常を味わっていた。
不二子みてぇな女にうつつを抜かすルパンの気がしれねぇ。
バーボンを煽りながら、切った電話を内ポケットにしまうと、ふとポケットに違和感を気付く。
何か入っていたかと思い、違和感の正体を取り出すと、随分と懐かしいものを見つけた。
「シャーレの紋章か……懐かしいな」
もう大分昔のように思える、あの青い世界での仕事の記憶が紋章を手にした瞬間に走馬灯のように駆け巡る。
俺には似合わねぇ青春、青い奴らと共に駆けたあの時間……。
俺らしくねぇ感傷に浸りながら、酒を煽る。
「いらっしゃいませ……お好きな席にどうぞ」
このBARは人通りの少ない裏路地に入り口のある隠れ家的な店だ。
普段から経営が回ってんだか心配になる客の少なさをしているが……。
俺のような物珍しい客もたまにはいるもんだな。
他にも席があるってのに隣に座ったそいつの元に、マスターが話しかける。
「ご注文は?」
「彼と同じものを」
「かしこまりました」
声を聞いたその時、強烈な違和感に襲われる。
初めてのはずだが、その声に俺は聞き馴染みを感じている。
隣を見ると、紅いドレスに身を包み、同じ色の髪をした大人の女性が渡されたバーボンのグラスを手に取り、ゆっくりとそれを嚥下する。
その横顔を俺は覚えている。
彼女は、俺の方を向くとゆっくりとその口を開いた。
「久しぶりね、次元大介……先生」
「アル……なのか?」
グラスを片手にかつて少女だった彼女は微笑んだ。
笑顔は昔と何ら変わらねぇ。
「えぇ……会いに来たわよ、次元先生」
「……驚いた、本当にお前さんなのか」
「先生の本気で驚く顔なんて久しぶりね? 最後に見たのは、ハルカがシャーレを大爆発させた時かしら」
「……くっくっ、あれは笑えたな」
最後に会った時は、まだ幼さの残る顔立ちをしていた彼女だったが、それが今やどうだ。
何処に出しても恥ずかしくねぇ立派な大人になっていやがる。
「アル、どうしてここに」
「偶々風の噂で……嘘よ、先生に会いに来たの」
「俺に? キヴォトスとここじゃ、随分と離れてるだろう」
黒服の話を信じるのならそれこそ……。
いや、そんなことを追求するのは野暮ってもんだ。
どうあっても、コイツは俺に会いに来た。
それが答えだ。
「……まぁ、積もる話もあるだろう。聞かせてくれ」
「ありがとう、先生。 そうね……貴方が去っていった後、キヴォトスは一頻り混乱に陥ったわ。先生よりによって何にも言わずに出ていったんだもの」
「別れの言葉なんざ、俺には似合わねぇよ」
「キヴォトスにおいての先生の価値の大きさを、少しは考えて欲しいものね」
「けっ……」
「まぁそれでも、貴方の教え子だった皆はちゃんとその混乱を収めて、それで立派に卒業を迎えたわよ」
そうだろうな。
あの危機を超えて、神を超えたんだ。
俺のような人間1人が居なくなることに比べりゃ、大した事はねぇさ。
「分かってた、って顔ね」
「信頼してるからな」
「そう……あ、でもイズナとハルカを泣かせたことは許してないわよ」
「……女に泣かれるのは慣れてる」
「サイテーね、分かっててやってるのが先生の悪い所よ……まぁ、それでも明日は来る。今はみんな元気よ。 それで先生は?」
「変わらねぇよ、ルパン達とお宝を盗んで命を賭けて……こうして美味い酒を飲む。何ら変わらねぇさ」
俺がグラスの中の酒を飲むのを見て、アルもまた酒を飲む。
まさかアルと酒を飲む日が来るとはな。
教え子が大人になったと思うと、俺も歳を食ったと思わされる。
「それで、お前さんは今何してるんだ?」
「便利屋をハルカに預けて、今は一人で世界を旅しているわ」
「立派なアウトローになるため……か」
「ふふっ、流石先生ね。どうかしら、大人になった愛弟子の姿は?」
正面を俺へと向けた彼女は、妖しげにそう微笑んだ。
良くも悪くも成長したんだな、こいつは。
指先は綺麗だが、ほんの僅かに傷跡が見える。
ドレスで隠れちゃいるが、首元にも僅かに……。
どうやら、修羅場を潜り抜けてきたらしいな。
「立派になったな」
「ほんとかしら!」
「その喜ぶ時、身を乗り出す癖が直ってりゃな」
「っく……」
俺の言葉にこぶしを握りしめながら、悔しそうな顔をするアルを肴にまた酒を飲む。
感情の薄れちまった陸八魔アルなんて女は俺は見たくねぇからな。
そういうのは二度とごめんだ。
「アル、聞かせてくれよ。お前さんの今までの歩みを」
「くっ、真のハードボイルドになるにはまだまだ……私の、歩みを分かったわ」
そうしてアルは話し始める。
俺が居なくなってからのキヴォトスのことを。
俺と再会するまでにしてきたことを。
出会ってきた人達を。
「──砂漠を走るなんてもう懲り懲りよ」
「ははっ、災難だったなそいつは」
「はぁ全くよ……不親切ったらありゃしないわ」
「そうか……そうだ、大切なことを聞き忘れていたな」
キョトンとした顔で首を傾げるこいつに俺はゆっくりと口を開く。
「楽しかったか? これまでの仕事は」
「……えぇ、当たり前よ、先生。だって、貴方の背中を追うための十何年だったのだから」
アルの紅い瞳から涙が溢れ落ちる。
その口角はあくまでも高く、笑顔のまま少女は泣いた。
まだまだだな、こいつは。
こいつの涙が止まるまで、俺はただ優しく奴の頭を撫でる。
「ふふっ、ほんと私ったら変わらないわね」
「アルよ、お前さんのいい所なんだ。変わんなくたっていいと思うぜ」
「調子のいいこと言って……っはぁ、ねぇ。先生」
涙の零れ落ちた酒を飲み干し、アルは改まった顔で俺の方を向く。
「覚えてるかしら、私が貴方に対して言った言葉」
「あぁ、覚えてる」
「『貴方にとって、私は何?』……先生はそれに答えてくれた。 それなのに私はその答えに満足して、返すこともしなかった……だから、その答えを持ってきたの」
そこまで言うと彼女は俺のネクタイを掴み、引き寄せ……。
酔ってしまいそうな程の強いアルコールと柔らかな感触と僅かな涙の味。
そして、それを隠すように薔薇の匂いが頬を撫でた。
「……これが答え。そして、私からの贈り物よ」
三秒にも満たない時間、それでも体感よりもずっと長い感覚が唇に残る。
「アル、お前は──「答えはいいわ。これはただ私が答えたくて、勝手にやったエゴ。私らしくない最初で最後の自分勝手よ」」
「それに……今日貴方の背中を見て分かったの、まだ私は貴方の隣を歩めないって」
悲しそうな顔で、こいつはそう言った。
一度こうだと決めちまったら此奴は滅多には動かねぇ。
その頑固さに、プライドに、気品に、俺は惚れ込んだ。
姿ばかりでかくなって、中身は変わっちゃいねぇ。
いや、それはてめぇの原点を失ってないってことなのかもしれねぇな。
アルに声をかけようとした時、外から爆発音が聴こえる。
「爆音……テロかしら」
「大方ルパンだろうさ。何に巻き込まれたんだか」
「……行くのね」
机の上に硬貨を置いて席を立つ。
その後ろ姿にアルは声をかける。
俺もヤキが回ったな。
息を吐き、振り向いて俺はアルの前に手を差し出す。
「え、せ、先生その手は……」
「来るか?」
「せ、先生……私は、貴方の隣には──「俺は構わねぇよ」」
「俺が良いって言ってんだ。背中ばっか見てても先はねぇぜ」
アルの手が迷う。
外の騒音が大きくなっていく。
ルパンの奴、今度は何をしでかした?
こっちもあんまり待っちゃいられねぇ。
アル、お前はどうする。
「乗るか、乗らないか……私が成りたいものは……!」
そう呟いた彼女は両手で頬を叩き、俺の手を固く掴む。
いい顔つきになったな。
「地獄の果てまでついて行ってあげるわ!」
「はっ、そいつは願い下げだな」
「えっ……さっきのプロポーズってことじゃ……」
「んな事言ったか?」
顔を赤くしたアルを連れながら、外へと出ていく。
人生について考える。
そんな野暮なことするのはこましゃくれたインテリ気取りか哲学者、もしくは人生に飽きた暇人くらいなもんだ。
腹が減りゃァ、美味いもん食って笑う。
それが人間。
ただ、こうして振り返った時、こいつと並んで行くのだって悪くねぇと思う俺が居る。
一度目は幼い芽として。
二度目は手強い敵として
三度目は背中を預ける相棒として。
そして四度も出逢うんなら、そいつはきっと奇跡じゃなくて、運命なんだろうからな。
最終回候補だったお話をここでお披露目させていただきます。
何故ならば、投稿日が私の誕生日だからですね
去年の誕生日何してたんだろうとふと見返すと、『Vol.Ⅲ-2』の第一話を投稿していたようで、早いものですね……。
まぁそんなこんなで、初めて読んでくださった方、いつも読んでくださる皆様、貴方方のお陰でここまで来れております。
このお話と同じ終わり方を迎えるかは分かりませんが、最後までお付き合いいただければと思います。