3-1 曇天の茶会
雨音と駆ける足音。
任務失敗してから、一週間。
失敗し敗走した私達を追うアリウスの元仲間たちは、すぐに私達を追ってきた。
休息する間もなく、逃げ続ける日々。
空は暗く、降りつける雨が傷に染みる。
それでも足を止める訳には行かない。
「居たぞ!!」
「あっちだ!!追え!!」
銃声と共に体を掠め、熱が走る。
逃げて逃げて……逃げ続けて、私達は行き止まりへと、足を踏み入れてしまった。
「も、もうおしまいです……ここは行き止まりですし」
隣を走っていたヒヨリが悲鳴をあげる。
「……反対側も。完全に包囲されてる」
反対側を走っていたミサキが冷静に話す。
いや、冷静ではないか……その声色に残るのは絶望の色だ。
「……っく」
自分のせいだ。
失敗してしまったから、チームを失ってしまう。
自分のミスのせいで……
足音が聞こえ、振り返るとグレネードランチャーを持ったアリウスの生徒達が立ちはだかっていた。
「諦めるんだな。これ以上は逃げられないぞ」
「ひっ、ひ……」
ヒヨリが、本気で怯えている。
私のせいだ……私が弱かったせいで……
横でアツコが、ミサキにハンドサインを送っている。
『弾薬は?戦える?』
「……ほとんど弾薬は残ってないし、体力ももう限界……それに、休む間もなかったからリーダーの傷が治ってない。このままじゃ、逃げる前にリーダーが死んじゃう」
ミサキはこんな時でも冷静に言葉を出せる。
確かに、私の傷は治せていないからか、命にすら届くほどの痛みが走っている。
もうどの道私は長くない。
それなら……
「……まだ、最後の手段が残っている。これなら……」
私は、懐から小さなグレネード状の爆薬を取り出す。
「そ、それは……」
「……ヘイローを破壊する爆弾」
何もしてやれない不出来なリーダーだったが……最期くらいは、盾になってやれるはずだ。
「ミサキ、ヒヨリ。リーダー命令だ。私が時間を稼ぐ、その間に姫を連れて……ここから離れろ」
私がそう命令を出すと、アツコが私の手を握って口を開く。
「サオリ……」
アツコ……ごめん。
でも、私がここで盾になれば、まだ次がある。
「ここを離れて……そうしたら……その次は」
その次は……
「その……次は……」
どうしたらいいんだ……
何処に行けば……
思考をし続ける私の手を強く握る感触。
目を向けるとアツコが、私の手を強く握って見つめている。
「サオリ」
「……姫?」
アツコの目は、まるで全てを捨てようとする人の目に見えた。
「サオリ、もういいよ。私達は頑張った」
「……」
「……ひ、姫ちゃん……どうしたんですか……?」
アツコのその雰囲気に、予感が走ったみんなが彼女のことを見つめている。
アツコは、私の手を離して、ゆっくりとアリウスの生徒の前へと歩いていく。
「『彼女』が欲しがっているのは私……そうでしょう? なら、私が行くよ。だから、他のメンバーは見逃して欲しい」
アツコは、あろうことか、自分と引き換えに私達を逃がそうと、取引を持ちかけた。
「アツコっ!?……一体何をっ!?」
私の口は勝手に動いて、彼女の元に寄ろうと足を踏み出していた。
しかし、私の歩みをアツコは手で制した。
まるで、こっちに来ちゃダメと言わんばかりに。
「……もういいよ、サオリ。ぜんぶ、無意味だよ」
アツコは、言うことを聞かない赤ん坊を諭すように私に語り掛けてくる。
「ここを切り抜けたその先は?一体何処に向かうの?」
「……」
その言葉に私は、何も言い返すことが出来なかった。
「今はまだ、何故かトリニティとゲヘナから追われてはないけれども、それもきっと今だけ。それに何より、元仲間であるはずの私達をアリウスはこうして追っかけてきてる」
アリウスから逃げるだけでもこれ程までに苛烈を極めていた。
もしも今後トリニティとゲヘナからも同様に追っ手を差し向けられたら。
言わなくとも分かることだろう……
「このキヴォトスで私達が安心できる場所はないよ。私たちの命が尽きるまで、息を潜めて逃げ隠れる人生が続くだけ……でも、それは『私』がいるからの話。サオリも、ヒヨリも、ミサキも。 私のせいでこうなってしまったから……」
そんなはずがない。
アツコのせいなはずがない。
全ては失敗した私のせいなのだから。
だから、その先の言葉を言わないでくれ。
「だから、私が終わらせる」
「ひ、姫ちゃん……」
「姫……」
「……ダメだ、アツコ。戻ったら殺される……それくらい、分かっているだろう?」
あと数歩、前に歩けば届くはずの距離なのに私は前に足を踏み出せなかった。
アツコの目に、私はその場に縫い付けられたように動けなかった。
「……今まで私は何の決定も判断もしなかった。 だから、今回くらいは自分で決めたって、いいでしょ?」
そう話して、再びアツコは、アリウスの生徒へと顔を向ける。
「約束してくれる?みんなを自由にしてくれるって……」
「…………。少し待ってろ、今『マダム』に確認を取る」
そうアリウスの生徒が話すと、彼女は無線をつけ、一言二言喋った後に、私達にも聞こえるように回線を切り替える。
『ほぉ……なるほど、分かりました。お約束致しましょう』
何処までも冷たく、無関心を貫く声。
私たちが聞き慣れた大人の声がそこから聴こえる。
「その名に懸けて、誓って」
『名前を?……それにどれ程の意味が?』
「必ず約束を守って欲しいから」
アツコの言葉に、少し間が開き、再び彼女の声が聞こえる。
『いいでしょう。……全ての巡礼者の幻想たる私「ベアトリーチェ」の名に懸けて、お約束致します』
「うん、約束だよ……」
アツコは、そう言って、アリウスの生徒達の壁を越えて、向こうへ歩き出し、アリウスの生徒の手によって仮面を着けられる。
「姫様こちらを……マダムのご指示です。勝手にマスクを外されては困ります」
『傷一つ無いように、丁重に扱いなさい。儀式は明朝、日の出と共に始めます』
仮面を着けたアツコが、最期に私達の方へ振り返る。
仮面のせいで顔が見えないが……声色で理解できる。
私はその言葉を聞きたくなかった。
その為に、動いてきたのに……
「……元気でね、サオリ。みんな──さようなら」
「ダメだ……アツコ……」
そうして、私達の元からアツコは去ってしまった。
私は、最期まで守るべきものも守れなかった。
自分の信念も何もかも守れなかった。
私は、一体今まで何のために……
「何のために……生きているんだ?」
そして、何処か心の中で理解していたことだが……
アリウスの生徒達による壁が消えることはなかった。
無線が再び聞こえる。
「残りのスクワッドは如何しますか?」
『当然、全て始末しなさい』
あぁ、やはり、この世は虚しい。
命は、無価値だ。
「撃て」
雨音と銃声が、嫌に耳に残った。
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曇り空が続くこの日、俺は久しぶりにトリニティ総合学園へと足を運んでいた。
要件は二つ。
一つ目は、以前依頼していたカタコンベの地図の修復が完了したとの報せを貰ったから。
前に会った時は、しわくちゃの婆さん並に腰が曲がっていたせいで気付かなかったが、意外と背丈のある古書館の魔女こと、古関ウイの手によってそれは完璧に修復され、その原本が俺の手に渡った。
耳にタコができるほど、丁重にそして必ず返す約束を取り付けられて、俺は古書館を後にする。
何せ、二つ目の用事にこれが必要になると感じたからだ。
「お越し下さりありがとうございます、先生。しばらくぶりのトリニティ訪問となりますね」
「そんなでもねぇだろ、息災……って談笑する雰囲気でもねぇか」
「えぇ、またお会いしましたね、次元先生。先日はお世話になりました」
「ご無沙汰しております、先生」
俺が通された部屋は幾つかあるナギサのプライベートルームのひとつで、元はと言えばナギサに呼び出されて俺はこの場に来たわけなんだが……
どういう訳か、シスターフッドのシスター長であるサクラコと救護騎士団の団長のミネもその場に来ている。
この3人に囲まれた茶菓子が、可哀想に感じるほどの圧を感じるが……特に圧の強いサクラコとミネの矛先が向いているのは俺でも茶菓子でもなく……ティーパーティーのホストであるナギサに対してだ。
どうしたものかと、考えあぐねながら席に着くと、サクラコが俺の方に向き、微笑みながら話し始める。
「そういえば、先生。このような場で申し上げるのは不躾だと承知ですが……まだ、報酬を支払われてないようですが……ハナコさんとの取引の内容にも含まれておりますので……」
ハナコ……あいつ……まぁ、俺としても忘れてたわけじゃねぇんだが、予め見越してたって訳か?
やけに、微笑みの圧を強く感じる。
確かシスターフッドに対しての報酬だもんな。
「……あー、サクラコだったか」
「はい?」
「正直に言えば、お前さんら年頃の女の好みなんざ、俺には分からねぇ、だから……今度一緒に買いに行ってくれねぇか?」
それを聞いたサクラコは、一度目を閉じ、顎に手を当てて、深く考え込み、そして再び目を見開いて、返答をする。
「先生ほどのお方が、邪な思いを抱くようには見られません。であれば、そうですね、私もお手伝い致します」
「すまねぇな。助かる」
「……コホン」
ナギサが咳払いをし、話の話題を修正する。
あまりに脱線しすぎちまったな。
「本日お呼びしたのは、エデン条約に関わる事件の後始末について話し合うためでしたが……」
「まぁ、どちらさんも重要な役割を果たしたんだ出席する資格はあるだろ」
「はい、今後は、シスターフッドもこういう会議に積極的に参加していこうと思っております」
「救護騎士団も同様にです」
この2人から発せられる圧は中々のもので、俺としちゃこの時点で嫌気が差していた。
とてもじゃないが、平穏なお茶会とは言えないな。
「サクラコ……はどうだか知らねぇが、ミネ。お前さんがまさかこういうのに興味を持つとはな?」
「政治のあれこれは私には分かりませんので」
「……ほぉ」
ミネの一種の狂乱的な救護癖ってやつには、少し眉を顰ませていたが……まさかな。
ミネがそういう奴ではないと思っているが、この部屋の異様な空気がどうにも俺を無駄に勘繰らせてしまう。
俺がミネに視線を向けていると、サクラコが口を開く。
「エデン条約の騒動は、どうにか収まりましたが、事件の事後処理と状況分析は依然として終わっていません。 シスターフッドは分析の一部を担当しておりますので……」
「それで、この場にいるって訳か」
「はい、この席はそういった情報共有や事後処理について話し合う場だと思っていただければ」
こいつの言い回しはどうにも黒く何か裏があるんじゃねぇかと勘繰りたくなる雰囲気を纏っているが……どうやら俺の気にしすぎらしいな。
それにしても、話し合う場……か。
「ま、それなら問題ねぇか。俺も手土産がある……さっさと始めちまおう」
雰囲気の悪さってのはある程度蓄積されるものだ、爆発しちまう前にさっさと始めて終わらせた方が吉だと判断した俺は、司会をナギサへと渡す。
「……今回の事件を紐解くと、全てアリウス分校に集約されます」
「調印式の襲撃の実行犯であり、ティーパーティーのセイアを襲撃した犯人でもあるが……俺としては、アリウス分校のせいってのはどうだと思うがな」
俺の発言に、ナギサが眉を顰める。
いきなり話の腰を折られたんだからまぁ、悪いとは思ってるが……
それでも、その間違いは正しとくべきだろう。
「黒幕は、アリウス分校の生徒じゃねぇ、少なくともあれは手足に過ぎねぇ」
「ほう、その根拠は」
「『アリウススクワッド』、あの襲撃の実行犯である彼女らはとある人物のことを異様に恐れてた。
それが、アリウス分校の現生徒会長であるマダムこと『ベアトリーチェ』。 この大人が、今アリウスの実権を握っている」
「大人が、ですか?」
本来、学園は生徒の手によって運営されていくものだ。
少なくともこの学園都市キヴォトスにおいての常識はそうだった。
だからこそ、彼女らは驚いているんだろう。
「ヘイローを破壊する手段は、そのベアトリーチェから教えられたものだろう。実際に目の前で実演でもして……恐怖を植え付けて都合のいい手駒にしたってオチだろうさ」
「……もし仮にそれが本当であれば、アリウススクワッドは」
「あぁ、本人の口から言ってたが……任務失敗の責任で殺される運命だろ──「先生はそれを良しとするのですか!!」」
俺の発言を遮って、大声を上げたのはミネだった。
命を何よりも尊ぶ彼女なら、俺の発言に食ってかかると思っていた。
「な訳がねぇだろ、ナギサとマコトに頼んでアリウススクワッドの捜索を止めてるのは、殺させねぇ為だ」
「何故、そんなことを……」
「自分の敵対した奴が、自分のことを探してるってなれば普通見つかれば殺されるって思うだろ。敵は少ねぇ方がいいに決まってる……その代わりシャーレの部隊を捜索に出してるが、依然成果はねぇ」
少なくとも、今俺が出来るアイツらへの手向けはこれくらいなもんだ。
「……なるほど、ミカさんも結果的にそのベアトリーチェと名乗る大人によって踊らされたと」
「間接的に言えばな」
「……仮にそうだとしても、ミカ様の罪が消える訳ではありません」
そう冷静に言葉を出したのはミネだ。
それに関しては事実ではある。
厳しい意見でもあるが……
「アイツも、自分の罪を償う気で生きてるんだ。言うのは野暮だろ」
「……そうですね、失礼しました」
「話を戻しますが、ベアトリーチェが裏で糸を引いていたとすれば……幾つか疑問が残ります」
そう話を軌道修正したのは、サクラコだった。
やはり真面目な女なのか?
「1つ。何故、エデン条約を妨害したのか」
「アリウス分校は長い間、我がトリニティとゲヘナの両方を憎んでいたと聞きますが……」
「あくまでも、ベアトリーチェはそれを利用したに過ぎねぇだろう?」
なら目的は何か……結局全てが白紙になったわけじゃねぇが……あの時アリウスは何を手に入れたのか。
ETOとしての実権?
いつぞや、ホシノが言ってたが小さな学校がそんなデカイ権力を持ってたところで持て余すだけだ。
となれば……
「恐らく先生も同じ事を考えていると思いますが……セイアさんが説明してくれた、あの不可解な兵力。『契約』を糧として動くものと仰っていました」
「『ユスティナ聖徒会』の姿をした幽霊たちですね。あの時先生が停止させなければ、間違いなく両学園を襲えば、為す術なく崩落したはずです」
「戦術において、飯も要らねぇ体力も尽きねぇ無限の兵隊なんてあれば、クソゲー待ったなしだろう。ベアトリーチェはそれを手に入れて……狙いはキヴォトス全土を手に入れようとしてたのか?」
あくまでも憶測に過ぎないもんだがな。
もし合っていたとすれば、あの幽霊共を停止させてなきゃ、両学園の危機どころの騒ぎじゃなかったわけだ。
「あれは、一体なんだったのですか?」
ミネが発したその疑問は、サクラコへと投げかけられたものだ。
「聖徒会は、本来シスターフッドの前身だった集団。サクラコさん、この部分について何か我々に隠していることはありませんか?」
「……いいえ、残念ながら」
「シスターフッドは元来秘密が多い集団です。情報の統制や秘匿、歪曲にも長けています」
そう言ったミネは、席を立ち上がり、サクラコの元へと歩く。
こいつの猪突猛進さには、困ったもんだな。
よく言えば素直なんだが……自分が一度疑ったのならそれが晴れるまではその手を決して止めることは無い。
「学園の中に、シスターフッドに対して不満を抱いている生徒が沢山いる事はご存知でしょうか?」
「……例えば、あなたのように?」
言葉を聞いたサクラコが、同じく席を立ち、突き出された言葉のナイフを素早く突き返す。
ナギサが非常に気まずそうな顔をしている。
「……おい、喧嘩しに来たのなら外でやれ。それは今必要なことか?」
「……そうですね」
「……お見苦しいところをお見せしました」
軽く机を指で叩いて、言葉を二人にかける。
そういう舌戦は、見ていて気分が悪ぃ。
折角の紅茶が不味くなる。
紅茶を少し飲んでから、俺はサクラコへ視線を向ける。
「……で、実際のところどうなんだ?サクラコ」
「シスター長である私とて、全ての秘密を知るわけではございません。……詳しく申し上げることは出来ませんが」
「だそうだ。それでこの話は終いだ」
汝、隣人を愛せよ。
厳密な内容こそ違うが、俺の世界にもこの世界の聖書にも書かれてた言葉。
俺ぁ、こういう神の出てくる話は信じちゃいねぇが、俺よりも信心深いであろうこいつらが出来てねぇのはどうなんだって話だ。
「トリニティ、そしてゲヘナ両学園の対空システムを無力化したあの巡航ミサイル……あれの分析はどうなっているのでしょうか?」
次にミネが出したのは、あの惨劇の切っ掛けとなったセイア曰く破壊の雫たるミサイルの事だった。
「ありゃ、ただのミサイルじゃねぇな。俺のマグナムが通じなかった」
「先生のマグナムがですか? その神秘量のものですら歯が立たなかったとなれば……」
「どうやら、分析班から届いたキヴォトス外由来のものだという話は本当らしいですね」
ナギサが出した資料を読む限り、構造すら把握出来ていないときたもんだ。
「……その不明な力が、二つ目の疑問に繋がります。 ベアトリーチェは何を企んでいるのか」
「……先程の先生の解答も、憶測に過ぎません……私達は何も知っていません」
「……これに関しちゃ、アリウス分校に乗り込むしかねぇだろうな」
俺が背もたれにもたれ掛かりながら話したその言葉を聞いた3人の目線が俺を向く。
その目に浮かんでいるのは驚愕の表情だ。
「先生、私達はまだアリウス分校の場所すら知らないのですよ? その言い方はまるで場所が分かっているかのような」
「……前の戦いでアイツらは最後にカタコンベへ逃げ込んだ。話に聞けば、他の時でもカタコンベを使って来たんだろう?」
「……はい。巡航ミサイルの発射位置も、トリニティ内の遺跡地区でした」
ミネとサクラコの質問への答え代わりとして俺は、ここに来る前に貰ったカタコンベの地図を取り出し、それを置く。
「古関ウイに頼んでな、これが古代聖徒会のカタコンベ地図。その原本だ。大切に扱って欲しい」
「……これが。しかしこれだけでは不可能ですね」
そう冷静に判断を下したのはナギサだった。
「……セイアさん曰く、カタコンベは神秘とも違う力によって護られていると」
「また理解できない力の話ですか……」
「かつてアリウス所属だったアズサさんの話では──「っ!!」カタコンベの出口が記録された地図を渡され、その地図の経路は毎回変わり、さらに暗号化まで施されているとのこと……裏切り者である自分はもう、アリウス自治区に戻る道を知らないと……」
アズサとナギサが関わりを持っていたのは驚きだが、それ以上にその話が出たとき、ミネの顔色が変わった。
あれは、先ほどサクラコに見せたものと同じものだ。
俺は、そっと、ミネに耳打ちをする。
「ミネ、お前さんは、あの時ナギサの体を見ただろ。あの酷使具合からして、お前さんは、アイツがアズサを非道な目に遭わせたと思うか?」
「…………見破られましたか……しかし、ナギサ様の流れ伝わってくる評判は……余りにも聞くに堪えかねるものばかりです」
ナギサ……お前さん、相当恨みを買ってるみたいだな。
これに関しては、俺がどうこうすることも出来ねぇ。
この話し合いって場は、俺の予想通り。
桐藤ナギサ、今のティーパーティーホストに対しての詰問の場なんだろうな。
「……なら、見届けろ。彼女を」
「……先生?ミネさん?一体何を──「ナギサ様、一つだけご質問を」……はい」
「その少女に対して、ティーパーティーの権力を利用して無体を働いていないと誓えますか」
彼女は、ナギサの体の検査をしてその酷使に次ぐ酷使を見たはずだ。
しかし、それをもってしても、この冷静を保たせた質問一つに抑えるのが限度。
俺の見る限り、ナギサがそこまでの非道な女には見えねぇが……
まぁ、精々が人の腹を見ようと知恵を働かせる女ってくらいか。
「……はい、神とティーパーティーホストの名に懸けて、私桐藤ナギサは、白洲アズサさんに無体な真似を働いておりません」
「ミネ団長。いくらナギサ様が血も涙もない方とは言え、そんなことをすれば先生が黙っていないはずです」
全く以てフォローになってない言葉をサクラコがミネに向かって話す。
その言葉を聞いたナギサの持つティーカップが震える。
こういうやり口は……気に食わない。
「お前さんら、あまりこいつを虐めてやるな。確かに計画書に書かれてたことは、擁護のしようもねぇが……それ以上にこいつは──「先生、大丈夫です」」
俺が庇おうとした言葉を遮ったのは、ナギサ本人だった。
目元こそ見えないが……いや、これ以上言及するのは野暮だな。
「……どうあれ、私には確かに罪があります。元より補習授業部を集めたのは私です。 だからこそ、これ以上あの補習授業部を巻き込まないように私も動こうと努力しております」
事実としては……あいつらが必要以上に巻き込まれたのは俺の責任だが……
どうやらこいつはそれを含めても、自分の責任だと言いたいらしい。
随分と出来た奴だが……それで良しとなるわけがない。
「アイツらは、アイツらの意思でお前とミカを止めるために力を貸してくれた。その選択肢を与えたのは、俺だ。だからこいつが全部悪いって訳でもねぇ」
「……」
「……なるほど、失礼しました。ナギサ様、次元先生」
ミネが頭を下げ、この問答は終わったが、話し合いはまだ続く。
そして、ナギサの体の震えが止まることもなかった。
「しかし……この全体図があったとしても、通路を解読し切るのは中々の難問ですね……トラップなども仕掛けられているでしょう」
「であれば、逆転の発想として、通路を把握している人に話を聞くのはどうでしょうか」
「……錠前サオリか」
ミネの出した質問に対して提案をしたのは、サクラコだった。
その人物に心当たりのある俺は、名前を呟き、そしてサクラコもそれに頷く。
「はい、アリウススクワッドの彼女であれば、通路は熟知してるでしょう」
「ですが……それは先生が今探していて、未だに行方不明だと……」
ナギサがそう言葉を発した瞬間、サクラコがナギサを僅かに見つめる。
その言葉を待っていたのだろう。
俺としては、心当たりのあるもう片方の名前を出したくないが故に、サオリに焦点を当てたかったのだが……
「ナギサ様は、もう一人。通路を熟知している生徒がいるのではありませんか?」
「…………」
「聖園ミカ」
サクラコが呟くように言ったその名前を聞いた瞬間、ナギサの体が大きく揺れ、そして顔色が悪くなり、震えが増していく。
「そ、そんな事は……ミカさん本人もアリウス自治区の位置だけは知らないと仰って……」
「……彼女は長い間アリウスと内通してきました。それなのにアリウスの位置を知らないという言葉を信じるのですか?」
ミカは、アリウスの生徒に対して補給品を渡した記録が残っている。
事実、ナギサを襲ったときのアリウスの生徒の武装にはトリニティの刻印が入ったものがいくつか混ざっていた。
通路を通って直接向こうに行ったという可能性もなくはないだろう。
「ですが……ミカさんは……」
「これまでのミカ様の評判と行動はあまり模範的とは言えません。 ナギサ様はよくご存知だと思いますが……ミカ様はティーパーティーに所属している事を盾に、多くの過失や問題を誤魔化してきました」
ナギサも大概だったが……まさか、ミカもとはな。
こういう長に近い役職ってのはどうしても恨み辛み、あることないことを言われがちだが……
それにしてもだろう。
「今現在、学園で発生しているミカ様に対しての糾弾と騒動……こういった世論もまた、彼女のこれまでの振る舞いと無関係とはいえません」
「おい、騒動ってのはどういう話だ?」
「……以前、パテル派で起きた……いえ、起きかけたクーデター。それに加え、セイア様の殺害未遂の罪による私刑が止まないのです」
ミネのその発言を聞いた時、俺はあの夜、コハルがミカを庇ったあの夜に居た三人のトリニティ生の顔を思い出していた。
まさか、あれが発端か?
「……話を戻しますが……ミカさんが嘘をついたと、そう言いたいのですか。アリウス自治区を隠すような……」
「ナギサ様がミカ様を思う気持ちはよく理解しております。その上で、不躾なお話ではございますが……ミカ様の一番の理解者は誰かという議論になった場合、幼馴染であるナギサ様になるのではないでしょうか」
俺の視点からすれば、ミカはアリウスからナギサを守るために動き続けていた。
そんなミカがナギサに対してこれ以上嘘をつくようには見えない。
ただ、当事者でもなく、彼女たちにとってはそうではないのだろう。
何処まで言っても裏切り者のいう事にしかならないってことになる。
「ナギサ様から見て、ミカ様はまだ私たちに隠していることがあるように感じますか?」
二人のリーダーから厳しい目で見つめられながら、ナギサは目を閉じて考えている。
長いその沈黙ののち、震えが止まらなかった彼女は、ぴたりと体を止め……
二人の目をそれぞれ見た後、ゆっくりと口を開く。
「……私は、ミカさんを信じます」
そこにいたのは、風の噂で語られる冷血残酷で誠実な為政者ではない。
「確かに……ミカさんは善良な生徒とは言えませんが……
それでも私はミカさんを信じます……あの子の言った罪を償うという言葉を。
信じる、それが、今回悟った教訓ですから。」
不本意な選択によって。
思わぬ止められない運命の車輪によって。
その腕と翼を引き裂かれ、それでもなお。
「他の方にも信じていただけるよう、明日の聴聞会に出席してミカさんを弁護いたしましょう。
貴女方に……必要ならば、この学園全体にミカさんの証言を信じて頂けるように!
たとえそれで私が糾弾されることになったとしても……私は……」
友を庇い立て、友のために殉じることを厭わない、トリニティ総合学園の誇り高き盟主の姿。
『汝、隣人を愛せよ』
この言葉を体現した決意と覚悟を彼女は、見せたのだ。
「……仮説に過ぎないものを口にして、誤解を招いてしまい、申し訳ございません、ナギサ様」
「……失礼致しました。度重なる非礼、お詫び申し上げます」
二人の頭は自然と下がって、詰問を行っていた彼女に対して詫びを行っていた。
清きたるトリニティの長として、その姿を見せたが故の行動だろう。
俺が何かするまでもなかった。
桐藤ナギサって女は、そんな柔な鳥かごの中の小鳥じゃなかったわけだ。
少し紅茶を飲んで、ナギサは区切りをつける。
「……もうよい時間ですし、そろそろお開きと致しましょうか。本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございました」
「……いえ、お会いできてよかったです。ありがとうございました……私もミカ様の非難の件に関してはとても遺憾に思っています。 自分なりの方策を探してみることにいたします。それでは」
「私も同様に……大聖堂の方に戻ります」
ミネとサクラコの二人は席を立ち、そして立ち去って行った。
俺とナギサ二人っきりの空間の中で、ナギサは呟く。
「胃が痛いです……」
「紅茶飲みすぎなんじゃねぇのか?……かっこよかったぜ、ナギサ」
「あはは……ありがとうございます……」
気怠げに呟いたナギサを見届けてから俺は、部屋を出ようとするが……背中からナギサに投げかけられた言葉によって俺は足を止める。
「……先生、明日の聴聞会……ミカさんは、きっと退学になると思います」
讃美歌が響く檻の中
歌う小鳥は明日を歌う
そして、彼は四度目の邂逅を果たす
次回 不可解な白昼夢
大変お待たせしました、しばらく休日を頂いてその間、話数割などしながら筆置いてゆっくりとしてました……
さて、あのカタコンベの地図、手に入れたはいいものの。現状宝の持ち腐れなんですよね。そういうこった!!
最後に、ここすき、感想、評価等々お待ちしております。
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持