新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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3-2 不可解な白昼夢

「らしくねぇな。やる前から諦めてるのか?」

 

 俺は席に着きなおし、ナギサと向かい合う。

 ナギサの表情に浮かぶのは、不安の色だ。

 

「先ほど、ミネさんも仰ってましたが……今、ミカさんに対する世論はかなり悪化している状況です」

 

 俺の聞いた話じゃ、確か既に長を務めていたパテル派から追い出されたっていうが……

 あの夜の様子を見る限り……ミカが足止めしてなきゃ、エデン条約は完全に白紙に戻ってただろうからな。

 そんなミカを追い出しても平気なのか、甚だ疑問だがな。

 

「明日の聴聞会で、ミカさんのティーパーティーの資格も剝奪されることが決定しています。過程や真相がどうあれ……トリニティを裏切り、危害を加えたのは事実ですから」

 

 そう冷静に話すナギサは、先ほどまでの盟主としての顔つきではなく、一ホストとしての冷血さを見せるように振舞っている。

 あくまでも、事実を淡々と。

 

「……アイツもそれは分かってるだろう」

 

「はい……しかし、明日の聴聞会までに、既に断罪を要求する騒動が度々発生し、私刑としてミカさんのいる檻の中に石を投げ込む生徒が現れたり……学園の掲示板にはミカさんに対する非難の書き込みが殺到し……パテル派はミカさんが所属していたというだけで冷たい目で見られ……」

 

 まるで魔女狩りのようだな。

 極度の潔癖か、悪を許せない心と言うべきか。

 

 ……くだらねぇな。

 

「その上、先日。ミカさんが使っていた本や所持品を押収し、大事に集めていた服やアクセサリーを焼却する事案が起こりました」

 

「……マトモじゃねぇな、どいつもこいつも」

 

「はい……正義実現委員会の皆さんに協力戴いて、取り締まりを行っていますが……それでも学園全体に広がっているこの空気を払拭することは不可能に近いです……ミネさんの言葉を借りるとするなら……流行り病のように。

 ミカさんは、今トリニティにおいて公共の敵となっています」

 

 共通の敵。

 害しても問題ないと判断してしまう思考。

 どれもこれも人の心を毒して中毒させるには充分な劇薬ばかりだ。

 

 想像以上に、ミカの前に向けられている刃ってのは多いらしい。

 

「ホストとしてのお前じゃなく、ただの桐藤ナギサに聞くが……このまま見過ごすつもりはねぇんだろ?」

 

「……はい、あの子の幼馴染として、友達として、私はミカさんを弁護したいのです。既に彼女は犯した罪以上の罰をその身に受けています」

 

 その言葉を聞いて俺は少し安心した。

 ミカにも味方はいる。

 

 なら、俺はこいつらの望む最善の道を歩けるように手助けしてやるだけだ。

 

「んで、そんなお前さんが、あんな諦めるような弱気な発言をするのはどういう訳だ?」

 

「その……肝心のミカさん本人が……ご自身を弁護する意思がないようでして……」

 

「なるほどな、主役がいないんじゃ意味がねぇしな……ただ、お前さんのことだ。説得に失敗でもしたんだろ?」

 

 申し訳なさそうにナギサは頷く。

 しっかし、ナギサが駄目ならセイアはどうしたんだ?

 アイツ、確かトリニティに戻っていたはずだろ?

 

「セイアさんは、再び体調が悪化し、部屋から出ることが出来ず……」

 

 表情に出ていたのか、ナギサが教えてくれた。

 元々病弱だとは聞くが、よりによってこのタイミングでか。

 まぁ、こればっかりはどうしようもない。

 

「……そこで、先生にお願いがあるのですが──「あぁ、俺がミカを説得しよう」」

 

 俺の言葉を聞いたナギサは、席を立ち、俺に対してお辞儀を行う。

 その下げる頭の重さを知っているだろうに。

 

「止めな、そういうのは、まだ何も解決しちゃいねぇよ。お礼がしたいってのなら。上手く行ったら、茶会で美味いのを飲ませてくれ」

 

「ふふっ、では……最高級のものをご用意しておきますね」

 

 ナギサのはにかんだ笑顔を確認してから、俺は今度こそ部屋を後にした。

 

 ミカのいる監獄へと向かっていると、次第に喧騒が増えていく。

 そしてやがて、人だかりが見えてくる。

 

「セイア様を害そうとした裏切り者を引きずり出せ!」

 

「アリウスと手を組んでエデン条約を台無しにしようとした罪人が、ティーパーティーだなんて許せません!」

 

「罪人には罰を!断罪を!!」

 

 無知ってのは恐ろしいものだ。

 ミカが、ナギサを守るために動いてたっていう真実を知らず、石を投げ続ける。

 

 見苦しいったらありゃしねぇ。

 

 よく見ると正実の委員が、暴動を収めようと声をかけている姿を見掛ける。

 

 正義実現……その重い意味の名に恥じない活動を続けている彼女らが、何故ミカを守っているのか。

 

 そのミカに石を投げている自分らが、どういう立場になってしまうのか理解できてるのか?

 

 1番目立つ位置で、拡声器を持って声を張上げている生徒の元へ、俺は足を運んでいた。

 

「裏切り者に罰を!!私たちを騙した代償を!!」

 

「おい、そこの、これ以上は止めとけ」

 

「貴方は……シャーレの先生?」

 

 どうやら話を聞いてくれる理性は残ってたらしい。

 俺の存在に気づき始めた奴らが、声を止めて俺の方へと視線を向け、それが次第に伝播していく。

 

「止めろというのは何の話でしょうか」

 

「この意味のねぇ行動をやめろって話だ」

 

「先生、それはあの裏切り者への断罪を中止しろと?」

 

 拡声器越しに喋ってるからか、俺の反応が周りへと伝わる。

 ったく、こういう陰湿なやり口は嫌いなんだ。

 

「あぁ、そんなことをして何になる」

 

「悪を裁くこと!それ自体に意味が──「お前さんらが、正義の理由がどこにある」っ、何を」

 

「正義だ悪だと……くだらねぇな。悪人には何をしたっていいってのかい?」

 

 俺へ向けられる視線が徐々に敵意へと変わっていく。

 ヘイト誘導は上手くいってるらしいな。

 

 こういう熱くなった場において白ける発言をする奴は大抵ハブられるものだ。

 こいつらの場合、それがより顕著に出やすいってだけ。

 

「話に聞きゃ、ミカの服やらアクセサリーを燃やしたみたいじゃねぇか。それに反抗しないアイツを寄ってたかって暴行して」

 

「……そ、それはあの裏切り者が」

 

「理由がなんであれ動機がなんであれ、敵意のねぇ奴に拳を上げた時点で罪人だぜ。お前さんらは」

 

 こいつらがミカが何故そう動こうとしたのかを見ぬふりをするのなら、同じ条件を与えるべきだ。

 

 天使だとしても裁かれる。

 聖書じゃ、そんな奴を堕天使とか言うらしいが……

 こいつらの性根は、既に堕ちちまってる。

 

「檻に石を投げ込んだ奴。この悪意を扇動した奴。必要以上の罰を与えた奴。 お前さんらの手はアイツよりも黒く汚れちまった。 だからこれ以上続けんのは、お前さんらのためにならねぇ」

 

「っ、シャーレの先生とは言え……裏切り者を庇うのですか!」

 

「俺は、罪を償う気のある奴を寄ってたかって虐める卑怯者じゃねぇだけだ」

 

「…………っ、皆さん帰りますよ」

 

 俺の言葉を聞いた扇動していた奴は、拡声器を使ってそのままデモを下がらせていく。

 ゾロゾロと消えていった跡地には無数の石ころと、白い羽が残っていた。

 

 俺としちゃ、こういう陰湿なイジメよりかは、まだゲヘナの騒動の方がマシに思える。

 

 ……いや、限度はあるがな。

 

 正実の子らにお礼を言われながら、俺は監獄の中へと入る。

 

 ミカのいる檻に向かっていると、徐々に小さな音が聞こえる。

 耳を凝らしてようやく聞こえるそれは、ピアノによって奏でられる音楽だった。

 

 音を立てないように檻の中に忍び込むと、ミカが小さなスピーカーに近づいて熱心にその曲を聴いている姿を目にする。

 

 ミカが聞いているそのピアノ曲には、覚えがある。

 聖歌の一つで、日本でもそれなりに親しまれてる曲だ。

 

「……デ・アンジェリスか」

 

「っ、わぁお、先生いつから居たの?」

 

 俺が声をかけると、驚いたように振り向いたミカが、微笑みかけてくる。

 

「ついさっきだ。礼拝の時間だったか」

 

「うん、曲名、当てられちゃった……先生ってもしかして意外と信心深いの?」

 

「けっ、俺は神の出てくる話は信じねぇって決めてんだよ」

 

 俺がそう吐き捨てると、ミカは軽く笑い、自分もと愚痴を言い始める。

 

「こんな所でも礼拝だけはさせてくるんだよ? 歌詞も退屈だしさ〜」

 

「その割には随分と熱心だったように見えたがな?」

 

「そんな事ないもんっ、『憐れみたまえ』とか『ご慈悲を』とかさぁ」

 

 グチグチ言う割には悪い気はしてないとでも言いたげな表情をしている。

 ミカは、感情が顔に出やすいタイプだから、俺からすりゃ接しやすいタイプの女だ。

 何を思ってるか分からねぇ顔色をすぐに変えられる女は苦手だ。

 

「特に『KyrieEleison(主よ、憐れみたまえ)』なんて、名前も気に入らない。だって「見えもしない存在に縋りつきたくない(もん)」……ふふっ、当てられちゃったね」

 

「俺も同意見なだけだ。憐れみなんざ、するもんでもされるもんでもねぇ」

 

「ほんとそう!さっすが先生分かってる〜!」

 

 気を良くしたのか、俺の腹を肘でグリグリと押し込みながら距離を詰めてくる。

 さっきまで真剣に祈るような彼女……とは言え、それを見られて理解されるってのは案外恥ずかしいと思ったりするものなのかもしれねぇな。

 

「ふふん、先生といると気分いいし、歌っちゃおうかな。 本来ならタダで聞かせるものじゃないんだけど、先生は特別っていうか〜。

 こうやって会いに来てくれたしっ!

 塔に幽閉されたお姫様が、運命の人にセレナーデを歌うの……

 どう?映画のワンシーン見たいでしょ!」

 

「お前さんみたいなじゃじゃ馬娘にゃ、まだ姫は早ぇよ」

 

「ぶー!先生ったらデリカシーがないんだから!」

 

 頬を膨らませながら、軽く怒った様子を見せた後、少し笑い、そして真剣な表情で俺を見つめる。

 

「……それで?何か用があって来たんでしょ?」

 

「聞いたぜ、聴聞会を欠席するんだってな」

 

「ナギちゃんから聞いたの?……ねぇ、ナギちゃん元気だった?」

 

 すぐにナギサの名前が出てきたあたり、この展開を読んでいたらしいな。

 バカのように振舞ってるが、ティーパーティーに入っている。

 地頭もそこら辺の勘が良いに決まってるもんだ。

 

「あぁ、少なくとも……良いリーダーになれるぜ、ナギサは」

 

「そっか、なら良かった……シスターフッドと救護騎士団も居たでしょ?大丈夫だったの?」

 

「あの様子を見る限りは、問題は無さそうだな」

 

 既に他の派閥が幅を効かせて来ていることすら予見してたって訳だ。

 恐らくこれが本来のミカなのだろう。

 あのエデン条約前の時のミカは、俺の想像以上に追い詰められてたらしい。

 

「まぁ、先生が言うなら本当そうだね」

 

「お前さんはそれよりも自分のこと気にしてやるべきだろう?」

 

「……あぁ、外の……あれ?さっきよりも外からの殺気が、ない?」

 

 俺の言葉を聞いたミカが外を向くと、首を傾げる。

 神秘を量ってるのかどういう理屈なのかは知らねぇが、感覚的ではなく分析として殺気を捉えられるらしい。

 

「外の奴らは俺が帰した。まぁ暫くは静かにしてるだろうさ」

 

「……そんなことしたら先生に矛先が」

 

「向いた所で俺をどうこう出来るほどの度胸のある奴は居ねぇさ」

 

 俺の言葉を聞くと真っ先に俺に対して心配をかけてくる。

 俺は大丈夫だってのにな。

 しかし、そのミカの態度で、こいつが何で欠席するのかその理由に察しが着いた。

 

「……あぁ、だから明日の聴聞会を欠席するつもりなのか。これ以上自分のせいで迷惑をかけたくねぇから」

 

「そうだよ……私のせいで今、『ティーパーティー』の権威は失墜した……そんな状態で、私を庇えば、『ティーパーティー』としてのナギちゃん、それに許してくれたセイアちゃんの立場まで悪くなっちゃう。

 私なんかのために、そうなって欲しくない」

 

 そう言ったミカは、少し寂しそうに微笑む。

 無理して笑顔を保とうとする時の女の顔だ。

 

 俺は、少し歩き、割れた窓の傍に置いてあった石を手に取り、それを見つめながら話し始める。

 

「だから退学でケジメをつけるってか?」

 

「……っ」

 

「俺ぁ、悪党だからな。正義だ悪だを語る権利はねぇが……宝物燃やされたんだろ、石まで投げつけられてよ……てめぇはもう充分支払ったよ」

 

「……で、でも……私が居たら、大切な友達二人に迷惑がかかっちゃうよ」

 

 そう震える声でミカが話し始める。

 罪の意識ってのは大事なものだとは思う。

 俺のような悪党にはもう欠片も残っちゃいねぇが、ミカのような若い奴らには大事なもんだ。

 

「特にセイアちゃんは、元々身体が弱かったし、寝たきりになってるって……啜り泣きがセイアちゃんの部屋から聞こえるなんて噂も……だから、私がここで迷惑をかけて、二人に無理なんてさせたら……私は、絶対に私を許せない」

 

「はぁ……」

 

 こいつの頑固さは、ある意味美徳だが……ここまで来ると病的なもんだな。

 

「お前さんの気持ちはわかった。ただな、それをなんでナギサとセイアに言わねぇんだ」

 

「うっ……それは……」

 

「お前らは仏でもなんでもねぇ、これ以上迷惑かけたくねぇってのなら、しっかりと二人に正面から話してから考えろ。言っとくが、少なくともナギサはお前を諦めちゃいねぇぞ」

 

 本人の口から聞いちゃいないが、セイアも同じ思いだろう。

 だから、ミカの思いだけで勝手に消えちゃ、残された側が報われねぇ。

 

「この後、セイアの見舞いに行く。そこでお前さんら三人で話し合う場を作ってやるから……その胸の内にある事、全部ぶちまけちまえ」

 

「いいのかな……私がそんなことして」

 

「逆だ、今じゃなきゃ出来ねぇんだ。だから、会って話して……その後、俺らで聴聞会に行くかどうか決めたらいい」

 

 俺の言葉を聞いたミカが戸惑いを見せる。

 今のこいつの自己評価は限りなく低い、それ故の戸惑いか。

 ミカの目から、涙がこぼれ落ちていく。

 若いな。

 

「先生まで……わ、私にそこまでする価値なんてないよ……もう二度と泣かないって誓ったのに……どうしてそんなこと言っちゃうの」

 

「おいおい、泣くのは止せ。仕事の成り行きってなだけだ」

 

「……うん、そうだよね……でも、分かった。私ナギちゃんとセイアちゃんと話すよ」

 

 そう笑顔を見せて、俺に話すミカの顔は、まだ完全に晴れたものではないが、それでも少しは安心させてくれるものがあった。

 

 俺が部屋を立ち去ろうとした時、背後から声が聞こえる。

 

「……正直、二度目のチャンスなんてないと思ってた……でもこれが運命なら……私はやっぱり、塔の中に閉じ込められたお姫様だったのかな……?」

 

 どうにも夢見がちな彼女ではあるが……その心が少しでも前向きになったのなら、それで充分だ。

 俺は部屋を出て、セイアのいる治療室へと向かう。

 

 

 

 何人たりとも入れないように、今度こそ守り切るという意思を感じる檻で閉鎖された空間にセイアは寝かされていた。

 随分とまた具合が悪くなっているようだ。

 俺が部屋に入ると、その物音が聞こえたのか、セイアが上半身を起こして俺の方を向く。

 

「……やぁ、先生」

 

「よぉ、久しぶりってことで合ってるか?」

 

「あぁ、あの動画を撮った以来だね……先生、待っていたよ」

 

 あの死の淵で出会ったセイアではなく、かつて現実世界で出会ったセイアがそこにいた。

 しかし、随分と具合が悪そうに見える。

 

 俺はベッドの近くの席に座り、机にもたれかかりながら、話始める。

 

「体を壊したって聞いてな。見舞いに来たぜ。見舞いの品は、門番の生徒に没収されちまったがな」

 

「ふふっ、そうだったか」

 

 そう儚げに笑うセイアは、前よりも暗く何かを隠してるように見える。

 ここの生徒は、どいつもこいつも隠し事が好きなようだ。

 

「んで、何を隠してんだ?それが、その隈に関係してるんだろう?」

 

「やはり、君の慧眼には敵わないな……あぁ、私は今、誰にも告げられない未来を手にしてしまっている。 だが、先生。貴方になら……私の言葉に、耳を傾けてはくれないだろうか」

 

「あぁ、聞くぜ」

 

 そうして、セイアは目を閉じて、少し息を吸い込み、整えた体で語り出す。

 彼女が見た……確実に起こる未来を。

 

 彼女が、『予言の大天使』と呼ばれる所以の力を。

 

「これから話すのは、私が見てきた限りの先生が体験してきた事件とは全く別種……つまりは完全に異なる類のものだ。

 だが……どうか荒唐無稽だと感じても、最後まで聞いてほしい。

 

 私の神秘について、かつて語ったのを覚えているかい?

 

『夢幻』

 夢と夢を渡り歩き、過去と現在、そして未来を見渡す力さ。

 

 過日……夢の使者が私に告げたんだ。

 本来ならば、夢の使者が言葉を話すなんてことはない。

 

 ただ、遠い過去に先生と共に席に着いた茶会の出来事のように、夢の泡を用いて、何時しか至る未来の片鱗を視る。

 その程度の事しか出来ないのだが……

 その日は何もかもが違った。

 

 私が見たのは……

 

 世界の……キヴォトスの終焉を迎える光景を視たんだ」

 

「この世界がか……」

 

 今までにしても、その可能性はいくつもあった。

 アビドスの一件は、ホシノの実験次第では容易にあり得た。

 ミレニアムの一件じゃ、ケイを止められなきゃ世界を支配されてたかもしれねぇ。

 今回の一件だってそうだった。

 

 だからか、俺はそこまでその言葉に動揺しなかった。

 世界が滅びるなんてのは、案外簡単なことから起こり得るのだからな。

 たった一発の銃弾が、1000万人の兵士と民間人を殺す戦争へと発展しちまうんだからな。

 

「この言葉を聞いても、先生は動揺しないのだね」

 

「あぁ、世界の危機なんざ、よくあるもんだ……それで、何を視たんだ?」

 

「あぁ……天から巨大な塔が飛来し、虚空が緋色に染められ……

 不吉な塔は、まるで悲鳴を上げるように鳴動し……

 この世界を少しずつ削り取って……

 そうして、世界の破片を『何か』に被せていった。

 削られた世界の欠片が、嵐のように吹き荒れる中で、黒い光が天より舞い降りて……

 世界が終焉へと傾いていく……

 

 そうして……キヴォトスの全てが崩壊し……

 

 塵一つ残さずに、全てが虚無へと消えた」

 

「なるほどな……」

 

「私が観測したものが、単なる杞憂、脳の悪戯で生み出された悪夢なのか。それとも本当に未来を、あるいは過去に既に起きたことを視たのか……今のところ、何も分かってはいない……だが、その光景を目にしてしまったからには、私は真実を見極めなければならない。

 この神秘を授かった者としての責務だ。

 

 私の夢渡りには二種類ある……無意識化で行われる『白昼夢』と意識して行う『明晰夢』

 私は、あの光景を再び見るために、明晰夢を彷徨い歩き続けた……

 

 その結果がこれだ。あの時の言葉のお陰で、私はまだ自己を確立出来ているが……現実と夢の境界を曖昧にしてしまい、私の魂は消耗し、ヒビが入ってしまった」

 

 そう話すセイアは、ベッドに体をもたれかからせて、息をつく。

 こいつもこいつの戦いをし続けてる。

 

 俺としちゃ無理をしてほしくはねぇもんだが……夢を渡る力は、セイアにしかない。

 だからこそ、この神秘を授かった者の責務なのだろうな。

 

「その顔、心配してるのかい?

 安心したまえ……この程度でへこたれるような私ではないさ。

 

 それに、あぁ、幼稚な言葉を使うが……私は今ワクワクしてるんだ。

 どうやって勝つのだろうか。私だけじゃ無理だろう。

 皆で力を合わせて、乗り越えるのだろうと。

 だから、私はその為の力になりたいのだよ」

 

 そういって、セイアは、俺とは反対側のテーブルから一枚の紙を俺に渡してくる。

 そこにはキヴォトスの終焉に対してのセイアの分析が、びっしりと書き連ねてあった。

 

 そして、そこには見覚えのある名前が書かれていた。

 

「ゲマトリア……か」

 

「あぁ、私の推測ではあるが……彼らがキヴォトスに外部の存在を呼び寄せ、終焉に導こうとしてるのではないかとね」

 

「……あいつらは、研究者だって聞いてる。信用はしちゃいねぇが……自分で実験場を潰すような真似をするほどのアホには思えねぇがな」

 

 と言っても、俺が出会ったことがあるのは、黒服とマエストロの二人だけだが……

 やってることは悪そのものだが、どうにも悪意とは別のものを感じる。

 研究者が、芸術家が、その題材を捨てるような真似をするのか?

 

「なるほど……興味深い意見だ、私の方でも考えてみよう」

 

「どちらにせよ、『大人』を相手にするのなら、同じ『大人』がやるべきことだ。お前さんにはそれよりも大事なことがあるんじゃねぇのか?」

 

「……ミカのことだね、確かに先のことも大事だが……友人の方がより大事だ」

 

 その言葉を聞いた俺は、軽く微笑む。

 何だかんだ言いつつ、長く同じ茶会の席を共にした人を、友を彼女は大事にしたいと思っている。

 よく考えれば、セイアは、元ホスト。

 トリニティ総合学園の盟主として、先代から選ばれた淑女だったな。

 

「彼女は今、過去最悪の状況下に置かれている……」

 

「あのデモは、中々気分が悪くなったな。あの規模は然う然うお目にかかれねぇよ」

 

「あぁ、それに加えてあの子は今まで甘やかされながら生きてきた。皆が彼女を崇め、讃える……まるで、童話に出てくるお姫様のような存在として」

 

「昔と今の環境差もあるだろうな」

 

 それに頷くセイアは、纏わりついていた濃霧が晴れたような目つきへと変わっていた。

 己の中での最優先事項を定められたからだろう。

 と言っても、友のことでそこまでなれるのは流石の一言だがな。

 俺には出来ねぇよ。

 

「そうそう、ミカがお前さんらに言いたいことがあるってよ。ナギサには俺から声をかけるから、一踏ん張りしてくれねぇか?」

 

「ミカが……? あぁ、もちろんだとも、今すぐミカを呼んできてもらうとしよう。私も、もう子供ではないのだからね……ビデオではなく直接顔を合わせて、腹の内を見せ合うとするよ」

 

「決断が早くて助かる……じゃあ──「あと、ナギサには私から連絡をする。先生も暇ではないだろう?」……けっ、何から何までお見通しってか。じゃあ任せたぜ」

 

 そういって、セイアはテキパキと自身の部下に声をかけて、話し合いの場を設け終えてしまった。

 仕事の速度が尋常じゃねぇな。

 分析の紙があれだけみっちり書かれているわけだ。

 

「……ふぅ、さて、久しぶりに人と接しすぎてしまった。少し……横になるとするよ」

 

「そうか……じゃあ、また明日な」

 

「あぁ、また明日」

 

 俺は眠りについたセイアを見届けて、トリニティを後にする。

 青空が見えるが、それでも遠くには曇り空が見える。

 

「……こりゃ、今夜は雨だな」

 

 何処か一抹の不安を感じながら、俺は車を走らせる。

 

 

 ──────

 

 ────────────

 

 ────────────────────

 

「……それでは次の議題を」

 

「そういうこった!」

 

「異論は無い……が、その前に確認しておきたいことがある」

 

 声が聞こえる。

 

 また……これか。

 私の神秘は、恥ずかしいことに自分の意識で完璧にコントロール出来ていない……

 だから、こうやって、私の意図しない夢の中を渡り歩いてしまう。

 

 恐らくこれも……どこかの明晰夢だろう。

 

 しばらく歩くと、赤い金属製の通路に出る。

 

 触ってみた感触からして、私の知っている金属ではない。

 

「『マエストロ』、何か?」

 

 その名前は……!

 

 私は、夢の中だというのに、身を隠して声の方を覗く。

 視界の先に居たのは、黒いスーツに身を包んだ黒炎を纏った男『黒服』。

 木製のマネキン人形のような姿でタキシードに身を包んだ男『マエストロ』。

 

 デュラハンのように首のない茶色のコートを着て、男の後ろ姿の写真を持った男。

 

 そして、赤い肌とそれに対照的な白いドレスを身にまとった複数の目を持つ女性。

 

「ベアトリーチェに質問がある」

 

 マエストロが、その女性のことを『ベアトリーチェ』と確かに呼んだ。

 

 あれが……ベアトリーチェ。

 アリウス分校を支配している……やはり、ゲマトリアと……

 

「要請によって、私は自分の力を貴下に貸したのは覚えているな? 戒律を守護せし者たちを複製(ミメシス)して、そちらの計画に付き合わせた件だ」

 

「えぇ、とても感謝していますよ、マエストロ。 お陰様で、私は領地で更に大きな力を得ることが出来ました」

 

 ベアトリーチェは愉快そうに話すが、それを聞いたマエストロの頭が激しくきしみ音を奏でる。

 まるで激昂しているかのように。

 

「私は貴下がそれを利用することを許可した覚えはない。そも、私の作品をそのように使うことは許可していないはずだ」

 

「あの現象は貴方の所有物ではないはずですよ?マエストロ」

 

「……不躾だな。私は所有権を主張しているのではない、それは──「不躾?よくもまぁ……私にそんな口を」」

 

 どうやら、全員が全員仲良し組という訳でもないようだ……

 特に、ベアトリーチェは明らかに他の三人から浮き出て、牽制をしている。

 

 そんな様子を見かねてか茶色のコートの男が仲介に入る。

 

「まぁまぁ……お二人とも落ち着いてください。事を荒立てないでくださいよ」

 

「そういうこった!」

 

 今……絵の方が先に喋って、スーツを身にまとった男が後から喋った?

 まさか、あれは二人組とでもいうのかい?

 

「失礼しました。マエストロはきっと、普遍的な現象を通じて、独創的な解釈をすることは、自分なりの表現法だと考えているのでしょう。

 しかし、それはマダムの立場では別段考慮する必要がない部分かもしれません。私たちは皆、この世界を解釈する方法が違いますから」

 

「……つまり、私がマエストロの武器を勝手に奪ったことが気に食わない、という事ですよね?」

 

「……貴下が行うのは芸術ではない。そこには美学の欠片もなく、ただ兵器を生み出すだけの行為だ」

 

 マエストロの言葉を聞いたベアトリーチェは、くだらないとばかりに鼻で笑い、口を開く。

 

「えぇ、そうですが。何か問題でも? それに、貴方だけではありません」

 

 そういって、ベアトリーチェは、自身の持っている扇を突き付けながら話し続ける。

 

「私は、黒服が提供した技術力も、ゴルコンダが解釈したテクストもそのように使っています。 」

 

 その言葉に、先ほどまで仲裁をしていた絵の中の男性『ゴルコンダ』と黒服が黙ってしまう。

 凄いな、彼女は……ここまで空気を悪くすることが出来るとは……

 

「私は、貴方達の芸術には少しも興味はありません。『ゲマトリア』の一員になるときから主張してきた話だと思いますが」

 

 その言葉を聞いた黒服が、不気味な笑い声をあげる。

 まるで誰かの真似をしているかのような歪な笑い声だ。

 

「クックックッ……その通り。それはそれで良いのではと、私はそう思っています。仲間同士で争う必要はないかと。彼女はキヴォトスに自分だけの領地を確保しています。私達の計画に最も必要な存在ですから」

 

「アリウス自治区ですね。あそこの全ての生徒と学園を自分の支配下に置くなんて、確かにそれは偉業です……黒服のアビドスは残念でしたが……おっと、失礼。皮肉を言っているつもりは在りませんよ」

 

 ゴルコンダの言葉を聞いた黒服が、心底嬉しそうな声を上げる。

 失敗したはずなのに、どうしてそこまで喜べるのか……私には分からなかった。

 

「ククククッ……! お気になさらず、確かに惜しかったですが……あの先生の存在は私の計算外でしたので」

 

「……『次元大介』。例のあの者ですね。私達の敵対者」

 

 ベアトリーチェが、確かに先生へ敵意を向けた……!

 

「いいえ、いいえ。あの方とは決して対敵してはいけません……十中八九、殺されてしまうでしょう。むしろ出来ることなら仲間に引き入れるべきです」

 

「私としても大変気に入っている。芸術がまだ分からないようだが、あの美学には惚れいるところがある。あの者は、私たちの理解者たる存在になってくれるかもしれない」

 

「私はまだ判断を保留していますが……黒服と共に見たあの映像が確かであれば……もしベアトリーチェのように私たちの一員になってくれるなら……」

 

 黒服たちが先生へ好意を示す中で、彼女だけは違った。

 冷たい軽蔑の視線を浴びせながら、彼女は確かにこう言い放った。

 

「下らない。愚かで怠惰な思考ですね……矮小な拳銃一つで何が出来るのか。 『次元大介』は必ず始末しなければなりません」

 

 ベアトリーチェは、次元先生への殺意を確かに口にした。

 

 

 




雨が降る夜

月明りも見えないその暗闇の中

二人の少女は鉄格子の外を眺めたとさ。

一人は泥を見た、一人は星を見た。

次回 その日、貴女は星を視た










えー、投稿遅くなって申し訳ありません。
モチベが浜で死にました。
流石に万字越え連続は中々……!
しかし、次回は大事な回ですからね……
モチベ回復のためにまた少し休憩させていただきます……
次回はね、本当に本当に……この物語を書き始めた時から決めていたシーンを出すので……

では、最後にここすき、感想、評価お待ちしております。
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