新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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3-3 その日、貴女は星を視た

「クックックッ……!『次元大介を始末する』と来ましたか」

 

「黒服……何が可笑しい」

 

「いえ、すみません。確かに貴方の才覚を以てすれば、容易に可能でしょうが……」

 

 ベアトリーチェの殺意を聞いた黒服の顔の白い炎が大きく揺らめき、笑い声が響く。

 まるで、微塵も期待していないと言いたげに。

 

 そして、ベアトリーチェも同じように、黒服がまるで見当違いのことを話しているように溜息をつき、口を開く。

 

「……どうやら説明が必要なようですね。えぇ、折角ですので一つずつ順を追っていきましょうか。

 

『聖園ミカ』がアリウス自治区を訪れて以降、彼女に多くのことを手伝っていただきました」

 

 ベアトリーチェは、確かに今、ミカの名前を口に出した。

 まさか、ミカとベアトリーチェの間に何か繋がりが……?

 

「そう……言わば、聖園ミカは私にインスピレーションを与えてくれる……ミューズとでも言いましょうか。

『エデン条約』を利用して太古の威厳を確保するというアイディアも、予知夢の大天使を真っ先に処分すべきだという判断も、彼女のお陰で実現できたのです。

 

 全く……預言者だなんて厄介な力は、さっさと処分するに限りますからね。珍しい技術を提供してくれたデカルコマニー……いえ、ゴルコンダに感謝します」

 

 あの計画の発案は……ミカだったのか?

 いや、ミューズということは、ミカの存在からトリニティに目を付けたという解釈が正しいか。

 

「そういうこった!」

 

「私は、テクストを提供しただけで、それを形にしたのはマダムですよ。 それに、むしろその技術がマダムの足を引っ張っていませんでしたか?」

 

 足を引っ張る……つまり彼らの用意したものがベアトリーチェの計画自体に牙を向いた……

 ヘイローを破壊する爆弾……?

 

「えぇ……ですが、『生贄』の体に予め植えておいた防御システムのお陰で助かりました。 感謝します、黒服」

 

「……クックックッ。無名の司祭たちの技術が役に立ってよかったです」

 

 確か、ヘイローを破壊する爆弾は、アズサの手によって秤アツコに命中したはず。

 つまり、アツコは何かしらの儀式に使う予定の生贄……?

 

「そして、聖園ミカが最後にくれたインスピレーションが……まさに『シャーレ』の先生たる彼についてのことでした。

 彼女が先生をトリニティに招待したので、私はその存在について認識し、考察出来たのです。

 

 私がアリウス自治区をターゲットにしたのは、純粋にそこが秘匿された場所であるからで、それ以上の意味はありませんでした。

『トリニティ』や『ゲヘナ』……それらに向けられた怒りと憎悪など……ふっ、私にとってはどうでもいいこと。

『怒りと憎悪』は子供たちを統制するための手段に過ぎず、『エデン条約』は守護者の力を得るための方法に過ぎず、『スクワッド』は使い捨ての道具でしかない。

 

 聖園ミカが先生をトリニティに連れてこなければ、私はあの者の事など歯牙にもかけなかったでしょう。 ですが……あの力をこの目で見てしまった……あの矮小な拳銃には然程興味はありませんが……

 

『神髄』

 

 あれは危険です。そして、気づいたのです、あの者の周りに纏うテクストに。あの二つの力は、私の持つ全ての意味が変わってしまいます。

 よって、私の計画を果たすためには、真っ先に『次元大介』と『先生』を消さなければなりません」

 

 ミカが、先生をトリニティに招いた結果、ベアトリーチェに目をつけられたという事か……?

 いや、それは早かれ遅かれ起きていたことだ……

 それ以上に、アリウス自治区はゲマトリアの息がかかっていることに注目すべきだ。

 他の三人は、まだ先生に対して友好的に見えるが……ベアトリーチェはまるで違う。

 言葉の一音一句全てに明確な殺意を宿している。

 ともすれば……次にアリウスを使って襲う相手は……先生だ。

 先生の武力は、心配してないが……それでも数が違う。

 

「私の決定が気に食わないようですが……どうせ私たちは各々の目的を追求するだけの存在。 あなた方に私を妨害する権利はないでしょう」

 

「……えぇ、そのような権利はありません。思うままになさってください、ベアトリーチェ。しかし、貴女の計画というものが何なのか、私たちに具体的に教えてくれたことはありませんでした。 マダム、貴女はアリウス自治区で何をしているのですか?」

 

 考察を重ねている私の耳に、黒服がベアトリーチェに対して質問をする声が入って来る。

 そこは……確かに大事なポイントだ。

 阻止するにしても彼女の計画が分かってなければ何にもならない。

 

「祭壇を用意しています」

 

「祭壇……?」

 

「あなたがアビドスでしようとしていた事と、本質的には変わりません。ただ、私は契約をするつもりはないですが」

 

 黒服が、アビドスでしようとしていた事……?

 のち、先生に話をするしかないか、この点に関しては……

 

「ほう、契約の代わりに儀式ですか……本来その二つは変わらないと考えることも出来ますが……それを実行する上で、次元先生の存在が必ず邪魔になると?」

 

「えぇ、そうです……既に手は打ってあります。『スクワッド』が先生を処理してくれることでしょう」

 

 待て……これは一体いつの時系列だ?

 この時点で調印式での決戦が終わったのは間違いない。

 しかし、予測では、スクワッドは、アリウスから追われていると……

 アツコだけ回収すれば全て済む話だが……

 限界まで彼女たちを使い潰す気なのか?

 

「廃棄しようとしていた消耗品ですが、先生を今度こそ殺せば許す機会を与えると伝えました。彼女たちにとっては断ることの出来ない提案ですから」

 

 となると……この時系列は、今まさにこの瞬間なのか?

 そうなるなら……いけない……先生が危険だ!

 

 私はそう思い、夢の中故に、通路から踏み出して走り去ろうとした。

 その瞬間、目が合う。

 

 ベアトリーチェの顔にある、無数の目のうちの一つと。

 私の姿は見えてないはず、だというのに、その目は私を見つめ続け、そして一斉に他の目も私の方を向き、見つめてくる。

 

「おや、どうやら、ネズミが潜り込んでいるようですね?」

 

 あ、ぁっ……

 

 目が、赤い目が私を……見つめて。

 

「はぁ、はぁ、ぅぐ、げほ、ごほっ!」

 

 私は、目を覚ました。

 冷や汗が体全身を濡らし……

 腹の底から込み上げる吐き気と咳で、意識が混濁していく。

 

「う、うぅっ……!」

 

 動かなければ、先生に伝えないと。

 

「げほっ、げほげほ……!」

 

 そう思ってベッドから足を踏み出した私は、そのまま地面へと倒れてしまう。

 体を硬い地面に打ち付け、痛みが走る。

 

 咳をした私の手をふと見ると、白い袖に赤いものが混じっている。

 あの目に見つめられてしまった瞬間に全身……いや、魂の底から死んだと錯覚するほどの殺意を感じた。

 

 ……体が、いう事を聞いてくれない。意識が落ちそうになる。

 しかし、それでも分かったことがあった。

 自治区の位置を今まで見つけられなかったのも……あの正体不明の技術も……ヘイローを壊す爆弾も全て……ゲマトリアが持ち込んだものだ。

 ベアトリーチェだけではない……そして、『スクワッド』が先生を追っている事実を含めて、先生に伝えなければ……

 

 アリウススクワッドは、被害者の一つだと先生は語っていた。しかし……彼女たちが持つ爆弾は、間違いなくこのキヴォトスで最も危険なものだ。

 何よりも……彼女たちは既に一度先生を殺している。

 

 私の思考が加速していく。

 まるで走馬灯を駆けているかのように。

 そして、気づくべきだった。

 こんな時に、思いつく発想なんてロクでもないということに。

 

「思い返すと……私の命が狙われて……エデン条約が決裂して……みんなが怪我をして……先生が危険にさらされたのも……すべて……その全ての始点は……」

 

 私が結論を出そうとするのと同時に、私の部屋のドアが開かれる。

 

 そこに立っていたのは……全ての始点の一人……

 

「ちょっと、早かったかな。ナギちゃんまだみたいだね?」

 

 聖園ミカだった。

 

 そう、この物語は、聖園ミカと錠前サオリの出会いから始まったのだ。

 

「……っ! セイアちゃん!どうしたの!?」

 

 ミカは、急いで私へと駆け寄り、地面に倒れ伏した私の体を支えて、ベッドへと寝かしてくれた。

 ミカ……やはり君は、そんなことをするはずがない。

 しかしそれでも、私は聞かないといけない。

 

 万が一、最悪の展開を危惧して。

 

「大丈夫?顔色悪いし、体も震えて……やっぱり、お話するのやめにしても──「ミカ、君は、アリウス自治区に接触した時、『スクワッド』以外で他の誰かに会ったことは?」え……アリウス?」

 

「アリウス自治区には、本当に一度も行ったことがないのか?」

 

 あぁ、我ながら何て冷たい。

 それでも、今は要点を纏めて話さないといけない。

 そうでなければ……私の意識が持たない。

 

 急な私からの質問で、ミカは戸惑いを見せている。

 

「えっと、セイアちゃん……今はそれよりも……」

 

「ドレスを着た背の高い女性を見たことは……? 『スクワッド』について他に知っている情報は?」

 

「セイアちゃん……?急にどうしたの?あ、咳が、無理に喋ったら──「げほっ、げほっ! 君が、アリウスに接触したことによって……先生が、ベアトリーチェに、スクワッドに狙われている」……!?」

 

 頭が割れそうなほどに痛む。

 私自身の神秘が、私の魂を引き裂いて、燃料として暴れ出していく。

 今持っている情報を……ミカに伝えないと……!

 

 声が届かないから、私はミカの服を掴んで顔を近づけて、叫ぶ。

 

「君が、先生を連れてきてしまったから……!」

 

「っ!?」

 

「げほっ……ごほっ……!いや、君のせいでは、なかった。遅かれ早かれ……ごほっ……おぇ……!」

 

 吐き出されるものに、赤が混じる。

 口の端から、生臭いものが垂れていく。

 

 視界が眩む……また、私を何処かへ飛ばすつもりなのか。

 だめだ……ミカに何も伝えられてない。

 

 意識が……段々と…………

 

 

 

 再び、目を覚ますと、そこは廃墟と化した聖堂のような場所に私は立っていた。

 この建築様式には覚えがある。

 昔、建築学と歴史学を学ぶ際に見かけたものだ。

 

「ここは、まさか……アリウス自治区の……?」

 

「えぇ、アリウスの『バシリカ』と呼ばれるところです」

 

 私の背後から冷たい声が聞こえる。

 振り向いた瞬間、赤い風が吹き、私の首を捕まえ、体が浮く。

 

「うっ、ぐっぁ……!」

 

「覗き見をしているネズミがいると思ったら、やはり貴女でしたか……まさかこの至聖所まで追いかけてくるなんて。 夢の中だと思って油断していたのですか?預言の大天使……いえ、百合園セイア」

 

「なぜ、私が……見えている」

 

 先ほどの明晰夢、しかりこの明晰夢も……本来なら夢の中の住人は現世を生きる者に干渉することはできない。

 現世にいる者も夢の中の住人には干渉できないように……だからこそ、この状況は歪だ。

 私の首を絞め、体を持ち上げるベアトリーチェの行動は、夢の原則を破っている。

 

「あぁ……便利でしょう。私の眼……貴方は知らない事かもしれませんが……私には一つ肩書きがあります」

 

 そう語るベアトリーチェの赤い瞳が怪しく光る。

 ベアトリーチェの肩書……まさか。

 

「そ、そんなことが、あり得るのか……」

 

「えぇ、私は、アリウスの『生徒会長』即ち……神秘を持つ資格があるのです」

 

 生徒会長には、生徒しかなることが出来ない……つまり、生徒会長という肩書を持つ以上は……彼女は、生徒であるという事……そして、その資格を持って、この世界に生きる生命として繋げた。

 だから、神秘を扱えるようになったと?

 

「おしゃべりがすぎましたね。貴女が最後に見る光景なのですから、しっかりと焼き付けなさい。この祭壇は、他のゲマトリアも訪れた事のない秘境なのですから」

 

 そういって、彼女は私の首を折らんとばかりに力を込めていく。

 彼女の赤い皮膚が裂け、その下にある白い牙が剥き出しになっていく。

 夢の中の私が殺されかけているせいか、現実世界の私にも影響が出てくる。

 

「セイアちゃん!しっかりして!! 誰か!!誰か人を呼んできて!!セイアちゃんが……セイアちゃんがおかしいの!!」

 

 ミカが助けを呼ぶ声が聞こえる。

 

「ぐっ、がぁっ……!」

 

 私の首の骨に力がかかる。

 激痛によって霞んでいく意識の中で、バシリカの中心に掲げられたステンドグラスと、その手前に伸びていく供物に目がいく。

 

 ステンドグラスには、とても教会に着けられるような神々しさの欠片もない禍々しい化け物の姿。

 恐らく、ベアトリーチェが儀式によって呼び出そうとしている何かが描かれているのだろう。

 視界に収めるだけでも、不吉な気配を感じる。

 

 そして、不完全な十字に体を伸ばされ、全身に巻き付く赤い枝によって捧げられているアツコの姿が見える。

 枝によって、彼女の体から無数の神秘と血が吸血されて行っていることが見て取れる。

 

 あれだけの血と神秘を取られれば、普通は持って一時間も持たない。

 

 そうか……彼女は……

 待て……という事は、この儀式は……そんな、まさか。

 

 私の中で芽吹いていた最悪の予想と、この光景が繋がる。

 

 ベアトリーチェ……この女は……キヴォトスに一体どんな災禍を招こうと……

 

 意識が、現実世界へと浮上する。

 どうやら、先に夢の中の私が事切れ、こちらに強制送還されたらしい。

 

 目の前には涙を零すミカの姿が。

 

「セイアちゃん……どうして……セイアちゃんがこんな目に……私は、どうすれば……セイアちゃん……どうしよう……」

 

 最悪だ。

 私は、またミカに……同じことをしてしまった。

 友のために動くと決めたのに、その矢先にこれだ……

 私が、招いた失敗だ……

 

 先生……どうか、貴方だけでも……アリウス自治区から離れてくれ。

 どうか頼む……先生!!

 

 ──────

 

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 ナギちゃんよりも、一足先に着いた私を待ち受けていたのは、前見かけた時よりも体調の悪化しているセイアちゃんの姿だった。

 

 私は、再び檻の中に戻って、暗い部屋の中で膝を抱えて、ただ外の声を聴いている。

 

「セイア様のご容態は……!?」

 

「ダメです、痙攣と吐血が止まらなくて……」

 

「くっ……至急、救護騎士団に連絡を……!! シスターフッドでもどこでも構わないから、早く対処法の確認を……急げ!!」

 

 セイアちゃんは、私の前で倒れてから、すぐに係の人が運んで、病院へと連れて行った。

 

「ナギサ様は!?──「今、病院に移動中です!他の方々にも連絡は取っていますが……」」

 

「シャーレはどうした!!──「さっきから連絡が取れません!……ま、まさか先生の身にも何か起きたのでは……!?」不吉なこと言わないで、連絡を続けて!!」

 

「犯人は!聖園ミカですか!?あの魔女が!!──「この部外者を早く連れ出せ!」」

 

 私の閉め切ったシャッターに何かが当たる音が聞こえる。

 恐らく、また石を投げ込まれたのだろう。

 

 部屋の外だけじゃない、この建物の周りに囲まれていく無数の神秘を感じる。

 どれもこれも全部、怒りと憎しみの感情が混ざっている。

 

 そして、それは全て私に向けられたものだ。

 

「待ってください!ミカ様は何も──「彼女がセイア様の部屋を訪ねたからこんなことが起こったのではありませんか?あの売女が何かしたに決まっています!」貴女!ミカ様に何てことを!!」

 

 部屋の外で騒ぎが聞こえる。

 何かが壁に激しくぶつかる。

 それも何度もだ。

 

「やめなさい!今ここで争ったって──「人殺し!この魔女め!!」」

 

「出てきなさい!!!!聖園ミカ!!この極悪人!!全部あなたのせいよ!!」

 

 部屋の扉が、大きく物音を立てる。

 私の胸が張り裂けそうなほど、痛み、何かが壊れていく音が聞こえる。

 

 私は思い出していた。

 さっき、セイアちゃんに言われてしまったことを。

 私の胸倉をつかんで、セイアちゃんは必死の形相で叫んだ。

 

 ────君が、アリウスに接触したことによって……先生が、ベアトリーチェに、スクワッドに狙われている。

 

 ────君が、先生を連れてきてしまったから……!

 

 その後も何か言っていたような気がするが、呆然としていた私の耳には何も聞こえていなかった。

 

「あぁ、やっぱり……私のせいで……こうなっちゃったんだね……」

 

 やっぱり、セイアちゃんも、心の内では、許してくれてなかったんだ……

 

 ────私は許すよ、ミカ

 

「私が、私がバカだから、セイアちゃんが……! 私は全然、許されて何かいなかったんだ……」

 

 もしかしたら、挽回できるチャンスがあるかもしれないって、思っていた。

 きっと今夜を過ぎたら……ナギちゃんとセイアちゃんと一緒に手を繋いで、先生と歩いて、みんなで、いっしょに……

 

 私は、膝を抱えて、堪えても溢れだす涙と共に、心の中に言葉を吐露し続けている。

 こんなことしても何にもならないのに。

 

 心の中の言葉はいつしか、声になって、口に出ていた。

 

「……挽回のチャンスだなんてそんなおとぎ話みたいなもの……あるはずがないのに、バカみたい。そんなもの信じたりなんかしたから……」

 

 口から血を吐きながら叫ぶセイアちゃんに、私の前で、血を含んだ胃液を吐き出すナギちゃん……先生は、私の銃の傷を治した後、エデン条約ではお腹に穴を空けてしまったみたいで……

 その光景を思い浮かべながら……私の心に更にヒビが入っていく。

 

「私がバカだから、アリウスに……『アリウススクワッド』に……サオリに利用されてばっかりで……そのせいで……大切な人たちを傷つけて……怪我をさせてしまって……これじゃあ、まるで……」

 

 その時、部屋の外から声が聞こえてきた。

 

「魔女め!!!──「この恥知らずを早く!正義実現委員会を連れてきてくれ!!」」

 

「……そうだね。そういうことだったんだ」

 

 何もかも……私が……

 

 これまでの光景を思い出す。

 アリウス自治区の生徒と出会って、サオリと出会って、そこで手を差し伸べて……

 そして、邪悪に笑うサオリの笑顔と共に私は……

 

 私は……あれ?

 

 私の心の何処かで、ストンと腑に落ちる感覚がした。

 それと共に、さっきまで止まらなかった涙が止まる。

 

「なんだ……簡単なことだったじゃん。……『アリウススクワッド』の錠前サオリ……全てはあの女が元凶なんだから」

 

 心の底から、沸々と何かが沸き上がって来る。

 

 膝を抱えた私は、そのまま言葉を続ける。

 自分を説得するように、納得させるように。

 心の中の自分と対話を続ける。

 

 あの女が私を利用して……

 

「うん」

 

 セイアちゃんのヘイローを壊そうとして……

 

「うん」

 

 ナギちゃんにミサイルを飛ばして……

 

「おかしいよね」

 

 先生を傷つけて……

 

「そうだよ」

 

 全部……全部全部ぜんぶぜーんぶ!あの子が計画したことだった。

 

「……そうだね。こんな結末になるくらいなら……私、何をすればいいのか分かったよ」

 

 私の大切な人たちがこんな目に遭ってるのに、錠前サオリだけ安穏と過ごしてるなんておかしくない?

 

「うん、そう。そうだよ……あの女も……私が奪われた分だけ、同じように奪われなきゃ、不公平でしょ」

 

 あぁ、なんて簡単なことだったんだろう。

 こんな事に気づかないなんて、やっぱり私はバカだね。

 

 あの女の大切な人も、同じように……全部……

 

 私は、自然と口角が上がっていた。

 

「あはっ、あは……あはははははははッ!!!!」

 

 私は、部屋の壁まで移動して、神秘を拳へと込める。

 久しぶりに行使するのに、今までにないほどに淀みなく滑らかに力が籠っていく。

 

「出てこい!!聖園ミカ!!!この魔女!!!」

 

 そして、私は拳を壁へと打ち込み、豆腐のように柔らかいその壁を砕き、外へと出る。

 瓦礫の下から、何故か赤いものが流れているけど……まぁ、気にすることはないかな!

 

「あ、あぁ……!」

 

「あれ?誰君?まぁ、いっか☆ 私の銃を探さないと。あっちだっけ?さてさて、行くとしよっか」

 

 何故か尻餅を付いて怯えている子を余所に私は歩き出す。

 今までにないほど、足取りを軽く、上を向いて、まるで遠足気分で。

 

 待っててね☆

 

 錠前サオリ。

 

 ────────────────────   

 

 ────────────   

 

 ──────

 

 

 仕事終わり近く、俺は携帯に入っていたメールに呼び出され、とある路地裏へと足を運んでいた。

 便利屋たちは、別の依頼で遅くまでいないらしいから、置手紙だけ残してある。

 

 さっき、セイアの声が聞こえた気がしたが……まぁ、気のせいだろう。

 俺も歳ってやつなのかもしれねぇ。

 

 その件のメールは発信元が不明で、その上辿り着いた街も随分と寂れ、人の気配すら感じられない。

 その上、俺の予想通り、雨が降って傘を差さない俺の体から熱を奪っていく。

 

 そんな中、路地裏の出口の方に誰かの気配を感じる。

 足音と共に出てきたのは……

 

 全身から血を流し、その白いコートを黒く汚して今にも倒れそうな雰囲気の……アリウススクワッドのリーダー、錠前サオリだった。

 

「サオリ……何の用だ」

 

「……」

 

 サオリは、何も言わず、銃を置き、それを跨いで銃の前で膝を付き、両手を地面に置いて……深々と俺に対して頭を下げる。

 彼女がいつも被っていた帽子が取れて、地面の泥で汚れても、それを気にすることなく、その頭を地面につけた。

 

「……何のつもりだ」

 

「……先生。アツコが……連れて行かれた。他の仲間もアリウスの襲撃に遭って、散り散りに……生死も不明だ」

 

 これは……サオリなりの、ケジメをつけに来たってことだろう。

 予想通り、アリウススクワッドは、アリウスからの襲撃に遭ったようだ。

 出来れば、アリウスが成果を出すよりも前に見つけ出してやりたかったが……

 

「あれから何日も……逃げてきたが……私では彼女を止められなかった。このままでは……アツコは……姫は、死んでしまう。 明日の朝……夜明けと共に『彼女』に殺されてしまう……私の話など、信じられないだろうが……これだけは、真実だ」

 

 そうして、サオリは話し始める。

 何故、スクワッドは、そしてベアトリーチェは、アツコを『姫』と呼び、大切にしてきたのか。

 尤も、スクワッドとベアトリーチェでは、大切にしてきたの意味が違うがな。

 仲間としてか、ただの道具としてかだ。

 

 俺は、サオリの話を黙って聞く。

 

「アツコは、元よりそのように育てられた存在なんだ……

 幼い頃からそうやって『生贄』にされる運命にあったのだと……

『彼女』は、姫の運命を変えたいのなら、『彼女』の命令に従えと……

 そうすれば、姫だけでなく……他の仲間も助けてやると。 エデン条約を強奪し、ユスティナ聖徒会の力をアリウスのものとし……トリニティとゲヘナを手中に収めたら……

 アツコが『生贄』にならずとも済む、と……だが……」

 

「あぁ、お前さんらは失敗した」

 

「違う、失敗したのは……私だ。他の仲間は、頑張ってくれた……それでも任務を遂行できなかった。 エデン条約の強奪に失敗した上、トリニティとゲヘナ自治区の征服も、仲間を助けることも、アツコを守ることさえも……全て、私の力が及ばず、叶わなかった。

 今の私は落伍者だ。トリニティにも、ゲヘナにも……同じアリウスにだって助けをもとめることなどできない」

 

 どうやら、こいつらは、サオリは、地獄を見てきたようだ。

 そして、敵対していた俺であったとしても、その頭を下げて、情けなくとも仲間の命の為に、こいつは自分の命を賭けて、俺に会いに来た。

 

「だから、頼れるのは……もう、次元大介先生しか……

 頼む……私の命を賭けて約束する、どんな命令、指示だろうと従う……

『ヘイローを破壊する爆弾』、これも、預ける。私の命を握ってもらって構わない。

 私を信用できないと判断したら、それを使ってくれ……だから、頼む」

 

 こいつの意思は、その言葉は、俺の心を震わせた。

 ……全く、ここに来る前は、女なんざ信用できねぇなんて思ってたんだがな。

 

 目の前の少女の見せた覚悟は、俺が今まで出会ってきた誰よりも硬く儚く……そして強いものだった。

 

「姫を……助けてくれ……」

 

 雨に打たれ、全身が汚れても、どんなに辛酸を舐めたとしても仲間を助けたいと……

 しっかり人間やってんじゃねぇか。

 

「顔を上げなよ、お嬢さん。折角の美人が台無しだぜ」

 

「だ、だが……」

 

「聴かん坊は、変わらずのようだな……まぁならいい。ベアトリーチェが相手でいいんだな?」

 

 俺は、サオリの前にしゃがみ込み、帽子を拾って、サオリに被せて、俺の方からサオリと頭の位置を合わせ話し始める。

 今度は俺からこいつに聞く番だ。

 

「あ、あぁ……ベアトリーチェ、背が高く、赤い肌を持ち、白いドレスを纏った大人だ」

 

 赤い肌……まだ何とも言えねぇが……人外じみた見た目なら、ゲマトリアとの関連を考えるべきだな。

 よく考えりゃ、あのマエストロもゲマトリアらしいからな。

 あのヒエロニムスの時点で繋がりを疑っとくべきだったか。

 

「やはり、先生と言えど……ベアトリーチェと相対するのは……」

 

 俺がベアトリーチェの話を出し、少し考えていると、不安な様子で、サオリが呟く。

 どうやら……心配させちまったらしい。

 

 どうしたものかと、考えたのち、俺は昔、相棒から聞いた話を、こいつにもしてやることにした。

 

「抜かせ、良いか。俺はな、泥棒なんだ。泥棒ってのはな、金庫に閉じ込められた宝石を盗み出し、悪い魔女の手に捕らえられた姫を緑の野原に返してやる。こいつはな。全部泥棒の仕事なんだぜ」

 

「そうなのか……しかし、それでも彼女の持つ力は……」

 

 相棒に聞いた話を出すが……この出まかせ、どうにもサオリは信じちまってそうだ。

 まぁ、それでも今は、少しでも心の支えになればそれでいい。

 何よりも……こいつの心はまだ、あのベアトリーチェの恐怖から抜け出せてない。

 

「おいおい、お前さんは悪い魔女の力は信じるのに、泥棒のチカラは信じねぇってのか。お前さんが信じてくれりゃ、泥棒は無数の軍勢に勝つことだって、巨大な化け物を撃ち取る事だって出来るってのにな……」

 

「……し、しかし……──「はぁ……っ、うぐぐぐぐっ」せ、先生!?」

 

 俺は、右腕を突き出し、そこに力を込めていくフリをする。

 まぁ、子供だましだが……まずは、目の前のこいつの心を掴まなきゃな。

 

 俺は、その拳を倒れるサオリの前に突き出し、そこからそっと一輪の花を取り出す。

 前にやった時は、失敗しちまったが……あれから練習をしてたんだ。

 

「ぁぁ…………綺麗だ」

 

「……今は、これが精一杯」

 

 サオリにそれを手渡し、そこからつらつらと国旗の付いた紐を伸ばしていく。

 こいつはずっと張りつめたまま、ここまで来てたんだ。

 だから、ここで少しでも緩めとかなきゃ、肝心なところでぶっ倒れるかもしれねぇ。

 

「サオリ、お前さんからの依頼。受けるぜ、まずは他のスクワッドを探しに行こう」

 

「い、良いのか……? 私は……私は!先生を撃った女だぞ!?」

 

 少し緊張はほぐれたようだが、それでもどうやら疑問が勝ったらしい。

 律儀な女だ。

 撃ち撃たれるなんざよくある事なんだがな。

 

「お前さんの弾に殺意がなかった……疑問だったんだよ、あの時。お前さんの眼がどうして泳いでたのかってな」

 

「殺意が……なかった……だと?」

 

「サオリ、お前ほどの射撃技術があるなら、本気で殺すんだったら脇腹じゃなくて、眉間を狙ってくるはずだ。にも関わらず、銃口を腹に向けた……あの時点で本気で殺す気はなかったんだろ?」

 

 俺の言葉を聞いたサオリは、面白いくらいに動揺を見せる。

 図星だったのか、それともただ無意識だったのか。

 俺からすりゃどっちでも良いことだがな。

 

 俺は手を差し出して、サオリを立ち上がらせる。

 

「さてと……サオリ。爆弾を寄越せ」

 

「あ、あぁ……約束したからな。この爆弾は、その起爆装置を……って、先生!?」

 

 俺は、起爆装置を貰ったと同時に上に放り投げ、腰から抜いたマグナムの一射で破壊する。

 相手の命を、ましてやガキの命を握るなんざ、俺の美学に合わねぇ。

 

「な、何故……そんなことを……」

 

「爆弾は、預かっとく、それも寄越しな」

 

「わ、分かったが……一体何故」

 

 言われるがまま、渡された爆弾を懐に仕舞いこんで俺は歩き始める。

 恐らくこいつもゲマトリアの技術が使われてる……

 一度キヴォトス外の技術に触れた事のあるミレニアムのあいつらに渡せば、色々と引き出せそうだな。

 

「今度こそ行くぞ、サオリ。時間がねぇんだろ?」

 

「あ、あぁ……しかし待ってくれ先生、私はまださっきの理由を……先生?先生、待ってくれ!!」

 

 雨が、どうやら止みそうだ。

 




散った仲間を集め

目指す先は……

次回 魔女登場







いやぁ、すみません。
ミカってどん底から這い上がる姿が美しいと思うタイプなので……
魔女ルートは絶対に確定してたんですよね、エデン条約編第一章の頃から。
セイアちゃんもミカも悪くないということは覚えて頂きたいところではございますな。
ただただ……間が悪かったのです。もしもミカがナギサと一緒に来ていれば、こうはならなかったのかもしれませんしね。

このカリオストロの再現は、vol.1の頃からやりたかった事だったり、ようやく出せました……

では、ここすき、評価、感想等々、お待ちしております

今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か

  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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