時間は、決着前へと戻る。
一人の少女が、銃弾を浴びながらも向かってくる亡霊に向けて弾丸を放つ。
多対一。
圧倒的な数の暴力を前に、トリニティ最強の一人である少女の体は、徐々に削れていっていた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、動き続け撃ち続けた体を蝕んでいく疲労を回復させていく。
綺麗に手入れされていた爪は既にヒビが入り、血が滲み、亡霊が放つ弾丸も致命傷にはならないとは言え、確実にその身体にダメージを入れていた。
「痛い……疲れた…… あーもう、傷だらけ…………でも、まだ大丈夫」
ふらつき、前のめりに倒れかけた体を、踏ん張って体を起こしながら、さらに銃弾を放ち、数を減らして、近くの部屋へと逃げ込む。
飛び込んだ部屋は、他の部屋とは違って、綺麗に整備がされており、埃こそ目立つが、それでも今まで見てきたアリウス自治区の中では特別綺麗に映る。
丁寧に並べられたチャペルチェアと奥に見える祭壇、音が響きやすいように縦長に伸びたその構造は、トリニティでも珍しくないとある部屋と一致している。
「……ここって、聖歌隊室?」
少女は、部屋を探索すると、楽器と楽譜……そして半壊した道具を見つける。
それはトリニティの授業でも度々登場する祈りの時間に使われるものだ。
「オルガンに……楽譜……それに、蓄音機まで……そっか、そうだよね。 アリウスも私たちと同じ授業を受けていたはずだもの」
彼女は手に取った蓄音機のスイッチを押す。
しかし、流れるのは砂嵐のみ、既に壊れかけのそれからは音が流れることはない。
彼女は壁にもたれかかって、体の傷を治していく。
壊れかけの蓄音機を見ながら、彼女はそれと自分を映し見る。
──い、いじめは駄目っ!どうして、こんなに大勢で寄ってたかって……
──私はバカだから、何がどうなってるのか全然分からないけど……でも、これは違う!
──殴るなら私にしなさい!!絶対に絶対に……一歩も退かないから!!
あの夜、バカな自分を庇って、身を挺して守ってくれた彼女を思い出す。
「はぁ……コハルちゃんが身を挺して助けてくれた時……カッコ良かったなぁ」
まるで自分の好きな物語に出てくるお姫様のような彼女に、自分の胸がときめいたことを思い出す。
「先生が登場して助けてくれてさ……私もそういう……窮地に陥ったお姫様を運命の人が救う……そんな御伽噺が好き」
子供っぽく、だからこそ夢に溢れているそんなお話が好きだった自分を。
そんな物語の主役になりたかった自分を思い出す。
「……でも、分かってる……私にそんな資格なんてない」
『魔女』がハッピーエンドを迎えるお話なんて、この世のどこにもない。
そう信じているからだ。
そして、彼女のことを思い出す。
自分のことを魔女じゃないと言ってくれて、そして自身のことを魔女だと言った彼女のことを。
「サオリ……私は、自分が受けた痛みをあなたに感じてほしかった。 そうじゃないと不公平だって思っていたの」
あの時、彼女が涙を零しながら話した一言を思い出す。
「そうだよね……私と同じように、貴女達も救われたかったよね」
──なぁ、アズサ……私は、幸せになれるのか?
「貴女達も……幸せになりたかったよね」
自分と似た彼女だからこそ、彼女に似た自分だからこそ、何故アツコに執着していたか。
自ずと理解できていた。
「多くの人を騙して、絶望に陥れた貴女でも……最後の最期に、誰かを救うことが出来たなら……苦痛だらけの貴女の人生も、それだけで報われる……そう思ったのでしょう?」
自分にとって、それがセイアであり、ナギサなのだから。
だからこそ……自分が今何をしなければならないのか、それはもう理解している。
「だから……アリウススクワッド」
自分のこの命を何に使い尽くすのか。
「貴女達の為に、祈るね」
立ち上がり、聖歌隊室の出口に向かって歩き出す。
「いつか……いつか、貴女達の苦痛が癒える事を……」
部屋の外からは無数の亡霊たちの悲鳴が聞こえる。
「やり直しの機会を
リロードをして、薬室の中に弾丸を込め、神秘を充填していく。
「貴女達に、未来が……次の機会があることを……」
かつて、苦手だけど、それでもかけがえのない親友に言ってもらえた言葉を、今度は彼女たちに向かって言祝ぐ。
「私は……貴女達を赦すよ」
それはきっと、互いに公平な不幸よりも、もっと良い結末だと信じているから。
部屋の外には、倒した数よりもさらに多い亡霊の群れ。
巨大な怪物も見え、そしてあの化け物が未だに無傷の状態で見える。
「例えアツコを救ったとしても、貴女達の未来はきっと苦難に満ちている」
先生も、罪を無かったことにするんじゃなくてきっと背負わせてくれる方に働きかけるはずだから。
「もしかしたら、一生後ろ指を指され続ける人生かもしれない、一生酷い言葉を言われ続ける人生かもしれない」
自分もきっとそうに決まっている。
彼女たちだけではなく、これは……自分にも向けた決意の表明でもある。
「でも……それでも……貴女達の未来に、ほんの一筋でも光明があると信じるのなら……アツコを助けることで、貴方達自身をも救えばいい」
それは、自分には出来ない選択だから。
彼女たちにはまだ時間が残っているのだから。
それに、彼女たちにはあの先生が付いているのだから。
「だから……貴方達のその行く先に幸いが……祝福があらんことを」
そう祈りを上げた時……背後から音が聞こえる。
音……否、その聖なる歌は、あの日先生が訪ねてくる前に聞いていたものと同じ調べだった。
壊れていたはずの蓄音機から流れ出したその音楽を……
自分と重ねて見ていた蓄音機が息を吹き返した瞬間を見て……彼女は思わず笑みを零していた。
「あははっ、故障してたんじゃなかったの?」
あの日、先生には気に食わないといったその歌を今も気に入っているわけではない。
それでも……
「そう……これは慈悲を求める歌……」
彼女の前には、既に大量の亡霊たちが並び、その銃口を向けている。
死地を目の前にして、彼女は慈悲深い微笑みを浮かべる。
「ダメだよ……貴方達は通れないんだから。
この先にあるのは、救済の戦いを繰り広げる主人公の舞台。
私達みたいな悪役には許されていないの」
前へ進みながら口ずさむ。
憐れみを、彼女たちに偉大なる主の愛と恵みをもって赦しを。
「Kyrie eleison
Kyrie eleison」
口ずさむと同時に、亡霊へと肉薄する。
亡霊の持つ狙撃銃の銃身を握りしめて、そのまま握り折って、お腹を拳で貫き、塵へと返す。
そのまま、横目に見えた迫って来る亡霊を、銃撃で貫通し、近づいてくる順から殴り、撃ち抜き破壊していく。
重々しい銃を構える音が聞こえる。
回転していく機構の音。
その方に視点を向けると、バルバラが左手に持ったガトリング砲をこちらに向けて発射態勢に移行している姿が見える。
バルバラの左手に持つガトリング砲『M61 バルカン』は、アビドスの令嬢 十六夜ノノミが使用している『M134』の旧型……古いのではなく、スケールアップしたもの。
キヴォトス人ですら両手での運用をするM134のスケールアップ品を、片手で運用するバルバラの怪物たる所以はそこにある。
重量も反動も規格外のその銃をバルバラは、寸分の狂いなく少女に向けて引き金を引く。
飛び出す弾丸はどれも必殺の威力を持つ、その破滅の雨を見て、彼女は微笑みを崩さずにトリガーガードに指をかけて、高速で回し始める。
神秘を込めて強化を施した銃が高速で回転し、迫り来る弾丸を全て叩き落としていく。
その瞬間を亡霊たちは狙っていた。
少女の視線が、バルバラへと集まった隙を狙って、少女の顔へ照準を向ける。
そして、その美しい顔に向かって、なんの躊躇いもなく銃弾を放つ。
弾丸は真っ直ぐ飛び、彼女の顔は、大きな金属音と共に後ろへ大きく仰け反る。
「……殺ったと思った?ざんね〜ん☆」
彼女が前を向くとそこには、弾丸のせいで血塗れになった顔ではなく、舌の上に転がった弾が見える。
彼女は、飛んできた弾を歯で噛んで受け止めたのだ。
バルバラも十二分に化け物だが……目の前の少女もそれに勝るとも劣らない怪物であるのは間違いない。
動き、戦い、傷つく中で、少女は考えていた。
あの時、全てが終わったと絶望しきったあの時、感じた確かな恐怖。
そして、それと同時に感じた今までにない力の奔流を。
「……今は出し惜しみをしていられない、だから……あなた達で試させてもらうね」
思い出す。
血を吐きながら、何かを必死に伝えようとしてきた親友の顔を。
思い出す。
冷たい眼光を見せながら、自身に引き金を引いた恩師の顔を。
思い出す。
死んでしまえと絶え間なく浴びせられた殺意と憎悪の塊を。
「…………あは、あははははっ……」
心が氷のように冷たくなっていく。
思い出す。
自身を止めてくれた、優しい目付きをした恩師を。
思い出す。
同じ過ちをして、殺し合って、胸の内を打ち明けあった彼女を。
「……大丈夫……私は、もう縛られない」
神秘がほんの欠片剥がれ落ちる。
神秘の裏側、自己否定により始まるヘイローの崩壊。
即ち……恐怖。
彼女がその力の名を知るのはずっと先のお話。
彼女の神秘『ミカエル』……
神秘の頃の力は、己の筋密度を自在に操る力だったが……恐怖へ進んだことにより、それは神秘のヴェールを剥ぐことになった。
筋密度から密度へと。
「あはっ☆」
銃弾を空に向けて放つ。
彼女の恐怖が込められたその弾丸は、密度が増していき、引力を発生させる。
周囲に巻き散った瓦礫がその弾丸を核として固まっていく。
亡霊たちを巻き込んで完成したその隕石を、彼女は巨大な怪物へと放つ。
「……星の呼び声」
アンブロジウス、調印式の戦いにおいて戦略兵器として運用された怪物が、一撃で塵へと返す。
そんな強力な一撃を放つために慣れない恐怖の運用を行った
それ故に、隙が生まれる。
そしてそれを見逃す亡霊たちではない。
亡霊たちの一斉照射で放たれた弾丸が、ミカの目の前で停止する。
それは、密度を増して作られた空気の壁によって阻まれたからだ。
あのマグナムの一撃を防ぐレベルの防壁、並みの攻撃は全て阻まれるだろう。
「効くわけないじゃん……そんな攻撃」
だからこそ、彼女は気づかなかった。
背後から忍び寄って来る脅威に。
殺気と共に振り返ったミカの眼前には、急接近してきたバルバラの姿が。
そして気付くと同時に銃を使った打撃がミカの側頭部に当たる。
怪力による一撃をもろに喰らい、口の中が切れ、吐血する。
目に垂れてきた血を無視して、やり返そうと前を向くと同時に背後から衝撃。
「え……」
振り向くと、亡霊が抱き着いて拘束してきているのが見える。
殴って振り払うも、すぐに次の亡霊が。
迫りくる蟻の群れのような亡霊の行動に、必死に抵抗をするも、足を引っかけられ、手を絡めとられ、髪を引っ張られ、顔を掴まれて、嬲り殺しにされていく。
「や……だ……んせ……」
目を隠された状態で、殴り、引っ掻かれ、切り裂かれて、神秘が解体されていく。
「ごめ……ね……セイアちゃ……」
もがき続ける気力すらなくなってしまう。
そんな中で、声が聞こえた。
「あら、もうお終いなのかしら?」
自身を巻き込むほどの爆発を受けて、嬲り殺しの状態から解放された彼女の前に立っていたのは……黒いライダースーツを着込んだ魔性の女だった。
ブロンドの髪を靡かせた女性の背中は、とても勇ましく、それでいて美しく見える。
「げほ……ごほ……誰?貴女……」
「私は、峰不二子。欲望に素直な女よ」
少女はその立ち姿にどこか先生の姿を重ねる。
全く知らないはずの女性にも拘らず、何処かで出会ったことがあるような。
「先生の……知り合いなの?」
「あぁ、次元の事?まぁ……そうね、腐れ縁かしら」
その言葉にどこか胸がズキリと痛む。
魔女は、少女の顔を見て、ふっと息を零しながら微笑む。
「心配しないで、彼はタイプじゃないの」
「っ!?」
「あら、まだ気づいてなかったのかしら……まぁいいわ、ほら立ちなさい?」
魔女は、少女の手を取って立ち上がらせる。
「そういえば、名前聞いてなかったわね? お名前聞いてもいいかしら」
「み、聖園ミカ……なんで私の名前を?」
「なんで……ね。ミカ、貴女には私と同じ雰囲気を感じるのよ」
そう言って彼女は、カタールのようなナイフを取り出してそっと構える。
少女は、彼女の言った言葉に頭を悩ませている。
「要するに、貴女もいい女になるってことよ」
「そう……かな。私みたいな悪役が良い女になんて……」
魔女は、その言葉を聞いて微笑みを浮かべながら、迫りくる亡霊の首を的確に切り裂き、塵へと返しながら、少女へと振り向く。
「ミカ、貴女に人生の先輩からアドバイスしてあげるわ。
いい女ってのは、笑顔を絶やさないことでも、良い子にして生きることでもないの。
自分に素直に正直でいる事よ」
迫りくるバルバラの攻撃を躱し、バルバラの体に無数の切り傷を与えて離れる。
「ミカ?貴女はどうなりたいのかしら」
「私は……まだ……分からないよ」
「……そう、ならこの先考えなさい?答えを見つけるのも人生よ」
バルバラの銃口が二人を捉える。
バルバラの体についていたはずの無数の切り傷は、既に塞がって見えなくなっている。
「厄介ね……全く何してるのかしらあの男は」
「あの男……?」
バルバラの持つ銃の引き金が引かれそうになった瞬間、二人の背後から銃弾が飛んで、バルバラの持つガトリング砲を破壊する。
「遅いじゃない、次元」
「せ、せ……先生!? 」
「まさかてめぇがいるとはな……不二子」
革靴の音を鳴らしながら、次元が二人の間を通って前に立つ。
「ミカ、この魔女から悪いこと吹き込まれなかったか?」
「え、いや……そんなことないよ」
「ちょっと次元、それどういう意味かしら?」
「お前さんみたいな悪女は、ミカみてぇな良い子には悪影響だって言ってんだよ」
次元に顔を近づけてガンを飛ばしながら不二子は、少し子供っぽく怒る。
それを受け流しながら次元も口撃をやめることはない。
そんな二人の様子を見ながらも、ミカは次元がここにいる事に驚き、どろどろになってしまった自分の身成りを整えようとしている。
「はぁ……全くもう、折角貴方から呼び出されて来てあげたって言うのに酷いわね」
「不二子、てめぇを呼んだつもりはなかったが……ミカが世話になった、ありがとう」
「……貴方から礼を言われるなんて……天地がひっくり返ったみたい」
二人の話が一段落した辺りで、次元はミカの様子を一目見て、状況を把握する。
「……随分と待たせたな」
「先生……どうしてここに?」
「お前さんが俺の生徒で、俺が先生だから……ってのは駄目か?」
彼は、マグナムを手に持ってその中に弾を込めていく。
その様子を見て、彼が何をしようとしているのか自ずと理解できた。
「せ、先生!駄目だよ、私は悪い子なのに、私の為に立ち向かわなくても……それに、アレは次元が違う……私も強いけど、アレは反則みたいなものだよ!?」
少女は、次元に向けて声をかけるが、それを聞くような素振りを見せない。
「不二子、ミカのこと頼めるか?」
「先生、お願いだからやめて! 私はそんな救う価値のある子じゃないの……今からでも逃げて……!!」
「……全く、報酬倍で払ってもらうわよ。ミカ、あの男はね、そんな柔な男じゃないの」
不二子は、少女を諭しながら、距離を離させる。
二人の視界の先には、散歩道を歩くように死地へ向かう男の背中が見える。
「でも、先生が!!」
「あのマグナム一つで何処までもやり遂げる。次元大介はね、そういう男なのよ」
彼は、弾の入った銃口をバルバラへと向ける。
「バルバラ……聖徒会の聖女。お前さん……俺の姫様に手を出して無事で済むと思うなよ」
「……わーお」
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────────────
──────
間の抜けたミカの声と同時に、走り出す。
バルバラの持っていた武器の内、厄介なガトリング砲は初弾で壊した。
あとはあのリボルバーカノンだけだが……
火力こそ凄まじいが、ガトリング砲に比べりゃ連射力は落ちる。
今の俺なら……避けれる。
飛んできた巨大な弾丸を煙草を掠らせながら避けて、前へ進む。
さっきまでドンパチやってたからな、絶好調だぜ、俺はよ。
「聖女さんよ。オッサン、舐めんじゃねぇぞ」
大きく横薙ぎに振った銃身を飛んで避けて、バルバラの顔面を蹴り飛ばす。
ビクともしないが、バルバラの顔を踏みつけて飛び上がる。
当然空中の俺を狙ってくるが……それが狙い目だ。
必然と早撃ち勝負に持ち込めるからな……
狙いも引き金を引く速度も……
この世で俺より速い奴はいねぇ。
「その命で、支払ってもらうぜ。バルバラ」
銃弾を聖女の眉間へと打ち込む。
命中、それでも止まる気配はない。
命中したところに、弾丸が見える。
どうやら食い込んだまま停止しているらしい。
だから、同じ位置を狙って更に打ち込む。
一発で足りなければ二発。
そして、三発目、銃弾が完全に貫通し、バルバラはようやく塵になって消える。
ワンホールショット。
空中に跳びながらだったが……人間やれば、出来るもんだな。
着地と同時に、銃をしまい込み、煙を吸って、空へ吐き出す。
「ミカ」
「う、うん……何?先生……」
「帰るぞ、トリニティに」
俺はミカを呼ぶ。
これで全部にケリが付いたはずだ。
振り向いた先にはミカの姿しか見えない。
「不二子の奴……」
「あ、ホントだ!……不二子さんいつの間に……」
「けっ、相変わらずだなあの女は」
デカい借りを作っちまったよ。
そう心の中でボヤキながら、回廊の外を目指す。
ミカの手を取って、一緒に歩いていると、やがてアリウス自治区の街へと出る。
そして気付くが……来た時よりもさらに銃声が聞こえる。
……どうやら、俺がここに来る前に送ったメッセージを受け取ったらしいな。
パターンこそ教えてもらえなかったが……
その地図に暗号が記されている事。
その地図には300か所ある入り口……それらが正解だった場合の、それぞれの正しい道のりと変化パターンが記されている事。
そのことを纏めたメッセージを、カタコンベに入る前に、俺は原本を持つナギサへと送っていた。
このやたらデカい破壊音とショットガンの銃声は……恐らくツルギのものだろう。
正義実現委員会が動いてるってことは、ナギサが動かしたのか、それともセイアが帰還できたって訳だ。
街中を帰っていると声が聞こえる。
「ツルギ先輩ー。そこはドアじゃなくて壁……あ、おわった」
「……けけけけ、くひぃやぁあぁああ!!!」
壁と共に亡霊を破壊して飛び出してきたのは、トリニティの戦略兵器であるツルギ……とその後ろを付いてくる糸目の少女の姿。
「随分と張り切ってんな……ツルギ」
「正義実現委員?ど、どうしてここに……」
ツルギは、そのまま壁を破壊しながら他の亡霊の方へと駆け出して行ってしまった。
あんまり街を破壊しないでほしいものなんだが……あれじゃ聞く耳もねぇな……
呆気に取られていると、後ろから付いてきた少女が俺の方へと歩いてくる。
「あ、あぁ……こんにちはっす、先生。私、正義実現委員会のイチカっす。多分初めましてっすよね、ご覧の通り……ご覧の通り?助けにきたっす」
「イチカ、か。覚えておくぜ、それで誰からの命令だ?」
「えっと……少し待ってほしいっす。ハスミ先輩、先生とミカ様を確保したっす……はい、はい……承知しました。 皆さんを待ってる人がいるっすから、その人に聞くのが早いっすよ」
疑問を浮かべるミカと一緒に俺たちは、イチカに案内されてカタコンベを通り、安全地帯へと到着する。
アリウス自治区内は常に曇り空だったため気付かなかったが、もう朝日も昇って青空が見える。
そんな陽光の差す遺跡の中で、俺たちを……いや、ミカを待っていたのは、ティーセットを広げてマップとにらめっこしているナギサ。
「先生……!! ミカさん……!!ご無事でしたか!」
「な、ナギちゃん!? あれ、どうしてここに……どうやって?」
「ここは、アリウス修復作戦の指揮本部……そして、ここを教えたのは私だよ」
そして、彼女の後ろから狐耳を揺らしながら話しかけてきたセイアだった。
「セイア……ちゃん……」
「全く君は……常のように、衝動で動いて事を過つ。 昔から治らない君の悪癖だよ」
「セイア、ちゃん……どうやって」
力が抜けたようにその場に倒れたミカを、セイアはそっと抱きしめる。
ミカの全身についた泥と血の汚れを気にすることなく、その実在を確かめるように。
「言葉を紡ぐには……些か時間が足りないかもしれないね……白昼夢の中、偶然出会ったとある人と、小さな取引を……いや、借りていたものを返したのだよ」
そこから彼女は、ここまで何があったのかを語り始めた。
病院で目覚めてから、すぐに飛び出し、ナギサの元へと走り、全てを説明して他の組織に頭を下げに行ったらしい。
「私の口から話したとしても脚色を加えたと思われてしまうが……一つ確かなことは……
ナギサは、ミカを救うためなら、自分の全ての権力を手放しても構わないと告げ、周囲を総動員させたことかな」
「え、ナギちゃんそれって……」
「セイアさん……その、恥ずかしいのでおやめください……」
「……わーお」
耳まで真っ赤にしたナギサが、こちらを見ないようにしながら恥ずかしそうな声を小さく漏らす。
どうやら事実らしい。
流石は、トリニティの誇り高い盟主様だ。
「アズサと古書館の魔術師殿の力を借りて、先生から送られたメッセージを元に原本の解読……そして今に至る……というわけだ」
再度、抱擁したのちに、そっと離れてセイアはミカへと手を差し伸べる。
「私達も、先生の力を借り続けていてはならない。 彼の人の道先に光を灯せてこそ、理想的な関係足り得るからね。
だから、ミカ。
君を救うために来たよ」
目の前に差し出された手を唖然と見つめて、ミカはクスリと笑いを零す。
「……セイアちゃん、相変わらず何言ってるのか分かんないよ。 本当に偉そうだし、心底ムカつく」
そういって、彼女はセイアの手を取って立ち上がり、言葉を続ける。
「何度も何度も懲らしめたいって思ってた。
でもね……それでも大好き、セイアちゃん」
「……え?」
彼女はセイアへと微笑みを向けて、そしてそのままナギサの方を向いて口を開く。
「ナギちゃんは、ヒステリーが酷すぎ! っていうか、こんなところまで紅茶を手放せないのちょっとどうかと思うよ?」
唐突に毒を吐かれて、ナギサも思わず首を傾げるが、それをお構いなしと言葉を続ける。
「カフェイン中毒?それとも強迫症?前に団長から止められてたよね?
でも、そんなナギちゃんが大好き」
「あ、いえこれは……私の神秘を使うために必要で……それに緊張してしまいますし……えっ?」
ナギサもミカの異変を感じたのか、席を立ってミカの傍へと近寄る。
何故なら、ミカの目から涙が零れ落ちているからだ。
「うん……二人とも、大好きだよ。
二人ともありがとう……そして、ごめんね……」
涙を零しながら、また泣き崩れてしまったミカを二人はそっと抱き寄せて、支えてあげている。
「……ミカさん」
「……今回の件、いや今までの事も謝るべきは私の方だよ……すまなかった、ミカ」
そう口にしたのはセイアだった。
後悔しているような顔をしながらも、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「いつも君に謝ろうと思っていたんだ。 だが、子供みたいな意地が邪魔をして、果たすことが出来なかった……ミカ、君がアリウスと和解したいと言い出したとき、私は君に──「ううん、何も言わないで……大丈夫だから」」
「ごめんね……私が悪かったの……」
二人は、ミカからの謝罪をただ抱き締めることで返した。
これ以上、彼女たちに言葉を交わす必要はないのだろうな。
俺はそっと離れた位置でそれを見届けていた。
そんな彼女たちに向かう足音が聞こえる。
それを止めるためにそっと足を運ぶ。
彼女たちに向かっていたのは、さっきここまで案内してくれたイチカだった。
「悪いが今は取り込み中だぜ」
「あ、それは申し訳ないっす……その、ミカさんに渡したいものがあるんすけど……」
「……先生、いいよ、通してあげて」
背後からミカの声が聞こえたため、道を譲る。
本人がいいってのなら、仕方ねぇだろう。
「イチカちゃん、どうしたの……?」
「その、これを……」
そういって彼女が懐から取り出したのは、小さなアクセサリーだった。
掌に収まるほどのサイズ、それでも持ち主に大事にされてきたことがよく分かる手入れのされ方をしている。
「これって、私のアクセサリー……え、どうして?全部燃えちゃったはずなのに……!?」
「あぁ、えっと……押収品の管理室担当員が……説明しにくいっすね……」
イチカが言葉を濁すが、それだけで誰が行ったのか理解できた。
あのエリート……まったく流石だな。
「コハルちゃんが……保管してくれてたの?」
「はい、コハルが……って、えぇっ!? コハルの事、ご存知だったんすか!?」
「うん……知ってるよ。私の事を守ってくれた……凄く勇敢で正義感の強い子でしょ」
小さくそれでもハッキリと、ありがとうという感謝の言葉をミカは零す。
その様子を静かに見守っている二人に、俺は近づく。
「色々積もる話もある、ミカの事だけじゃねぇがな」
「あぁ……そのようだね」
「……では、そろそろ参りましょうか。ミカさんの聴聞会まで、もう時間がありませんから」
そういえば、そうだったなと思い出す。
随分と長い一日だった。
色んな事があったが……まぁ、纏めるのは後日に回してしまおう。
そう考えていると、イチカと話し終えたミカが、俺たちの方へ歩いてくる。
「ねー……私、この格好で行かなきゃダメ? ちょっと着替えたいんだけど……傷の治療もしたいし。 人前に立つんだから、髪もセットし直さなきゃいけないし……」
元のミカに戻ったというべきかそれとも……
どちらにせよ、彼女のマイペースさは変わらずのようだ。
ナギサとセイアがジトリとミカを見つめているが、そのうちセイアが呆れたような溜息をついて、話し始める。
「はぁ……好きにするといい」
「身嗜みは大事だろ?俺も、スーツを変えなくちゃな」
「そうですね……私達全員徹夜してしまってますし、こんな格好では……」
そう笑い合う三人を見ながら、時計を確認する。
そこで、ふと俺は思い出した。
もう聞くまでもねぇだろうが……それでも、昨日ミカに聞いた言葉を俺は再び彼女に向けて問う。
「ミカ、そういえば、お前さん昨日は聴聞会に出る気がないって言ってたが……結局どうするんだ?」
──だから、会って話して……その後、俺らで聴聞会に行くかどうか決めたらいい。
「……あっ、そうだったね……」
ミカは、俺とナギサ、セイアの前に出て俺たちの顔を見てから、よく考えて、言葉を続ける。
「ねぇ……私と一緒に聴聞会に出てくれませんか?」
わざわざ口に出す必要のないことかもしれない。
それでも、人間である俺たちは、言葉を口にしなくちゃいけない時がある。
そうしなくっちゃ伝わらないものがあるから。
既に俺たちの答えは決まっていた。
俺たちはそれぞれの答えを口に出す。
今まで見てきた中で一番の笑顔のミカと一緒に、俺たちはトリニティへと向かった。
明日をより良いものにするために。
陽光が差す晴天の元
その先に苦難の茨が待ち受けていたとしても
少女たちに救いがあらんことを
次回 エピローグ
次回 エデン条約編完結
途中のイベントシナリオ含めて総勢248,367文字の旅路でございました……
まぁまだエピローグがあるんですが……
結局出し忘れてた設定として、ナギサ様の固有名『ラファエル』は、自身を含めた指揮下にある人間の神秘量と運動性能をバフすることが出来る神秘を保有しています。
なお死ぬほど集中するため紅茶が必須……
また、以前告知した次の#EXで行う予定の『貴女にとってーシャーレ編ー』で幣キヴォトスのアル社長に対しての質問を、現在活動報告の方で応募しております、詳しくはそちらで。
では、ここすき、感想、評価お待ちしております
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
-
例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持