エドゥア魔術学園の演習は、実戦形式の模擬戦が基本だった。生徒たちは互いに技を磨き、戦いの中で魔法の応用力を学んでいく。そして先週の演習は、**「二対二のチーム戦」**だった。
「ペアを組み、相手チームを制圧せよ。ただし、命に関わる魔法は禁止。教師が試合の進行を見守るものとする」
教師の合図とともに、生徒たちは次々とペアを組み始める。
アルはセラとペアを組み、対戦相手はレオとディランになった。
ディランはいつもレオに付き従ってる、いわば舎弟のようなものだ。
レオ・ガルーダは火系統の魔法の使い手で、特に爆炎魔法を得意としていた。彼は派手な戦闘を好み、圧倒的な魔力で相手を焼き尽くすタイプだった。一方、ディランは補助魔法と結界魔法を操る支援型の魔術師だった。
「ハッ、アルノート。お前が俺の相手かよ?」
レオは笑いながらアルを見下ろした。
「魔法もまともに使えねぇお前が、俺に勝てるわけねぇだろ?」
「さて、どうかな」
アルは淡々と答えた。
「始め!」
合図とともに、レオが即座に詠唱を開始した。
「焔よ、我が力となり、敵を焼き尽くせ——《フレアバースト》!」
レオの両手から巨大な炎が放たれた。燃え盛る火球が爆発的な勢いでアルとセラに襲いかかる。
「セラ、水でいけるか?」
「もちろん!」
セラは素早く杖を動かす
「翻弄せし水よ、敵を呑み尽くせ!《アクアドルツ》!」
詠唱が完了した瞬間、空気が一変する。周囲の水分が急激に凝縮され、水の奔流が天から降り注ぐように現れる。
轟音とともに水柱が発生し、荒れ狂う波が敵を飲み込む。**「アクアドルツ」**は通常の水魔法とは一線を画し、単なる水の塊ではなく、高圧の渦を伴う高範囲攻撃魔法だ。
水の渦が火球をかき消そうとするが、レオの魔法の勢いは強く、完全に相殺はできない。
「これじゃ押し切られる……アル!」
「任せろ」
アルは冷静に呟いた。
「……《フリーズ》」
詠唱なしの初級氷魔法が発動。冷気が火球を包み込み、炎を急速に収縮させる。霜が立ち、火の勢いが一瞬で削がれた。
「なにっ……!?」
レオが驚く間もなく、アルはすぐ次の行動に移る。
「セラ、右へ!」
「了解!」
セラは素早く側面に回り込み、風魔法《エアブレード》を発動。ディランの結界に向かって鋭い風の刃を放つ。
「《プロテクト》!」
ディランは杖を下から上へ回転させるように振り、魔法を逸らす。しかしその瞬間——
「……《ルミナスマクシス》」
突如として猛烈な光がレオの目を襲った。
「ぐっ……!? 目が!」
「レオ、大丈夫か!?」
ディランが結界の維持に集中している間に、セラはさらに動く。
「セラ、今だ!」
「水よ、槍となりて敵を穿て!《アクアスピア》!!」
水の槍がものすごい速度でレオに向けて放たれる。
「ぐあっ!」
「このっ……!」
レオは必死に体勢を立て直そうとするが、その瞬間——
「風よ、我らから敵を遠ざけん、《ウィンドシュート》!」
セラの魔法で発生した突風が、レオを襲う。
何とかして耐えた。
しかし
「…なんだ…?」
ヒュンヒュンヒュンヒュン…
何かがものすごい速度でレオに向かって飛んできた。
棒だ、落ちていた棒が胴体めがけて飛んでくる!
「くっそ!!避けきれ…ない!!」
レオは何とかしてそれを避けようとしたが、体勢を崩し、風に飛ばされた。
そして大の字に倒れたレオの首元に杖を当てる。
「チェックメイト…かな?」
「……勝負あり!」
教師の声が響く。
レオとディランのペア、敗北。
「お、お前……」
レオは悔しそうに拳を握りしめた。
「お前…何しやがった……!」
「魔法の威力がすべてじゃないよ」
アルは淡々と答えた。
もちろん棒切れを投げたのはアルである。
セラの風魔法によって落ちてきた棒を投げた。たったそれだけ。
「それに——セラがいたからね」
セラが誇らしげに笑う。
こうして、アルとセラは勝利を収めたのだった。
*****
翌日
昼休みの鐘が鳴ると、アルとセラは食堂に向かおうとしていた。
「さっきの授業、面白かったわ。魔法の理論って、考えれば考えるほど奥が深いのね」
「そうだな。俺もまだまだ知らないことが多い。もっと勉強していかないとな」
そんな会話をしていると、廊下の向こうから大きな足音が響いた。
「アルノート・エルノア!!」
鋭い声が響き、二人が振り向くと、レオ・ガルーダが怒りに燃えた目でこちらを睨んでいた。その後ろには数人の取り巻きがいる。
「ん?なんだよ、そんなに怒鳴って」
「とぼけるな!お前、昨日の演習で俺をバカにしただろう!」
「バカにした?……あれはただの演習の一環じゃないか」
先日の演習で、レオは大技の魔法を使おうとしたが、アルとセラの連携によってレオの攻撃はことごとく潰され、結果的にアルが優勢に立ったのだ。
「お前みたいな魔法もろくに使えない奴が、俺に勝ったような顔をするんじゃねぇ!」
「別にあれは練習じゃん……」
「うるせぇ!お前との決着をつける!決闘だ!!」
周囲がざわめいた。決闘は学園の正式なルールの一つだった。魔法騎士や魔術師を育成する学園として、実戦経験を積むために学生同士の決闘は認められている。ただし、専用の決闘場で教師や審判の監督のもと行われるのが決まりだった。
「決闘って……お前、本気か?」
「当たり前だ!お前の鼻っ柱を叩き折ってやる!」
「……俺、初級魔法しか使えないぞ?」
「知るか!それでもお前に勝たないと気がすまねぇ!」
アルは苦笑した。確かに、自分は高度な魔法は使えないが、初級魔法なら詠唱なしで瞬時に発動できる。しかも、連発が可能だった。
「どうする?逃げるのか?」
「……わかった。やろう」
「ふん、やっとやる気になったか!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「お前は好きに魔法を使っていい。ただし、俺が一撃でもお前に攻撃を当てたら、俺の勝ちだ」
「はっ!何言ってんだ?そんなことできるわけ――」
「それとも、お前、俺の攻撃を避けられないのが怖いのか?」
「ッ……!上等だ、その条件で受けてやる!」
こうして、二人の決闘が正式に決まった。
――決闘の時刻は、放課後。場所は学園の決闘場。
学園中の生徒たちの間で、この決闘の話は瞬く間に広がった。
セラは不安そうな表情でアルを見つめる。
「アル、本当に大丈夫?」
「さぁな。でも、やるしかないだろ」
*****
決闘前――火花散る対峙
広場にはすでに多くの生徒が集まり、ざわめきが広がっていた。今日は決闘が行われるという噂が、学園中を駆け巡っていたからだ。
アルとレオが向かい合う。
レオは腕を組み、不敵な笑みを浮かべながらアルを見下ろしていた。
「へぇ、お前が俺に勝負を挑むとはな」
「いや、お前が勝負を挑んできたんだろ」
アルは淡々と返す。
レオは肩をすくめながら言った。
「まあな。だが、これはお前にとっていい機会だぜ? ここで俺に完膚なきまでに叩きのめされれば、自分の無力さを思い知るだろう?」
「……ふぅん」
アルは特に表情を変えず、レオの言葉を流す。
レオの眉がわずかにひそめられた。
「……チッ、余裕ぶりやがって。お前みたいな魔法もまともに使えないやつが、俺に勝てるわけが――」
「魔法を使うつもりはない」
レオの言葉を遮るように、アルが静かに言い放つ。
「……は?」
一瞬、広場の空気が止まる。観客たちもざわめきを増した。
「今なんて言った?」
レオが聞き返す。
「魔法は使わない。お前には素手で勝つ」
アルの目は、まるで石のように冷たい。
レオは一瞬呆気に取られたが、すぐに怒りの笑みを浮かべた。
「ははっ! 面白ぇ……俺を舐めるのも大概にしろよ!」
「舐めてなんかいない。ただ、お前が魔法を過信しすぎてるだけだ」
「……っ!!…てめぇ、でかい口叩くのもこれで最後になる。一生後悔させてやるよ…」
レオの目が一気に変わり、拳がギリッと音を立てる。
審判役の生徒が、決闘の開始を告げるべく前に出た。
「両者、準備はいいか?」
「いつでもいいぜ」
レオは余裕たっぷりに腕を回す。
アルはただ静かに、足を一歩前に出した。
「……始めろ」
審判が手を振り下ろす。
「決闘開始!」
そして、火花が散るように、戦いが始まった――。
「後悔するなよ!」
レオはすぐさまバーストフレアを発動。炎が空気を丸飲みし、一直線にアルへと襲いかかる。
だが――
「……遅い」
アルは僅かに身を傾け、レオの拳を紙一重で回避。炎がかすめるが、まるで風を感じたかのように動じない。
「なっ……!」
レオが動揺した一瞬、その隙を逃さずアルが踏み込む。
ドンッ!!
鋭い前蹴りがレオの腹に突き刺さる。レオの体が弓なりにしなり、後方へ吹き飛んだ。
「ぐっ……!!!なっ…す…素手……だと!????」
なんとか体勢を立て直すも、アルはすでに次の攻撃の準備を終えていた。
「どうした? さっきの勢いは」
アルは一歩踏み込み、レオの懐に入り込む。
レオが反撃しようと拳を振るう――が、その瞬間、アルの掌底が彼の顎を正確に打ち抜いた。
ガッ!!
レオの頭が跳ね上がる。意識が揺らぐ中、アルの鋭い目が見えた。
「終わりだ」
ドンッ!!!
アルの膝蹴りがレオの鳩尾に炸裂。レオの体が宙に浮き、そのまま地面に崩れ落ちた。
――静寂。
観客たちは息を飲み、レオが動かないことを確認する。
「勝負あり!」
審判の声が響き渡った。
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アルは淡々とレオを見下ろす。
「……魔法がすべてじゃない。それを自覚し、己を見直すんだな」
そう言い残し、静かに背を向けた。
決闘の熱気が冷めやらぬ中、観客の間からどよめきが広がった。
「レオが……負けた?」
「しかも魔法なしで……?」
誰もが目を疑う。魔法学園の決闘で、魔法を一切使わずに勝つなど前代未聞だった。
レオは地面に手をつきながら、荒い息を吐いた。
「くそっ……何なんだよ、なんなんだよお前……!」
拳を握りしめ、悔しさを滲ませる。しかし、アルは振り返ることなく、その場を立ち去る。
セラが駆け寄ってきた。
「アル! すごかったよ!」
「別に、当然の結果だ」
アルは表情を崩さずに答える。セラは苦笑しながらも、どこか誇らしげに彼を見つめた。
この決闘が、学園の在り方に一石を投じることになるのは、まだ誰も知らなかった――。