賢者の弟子   作:Yunice

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第四話 意義

エドゥア魔術学園・教授会議

 

エドゥア魔術学園の会議室は、普段よりも張り詰めた空気に包まれていた。長机を囲むように座る教授陣は、アルノート・エルノアの名が記された報告書を手に、それぞれの考えを巡らせていた。

 

静かに会議を仕切るのは、魔法史学の教授エグバート・グレイヴス。彼の低く威厳のある声が、部屋の空気をさらに引き締める。

 

「まずは、彼の学園内での言動について整理しておこう。」

 

机の中央に置かれたアルノートの行動の詳細が記された書類を一同が読み込む。

 

一通り読み終わると、戦闘魔法学の教授アルバート・クラウスが、険しい表情で言い放つ。

 

「ずいぶんと不思議な学生だ。魔法の学校で魔法を必要としない戦い方を強調するとは…魔法を補助と考え、それに依存しない戦い方をするなんて、まるで魔法を持たざる者の発想だ。まるで我々の伝統に泥を塗るようなものだな。」

 

「単に伝統の問題ではない!彼の考え方は、魔法の発展そのものに対する挑戦だ!もしも魔法なしで強くなれるのなら、我々の研究の意義、いや、そればかりか魔法文明の存在すら揺らぐことになるぞ!」

 

知性魔法学の教授、リリアン・ファルティスが重い口調で言う。

 

「しかし、学園の理念は『魔法を極め、世界を導く者を育てること』ではなかったか? 彼の戦い方が異質であれ、結果を残している以上、軽々しく排除すべきではないのでは?」

 

若手の魔術理論学教授、カイン・エリオットが口を挟む。

 

「だが、アルノート・エルノアの発言は、魔法そのものを否定するものだ。」

 

エグバート・グレイヴスは冷静に言った。

 

「もしも彼が、『魔法に頼らずとも人は強くなれる』という思想を広めれば、これはもはや学園ばかりか、世界の秩序を脅かす思想的問題に発展するかもしれない。」

 

一同が沈黙した。

 

「では、あなたはどう思うかね? 我が学長殿。」

 

やがて、全員の視線が一人の女性へと向けられる。エドゥア魔術学園の学長、エリス・ベルフォート。彼女はしばらく目を閉じたまま、黒いドレスが床につかないようにかるく足を組みつつ、頬に指を軽く当て、考えを巡らせていた。そして、静かに口を開く。

 

「ふっ…なるほど。これは興味深い。」

 

その一言が、沈黙を破った。

 

「確かに、彼の考え方は異質だ。しかし、それは即座に排除すべきものなのかね?」

 

教授たちはざわめく。

 

「学園の歴史の中で、異端とされた者が後に新たな時代を切り拓いた例は数多い。魔法至上の価値観に固執しすぎるあまり、我々は新たな可能性を見落としてはいないか?」

 

エリスは、教授たちを見渡しながら続けた。

 

「アルノート・エルノアは、危険な思想を持つかもしれない。しかし、それは彼が異端だからではなく、我々が理解できていないだけかもしれない。」

 

「……学長、まさか彼を擁護するおつもりですか?」

 

アルバート・クラウスが怪訝そうに言う。

 

「別に私はそんなつもりは毛頭ない。これは観察だ。」

 

エリスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「彼がこれから何をしようとしているのか、見極める必要がある。」

 

教授たちは困惑しながら顔を見合わせ、それぞれの考えを巡らせた。

 

 

---

 

一方、その会議の報告は、エドゥアルド王国の第二参謀、レイ・ストンブリッジの元にも届いていた。

 

「アルノート・エルノア……」

 

王国の要塞にて、報告書を手にしながら、彼は低く呟く。

 

「魔法至上の価値観を揺るがす存在か。」

 

レイは静かに笑った。

 

「今の時代において、魔法を神聖視しない者が現れるとは……。」

 

彼は報告書を机に置き、窓の外を見つめる。

 

「……面白い。実に興味深い。」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

レオ・ガルーダとの決闘が終わって数日が経った。学園内では、未だにその話題が尽きることはなかった。

 

「魔法をほとんど使わずに勝ったらしいぞ。」

 

「でも、あれって正々堂々とは言えないんじゃないか?」

 

「いや、ルール違反じゃなかったし、戦術の一つだろう。」

 

生徒たちの間でアルノートの評価は分かれていた。彼の戦い方を賞賛する者もいれば、「魔法を軽んじる異端」として警戒する者もいた。

 

しかし、当の本人は特に気にする様子もなく、いつものように図書館で文献を読み漁っていた。

 

その日、アルノートは図書館で魔法理論の書を探していた。すると、一つの棚の前で静かに佇む女性が目に入った。

 

「……う〜ん、やっぱりないのねぇ……困ったわぁ……」

 

穏やかな声が聞こえてきた。淡い緑色の髪をゆるく結い、深い緑のローブを羽織った女性が、本棚を眺めながらなにかぶつぶつ言っている。

 

アルノートは何気なく声をかけた。

 

「何か探し物ですか?」

 

彼女はゆっくりと振り返り、少し驚いたように目を瞬かせた後、ふんわりと微笑んだ。

 

「えぇ、そうなのよ、どこに行っちゃったのかしらぁ…あら?あなた、もしかしてアルノートくん?」

 

「……ええ、そうですが。」

 

「ふふっ、やっぱり。あなたの噂は最近よく耳にするわよ〜?すごいじゃない、魔法なしであのレオくんを倒しちゃうなんて!私はルキア・オルティスよ。よろしくねぇ。」

 

彼女は優雅にお辞儀をした。アルノートはその余裕のある態度に少し驚いた。

 

「ルキアさん、探し物って?」

 

「あら、気にしてくれるの? ちょっと風魔法の古い資料を探していたのだけれど、見つからなくてねぇ。」

 

彼女は本棚に手を触れながら、静かにため息をついた。

 

「アルノートくんは、魔法を使わずに戦うのが得意なのよねぇ?」

 

「得意というわけじゃない。ただ、魔法は手段の一つに過ぎないと考えているだけです。」

 

ルキアは微笑んだまま、アルノートをじっと見つめた。

 

「ふふ、面白い考え方ねぇ。あなたみたいな人、珍しいわぁ。」

 

「……よく言われます。」

 

「ふふっ、なんだか気が合いそうねぇ。あ、あとタメ口で大丈夫よ〜」

 

ルキアはくすくすと笑いながら、本棚から一冊の本を取り出した。

 

「あなた、良かったら今度お茶でもどう? 魔法を使わない戦い方なんて、興味があるもの。」

 

アルノートは一瞬戸惑ったが、頷いた。

 

「…まあ機会があれば。」

 

「ふふ、楽しみにしているわぁ。」

 

 

 

ルキアとの会話の最中、図書館の入り口から突然、大きな声が響いた。

 

「おーい! ルキア姉さーん!風魔法の本見つかったか??」

 

アルノートが振り向くと、屈強な体格の少年が立っていた。赤毛で、鍛え上げられた腕を組みながら、こちらに向かって歩いてくる。

 

「あらマーティンくん、そんなに大きな声を出したら怒られちゃうわよぉ?」

 

「ははっ、悪い悪い!」

 

マーティンと呼ばれた筋骨隆々の大男は豪快に笑いながら、アルノートを見た。

 

「お、もしかしてお前がアルノートか? 聞いたぜ、拳だけでレオを倒したってな。やるじゃねぇか!」

 

「君は?」

 

「マーティン・ガルシアだ。マーティンと呼んでくれ! 炎を纏う拳闘士だ!」

 

そう言って、彼は拳を握りしめた。

 

「……本燃えるぞ?」

 

「おっと危ねえ。悪い悪い」

 

アルノートの冷静な指摘に、ガハハとマーティンが笑うと、ルキアがくすくすと笑った。

 

「ふふっ、アルノートくん、やっぱ面白いわぁ。」

 

マーティンは少し驚いたような顔をした後、大声で笑った。

 

「お前、気に入ったぜ! いいぜ、今度俺と手合わせしてみねぇか?」

 

「機会があれば。」

 

「おっしゃ、楽しみにしてるぜ!」

 

 

*****

 

 

 

その日の夜、アルノートは一人で学園の中庭にいた。星空を見上げながら、ふと昔のことを思い出す。

 

ーーかつて、師匠であるシリウスと交わした会話。

 

「アル、お前は魔法をどう思う?」

 

「神秘的で便利なもの、ですかね。」

 

シリウスは微笑んだ。

 

「そうだな。だが、魔法を崇拝する必要はない。魔法も、剣も、言葉も、すべては手段に過ぎん。」

 

「……じゃあ、神はどうでしょう?」

 

アルノートの問いに、シリウスの表情がわずかに変わった。

 

「神……か。」

 

師匠は夜空を見上げたまま、静かに言った。

 

「確かに神は、魔法という力を与えた。そしてその記録も残っている。故に人々は神を全知全能の存在と信じ、神に導かれることを望む。しかし、それは本当に信じるに足る存在なのか……?」

 

アルノートはその言葉の意味を考え続けていた。

 

 

この学園では、魔法は神から授けられた神聖な力と考えられている。それに異を唱える者はほとんどいない。しかし、アルノートは魔法を使わずとも魔術師に勝てることを証明した。それは、魔法が絶対ではないことを示す一つの証拠でもある。

 

「魔法がなければ何もできない、なんてことはない…か。」

 

そう呟いたとき、ふと誰かの気配を感じた。

 

「あら考え事?」

 

穏やかな声が静寂を破った。

 

振り向くと、そこにはルキアがいた。昼間に出会ったばかりの彼女は、変わらぬ微笑みを浮かべていた。

 

「こんな時間に?」

 

「ふふ、それはこちらのセリフよ?私もなんとなく夜風に当たりたくなったのよね〜」

 

彼女はアルノートの隣に立ち、同じように星空を見上げた。

 

「アルノートくん、あなたらどうして魔法に頼らない戦い方に拘るの?」

 

「……理由は二つかな。魔法が使えなくても戦えることを示すため。そして、魔法だけに頼るのが危ういと考えたから…かな。」

 

ルキアは目を細めた。

 

「学園の人たちは、そういう考え方を好まないわねぇ。」

 

「ハハ、確かに言えてる。でも、僕は魔法を否定しているわけじゃない。ただ、魔法以外にも道はあると示したいだけだよ。」

 

「ふふっ……あなた、本当に面白いわぁ。」

 

ルキアは優雅に笑い、軽く伸びをした。

 

「私ねぇ、風を読むのが得意なの。人の心の風も、ね。」

 

「…ルキア?」

 

「あなたは、ただ魔法に頼らないだけじゃない。きっと、もっと大きなことを考えているんでしょう?」

 

アルノートは何も答えなかった。

 

ルキアは彼の横顔を見つめ、くすりと笑った。

 

「まぁいいわぁ。私、あなたとは長く付き合えそうな気がするの。……楽しみねぇ。」

 

そう言い残して、ルキアは歩き去っていった。

 

アルノートは静かに息を吐き、再び夜空を見上げた。

 

 

 

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