日本は勝利したが、戦後処理を進めていく中で立ちはだかった問題は多くある。
まず金と資源。何しろ敵対国を降伏させるのではなく消滅させてしまったので、相手国から戦費をぶんどって補填という訳にも、相手国を植民地支配して工業力を手に入れる訳にもいかず、爆撃を受けた町の修繕費用ともども国家への負担となって経済を圧迫することとなる。
しかも日本の主要貿易相手国、安価な労働力と豊富な資源で「世界の工場」とまで呼ばれていた大亜連合を相手にそれをやったので、日本を筆頭に世界経済はしばらくは大混乱が予想されていた。
日本はその代わりに新たな同盟と広大な租借地からの収益を得るので、経済への影響は最低限になる見通しだが、同じく工業を中華に依存しており戦争で得るものがなかった西側諸国は今後、長期的な経済不振と物資不足に悩まされることになるだろう。
なんだかんだ新ソ連が味方側に落ち着いたのは、今回の戦争で「得をした側」として、西側との溝がさらに深まる見通しだったからでもある。
彼らは既に西側の物資不足を「商機」と見ており、大急ぎで華北を復興させ産出される資源や工業力を西側に輸出することで、かつての大亜連合の立ち位置に滑り込もうと画策している。同じ租借国でも、域内の内需で固めて完全自給経済の構築を目指している日本とユーラシア同盟とは対極の構図だ。
そうやって各種問題への対処のため官僚たちが不眠不休で働かされる中、それとは別の意味で困っていた部署がある。
内閣府賞勲局。勲章を担当する部署だ。
なにしろ突然始まった戦争であるので、どれくらいの戦功でどういう賞を与えるか、という前例が殆どない。第三次大戦の折も日本は本土決戦も大陸侵攻もやらなかったので、国家総力戦下における叙勲となると第二次世界大戦まで遡る必要がある。
いやこの際、海軍の戦死者たちや各都市で初動の避難誘導に当たった警察官や英雄的働きをこなした一般人はいい。そのあたりは前例を頑張って当てはめて対応できる。
問題は魔法師たちだった。
今世紀の半ばまで人間ではなかった彼らに対して、国家として功に報いるという概念がなかった。これまでの殊勲者は、単に軍功著しい九島烈や有事に政府高官を守った十の家の何人か、あとは科学的に有名な発見をした六塚や八代の構成員など。「魔法」それ自体を理由として、政府が叙勲を決めたことはない。
だが今回はそうもいかない。国が守られたことは、大亜連合を殲滅せしめたことは、国防軍の保有していた魔法戦力ありきだった。既に陸海軍からは「同胞の戦果を認めないつもりか」と強い圧力がかかっており、それが結果として日曜の午前3時になっても煌々と明りのついた庁舎を生み出していた。
だが、そこは権力者の無茶ぶりを実現可能な形に変換するのが官公庁の仕事である。
功績を建てた魔法師を厚遇するという方針が決まっていて、かつ総理大臣より上の筋(元老院・獅童尚久)から明確な指示が届いており、さらに民意の後押しまであるとなれば、彼らにとって難しい仕事ではなかった。
(……って、光賀サンも言ってたしな)
創一朗の脳内に去来するのは、ここ数日の間に怒涛のように行われた叙勲と、褒賞目録の作成のためのヒアリングだった。活躍した魔法師へのプレゼントが思いつかなかった官僚たちは、ついに「本人に聞く」という禁じ手に出たようだった。
各方面を巻き込んだ議論の結果、戦果を挙げた魔法師たちへの扱いは下へも置かぬものとなっている。
マスコミは連日連夜彼らを英雄として報道し、公共の福祉を盾に取って発動している有事法制の名の元であらゆる反対運動の類は規制されているし、そもそも「そういう連中」は沖縄海戦からの3年間で地域社会から徹底的に排斥されほぼ絶滅したと言っていい。なにしろ「人間主義」は反社扱いだ。日本はいまや世界で最も魔法師に寛容な国である。
余談だが、所謂反社を規制するための暴排条例は、大戦中の工作員合戦に対処するため苛烈化の一途をたどっており、ひとたび認定されれば会社にいるだけで取引停止事由、解雇しなければ雇っている会社の方に行政罰、パスポートが無効にされて入出国できなくなり、商業施設や公共施設などでは居るだけで住居侵入罪が成立。ほぼすべての賃貸物件に入居不可、銀行口座とクレジットカードは即時凍結され永久ブラックリスト入り。もはや刑務所の中でしか生活できなくなる。
普通はこういうやり口は逆効果だ。社会から排斥された人間が集まって「第二の社会」を作り出し、政府に敵対する「国家内国家」が産まれて独立戦争を起こされるのがオチである。だがイエ制度が生き残り、かつ現代の技術によって行政の末端把握能力が増し、そして狭い島国で逃げ場がないという特長を持つ日本でならそれができる。その気になれば大陸の社会主義諸国家なんか目じゃないくらいの完璧な監視国家を成立可能であり、そして今まさにそうなろうとしているのだ。
現代において、銀行口座を作れないことの意味と重さはかつてと全く違う。それは今や「現金しか使えない」ではなく、「汚い金と偽造通貨しか使えない」という意味だ。
日本を含めた先進国では第三次大戦の影響で現金が駆逐され、キャッシュレス化が完了している。昔のような現金チャージ型の電子マネーさえ過渡期の遺物として淘汰され、現在主流なのはマイナンバーと銀行口座に直結して電子上の金を動かす中央銀行発行デジタル通貨だ。つまりすべての金の流れと金の在処がデータとして記録されているということで、それは国家がその気になれば特定個人や企業の全財産をワンクリックで凍結できることに他ならない。もちろんそれは法で厳重に禁じられた非人道的行為であるが、ルールが強制力を持つのは決めた本人より権力が少ない相手に限られる。本当に禁止したければ、技術的に不可能だった頃に研究そのものを違法にすべきだったのだ。
その上で日本政府が比較的穏当な方針を崩さないのは、大陸のようにガチガチに取り締まりをしなくとも世間が勝手に追従してくれるという「余裕」によるところが大きい。世間様 is watching youである。
閑話休題。世間の「魔法フィーバー」が今も続いている現状、彼らへの「多少の特別扱い」は十分に許容され得るものとなっている。 例えば、海軍M機関。元々秘密部隊として魔法研究を進めてきた彼らは、榊創一朗という英雄の輩出によって押しも押されもせぬ権力基盤を手に入れた。
結果として、M機関の頭からは「海軍」の文字が取れ、暫定的に統合軍令部預かり(既存職員の海軍軍籍は据え置き)として割り振られることが決まっている。
これは将来的に予定されている「魔法庁構想」に向けての暫定措置という趣があり、その管轄を防衛省に置きたい(その上で将来的には陸軍省・海軍省・空軍省・魔法省に格上げして防衛省を国防総省としたい)獅童案と、置くなら外局ではなく「魔法省」として単独で成立させたい七草・九島案、間を取って内閣府の外局ということにしとこうという安西・樫和案で決着が付いていないための措置だ。
これまでは世間の目や国際社会からの介入があるため、各々の黒幕が各々の権限の範囲で隠しておく必要があった。その中で一番規模が大きかったのが海軍M機関と陸軍魔兵研で、本来の歴史ならばどちらも致命的な「やらかし」により消える定めだった。
この世界では違う。彼らの「作品」は榊創一朗という結果を出した。陣営を構築し、他国からの干渉は最小限になる。存在そのものを隠さなくとも、「英雄」という表の顔を隠れ蓑にするだけで良くなったのだ。
既に各地に存在していた秘密研究所や厄ネタの類が集結しつつあり、直近1月1日に予定されている陸軍魔兵研との合併をはじめ、今後数年かけて国家の統制下にある魔法研究機関は全てM機関に一本化される予定だ。そのため現在では、この機関を「軍の代表」として軍に置いたままにするのか、「軍の代表」として他民間研究所(第一~第十研)と協調していくのかが論点になっている。
どちらにせよ、彼らはもはや特務機関の領域を超えた巨大研究組織だ。機関長の真砂大輔は今回の件で昇進して中将になっている。その権限は絶大で、ただでさえ青天井に近かったリソースの投入は留まるところを知らない。
本部機能こそ横須賀に据え置きだが、今回の戦争を経て手に入れた大陸の政府直轄領のうち、旧陝西省、太乙法院の跡地に新拠点を構え、広大な「庭」と無尽蔵の「研究資源」を確保した。
陝西省は歴史的には西安(長安)を擁する古都で、中華のほぼど真ん中に位置する陸路の要衝。さらに現在では三国による中華分割のちょうど真ん中、北と東を新ソ連領、南を東南アジア同盟領、西をインド・ペルシア連邦領と接する飛び地でもある。
都市部はトゥマーン・ボンバの影響で壊滅しているものの、全てが流失している沿岸部や都市ごと消滅している重慶・成都などと比べたらかなりマシな状態であり、比較的生存者の多い地域でもあった。トゥマーン・ボンバの性質上、多くの地域で地下インフラ(電気、水道、ガス等)が生きているため比較的生存者や機能を残した施設が多い。
そのため西安は現地人を徴用した高速道路網・鉄道網の修繕と大規模滑走路の起点として利用されており、現在はインフラ網構築の起点として送り込まれた陸軍工兵隊による暫定的な軍政が敷かれている。遠からず陸空軍と民間のゼネコン各社による混成部隊が送り込まれ、まずは釜山-北京-西安間の開通を目指して突貫工事の修繕が行われる見通しだ。
同時に、反乱防止と周辺地域への迅速な展開のため、この土地に国防軍の大陸派遣軍総司令部も置かれる。想定規模としては統合軍令部直属の諸兵科連合を一個軍団、巨大な軍事基地を設営することで裏で行われている魔法研究をカモフラージュしつつ、各国租借地への睨みを効かせる方針だ。
さらに、大亜連合戦で活躍した「田舎者」や陸軍で幽閉されていた人造サイキックなど、戦争中に駆り出した訳アリ魔法師連中も全部この都市に詰め込んである。各租借地総督府もここに併設だ。都市をまるごと日本式で再開発し、大陸派遣軍の本拠地、各租借地の監督署、危険な魔法師と魔法の島流し先、そして手段を択ばない魔法開発の総本山として、「陝西学研都市」の建設計画は粛々と進められている。
彼らは「金」と「身分」と「女」を手に入れ、代わりに陝西省に作られるマンションと研究所を生涯行き来して暮らすことになっている。元が監禁される実験体だったことを思えば、十分以上に「一発逆転」を果たしたと言えるだろう。今回は使われずに死蔵が続いている実験体たちや、本国の魔法師たちをそれはもう元気づけ、そして軍拡のために必要な兵士数を志願させるのにこれ以上なく役立った。
40~50代くらいの見た目の割に妙に若々しい、いっそ幼い態度と喋り方をする魔法師と、死んだ魚みたいな目でそれに付き従っている美少女。男の方は明らかに舞い上がっている一方で、女の方は明らかに言わされている感満載の態度で男性魔法師を持ち上げ、現地の役所で籍を入れ、そして現地の(比較的無事だったものを軍が接収した)高級マンションに連れだって消えていく構図は、絵面の強烈さのためできるだけ丸めた状態で地上波に放映し、その少女が戦功への褒章であるという事実は「口コミ」や「都市伝説」、「ネット上の邪推」として流布するにとどめている訳だが……その広告効果は絶大という言葉でも生ぬるいくらいの、いっそ鬼気迫るものがあった。
皆、口では常識的なことを言うかもしれない。すかした態度で俺はそんなものに頼らないと言うかもしれない。どうせプロパガンダのやらせだろうとか、女の子がかわいそうだという意見に同調して見せるかもしれない。
だが放送から2週間で、軍への志願窓口には例年の丸2年分に匹敵する人数が殺到した。その多くは20代後半から30代の独身男性で、コミュニティから疎外されがちな低レベル魔法師、BS魔法師、超能力者がかなりの割合で含まれる。
魔法師と言えど、魔法科高校を卒業するのはエリートだけで、実家で細々と拝み屋のようなことをしている古式家系の次男以下や、レベルが低くライセンスを取得できずに「人間でも魔法師でもない何か」になってしまった者、半端にBS魔法や超能力を使えるせいで居場所がない者など、社会の網の目からすり抜けてしまいやっとこ糊口をしのいでいる者が日本には多くいる。軍はそこに目を付けた。
そもそもが戦勝という成果を出しており、勢いがある。その上特別予算が編成され、軍事費は右肩上がりであるので(経済はともかく)給料は問題ない。食事については自衛隊時代から定評がある。
そして沖縄海戦から続く各種作戦で市民の意識改革を徹底した今、「モテる」という最後のピースを手に入れた国防軍は、「軍で成果を上げれば人生を変えられる。安定した収入、周囲に尊敬される社会的身分、妻と子供を手に入れ、”普通のお父さん”になれる」とモデルケース付きで提示してやることで、影響は魔法師を飛び越え一般層にまで波及。「徴兵するまでもなく開戦前より兵士数を増やす」という離れ業に成功していた。
そうやってかき集めた兵士は促成過程で工兵技能を叩き込まれた後、ほとんどは大陸に放り込まれてひたすら復旧作業という名の土木工事に従事することになる訳だが、それはまた別の話だ。
そういう背景があったから、創一朗のもとに縁談が来るのも当然のことではあった。
英雄には、ヒロインが必要なのだ。