2096年 1月。
この1か月で最も戦果と影響力を増した十師族が四葉家だとすると、最も苦境に立たされているのは七草家であろう。
開戦直後、師族会議が事実上の崩壊となったあの会合からこちら、彼らは明確な価値=戦功を出せずにいる。
前線に出ていないわけではないが、それは(表向きは協力要請という形だが)事実上の徴兵を受けている他師族も同じこと。
十師族は各々の立ち位置や役目を活かしてこの戦争を戦ったが、その過程で成した戦功には家ごとに大きな開きがあった。
一条家は沿岸防衛の任務を全うし、日本海側に国防軍の駐屯部隊と連携して防衛線を構築。結果として「鉄仮面」による戦略級攻撃が間に合ったため彼らは備えるだけに終わったが、展開速度と地の利で一部国防軍を上回っている彼らの存在は、国防軍の仕事を減らすのに間違いなく貢献していた。しかも彼らは北陸にも仕掛けられていた「霹靂塔爆弾」を事前に発見して無力化するというファインプレーも見せている。彼らの北陸でのプレゼンスはもはや不滅だろう。
二木家はもともと有毒ガスの生成・分解を専門とし、関西の対BC兵器防護・対テロ戦略を担当。その専門性を活かして食品安全にも関わっている一族だ。大亜連合による主要都市へのBC兵器攻撃を受け、国防軍の化学戦部隊や警察省のNBCテロ対策部隊と連携し総動員で除染作業に当たっている。古式をはじめとする「魔法らしい魔法」には九島家が、BC兵器を基軸とする化学的搦め手には二木家が、それ以外の通常戦力は駐屯している国防軍が対処にあたるという分業体制により、関西の防護は盤石であった。
三矢家は平常運転だが、あそこは平時から軍との距離が近く、武器商人として国外武装勢力の情報収集や、日本への武器流入の監視という役割は戦時中にも大いに役立つ。また岬玲の戦略級魔法によって数字落ちから「三咲」に返り咲いた事例のため「第三研」としての価値は大いに高まっていた。
四葉はおそらくこの戦争で一番活躍した家だろう。当主の息子・達也による戦略級魔法攻撃は記憶に新しく、大陸では今も情報工作と破壊工作で絶滅政策の要となっている。「触れてはならない者たち」の名を体現する働きぶりと言えた。
唯一七草より権勢が落ちた家があるとすれば五輪家だろう。澪を除く直系親族が全滅状態であり、既に家としては取り潰しが決定している。とはいえ戦略級魔法師・五輪澪が健在である以上、嫁に行った先で影響力を維持することは疑いようもない。ちなみにだが、五輪家が消滅するのと入れ替わるように三咲家が数字落ちから復帰して師補十八家入りしたため、全体としての呼び方は「二十八家」で継続となる。五輪の穴埋めとなる家は未定だが、今のところ一色家と七宝家が有力とのことだ。
六塚家は熱量操作を得意とするため、大陸で活動する破壊工作部隊「田舎者」の主要な構成員及び指揮官として暴れまわっている。魔兵研が引っ張り出してきた人造サイキックをうまく使いこなしながら旧大亜連合の工場やら倉庫やらを1軒ずつ焼いて回っており、ある意味では一番泥臭く働いていると言えるだろう。任務の都合上、五輪家以外では唯一本家の直系から戦死者を出している家でもある。これに関しては、同じような仕事量をこなしながら1人も死なせていない四葉家がおかしいとも言えるが。
八代家は学者一族で、本来なら戦争には向かないはずだが、当主の弟である八代隆雷は「霹靂塔」による通信遮断をいち早く解決に導いた「32分間の奇跡」の立役者であるし、当主の雷蔵は九州に上陸してきた大亜連合軍相手に義勇軍を引き連れ激しい市街戦を展開、関西や南九州から展開した国防軍と連携して福岡と北九州を奪還している。結果として、本来戦闘員でないにもかかわらず十師族では唯一となる本土決戦経験者となった。
九島家は若干複雑な状況にある。烈の孫である九島光宣が軍の強化改造手術を受けたことを巡って九島烈を筆頭とする保守派と九島真言を筆頭とする急進派に分裂しており、お家騒動寸前といった状態に陥っているのだ。当の光宣は手術を受けた結果自らの才能を覚醒させ、今や戦略級魔法師として名を連ねるまでに飛躍している。戦功という意味では光宣がダントツであるため、いかに烈を擁すると言えど反対派の勢いは小さく、形はともかくとして世代交代は近いと見積もられている。
十文字家は一連のドサクサにも中立を貫いているため最も安定している。彼らは首都防衛の要であるため、東京が戦場にならなかった今次大戦では目立った戦功こそないものの、戦地と化した横浜に取り残された一高生を「全員無事に」家へ送り届けた十文字克人を筆頭に高い実力を見せた。そもそも彼らは首都の最終防壁だ。出撃するときは死守命令が前提であり、そうせずに済んだことそれ自体が戦功というようなところがある。ついでに言えば、彼らはその防諜体制の堅牢さゆえに大亜連合の事前干渉を許さなかったという成果もあり、その力量を疑う者は誰もいない。
それらと引き換え、七草家にはこれといった戦功がない。元より彼らは政治の一族。魔法師としてスペックが高いとは言え、彼らにとって軍事力は「手札」のひとつにすぎない。ゆえに暗殺や妨害工作などの搦め手には長けていても、まさか正面から撃ち合うことになるとは考えていない。彼らは最も政治力に優れているために、前線から最も離れた後方での立ち回りを前提としていた。
それは本来、魔法師を兵器から引き離すという十師族体制にあっては優位なポジションであったが、戦争中となると話は別だ。彼らは優秀でこそあれ、武将として民兵を率いている一条家やゲリラコマンドとして前線で暗躍する四葉家、破壊工作に飛び回っている六塚家にすら戦功の面で劣っている。
今の日本は反魔法主義者を絶滅させたが、その代償として「魔法師たる者出征し国防に貢献すべし」という向きが日に日に強まっている。こうなると、「魔法師でありながら国の有事に銃後に引きこもっていた」七草家への風当たりはどんどん強くなる。今回に限ってはスペックが高いのも逆効果だった。
そうして世間が急速に武断化していく中で、七草家当主・弘一は自家、ひいては自らの影響力が日ごとに減じていくのを感じていた。
「お父様、いい加減にしてくださいッ!!」
「いい加減にするのはお前だ、真由美」
だからだろう。眼前で反発する娘を前に自分でも驚くほどにどす黒い声が出た。
サングラスの向こうで自らに絶句しつつ、話を聞いていた娘3人の様子を確認。
気圧された、というより、そこまで言われるとは思っておらず面食らった様子の真由美、油断半分のところに威圧がモロに入ったか涙目で怯えた様子の泉美、「最低」と言わんばかりに底冷えのするような視線を叩きつけてくる香澄。
たった一拍、しかし地獄のような重さの沈黙を経て、弘一は再び諭すように話し始めた。
「去年の4月。おまえにはこう言ったはずだ。榊創一朗と司波達也、どちらかを選ぶようにと」
「どんな手を使ってでも懇ろになれ、と言われた気がしますが」
「そしてこうも言ったはずだ。上手く行けば、お前が選んだほうと婚約話を纏めるとな」
真由美の元々の婚約者だった五輪家の長男は、今次大戦における当人の死亡により完全に破談となっていた。
だがそれ以前からお互い乗り気ではなく、また別の本命候補(弘一視点)だった十文字克人も真由美をその気にさせることはできなかった。
ともすれば高嶺の花を通り越して理不尽にも見えるその態度は「結局その気になったら自分の意志なんか無視して結婚話が決まるんでしょ」という真由美なりの反抗でもあった訳だが、そのような態度の先には当然、「その気になった大人が粛々と抵抗不可能な結婚話をセッティングする」という結末がある。斜に構えた結果「予言」が自己成就した形だった。
「今の七草家を取り巻く情勢を考慮すれば、この話の重要性が分からないお前ではなかったはずだ」
七草家は名門だが、武力が足りていない。
弘一が七草家を継いで以来……否、彼が三十数年前のあの日、目の前で婚約者を奪われて以来、常に燻ってきた問題だ。
同じく強力な家柄である一条や十文字は、七草と同等以上に高い基本スペックにプラスして、単騎で戦場の空気を塗り替えてしまえるほどの強力な固有魔法を有する。
世間的にはライバルと目される四葉家は、一族だけでの国堕としという不朽の伝説がある。
一方で七草には、安定して欠点がない一方でこれといった得意魔法もない。実力が足りないから数を増やし、政治工作を学び、異能の持ち主を血筋に取り込んで来た。
結果として真由美のマルチスコープや和泉・香澄の乗積魔法のような異能を発現できるようになったが、それでもまだ一条や、十文字や、何より四葉と並び立つには全く足りない。
だから、七草真由美の婚約者候補は五輪洋史(澪、つまり戦略級魔法師の弟)であり、十文字克人であり、榊創一朗であり、司波達也だった。
「そして、結婚話をのらりくらりと躱していようと、いつか逃げられなくなる日が来ると分かっていたはずだ。それが今だということも」
真由美は押し黙っている。
「父親として、できればおまえには自ら望んで婚約者を選んでほしかった。だが時間切れだ真由美。選ばないのなら私が決めねばならない。もうそういう状況に来てしまった」
「だからってこんな……勝手すぎます!」
既に弘一は、真由美を創一朗の妻にと持てる力の全てを使って売り込みをかけ、そして「本人の意向」を理由にそれを却下されている。
真由美が反発しているのは、いくら非公式とはいえそれから数日と経たない今の段階で、今度は一条家と共謀して司波達也・深雪間の婚約に異議を唱え、真由美をねじ込もうとしているからだ。
今や七草家の立場は、戦略級魔法師2人の婚約両方にケチをつけてきた空気の読めない一族に成り下がろうとしていた。
「いいや、おまえは9ヵ月前からこの日が来ると知っていた。知らない誰かの妻になるのが本当に嫌なら、何故2人に向き合っておかなかった」
「そういうことを言っているのでは」
「この期に及んで言い訳をするな。彼らとくっつけられるのが嫌なら、何故十文字克人や五輪洋史にしておかなかった。私を悪者にするのは勝手だが、これはお前の選択の結果でもあることを忘れるな」
なおも食い下がる真由美に弘一は業を煮やし、自らのサングラスを取り払って真由美の目をまっすぐ見つめた。
「……っ!」
「結婚し子を成すことは、魔法師の最高峰たる十師族にとって義務の一つだ。それが時に国力をも左右する以上、個人の意向は必ずしも最優先されないことがある。
そのしがらみの中でも、出来る限り納得のいく相手と結婚したい、して欲しいという私情は、状況に余裕のある時にだけ上乗せ可能なオプションに過ぎない。
お前はその”余裕”がまだずっと続くと勘違いしていて、いざそれを引きはがされる段になって思い出したように喚いている。弁えなさい」
弘一の片目は義眼だ。それで無用な威圧感を産まないため、普段は家の中でも色のついた眼鏡をかけている。
あの日、大漢の魔法師によって負わされた傷は、当時すでに実用化され始めていた再生治療によって跡形もなく治癒できるはずだった。
その傷を敢えて残すと決めたのは、少年だった弘一自身の意思だ。
だが、今にして思えば、
あの日致命的に壊れてしまったのは、表面的な身体や眼球ではなく――。
「具体的な方針は追って指示するが、ここが譲れないラインだ。必ず司波達也を射止めなさい」
いよいよ絶句している真由美に向って、弘一はさらなる追撃を行った。
「ああ、それと。お前にとっても、この縁談は成就させるべきものだ。……失敗すれば、次はもっと露骨で下品な手段を講じることになる」
弘一は既に、自分の娘を愛人として使い潰すところまで覚悟を決めている。
家そのものが存亡の危機を迎えたことで、彼はそれを決断する「理由」を得てしまったのだ。
「今一歩悪人になりきれないくせに一丁前に火遊びをしたがる」という、元来の彼の評価からは考えられないほどの割り切りようであった。
「戦略級魔法の力を引き込み、七草家はさらなる力を得る。これはその礎だ。私も、おまえも」
弘一は四葉家に並び立ち、超えることに執着している。妄執と言ってもいい。
かつて婚約者を守れなかった彼は、あるいはそれだけなら、きっと時間をかけて立ち直れた。
婚約は破談になった。自分が敗れたせいではなく、敗れた結果、真夜が生殖能力を失ったからという理由で。
いっそ非難してくれれば壊れずにいられたのに、周囲の大人たちはみな、被害者である弘一に優しかった。
――そして、四葉家が行った報復作戦に自分が呼ばれなかったと知った時、彼の心は決定的な何かを取り落した。
だから彼は、ただ力を求めた。
何が襲って来ようとも、大事なものを守り抜ける力を。
才能がなかったわけではない。目標が高すぎたのだ。
個人で到達できる能力の限界にぶち当たった時、彼は妥協をした。
政治力。手勢の数。スペック上の数字比べ。実戦から離れて、力の定義を都合よく方向転換していった。
数十年かけて少しずつ妥協を繰り返していくうち、弘一はただ七草家を強化することに執心するだけの抜け殻になり果てた。
四葉家を上回るほどの力を得て、それで何がしたかったのか。
今の弘一の内に、その答えは残っていない。
弁が立つタイプの正論魔人が本気で他責し始めた時ほど怖いモンはないですね。