112 仮初の日常
第一高校。
新学期から1週間ほどが経ち、カリキュラムの遅れを取り戻すために急ピッチで演習や実習が行われている最中。校内ではどことなく困惑というか、戸惑いの空気が流れていた。
「なんか、よそよそしいよなあ」
食堂の一角を占有し、「いつものメンバー」で昼食を取っていたレオが、皆が言及を避けていたそこへ切り込んだ。
「仕方ないと思う。隠し事をしてたのは確か」
それに応えたのは、4人いる「渦中の人」の一角でありながら、平然と彼らに同行して鶏肉の野菜あんかけを頬張っている白巳だった。
「いやあんたもでしょうに」
エリカのツッコミのとおり、白巳は今や国内に7人しかいない戦略級魔法師の一角、「無人地帯」を使いこなすとされる国防海軍の超兵器だ。
騒動の原因である達也や創一朗ほどではないにしろ、クラスメイトたちから遠巻きにされているのは同じだった。
違いがあるとすれば、多少なり反応を示している創一朗や深雪らと違い、白巳はそれらを意に介さないというか、全く態度を変えることなくいつも通り授業に出ていることだ。達也も態度としてはそれに近かったが、常にくっついている深雪が「わかりやすい」質であるので台無しであった。
「おかげで俺らも付き合いやすいんだからいいじゃねえか」
「そうだね。……正直言うと、どうやって付き合ったらいいか結構悩んだんだよ?」
これまた言いにくいことを言葉にしたのは、同じく昼食を共にしている幹比古だった。
彼は実際、達也たちの四葉継承と婚約をうけておそらく一番気をもんだ人物だったが、当然のように校門にいる創一朗と、当然のように自席でタブレットを眺めている白巳を見てある種開き直ったのだった。
「あのときのミキは傑作だったわねー。"僕の苦労は一体……"って顔に書いてたわよ」
「僕の名前は幹比古だ。でもまぁ、そのおかげで何か吹っ切れた気がするから、ありがたかったよ」
校内はいまだギクシャクとした空気が流れていたが、少なくとも達也たちの周辺にいた人物に限ってはいつもと変わらぬ態度で接すると決めたようだ。
「まー随分いろいろあったが、こうしてまた学校に集まれてよかったぜ。世の中はまだゴタついてるみてえだが……」
レオの発言が「フラグ」になった訳ではないだろうが、タイミングよく食堂の壁面に映し出されていたワイドショーがニュースに切り替わった。
――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えいたします。
防衛省からの情報によりますと、日本時間本日午前9時ごろ、新ソビエト連邦領ウクライナとルーマニアの国境地帯で巨大な爆発が観測されたとのことです。
現地当局は未だ詳細を明らかにしていませんが、爆発は国境沿いの市街にも及んでおり、数百人から数千人規模の死者が見込まれています。
この爆発について、国防軍は「戦略級か、それに近い威力を持つ魔法が使用された可能性が高い」との見解を示しており、先の戦争において大亜連合に向けて使用された新ソ連の戦略級魔法「トゥマーン・ボンバ」である可能性が示唆されています。
同地は新ソビエト連邦からの分離独立を主張する反政府武装組織の活動が激化しており、先月12月末には共産党関連施設で立て続けに爆破テロが発生、今月に入ってからも暴徒化したデモ隊に軍が発砲する事件が発生していました。
この地域では以前から、地元住民に飢餓が蔓延しているにもかかわらず生産した穀物を輸出に回している状態、所謂「飢餓輸出」が深刻な問題となっており、新ソ連当局はこれを否定していますが――
「うげぇ……」
図らずも日常の空気をぶち壊すようなニュースをぶつけられ、レオがうんざりした様子で呻く。
彼らにとっては、つい数か月前に戦場と化した横浜から帰還し、帰ったと思ったらそこら中の町がBC兵器攻撃を受けてんてこ舞いになった記憶が新しい。
幹比古は遠い親戚が、エリカは救助に当たった門人が、それぞれ関係者に死人を出しており、安定しない情勢に思うところがあった。
「やっぱり、世間的にはまだ戦争中なのよね……」
エリカの言にいったんは同意するのみだった幹比古だが、白巳が何事か考え込んでいるのを見て、意を決したように口を開く。
「戦争と言えば、白巳さんは何か知ってるんじゃないかい? 森――」
"崎"という言葉が出そろうより先に、白巳は向かいにいた幹比古の口を人差し指で塞いだ。
その表情はいつも通り感情を感じさせないものだが、何故かいつも以上に底冷えするような酷薄さを感じさせる。
「
E組である彼らも、A組に起こっている「事件」のことは知っている。
大人たちからの説明はない。入試や考査の成績表、出席簿、試験記録、九校戦の成績データベース、クラスで行われた行事のリスト……ありとあらゆる記録から1人の生徒の名前が消失していた。
教師陣はもちろん、
ネット上でもそうだ。SNSでの言及や、「彼」が映った写真は徹底的に削除され、新たに投稿しようとすると
もはや「その生徒」の情報は、各人の記憶とオフラインの個人ストレージに残るのみとなっていた。
「……そうかい、わかったよ」
その生徒は、横浜事変の折に敵国の工作員(戦略級魔法師を含む)を庇ったことで、敵勢力と内通している疑いがかけられた。
当人は用済みと切り捨てられたのか確保時点で死亡しており、家族親類に対し*1公安による徹底的な
これを厳格に追及する場合、横浜で避難誘導を成功させた十文字克人、警備として一高に入っていた榊創一朗、ブランシュ狩りを先導した三矢家と十山家、ついでに生徒会長として監督責任がある七草真由美などなどあらゆる方向に飛び火してしまうことから、公安の意地と十師族のメンツの折り合いが模索された結果として、当該生徒は
生徒たちに知らされていることはただ、休校明けとともに席の数がひとつ減っていたという事実だけだ。
公安による厳格な統制の行き届いた高度国防国家とは、このようなものである。
日本は敵国を滅亡せしめたが、確かに取り返しのつかなくなった物事もまた存在していた。
◆ ◆ ◆
警備員(事実上の監視役)として一高に戻った創一朗だが、特戦隊としての仕事がなくなる訳ではない。
戦功によりまたしても2階級特進を果たして大佐になった創一朗は、戦死した小野田大佐の後任として立場上は対魔装特選隊の隊長に就任している。正規の士官教育を受けておらず、達也の監視など特命により部隊と別行動しがちなため実際の指揮は真砂中将(こちらも昇進した)が兼任で務めている。
この日は
「という訳で、こちら今日から第一小隊に合流する六塚創熾くんだ。ほれ、挨拶」
「国防陸軍魔人兵士研究所出身、検体N-3710(サンナナヒトマル)号・個体識別名六塚創熾(むつづか そうし)であります! 階級は兵長です!」
創一朗が促したのに答えて見事な敬礼を見せたのは、まだ小学校高学年くらいに見える男の子だった。一応軍服を着てこそいるが何故か半ズボンであり、こうも小さいとボーイスカウトや私立の小学校のように見えてくる。
身長2メートル、筋肉モリモリマッチョマンの変態(ロリコン(誤解))であるところの創一朗が隣にいることも、まだ声変わりもしていないボーイソプラノと合わせて実態以上に幼い印象を抱かせていた。
それを見ていた特選隊の面々は、印象を綺麗に3分させた。
普通に微笑ましく見ている創一朗、玲、山田。
あまりにも幼い同僚の姿にドン引きしている遼介、龍征。
仕事に私情を持ち込まない質なので完全フラットなつかさ、真砂、舛田である。
「見ての通り、創熾くんは真面目で素直なヤツだが、陸軍魔兵研の隠し球で現状最新モデルの調整体 兼 強化人間だ。魔兵研なりに俺の後追いを目指した結果と言ってもいい。創熾くん、3710号の数字の意味を教えてやれ」
「は、千の位から順に、『3』は第3種超能力者であることを、『7』は魔兵研内における第7世代強化人間であることを表し、『10』は同種の施術を10番目に受けたことを意味します。ちなみに、第七世代は現行最新型なんですよ!」
そんな令和最新版みたいな……というツッコミが喉元まで来た創一朗だが、一応M機関の幹部が勢ぞろいしている公式の場ということで辛うじて飲み込んだ。
魔兵研では魔法師よりも超能力者の製造に力点を置いており、「魔法師を軍事に使う」のではなく「魔法が使える特技兵=魔人兵士を製造する」というコンセプトで研究を進めてきた。
彼らの基準によれば、第1種超能力者は生まれついて能力を有する「天然もの」、第2種は後天的改造の結果能力を得るに至った「養殖もの」、第3種は遺伝子操作を始めとする出生前の調整によって魔法力を付与し、さらに後天的改造や投薬などでの強化も併用したハイブリッドタイプだ。
「あの鉄仮面先輩の部隊で働けて光栄ですっ!! よろしくお願いしますね!」
「鉄仮面先輩て」
そんな言葉と共にキラキラとした人懐っこい笑みを向ける。「素直に慕ってくる」という今までにないタイプの後輩の登場に、創一朗は若干タジタジになっていた。
「先輩は調整体のヒーローですよ! 戦場で活躍して、英雄になって、お姫さまと結婚するんです! 皆先輩みたいになりたいって言ってましたよ、もちろんぼくも!」
魔兵研の活動は第三次大戦の終結に伴う軍縮のあおりを受けて一度は下火になっており、強化施術も長らく第六世代までで停滞していた。
――状況が変わったのは、創一朗が完成してからだ。
絶対的な「傑作」が海軍M機関から生み出されたことで、陸軍でも再びサイキック研究の機運が高まり、魔兵研の動きは急激に活発化。海軍から仕入れた創一朗の改造データを元に、新たな発想の強化措置「第七世代」が完成したのだ。
そして、ここに素体……要するに調整した受精卵を提供したのは海軍M機関。種の出どころは、ほかならぬ榊創一朗本人である。
最初期も最初期、創一朗にそもそも生殖能力があるかを確認するために採取された精子を「活用」して作られた鵺シリーズ「第2世代」の初期ロット32体。このうち半分は白い地獄で今も調整が行われているが、のこり半分は陸軍魔兵研へ移送され、その調整を委託されていた。創熾はこちらの出身である。
母方はM機関が方々手を尽くしてかき集めた様々な遺伝子サンプル(要するに卵子)が使われ、創熾の場合は現六塚家当主・温子を遺伝上の母親とした。無論、体外受精で作られ人工子宮で産まれた完全な試験管ベビーなので、当人たちは全く知らされていないのだが。
六塚家は十師族で最も遺伝子操作に積極的で、彼らの本拠である第六研は、創一朗の製作にも携わった舛田日奈子を始めとする優秀なアーキテクトを数多く輩出してきた日本の調整体技術の総本山だ。一族全員分の遺伝子サンプルも最初から第六研に存在しており、舛田のコネを使ってそれを「調達」することは難しくなかったのだ。
因みに、この当時の温子は23歳でギリギリ未婚だった。彼女は婚前交渉の禁止を真に受けるタイプ(初恋の新発田勝成にはじめてを捧げ損ねたとも言う)であったため、創熾には「(当時)童貞と処女から産まれた」というある意味とても珍しい属性があったりもする。
遺伝子改造のメッカである第六研。わたつみシリーズ、鵺シリーズと調整体製造を得意とするM機関。そして誕生後の強化改造を得意とする魔兵研。3つの機関が協力し目指したのは榊創一朗……ではなく、この頃既に好成績を叩き出していた白巳の方。
あり得べからざる上振れの創一朗と違い、安定生産可能なハイエンド調整体として未来を拓いた白巳の存在は、軍上層部と獅童尚久を大いに勢いづけ、そして財布の紐を大いに緩めていた。
かくして誕生した鵺シリーズ第3世代は、魔兵研式の強化改造プログラムを受けながら成長した。ここで特徴的であったのは、早く結果を出せとせっついてくる上司を満足させるべく、また「ドッキリ津波事件」を受け情勢がひっ迫していると見て強行された成長促進処理であろう。
そのあたりはクローニング周りと共に新ソ連が得意としている技術であるが、日本も実現できない訳ではない。成功率が低く、発がんリスクが有意に高まり、倫理的に他の改造技術とは訳が違うなど問題が多いため、差し迫った理由がなければ使用されないだけだ。そして「ドッキリ津波事件」は、陸軍にとって差し迫った理由であった。
これにより、本来の創熾は幼稚園にも入れるかどうかレベルの実年齢でありながら、その3倍程度の速度で成熟した。合わせて脳への情報の刷り込みも実施し、結果として「田舎者」たちと共に戦場への投入が間に合った(というより、既に突出した成績を残していた彼なら使えると判断し、訓練プログラムを早々に切り上げて実戦投入に踏み切った)。
「あの悪名高い
結果として、彼は部隊最年少11歳(書類上。実年齢はその1/3程度)として華々しい実戦デビューを果たしている。
「分隊単位での集計になるが倉庫436棟、工場178棟、貨物駅28カ所、鉄道78編制606両、トラック1084台、火力発電所17基、ダム2カ所、橋47橋、パイプライン4カ所。1人が3ヵ月で出せる戦果だとはとても思えないが、監視衛星と探知魔法とステルスヘリを悪用するとどうも相当悪さができるらしい。戦略級魔法師以外ではただ一人の"功一級"は伊達じゃない訳だ」
創一朗の言う「功一級」とは、今次大戦に際して復活した金鵄勲章の等級のことだ。とはいえ同じなのは名前と格式だけで、運用は全く別物にすり替えられ、完全に戦功の多寡によって等級が決まる仕様に変更されている。
旧来のやり方では将軍に与えられるものだった金鵄勲章だが、復活した今は実質的に戦略級魔法師専用の勲章になっている。シンプルに戦果を計上していった時、師団や軍団で達成するような量を個人でやってのけるのだから当然だった。
――そして、並み居る戦略級魔法師たちの戦績に「ドブ板」で食らいついて見せた怪物こそがこの少年であった。
六塚創熾は強力な超能力者であるが、戦略級魔法師ではない。
主に扱える魔法は2つ。「可燃物の発火点を氷点下50度ほどにまで下げる魔法(もえるごみ)」と、「不燃物の融点を同様に変性させる魔法(もえないごみ)」だ。石油製品を焼き尽くし、鉄橋を溶融させ、有機物を炭に変える。
物体は発火点を上回ると火が付く。そのため彼の魔法にかかったものは「ごく低温の炎」を発生させた後、魔法の効果切れにより修正力に補正されて「燃えている」という事象が確定する。
彼の本質は
石とコンクリート以外のだいたい全てを燃やすか溶かすかできるその性質が破壊工作とベストマッチし、そして
高すぎる戦績から遺伝子を提供した六塚家が獲得に名乗りを上げ、戦災孤児として戸籍をでっち上げた上で養子に入る形で六塚姓を名乗るに至っている。書面上の六塚創熾は、当主である温子の従弟だ。
この動き自体、間接的に創一朗とつながりを持とうとする努力と思われたが、良いか悪いか創一朗は目の前の少年が遺伝的に自分の息子であると知る由もなかった。
「それで、今日は顔合わせだけ?」
創一朗の説明の間にひとしきり可愛がり終わった(若干目つきが怪しかった気がしないでもない)玲が聞くと、創一朗はまってましたと言わんばかりに返答する。
「いえ、こいつの能力が必要な仕事が降ってきたので、さっそく初仕事です」
入ってきてください、と創一朗がドア越しに呼びかけると、会議室のドア開かれる。
その先には、こげ茶色の長い髪をした少女が立っていた。
おそらく10代半ばから後半。欧州人特有のはっきりした目鼻立ちで、立ち姿を切り取っただけで一つの絵として成立しそうな美しさを持っている。身なりが良く、そばにはお付と思われる男性が付いており、部屋のドアを開いたのもこの男だ。
会議室が「誰?」という疑問で埋め尽くされ始めた頃、ようやく創一朗が助け舟を出した。
「お会いできて光栄です。
今も新ソ連と戦い続けているはずの、ルーマニア軍の秘匿戦略級魔法師がそこにいた。
開発コスト想定
(鵺シリーズ第一世代)榊創一朗:空母打撃群くらい
(鵺シリーズ第二世代)榊白巳:イージス艦くらい
(鵺シリーズ第三世代)六塚創熾:戦略爆撃機くらい