いつもありがとうございます。励みになります。
――じゃあ、今回の作戦メンバーが全員揃ったところでブリーフィング始めるぞ。急ぎの仕事だ、自己紹介やらなんやらは後で各自やっといてくれ。
きょう未明、ウクライナとルーマニアの国境でトゥマーン・ボンバが使用された。報道ではぼかした表現になってるが実際のとこ軍ではほぼ確定と見てる。
これまで新ソ連はトゥマーン・ボンバの具体的な性能や展開能力を徹底的に秘匿してきた。新ソ連が公表している2種の戦略級魔法のうち、黒海基地で大っぴらに居座っていたコンドラチェンコの
んで、この間の極東戦争でトゥマーン・ボンバを使ったので、もう機密が陳腐化したとみて大っぴらな使用に踏み切ったというのが情報部の見解だな。
まだ日本の世論としてはロシア式の暴徒鎮圧かなんかだろうと思ってる向きが強い。確かにソ連はそういう所あるが、今回は話が別だ。
国防空軍は世間に公表していない軍事衛星や低軌道プラットフォームをいくつか抱えてて、普段は大亜連合残党の殲滅戦に使ってる*1んだが、そのうちの一つが新ソ連軍の車列の大規模移動を観測した。国内の反乱鎮圧はあくまでデコイ、少なくとも戦車師団4つがルーマニアに、6つがバルト三国方面に向かってる。ポーランド・スロバキア・ハンガリー国境に張り付いてる兵数も直近で3倍以上に増加、つまり全面侵攻の兆候がある。
新ソ連は広い。これまではアジア方面で大亜連合と日本、欧州方面でトルコと東EUに接して軍隊を散らしておく必要に迫られていたから大人しくせざるを得なかった。
だがユーラシア同盟が結成されたことで日本とトルコが同一陣営になり、大亜連合は国家ごと消滅。そして先月、ユーラシア国家安全保障協定*2の採択によって、同盟と新ソ連は相互不可侵を約束している。アジアの脅威がひとまずなくなった新ソ連は、散っていた軍事力を東欧に集中させられるようになった。このところずっと極東に駐在してたベゾブラゾフが東欧に戻ってるのがいい証拠だ。
そして新ソ連はついこの間、四葉真夜の軍事パレード乗っ取り事件で国威をズタズタにされたところだ。ここいらで戦勝しないと国内の不満を抑えられないんだろう、大亜連合も通った道だな。極東戦争では速攻で撤退した分、軍事力自体は温存できてたからできたことでもある。
だが当然、ルーマニアは東EUの加盟国だ。名前こそは東EUだが、あの辺の実態としては親露政策で西EUから蹴り出されたドイツが、新ソ連の衛星国になりたくない東欧諸国をまとめ上げて作った
NATOという枷が外れた今のドイツは旧大亜連合の次、インド・ペルシア連邦とほぼ互角の国力と軍事力を持ち、単独国家としては欧州最強の産業大国だ。西EUと新ソ連に挟まれといて実質1国で独立を保ててるだけのことはある。
当然、それと正面きってぶつかれば新ソ連と言えどタダでは済まない……はずだった。今の新ソ連には「隠す必要がなくなったトゥマーン・ボンバ」という勝算がある。
ドイツは旧EU時代にイギリスから供与してもらったオゾンサークル以外に戦略級魔法を持たない。この差が戦局を確定させるに足るってことを、俺たち日本が証明してしまったから新ソ連も侵攻に踏み切ったんだ。
で、新ソ連が東EUと全面戦争する気な以上、ルーマニアだけで満足するとはとても思えない。ルーマニアの南にはブルガリアがあってこれも東EU加盟国。そのまた南にはギリシャと、我らがユーラシア連合の西端トルコがある。新ソ連がトルコ海峡への圧力を強めてくる事態は日本としても困るんだ。
と言う訳で、日本はルーマニア戦線を秘密裏に支えて新ソ連の南下政策を阻止、代わりに西方向にご案内する。向こうにもメンツがあるので、バルト三国やポーランドの取り分についてはドイツと要相談って感じだな。戦後に政府と呼べるモンが残ってればだが。
安保協定の内容はこうだ。まず新ソ連は日本と、その同盟国を侵攻しない。代わりに日本とその同盟国も、新ソ連へ侵攻しない。相互不可侵条約だ。
これには抜け穴がある。「場所」を厳格に規定しているから、
逆に言えば、ルーマニアやブルガリアが降伏して完全に新ソ連領になってしまったあとでは、日本としてそこを取り返すことはできない。
新ソ連も泥沼化=敗北とわかっているから、戦闘は短期決戦になるだろう。となると日本としても戦力の出し惜しみはできないが、今動ける魔法師部隊で対応できそうなのは
日本政府と新ソ連は、ルーマニア方面での戦闘が一段落ついてから極秘交渉に臨む段取りになっている。要は俺たちの働き次第で新ソ連がどれくらい南下するか決まるってことだ。
◆ ◆ ◆
警備員の仕事の傍ら情報を読み込んでいた創一朗の説明により、作戦室はすっかり戦時の緊張を取り戻していた。
ロシアの南下政策を食い止めるというとても21世紀末とは思えない内容の作戦を前に、世界が今や帝国主義の時代に戻ってしまったことをどうしようもなく示している。
「で、在日ルーマニア大使館を経由してこっちに援軍を要請しに来たのがこの人だ」
創一朗に水を向けられると、隣に付いている男性に何やら耳打ちをし、来客である女性がペコリと会釈をする。どうやら付き人は通訳を兼ねているらしい。
「ドラキュラ、です」
そしてその後、片言の日本語でそう応じた後に、スマホのリアルタイム翻訳アプリを起動して机に置いた。
日本人に限った話ではないが、自分たちと同じ言語を使う外国人には対応が甘くなるものだ。分かっていてやっているんだとすれば、彼女はなかなかの策士であろう。
『盟主ドイツには申し訳ないことですが、我々の力だけではもはや新ソ連に対抗し得ないと認識しています。わが祖国が今後もルーマニアとして在るためには、ニホンの皆さまの協力が不可欠です』
日本、の部分をJapanではなくニホンと発した彼女は、大陸の反対側まで助けを乞いに来たという弱みを感じさせない堂々とした態度で述べた。
「まぁそれは分かったけど、機密度がいまいち掴めないね」
切り込んだのは三咲玲。しかしそれは反対意見ではなく、新任隊長である創一朗のブリーフィングを採点するような色をはらんでいる。
「極秘作戦ではないですよ。日本が"義勇軍"を出すことはこの後大々的に発表され、新ソ連に圧力をかけます。来てもらってるドラキュラさんは現地での戦力兼水先案内人であると同時に、日本の世論を味方に抱き込むためのプロパガンダ要員です。彼女、戦略級魔法師であると同時に、
つまりマジもんのお姫様です、と話をまとめる創一朗に、ドラキュラと呼ばれた女性は翻訳機越しで『支流ですが』と補足した。
「東ヨーロッパのお姫様が卑劣な侵略者から国を守るため、単身助けを求めに来た。
細かい動きは大使館と
「私たち以外にも部隊が送られるってこと?」
「世論を作った後に戦後復興や平和維持名目で1個師団ほど。日本人を駐留させとけば、再侵攻があったときに邦人保護名目で介入できますからね」
「随分至れり尽くせりじゃない?」
玲の意地の悪い、というよりは悪戯な視線がドラキュラと呼ばれた女性を射抜く。
返答は毅然としたものだった。
『我が国は戦後、どうあれ瓦解するであろう東EUを離脱し、ユーラシア同盟への加入をお約束します。これはブルガリアも同様です』
「それと、ドラキュラ殿には日本の誰かしら……まだ決まってないけど、おそらく国防軍絡みで選出されるだろう強力な魔法師のところに嫁入りしてもらう。戦略級魔法の情報開示と遺伝子全面提供が協力の対価だ」
創一朗にそれを指摘されても、"ドラキュラ"の青い瞳にはいささかも揺らぎが認められない。
「婚姻外交とは、いよいよ19世紀ですね」
「そろそろナポレオンあたり生き返りそうな勢いだな……」
つかさと遼介のツッコミを聞き流して説明を続けようとした創一朗だが、それより先に龍征が疑問を呈した。
「しかし、もう負ける前提か?
「龍征くん、それはちょっと甘いんじゃないかな」
指摘にさらに指摘を挟んだのは、ここまで沈黙を保っていた山田だ。創一朗はそれに同意する形で説明を引き継ぐ。
「ええ。今おそらく過去最大に
トゥマーン・ボンバは、極東戦争において西安と南京で使用され絶大な威力を示した。
本来ならそれは「日本に負けない戦略級魔法がある」として新ソ連の株を上げる行為だったはずが、直後に登場した「
――だが、新ソ連は当然それを許さない。
「戦略級魔法は多くの場合で、その国が怖いものを克服するために作られる。国力に絶対の自信を持つUSNAにとって怖いのは単騎で戦況を塗り替えうる戦略級魔法師で、だから高価値目標の破壊に特化したヘビィ・メタル・バーストが作られた。島国日本にとってそれは大々的な海上封鎖と上陸作戦で、だから深淵による艦隊攻撃にこだわってきた。そして新ソ連にとって怖いのは、自国に匹敵する物量と国力によるゴリ押し、大祖国戦争の再演だ。だからトゥマーン・ボンバは平地を行軍する機甲師団を破壊するためにできている。つまり多国籍軍の大戦力は、
恐らく、ポーランドあたりに集まった多国籍軍の大軍勢は、それが大軍勢であるがゆえにまんまとトゥマーン・ボンバのエサになって瓦解するだろう。
それが統合軍令部と、そしてルーマニア首脳部の見立てであった。
「もっと言えば、新ソ連が南京を爆撃したあの時、何故わざわざ"ウラジオストクから撃った"と公表したんだと思う?」
創一朗の問いかけに、既に真意に気付いているのだろう"ドラキュラ"がひとつ頷く。『国境沿いの一撃は、我々に向けたメッセージでしょう』
「ドラキュラ殿、おそらく正解。ウラジオストクから南京近郊の爆心地まで、
気付いているものがどれほどいるかは不明ながら。
今この時点で、東EUは詰んでいた。
「となれば、西EUは爆破されるのをわかってて援軍を出すか、出し渋って内部に不信を抱え込むかの二択を迫られる。恐らく前者を選び、
これはピクニックだ。新ソ連が本命の戦争と思ってるのは
創一朗はそう言って、ドラキュラの方に向き直る。
「今言った通り、ルーマニアはほぼ全域トゥマーン・ボンバの射程圏内だ。しかも俺たちは協定の関係で、
つかさの顔が引きつった。恐らく、現場でそれを食らうことになるのが誰か理解したためだろう。
「新ソ連だって日本の介入は予想してる、連中の勝ち筋はここだ。俺たちが介入する場合、ベゾブラゾフという最強の砲兵が後衛に付いてる4個戦車師団とスペツナズの魔法師連中、場合によっては援軍もプラスで叩き返さなきゃいけない。新ソ連が不可能と見立てるのも無理ないわな」
――でもそれをやるんだよ。ここにいる8人*4で。
『……可能なのですか?』
「ここだけで戦略級魔法師が3人いるんだぞ? こっちの心配はしなくていい」
代わりに、と言いながら、創一朗はドラキュラ――ではなく、隣に侍っている、
「そちらも、文明国らしい約束の履行を期待する。義務を果たせよ」
『……っ。い、つ、から。お気づきに?』
そう、表向きに交渉しているこの美女は、一応魔法師ではあるが影武者だ。
東欧に伝わる古式の術法によって印象操作と意識誘導を施しており、「本物」はそばに侍っている地味な男装の麗人の方。
「政府専用機を降りてきた瞬間からだよ。あいにく俺は目がいいんだ」
「ああ、結局ここで言っちゃうのかい、それ」
「まぁ、ベタな演出ですから。特別な素養がなくても訓練すれば見抜けますよね」
気の抜けた様子で続いたのはやはり山田、続いて同意したつかさも、情報部出身は伊達ではないということか。
「えっ!? 皆さんお気づきだったんですか!? すごいなぁ」
「いや、アレはあの3人がおかしいだけよ」
創熾と玲は完全に虚を突かれた様子で、龍征と遼介も静かに驚いていた。
「まぁ、虎穴に入らずんばってのは理解できるし、実際突っ込んできた度胸は評価する。でもそれは蛮勇ってもんじゃないかなあ。おらが村じゃ最強の魔法師だったかもしれないけど、俺たちは日本最強の特殊作戦部隊だよ?」
『待って下さい、決して騙そうとしていた訳では』
「あーうん。そこは疑ってない。義勇兵出すのも決定事項だ、撤回はないさ。ただ、魔法師ってのは誰も彼も自分より弱いやつを見下しがちだから。円滑な作戦行動のために必要な通過儀礼ってやつがあってさ」
それはつまり、ルーマニア最強の秘匿戦略級魔法師に対する、日本式の
「ま、一緒に命張るんだから仲良くやっていこう。ね?」
肩をひっつかんだまま至近距離で問いかけてくる創一朗を前に、近侍改め本物の「ドラキュラ」はぶんぶんと頷くしかなかった。
話は聞かせてもらった、ヨーロッパは滅亡する!!