2096年1月17日。
未明からみぞれが降り続いていたこの日、現地時間午前6時、新ソ連の戦略級魔法「トゥマーン・ボンバ」が東ヨーロッパで炸裂した。
国境線に一撃を与えて穴を開け、もって侵攻の足掛かりにする……という大方の予想に反し、攻撃目標はポーランド、ワルシャワ近郊につい4年ほど前に建設された東欧最大の航空基地であった。
摂氏3000度の酸水素炎による一斉爆撃に曝され、当該基地は瞬時にその機能を喪失。駐機していた機体の大半と滑走路が破壊され、東EUは開戦から30秒で航空戦力の3割と、基地防衛のために派遣されていた高位の戦闘魔法師41名を失った。
同時に他の航空基地へは大規模なミサイル攻撃が行われたが、その大半はドイツが実験的に運用を開始していた防空システムに迎撃されほとんど成果を上げることはなかった。
この防空システムに用いられていたのは、つい半年前の九校戦で公開されたばかりの最新魔法「能動空中機雷」であった。
軍用に大規模改修を施されたそれは、拠点据付の大型CADを中心に
これを12人の魔法師が切り分けて受け持ち、同じ仕組みのものを3重に展開することで領域に入ってきたミサイル等を迎撃する拠点防衛システムだ。定石として複数人でひとつの魔法を行使することは愚策だが、効果範囲さえ被らなければ複数人が同時に展開してもほぼ相克しない点を活用し、効果範囲を厳密に切り分け、それぞれの間に互い違いの数センチの隙間を用意することでこれに対処した。
日本ではひとりの戦術級魔法師が使う大魔法として発明されたものだが、魔法師の質に恵まれない欧米各国でも戦力化できるように複数人での起動を前提とされ、延べ36人の魔法師が協力して運用する集団魔法へと魔改造されて強引に運用されていたのだ。
結果としてこのシステムは極超音速ミサイル複数を含む新ソ連の攻撃をことごとく撃墜し、最終盤までフランクフルト空港を守り抜いた一方で、同様のシステムが導入されていたポーランドの航空基地は戦略級魔法によって瞬殺されていることから、良くも悪くも「魔法にはより強い魔法でしか対応し得ない」という魔法優勢論が補強される結果となる。
他方、トゥマーン・ボンバの爆発を合図として、新ソ連軍の戦車師団が一斉に越境を開始。狙撃(歩兵)師団や航空戦力も後に続き、バルト三国(北部戦線)、ルーマニア(南部戦線)、ポーランド(西部戦線)の三方面からなる全面攻勢が開始される。
これを受けドイツは東EU共同防衛協定に基づき、全加盟国を引き連れ新ソ連に宣戦布告。ここに第四次世界大戦の第二幕、東欧戦争の火ぶたが切られた。
数時間遅れて西EUとUSNAは共同声明を発表。新ソ連の蛮行を非難するとともに、東EUへの多国籍軍派兵を決議。急ピッチで戦力の編成が行われる。
緒戦では東EUに配備されていたUSNA製の最新鋭戦闘機が大きな活躍を見せたものの、後背地の航空基地が日に7~8箇所という驚異的なペース*1で爆破されていったためすぐに補給切れを起こして姿を見せなくなり、制空権は早々に新ソ連側へ移って行った。
圧倒的な砲兵火力と機甲戦力の物量差は地上戦力だけでは覆せず、特に北部戦線では電撃的に進軍した新ソ連軍戦車師団が空挺部隊と連携して次々と都市を制圧。開戦から5日でリトアニア、その翌日にラトビア、さらに3日後にはエストニアが降伏し、新ソ連の占領下におかれることとなった。
この間、ドイツを中心とする東EU軍は手をこまねいていたわけではなく、ポーランド国境(西部戦線)にて反攻作戦を実行していた。
この戦線で新ソ連軍は大量のドローン兵器と歩兵の物量を活かした遅滞戦術を徹底。次々集まって来る多国籍軍を釘付けにすると、立ち往生している車列にも容赦なくトゥマーン・ボンバによる爆撃を加えていった。
ドイツは敵戦車の少ないポーランド方面に戦力を集めて逆侵攻、最終的にはバルト三国を開放する目的で、8個機甲師団を含む東EU軍の戦力の大半を集中させていた。それが戦略級魔法の連続投射によりあっけなく壊滅したことで、東EU軍は数日のうちに攻勢能力をほぼ失った。
同時に、この結果は西EUとUSNAの編成していた多国籍軍にも衝撃を与えた。
戦力を集めればトゥマーン・ボンバの餌食。かといって散らせば新ソ連軍の濃密な砲兵火力に耐えられない。有効な対策手段は存在せず、最前線で敵を食い止めている兵力はかつてないスピードで溶けていく。開戦から2週間、ポーランド方面(西部戦線)だけで東EU軍には70万人もの犠牲が出ていた。
新ソ連は当初こそ衛星を用いて機甲戦力が集中している地域を探してはトゥマーン・ボンバで爆撃を加えていたが、しばらく時間が経って経験が溜まってくると作戦を変更。
一度攻撃した地域が戦線の穴になることで、少し時間が経つと増員や遺体の回収、破壊された塹壕の復旧などのため一時的により多くの兵士が同地に集まることを利用し、同一の要地を時間差で繰り返し爆撃する「ボレロ」と呼ばれる戦法が編み出された。それを何度も何度も繰り返してついに誰も寄り付かなくなったところを、新ソ連軍部隊が悠々と突破する算段だ。
トゥマーン・ボンバによる爆撃を受けた跡地は、その威力があまり高くないからこそ、時にとてつもない凄惨な状況が現出しうる。師団単位の戦車や軍用車両が破壊されるのもそうだが、その影響が人体に及んだ時、爆炎と衝撃波でそれは文字通り「粉砕」される一方で
結果として、塹壕や天幕に人が集まっていた地域では文字通りの屍山血河が現実に現れることも珍しくなく、何度も爆撃を受けた地域に送り込まれた兵士の手記には「塹壕の再構築のために掘ってどかしたのは、土よりも肉片や骨の方が多かった」とある。最新の戦場における、最新の地獄である。
彼らの多くは遺体が残らず本国に帰ることがなかった上、前述のボレロの影響もあり遺留品の回収が難しくKIAではなくMIAになる割合が極端に高かった。トゥマーン・ボンバはその直訳(霧の爆弾)通り、夥しい数の兵士を「戦場の霧」の向こう側へと連れ去ったのである。故郷を守って華々しく戦死することもできない、今撃ってきている敵ははるか1000キロ先にいて投降も出来ない。当然兵士たちの士気は地を這い、最前線では脱走、抗命、酷いところでは反乱が相次いだ。
しかし、西側諸国にとって東EUは新ソ連との重要な緩衝地帯。ここが滅亡すれば次は自国がこの光景に組み込まれることになる以上、兵を送らない訳にはいかなかった。やむを得ず西側諸国は数十万の人命を最前線へ流し込み、ほとんどがそこで火葬から散骨まで全て済ませることになる。
『魔法は現代兵器に優越する』
『最早、戦略級魔法なくして戦争は成り立たない』
極東戦争を他人事と見ていた欧州の人々は、自国が蹂躙される段になってようやくそのシンプルな原則を理解した。各国は遅まきながら国策としての魔法師調達を強化し、世界の軍事ドクトリンは最初の世界大戦以来となる抜本的な転換を強いられる。
賢者は歴史に学ぶと言うが、彼らは経験に学ばされたのである。
――一方、それらとは全く違った様相の戦いが行われていたのがルーマニア、南部戦線である。
新ソ連の東EU侵攻に際し、批難と義勇兵の派遣を決議した国家は他にもあった。
日本を盟主とするユーラシア同盟だ。
彼らは義勇軍という名目で援軍を送っただけでなく、非公式に魔法師部隊を用いた作戦行動を実施しており、前線にほとんど兵士がいないにも関わらず新ソ連部隊が停滞を余儀なくされている戦線として、時間とともにその異様さが各軍司令部へと伝わっていくことになる。
◆ ◆ ◆
「こうして皆でヘリ乗るのもなんだか久しぶりだねえ」
「人数増えたから換装したしな」
侵攻が始まった1月17日。ルーマニア・ウクライナ国境地域上空。
4人編成だった頃より一回り大きくなったヘリに満載された対魔装特選隊の魔法師たちは、現地協力者となるドラキュラを伴ってすでにルーマニア入りしていた。
『現地ではすでに戦闘が始まっています。遅滞戦闘を徹底するよう指示が出ていますが、わが軍と駐留ドイツ軍だけでどれだけ持つか……』
「なぁに、ほんの何十分か足止めしてくれれば……ってすげぇなこれ、何両いるんだ」
安心させるためか自信のなせる業か、軽く答えた創一朗はしかし、バイザーに偵察衛星から現地の様子が投影されると、地平線を埋め尽くす雲霞のような物量の機甲部隊に思わず呻く。
『事前情報では4個戦車師団を含む2個軍、主力戦車だけで約1800両がこの戦線に集結しています。ただ、彼らの編成では1個戦線あたりに割くのは2個戦車師団が定石だったはず』
「つまり日本が出てくる想定で倍に増やされてるってことか……」
いくら何でも本気過ぎないか、とため息をつく龍征。
彼らはあずかり知らぬことだが、新ソ連の上層部はこの戦争を「日本の魔法と新ソ連の魔法による戦争」と位置づけている。ルーマニアどころか、この戦争そのものはただのついでにすぎず、新ソ連による挑戦を日本が受けたというこの形こそが重要だった。
その証拠に、国境に揃えられている4個戦車師団のうち半数は部隊名に「親衛」を冠するガチガチの精鋭師団であるし、砲兵や戦闘機による火力支援の厚みも他戦線とはまるで違う気合の入れよう。GRU指揮下の戦闘魔法師部隊さえも投入されている。
本来ならばドイツ軍の機甲師団やUSNAスターズを相手取るはずだった最精鋭部隊。
外交戦による「新ソ連本国にいるベゾブラゾフを攻撃できない」という有利。新ソ連は明確に本気だった。
「まぁ、分かってたことだろ。少なくとも装備類は限界まで持ち込んでる。後はぶつかるだけだ。総員戦闘準備!」
創一朗の号令に合わせ、部隊の面々は一斉にバイザーを装着。各々最適にチューンナップされた大型CADを装備する。
「このバイザーは国防陸軍の"サード・アイ"の技術を流用して作られた軌道プラットフォーム」
対する日本義勇軍は、新ソ連のオーダー通り「最精鋭」を持ち出しはしたものの、その編成はあまりにも簡素なものだ。
対魔装特選隊 第1小隊7名。
現地協力者 ドラキュラ。
以上である。
否、一応後方かく乱や支援などのために第2・第3小隊も投入されてはいるが、それら全てをひっくるめても100名前後。日本お得意の「オール・メイジスト・ドクトリン」と言えば聞こえはいいが、それは経済的な理由で通常兵器を動員できない国家性質を強引な運用法でカバーしているに過ぎない。
新ソ連軍の最精鋭部隊を相手に「ステルスヘリ1機で国境地帯に突入して暴れ、それ以上の継戦は危険と判断されたら撤収、補給と休息を挟んで再出撃」。これを敵が全滅するか撤収するまで繰り返すという無策に等しい作戦。タイムリミットはブカレストの最終防衛線の陥落だ。
舐めている、と形容しても過言ではない。
事実、日本軍がまんまとつられて少数の魔法師部隊を送ってきたらしいことが分かった時、司令部の面々は獲物の前で舌なめずりをするような気分だった。
ベゾブラゾフに至っては、上の無茶な命令に付き合わされているのだろう特戦隊の面々に心の中で同情さえした。彼らの前にいるのは、主力戦車45,000を誇る世界最大の陸軍大国だ。相手がどれほど強力な魔法師であろうと、自分の砲撃と大軍による波状攻撃が組み合わされば必ずや圧殺できると。
――だが少なくとも、特戦隊の面々にはこれで十分な勝算があった。
そのことにいち早く気付いたのは、総司令部と同様に戦況がリアルタイムに送られていたベゾブラゾフ本人であった。
「やはり、予想より減りが早い……」
この時代、友軍の位置は衛星通信によって戦術データリンクに記録され、リアルタイムに地図上に表示される。
その友軍の反応が、まるで「消しゴム」モードのマウスカーソルを雑になぞったような勢いで消失していた。
だが、この「削り」はベゾブラゾフにとっても想定の範囲内。
その被害度合いから敵の位置をおおざっぱに把握して爆撃するつもりであった彼は、予定を前倒しして戦略級魔法の発動準備を進める。
(日本軍に不足なし。しかし耐えられますか? この一撃に)
ベゾブラゾフの戦略は、概ね正しい。少なくとも、彼の立場で鉄仮面を相手どるにあたり、出来ることを最大限やったと言えるだろう。
一つ誤算があるとすれば、日本の魔法戦力の層の厚さ。
あるいは鉄仮面1人ならば、この飽和攻撃で削り切ることも不可能ではなかったかもしれない。
戦記に寄ってるというよりは
創一朗にいろんな強い奴と戦ってほしいのです
海軍戦力(空母打撃群)の次は陸軍戦力(戦車師団)だけれども
そんなのが出てくる状況は戦争以外にないというだけで。
ちなみに、国境をはみ出して被害を出しちゃうと協定違反になるので「無人地帯」も未解禁です。