(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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116 一方そのころ②

 スターズは、というより米国上層部は焦っていた。

 

 話の始まりは数年前。アークティック・ヒドゥン・ウォーと呼ばれる極秘裏の武力衝突にて新ソ連に敗北、世界最強だったはずの米軍スターズは先代シリウスを失った。

 

 そして日本との度重なる「小競り合い」の結果、最大最強の戦力であった当代シリウス、アンジー・シリウスまでも敵の手に落ち安否不明となってしまった。

 

 交渉カードとして多少なり期待されていた顧傑も、派遣したスターズが出し抜かれている間に跡形もなく消滅。

 

 今や誰もが、魔法技術が世界で最も優れている国は日本だと認識している。スターズの掲げる「世界最強の魔法師集団」の看板は、とっくの昔に空虚な戯言となり果てていた。

 

 それら致命的な情報が一般に広まってしまう前に、USNA政府は威信を取り戻すための方策を欲していた。

 

 特に、日本との「交渉」力強化は急務だった。

 

 現状、スターズは直近の対日戦全てで敗北し、そのたび手痛い代償を支払ってきている。かつて第二次大戦の頃の日本がそうだったように、劣勢の国はやられっぱなしが嫌で一撃講和論に縋りがちということらしい。

 

 折り悪く現在は、世界は第四次世界大戦の真っただ中。大国が自らの立ち位置を高めるために戦うグレート・ゲームの時代だ。「賭け」をやる機会はどこにでもあった。

 

 過去の大戦と同様に前線国とならなかったアメリカも、失った栄光を取り戻すため動き出していた。

 

 日本が公表した7人の戦略級魔法師。

 

 その脅威を減じるための工作は、アメリカに限らず全世界が目指しているところだ。

 

 新ソ連、KGB所属の女性工作員が魔法大学への留学を試みて十山、十文字、四葉の人間に止められた事例がそれぞれ1件ずつ。

 

 マフィア・ヴラトヴァ(シシリアンマフィアとロシアンマフィアの連合体)の手引きにより、警察内部の広域特捜チームの戦力を漏洩させようとした警官が公安に消された事例が1件。

 

 M機関の開発機材に極めて分かりづらいウイルスを紛れ込ませて魔法開発を妨害しようとしたNSAお抱えのハッカーチームが産休明けの藤林響子によって壊滅させられた事例が1件。

 

 

 

 大亜連合の難破船が日本海沿岸に漂着していたのをパトロール中の一条の私兵が発見。中の人員は全員()()()()()()()()ため丁重に葬ったとされる事件が十数件*1

 

 結果として日本は浸透を跳ね除け続けている訳だが、傍目にはギリギリの水際戦術を続けているようにも見える。ただでさえ今の日本は、ごく少数の特記戦力に国防を頼っている状態だ。これを撃破することは、素人目には容易に思われた。

 

「くっ……!」

 

 そう、あくまで素人目には。実態は違う。

 

 白巳の放ったウォータージェットをギリギリのところで躱しながら、ベンジャミン・カノープスは失った眼の古傷が疼くのを感じていた。

 

 アメリカの高官は未だに、本質的なところでもはや覇権が自国にないと気づけずにいる。なまじ150年も世界最強の座を守り続けたがための慢心だった。

 

 特殊部隊を用いた奇襲、政治力を使った搦め手、国力に任せた物量の暴力、そういう手立てを総動員すれば「当然、勝てはする」という前提でいる。その上で国民の顔色を窺いながら、戦力という蛇口を勝てるギリギリに調整するのが政治家の仕事だと思っている。開戦当初の先制核攻撃論などはその典型だ。

 

 では日本は覇権国か? それも違う。日本は魔法という圧倒的な軍事力で超大国になったが、その影響力はあくまで同盟の盟主どまり。USNAも新ソ連も依然として健在であり、今や彼らとて1プレーヤーだ。つまり覇権は「どこにもない」。

 

 当たり前だ。大会(せんそう)は、前回優勝者が旗を返すところから始まる。今やっている戦争の勝者がそれを手にするのだ。

 

 そのことを一番知っているのは、今やスターズの中でも対日戦最古参となったベンジャミンであったが……隊長を空席としたまま再編されたスターズの権限は弱く、最早上からの命令を跳ねのける余裕など残ってはいなかった。

 

(日本が誇る戦略級魔法師は未だ無敗。どんな形であれ不敗神話を破壊する)

 

 理にはかなっているかもしれない。

 

(アンジー・シリウスに代わる戦略級魔法師を確保、最悪でも無力化し、日本との技術的なリードを縮める)

 

 USNAにとって利益は大きいかもしれない。

 

(鉄仮面と肉体関係にあるという生徒を人質に取り、彼を通じて政府に働きかけることでアンジー・シリウスの釈放を要求する)

 

 それは、もはや死に体となったスターズが最後に残った影響力で押し通した捨て鉢の作戦であった。

 

 ターゲットは白巳とエリカの両方。特戦隊の主力がルーマニアに送られ不在の今なら、成功する公算は大きいかもしれない。

 

 

 

 勝てるものなら。

 

「ヒャハッ!!」

 

 取り巻きが瞬殺され2人対2人。自然と1対1が2組できる構図。

 

「ペッ」

 

 すれ違いざま顔面に入れられた蹴りに反応しそこなったエリカは、腫れた頬を気にすることなく、口に溜まった血と前歯を吐き出す。威力から見て靴に鉄板か何かが仕込まれているようだと冷静に分析しつつ、相手から目は離さない。

 

「軍隊格闘ベースで、でも実戦の経験則かな……質の悪いアレンジが入ってるわね」

 

 チンピラみたいな態度に見合わず、ラルフ・アルゴル少尉の戦い方にはきちんとした基礎がある。一応はイリーガルMAPに落ちずにスターズとして踏みとどまれている訳で、勤務態度はともかく訓練成績は確かなものだ。

 

 基本通りのマーシャルアーツに加速魔法と慣性制御を織り交ぜ、静と動のギャップで攻める。本人の色物感とは裏腹に、その技術は魔法を使った白兵戦技として教科書に載せたくなるほど合理的であった。

 

 訓練による下地はもちろん、魔法の組み立て方は無数の実戦で試行錯誤し磨き上げられたもの。

 

 光学魔法で姿をくらまし、硬化魔法を地面に使って足場を確保し、音響魔法で感覚を狂わせ、そうして作った隙にナイフをねじ込んでいく。

 

「……っ!」

 

 センスや才能では恐らくエリカが上回っていて、だからどうにか凌げているが軍歴の長さと踏んだ場数ではアルゴル少尉が明確に上だ。その卑怯で性格の悪い太刀筋は、特殊警棒とサバイバルナイフという獲物の差、男女の筋力差、そして基礎的な魔法力の差と重なることで少しずつ、戦況をラルフの方へ傾けていった。

 

「これ、ちょっとヤバいかも……」

 

 ――アルゴル少尉の名誉のために追記すると、彼はこの弱音を聞いても早まったりはしなかった。

 

 それは当人の甚振り癖と叩き込まれた教育が絶妙なバランスで彼から慢心を抜き取っていたからだが、それでも「対エリカ」を想定するならば、警戒が十分ではなかったと言わざるを得ない。

 

「ッ!?」

 

 何度目かの振り下ろしをナイフの峰で防いだ時、アルゴル少尉の視界がグラリと揺れる。

 

「ぁッ……ガァ……!」

 

 それは対毒訓練などで経験した毒ガスなどの効能に似て、アルゴル少尉は異変を察知した時にはもはや自らの身体を制御する術を失っていた。

 

("いつ"だ、俺は"いつ"やられた――!?)

 

 毒かなにかを食らったところまでは理解できた。だが彼のような白兵戦を得意とする人間にとって毒物は優先的な警戒対象だ。自分だったら部屋に閉じ込めてガスで殺す……と考えるからこそ、「それ」に対抗するための訓練は積んでいた。

 

 アルゴル少尉が答えを見つけられないまま地面に倒れ込んだ後、エリカは止められたはずの警棒から延びる()()()()()を解除する。

 

「裏の秘剣、"切陰"。まさかこんなとこで使わされるなんてね」

 

 サイオンを刃状に展開し、間合いを見誤らせるとともに相手の魄、つまり想子体にダメージを与える秘剣。

 

「仕込み武器を警戒しなかったのがアンタの敗因」

 

 警棒が防がれるまでの何合かの打ち合いの間、切っ先の直線上にアルゴル少尉の頭が存在したタイミングは幾度か存在した。

 

()()()は一度もそんな油断しなかったわ。まぁ、もう聞こえてないでしょうけど」

 

 奇しくもそれは、千葉一門の秘術がサイオンによる「伸びる斬撃」であることを原作知識で知り、千葉修次戦で理解していた創一朗による「メタ読み」であった。

 

 ただ、あからさまに「秘剣」が通る隙を潰してくるあの日の創一朗の姿が千葉エリカの目にどのように映ったかは、これまでの彼女の行動が物語っている。

 

「で、どうしたらいいの? コレ」

 

 問う先は当然、ほぼ同時にもう片方の刺客を撃破していた白巳であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 カノープス少佐の武器は、スターズ直伝の主力兵装「分子ディバイダー」である。

 

 薄い板状の仮想領域を物体の間に割り込ませることで分子間結合を分割、疑似的に「なんでも切れる刀」を作り出す魔法だ。

 

 これの強みは仮想領域の大きさに限界がないこと。その気になれば大型船を真っ二つにする巨大な刃が生み出され、これと(日本から輸入した)飛行デバイスを併用することで「超高速で飛び回るなんでも切れる巨大なブレード」を作り出すというのが基本的な白兵戦ドクトリンだ。

 

「流石に直接干渉はダメか……」

 

 白巳の事象干渉力は明確にカノープスを上回っていた一方で、直接「鉄槌」を効かせられるほどの圧倒具合ではなかった。当然ながらカノープスの分子ディバイダーでは白巳のエイドス・スキンが突破できない。先ほどの攻防で「キャスト・ジャミング」が効果を発揮しないことも判明している。

 

 お互い直接の有効打なし。しかし条件はイーブンではない。

 

 白巳は創一朗ほど事象干渉力が高くないため、ハイレベルな魔法師が相手では鉄槌の効果を発揮させられない。

 

 そのことは最初から想定されている条件であり、徒手空拳と鉄槌で全てを解決させる創一朗よりも、白い地獄の最新技術が齎すサポートの恩恵を最大限受けているのはむしろ白巳であった。

 

 まず彼女は他の取り巻き――米軍が使い捨ての駒に使っている強化人間「スターダスト」――を攻撃したのと同様、武装一体型(この場合、武装とは水と研磨剤のこと)CADを使ったウォータージェットを向ける。

 

 カノープスは障壁魔法ではなく自己加速術式での回避を選択。直後、彼が背にしていた大型車は半ばあたりまで真っ二つに切れ、静かにエンジンオイルを垂らしながら動作を停止した。

 

 カノープスの判断は正しい。白巳の「鉄槌」を動力源とするウォータージェットはそれ自体にベクトルを収束する刻印魔法が併用されており、5メートルまでなら軌道屈折術式を受け付けない干渉力と鉄骨から自家用車までバターのように両断する破壊力を両立する。

 

 脆弱性は弾である水筒に「爆裂」を使われると抵抗できないことくらいで、貫通力の低さから日常的な護身用に用いられている。

 

 その一方で燃費は悪く、標準的な対物障壁魔法をやすやすと貫通する代わりに水筒の中身(およそ600ミリリットル)を4秒で撃ちきってしまう。危険物・毒物探知機に引っかからないこと以外は、警察特殊部隊などで用いられるサブマシンガンと大差ない使用感だ。

 

 そのことを一方的に知っている白巳は、相手が弾切れに反応するより早く懐から何本か連なった金属棒のようなものを取り出し、投擲。

 

 安定翼の付いたステンレス棒、尖ってもいない。だが2本1組が長めのピアノ線で繋がっており、斜め外側へ力がかかることでかつて帆船の砲弾として用いられた連鎖弾(チェーンショット)を疑似的に再現したものだ。

 

 人体の殺傷が目的なのを考慮すると、むしろショットガンのスラグ弾を鋼線で繋げたボーロー弾に近い発想であろう。かつて創一朗が投擲していたタングステンのダーツを屋内戦向けに調整したバリエーションであった。

 

 それを3組差し向けられたカノープスは、うち2組を魔法による跳躍で回避すると、最後の一本を手持ちの軍刀を起点に「分子ディバイダー」を発生させ切断。

 

 続けて攻撃のため「プレス」を準備していたその時、カノープスは「声」を聞いた。

 

「アクティベイト、()()()()()()()()()

 

「ッ!!」

 

 それはリーナの得意技だった。

 

 無論、これは本質的にただのPKであり、ナイフ等の刃物を手を使わずに動かすスターズの必修技能でもある。

 

 魔法の遅延発動により、飛び去ったステンレス棒が制御を与えられ帰還する。

 

 カノープスは激高しなかったが、それに必要以上に意識を向けたのは間違いない。迎撃のため向き直ったカノープスは、同時に与えられたのだろう「鉄槌」によって飛び出してくる四駆の残骸を蹴って飛び上がり、同時に背後から飛来した石片を切り伏せ――

 

 ――そして、足元から迫っていた「水の針」に腰を貫かれた。

 

「ぐぁッ!?」

 

 それは、第七研のテーマであった「群体制御」をさらに発展させた「流体制御」。すでに数字落ちとなって表舞台から消えた名倉家の技術。

 

 第五研の液体への干渉技術、第七研の群体制御、そしてダンシング・ブレイズから回収した遅延発動技術を合わせれば、撃った後のウォータージェットの弾を針として再利用することが可能である。

 

「今のは腎臓。いろいろ聞きたいことあるし、おまえは殺さない」

 

 直後、飛来する2組のステンレス棒が絡みつき、カノープスの両腕を切断。3組目もピアノ線が切れた状態で飛び込み、両足のふくらはぎのあたりに突き刺さり徒歩での逃亡を阻止。

 

 手元に戻ったステンレス棒を手に崩れ落ちた彼のもとに近寄った白巳は、肩の切断面にスプレー式の止血剤を吹きかけつつ武装を解除する。

 

 最新の医療技術で作られたこのスプレーは、未だ実験段階で一般に流通してはいないが、吹きかけた場所をたちどころに殺菌・消毒・止血してくれる革命的な新製品だ。

 

 日本の薬品メーカーが発明したこの薬剤は、剝がすときが大変で対応できる医師が限られるという難点はあるものの、前線の兵士を再生治療へつなげるための応急処置として大いに期待されている。

 

「あ、できれば殺さないどいてー」

 

 手早く処置を終えた白巳は、ほぼ同時に制圧を完了させていたエリカの方に軽く声をかける。

 

 あれくらいの相手に負けるとは思わなかったが、どうやらエリカの実力は白巳の想像を超えているようだ。

 

(お兄ならこれくらい瞬殺だったろうな……)

 

 白巳は自分の戦闘を総括しつつ、「後片付け」のために横須賀の特戦隊本部へ連絡を入れた。

 

 彼らが人知れず消えたことが効果を発揮するのは、この数日後。

 

 国際情勢のさらなる動きが日本をも巻き込んでからのことであった。

*1
なお、現在でも日本国防海軍は厳重な海域封鎖を続けており、無許可で大陸から出てくる船舶は見つけ次第撃沈されることになっている

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