(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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117 一方そのころ③

 白巳たちが人知れずUSNAの工作員を返り討ちにしていた頃、司波達也たちは引っ越し作業を進めていた。

 

 深雪を四葉家の次期当主として、達也をその婚約者 兼 戦略級魔法師として公表したことで、ふたりを取り巻く状況もここ1か月で一気に進展を見せている。

 

 これまで「次期当主候補」という曖昧な立場に留め置かれていた深雪が地位を確定させたことで、今まで停滞していた諸々が動き出すと同時に、彼女には明確かつ強大な「権力」が付与された。

 

 深雪が達也を偏愛していることは四葉家内では周知の事実。その達也をさんざん冷遇してきた自覚のある分家当主らは「すわ粛清か」と身構えたものの、幸いにして彼女はそのような些事には興味を示さなかった。無論、達也の待遇改善については、深雪が声を発するまでもなく皆が心得ていたが。

 

 そうして新体制への移行準備は目立った反抗もなくスムーズになされ、四葉家内部の継承争いは穏当に決着したのだった。

 

 もともと、四葉家の方針である「最も魔法力に優れたものを当主に据えるべし」の原則に従うなら深雪以外の次期当主就任は論外もいいところ。達也の処遇を理由に駄々をこね続けていた分家当主らが周公謹捕縛失敗の廉で影響力を喪失した今、現当主の支持を得ている司波兄妹が実権を掌握するのは当然と言えた。

 

 こうして兄妹から婚約者へと関係の変わった2人の最初の仕事は、調布に建設されている四葉家東京本部ビルへの転居であった。

 

 引っ越しの距離で言えば精々が特急1駅分だが、調布の本部ビルと山梨の本邸に機能を集約し2拠点体制にするという家の方針により、関東各地に散らばって住んでいた一族の人間はできるだけこのビルに纏めて住まわせることになっている。

 

 元々、達也たちが住んでいた家は彼らの父・司波龍郎の持ち家だ。愛人宅に入り浸りで碌に帰ってこないため忘れがちであるが、彼らの父親は四葉家当主・真夜から見て「双子の姉の夫」に当たる。

 

 FLT開発本部長の役職に違わず自社株でかなりの資産を有しているため家も立派であったが、所詮はサイオン量が多いというだけの理由で選ばれた外様、強力な魔法師を生み出すための種馬に過ぎない。その家から本部ビルへの転居は、司波兄妹が「外様の子供」から「次期当主」へと階級が上がったことを示す動きでもある。

 

「お兄様、地下の設備はどうされますか?」

 

「処分してしまおう。既にデータや開発環境の移行は済ませてあるし、設備自体は向こうに同等以上のものを用意してもらっているからな」

 

「はい、手配いたしますね」

 

「ありがとう、頼んだ」

 

 休日を使ってテキパキと荷造りを進めていくふたり。達也からすればこれくらい休憩時間みたいなものだし、深雪にとっては共同作業でありさえすれば何でも良いらしく、この1ヵ月では最高レベルに機嫌が上向いているようだった。

 

(さしあたり、機嫌が回復したようで何よりだ)

 

 達也が内心で胸をなでおろしているのには訳がある。

 

 ことは達也と深雪の婚約が発表された直後に遡る。

 

 黒羽貢による自身の誕生秘話。真夜の狂気的な告白。深雪の本心と向き合い、自分自身の心に折り合いをつけ、続けざまに一族全員集まる慶春会だ。

 

 妹からの告白と、その背を押してくる伯母という凄まじい絵面をなんとか捌き切り、妹が調整体であるという衝撃の事実を受け入れ、と達也はてんてこ舞いであった。

 

 精神的にヘロヘロにされながらも、過去最高の妹の笑顔が見られたのだからまぁいいか――

 

 そう思っていた達也に追い打ちのごとく突き付けられたのが、一条家から発せられた異例の「異議申し立て」。その結婚ちょっと待った、という訳である。

 

 対外的にふたりはいとこ同士ということになったが、「母親同士が一卵性双生児のいとこ」、つまり遺伝的には異母兄弟みたいなものという日本の法律上ギリギリの組み合わせなのは確か。そこを指摘して婚約に異議を唱え、代わりに司波深雪の婚約者には一条将輝をねじ込もうとしてきた形だ。

 

 まずここで、深雪の機嫌はジェットコースターのごとき急降下を見せる。

 

 達也は未だ理解が追い付いていなかったものの、深雪にとっては念願かなって、どころか半ば諦めていたところに降ってわいた僥倖だ。天にも上りそうなところに冷水をぶっかけられればそうもなろうと理解できた。幸い(一条将輝には悪いが、幸いと呼ぶべきであろう)彼は第三高校の生徒だ。顔を合わせる機会がなければ問題も起こらない。

 

 かくして鎮静化したはずの事態をさらに混ぜっ返し、達也にさらなるストレスを齎したのは、新学期が明けてからのことだっただ。

 

『達也くん、ちょっと教えてほしいんだけど』

 

『達也くん、悪いんだけど放課後準備室に来てくれる?』

 

『きゃっ! ごめんなさい、ぶつかっちゃったわね』

 

『えっスカートが捲れてる? あ、あぁありがとう助かったわ………………見た?』

 

 ……元生徒会長・七草真由美による露骨なアプローチ攻勢が始まったのである。

 

 いや、思い返せば元々アプローチはあった。

 

 九校戦の時には何かと近くにいた気がするし、密室で二人きりという据え膳らしきものを提供された(割には、当人の方が自爆してなあなあになったが)こともあった。十文字会頭からそれとなく七草の婿に入れと勧められたこともある。

 

 しかし今までは、こんな露骨に気がありますという感じではなく、小悪魔先輩による思わせぶりな態度の範疇に収まっていたはず。

 

 それで本気になった挙句イジられっぱなしの服部が近くにいたこともあって「挙動不審ぶりを見て揶揄うのが楽しいんだろうな」という学習を招いており、達也は一切本気で取り合うことはなかった。

 

 そのことが逆に真由美をムキにさせているのだろう、というのが2学期までの達也なりの見解であったのだが……3学期になってからの真由美の状態は、とてもそういう余裕を感じさせるものではなくなっていた。

 

 上手く誤魔化しているが目元にうっすら隈が出来ていることと合わせ、往生際の悪さというかなりふり構わなさが、達也の知る七草真由美の行動とどうもブレる。

 

 当然、周囲の反応は冷ややかだ。魔法界最大最悪のアンタッチャブル「四葉家」が決めた婚約に突っかかるという命知らずすぎる真似をやっていること自体、他の一般生徒からすれば生きた心地がしないに違いなかった。遠く東欧の戦争よりも目の前で起こっている冷戦の方が、彼らにとってよほど差し迫った危機である。

 

 近ごろの達也がレオやエリカらと別行動になっていたのはそのあたりの兼ね合いが多分に含まれる。どうやら彼の友人たちには、当人がいないところでゴシップ話に興じない情けが存在したようだ。

 

 翻って真由美の方だ。今は本人が積上げた人徳が評価にオブラートをかぶせ「勝負が着いたタイミングで恋心を自覚してしまったお労しい人」扱いを受けているが、今の状況が続けば長くは持つまいと達也は予想している。

 

 何しろ、今は気を遣って伏せられているもう一つの爆弾「創一朗にも裏で粉をかけていたらしい」がある。これが炸裂、つまり関係筋から暴露されたが最後、彼女が卒業するころには「家の力で横恋慕をゴリ押ししようとするビッチ」あるいは「スペックだけで男を選り取り見取りしている毒婦」にまで評価が転げ落ちることは想像に難くない。

 

(魔法大学の生徒の大半は魔法科高校から持ち上がる。今後のキャリアを棒に振ってまで……)

 

 達也はその冷徹な思考力でもって、真由美が達也に本気で惚れているという線は早々に排除していた。

 

 ただ実のところ、九校戦終了時点で真由美から達也への感情は本人たちが自覚しているより深いもので、ハッキリと「恋心を持っている」とまでは言えずとも「押せば落ちる」ラインにはとっくに到達している。

 

 そもそも。真由美の目線で情報を収集した場合、完全にお互いのことしか眼中にない司波兄妹に挑戦するより、下級生と浮名を流して「英雄色を好む」を地で行く創一朗を狙った方が成功率が高いのは火を見るよりも明らか。

 

 そのことを父親に報告せず、「常識的に考えれば」五輪の姫君との大恋愛を大々的にプロパガンダされている創一朗には割り込めないという結論に誘導させた点で、無意識にしろ答えは出ていると言えた。

 

 が、そこは達也にとって主要な問題ではない。彼にも性欲はあるが、人工魔法演算領域を作った副作用で「衝動」として繋がってはおらず、判断に影響を与えることがないためだ。

 

 何かとガードが緩くなり、やたらボディタッチの多くなった真由美を性欲の対象として見てはいる(原作準拠)達也だが、そのせいで挙動不審になったり辛抱たまらなくなって襲い掛かったりすることは、彼の設計上起こり得ないのだ。真由美にとっては絶望的なことに、標的選びに私情を挟んだ時点で勝負は付いている。

 

 達也の唯一最大の懸案事項は妹にして婚約者の深雪だ。一条が狙っていると聞いただけでもかなり過剰に嫌悪感を示していた深雪は、そこに真由美の泥棒猫ムーブを食らっていよいよ不機嫌が限界突破していた。

 

 そもそも深雪視点で良く知らない一条とはただ敵対しておけば良かったが、真由美には生徒会長として何かと世話になっており、元々はかなり好感の持てる人物だっただけに深雪の感情は迷子になっており、行き場のない感情が溜まるばかりであった。

 

 元々彼女は達也のためだけに設計・製造された、四葉が誇る完全調整体。性能面で言えば、白い地獄によるキャッチアップ改造を経てようやく本来の実力を発揮しだした九島光宣の上位互換に当たる存在だ。

 

 だが、魔法師としての凄まじい性能に比して精神的な安定性にはやや欠ける。今の深雪は製造に携わった真夜当人が想定外を認めるほど深く達也に依存している。仮に達也から引き離して別の誰かを婿に迎えさせた場合、それが他ならぬ達也の命令であろうとも、自らの発する達也を求める情動に締め上げられてゆっくりと自壊するだろうというのが真夜の見立てだった。

 

 達也への愛が強すぎるせいで達也の意向を尊重できないという皮肉な欠陥が彼女には存在しており、沖縄で一度死んだあの日から、深雪はもはや達也の手の中でしか生きられない存在へとなり果てている。四葉家が総力を挙げて作り出した「特注の首輪」は、紆余曲折を経ながらもその役割を完璧に果たしているといえよう。

 

 そんな状況下で達也はたいへんに居心地の悪い高校生活を送っていた訳だが、現在進行形で散々迷惑をかけられているにも関わらず、怒りよりも心配が先に来ている自分に驚いてもいた。

 

 達也は正式に婚約者を持つ身だ。常識的には、真由美のアプローチに対しきっぱり「迷惑だ」と切り捨てる権利と義務がある。

 

 妹兼婚約者の心労を思えば、今すぐにでもそうすべきだ。達也の持つ行動原理を考えるならば、即断で真由美を切り捨てても何らおかしくない。そのはずだった。

 

(同情しているのか……俺は……?)

 

 ところがそれをまだやっていない。達也らしくもない優柔不断さは、伝え聞こえてくる真由美の事情に多少なり同情心を持っていることの証左だ。それが分かっているから、深雪も大っぴらには悪感情を向けられずにいる。

 

 誰も表立っては言わないが、今の七草家は没落の瀬戸際にある。

 

 いや、世間的には失脚し、名を聞かなくなる程度をイメージしているだろうが、達也をはじめ事情に詳しい者たちの想定は異なる。

 

 十師族体制の崩壊が間近に迫り、各家がそれぞれの強みや戦功を活かして新たな立ち位置を模索している中、七草は完全に「逃げ遅れた」。

 

 同じ親師族体制的な家柄でも、光宣を旗印とし烈らに罪を押し付けることでうまく世代交代を演出した九島家とも違う「一人負け」。あるいは、政府の切り崩し工作があまりにも綺麗にハマった結果七草しか残らなかったと言うべきだろうか。

 

 元より魔法の実力よりも政治力で強かに立ち回って来た七草家には敵が多かった上、軍功をこそ求めている現体制と反目しており、政府および軍部から露骨に敵視されている節があった。

 

 防諜第三課の解体、有能な手駒であった風鳴詩の裏切り、ブランシュや無頭龍を始めとする海外系の犯罪組織への対処能力の不足。一つ一つ、翅を毟って遊ぶ子供のように、その権益が失われてきた。九島家ともども十師族体制の総本山であると認識されていたために、政府によって急速に影響力を奪われてきた。元々、能力不足の政府の隙間を縫う形で台頭していた彼らである。ひとたび政府が強くなればお役御免になることは当然であった。

 

 その流れを知る者たちは、間近に迫った師族体制解体の折、(戦争で滅びた五輪は別として)七草にだけは「次のポスト」が用意されていないのを知っている。

 

 今の強権的な政府の姿勢から推し量るに、落としどころを作るという手段そのものが想定されていない。

 

 

 

 政府による師族体制解体の仕上げとして彼らを待ち受ける唯一の未来。

 

 

 それは粛清だ。

 

 

 

 泥船から最後まで逃げ出さなかったものをそうするつもりだったのか。あるいは七草が残ったからそうしたのか。

 

 罪をでっち上げるのか、反体制派として潰すのか、方法までは分からないが……大勢の決した今となっては、それはあまりにもはっきりと真由美たちの背後に影を落としている。

 

 それを知ってしまうと……生徒会長時代の真由美に散々世話になってきた身として、彼女が助かる道を模索してしまう程度の、ひいては彼女の必死さを理解してしまえる程度の人間性が今の達也には存在していたのだった。




もはやこっちが本編まである物量ですが、主人公の不在によって動く情勢が多いため
もうしばらく続くことになりそうです。
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