(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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121 地獄の七草くん家(下)

 真由美が車を降りた時、彼女のポケットには毒殺用の薬剤も、対魔法師用の大口径拳銃も、何も入っていなかった。

 

(…………決められ、なかった)

 

 彼女は結局、「やる」とも「やらない」とも言えなかった。

 

 それでも車は予定通りに七草家の邸宅に到着し、何食わぬ顔で真由美を降ろしてどこかへと消えていった。

 

 ただ、諜報員と接触して当主の毒殺――家庭内クーデター――を提案され、それを否定しなかったという事実だけを残し、玄関の前に立っている。

 

 詩もあっさりとしたもので、青ざめた顔で必死に頭を回している様子の真由美をそれ以上追い込むようなことはしなかった。ただ家に着くまでの10分ほどの道のりを黙って運転し、そして彼女を解放したのだ。

 

(暗殺……お父様を……)

 

 頭の回転はかなり早い方のはず。それが頭を直接棒でかき回されたかのように思考がまとまらないのは、彼女に与えられた選択肢の非人道性によるもの。

 

 何より、自らの置かれた状況が、自分の想定よりも数段悪い所にいるという事実。

 

 それを彼女は、この期に及んで実感できていない。

 

「最悪の場合、自らの冠する『七』の数字を剥奪されるかもしれないと覚悟している」

 

 それが、真由美が持つ認識のズレの正体だ。

 

 今、彼女と妹たち以外の全ては、命のやり取りの話をしている。

 

 確かに本来なら、政治闘争での敗北は地方への左遷であるとか、財産やコネクションを失いただの一般人になるとか、責任者が刑務所に入るなどの形で決着を見る。

 

 だが今回、そうはならない理由が2つある。

 

 第一に、シンプルに高い魔法力を持つ「優等生」である一方で、突出した技能がないという七草一族の特性それ自体。

 

 これはそのまま、失われた場合に「日本にとって痛手だが、替えが利かない訳ではない」ことを意味する。平均値で七草を上回ってくる家はせいぜい四葉くらいだが、一方で他家と違って本当の意味で代わりが務まらないポジションに、彼らはいない。

 

 特色としては三矢家も似たようなものだが、失点(岬家からテロリストを輩出した件)はあれどきめ細かな貢献と忠勤を欠かさない三の家と、表向き「親政府・親国防軍」を掲げながら十師族をリードし、のらりくらりと権力を拡大してきた七草では政府からの心証が全く違う。

 

 何より、彼らはそのバランスよく高い魔法力ゆえに、魔法のレベルが低い国外に流出したらとんでもなく役に立ってしまう。彼らのうち1人がどこかの魔法後進国で種馬になるだけで、30年後にはその国の魔法力水準を対日7割程度まで引き上げられる恐れがあった。種馬と言ったが、現代の先進国は人工子宮を実用化しているし、そうでない国は人間が安いので代理母を使えばよい。女性であっても行く先は同じだ。

 

 対日7割と言うと大したこと無さそうに聞こえるかもしれないが、こと魔法戦力に限って言えばこの数字は世界2番手、十分すぎるくらいの魔法大国だ。政府が今まで七草家の行動を黙認して来たのも、十師族の解体にあたり「潰すか、首輪をつけるか」で対応が極端なのも、USNAや新ソ連に「これ」をやられる可能性を警戒すればこそだ。アンジー・シリウスという手痛い失敗を経た今、政府の地雷は「反乱」や「外患誘致」よりも「逃亡」にある。

 

 そして第二に、七草という家の立ち位置の問題だ。

 

 これまで、彼らを支える最大の後ろ盾は「十師族のドン」こと九島烈だった。

 

 それは師弟としての繋がりでもあり、優秀な七草を基軸に十師族体制を安定させるための烈の策でもあったが、何だかんだ研究所単位で動くことの多い十師族としては特異なことだ。

 

 七草家は、元々「三枝(さえぐさ)」として第三研で調整を受けた後、第七研へ移管されて「七草(さえぐさ)」になったという特殊な経歴を持ち、二十八家で唯一複数の研究所をルーツに持つ家柄だ。その影響で基礎能力こそは他に類を見ないほど高くなったが、「三」と「七」、どちらの一族からも同族扱いされていない節がある。

 

 本来の「七」である七宝や七夕からは「外様の癖に群体制御のノウハウを奪った挙句”七”の代表ヅラ」として嫌われ、古巣の「三」は「済んだこと」としてノータッチ。同じ研究所の出身者を全部まとめて一族に包摂している四葉家とは対照的に、地縁・血縁の関係で言えばむしろ孤立してさえいる。その立場の危うさを「身軽さ」という武器に変えて立ち回ってきた結果が今の地位であり、「政治の七草」と言われるゆえんであったのだ。

 

 彼らの本質は、「一度も十師族から落ちたことのない名門」ではなく、「名門で居続けなければ存続できない」危うい家だ。

 

 

 

 それを、真由美たち三姉妹は理解っていない。

 

 知識として知ってはいるが、実感としては腹落ちしていない。

 

 

 何故なら彼女たちは「令嬢」という身分に守られて来た。家を継ぐ必要も運営する必要もない、ゆえに最前線で政治を主導する立場を求められない。

 

 自由な恋愛を許されない立場に反抗していつつも、「嫁入り道具」としての立場に安住し、その平穏で豊かな日々を謳歌して来たのはほかならぬ彼女自身だ。

 

 だから危機感を持つのが遅れた。

 

 横浜事変の時は敵が自分たちの命や身柄を狙っているのが明確だった。だが今回は、あくまで父の戦いだと思っている節があった。

 

(殺せなければ…………軍は、七草家を潰しに動く)

 

 現に彼女は、「十文字克人に全てをぶちまけて庇護を乞う」という選択肢を選ばなかったのではない。

 

 検討するフリをしながら、無意識に選択肢から消したのだ。それは「妹が心配だから」ですら本質的には建前になる。

 

 

 

 無粋を承知で真由美の本心を代弁するならば、彼女は助かりたいのではない。

 

 「司波達也に」、助けてほしいのだ。

 

 

 真由美の達也への傾倒ぶりは、当人が自覚しているよりずっと深い。弘一とて、そのあたりを見抜いていたからワンチャンスにかけて色仕掛けを命じたのだ。

 

 「令嬢」で居続けられた頃ならば、それはいじらしい乙女心としておいてよかった。

 

 父親の教育を責めるべきでもないだろう。

 

 弘一が真由美たち姉妹に課した仕事は、「十師族の誰かと結婚して家同士のパイプを繋ぐ」または、「在野の優秀な魔法師を婿に取り、家を回させる」こと。長男の能力(ここでは魔法力よりも、政治力や実務能力)が思わしくないと分かり始めた最近では後者の比重が大きかった。

 

 真由美はそれをこなすに十分な能力は叩き込まれていたし、何より「ガチャチケ」は3枚あった。家の跡取りと異なり、真由美たちはどうせ嫁に行く。家の運営という観点から見て、前時代的ではあっても合理性を欠いてはいない。

 

 

 だが今、この場では致命的なバイアスだ。

 

 それに気づかぬまま、真由美は考えを巡らせていく。

 

 仮に父を弑したとして、今の状態で長兄が継承してもまともに家は回らないだろう。次兄に至っては研究所で寝泊まりして我関せずを貫いているので話にならない。

 

 現実的な落としどころは、詩の言う通り「名目上の新当主として長兄を立て、実際の運営は真由美がする」方針。方針というか、兄の実務能力を考えればそうならざるを得ないだろうと、真由美は痛む頭で計算を立てた。

 

 真由美とて前線で切った張ったをする役割は想定されてこなかったが、それでも家中で一番マシな能力を備えている。他の「七」一族に嫌われているせいで血族の層が薄いのは七草の「持病」だ。

 

 そこまでやってようやく、「交渉が可能になる」。悪いようにはしないとも、罪を不問にするとも、詩は言わなかった。

 

 言ったとしても、所詮はヒラの諜報員が非公式に言ったこととして国が態度を翻してくる可能性が非常に高い。交渉は端から対等ではなく、実質的には「首輪を付けられる」と言った方がいいだろう。後に残るのは、名前だけ残った傀儡の家と、それを便利に使い倒す軍部。 

 

(やっぱり…………これじゃあんまりよ…………)

 

 未だ真由美の頭は正常に働いているとは言い難い。だが現在時刻は18時42分。夕食の予定は待ってくれない。

 

 ただ、少なくとも。真由美は今日あったことを父親に相談する気にはなれなかった。

 

 幸いにして、今すぐやれと言われたわけではない。

 

「気が変わったらいつでも言ってくださいねぇ」と連絡先を置いて行った詩のことを信じ切る訳ではないが、真由美はともかく、一旦頭の中を纏めたかった。

 

 どうせ今日、いきなり事態が動くわけでもないのだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

「お父様!? 大丈夫ですか!?」

 

「誰か救急車を!!」

 

 夕食会はいつものごとく弘一の詰め会場となっていた訳だが、その途中、机上の食事が綺麗に無くなったころ。

 

 突如、弘一の呂律が回らなくなり始め、意味不明なことを口走り始めて周囲が困惑したとたんだった。

 

 この日夕食の場に居合わせたのは、弘一と娘たち3人。

 

 母親(弘一の後妻)は仕事は果たしたとばかりに引っ込みがちで、次男は完全に我関せず。長男は仕事の都合で帰りが遅くなるとのことだったが、彼の仕事は時間の都合が付くものだ。腹違いの姉妹と微妙な距離があるため、適当に理由を付けて現れないのはしばしばあることだった。

 

 結果的に、突っ伏して倒れた弘一の元へ真っ先に駆け寄ったのは真由美だった。

 

「そんな……息してない!?」

 

 彼女は席を立った時点で解毒のための魔法を展開しており、それは速やかに彼の体内の毒素を分解する――はずであった。

 

「なんで!? どうしてッ!?」

 

 その言葉が「シアン化合物だって言ってたのに」と決定的な墓穴に繋がらなかったのはただの偶然だ。

 

「お姉様……」

 真由美をあっさり解放したのは。

 

 追い込んでおいて決断を強いなかったのは。

 

 全ては、「この可能性」からそれぞれ目をそらさせるためのもの。

 

 なんのことはない。

 

 3人はそれぞれに「説得」と「勧誘」を受け、それぞれ個別に「策」を授けられていたのだ。

 

 お互いが日和らないように、そして「誰がやったのか」を情報部の視点から明確にするため、3人にはそれぞれ全く違う成分の毒物が提示され、そして教えられた成分は全くのデタラメだった。

 

 間違っても自力で解毒されないようにするため、少量で素早く脳に作用し、脳卒中などに近い症状を誘発させて速やかに対象を殺害する薬品が選ばれた。

 

 そうして時間を稼いでいるうちに、弘一の容態はあっさりと、取り返しのつかないところまで悪化した。

 

 パニックから一転、静寂に包まれる室内。

 

 

――これで、よかったんだよ。

 

 

 

「香澄、ちゃ、ん……それ、どういう……」

 

 その沈黙に耐えきれなかったのだろう。真由美が何か言うより早く、「犯人」はあっさりと自供した。

 

「だって、だってこうするしか、ないって、こうしたらお姉ちゃんを助けてくれるって……!!」

 

 真実は情報部だけが知っている。

 

 そして、一夜明け2月14日。

 

 十師族と共にこの世を去ったのは、九島烈だけではなかった。

 




次話からは創一朗サイドに戻ります。
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