(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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今回から東欧側に視点が戻ります。


122 砲撃戦

 今から50年以上前、21世紀前半のある時。人類が1年間で生産した食料の総カロリー量が、全人口が栄養失調にならないために最低限必要な総カロリー量を下回った。

 

 それは即座に人類の終焉を意味するものではなかったが、人類が近代文明を手に入れて以来初めて直面する絶望でもあった。

 

 世界各国は総力を挙げて食糧増産のための研究を続けていたが、この頃は地球規模の寒冷化の最も厳しかった時期であり、当時の地表でまともな農耕・畜産が可能だったのは南方のごく限られた地域のみ。

 

 北半球に集中している先進各国では、国策として水耕栽培による野菜工場や穀物工場が作られたが、当時の技術ではお世辞にも効率が良かったとは言えなかった。さらに寒冷化で暖房に使用される燃料・電力が激増していたことと合わせ、絶対的なエネルギー不足が世界を覆った。

 

 とはいえこの頃、カロリーベースでの食糧生産力は低く見積もっても栄養失調ラインの95%くらいはあったと言われている。だが人類は未だかつて、限りある資源を公平に分けるという難題を達成できたことがない。

 

 先進国の人間がスーパーに長蛇の列を作り、個人的なルートから食料を仕入れ、闇市では連日黒いルートの食料品が売りさばかれた。このころにはとっくに食料は配給制になっていたが、支給量は辛うじて餓死しない程度でしかなく、闇市の市場価格は天井知らずに高騰、食料危機以前に作られた牛肉の大和煮一缶が同重量の金インゴットと交換された事例さえ存在する。

 

 断っておくが、これは「世界で最も被害が軽微だった」と言われる日本国内の事例だ。

 

 状況が煮詰まっていく中で、アメリカを中心とする資本主義国はいくつもの中小国家に「死」を突き付けた。

 

 計算の結果、貢献度の低いお前たちの国には食料を分けてやれないことがわかった。後は自力で頑張ってくれと。

 

 無論それらは、出来る限りの誠意と栄誉を伴って行われた。通告はオブラートにぐるぐる巻きで行われ、悲劇として大々的に演出され、国家元首が深々と頭を下げ、「尊い犠牲」となる国民全員の名前が碑文に刻まれ記録された。

 

 その裏で、粛々と国境の封鎖と武装化が行われ、配給を受けるのに国籍を示す身分証が必須になり、右傾化した民衆が外国人にリソースを渡すなと暴れ回った。

 

 それは明確な悪手であったが、自国民への食糧配給すらまともに行えない状況下で国家の自壊を防ぐには、つまり軍人と警察官にだけでも飯を食わせるためには、そうするほかなく。はじめにイギリスが「それ」を始めると、その動きは世界中へと瞬く間に伝播した。

 

 だが知っての通り、人間は「死ね」と言われて「はいそうですか」と受け入れられる生物ではない。

 

 この情勢下で「生贄」とされた国々は、厳冬と飢餓で国民が文字通り全滅するまでの間に、断末魔の叫びに近い足掻きを行った。

 

 それは共食いであったり、テロであったり、周辺国からの略奪であったりした。これに国内の不満をそらすためや、仮想敵国からの略奪を通して、余っている軍事物資を食料に変換するため、エネルギー資源を確保するために戦争を始めた大国たちの動向を合わせて、第三次世界大戦は「群発戦争」と呼称される。

 

 そうして世界が破滅への道を歩んでいた頃、それら見捨てられた国家たちに手を差し伸べる者が現れた。

 

 再度の共産革命によって、歴史から蘇った新ソビエト連邦である。

 

 元々、彼らの建前は「超強力な中央集権体制による強制的かつ機械的再分配機能の構築」だ。今まさに「社会に不要」のレッテルを張られて餓え殺しにされようとしている国々は、最早それに縋るしかなかった。

 

 念のため追記しておくと、この頃の東側陣営は、土地柄生産力が不足しており西側よりもよほど危機的な状況にあった。陣営ごとの餓死者の人数でも人口比でも、新ソ連圏内がダントツの首位になる。

 

 それでも彼らは見捨てられた国家群に気前よく食料を配った。それが可能だったのは、独裁体制ゆえの徴発能力の高さと、「国民をどれくらいまで飢えさせても反乱を起こさないか」そのギリギリのラインを経験的に知っていたこと、そして嘘だろうと後が続かなかろうと「救ってやる」と言えたかどうか。それだけの差だった。

 

 こうして蘇った新ソ連は、自国民の苦労と憎悪を自分たちを見捨てた西側諸国への復讐心に束ねることでかつてないほどの結束力を実現し、反西側勢力の旗頭として急速な成長・拡大を果たし、現在では一部の技術ではアメリカをも凌ぐとされる強国となって今も存在している。

 

 そして皮肉にも、新ソ連という往年の強敵が復活したことは、彼らを共通の敵とすることで西側諸国にも団結を齎した。

 

 そうして2065年。200ほどあった国家が滅亡と併合を繰り返して1/10ほどになり、寒冷化の落ち着きと人口減少で資源を奪い合う必要が無くなった頃、世界はすっかり2つに割れてしまっていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「砲撃来るよ!」

 

 山田の号令に応じるように、田園地帯の彼方から豆粒のようなものが飛来する。

 

 それは独特の風切り音を響かせながらどんどん大きくなっていき、最終的に一抱えほどの大きさになって地面に降り注いでいく。

 

 曲射で撃ち出された榴弾が空を埋め尽くし、直後に爆炎と衝撃波が辺りを満たす。

 

 空を飛ぶ武装ヘリのさらに上から鉄の雨が降り注ぎ、そのうち何十発かが不自然に空中で炸裂した。あるものはPKの力で信管を誤作動させられ、またあるものは隣の弾とぶつけられ、さらに別のものは内部の炸薬が不自然なタイミングで爆発していた。

 

 視界をふさぐ爆炎の中から兵員輸送用の大型ヘリが1機、悠々と飛びだして飛行を続ける。

 

 海軍M機関、対魔装特選隊の所有するステルスヘリだ。以前使用していたものより一回り大きくなり、搭載している武装や魔法師の物騒さが増した。

 

 新ソ連の同時多発的な東欧侵攻を受けて日本が送り込んできた義勇兵は、彼等7人と現地協力者1人。それと数十人の補助・支援人員。

 

 そして今、たった8人の義勇軍がルーマニアとウクライナの国境部に到着してから数十分。

 

 絶え間なく撃ちこまれ続ける砲弾やミサイルを迎撃しつつ、彼等は越境してきた新ソ連の精鋭機甲師団を片っ端から潰して回っていた。

 

 既に森の中では点々と燃え上がる戦車やトラックの残骸、墜落した新ソ連側の攻撃ヘリなどがそこら中に散らばっている。

 

 ヘリ自体に搭載されている武装でもいくらかの撃破数は稼いでいるが、大半の攻撃手段は「鉄槌」と「燃えるごみ」「燃えないごみ」が担っている。

 

 シンプルに叩いたり投げたりで戦車を容易く鉄くずに変える「鉄槌」は勿論、「燃えるごみ」で炸薬や燃料を発火させたり、「燃えないごみ」で足回りを溶融させて擱座させたりと、新入りの創熾が早速の活躍を見せている。

 

 他方、つかさは防御、山田は索敵と補助、龍征は兵装担当、遼介はヘリの操縦、玲は燃費に難があるためシューティングゲームの「ボム」のような扱いで、普段は電子戦の手伝いだ。

 

 ヘリ自体がほぼレーダーに映らない上、本気モードの山田は「隠れ蓑」と「纏衣」を同時に展開してくる。この状態の彼等は、肉眼でも機械でも捉えることは至難である。

 

 先ほどから定期的に浴びせかけられている砲撃も、機甲部隊の中に混じっている自走対空砲や歩兵携行型の対空ミサイルも、反撃は「大雑把に、攻撃を受けたと思われる方向」に対して行われており、新ソ連側が有効な探知手段を有していないことは明らかだった。

 

「今ので何射目だ?」

 

『第7射と推測されます、榊大佐』

 

「とすると、当初の予測じゃそろそろ……」

 

 後方、臨時司令部で状況を分析しているオペレーターからの情報を頭に入れる創一朗の声色に驕りは見られない。

 

 ヘリの中にいる他人員もそうだ。皆、今の戦闘がちょっとした小手調べに過ぎないことを理解している。

 

 本番は、戦闘によってこちらの位置が大雑把にでも知られてから。それは双方にとって共通認識であった。

 

 そして次の瞬間、ヘリどころかこの平野を丸ごと覆うような超広範囲に魔法式が投射・展開され始め、彼らの備えが正しかったことが証明される。

 

 魔法師でなくともぼんやりと光を知覚できるレベルの大規模魔法。その正体は、魔法式それ自体に自動複製システムを備え爆発的に展開される小規模魔法の集合体。

 

 水を酸素と水素に分解して再点火するという理科室で簡単に再現できるレベルの簡素な魔法を地平を埋め尽くすほど大量に展開し、同時に爆破することで摂氏3000度の高温と吹き荒れる衝撃波で全てを薙ぎ払う新ソ連最強の戦略級魔法、「トゥマーン・ボンバ」だ。

 

 開戦以来、この魔法を砲兵火力に代えて戦局を優位に進めてきた新ソ連である。日本の義勇軍との衝突が確認されたこの地で、何より正確な位置を特定できない敵を吹き飛ばすため、世界の戦略級魔法でも随一の破壊半径を有するこの魔法で「支援砲撃」が行われることは当初より予測されていたことだ。

 

「来たぞ」

 

 創一朗のつぶやきに、ドラキュラを除いた6人が待ってましたと言わんばかりに頷いた。それぞれが即座に動き出し、事前に想定されたケースへの対応を始める。

 

 地面を埋め尽くす魔法式は、1つ1つの内容は単純ゆえに戦略級魔法にしては異様とも言えるスピードで展開を完了させる。

 

 猶予時間はほんの数秒、しかしそれは、熟練の戦闘魔法師が「見てから魔法を間に合わせる」のに十分すぎる長さだ。

 

「第一波来るぞ! 龍征サン!」

 

「応」

 

 号令に合わせ、最初に動いたのは江藤龍征。

 

 ――トゥマーン・ボンバの肝は、複製された大量の魔法式がそれぞれ微妙に違った変数を有し、発動タイミングの違う数千数万の魔法を全く同時に起爆させるところにある。

 

 魔法式の中にコンマ数秒レベルの「待機時間」がそれぞれ設定されることは、魔法的に「同一」でなくなるという効果も持ち合わせていた。

 

 それはすなわち、術式解体(グラム・デモリッション)を筆頭とする対抗魔法では1度に1つずつしか破壊できないということ。瞬時に膨大な物量を展開するトゥマーン・ボンバにとって、いくつかの魔法式が破壊されることは全体の威力にほぼ影響しない。

 

 これは接触型の術式解体でも同様だ。自分の周りだけ魔法式を消せても、周囲で起こった爆発を防げない。

 

 

 

 では、渾然一体(フンランイーテイ)なら?

 

 

 

 直後に起こった爆発が、移動中のヘリを中心にドーナツ状になっていたことがその答えである。

 

 濃密なサイオンの混沌に魔法式を飲み込み・溶かすこの魔法最大の利点は、魔法を「対象に取る」プロセスを持たない「設置型」の魔法であること。

 

 広範囲にバラ撒かれたサイオンの奔流は、そこに滞留し続ける限り何回でも魔法式を中和し続ける。

 

 ただし、もちろんこれは万能ではない。

 

 爆風の範囲から逃れるほど広域に渾然一体を展開するとなると、龍征のサイオン量では一度でガス欠を起こす。つまり、効果時間は今滞留しているサイオンがなくなるまでだ。

 

「次来るぞ!!」 

 

 そして、この効果は対象を選ばない。サイオンが滞留している限り、効果範囲内では味方も魔法を発生させることができなくなる。

 

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()という形で、トゥマーン・ボンバの術者サイドに居場所を晒してしまう。

 

 既にヘリは全速で移動を開始しているが、現代兵器と現代魔法を比べるならば、次手の組み立ては後者の方が早い。

 

 本来ならばこれほどの大魔法は相応の消耗を伴ってしかるべきだが、ことベゾブラゾフに限って言えば、専用のCAD「アルガン」と、発動補助のために使用されるベゾブラゾフのクローン「イグローク」の合わせ技により、負荷の大部分を押し付けたイグロークを素早く交換することで「弾」が続く限り「戦略級魔法を連射する」という神業が可能になる。

 

「上空200メートル、逆漏斗状の水蒸気塊確認!!」

 

 攻撃役(アタッカー)から一転、観測手の役割を担う創一朗のマルチスコープは、既に次なる攻撃が発動しようとしているのを見抜いていた。

 

 トゥマーン・ボンバにとって水は火薬。円錐状のくぼみをつけた水蒸気の塊を渾然一体で起爆することで、モンロー効果によって収束した衝撃波を叩きつけるつもりだ。

 

「任せてください!」

 

 それが起爆するより早く、今度は創熾が動く。

 

 彼の異能、物体の発火点を絶対零度付近まで下げる「燃えるごみ」。

 

 発火点を()()()()()ということは、()()()()()()()()()ということだ。

 

 トゥマーン・ボンバには「点火」と「誘爆」が必須となる。その性質を取って、術者であるベゾブラゾフは「点火するもの(イグナイター)」とも呼ばれているのだから。

 

 すなわち、極端に高くなった発火点が最初の点火を失敗させれば、爆破は起こらないということだ。

 

「これが必要だから無理言って創熾を引き抜いたんだ」

 

 点火が起こらないまま魔法が効力を失い、成型された水蒸気の塊が霧散していくのを創一朗の目は見届けた。

 

「そろそろ効果が切れる、移動しよう」

 

 それから数秒後、龍征の張った渾然一体が解ける。

 

(()()()だ……?)

 

 この時点で創一朗らを乗せたヘリは移動を開始しているが、トゥマーン・ボンバの持ち味は平方キロ単位の一斉爆破にある。

 

 ベゾブラゾフの攻撃範囲から出るよりも、「次弾」が装填される方が早い。

 

 観測されたのは通常の霧と逆漏斗状の合わせ技。選択されたのはツープラトン攻撃であった。

 

「玲さん!」

 

「おっけー!!」

 

 玲の「ガトリング・キャスト」ならば、同一の魔法を同時大量展開することで効果や範囲を底上げできる。

 

 使われた魔法は「凍火(フリーズ・フレイム)」。熱量の増大を禁ずることで、炸薬等の燃焼を封殺可能だ。

 

 一発限りとはいえこれをばらまくことで、周辺に漂っていた霧は爆発することを禁じられ、そのまま気体として漂う。

 

「ゴメン、防ぎきれない!」

 

「問題ありません。揺れますよ、しっかり掴まってくださいね」

 

 そして最後に、防ぎきれなかった上方からの収束衝撃波はつかさの対物障壁がガードする。

 

 十文字に及ばないとはいえ、首都の最終防壁の一角を務める「十」の家柄だ。連発されると厳しいが、こうして取りこぼしの攻撃を防ぐ分には十分すぎた。

 

 

 かくして、衝撃波や土煙による映像の乱れが収まったころには、トゥマーン・ボンバによる波状攻撃をしのぎ切ったヘリの姿があった。

 

 

「よし、これで"反撃"の条件は整った。そうだな? ドラキュラさん」

 

 創一朗の問いかけに、ここまでずっと何やら魔法の準備を続けていた「現地協力者」、ドラキュラがひとつ頷いた。

 

「日本軍が、新ソ連領内に向けて攻撃すること」は、外交の結果禁じられている。

 

「ルーマニア兵が自衛として新ソ連領内を攻撃すること」は、その限りではない。

 

 東欧が誇る戦略級魔法師による反撃が始まろうとしていた。

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