トゥマーン・ボンバによる連続攻撃をしのぎ切った対魔装特選隊だったが、それは新ソ連の攻勢が弱まることは意味していなかった。
むしろ逆だ。四発続いた「トゥマーン・ボンバ」は、それが持つ最大攻撃範囲と比べればかなり狭い範囲への爆破にとどまっており、そして第5射がないことを特戦隊が認識するよりも前の段階で既に、それまでの攻撃が遊びに思えるほどの密度と物量による追加の砲撃が始まっていた。
特戦隊はてっきり、これまでの砲撃が新ソ連が用意した砲兵火力の全力だと思っていたし、そう思うのも無理はない程度には濃密な弾幕が彼らを襲っていた訳だが、実態は全く違う。これまでの攻撃はいわば着弾観測射撃の一種に過ぎない。
これまでの新ソ連陸軍の作戦は、大雑把な座標に対して砲撃による面制圧を実施することで、特戦隊に迎撃を強いた結果「地面の抉れ方が少なかった場所の直上に敵機がいる」という形で居場所を特定、そこへトゥマーン・ボンバを撃ち込ませるというものだった。
しかし、ここに集められた兵士と将軍は、兵質に大きなバラツキがあると言われる新ソ連軍内でも上澄み中の上澄み、歴戦の兵と有能な将軍たちで構成されている。トゥマーン・ボンバだけでは標的を仕留めきれなかった可能性も当然のように想定されていた。
事実、第四射での打ち止めをベゾブラゾフに命じた戦線司令官は、その直後には指揮下の砲兵部隊に総攻撃を命じている。
ドラキュラによるカウンターのためとはいえその姿を晒した特戦隊もまた、自らの居場所が相手に割れたことは承知している。つかさの頑張りのおかげで機能を残しているヘリを全速で移動させ戦線からの離脱を試みたが、それよりも新ソ連軍の砲撃が彼らを捕える方が早かった。
「一斉攻撃来ます! 迎撃を!」
ガトリング・キャストを撃ち切ってグロッキーになっている玲の代わりに電子戦用コンソールについた遼介が、レーダーシステムを真っ赤に染めるほどの物量を確認。
すぐさま創一朗が迎撃態勢に入り、直撃コースに近そうなものを片っ端から撃ち落とし始める。
「多すぎんだろいくらなんでも!?」
「おいガス弾が混ざってるぞ!? 中和急げ!!」
弧を描いて降り注ぐ砲弾の雨はもはや空を覆い尽くすどころか、砲弾同士がぶつかって誘爆する姿がいくらかみられるほどであり、中でも時限信管の調整によって空中で炸裂するものや、フレシェット弾、ガス弾などが含まれることで「鉄槌」による迎撃を対策している。本来この手の榴弾はヘリを撃つためのものではないが、これだけ数が揃っていると直撃コースに入るものも多く、「鉄槌」による迎撃は必須であった。
彼ら砲兵隊も、先鋒である戦車と同様に通常の編成よりも増員されており、ルーマニア方面に投入されたうち特選隊を射程に収めている2,000門近い中砲・重砲がその火力を集中させている。
新ソ連軍にとっては偶然だが、「鉄槌」は1発ごとに照準をつけなければいけないため、このような物量による飽和攻撃は理論上、正しい攻撃手段足りうる。
敵の迎撃が遅れ出しているのを確認した新ソ連軍は、ダメ押しとばかりにロケット砲部隊に一斉射撃を命じる。
第二次世界大戦から150年がたっても未だに運用され続けている無誘導ロケットの数々は、何より安価で数が揃えやすく、扱いやすく、それでいて高い瞬間火力を投射できる「雑に強い兵器」だ。こういうものを作らせたら新ソ連の右に出る者はいない。
対人・対非装甲車両でピックアップトラックに乗るような小型のものから、サーモバリック弾頭を有する大型のものまで、大小数千発のロケット弾がヘリ周辺へ殺到する。
「おおおおおっ!!」
過剰なほどの火力の集中に対し、特選隊の対抗策もまた力押しそのもの。
創一朗はこの時点で「オーバークロック」を解放し、魔法演算領域の能力を一時的に底上げ。かつてない発動速度と同時照準数の「鉄槌」でもって片っ端から砲弾やロケットを撃ち落としていき、それでも防ぎきれなかった分はつかさのシールドで受ける。
とはいえつかさの障壁魔法は「他人にも張れる」という優位性と引き換えに、「十」のそれとしては性能が低め。
対物・耐熱シールドが何度も割られてはその都度展開しなおし、叩きつけられる膨大な火力を辛うじて防ぎ続けること数十秒。
敵の火力に一定の落ち着きが見られた。
というのも、ロケット砲はセットした弾を数十秒で撃ち切ってしまう性質上、瞬間火力は非常に高いが再装填に時間がかかる。
その最大火力を防ぎ切り、つかさと創一朗が息をつく間もなく、今度はレーダーに高速接近する機影が確認された。
本来ならこの後は戦車と機械化歩兵主体の先鋒による突撃が待っているが、ヘリの足の速さのおかげで機甲部隊は追いつけておらず、ここからさらに戦車で攻撃される事態は回避されている。
代わりに、最新鋭のステルス戦闘機で編成された航空隊が飛来、空対空ミサイルによる攻撃を仕掛けたのだ。
敵がヘリで移動していることはかなり早い段階で判明していた。それでも将軍たちがこのタイミングまで航空戦力の投入を渋っていたのは、彼らが特選隊の直近の戦績として横浜での大暴れの記録を調べ上げていたためだ。
参謀たちが出した答えは、「飽和攻撃でリソースを削った上で最精鋭をぶつける」。そうでもしなければ、精鋭パイロットと最新鋭戦闘機がその辺の砲弾と同じように叩き潰されると。
そのうえで、優先的に戦闘機が狙われるだろうことを考慮し「秘密兵器」を持ち出した。
「……っ! "鉄槌"が抵抗された!?」
陣形を組んで飛行する灰色で大振りな機体、その先頭の隊長機へ「鉄槌」をしかけた創一朗は、アンジー・シリウス以来となる抵抗を受け驚愕する。
観測機器越しとはいえ、彼の「鉄槌」を防ぎきるには十師族クラスの干渉強度が必要。USNA軍スターズで言えば、これを満たせていたのはアンジー・シリウスとベンジャミン・カノープスだけだった。
「なんだあの機体……データベース照会、記録がない!? 完全な新型だ!!」
ベゾブラゾフ本人はともかく、ただの戦闘機パイロットにそんな芸当ができるとはとても思えない。同時に遼介から一切の情報がない旨を聞かされ、特選隊の面々はいよいよ相手が虎の子を出してきたと悟った。
その航空隊は、7機の複座式戦闘機と7人の熟練パイロット、そして7人の魔法師と7つのソーサリー・ブースターで構成される
国策として現代魔法の開発を行っている新ソ連は集積された膨大な国力を投じ、魔法師を最大限活用するために戦闘機そのものを新規に設計していた。
新ソ連における魔法開発の最高の成功例はベゾブラゾフであると考えられている一方で、戦略級魔法は使えないまでも高い魔法力を持って生まれた調整体や現代魔法師はその全員が「連邦魔法軍」の管轄内にある。
多くはスパイとして働いたり
そういう極秘計画が30年ほど前から存在し、編成されたいくつかの飛行隊のうち最も訓練成績に優れたものを集めた、つまりベゾブラゾフを除いて国内で最も魔法力の高いエース部隊がこれだ。
極東軍管区ではなくヨーロッパ・ロシアの国土防衛が主任務のためアークティック・ヒドゥン・ウォーにも参戦しておらず、現状では戦闘記録を持つ国が存在しない。つまり初の実戦投入がこの戦線ということになる。
第三次世界大戦末期、日本海海戦における真砂大輔の戦果を最も研究していたのは、交戦当事国の大亜連合人民解放軍でも、日本国防軍でも、それを見ていたUSNA軍でもなく、新ソ連軍だったのだ。
すれ違いざまのミサイル攻撃の後、反転した航空隊は再攻撃を仕掛ける。
彼らの基本的なドクトリンとして、魔法の力はあくまで戦闘機自体の運動性の補助や敵の魔法攻撃への対策などに利用して、攻撃は基本的にミサイルに任せ、余裕があれば追撃するということになっている。例えば「
(アレとまともに戦うのは厄介だ……でもさっきまでの砲撃と比べたら火力は大したことなさそうだぞ)
生存性を重視した防御的な戦術は、低い魔法力を機体運用に利用していた真砂の戦術思想が色濃く残っていた故だが、この時創一朗はそこに勝機を見出した。
(やるならオーバークロックの効果が残ってるうちだな)
「つかささん、俺が"やれ"と言ったら30秒稼いでください。
「……1回限りでなら可能かと」
「上等!」
精鋭航空隊に取りつかれているとはいえ、砲撃の雨の中ロケット砲を迎撃した時に比べれば状況はひっ迫していない。
つかさはオーバーヒートが近いことを訴える頭をフル回転し、創一朗の無茶ぶりに対応する準備を整える。
その時、創一朗がヘリのドアから身を乗り出す。
攻撃のため再接近した2機を、バイザーを上げて素顔を晒した創一朗が直接目視した。
その瞬間、1秒とかからず蚊でも叩くように機体がへし折れ、墜落していく。
「やれ!!」
合図に合わせ、今度はつかさが「オーバークロック」を発動。最大出力の障壁魔法を展開する。
さらに飛来した4機は、先鋒2機が落とされたのを見て回避に移り攻撃のタイミングを逃す。だが隊長機だけは構わず攻撃を敢行、空対空ミサイル2発と、さらにヘリ自体を対象にとって放たれたフォノン・メーザーが飛来する。
「不味っ!」
「俺が行きます!!」
まさかの超音波照射で障壁を貫通されかけた*1つかさを見て、遼介がヘリから飛び出し、サッカーのゴールキーパーのような姿勢で身体を投げ出し熱線を右手で受ける。
遠上遼介のリアクティブ・アーマーはCADなしでの即時発動が可能であり、まずは片手を覆う程度のシールドを出した後、それを踏み台にして全身を覆うシールドを出す二段階の発動シーケンスを持っている。
熱線は1枚目の装甲を容易く貫いたが、続く2枚目の装甲には熱線への耐性が付与されており、もって彼の身体に被害が及ぶ前に熱線は消失した。
その後、ヘリの外に投げ出された形の遼介は山田の魔法で回収されて復帰。
「ぐっ、ぅ……!」
その間、つかさが範囲を広げたシールドで次々叩き込まれる対空ミサイルを防ぎ切り、そして30秒が経過した!
「よし、"
創一朗の宣言とともにヘリに搭載されている携帯型セイレーンシステムが稼働。
十数キロ先、国境を越え平原を埋め尽くすほどに集結していた砲兵部隊とロケット砲の数々が一斉に上空へと打ち上げられた。
重苦しい沈黙が続くこと十数秒。
今度は重力を反転させ、空中に滞留していた兵器群を一気に地面へと叩き落す!
車両は自重に耐えきれず潰れ、人は落下の衝撃でバラバラに飛び散り、砲弾や弾薬の一部は衝撃で誘爆。戦線には大穴が開き、指揮系統は大混乱に陥る。
前線に穴をあけただけでは、新ソ連軍はすぐに次の戦力を送り込むだけだ。
カウンターでベゾブラゾフに痛打を与えただけでは、新ソ連軍は通常戦力での平押しに切り替えてくるだけだ。
彼らを脅し、ルーマニアから手を引かせるには、通常戦力と魔法戦力の双方に打撃を与えることが不可欠だった。
「頼むからこれで撤退してくれよ……!?」
ここまではなんとか損害を抑えてきた創一朗たちだが、予想外の大火力を投入された結果満身創痍だ。
ここから捨て身で攻勢されれば、今度こそ戦死者を覚悟する必要がある。
「敵飛行隊、離脱していきます!」
「砲撃も止んだね」
「ベゾブラゾフの最後っ屁もなし。賭けには勝ったか……撤収する、基地まで戻って補給と治療だ」
創一朗は一通りの指示出しを終えると、心底疲れた様子で息を吐いた。
――2096年1月17日、ウクライナとモルドバの二方面から進行していた新ソ連軍南部戦線は、ボトシャニ近郊にて日本義勇軍と交戦(ボトシャニの戦い)。
戦闘はトゥマーン・ボンバ4発と
新ソ連はこの戦線に最精鋭の戦力を投入していたため被害は大きく、これ以降の南部戦線は元の国境沿いまで後退したのち膠着。事実上攻勢を停止することとなる。
この戦闘における日本義勇軍側の死者は確認されていない一方で、形としては新ソ連の敗北でも、国家さえ滅ぼしてきた特選隊の限界が初めて露になった戦闘でもあった。
Q.新ソ連がルーマニアの秘匿戦略級魔法を把握できてなかったのはどうして?
A.国内の古式魔法師を皆殺しにしてしまったせいで古式の知見が全然ないから