2096年 3月9日。
この日、東欧戦争の最中にある各国首脳部はユーラシア同盟もとい日本の仲介によって東京に集められ、停戦にむけた協議が開始された。
この時点で新ソ連軍は前線兵力の立て直しに失敗して混乱していた一方、後方ではシベリア鉄道の専用列車に乗り換えたベゾブラゾフが態勢を立て直し、ドイツ東部諸都市への無差別爆撃が今にも開始されようとしていた。
西EUからの義勇軍も士気が地を這う状態でチェコ、オーストリア、スロベニアからなる最終防衛ラインを死守しており、極東から攻め込んできたUSNAの圧力に新ソ連が屈するのが先か、あるいは態勢を立て直した新ソ連軍が前述の3か国+ドイツを陥落させるのが先かという状態だった。
そこへ介入した日本の言い分はこうだ。
新ソ連とUSNAの争いがドイツと同じ暴挙、すなわち核兵器による焦土作戦を招いた場合、その影響は北海道や東北、また日本領北京などにまで及ぶ可能性があり、到底看過することはできないと。
日本の戦果は劇的であり、USNAがカムチャツカに用意していたミサイル基地を制圧しており、そこにあった核弾頭8発を強奪、これを日本に持ち帰っている。
彼らが新型宇宙ステーションの打ち上げ成功を発表したのは、そのわずか2週間後だ。
ロケット技術とはほぼイコールで弾道ミサイル技術。今このタイミングで打ち上げを強行した理由が分からない各国ではなかった。
つまり今、東西EUに新ソ連が、新ソ連にUSNAが、USNAに日本が攻撃するという三すくみが完成しており、これら三陣営の盟主は全て核保有国ということになった。
各方面、「交渉の結論が出るまではひとまず停戦する」という第一段階はとりあえず飲んだ。前線兵力に大打撃を食らった新ソ連、フランクフルト(アム・マイン)に首都機能を移して根こそぎ徴兵の真っただ中なドイツ、追加の派遣軍を大急ぎで編制している米英仏伊、現状で停戦してくれるのが一番得になる日本の利益が一致したためだ。
だが、交渉結果に従うかどうかを自国への損得で決めそうとみられる国が2つほど(平常運転な新ソ連と、直近の暴挙のせいで半ば無法者扱いの日本)あったこともあり、本交渉は非常に難航した。
新ソ連目線では、敵の卑劣な核によって前線兵力が壊滅したばかり。ここから報復の名目でドイツ国内を好き放題に略奪し、前線のガス抜きをしなければ士気に関わる。正面きって敗北した戦線は南方の対日戦くらいなものであり、その件は国内で隠蔽されているため、停戦受入には強硬に抵抗した。
USNA目線では、人がせっかく新ソ連の背後を突いて侵攻したのに、そのまた背後から日本に攻撃されて大損害を被った。侵攻軍は補給線を寸断された挙句極寒の東シベリア(広いシベリアの中でも一番寒い地域であり、3月時点でも夜間はマイナス20℃を大きく下回る)に取り残されてとても侵攻どころではなくなっている。
挙句に前線基地をことごとく襲撃され、生き残っていたスターズはまたも壊滅するわ、持ち込んだ核弾頭は強奪されるわ、危うくブラジルから借りてきたミゲル・ディアスすら失うところだった。しかも停戦条件には全面撤退が前提として進められ、「停戦の立役者」の立場も日本に強奪されつつある。被害は大きく成果はない。停戦そのものは望ましいが、「分け前」が少なすぎるとして強硬に抵抗した。
日本から見れば、今や極東からトルコまでユーラシアを横断する大同盟を構築しており、ただでさえコーカサスという火種を抱えているため、新ソ連がバルカン半島に南下してくる事態は避けたい。そのためEUに壊滅して貰ったら困る訳だが、だからと言って極東にUSNAのミサイル基地が出来てしまうのはもっと困る。
最悪ウラジオストクまで落とされた日には、USNAの
そのため、日本が最初に提唱したのは「現状の戦況での即時和平」。欧州はドイツ-ポーランド国境まで新ソ連領、代わりに極東ロシアはUSNAと日本による共同統治という見解だ。
勿論これは一種のたたき台であり、交戦当事国から当然のように一蹴され、そこから本当の話し合いがスタートした。
「
仮にこのまま戦い続けた場合、ドイツ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ハンガリー等東EUの主要な国家は軒並み蹂躙される。もっと言えば、西EUとの境界線で新ソ連が止まってくれる保証はどこにもない。
一方で新ソ連も極東ロシアを日本に占領され、緩衝地帯として日本の傀儡国家が作り出される。黒竜江省と朝鮮半島の権益も新ソ連から貸しはがしされ、この傀儡国家が運営することになるだろう。
そしてUSNAは新ソ連派遣軍が日本(四葉家)と新ソ連軍に挟まれて殲滅される。通常兵力だけならいざ知らず、この中には借りてきたミゲル・ディアスが含まれる。彼をむざむざ戦死させたとなれば南米との関係は破綻、恭順してくれたはずの南米を武力で制圧し直す羽目になりAEU構想にも深刻な悪影響を及ぼすだろう。日本も新ソ連も、それを躊躇う理由はない。
つまり、今ここで止まらなかった場合に一番得をするのは日本だ。その日本が停戦交渉を主導していることで「最悪の結末」が各国の共通認識になり、彼らの妥協を後押しした。
9日間にわたる交渉の末、最終的に「東京条約」が締結されるに至る。
1.新ソ連はドイツおよび東西EU各国から撤兵する。
2.USNAは新ソ連から撤兵する。
3.日本は新ソ連から撤兵する。
4.領土については以下の通りとする。
4-1.ポーランドとバルト三国は新ソ連が全土併合する。
4-2.ドイツの領土は戦前の状態が維持される。
4-3.ルーマニアとブルガリアは東EUを脱退し、ユーラシア同盟に加盟する。
4-4.東EUは解散し、上記以外全ての構成国を西EUが吸収合併する。以降、西EUはEUを名乗り、1個の地域統合体としてAEUに加盟する。
4-5.極東ロシア地域については、全土を新ソ連領に復帰させる。
(後略)
このような条件をもって講和が成立し、もって東欧戦争と第二次アークティック・ヒドゥン・ウォーは事実上の終戦と相成った。
| 東欧戦争 |
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| ↑開戦前の欧州勢力図 |
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| ↑東京条約による停戦合意後の欧州勢力図 |
| 戦争:第四次世界大戦 |
| 年月日:2096年1月17日-3月18日 |
| 場所:東ヨーロッパ |
| 結果:新ソ連の勝利 東EU崩壊、AEU体制の発足 |
| 交戦勢力 |
| 新ソビエト連邦 | 東EU(全加盟国) 西EU(英・仏・伊) USNA(米) ユーラシア同盟(日) |
| 戦力 |
| USSR :2,800,000 | EEU :5,450,000(民兵含) WEU :500,000 USNA:130,000 JPN :9,000 |
| 損害 |
| USSR:450,000 | EEU:2,570,000 WEU:104,000 USNA:15,000 JPN :0(負傷13) |
第四次世界大戦におけるこれら戦争で注目すべきは、何よりもその犠牲者数の膨大さにある。
東欧戦争の戦闘期間は約2ヵ月であり、従来の国家総力戦と比べて期間が非常に短い。第一次・第二次大戦であれば「○○の戦い」で纏められる規模だ。にも拘わらずソンム*1やクルスク*2を凌駕する損害を計上し、第二次大戦以来150年ぶりに核兵器が使用され、この戦いだけで国が4つ滅びた。
上記の結果さえ、東京条約によって講和が成立したから死者数は抑えられた部類である。東京で停戦に向けた会議が行われていた段階で新ソ連は既にシベリア鉄道のベゾブラゾフ専用車*3を呼び戻しており、トゥマーン・ボンバによる無差別爆撃の準備は完了していた。
仮に戦闘が継続して絶滅戦争に突入していた場合は東EU全人口の20%以上、約2500万人の犠牲者が出ただろうと試算されている。
極東戦争とそれに続く人工飢餓(推定死者数5億9千万人)は特殊な例としても、大国同士の正面衝突と戦略級魔法の投入はかつての塹壕突撃をも上回るペースで人的資源をすり減らしていくことが明らかとなった。
何だかんだ未だに国際社会の基軸である欧州が戦場になったことで、先進各国はついに本腰を入れて魔法開発へと乗り出していくことになる。
その先陣を切ったのはやはり米国であった。
3月19日、USNAは戦時中に構築されていた新陣営「アメリカ-ヨーロッパ連合」、通称AEUの正式発足を宣言。発行された連合憲章はどちらかと言えば経済共同体というより軍事同盟の趣が強く、かつての
ただ、旧NATOが「アメリカを引き入れ、ドイツを抑えつけ、ソ連を封じ込める」という路線であくまで欧米を中心とするパワーバランスに基づいていたのに対し、AEUは「アメリカと欧州で連帯し、日本と新ソ連に対抗する」という形に変わった。
欧米がいよいよ一丸となってロシアやアジアの脅威に立ち向かわなくてはいけなくなり、彼らにとっての「世界」が狭くなった。AEU、新ソ連、ユーラシア同盟という三極構造の完成である。
これと同時に、USNAはAEU独自の軍事力として、「|前線偵察および先制的無力化のための非正規戦エキスパート《Outpost Reconnaissance and Anticipatory Neutralization Guerrilla Experts》」、略称「O.R.A.N.G.E.」なる多国籍特殊部隊の結成を提言した。
その部隊名には一切「魔法」の文言は含まれていないが、その実これは拡大版スターズ構想だ。オレンジは第二次大戦以前の米国が有していた
USNAはその莫大な国力で研究・育成・編成を全面バックアップ、また対価としてこれまでと桁が違う規模の通常戦力を欧州に融通する。欧州はその見返りに、未だに埋まっている古式魔法師や国家管轄外の超能力者、BS魔法師などを根こそぎかき集めて戦力とし、この指揮権をAEUに帰属させる。
USNAの負担分だけで12年4兆ドル*4。時代遅れの巨人が国内での魔法師育成・選抜に限界を感じて打ち出した、一世一代の超巨大投資案件である。
計画は3つの4カ年計画からなる。最初の4年で魔法師の発掘・集積・編成を行い即戦力としての特殊部隊を運用開始、次の4年で研究基盤を構築、最後の4年で日本と互角に戦えるだけの研究力を手に入れる。O.R.A.N.G.E.はその軍事一辺倒なネーミングとは裏腹に、超国家的な巨大研究機関という側面を併せ持っているのだ。
USNAの抱える現代兵器が有効であるうちに強力な魔法戦力を確保し、日本はおろか新ソ連にすら後れを取っている西側諸国の魔法技術を引き上げて今後の魔法全盛時代を乗り切ろうという狙いだ。
話し合いの結果、本部はイタリア・ローマに置かれることになる。これは欧州全土、南北アメリカ大陸そして北アフリカ全域からかき集められた古式魔法師たちの内、特に割合が多かったのがイタリア系であったことに因むほか、有力候補地だったイギリス・ロンドンには既に(瓦解状態とはいえ)国際魔法協会本部が存在するため遠慮した向きもある。
だが何より大きかったのは、ローマ県内に存在する世界最大の宗教勢力、つまりバチカンが「キリスト教世界の危機」を宣言して全面協力の姿勢を打ち出したことが挙げられる。
AEUの構成国は南北アメリカと旧EUの大部分、あとはそれらの影響下にある北アフリカ諸地域。主な宗教はカトリック、プロテスタント、東方正教会、イングランド国教会。
この結成により、ほぼ通常戦力頼りだった欧米諸国も遅ればせながら魔法研究に本腰を入れることになる。社会主義唯物論の新ソ連となんだかよくわからない宗教観な日本が仮想敵として立ちはだかるというかつてない外圧により、欧米キリスト教諸国が宗派を超える結束を見せたのだ。
すなわちこの組織は、
これにより、新ソ連(ロシア・モスクワ)にソビエト科学アカデミー、AEU(イタリア・ローマ)にO.R.A.N.G.E.、ユーラシア同盟(日本・東京)に魔法大学と、三大勢力それぞれに専門の魔法研究機関が出そろったことになる。
かつて東西冷戦が宇宙開発競争の形を取っていたように、今始まろうとしている三極構造は魔法開発競争として現出しようとしていた。
O.R.A.N.G.E.はつまりシンフォギアのS.O.N.G.みたいなもんです。