創一朗が東京オフショアタワー建設のため、土木工事に励んでいた頃。
隊長を除く特選隊の面々は久々に長期休暇を与えられ、思い思いに過ごしていた。
ただ、十山つかさは入院生活続行中のため別として、遠上遼介は実家と折り合いが悪く、山田宏文は京都から廻状が出ているため基地を出られず、江藤龍征は天涯孤独で行き場がなく、六塚創熾は調整体なので研究所が実家みたいなもの。
まともな「日常」を持っているのは、本家筋が魔法師を廃業している
「恩赦だよ
だがその玲もまた、休日だというのに特戦隊の会議室にいる。
「恩赦……?」
そして玲の向かいに座っているのは、つい数時間前に独房から出されたばかりの元テロリスト、
ただ、彼ら本家筋は既に家業としての魔法師を廃業して野菜工場の管理官の仕事をしているため、魔法師として師補十八家に復帰したのは分家側(玲たちの)三咲家だけというややこしい状態に陥っていた。
ともかく、史上初めてあの「白い地獄」から生きたまま出所した魔法師となった彼だが、その身体に怪我はなく顔色も良い。まともな扱いを受けていただろうことは見てわかる。
彼は元々魔法至上主義過激派「進人類フロント」のリーダーとして活動し、2095年夏の九校戦の裏で行われていた人間主義者の一斉摘発に巻き込まれる形で公安に身柄を拘束されていた。
しかし、この時点の彼はあくまで過激な主張の発信やデモ活動をするだけの合法団体であり、その主張も魔法師の更なる権利拡大と優遇を求めるものであったため、問題視されたのは人間主義者=反魔法主義者を含む過激派組織とつるんでいたことと、いずれ来る「決起」のために本拠地を武装化していたことなどだった。
「本来の歴史」において彼らは、現在創一朗が建設の手伝いをしている東京オフショアタワーを襲撃・占拠して最終的に倒壊させるという日本史上でも稀にみるレベルの魔法テロをしでかす*1ことになるのだが、そうなる前、力を蓄える段階で壊滅したことで、彼らの罪状は比較的軽いものとなっていた。
そもそも、九校戦当時に行われた公安による地下組織の制圧はかなり強引なものだった。
「
寛が無事だったのは、彼の部下ともども研究資料として魅力的ではなかったからに過ぎない。何しろ同様の魔法特性に軍人としてのキャリアと忠誠心を持ち、現役で対魔装特選隊で働いている従妹がいる手前、わざわざ彼を使って研究する必要がなかったのだ。
「アストラル・プロジェクション」やら「ユーフォリア」やら特殊な精神干渉系魔法をいくつも習得していたレナ・シュヴァリーや、性魔術や
玲のリクエストであっさりと釈放が認められたのもそのような背景によるが、少なくとも寛にそのことは伝えられていなかった。
「
「シャバって……君はまた、さては言いたいだけですね?」
「あは、バレちゃった。でも色々あったのは本当。例えば今、私たち岬一族は三咲に戻った。十師族体制は今年度限りでなくなって、代わりに魔法師連盟の理事に内定してるんだ」
「何……? それはどういう……」
「10月に大亜連合が日本に侵攻してきて、日本が戦略級魔法で反撃して大亜連合の方が滅亡したんだ。それが色んな所に影響与えて、世界中あっちこっちで戦争が起きまくって戦力が激変して、世の中ではまとめて"第四次世界大戦"って」
「ちょっと待ってください。私が捕まったのはつい半年前のはずでは?」
「あー、うん。そうだよね、ここ半年のことなんだよね……。わかった、ちょっと本腰入れて説明するね」
立ち話だけでは無理と判断した玲は、寛が公安に身柄を拘束されてからの半年ほどの間に起きた出来事を順を追って説明する。
――九校戦が終わった後、10月末に大亜連合が日本に攻めてきたんだ。
戦略級魔法の「霹靂塔」を使いまくって、空母とかもありったけ持ち出して、ほぼ総力戦で日本に上陸しようとした。
でも失敗した。それは通信がすぐに復旧したからでもあるし、国防軍が迎撃頑張ったからでもあるけど、一番は戦略級魔法師の「鉄仮面」が、まあ私んとこの隊長なんだけど、あの人が大亜連合の艦隊を蹴散らしたからっていうのが一番大きいんだ。従兄さんも聞いたことあるんじゃない? 「深淵改」って。そう、沖縄のアレ。
あれ津波を起こす魔法なんだけど、日本は反撃として「深淵改二」っていうさらにエグい魔法を10発くらい大亜連合にぶつけたんだよ。それだけじゃなくて、陸軍が抱えてた
あーそれで、アジアでブイブイ言わせてた大亜連合がなくなっちゃったのと、現代兵器より魔法の方がやばいじゃんってことで世界中がもう大騒ぎ。ついでに、戦略級魔法が核と同じくらいヤバいってことが分かっちゃったせいで国際魔法協会から日本が抜けて、代わりに国際魔法師連盟っていうのを作ってるよ。今の私たちはそっち所属扱いね。
で、日本は周りの国を味方に引き入れて勢力をどんどん拡大して、新ソ連はバリバリに南下政策して日本やアメリカとケンカ、アメリカは日本と表面上仲良くしつつバチバチ。
1月には新ソ連がついにヨーロッパに攻め込んで、最終的にポーランドと、あとバルト三国が新ソ連になっちゃった。ドイツも攻め込まれたけど、自分の土地に戦略核を9発叩き込んで新ソ連を追い返した。
んで、最終的には世界はこういう感じの三極構造にまとまろうとしてるって訳。
最新の変動はモンゴルかな。新ソ連の圧が強いからって、つい昨日かな? ユーラシア同盟入りが決まったよ。
「なんというか……凄まじい情勢になっていますね……」
娑婆に出て早々国際情勢という名の情報の洪水を流し込まれた岬寛は、しかし持ち前の頭の回転の速さのおかげでなんとか現状を飲み込んだようだった。
「ん、流石従兄さん。頭のキレは鈍ってないね」
今でこそテロリストに身をやつした寛だが、社会に出る前の彼は魔法大学院で優秀論文を何度も表彰された俊英だった。典型的な世間知らず故に道を間違えたエリートである。そこを見込んで、身内である玲から助け舟を出された訳でもあるが。
「じゃ、次は日本史の話しよっか。魔法協会を脱退したほかに、戦争で軍の力が強くなった影響で十師族体制が弱ってて、っていうか年度末には解体されるんだよ。そういうドサクサの最中だから、私の戦功パワーで岬家を数字付きに戻してもらえたって訳」
「……と、言うことは」
「そ。従兄さんが目指してた"魔法師の権利の復権と拡大"、達成されたよ。師族体制がなくなった以上、数字落ちや低レベル魔法師、BS魔法師、超能力者なんかがいちいち差別される時代は終わり。これからは軍隊か企業で結果出した魔法師が持ち上げられる時代だよ。方法はちょっと物騒になっちゃったけどね」
だから呼んだの、と玲は言う。
「従兄さんは特にそうだけど、ウチの一族の人間は"魔法演算領域の同調"の異能のせいで他人、特に魔法師に同情的すぎるところがあるから。他の数字落ちとか超能力者とかの不幸自慢に同調しちゃってさ、見捨てられなかったんでしょ?」
この性格、男だとホント罪作りだよねぇとしみじみ指摘する玲に、寛は完全に当時の行動を言い当てられてしまい二の句が継げなかった。
「でも、従兄さんの部下たちは皆立派にやっていけてるよ。元
「そうですか……同志たちは一足先に自立したのですね」
「主犯格以外の犯罪魔法師は開戦の時に全部徴兵されたからね。で、それを踏まえて聞くけど」
――私と一緒に対魔装特選隊で働くか、独房に戻るか、どっちがいい?
◆ ◆ ◆
玲が身内の「勧誘」を済ませた数日後。彼女は特戦隊本部を離れ、対馬を訪れていた。
名目上は軍務……対馬要塞で行われた対馬戦の慰霊式典への参加だ。
2060年。第三次世界大戦の末期にこの対馬は大亜連合によって襲撃・占領され、住民ほぼ全員が死傷する夥しい被害を出していた。
それは20年続いた第三次世界大戦のうち、日本が唯一経験した直接的な本土進攻であり、最終的に対馬は奪還されたが、住民の7割は死亡し、2割は何かしらの負傷を負って脱出、1割は大亜連合に拉致され、島へは誰も帰ってこなかった。
戦後、住民のいなくなったここには国防軍の拠点が置かれ、島そのものが堅牢な要塞へと生まれ変わることになる。
それから36年。毎年行われてきた慰霊式典は、この年にひとつの区切りを迎えることになった。
戦勝により朝鮮半島の南側は概ね日本直轄領として統治され、かつて大亜連合による併合以前に運用されていた国境線で新ソ連租借地(事実上の植民地)と接する形になったことで、最前線としての対馬要塞の役割は事実上なくなった。
釜山周辺には比較的人口が残っているが、国家としての機能を持たず、軍備は制限され警察としても不足レベルの自警団的存在が一応あるだけの状態になっている。
今後は段階的に一般人の居住制限を解除し、要塞は規模を縮小し、小規模な軍港としての機能だけが残される。
そのような情勢のため、対馬を含む西日本地域では特に国防軍の支持が根強い。一連の戦争を最も強く支持したのは彼らであり、戦勝を最も祝福しているのは彼らだった。
民間人の慰霊式典を国防軍がまとめてやっているこの状況がその縮図だ。少なくとも第三次大戦前だったら絶対にありえなかったろうし、対馬戦の英雄であるところの真砂中将が毎年主賓として式典に関わっていることもなかなか不思議な光景であったろう。
その真砂中将に随行する形で式典を訪れた玲たちだったが、彼女にとってメインの用事は、公式の式典が終わった後にある。
今のところ、対馬へは民間人の居住は認められていない。
例外は「彼女ら」。
対馬要塞の一角に用意された、簡素な共同墓地。
対馬戦の慰霊碑には、今なお「あの日」を生き残り、後に死んだ者たちの名が死亡日とともに追記され続けている。
その最終行付近。数年前の日付とともに、江藤龍征の母親の名はあった。
「母さん……終わったよ……」
その名を優しく撫でて、龍征は小さくつぶやいた。
「存在しない」ことになっていた特戦隊メンバーにとって、真砂以外のメンバーが対馬での慰霊式典への参加を許されたのはこれが初めてだった。