(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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131 最終的解決(下)

「盛り上がってるとこ悪いんだけど七草さん。それは"ナシ"だ」

 

 第一高校、平日の昼間ながら卒業式で授業がないため人気のない校舎の中。

 

 風紀委員が物置代わりに利用している準備室、そこには3(・)人(・)の魔法師がいた。

 

 一人は、ここで資料の整理をしていた新2年生。司波達也。

 

 一人は、達也に最後の挨拶をするはずだった卒業生、七草真由美。

 

 そして最後の一人は、彼女らの会話に後から割って入った、榊創一朗。

 

「……何故貴方がここに? 榊大佐」

 

「七草真由美嬢に用があるから。いやー、用が出来た、の方が正しいか?」

 

 名指しで「用がある」と聞かされ、真由美はその身体をびくりと震わせる。

 

 創一朗はそれを意にも介さず、近くのキャスター椅子を一脚ひったくり、背もたれを前にする形でどっかり座った。

 

「七草家がどういう状態かは薄々わかってるだろ。そして国防軍としては、ここに四葉家……いや、お(・)前(・)が介入してくるとかなり困るんだよ。だからこうして止めに来た」

 

 創一朗の言う通り、達也のもとには真由美の置かれている状況についてある程度の情報が上がってきている。

 

 彼女の無謀な「作戦」によって迷惑をかけられたのも事実だ。

 

 だが同時に、このまま創一朗の誘導に従った場合、真由美に待っている未来は「死」か、あるいはそれ以上に惨いものであることも理解できた。

 

「いいえ、聞かせてください。上がっている情報と現状は事態が違い過ぎる」

 

 ゆえに、ひとまず時間稼ぎを兼ねて創一朗に事情説明を求める判断をしたのは、彼の中に育ちつつある「人間性」のようなものの成果だと言えるだろう。

 

「まぁ、流石の四葉も全部は把握できてないだろうしな。分かった。俺の権限で開示できる限りのことを教えよう」

 

 創一朗もあっさりとそれに乗り、真由美の意向を無視したまま、二人は状況の共有を始めた。

 

 

 

 ――あの日。

 

 2月中旬に七草弘一が暗殺されて以来、七草家は混乱の中にあった。

 

 当初の予定では――少なくとも、暗殺の実行犯である泉美、香澄姉妹の中では――真由美を新たな当主に立て、家を挙げて政府への恭順を示すことで家の解体を軟着陸させるというプランに基づき、暗殺が決行された。

 

 汚れ仕事を請け負った香澄と唆した陸軍情報部の間には、実は見解の相違がある。

 

 情報部は「弘一を消し、政府の影響下にある傀儡(ここでは真由美)を当主に据え、家として政府に恭順するなら助命可能」と説明している。三姉妹とも「おまえだけが真由美/泉美/香澄を助けられる」という論調でこそあれ、どういうロジックで助命に至るかは同じだ。

 

 香澄はそれを聞いて、「今お父様を殺せばお姉ちゃんは助けられる」と理解した。

 

 間違ってはいない。事実、情報部にとって一番重要な工程はそこだった。

 

 だが本気でこのプランを実行する気ならば、最終的に消すことになる人間は弘一ひとりで済むはずがない。

 

 まず、突然のことで遺言も何もないため、通常であれば長男の智一が家督を継ぐことになる。

 

 ところがここで、双子の末妹が真由美を担ぎ出し、当主候補に擁立してしまう。

 

 無論、妹たちにとっては国からの圧力に対抗する最善の手段であるし、当の真由美自身にも一定の合意は取れている。兄たちは能力こそ高いが父親のような政治力も妹たちのような華も、そして当主に耐え得る器の大きさも持ち合わせていない。「この非常時に彼らに家は任せられない」というのは、ある程度合理性のある判断だ。

 

 だが当然、飛んで帰ってきた智一らにとっては知ったことではない。父を手にかけた妹たちを人殺しと罵り、真由美の当主就任を傀儡化だと断じ、一連の政治劇を簒奪だと喚きたて、家中の分裂は決定的なものとなる。

 

 この段階で既に「政治劇」は「お家騒動」へと変貌していた。

 

 兄二人から見える景色は、三姉妹とは違う。彼らと妹たちは仲が悪い訳ではなかったが、異母兄妹であり前妻が既に故人であることは、彼らの間にうっすらとした距離感を生んでもいた。その、本来なら表面化することのなかった歪みとも呼べない小さなとっかかりが、今や無視できない大きさになって立ちはだかった。当主の弘一が死んだ今、本邸を支配しているのは後妻とその娘なのだから。

 

 話をややこしくしたのは、真由美が直接父を弑したわけではないという事実。

 

 魔法師は、より強い魔法師にのみ従う。

 

 そして真由美の兄たちは、政治的な才覚はともかくとしてスペック上の魔法力は真由美と互角か、むしろ高いくらいだった。

 

 一方で魔法師は実戦能力や実績もある程度尊重する。真由美が直接当主を殺したならば、次の当主が彼女になることには一定の正当性がある。よしんば殺さないまでも、それこそ九島光宣よろしく自身の実力をみせつけられれば、家を強引にまとめることは可能だったろう。

 

 少なくとも置かれた状況を考えるならば、正当後継者を名乗る智一を殴り倒して家を纏めるべきだったのだ。

 

 

 

「――でも、そうはならなかった」

 

 七草家の現状は、三姉妹が思い描いたものとまるで異なっている。

 

 混沌に包まれた準備室で、創一朗だけが淡々とそれを指摘した。

 

「2週間と少し前。七草の次男、孝次郎が空港で捕まった段階で、政府は完全に“当主・七草真由美”プランを見限った。家、明らかに統制できてないからな」

 

 義憤と実益のコンボにより徹底抗戦を継続中の長男に対し、次男は早々に跡目争いから離脱し、逃走を試みていた。もとより家のことからは距離を置く傾向にあったため、(少なくとも政府側では)早期から予測されていた動きであった。

 

 彼は自力でコネクションを繋いだように思っているだろうが、実際のところ彼が頼った勢力は前々から七草家へ引き抜き交渉を続けていた米国CIAの手先である。USNAにとっての超特級人材が亡命希望とくれば、全力を挙げて支援するのは当然のことだ。

 

 ただ彼らの行動はとっくに国防軍に筒抜けになっており、空港に先回りした人員によって確保、内々に「処理」された。

 

 情報部は、こうなると分かっていて説明を省き、代わりに厳重な監視を付けていたのだ。

 

 七草家は最早、どこから誰と繋がっているか当事者すら完全には把握していない伏魔殿だ。軍および政府としては、それを傀儡化して利用するより一度完全に潰してしまった方がリスクが少ないと判断している。

 

 わざわざひと手間挟んだのは、この期に及んでも事態の深刻さを理解していない当事者たちに立場を分からせて、変なことを起こさせずに穏便に退場いただくため。

 

 バカを放っておくとどんな奇想天外なことをしでかすか分からないので、分かりやすい目標と方向性を与えて制御していたに過ぎなかった。

 

 そうしてでっち上げられた「プランのような何か」が、当初の予定通り「制御された失敗」を起こしたのだ。

 

 ここで創一朗が真由美の方に視線を向ける。バイザー越しだが、確かにその圧力は真由美に届いた。

 

「日本の他国に対する優位性は、今のところ魔法技術だけなんだ。世界で最も優れた魔法師の遺伝子、他国に"最大限活用"された場合に最も影響がデカくなる戦略資源はこれだ。つまり魔法師にとって最大の裏切りは血の漏出だ。キミん家はそれを2回やってて、家自体が統制を失ってると判断された。こうなるともう誰がいつ暴発するかわかったもんじゃないから全員退場ってこと」

 

 それは結果ありきの出来レースだった。

 

 軍と政府上層部にとって、たとえ内戦を経ることになってでもこの時点で十師族を解体し、魔法戦力の全てを国家の統制下に置くことは至上命題とされてきた。

 

 あとは敗者たる七草家がどういう幕引きを選ぶかという話で、最初から話は「勝負」ではなく「敗戦処理」だったのだ。

 

「ただ、ここまでだったらなにも学校に乱入してまで捕まえはしなかった。上はおまえのお父さんのこと、"四葉に入れ込んで肝心なところで判断をミスった"から裏切ったと考えてる。で、今おまえさ、"四葉に入れ込んで肝心なところで判断をミスった"じゃん」

 

「……っ」

 

 遠慮なく指差しで指摘する創一朗に、真由美はびくりと身体を震わせるだけで何も答えない。

 

「父親と同じ条件、同じ行動。軍としては機(・)会(・)が(・)あ(・)れ(・)ば(・)や(・)ら(・)か(・)す(・)と判断せざるを得ない。それが確定したから、こうして予定を繰り上げて介入しに来たんだ。だから、そうなるギリギリまでは命まで取る気なかったんだぜ?」

 

 言いながら、創一朗は手元の端末を操作し画面を見せる。

 

「陝西学研都市、その最深部施設への片道切符。旧七草家メンバーを筆頭に、生きていてはいけないことになってる魔法師を集めてここに収容するって計画がある。街の外には出してはやれないけど、他のメンツと違って政治犯だから無体な実験や本人の意思を無視した自然交配は実施されない。諸々の後始末が終わったら、ここで寿命がくるまで飼い殺しになってもらう予定だった」

 

 そこまで言って、創一朗はひとつため息をつく。

 

 すっかり呆れた様子で彼はつづけた。

 

「それをさぁ。なんでよりによって達(・)也(・)に(・)縋っちゃうかな」

 

 この件だけで3回目、これが一番デカいライン越えだよ、と彼は言う。

 

「悲しいじゃん。そういうことされたらさ、もう俺の裁量でカバーできる範囲じゃないよこれ」

 

 創一朗は確かに残念に思っている。原作でも屈指の人気を誇ったあの七草真由美を手にかけることを悲しむ気持ちに嘘はない。

 

 ただ、それは彼にとって行動に影響を及ぼすものではない。それはそれ、これはこれだ。創一朗はおよそ人間業とは思えないほどに、その種の割り切りが上手かった。

 

「もう、殺すしかなくなっちゃったよ」

 

 故に彼は、国家の暴力装置に相応しい切れ味を持った血塗れの大鉈であり。

 

 彼の「殺(・)す(・)」は、「殺(・)し(・)た(・)」と同じ意味を持つ。

 

 

 

 

 

 

「――つまり、俺の対応如何でその運命は変動しうると、そういうことですか」

 

 世界でたったひとり。「司波達也」の介入がある場合を除いては。

 

 

「ぇ」

 

 今日初めて降ってわいたか細い希望に、真由美が小さく目を見開く。

 

 大して創一朗は、「やっぱ気付くよなあ」と後頭部に手をやって呻いた。

 

 そこへ達也の視線が突き刺さること数秒、諦めたように創一朗が口を開く。

 

「一応確認だ。お前が望むなら俺は説明を拒めないが、これはお前の精神衛生上非常に悪質な情報だ。今なら俺ら軍部のせいにして全部忘れられる。これ聞いたら間違いなく後悔するぞ。それでもいいんだな」

 

「あいにくと、この状況になった時点で俺が後悔するのは確定していますよ。ならせめて、知りうる限りの事情を知って後悔すべきだ」

 

「……わかったよ」

 

 

 

 

 

 

 ――結論から言う。今この状況からでも、七草真由美の処刑を回避する方法が1つ存在する。

 

 七草真由美を、四(・)葉(・)達(・)也(・)の庇護下に入れてしまう方法だ。

 

 お前は極東戦争の英雄だ。いや、そうでなかったとしても、お前が本気で暴れたらそれを止められるものは事実上存在しない。範馬勇次郎ってわかるか? 国のお前に対する認識はあんな感じだ。

 

 つまりお前は、単独で日本政府に対してワガママを言える立場にあり、日本政府は最終的にはそれを拒否できない。人ひとりの処刑命令をなかったことにするくらい朝飯前だ。

 

 でもな。「最終的に拒否できない」は「無条件で従う」という意味じゃない。その間を埋めて、妥協点を探り出すのが「交渉」であり、その交渉を少しでも政府側優位に近づけるために俺が作られた。

 

 誰も彼もをお前が囲って手出しできなくされてしまったら、それは日本という主権の喪失だ。それを呑まされるようだとこっちも全面戦争に踏み切らなきゃならん。現実的な提案として、この一件が悪い先例にならないよう、乱発できないよう、条件を付けさせてもらうことになる。

 

 妥協点はこうだ。七草真由美は達也の個人的な趣向に基づく……まあ、有体に言って愛人として、以降の面倒を全て達也の方で見ることを条件に存在を見逃す。

 

 これはお前を悪者にしたいとか、囲わないと殺すぞと脅してる訳ではなくて、「お前に可能な限り沢山子供を作ってもらいたい」という国益と、「七草真由美を助けたい」というお前の利益でバランスを取って、「この先真由美がやらかしたら達也が責任を取る」としてリスクを潰した結果出来上がった形態だ。

 

 だから誤魔化しが利かない。何なら公式記録上は婚約以前から身体の関係があったとでっち上げて、後付けでそれを事実にする形になる。誤解や抜け道がないように露骨な表現を使うが、建前だけじゃなく本当にセックスしてないとダメだし、過去にさかのぼって情報を改竄するんだから先延ばしもダメだ。

 

 ただし、四葉深雪の説得に関して俺たちは力になれないからな? そっちは自分で何とかしてくれよ?

 

 

 

 

 

 

 ――一連の創一朗の説明を、達也は黙って聞いていた。

 

「……思うに、榊大佐は今説明されたような事態を危惧して派遣されたのでは? 何故わざわざ可能性を提示するような真似を?」

 

 そして、今の長い話を一度で理解した挙句、制度的な目的や創一朗の作戦目標まで見抜いて抉ってくる。

 

 創一朗は相手の頭の回転の速さに内心舌を巻きつつ、しかし既に準備されていた回答を返した。

 

「お前には最大限誠意ある対応を心がけてるが、今回は"助けたい"と言われる可能性がけっこう高かったから、それにどういう問題が立ちはだかってるか客観的に説明しようと判断したのが1つ」

 

「……1つ?」

 

「後は、まあ、俺が最近似たような下半身絡みの問題をやらかしたからだ。だからこの件に関して、俺にはお前の選択にどうこう言える権利がない。なので今から取りうる可能性は全部提示した」

 

 ただ、と創一朗は付け足す。

 

「七草真由美に助かる道があると教えた時点で、お前が助けないことを選んだ時に余(・)計(・)な(・)負(・)い(・)目(・)が付いて回るかもしれない。軍としてはそれも避けたかった。だから聞かれるまでは説明しなかったし、答える前に警告した」

 

 強いということは、どこに力を振るうか選べるということ。誰を助けるか決められるということ。

 

 それは、どこに力を振るわないか選べるということ。誰が助からないか自分の一存で決まるということ。

 

 時には、誰を助けないか選ばなければならなくなる。

 

 何も言わず、代わりに濡れた子犬のように震えながら縋るような視線を浴びせてくるだけの真由美を「精霊の眼」で見やる。

 

 その時達也はふと、合理的に考えて仕方がないと判断する自分のほかに、胸の内に生じたモヤモヤとした不快感が育っている気がした。

 

 人の身で怪物たることを望まれ、戦い続けるうちに人間性をそぎ落とし、暴力装置として純化していく鉄仮面。

 

 怪物として生まれ、同じように汚れ仕事をこなしつつも、高校生活を通じて人間性のようなものが育まれつつある達也。

 

「選択肢を知った以上、お前は決(・)め(・)な(・)き(・)ゃ(・)い(・)け(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)。負担かけるの承知で聞くぞ――七草真由美を、お前はどうしたい?」

 

 ふたりの持つ「人間性」のようなものが、この時ついに逆転したのだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 2096年 3月31日(土)。

 

 東京の某多目的ホールで行われた催しは、内閣と与野党、そして国防軍と魔法師連盟の合同で葬儀が行われた。

 

 故人は、かつて十師族のドンとすら呼ばれた魔法界最大の重鎮にして偉人、九島烈である。

 

 2月14日に急死した烈は、しかし暗殺された等ではなく気力の衰えに伴って身体の老化が一気に進行、主治医の見立てより早く老衰が来ての自然死ということだった。

 

 晩年の衰え方は急速だったがもとより90歳近い高齢であり、寿命の不安定なものが多い初期の現代魔法師としては稀有な大往生である。「ピンピンコロリ」の典型例として驚かれこそすれ、その死に様は大半の魔法師から好意的に受け止められた。

 

 その処遇については「あくまで民間人」という従来の建前に則り親族だけで葬儀が行われる予定だったものの、これに異を唱えたのがほかならぬ日本政府であった。

 

 国の大功労者に対し、国葬とまではいかずとも政府の関与した形での合同葬を、と。

 

 議論が紛糾したため時間はかかったが、結果として行われたのがこの会だった。

 

(国はあくまで功労者への感謝だというが……これは……)

 

 四葉家関係者として参列していた達也は、周囲に流れるぎこちない雰囲気を肌で感じていた。

 

 表面上、葬儀は粛々と行われた。勢揃いした28家、軍関係者、政府要人、財界人、学者などなど、十師族体制に関わってきた者、個人的に烈に恩義のある者はそれはもう大人数に上り、日本の現代魔法界の礎としての功績を口々にたたえる。

 

 魔法師が近代政府の関与する合同葬で見送られるのは世界にも例がない。それは間違いなく快挙であるはずだ。

 

 だが達也は、この葬儀の政治的な意図を知っている。

 

 今見送られているのは九島烈だけではない。十(・)師(・)族(・)体(・)制(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)だ。

 

 体制とともに去った烈を労い、そして新たな時代への区切りとする。

 

 そして今日、見送られる旧時代の遺物は九島烈だけではなく――

 

 

(七草先輩……)

 

 

 結局、達也は真由美を救わなかった。

 

 自分一人の力で、大抵の無理は通せるはずだと思っていた。

 

 だが、真由美を愛人にしろと言われた瞬間、婚約者持ちという立場の重さを理解した。

 

 達也とて、自分が婚約者と恩義の間で揺れていたせいで深雪に心労をかけたことくらいは知っている。

 

 自分が真由美を受け入れることが、彼女の心をどれだけ傷つけるかも想像できる。

 

 だから達也は、「それは深雪に対する裏切りだ」として、真由美と深雪から、深雪を選び――

 

(……!)

 

 そこまで考えて、達也は愕然とした。

 

(そう……か、俺はあの時、深雪を言い訳に使ったのか。無様なものだな……)

 

 達也は持ち前の無表情のおかげで周りからは神妙な顔つきにしか見えない。

 

 人工魔法演算領域の構築によって抑制された感情の中で、しかし不快な残滓のようなものがじくじくと達也の精神を削り続けている。

 

 あの日、話が付いてすぐに創一朗は真由美を失神させ、肩にかついでどこかへ消えていった。それきり真由美の姿は見ていない。生きているのか死んでいるのか、他の家族はどうなったのか、全ては軍機の向こうへと消えていった。

 

 残っているのは、「七草家は粛清され、今では消滅している」という事実だけ。

 

 達也が「助けられない」と決断し、それを口に出して、真由美が気絶させられるまでの約2秒間。

 

 その時に見せた表情が、達也の記憶の中で写真のように焼き付いているという事実だけだ。

 

 思い出すことで再び脳裏に現れたその顔を――「絶望」という言葉をそのまま落とし込んだような光のない瞳と、涙でべちゃべちゃの顔と、今まさに崩れ落ちようとする表情を、達也は眉間のあたりを揉んで脳内から追い出す。

 

 一方で、隣に座っている深雪は先ほどから沈黙を貫き、少し俯き気味の姿勢を保っているように見える。

 

 実態は違う。

 

 彼女は、目障りな敵(ライバル)が消えたことに昏い喜びを隠せずにいて、そのことに自分でも戦(おのの)いている。

 

 こうして喪服を着て要人の葬儀に参列している今でさえ、無限につり上がっていこうとする口角を必死に抑え、今にも達也に抱き着いてめいっぱい甘えたいのを全力で自制している。

 

 帰りのコミューターの中、真由美との顛末を聞かされた時などは、さも悲痛そうに制服の裾を掴んでみたものの、その実「達也が真由美より自分を選んだ」という事実は彼女にとって、そう数か月の優柔不断な姿を見せられ続け、最悪は妾として達也との間に割り込まれる可能性まで危惧していた深雪にとって劇薬そのもの。

 

 どうしようもなく好きな相手から選んでもらえる充足感と高揚感で頭がおかしくなりそうな中、乙女として「人前で決して見せられない状態」に行き着きかけたのを死ぬ気で抑え、不随意運動で跳ねようとする腰を身体ごと搔き抱いて誤魔化しながら、上擦った声で達也と会話する羽目になった。

 

 それから10日がたった今になっても、不意に「達也が自分を選んだ」という事実が脳裏を過っては、どうしようもなく嬉しくなってしまう。

 

 見る者が見れば、一見平静を装って見える深雪の眼の中にハートマークが入っているのを幻視しただろう。

 

(申し訳ありませんおに、達也様……深雪は、自分の醜さに抗うことができません……っ)

 

 

 

 お兄様が悪いのです、と深雪が心の中で身もだえする中。

 

 達也は思索の末、「あの日」――極東ロシアのUSNA軍から核弾頭を強奪した日、ユーディト・エフレイムが持ちかけた「提案」のことを思い出していた。




次回より最終章をお送りします。
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