2096年4月28日。
魔工技術大手、フォア・リーブス・テクノロジー社は記者会見を開き、新たなプロジェクトの発足を発表した。
加重系魔法の三大難問のひとつとされる「重力制御型熱核融合炉」。その実用化の目途が立ったと言うのだ。
核融合発電の実用化には「①原子核同士の反発(クーロン力)を突破する手段」と、その手段として考案されている「②超高温プラズマを留め置く手段」が必要とされている。
が、①を突破するには摂氏1億度にもなるプラズマが必要で、その熱に耐えられる物質は存在しないので②を達成するため磁場やレーザーをうまく使って触れずに保たせる、という方向でアプローチが進められている。
現状では、点火に必要なプラズマにも制御に必要なレーザーにも莫大なエネルギーと巨大な設備が必要だ。そのため核融合自体は起こせてもエネルギー収支の元が取れない状態が続いており、実用化・商業化は夢のままである。
そこで、重力制御魔法を活用してこれを「元が取れる」レベルまで安く上げよう、というのが重力制御型熱核融合炉の出発点になる。
この場合の問題は、魔法の力で核融合を起こすことはできても、それを維持できないということだ。
現代魔法は最初から始まりと終わりを定義することで成立しており、同じことの繰り返しや長時間の安定稼働が極端に苦手とされてきた。魔法師は「雷」にはなれたが、「発電機」にはなれなかったのだ。このことは魔法師がライフラインや工作機械にとって代わることを徹底的に妨害し、この現代文明で彼らが兵器にしかなれないことの最大の原因とさえなっていた。
そして、これを部分的に打ち破ったのがトーラス・シルバーもとい司波達也だ。
彼が発明した「ループ・キャスト」によって「同じ魔法を機械的に連発する」ことが可能になり、続く「汎用飛行魔法」によって常駐型の重力制御魔法(ごく短い魔法を被りなく連続発動させる)が実現した。
この飛行魔法自体も上述した加重系魔法の三大難問の一角だった訳だが、問題の根は同じだ。同じ魔法の連発が簡単になったことで、ひとまず「理論上稼働可能」な重力制御式熱核融合炉が構想されるに至る。
まず、①の補助として見かけ上のクーロン力を1/100,000にする魔法を使い、重力制御魔法の必要強度を魔法師が対応可能なレベルまで下げる。
その前提で、
A.クーロン力制御魔法で核融合が起きやすい条件を作る
↓
B.魔法で制御されたプラズマを発生させる
↓
C.一瞬だけ核融合を発生させる
↓
D.発生したエネルギーを回収する
↓
E.核融合の材料である重水を補充して容器内を核融合発生前の状態に戻す
↓
A.再びクーロン力制御魔法で核融合が……
という一連の工程をひたすら繰り返す、いわば「レシプロ式内燃パルス核融合炉」だ。
魔法科第一高校・市原鈴音が考案し、後輩の(秘匿されているがトーラス・シルバー本人であるところの)司波達也が協力して作り上げた論文は、実際に炉の点火を伴うデモンストレーション*1付きで論文コンペに提出され、2095年12月1日の「勝利宣言」演説の後に各界有力者の見守る中で実演されている。
現状ではそもそもプラズマの生成やらクーロン力制御やらで超高度な魔法をいくつも使用する必要があるが、エネルギー回収率の向上と設置型魔法による代替で最終的には点火に魔法師を必要とするだけの核融合炉を実現できると発表を結ぶ。
その実現可能性の高さでもって、日本は必ずしも軍事のみに魔法技術を使用している訳ではないことを大々的にアピールした。
ここまでが、2096年4月時点で核融合炉を取り巻いていた情勢だ。
そのためフォア・リーブス・テクノロジーが核融合炉の発表をすると聞いたとき、多くのメディアや政府機関は「このアプローチの発展形が出てきたのか」と考えた。まだ論文コンペでの発表から4か月しか経っていなかったが、トーラス・シルバーを擁するあの会社ならばやってもおかしくないと。
だが実際にその場で発表されたものは、大方の予想から3段階ほど先にあるものだった。
まず、それまでろくな情報のなかった
会見と同時に発表された技術論文では、それまで経験的に知られていた「一部のレリックには魔法式の保存機能がある」という事実が科学的に証明された。
この段階で今世紀最大の発見と呼んでいいレベルの情報量であったが、あくまでも主題は核融合炉だ。記者たちの困惑を置き去りにして話は進む。
このレリックに「クーロン力制御」、「中性子バリア」、「ガンマ線フィルター」、「
この核融合炉を核とするエネルギープラントを構築し、生産した電力で海水から水素を作り出し、最終的に水素燃料に加工する。さらに水素の生産過程で海水の不純物除去、貴金属の抽出等も実施する。
このプロジェクトの責任者は、社内の開発チーム「トーラス・シルバー」でソフトウェアを担当していた
◆ ◆ ◆
「おかしい。いくら何でも
大急ぎで本国に帰投し、記者会見の様子を見ていた創一朗の第一声がこれだ。
対魔装特戦隊本部の会議室には、旧M機関――現在の魔法技術開発本部の要人がずらりと顔を連ねている。その筆頭は、今や日本国そのものを裏から操るとまで言われるようになった獅童尚久だ。
「お前から見てもそうか」
獅童は、自ら懐刀と認める創一朗のコメントに同意した。
「国防軍としてもレリックは完全なブラックボックスであり、我々の介入により研究予算が打ち切られたことで部署自体が解散していました」
補足した真砂大輔中将の言葉通り、現在の国防軍ではレリック研究は重視されていないどころか完全に打ち切られてしまっている。
これは原作と違って海軍M機関がほぼ全ての研究リソースを喰らい尽くしていることによるのだが、実はそれ以外にも創一朗による介入が行われている。
大亜連合侵攻の端緒として、横浜騒乱編の始めに軍からFLTに委託されたレリックの争奪戦が行われることを創一朗は知っていた。そのため「選択と集中」という名目で、委託どころかレリックの研究自体が行われないように働きかけていたのだ。
創一朗から獅童を経由して行われた妨害と研究予算の強奪により、それまで軍主導で行われていたレリックの発掘作業は完全に停滞。飛騨高山の採掘地点は拠点維持のための人員だけ残して放棄され、M機関への予算集中の犠牲となったはずだった。
「FLTにレリック研究の兆候はありませんでしたし、海外企業・組織等からの技術供与の痕跡も見られていません」
続く真砂の言葉で、しかし創一朗は納得したようなそぶりを見せた。
「とすると……確定ですね。恐らく隠す気もないんでしょう」
――司波達也の後ろにユーディト・エフレイムがいます。
「ユーディト・エフレイムと自分と司波達也は、横浜事変の時に原潜で会ったことがあります。彼女はこちらとの交渉材料として、その場で"賢者の石"型レリックを用いた黄金錬成をやってのけた。今までは表に出していなかっただけで、レリックの解析・複製が出来ると考えるべきでしょう」
「となると、資金源の問題は実際には解決済みということか」
「その可能性が高いと思われます。発表したのはあくまで正当性の確保や土地所有のための手続き、許認可の兼ね合いでしょう」
創一朗の見立てに異を唱える者はおらず、代わりに真砂の指摘によって各人に新たな疑問が浮かぶ。
司波達也という絶対的武力と、ユーディト・エフレイムという無限の資金力が手を組んで、それで何をしようというのか?
「創一朗。この中であれと最も近しいのはお前だ。意見を聞かせよ」
獅童が重々しく問いかける。
「はっ」
「司波達也は、魔法師による独立国家の建設を目指していると思うか?」
並の人間なら震え上がるような鋭い視線を向けられ、創一朗はかつてないほど深く考え込んだ。
「…………目的ではないでしょう。しかし手段に"それ"が含まれる可能性はあると思います」
「何故そう思う」
獅童に説明を求められ、創一朗はさらに語彙と記憶を振り絞って答えた。
――司波達也の世界はごく狭いところで完結している。自身と、妹。それだけです。
二人のこと以外の全ては彼にとって些事であり、
我々は調査の過程でその性質を知れたから、日本人が土着的に行ってきた「名もなき神」への対応と同じ方法で共存しうると判断してきました。
同時に彼は合理主義者だ。実態上の現状変更能力すなわち
これらの前提を踏まえると、露骨に魔法師の自活、ひいては魔法師による独立国家建国を見据えていそうな今の動きと、自分が理解している司波達也の像がブレる。
変数として考えられるのが、七草真由美の一件により、自分と妹の安全性の担保に疑念を抱かれている可能性。つまり、我々は司波兄妹への最大限の支援を約束していますが、都合が悪くなればこれを反故にする可能性があると疑われているのかもしれません。
そうすると2つの仮説が考えられます。
1つ目。ユーディト・エフレイムを旗頭に第四勢力として日本から独立し、その勢力の実権を握るNo.2になろうとしている。日本政府が同盟相手として見限られたという仮説。
そして2つ目。1つ目の事態が起きることをチラつかせて、我々から何らかの譲歩を引き出そうとしているという仮説。個人的には、こっちが本命だと思います。
司波達也は頭が切れるし、こちらのことを良く知ってる。あんなハデな打ち上げ方をすれば、この会が設けられることも、
だから思うに、これは司波達也からの脅迫状の類でしょう。
「ふむ。すると要求とは何だ?」
真砂の問いに、創一朗はあっけらかんと答えた。
「そこが分かりません。なので聞いて来ようと思います」
周辺がざわめくが、創一朗は意に介さず言い放つ。
「敬して遠ざけるだけなら素人でもできる。それでは不足だから"
一連のやり取りを聞いた獅童は、一瞬思案するとすぐに創一朗に声をかけた。
「ならば、少し早いが
ざわめいていた会議室が、その言を受けて一気に静まり返った。
基本的に余裕の態度を崩さない創一朗ですら一瞬硬直し、慌てて聞き返す。
「……アレ本当にやるんですか?」
「やるならば、かの者の
それは世界の命運を左右するレベルの案件を、司波達也との交渉ひとつにぶつけるということ。
毎度手形がデカいんだよこの人、と内心で毒づきながら、創一朗は粛々と頭をひとつ下げた。
――ここまでの創一朗の読みは、概ね正しい。
1つ誤算があるとすれば、これは
少なくとも2年次の後半の達也は死んでからも邪法でこき使われる魔法師に憤り、魔法師に同胞意識を持ち、その軍事利用を止めるためのESCAPES計画を発動させている。
普通の学生として暮らし、原作と比べて多少なり人間的な情緒を成長させた達也に「世話になった先輩が政府の方針で粛清されるところを見殺しにした」経験をぶつけた。
その影響を正しく算定できているものは、まだこの世に存在していない。
核融合周りの説明に死ぬほど手間かかりました。
正直合ってる自身がないので、指摘事項等ある場合は感想までお願いします。