2096年4月30日。
USNAはこの日、パナマを出発した陸軍が旧ベネズエラとコロンビアの「秩序回復」を完了させ、北上していたブラジル軍と合流を果たしたと発表した。
第三次大戦以来、南米(パナマより南)はブラジルを除くほぼ全域が無政府状態にあった。正確には地方政府レベルの軍閥や麻薬カルテルの類が群雄割拠して「国家」と呼べる共同体が存在しない状態であり、USNAは大戦期に散々介入した挙句平定に失敗、メキシコを経由して流れてくる麻薬や不法移民に頭を悩ませてきた。
以降、割に合わないとして半ば放置されてきた「アメリカの裏庭」だが、ここへ来てブラジル軍に歩調を合わせる形での大規模平定作戦を始動。ユーラシア東西危機の終結直後からの継続的な武力介入により、4ヵ月を経てその成果が出はじめている所だ。
元々、2095年8月には中米で違法なアンティナイトの採掘と販売を行っていた犯罪組織を壊滅させ、中米における支配基盤を強化していたところだ。中米各国はUSNAの進駐を「快く」受け入れ、南米の諸軍閥は軽く蹴散らされた。
これまで数十年、南米への人道支援名目で他国から大量に武器が流入していたのが内戦激化の一因だった。その武器の供給元は大亜連合が6割、新ソ連が3割、あとの1割が東西EUやUSNA内の犯罪組織やアラブ連合などだ。
もともと反米と親米を反復横跳びしがちな土地柄で、反米系組織は新ソ連がガッツリ支援しているが、実際のところそういう気合の入ったところは少数派だ。
USNAが怖くてそこまで振り切れない、あわよくばUSNAにも支援して欲しい、将来的には制圧されるのが薄々分かっているなどの理由で、多くの勢力のトップたちが第三の選択肢を求めた。
新ソ連の支援は強力だが露骨だ。彼らはわざとそうして支援の事実を喧伝し、西側からの疎外でもって東側に組するしかない状態を作るという方針で動いていた。
一方、大亜連合は超大国より1枚落ちるからこそ、支援が良心的でサービス精神に溢れている。性能はともかくとして、とりあえず使える武器を素早く・大量に・気前よく流してくれる。殿様商売の大手と、急成長するメガベンチャーの構図だ。
しかも、その性質上大亜連合製の武器はブラックマーケットに死ぬほど流れているので、将来それが見つかっても「国家ぐるみの支援を受けた」とまでは言い切れない。それでいて彼らが求めてくるのは「受けた恩を忘れるなよ」。要するに出世払いだ。
ここが大亜連合の巧みなところで、軍閥組織などというものは勝ったとしても当然のように借りた金を踏み倒す。すると、彼等が資源の産出地や港湾など重要拠点を確保したタイミングで初めて支援の事実を公表し、「代価」を支払わない場合は彼らの資金源を武力で制圧すると脅す。大抵の場合はそれでも払わない(払えない)ので軍がその土地を制圧して、大亜連合影響下の採掘拠点を作る。
支援した組織の大半は負けて消滅するので採算は取れていないが、開発支援をしてまともに復興させるとか、前提なしに軍事介入してUSNAを本気にさせるとか、国として力を取り戻した各国がUSNAの支配下に入るよりは「安くつく」。
そういう打算のもとで支援が注ぎ込まれていた訳だが……その大亜連合が国家ごと消滅したことで状況は一変した。新ソ連が勢力を広げようと立ち回ったものの、東欧戦争にかかり切りだった彼等より、ベーリング海峡で限定的に動いただけのUSNAの方が速度で優った。そのあたりのやり取りの結果が、急ピッチで進められているUSNAの南米再征服、通称「レコンキスタ作戦」のスムーズさに現れている。
一方、出遅れた新ソ連は南米を巡るグレートゲームには勝てないと判断し、支援を「橋頭保づくり」から「嫌がらせ」へとシフト。支援していた勢力を使い潰して時間稼ぎにかかったが、とはいえ遠からず南米がUSNAに制圧されることは免れないだろう。
代わりに、浮いたリソースを使って中央アジアに残る旧ソ連構成国の「回収」を開始。日本(ユーラシア同盟)側は独立保証等は行わず、「勢力に入るか、否か」の二択で回答を求める方針を貫いているため、これら地域は数か月以内に新ソ連に組み込まれることが確実視されている。当面の間、日本の対新ソ連最前線はモンゴルになるだろう。
日本は日本で、東南アジア同盟を挟んで向こう側に位置するオーストラリアを自陣営に引き入れるべく、USNAもといAEUと工作合戦の最中だ。なまじ鎖国中で内情が外に出ないのをいいことに両国とも好き放題しているようで、やれ戒厳令だクーデターだ暴動だと不穏な単語が飛び交っている。
既に自国での核開発も進行していて、元々「その気になればいつでも核武装できる技術を維持する」という方針だったこともあり上半期中には国産水素爆弾の配備が開始される見通しだ。
欧州でも実効支配できている北アフリカから南下し支配領域を広げようという動きはあるが、こちらは東欧戦争のダメージが大きく上手く行っていないようだ。
イギリスの歴史学者で、イラストレーターや風刺家としても知られるケビン・J・カーターは、現代を「復活した帝国主義の時代」と評している。
彼は著作において、22世紀の世界は順当に行けばアメリカ・中華・ソビエトという「3つの帝国」によって支配が行われるはずだったが、日本が中華帝国の座を簒奪してしまったので現在のアメリカ・日本・ソビエトという構造になったと分析する。
その上で、EUの東西分裂を発端とし新ソ連の侵攻によって国体がガタガタになった欧州の現状を「アメリカの付属物」として痛烈に批判。欧州がこの先生き残るためには、USNAとの同盟関係を密としつつEU内部の結束を強めて「第四の帝国」になるほかないと考察した。
この書籍において、最も危険視されているのは日本だ。帝国の簒奪者であるところの日本は、仮にこれ以上の野心がないとしても、正当性の不足からくる地盤の不安定さ故に積極的に帝国主義に走らざるを得ないとする。
これを共通の敵とし、EUが第四の帝国となることで「2対1対1」。そして新ソ連を道を違えた同胞として、彼等を正気に戻して「3対1」に持ち込み勝利する。さもなくば、世界は米日ソ三極による冷戦構造を打破できず、建前上でのみ平和な未来、すなわち「暗い秩序」が訪れる――。
「と、このイギリス人は言ってるが。まぁ3対1構想は無理だろう、どう楽観的に見積もっても100年はかかる。現実主義の皮を被った理想論、一番タチ悪いタイプの妄言だな」
言いながら、創一朗はそれ――この時勢には非常に珍しい紙の本――を閉じて机に置いた。こいつ前にもラーメン屋の風刺画書いてたし、画風は日系の癖にアジア人嫌いなんだろうな、と追加して、相手の返事を待たずにさらに言葉を続ける。
「だが正直、分析については鋭い部分もある。日本の戦力が
この本は図らずも、達也という絶対的戦力を有さない日本が進む道を暗示している。
そういう意味合いがこの発言の背後にあることを、対面で座ったままの達也は誤解しなかった。
「極東戦争、東欧戦争と来て大国同士の正規戦はひとまず落ち着いたが、世界情勢はまだ燃え上がったままだ。上の本音を言わせてもらうと、せっかく丸く収まりそうなのに新しい爆弾を投げ込まないでくれって話になる。実際のところ、お前は何がしたいんだ?」
「直球ですね」
この場において、達也が初めて発言する。
それは苦笑交じりだった一方で、創一朗が思っていたより悪印象が少ないように感じられる。
「持って回ったのは政治家の領分だ。俺は実態ベースの情報を持って帰る担当なんだよ」
「そのようだ。自分としても、隠し立てすることは特にありませんよ。人造レリックが思ったより早く完成したのはうれしい誤算でしたが、計画自体は以前から温めていたものです」
創一朗は一瞬だけ考える仕草を見せたが、すぐに頭を振って聞き返す。
「じゃあもう一歩踏み込もう。お前の目指すビジョンは、"魔法師による独立国家"か?」
「はは、本当に聞きたいことを聞いてきますね」
「こっちは組織だが、お前は個人だ。意思・判断・行為が1人で完結する前提じゃあ、言葉を飾っても意味ねーよ。ただ……」
「ただ?」
「思えば、こうしてお前と腰を据えて話すのは初めてだ。俺たちはずっと予測と先回りでお前に配慮し続けてきたが、案外こういう場こそ必要だったのかもなぁ」
言いながら無遠慮に紅茶をすすり、お供のスコーンにクロテッドクリームをたっぷりつけて頬張る姿からは、何ら嘘偽りを感じさせない。
ここが調布の四葉家東京本部であることを考えれば、その態度は客観的に失礼ですらある。
だが、
違いがあるとすれば、席に着く前の段階でいつものバイザーを外し、仮装行列も解除し、その異形の顔をはじめから晒していることだけ。
四葉の婿であり、最強の戦略級魔法師であり、おそらくは世界最先端の魔工技術者でもあることを全て知った上で、相手のテリトリーでこの態度を取れる者がどれだけいるだろう。
達也が四葉を継承して以降、彼の一高での友人たちは変わらなかった。FLTの開発第三課もまあ、最初から知っていた側に入る。
以上だ。四葉本家は勿論、国防軍の人間も含め、彼という存在の大きさに圧倒されない人間関係は貴重だった。
彼という存在を隠していたものが全て失われた現在、軍・政府側の人間として唯一まったく態度が変わっていない創一朗へ達也が向ける感情は、事実そう悪いものではなかった。
この決断をする最後の一押しとなった「あの日の七草真由美」への仕打ちを含めても、だ。
「……建国までは求めませんよ。今のところは」
「なら何も問題ないな」
結局のところ、この言葉を引き出した時点で、創一朗の任務は一定程度果たされている。
そのことをおくびにも出さず、彼はただ「上には計画を全力バックアップする用意があるぜ」と付け加えた。
「聞きに来といてなんだが……逆にこっちからも提案させてもらおう」
「それは支援の対価、と考えても?」
「いや、ダメだとシンプルに効率が悪くなるってだけだ」
創一朗の任務は第一に、司波達也に建国、あるいは日本国から独立する意思があるか確認すること。
「お前の計画。政府主導の新計画と一緒に進めないか?」
そして第二に、獅童の画策している「天道計画」に対し、司波達也の賛同を取り付けることだ。
「何故今、その話を?」
「計画の内容を聞けばわかるさ。簡単に言うとだな――」
――軌道エレベーターを基幹とする、宇宙太陽光発電システムだ。
10/2 12:05追記 モンゴルについて描写が矛盾していたため修正