――計画は3段階からなる。
第一段階、宇宙側の拠点となる静止軌道ステーションの作成。
第二段階、ステーションと地表をつなぐ輸送経路の作成。
第三段階、太陽光発電システムの構築。
これら全ての前提として、俺の「鉄槌」がある。
現行の技術で宇宙に行こうと思ったら、金も時間も人手も文字通り死ぬほど必要になる。ぱっと思いつくだけでロケットの材料代、燃料代、大掛かりな設備、人件費その他もろもろ。
俺の鉄槌で、そのコストを踏み倒す。地上から打ち出すだけならマスドライバーと同じだが、俺なら飛んでる最中の物体を追加で加減速させたり方向転換させたりも自由自在だ。2階のベランダに新聞投げ込むノリで宇宙に荷物をお届けできる。しかも1発当たり最大500トン、日に8回まで負担なく発送可能。この辺は直近の打ち上げで実証済みだ。
これを利用してまずは赤道上空、静止衛星軌道上に基地を作る。
こないだ打ち上げた静止軌道ステーション「そら」がその核になる存在だ。既に本体の軌道投入には成功してて、現行でも宇宙ステーションに相当する機能は持たせてある。次は中身、有人打ち上げだな。今それ用の宇宙飛行士を訓練中だが、構成員は極秘に選抜した高レベル魔法師で占められてる。
彼らには史上初となる魔法師の宇宙飛行士としてステーションに常駐し、360回に分けて打ち上げられる部品をドッキングさせる作業に従事してもらう。
無重力空間での念動力の暴れ方は凄いぞ? 船外に出ずに物体の精密操作が可能だし、何もないところから斥力を生み出して好きなだけ移動できるからな。これは俺と同型の調整体か俺自身が担当することになるだろう。デブリ対策もあるから、設備完成後も相当数の魔法師を交代で常駐させる必要があるな。
全ての機能が揃った「そら」は、物流倉庫並の容量と専用の原子炉を持ち、最大1,000人が居住可能な宇宙コロニーに近い存在になる。イメージとしてはデカい潜水艦だ、危険性もそれに準ずるレベルまでは抑えられる。お前が協力してくれるなら……マジストアって言ったかあの量産型レリック、アレを使って人工重力の生成も可能だな。
基地が完成すれば次は第二段階だ。このステーションと地表をつなぐ輸送経路を作る。
輸送経路って言い方なのは、なにも物理的な手段である必要がないからだ。今構想されているのは、基地と地表に高レベル魔法師を1人ずつ配置しての疑似瞬間移動だな。精霊魔法や設置型魔法でガイドビーコンを設置したり、刻印魔法で補助したりを組み合わせて「仮想軌道エレベーター」と呼べるものを構築できる。
確かに試算では、要求される魔法力はかなり高い……試算では司波深雪や九島光宣相当を要求されるが、それこそお前の量産型レリックの技術があればかなり簡略化できる。これからは魔法師の評価基準そのものが変わるかもな。
ここまでできれば、俺が関わらなくても宇宙にものを配送するコストは劇的に少なくなる。
そしたら満を持して第三段階、ソーラーパネルを死ぬほど宇宙に飛ばして発電システムを作る。
小型で高効率の太陽光発電パネル自体はとっくに実用化されてるから、あとはコストと製作時間、そして宇宙空間でのドッキング作業の問題だ。
第二段階完了までの数年間で、システム側でメンテナンスの手間を最低限にしたものを大量生産する。あとは静止軌道ステーションのノウハウを活かして、魔法を使った組み立てを実施する。船外作業不要だからな、この優位性を活かさない手はない。
とはいえ完全メンテナンスフリーって訳にもいかないし、修理や老朽化更新以外でも将来新型が出来たら飛ばしなおしが必要だ。
現在のところ、まずは1GW級発電から始めて最終的には日本全体の消費電力の8割程度をカバーできるレベルまで到達させる。とはいえ他国への売電も計画に含まれるから、国内に占める宇宙太陽光発電の割合はせいぜい4割から5割くらいになるだろう。既存の発電所や、お前の作る核融合プラントで残りをカバーする必要がある。太陽光一本に依存しすぎるといざという時が怖いからな。
後はそう、送電方法はレーザーによる遠隔給電になる。地上に「的」になる受電設備を作って、そこに変換した電力を照射する感じだな。今の技術だと精度的にちょっと不安が残るが、ここは作って運用してるうちに改善可能だろうと見ている。
ここまで完成したら最後に、電力での収益を元手にカーボンナノチューブを大量生産して、静止軌道と地表の双方向からケーブルを伸ばして接続すれば、晴れて軌道エレベーターの完成だ。
ちなみに、軌道エレベーターの建設には重力と遠心力で重さのつり合いが取れるように静止軌道の反対側に重しが必要と言われているが、これは手ごろな小惑星を魔法で連れてくるという形で実現予定だ。
今の計画だとここまでで約30年と見積もられてるが、これは現代の技術をそのまま用いた場合であって、今後の魔法技術の発展次第でもっと短くなる可能性が高い。
そもそも今、宇宙開発の障害となっているものは何かっつうと。まぁ全部だ。
まず動機がない。冷戦の時は弾道ミサイル技術からスピンアウトした宇宙開発競争があったが、今はもう落ち着いてしまってる。昔は戦争の代わりだったから盛り上がったが、今はただの公共事業だ。
次にリソースがない。ロケット1本飛ばすのに数億から数十億、それを山ほど打ち上げてトライ&エラーが必要、それで得られるものは技術だけで元が取れるようになるまで何年かかるか分からないと来た。それこそ一人で何兆円も持ってるような大金持ちが個人の趣味でやるんでもなきゃ実現不可能だ。
人類の未来とか平和の希求とかそういうのは自分が飢える心配がないから言える台詞であって、世界の全員が餓死・凍死から無縁でいられない時代を経た今は違う。昔と比べて、世間の目ははるかにシビアだ。
手段もない。ロケットは全重量のほとんどを燃料が占める。人類の技術は大気圏を突破するまででほぼ力尽きてて、人工衛星や人ひとりくらいなら無理くり飛ばせても、ちゃんとした基地の設営や資源採集なんて夢のまた夢だ。
だが、今の俺たちは違う。
俺の魔法で、宇宙空間に物体を投入するコストを減らす。
あとはたった1つ、それさえできれば、他の問題は既に解決の糸口があったんだ。
動機はある。これからの世界は冷戦構造だ。宇宙開発で優位を取ることには意味がある。
リソースもある。軌道エレベーター建設には周りの設備やら何やら含めて数兆円必要と言われてるが、今の俺たちには大陸から流れ込んでくる莫大な権益がある。
物納してもらってる穀物やらなんやら、そのままだとタダ同然で市場に流れて日本人が失業するから間に公社を挟んで「国産の同等品よりだいぶ安い」程度まで価格統制をする。それで巻き上げた金はつまり税金なので、軍事費に回しすぎると世論がうるさい。だから"あぶく銭"として公共事業に全部突っ込んで、関係者への給料に充てる。
するとどうなる? 魔法師任せで米ソと比べたら桁ひとつ低い軍事費、冷戦構造による統制国家化への正当性、挙国一致規模の公共事業による第二次産業の発展、旧大亜連合領から低賃金労働力を大量確保。もはや戦後ではなくなってからバブルが崩壊するまでの、日本の経済的全盛期35年間と同じ条件を揃え直せる。
手段もある。横浜で俺たちが制圧した大亜連合の原潜、大量に飛ばしたドローンへの給電どうしてたか知ってるだろ? アレと同じことを宇宙でやればいい。
その分野で日本はUSNAと並んで世界最先端にいる。静止軌道から地上の受電施設に向けてレーザー給電する技術は既にあるんだ。カーボンナノチューブの量産も、軽量高効率の太陽光発電パネルも、2096年の技術なら実用レベルのものが用意できる。
こうして整理すると何も問題がない。ならやるしかないよな?
んで、詳しい協力の話はここからだ。
今、上がオーストラリアを味方に引き入れようとあれこれ画策してるのは、天道計画の用地が赤道上、ナウル沖あたりの海上になるからだ。東南アジア同盟の承諾は取れるだろうが、如何せんオーストラリアから近すぎる。
拠点は人工島になるだろう。海底に基礎をつないで金属製のプラットフォームを作る石油リグみたいな方式だが、受電設備は本土の近くに置くとしても、エレベーターのふもとは世界唯一・最大の宇宙港になる。国際空港から軍事基地まで備える世界最大の人工島になる予定だし、周りにほぼ何もないことを考慮すると、人工島そのものに居住可能な環境を作る必要が出てくるだろう。イメージは昔の軍艦島だな。
そこで一つ目。お前の計画してる核融合炉プラントをここに置かないか?
本来なら産業は分散させた方がいいんだが、魔法師が常駐してそこを防衛するとなれば話は別だ。本土を十文字家が守るとして、俺らでカバーできるのはせいぜいあと1カ所。離島に心臓ふたつ用意するより、まとめて守った方が効率いいだろ?
理由はほかにもある。元々この海上拠点を活かして、ナウル沖の海底資源……マンガン団塊なんかの採集をやる予定だったんだよ。確かお前のプロジェクトの中に海水のろ過と鉱物抽出の項目あったよな? その部分を統合して一個の組織にまとめたい。
ただ、USNAと取り合いになるのを避けるためにオーストラリアを……まあそれはいいとして、介入防止のためこのプロジェクトはユーラシア同盟内のリソースだけで全て完結させる。場所の提供は東南アジア同盟、労働力はIPU、技術と防衛は日本だ。外からの支援の類は一切受け付けないし、破壊工作の類も全てシャットアウトする。だからお前も、協力してもらう場合は外国からの支援は受けられなくなることは留意してくれ。その分こっちで金出すから損も遅延もさせないけどな。
それともう一つ。軌道エレベーター建設には約30年かかると見込まれているが、実際の運用開始は2~3年でできるし、お前の協力があると実稼働はもっと早くできる。
別に「魔法師同伴で数名が同じ場所を行ったり来たりする」だけなら、別に物理エレベーターを通す必要ない。宇宙服着て、魔法でガイドビーコン出して、あとはそれを頼りに疑似瞬間移動すればいい。非魔法師を同伴させないなら宇宙服もいらないかもな。
その「疑似瞬間移動」用にお前の開発した量産型レリックを使いたい。さっき説明の時にも話したが、政府案では静止軌道ステーションと地上の間を移動するのに高レベル魔法師の同伴が必須だが、恐らくこの部分はレリックがあれば一般化できる。経済的なメリットは桁違いだ。
お前には、人類の未来を担う人工島の
「って訳でどうだ、悪い話じゃないと思うが」
ここまで滔々と語っていた創一朗の話に、達也は一切口を挟まなかった。
その計画が齎すものと、魔法師への、世界への影響をフル回転で考えていたからだ。
そして達也の明晰な頭脳は、創一朗が口を閉じてからほんの数秒で結論を見出した。
「……。わかった、ここからは国防軍の特務士官としてではなく、対等の交渉相手として話させてもらう」
「いいね、やっと本気になってくれたか」
達也の眼の色が変わったのを見て、創一朗は交渉が核心部分に差し掛かっているのを感じた。
「
「示唆的だな。魔法師のあるべき未来みたいな話か?」
「そこまで気取るつもりはないが……いや、俺の心構えに関わらず、結果としてそうなるのだろうな」
「はは、エフレイムにずいぶんデカいものを背負わされたな。お前がそこまでしてやる義理あるのか? 魔法師すべての在り方に口出せる立場ってのは、つまり
「やりたくてやってる訳じゃないのは認める。だがどうやら、これをやらないと国家の意向ひとつで人権を剥奪されるようだからな」
「それは卒業式の件を言ってるのか? なら言わせてもらうけどな、それは現在の地球上にいる全ての人類が同じ条件だ。お前だってまさか基本的人権的なものがいついかなる場合も必ず守られるとは思ってないだろ?」
「極論で話をすり替えるな。問題はいつもグラデーションの中にある。それをどちら側に押しやるかという話だろう」
「じゃあお前はどこまで進めたいんだ? そのグラデーションって奴を」
「そこだ。"魔法師の持つ権利"という点で、俺と政府の考え方には根本的な相違がある」
この時2人には、ある種の演武をしている時のような、2人でダンスをしているような、妙な一体感があった。
その場に形作られた勢いのようなものに合わせ、同時にその目標を宣言する。
「ESCAPES計画が目指しているのは、魔法師の軍事利用からの
「天道計画が目指しているのは、魔法師の軍事力としての
それは、通る経緯は同じかもしれないが、一方で根本的に相容れないもの。
だがとりあえず、序盤の部分。「魔法師の権利を拡大し、必ずしも軍事に関わらないこともできるようにする」という点では協力が可能だ。
政府側が当初想定していた「落としどころ」もそのあたりになる予定だった。
だが。
「政府の天道計画には、裏の意味もしくは続きがある。そしてそれは、日本の覇権を確たるものにする軍事計画だ。違うか?」
鋭い視線を受けて創一朗は、降参とばかりに両手を挙げた。
「お前すげーな……
創一朗は悪びれもせず続ける。
それを隠す予定は最初からない。
何故なら、やっている途中で絶対に隠せなくなることが分かっていて、そして司波達也は、いつでもその計画を武力でひっくり返すことができるからだ。
結局世界は、達也の承認、最低でも黙認なくして何かを進めることはできないのだから。
――天道計画の本当の目標は、静止軌道ステーションを筆頭とする数千基の衛星網による全天監視と、発電用の超高出力レーザーを利用した
ある意味では、世界征服と言ってもいいかもな。