天道計画の始まりは、旧冷戦期に米国が考案した戦略防衛構想であった。
スター・ウォーズ計画という通称で知られるそれは、人工衛星による監視とレーザー兵器を使った防衛システムを組み合わせて、旧ソ連から核ミサイルが発射された時、米本土に届く前にそれを無力化するというものだ。
1980年代当時はコストがかかり過ぎるとして中止されたが、今、創一朗の打ち上げ能力があればその前提は変わる。
軌道エレベーター建設が現実的になる程度の打ち上げ能力を確保しているのは、現状日本だけ。もっと言えば、それは榊創一朗という個人の異能に立脚する力であって、科学力ではない。
だからこそ、この先何らかのブレイクスルーが起こるまでは打ち上げ能力が独占される。
表向き、「天道」は軌道エレベーターそのものの名前だ。天の道という意味になる。だが実際には、計画名としての天道はもっと広い意味を包含する。
軌道エレベーターの建設予定地点は、赤道と180度経線(日付変更線)の交点付近と計画されている。静止軌道ステーションによる送電能力が及ぶ範囲は、そこから概ね経度で東西60度ずつ、緯度で南北35度ずつだ。当分の間レーザーでの送電はこの範囲で行われ、陸地の受電施設のほか、太平洋を航行する大型船舶への給電も可能と見られている。
地図で見ると分かりやすいが、ほぼ太平洋の全域を示し、入る陸地はオーストラリアとニュージーランド、東南アジア各国、太平洋諸島の各国、日本、アラスカ、朝鮮半島、旧大亜連合本土とアメリカ西海岸のごく一部。広さの割に、陸地が非常に少ない。
この点をもって「送電用レーザーの軍事利用や誤射を避けるための最大限の努力」と称し、表向きはエネルギー確保のための政策として打ち出す訳だが、実際の計画はここからだ。
第一段階として、各国への売電のためという名目で各地の上空へ静止軌道ステーションを作り、世界中へのGW級送電網を築き上げる、静止軌道衛星は3基あれば地球全土をカバー可能だと言われているが、冗長性や整備期間を考慮して多めに打ち上げを実施予定だ。
またこの時、飛行機が射線上に入るのを防ぐという名目で世界中に監視衛星や送電用の成層圏プラットフォームを打ち上げる。レーザーの照射中に飛行機などが通りかかってしまうと丸ごと蒸発しかねないので主張は事実だが、これで以下のフローが確立される。
「人工衛星が対象を見つける」
↓
「衛星通信で連絡を回す」
↓
「軌道エレベーターから対象最寄りの静止軌道ステーションへ送電」
↓
「ステーションから対象へレーザーを撃ち込む」
すなわち、全世界どこへでもレーザーでの爆撃が可能になるということだ。
この時点で「誤射回避」も何もなくなる訳だが、安く大量の電力エネルギーを売るという誘惑に各国は勝てまい。
第二段階として、静止軌道ステーションとそこに常駐する魔法師戦力を利用し、大気圏を突破する飛翔体すなわち弾道ミサイルや宇宙ロケットの類がすべて迎撃可能であることを、デモンストレーションなどの手段で証明する。
またこの時、情勢的に必要であればスペースデブリの除去と称して他国の人工衛星や成層圏プラットフォームを片っ端から撃ち落とす。あるいは、撃ち落とす能力があることを証明し、「制宙権」の制圧を宣言する。
本段階をもって核ミサイルと衛星兵器は全て陳腐化し、またこれ以降、世界は日本の許可なしに宇宙開発を行えなくなる。
第三段階として、迎撃高度を一気に下げて飛行機も落とす。AIによる識別とIFFの合わせ技で、登録外の飛翔体は自動で検知され一瞬のうちに全て破壊されるようになる。
ここまでくれば計画は完遂だ。世界の空はライト兄弟以前まで退行し、日本だけが空の権益を独占してのびのびと宇宙開発に精を出す。日本が直接的な軍事進攻を行わずとも、世界中の冨や才能は自然と日本へ集中し、手を下さずとも22世紀が終わる頃にはすべての国家が属国のようになっているだろう。
世界の空に蓋をして、地球まるごと植民地に変えてしまう。それが計画の全容だ。
そして、空の彼方から人々を監視する超越的存在のことを、日本人は畏敬の念を込めてこう称する。
「お天道様は見ている」
そこから取って天道計画だ、と創一朗は言う。
「本当はこれをあと半年後くらいに公表して、ああ表向きの部分だけだぞ? それでトーラス・シルバー両名を計画に招聘するつもりでいたんだが……先を越されちまったな」
「それだと迎撃システム完成前に核攻撃を……そういうことか」
言ってる途中で思い至ったらしく、達也は途中で勝手に納得した。
「そういうことだ。お前がふもとに核融合プラントを作れば、軌道エレベーター……長いから天道って呼ぶが、天道への攻撃に必ずお前も巻き込まれるから一緒に防衛せざるを得ない。一発目を防いでしまえばあとは人類の未来への攻撃ってことで開戦理由だし、武力攻撃しなくても"そういうことする奴には電力売ってやんねー"でほぼ完封できる」
「なるほど、そういう意味での"守り神"か」
「辺境伯でもいいぜ? 人類が持つほぼ全エネルギーの『元栓』を握る立場だ。とらえ方によっては一国の王より権力あるんじゃないか」
「俺が軌道エレベーターごと独立を企図したら?」
「止めることになるな。この計画はあくまで日本の権益であることに意味がある。あとユーディトと関わるのやめろ。ユーディト・エフレイムは誰にでも公平だから、全員が不公平だと感じる裁定しかできない。あの日原潜で話を聞いたお前なら言ってること分かるだろ。あいつの口車に乗ったら2人まとめて世界の敵だぞ」
「なら、俺の回答も自ずと決まってくる。与えられた"自由"それ自体が悪だとは言わないが、それだけでは生殺与奪権が相手に渡ってしまうと気づかせてもらったからな。俺や深雪の身に理不尽が降りかかろうとする時、そのカウンターになりうる力が必要だ。日本政府の計画に包摂されれば、大儀は残るようでいて自立性が失われる」
「解体という結果の前に十師族という過程を見ろ。お前のそれは"自由"じゃなくて"特権"って言うんだ。次に来るのは未来じゃなくて腐敗と選民思想、その次は市民革命か絶滅戦争だ。その頃にはお前も俺も寿命で死んでる、今度は穏便な解体じゃ済まねーぞ」
「そっくりそのままお返しする。絶対権力は絶対に腐敗するという言葉通りだ。今のお前たちには腐敗の歯止めがない」
「だからって独立チラつかせて脅すのはやり過ぎだろ。混在してなきゃダメなんだよ俺たちは。世の中の戦争ってのは全部"こっちと向こうは違う"から始まる。なにも自分でそのスタートを切ることないだろ」
説得は、しかしお互いの譲歩が交わらないまま、いつしか言い合いへと変わっていく。
「何年かこの立場で働いてきて分かったことが1つある。魔法師は種族レベルで堅気の仕事が向いてねぇんだ。荒事に向いてるから重宝されてるだけで、本質的にはヤクザもんだよ俺らは。大体な、魔法師を軍事から脱却させて、それで何するんだ」
これまで即答だった達也が、ここで初めて答えに窮した。
達也自身にはいくらでも才能がある。トーラス・シルバーとしてのCAD開発能力、ループ・キャストや汎用飛行魔法、アクティブエアーマインなどに代表される魔法開発能力、計算力、プレゼン能力、事務処理能力、情報処理能力、分析力、語学力、身体能力、手先の器用さ。
どこに行っても、どんな尺度で見られても食うには困らないだろう。むしろ魔法力至上主義に染まっていない分、非魔法師の世の中で研究者でもやっている方が大成できるかもしれない。
だが達也は、主語を「魔法師の」まで拡大してしまった。
「暴力しか能がないとまでは行かなくても、適性を考えた結果一番向いてるのが暴力だってヤツがお前が思ってるよりずっと多いんだよ、俺も含めて。そもそも魔法師ってのはそういう作られ方してるんだからな」
「……」
「望まぬ軍役に就かざるを得ない魔法師。そりゃあさぞ多いだろうよ。でもそいつらって、"職場に隕石落ちてこねーかな"とかブツクサ言いながら働いてる非魔法師の会社員と何が違う?」
「それは流石に」
「一緒だよ。魔法という能力を除けば、一般人の精神レベルなんて何も変わらないし変わっちゃダメだ。そこ違うんだったらいよいよ異種族だからな。好き好んで仕事してる奴なんか早々いるもんじゃねえんだよ最初から。でも逃げても押し付けても仕事は消えてなくならない。必ず誰かがやらないといけない。だから向いてることを割り振って渋々働くんだよ全員な」
「改善それ自体を否定するかのような言いぐさだな」
「そこまでは言わねぇよ。ただお前の案は急進的過ぎる。別に、俺らの計画にのっかった場合でも魔法師の権利は拡大するだろ? 宇宙プラットフォームの管理は明確に魔法師の働き口だし、大きな利権になる」
「出所の問題だ。与えられた権利だけでは脆弱性がある。勝ち取った権利も必要だ」
「だからって独立は……話が戻ってきた。ここまでの言い合い必要だったか? これ」
「不要だろう。俺は国家の統制下にない力を求めていて、お前たちはそれが許容できない。主張が平行線であるという確認は取れた」
真面目くさった顔で達也に返されて、創一朗は大きくため息をついた。
「……どうしても退く気はないんだな?」
「ああ」
「そうか……分かった。なら、これ以上話し合っても意味ねーな」
「ああ。これ以上言葉を尽くすことに意味はない」
そのやりとりがある種のわざとらしさを持っていたのは、意見を異にした二人、否、一人と一国が、しかし「分かり合えない」という点でわかり合っていたからだろう。
既に結論が出ていて、しかし最後までやり切ることに意味があり、互いに流れを理解した上であえて行われるやり取りは、当然の帰結としてある種芝居がかったものになる。
創一朗はしかし、険しい表情のままソファから立ち上がり、言った。
「表へ出ろ」
達也は座ったまま、ただ冷徹にその眼を見ていた。
「勝負だ司波達也。どちらが正しいかは戦いで決めよう」