司波達也と鉄仮面の交渉が決裂した2096年5月現在、オーストラリアは無政府状態にある。
だが、そのことを知っているのは一部大国の上層部と諜報機関関係者、それと当事国の国民くらいだ。国防海軍特殊部隊の隊長職にある創一朗ですら、「何やら不穏な情報が飛び交ってる」程度にしか認識していなかったが、状況はそんな悠長なレベルにない。この時点でバリバリの交戦状態であった。
だが世界は普段通りに回っており、米ソ日による三極構造に変わりはない。各国は直近まで行われていた戦争の後始末に大忙しで、国境の再編から被災地の復興まで、良くも悪くも「日常」の中を過ごしている。
これは世論が無関心だというよりは、オーストラリアが長らく鎖国体制にあったせいだと考えられた。数十年に及ぶ事実上の鎖国の結果、海外諸国とのつながりが公的なもの以外全く残っていなかったのである。
オーストラリアで発生した軍事クーデターに端を発する騒動は、ついに国家そのものを分裂させ内戦へと発展。もはやいくつの勢力に分かれているかも判然とせず、正確な戦況が誰にも分らなくなってしまっている。
元々オーストラリア政府は第三次世界大戦でその豊かな国土を狙われ続けた経験から、一貫して鎖国・自給自足・武装中立を掲げている。だがかつての日本がそうだったように、ありとあらゆる関りを全て拒絶しているわけではない。
制度上の海外旅行や貿易や外交の概念は維持されているが、「テロリストの取り締まり」という名目で到底達成不可能なビザ交付条件を提示し、入出国を事実上不可能にしているのだ。一応、政府の管理下で最低限の貿易は行われているし、陣営にこそ加盟していないが各国に外交官もいるにはいる。
ただ、そんな彼等でも義理から逃れられない相手がいる。旧宗主国たるイギリスだ。
豊富な鉱産資源と膨大な食糧生産能力を誇るオーストラリアでは、自給自足で生きていくこと自体は難しくない。ただ人口2000万かそこらしかないために大国としては軍隊が弱いという問題がある。否、かなり軍備に力を入れてはいるのだが、それこそ大亜連合・新ソ連・IPU・東南アジア同盟そして日本が一堂に会する魔境のすぐ南という位置の悪さのせいで見劣りしてしまっていた。
常に国防を懸念していた彼等は、イギリスから秘密裡に魔法技術の援助を受けることで、自国では開発できなかった魔法師戦力を確保していた。
大抵のものは自給できるオーストラリアだったが、魔法技術はイギリスに依存していたことで、彼等の「頼み」は無下に出来なくなった。その結果が4年前、沖縄戦後に起こった米英豪多国籍軍による日本との暗闘だった。
自在に津波を作り出す「海割り」は、射程数十キロという制約のあった「深淵」とは格が違う。これを日本が持てば、彼等以外の誰も太平洋の権益に手が出せなくなる。
その報告を見て、イギリスのマクロードはアメリカ人にこう嘯いた。「海割りがある限り、次の太平洋戦争は必敗だ」。
次にオーストラリア人にこう告げた。「地獄から大日本帝国が蘇ろうとしているぞ」。
効果は覿面で、すぐに多国籍軍が編成された。西洋世界の安全保障にとって脅威になる戦略級魔法師「鉄仮面」を排除するとし、極秘に派遣された暗殺部隊だ。
その絵を描いたのはイギリスのマクロードであり、そうなるのは当然のことだ。「海割り」の登場で最も脅威を感じたのは、本土が日本より小さな島国のイギリスに他ならない。
そしてオーストラリアは敗北した。派遣した工作員は捕らえられ、当のイギリスからは尻尾切りされ、「テロ支援国家」の汚名だけが残った。
英米に嵌められて「鉄仮面」を敵に回してしまったことで、元々抱えていた国内の反英感情が制御できなくなった。
政府は、場当たり的対処として責任は英国にあるという立場を取り英国と断交。以来完全鎖国体制に入っていたが、それからもずっと国内世論は紛糾していた。
曰く、正義はこちらにあるのでここで引き下がるべきではない。
曰く、イギリスが信用ならないならUSNAに守ってもらえばいい。USNAは同じ被害者だ。
曰く、そもそもこれはイギリスと日本のケンカであって、オーストラリアと日本のケンカではないのだから、今からでも日本に味方すればいい。
曰く、米英では遠すぎ、日本には不義理があるとすれば、あとは大亜連合しかない。大亜連合に付こう。
この時点で既に、米国のCIA、そして英国のMI6の介入がある。日本と大亜連合が不穏な動きを見せていた情勢下で、彼らは数少ない「拠点」であるオーストラリアの確保を確実なものにしようとしていた。
オーストラリア政府は完全な鎖国体制を作り上げたつもりで、その実政府主導の貿易に関わったり、そもそも公務員を取り込んだりして浸透していた工作員に対処しきれていなかった。ここが政府最大の失点だったと、後年の研究では取り沙汰されることが多い。
ただ、工作員らにとっても誤算であったのは、国内の意見がまとまる前に極東戦争がはじまり、彼等があれだけ怖がっていた「深淵改二」はその本領を発揮。あれよあれよという間に大亜連合が国家ごと消滅してしまったことだ。
民衆はパニックになった。オーストラリア史は序盤で大英帝国に怯え、中盤で大日本帝国とその影に怯え、終盤で中華帝国に怯えてきたからだ。
東南アジア同盟までも日本側についたことで、いよいよ彼等は追い込まれ、決断を迫られていた。
このまま日本に代わる「西側の防波堤」になるべきなのか、それとも自らも「大東亜共栄圏」に入るべきなのか。
その論争に便乗して介入を試みたのが日本の国防軍情報部であり、元々いたUSNAのCIAやイギリスのMI6とかち合い、どさくさに紛れる形で新ソ連のKGBまでも現れた。
時間をおかず、国内メディアの報じる内容が矛盾するようになった。
大学教授や政治家、官僚、軍高官、芸能人らが公然と特定の国家を「高く評価」する言動を繰り返すようになった。
連日デモが起こるようになった。政庁はマヒし、学校は機能せず、警察は対処に追われて業務がストップした。
テロ事件がいくつも起こった。シドニーのオペラハウスが爆破され、在豪イギリス大使館にトラックが突っ込み、中華街で毒ガスが撒かれ、日系オーストラリア人が立て続けに射殺された。
親米・親英派はアジア人がやったと騒ぎ、親日派はイギリスの陰謀だと喚き、中立派はスパイの摘発が不完全だからこんなことになると言い立てた。
そして厄介なことに、彼らの言い分は
中華街で虐殺をやったのはオーストラリア軍の魔法師(ジャスミンの姉妹機に当たるウィリアムズファミリー調整体)だが、彼女が「そう」なるように細工したのは陸軍の魔兵研だった。ただこれはCIAから下手人を暴露されたせいで全くの逆効果になり、世論は日本を恐れる方向に進んでしまった。
大使館にトラックが突っ込んだ件はイギリスMI6の自作自演だ。テロとの戦いを名目とした軍事介入を仕掛け「米英の支援するシドニー派VS日本の支援するメルボルン派」の形に持ち込んで朝鮮戦争の焼き直しをやる用意があったが、予想以上に民衆の反英感情が強かったため頓挫した。
日系オーストラリア人殺害の件はCIAが裏で支援している白人至上主義過激派の仕業だ。ただしこれはUSNAの意図したものではなく、現地組織の日本への憎悪を煽り過ぎて暴走させた結果だった。これのせいで日本軍の魔法師部隊による本格介入を招き、前述した中華街への「八つ当たり」を筆頭に徹底した弾圧を受ける羽目になった。
オペラハウス爆破の件はKGBの工作だ。大それたことをやった上であえて犯行声明も思想の暴露も行わないことで民衆の不安を煽り、そこにつけ込んでオルグしていく狙いがあった。しかし他いくつかの機関による工作が立て続けに起こったせいで内戦に突入してしまい、それどころではなくなってしまった。
つまり、お互いがお互いの足を引っ張って全員が失敗した挙句、加熱しすぎた状況が誰にもコントロールできなくなった。最悪だ。
面倒なことにこれら情報機関の足並みは全くそろっておらず、しかも現地組織を完璧に統制できているとも言い難い状態だったため、ほぼ同陣営のCIAとMI6ですら互いに協力できていない有様だった。
戒厳令が出てインターネットが遮断された頃には、それらの対立は完全に後に引けない所まで来ていた。
デモはいつの間にやら暴動になり、鎮圧にあたる警官や軍人が対処し切れず実弾を使い始め、それで民衆が虐殺され鎮圧かと思いきや「待ってました」と言わんばかりに反政府組織がいくつも現れ、4つの情報機関がそれぞれ大量に武器支援したせいで先進国の正規軍並に武装が整っており、魔法師による破壊工作の痕跡さえ見つかり……。
オーストラリアの地は大国らの諜報機関による工作合戦の舞台と化し、今や都市部は何つ巴かも分からないような泥沼の内戦の中にある。当の諜報機関らさえも状況をコントロールできておらず、最早誰と誰が戦っているのかさえ定かではない。
かつて政府だった残党組織が確保できているのは首都キャンベラの周辺だけで、シドニーもメルボルンも激しい市街戦を伴う陣取り合戦の中、今どこの勢力が保有しているか誰にも分からない有様になっている。辺境では中央政府の統治が及ばなくなったのか勝手に東南アジア同盟やIPUと交易し始めているのが確認されており、最早オーストラリアは無政府状態に近い惨状だ。
政府が機能を停止したことで、それに乗じて事実上傀儡化していたニュージーランド政府が独立を宣言し、日本はすかさずこれを承認・保障。USNAはこれに反発しハワイから原潜を持ち出して極秘裏のにらみ合いを続けている。
そして質の悪いことに、日本以外の諸国にとってこの種の「やらかし」は初めてではない。アフリカや南米で無政府状態に陥っている地域の何割かは、第三次大戦中に煽動や分断工作が「上手く行きすぎて」収拾が付かなくなったことに端を発する。
オーストラリアの騒動の最も恐ろしいところは、デモ→暴動→テロ→戒厳令→内戦と事態が急速に悪化し、明らかに万単位の死者が出て大国1つが瓦解しつつあるにも関わらず、そのことが海外メディアにほとんど知られていない点にある。
彼等は長らく鎖国体制を取っていたため外部と連絡手段を持つ民間組織の人間が極めて少なく、数少ない貿易関係者もほぼ政府と繋がりがあった。前提がそうであるから、干渉していた諜報機関が共謀して「やらかし」の隠蔽に取りかかった時、それが容易に成功してしまった。
結果として、国際世論が得られた情報は「オーストラリアで何か騒動が起こっているらしい」という極めてぼんやりとした物に限られ、多くの人間にとってそれは「どこか遠くの国で起こった出来事」に過ぎず、押し寄せてくる極東戦争と東欧戦争の情報量に押し流されるようにして民衆の関心から消えていった。
時代が下り、第四次世界大戦でのあれこれが「戦争の中で数多生まれた悲劇の一つ」として中立的・俯瞰的に記録できるようになり始めた時分でさえ、この時期にオーストラリアで何が起こっていたかを示す情報はほとんど回収されなかった。
死者7億、人類史上最大の虐殺と呼ばれる大亜連合滅亡のあれこれと、内容も決着も死者数も分からず仕舞いになってしまったオーストラリア内戦。
後世ではその両者を筆頭とし、この時代を指してこう呼ぶ。
科学あれど、倫理なき時代。
この時オーストラリア国内で起こっていたことが表沙汰になるのは、およそ50年後。
年限のため各国情報機関の機密文書が段階的に公開されていくのを待たねばならなかった。
この話には教訓がある。
国家は国際社会の義理と不義理の中で絡み合っていなければ、大国がこっそり蠢動した時誰も止めてくれないということだ。
欧州の複雑な同盟関係が連鎖崩壊することでWW1は起こったが、それを嫌って国際社会で孤立すれば誰からも助けてもらえず、ひいては大国による専横を逃してしまう。
この教訓は遠くAEUにて活かされ、スイスが武装中立から妥協して西EU加盟を決断するほど大きなものであった。