極東戦争から30年が経った今も、国防海軍の最高戦力たる対魔装特選隊の本部はここに位置していた。
その一室、座学や作戦会議などに使う小さめの部屋には、ひとりの若い女性が座っていた。
顔立ちにはルーマニア人である母親の血が強いのか、茶色の長髪に青灰色の瞳と東欧系の面影が強い。しかし背格好は父親譲りなのか、かなりの長身と豊満な肉体を誇る。
キリっとした顔つきで軍服を着こなし、背筋を伸ばして座る様は、「女性士官」というより「女騎士」然としているように見える。
十文字
彼女が特選隊に出向してきたのが2か月前。以来、訓練に任務にと忙しく走り回っていた。
(思ったよりも早く着いてしまったな)
視界の端に目をやろうとすると、AIが脳波を読み取って「画面端」の現在時刻を強調表示してくれる。
2126年現在ではいわゆるスマートコンタクトレンズが普及しているので、普段から視界の中にUIが共存しているのが普通だ。21世紀初頭の基準で言うと、FPSゲームの画面のようなUIが現実でも表示されている状態が近い。
それによると現在時刻は9時46分。まだ会議まで15分ほど残っている。
ならばと視界端のコンソールを入力していくと、視界にニュース映像が投影された。
生来真面目な質の上に、5分前行動の5分前行動……みたいなことを平気でやる古巣*1のノリが身に染みている彼女は以前まで、休憩時間だからとデバイスを弄って隙を晒すなどあり得ないと言った風だった。
だが、高校生当時から"陸軍最強"であり続けてきた彼女が、ここに来てからの2ヵ月だけで3度も模擬戦に敗北している。
その事実は大いに彼女の心を解きほぐし、現在では早くも「こういう在り方もある」と共存できるようになってきていた。魔法師はより強い魔法師にのみ従うのである。
翻って、ニュースの画面はどこかの人混みを映しているようで、合成されたニュースキャスターが至って冷静に台本を読み上げている。
――きょうは12月1日水曜日。戦勝記念日、祝日です。
こちらは東京新都心、オフショアタワーふもとのライブビューイングの映像です。
今年は極東戦争そして第四次世界大戦の戦勝30周年の節目ということで、通常の式典と現在ここには戦勝を祝う若者が詰めかけ大混雑となっております。
このあと10時から総理による談話の発表が予定されているほか、12時からは3軍合同による記念パレードが――
そこまで聞いたところで部屋に新たな人影が現れ、意識がそっちに向く。
現在彼女が投影しているニュース映像は共有モードなので、新たに入ってきた兵士の視界にも画面が映っている。
それが分かっているので、彼女は画面を見ている前提で話を振った。
「世間は随分浮かれているようだな」
「毎年のこととはいえ……今年は特に凄まじいですわね」
入ってきた小柄な人影――
そのお嬢様風の喋り方が似合っているのか何なのか、彼女もまた白人の血が強く金髪碧眼。何より、顔のパーツだけ見れば西洋絵画の女神がそのまま出てきたような圧倒的な美貌を誇っている。
父:九島光宣、母:アンジー・シリウスという魔法的な意味でも容姿的な意味でも考え得る限り最高レベルの血統を持ち、旧海軍特務M機関・陝西学研都市が総力を挙げて再現に挑んだ「完全調整体」の試作一号機だ。当然のように「ヘビィ・メタル・バースト」を遺伝し、戦略級魔法師としても公認されている。
その期待にたがわぬ圧倒的な魔法力を持って生まれ海軍のエース魔法師として世代最強の一角を占めている彼女は、ほぼ無敵に近い十文字悠莉のファランクス相手に
ここまで説明すると全てを持って生まれた天性の英雄のように思えてならないが、実際の光里は遺伝子調整の副作用なのか身長130cmかそこらで成長の止まってしまった「ちんちくりん」であり、折角の美貌もデコ出しのオールバックが似合ってしまう有様でイマイチ活かし切れてはいない。どうやらこの時代になっても、陸軍が探してきた才能に海軍が努力(遺伝子調整と人工子宮)で渡り合っていくという在り方は変わっていないらしかった。
「デカいのと小さいのが揃ってますね」
「余計なこと言うなよお前、焼かれるぞ」
光里を皮切りに続々と入室してきた面子も鉄槌使い、爆裂使い、精神干渉使い、オゾンサークル使いと錚々たるもの。
突出して強い戦闘魔法師とされている者たちを日本中からかき集めてきたような陣容――実際、事実上この日のためだけに陸海空軍を問わず日本中からエース級の戦闘魔法師が貸し出されるのが慣行になっている――の理由は、特選隊で毎年この日に行われる
「皆さん集まりましたね?」
最後に現れた紳士が号令をかけると、その場の弛緩した空気が一瞬にして引き締まる。
階級章は准尉。まだ40代ほどの見た目で、物腰柔らかな態度もニコニコとした笑みも全く軍人らしくはない。だがこの男を知っている者は、知らなくとも軍服の左胸についている夥しい数の略綬が意味するところが分かる者は、断じて彼の前で「弁えない」行動はしない。
少なくとも彼は、この場にいる誰よりも前線経験の長い「叩き上げ」だ。極東戦争において最も凄惨で泥臭い役割を担当した大亜連合派遣軍、その最前線で活躍し、敵兵や施設、車両、物資を片っ端から焼き払った伝説の魔法師部隊
国防海軍先任伍長、六塚創熾だ。
「では、お待ちかねでしょうから今年も始めて行きましょう」
言いながら彼は手元のアタッシュケースを開き、1枚のデータチップと小型の映像再生機器を取り出して机に置いた。
それらは「ある1本の動画」を保存・再生するためだけに暗号化方式ひとつから新規開発された完全オーダーメイド品で、録画のために使われた機材とマスターデータは既に廃棄済。どちらか一方でも失われれば確実に復元不可能になるというリスクを背負ってなお、複製も情報の持ち出しも一切認められていない国防軍の最高機密情報だ。
「ここにいる皆さんは"これ"を研究するという大役に選ばれた。これは今の日本で最強の戦闘魔法師であると認められたのと同義です。毎年、何故自分が対魔装特選隊に送られたのかと頭をひねる魔法師は多くいます。けれど"これ"を見た後、その疑問を持ったまま帰る魔法師は1人もいません」
続けて彼は人数分の旧型タブレットを持ち出し、それらを何やらケーブルで接続した上で各人にいきわたらせた。
このタブレットもまた、
内部には、代々この"研究会"によって分析・蓄積されてきた情報が眠っている。
ここにいる面々はそれを再確認し、議論を交わし、自分なりの解釈を付け加え、自らの実力の糧とすることを政府に許されたのだ。
「この映像が研究されたことで、魔法師同士の戦闘における立ち回りが100年進歩したと言われています。現代魔法史では"大戦以前"と"以後"というぼかした表現をされていますが、戦争そのものによって立ち回りが進歩した訳じゃない」
その説明を、集められた面々はギラギラと目を輝かせて聞いている。
「30年前に行われたたった1つの"決闘"が、もっと言えばその前半、500ミリ秒の死闘の中で行われた駆け引きと用いられた技術が、世界の
口上を終えるのとほぼ同時、機器のセッティングと再生準備が完了した。
「動画の概要を教えましょう」
2096年5月7日。
当時における世界最強の魔法師2名、司波達也と榊創一朗による1対1の殺し合い、非公式名称「巳焼島の決闘」。
その録画映像です。
◆ ◆ ◆
場面は戻り、2096年5月7日。
世間には何も知らされないまま、人類の未来を懸けたと言って過言でない戦いが始まろうとしていた。
勝負の条件は2つ。1対1であることと、両者ベストコンディションであること。
場所は四葉家が提供した。東京のはるか沖、三宅島の東50kmほどの位置に存在する離島のひとつで、2001年に火山活動で産まれた21世紀新島、いわゆる巳焼島だ。
犯罪魔法師の刑務所 兼 研究所という性質は、秩父の「白い地獄」と同じ。四葉家はここの管理を日本政府から任されており、その対価として島内で起こっていることについて日本政府は感知していない。
秘密主義で知られる四葉家の内部には、こういう表沙汰になっていないリソースの供給源が幾つも連なることで、先進国レベルと言われる四葉家の研究力を支えている。今や解体された十師族の、特に軍閥としての在り方を彼等だけは今も継続していた。
島全体の面積は約8㎞²だが、実際に設備が置かれているのは西端のごく一部、刑務所と研究所、来客用の宿泊施設などに限られる。中央部および東側の大部分は、手つかずの溶岩台地が広がっているばかりで人の手が入っていない。
ここは用途の決まっていない空き地で、機密性の高さを生かし過去には大規模魔法の練習に使われたこともある。そして、達也のESCAPES計画が当初の予定通りに進めば、核融合プラントの建設予定地でもあった。
その無人の荒野の中央に、まず2人の男女が降り立った。
四葉家が開発した飛行デバイス搭載の大型バイクに二人乗りで現れた彼らは、四葉家次期当主である司波深雪と、その婚約者である司波達也だ。
バイクを運転していた達也は一見してライダースーツのような服装だが、見るものが見ればそれが軍用のムーバル・スーツとほぼ同様の機能を持った「武装」であると判別できる。
胸のホルスターには愛用の拳銃型CAD「トライデント」が二挺、どちらにも黒色の銃剣のようなアタッチメントが装着されている。首からは試作型の思考操作型CAD。
以上が、現在における司波達也の「フル装備」だ。簡素に思えるが、本体性能に絶対的な優位性のある達也にとって、装備はむしろ都合のいい出力まで能力を
対して、この日のもう一人の主役は重武装だった。
達也たちから見て100メートルほど先に着陸した対魔装特選隊のステルスヘリから、全身を甲冑のようなプロテクターで覆った巨躯が姿を現す。国防海軍対魔装特選隊隊長、榊創一朗大佐だ。
達也の装備しているそれと比べて、同じパワードスーツでも耐久性とパワーを優先したそれはシルエットからして重厚さが違う。顔までを完全に覆っており、さらにバックパックとして大きな筒状の機械を背負っている。
両手には小銃型の武装一体型CADを装備。達也と違い攻撃そのものにはCADを必要としない創一朗は、CADそのものの処理能力よりも周辺機器の性能が重視されている。なにやらゴテゴテとアタッチメントのついたそれは、いかついプロテクターに負けず劣らずの威圧感を放っている。
創一朗は完全に着陸する前に飛び降り、再び高度を上げ離脱していくヘリを背にして司波兄妹に向かい合う。
プロペラの立てる音が響く中で、しかし達也たちの話し声は問題なく耳に入ってきた。
「お兄様……ご武運を」
「ああ」
四葉家の実権を掌握した深雪の根回しにより、既に達也は好きな時に「誓約」による封印を解除できる状態にある。
だが達也は深雪の求めに応じて口づけを交わし、たっぷり数十秒の余韻を噛みしめた上でようやくバイクを自動運転に設定。深雪を乗せて下がらせた。彼等は彼等なりに、これから行われる戦いを危険と感じてはいるらしい。
2人の距離感が休み前と比べて随分近づいたというか、纏う空気が「兄妹」から「恋人」のそれへと変わっていることにも創一朗は気づいた。
前哨戦代わりに茶化してやろうかとも思ったが、多分それを求めたのは達也からじゃないだろうことと、何より自分が今朝まで裸で寝落ちしていたことを考慮してやめておいた。
現場まで2人一緒に来た達也たちと違い、創一朗はひとりだ。
どのような大規模魔法が使われるか分かったものではないので見届け人は最小限。魔法力はあっても戦闘に向いていない澪を連れてくる訳もなく、ヘリに同乗したのは操縦を担当した龍征だけだ。
「揃ったようだね」
ただし、その「最小限の見届け人」のひとりとして、その場に似つかわしくない作務衣の男性が含まれる。
九重寺住職、九重八雲だ。
「スミマセンね、俺らの我儘で危険な仕事を任せちゃって」
「相討ちの可能性もあるし、この場を生き残れる魔法師は僕くらいだろうからね。……しかし、高校生のケンカで世界が危機に瀕する、諸行無常というものをこんな形で感じることになろうとはねぇ」
「汚いセカイ系もあったもんですね」
八雲は、あえてルールの再確認などはしなかった。
軽く話しながら移動し、達也と創一朗は荒地のほぼ中央に向かい合う。
二人の距離は約20メートル。お互いにとっては至近距離みたいなものだ。
そして、両者から15メートルほど離れ、中間地点からやや横にそれた所に八雲が立っている。
「……師匠、なにか合図をお願いします」
「そうだね。じゃあ」
言いながら、八雲は手ごろな石をひとつ拾い上げる。
「敢えて格好をつけるものでもないだろう。この石を投げ上げるから、それが地面に落ちたら始める。それでいいかい?」
「ええ」
「構いません」
あっさりと合意が取り付けられ、そして八雲は何ら気負いもなく放り投げた。
八雲の頭を越え、数メートル飛び上がった石がその軌道を落下に転じるまで、あと1秒。
世界最強の魔法師と2番目の魔法師による決闘が始まるまで、あと2秒。
世界の行く末が決められるまで、あと――