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榊創一朗と司波達也が戦ったら、どちらが勝つのか?
そのことは、直近15年間の国防軍上層部にとって常に議論され続けてきた問題だった。榊創一朗が直々に指定した「カテゴリー5*1」と「カテゴリー4*2」の相手には、それぞれ専属のプロジェクトチームが結成され「殺すための作戦」が立案された。対司波達也を想定した「荒魂作戦」もその一つである。
司波達也のあらゆる手札が分析され、それに対抗する策が検討される中で、やがて議論は1つの問いへと収斂していくことになる。
――「分解」の発動速度は「鉄槌」よりも早いのか?
概して魔法師同士の決闘は、「先に相手に一撃入れた方が勝ち」という西部劇のガンマンじみた構図になりがちだ。9mmパラベラムだろうが戦略級魔法だろうが、当たったら死ぬことに変わりはない。
ゆえに現代魔法師の基本は先手必勝であり、魔法力の判断基準は魔法師同士の決闘で優劣を決めるための要素が多くを占める。
相手より先に魔法を完成させるための「発動速度」。領域干渉や干渉装甲、魔法同士の相克など相手の防御を突破するための「干渉強度」。そして数に劣る魔法師が、1人でより多くの相手を攻撃するため避けて通れない「演算規模」。
その理論の究極形が創一朗だ。人間を超える発動速度、あらゆる防御を貫く干渉強度、他の追随を許さない演算規模。
「ただし鉄槌に限る」という割り切りによって汎用性を捨てた結果、皮肉にも大抵の戦いは彼ひとりで事足りるほどの汎用性を獲得してしまっていた。
その秘密は脳にある。脳つまり魔法演算領域を2枚積みし、片方を鉄槌だけに特化させることで汎用性と出力を両立した。彼の魔法演算領域の中では常に「鉄槌」が準備されていて、発動時には2つの演算領域を使ってそれを放つ。
理屈の上では三矢家の「スピードローダー」等に近い技術だが、1つの技に特化した超能力者である分、その速度は人類に許された領域を超える。具体的には素面の状態で最速82ミリ秒、未だ成長を続けている。
2096年当時、日本の戦闘魔法師は概ね500ミリ秒以内に初撃を発動できれば一線級であるとされた。魔法の発動速度は人間の反射速度と概ね同期すると言われていて、200ミリ秒台が観測された事例は司波深雪やアンジー・シリウスくらいなもの。「鉄槌」に速度で優る魔法は存在しないと断言していい。
ゆえに、創一朗の作戦は「鉄槌」のゴリ押しによる速攻――
――ではない。
九重八雲が放った石が着地した瞬間、創一朗が選んだ初手は、鉄槌ではなく接触型
身体の周りに大量のサイオンを集めて固めることで、達也の分解魔法のような対象を取って作用する魔法を封じる。
だが当然、ここまでは達也も読んでいる。
神速の「鉄槌」があることを創一朗は隠していない。それを知っていて決闘を受けたということは、当然対処できる自信があるということ。
では、達也の初手は「鉄槌読み
それならまだいい方だ。
実際のところ、創一朗のサイオン放出が有効な圧力まで達するのに20ミリ秒かかったのに対し、達也の「トライデント」はCADを抜くまでもなく3.5ミリ秒で完成した。
トライデントは分解魔法のバリエーションのひとつで、第一波で標的の領域干渉を、第二波で情報強化を、第三波で標的そのものを元素レベルに分解する3点セットの魔法。並大抵の魔法による防護はこれを防御できずに術者ごと塵と消える、対人戦における達也を最強たらしめる一撃だ。
彼が愛用するCADのトライデントはこれに最適化されているというだけで、別にCADがなければ使えないなどということはない。
では大方の予想通り、この一撃で創一朗は分解され勝負がついたのか。
否。以前から開示されている通り、駆け引きは
冒頭の問に戻ろう。「分解」の発動速度は「鉄槌」よりも早いのか?
答えは、"戦ってみなければわからない"だった。「分解」が使用された記録はいくらか存在したが、そのどれもが相手の魔法より早く発動していたからだ。出の速さで負けたことがないので、その時使われた「分解」が達也の中の最速だと誰も保証してくれない。
創一朗としては当然、「分解」の出が「鉄槌」より早いという事態を想定する必要がある。
あり得ない話ではない。「分解」は魔法と言うより超能力に近いからだ。
魔法演算領域のキャパシティ全てを1個の異能が占有するという事象、それ自体は司波達也も同じ。違ったのは解決に向けたアプローチだけだ。脳をまるごともう1個増やしたのが創一朗で、1個の脳の中に人工魔法演算領域を増設したのが達也だったに過ぎない。
その「分解」の発動速度について、創一朗は「原作知識」をもとにいくつかの情報を持っている。
①対人攻撃魔法である「トライデント」は、3つの分解魔法をセットで発動させている。
②少なくとも高校生時点の達也の「分解」では「ファランクス」を押し切れない。
③「爆裂」と「分解」がアイス・ピラーズ・ブレイクで勝負すると、お互いに一瞬で全ての氷柱を破壊して勝負がつかない。
④テロリストが至近距離から発射した銃弾を届く前に分解できる。ただし、これは目の前で銃を向けられ脅された後の出来事だった。
これらの情報をもとに、創一朗は仮説を立てた。
分解魔法それ自体を発動するのにかかる時間は、限りなくゼロに近い。ループ・キャストによる連発の場合も同様。
ただし、司波達也の脳機能の限界により、威力の再設定や対象変更などが必要な場合「次弾の装填」にかかるタイムロスはゼロではなくなる。
「鉄槌」では「分解」の発動速度に及ばないことを創一朗は半ば確信しており、そして今この瞬間、仮説は立証された。
創一朗は分解されることなく、
いかな「
だが達也は初見でそれを成功させ、しかし携帯型セイレーンシステムにターゲットを吸われてそちらを「分解」するに留まったのだ。
創一朗が「接触型術式解体」をチョイスしたのは、これを前提として「鉄槌」完成までの時間稼ぎをするためだった。
結局のところ、対達也戦の方策は「初撃をスカして鉄槌をぶつける」に回帰する。
言うは易しの典型例だが、創一朗には手札があった。ほぼ24時間常駐させている
携帯型セイレーンシステムには、術者の魔法力を高めるソーサリー・ブースターとしての機能に加えて、「精霊の眼」で術者を辿った際に出どころとして表示される「魔法使用者の名義」を肩代わりする効果がある。
削られ、加工され、背負って運ばれるようになってもなお、それは魔法演算領域と自前の領域干渉を有する
これはベゾブラゾフの装備しているアンドレエヴナと同じ構造ゆえに発生する設計時に意図されていない副作用であり、だからこそ司波達也に効果を発揮する。
これらは二つとも「原作」で実証された回避手段で、そして来訪者編を経験していない新2年生の司波達也は初見で対処を強いられる。
……と創一朗は思っているが、実は仮装行列の方は初見ではない。
九校戦の後夜祭。達也は多くの観衆と共に、
あの時から達也の命題には仮装行列対策が加えられていて、そして今、トライデントの第一波より前に「仮装行列の魔法式を分解する」術式解散を追加して4連撃とし、さらにその後に標的を再捜査する工程を追加する形で適応してきている。たった1種類、特定の魔法を名指しで排除する特化プロセスであった。
策が仮装行列だけならば、達也はその明晰な頭脳によってからくりを暴き、初手から対応して創一朗は分解されていただろう。実際、作中ではできなかったはずの仮装行列の突破を成功させてきた。
だが、仮装行列への対策に意識を取られた達也は、それを突破した先にあった「魔法師の反応」が何であるかまでは考えていなかった。わずか
達也の表情が変わるより早く、創一朗の身体からサイオンが吹き出し始める。接触型術式解体と言ったが、実のところこれは発動に失敗している。サイオンが身体の周りに留まることはなく、そのまま拡散していった。
それは制御された失敗だ。達也の「分解」、その次弾が間に合うより早く防御を完成させなければならない創一朗が、制御を捨てて遮二無二放ったサイオンの奔流がこれだった。
その判断の正しさは直後に証明される。
身体から噴き出したサイオンが形になったのが20ミリ秒。直後、戦闘開始から27ミリ秒の段階で、達也は次弾の発動準備を完了させようとしていた。恐らく最初から「創一朗が健在の場合」などの条件文を盛り込んでいて、自動的に連射される仕組みになっていたのだろう。
この時点で仮装行列は分解されているので、接触型術式解体もどきでカバーできていなければあと5つ装備されていたカートリッジ式の「わたつみ」はあっという間に全損、その後本体が分解されていただろう。
だが、ここで噴き出したサイオンに邪魔される形で達也のトライデントは不発となる。
この時バラまかれたサイオンが自然と霧散し、魔法発動を妨害するに足る濃さでなくなるまでおよそ1秒。
通常の戦いの尺度なら、精々タイミングを合わせて1撃防ぐのがいいところである使い捨ての防御策。だがこの戦いでは1000ミリ秒だ。最後まで猛威を振るうことになる。
――研究が進んだ後世では、魔法師同士の決闘においては時間ごとに分類がなされ、それぞれの時間帯でどのような立ち回りをすべきかがある程度体系化されている。
その基準はこの戦いから取られている。例えば最初の達也側の攻撃が終ったところまで、概ね50ミリ秒までの区間が第一期と区分けされ、戦闘開始と同時にノータイムで発動する魔法や、自動的に行使されるものが飛び交う期間であると定義づけられている。
一方で、実戦においてはここは意識して操作可能な期間ではないため「事前準備の延長」と見る向きもある。
何故50ミリ秒か。
それは、この直後に発動した創一朗の「鉄槌」が叩き出した「59ミリ秒」という数字が、2126年現在においても「任意で発動できる魔法の発動時間」として世界最速の座に居続けている*3からだ。