(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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15 鉄仮面

 2092年 10月某日。

 

 この日、偶然にも全く違う2か所で、同じ人物に対する話し合いが行われた。

 

「"鉄仮面"……ですか」

 

 珍妙なあだ名を思わずオウム返ししたのは、自宅備え付けの回線で本家と通話している司波達也だった。隣には、無言のまま目で驚きを表している司波深雪の姿もある。

 

「ええ。海軍対魔装特選隊、第一実働小隊長。榊創一朗少尉……他国の諜報機関などからは"鉄仮面"というコードネームで呼ばれている人物が、今回の魔法攻撃の実行者だと分かりました」

 

 画面の先に居るのは、十師族・四葉家の現当主「四葉真夜」。世間には隠されているが、達也たち兄妹から見て母の双子の妹、つまり叔母に当たる。

 

 中学生の息子(達也)を持つ母親と双子なのだから当然それなりの年齢であるが、彼女は未だ30歳そこそこの美貌を保ったままだ。

 

 その真夜が告げたのは、2か月前に世界を震撼させた戦略級魔法「深淵」の使い手についての情報だった。

 

「事実関係は調べが付いたけれど、具体的にどのような手順であの魔法を発動するかについては分かっていません。それから、一応つかんだ情報は資料にまとめさせたけれど、軍に配属される前の部分は全部嘘と思った方がいいわね」

 

 達也のもとへは、数時間前に四葉家からの使者による手渡しという形で「彼」の資料が届いている。一体どこから入手したのか顔写真まで同封されていたが、素顔ではなくバイザー姿のものであった。バイザー越しの外見情報しか手に入らないため、便宜的に鉄仮面などと呼ばれている……と、資料には記載されている。

 

 それらの内容を否定するような内容を投げかけられても、(隣で目を白黒させている深雪はともかく)達也は混乱しない。代わりに、意図して少しの困惑を声に乗せ、質問を返した。

 

「偽の経歴が流布されているのですか?」

 

「ええ。国防海軍の人事記録や情報部の資料、公安からも寸分たがわぬ資料が出てきました。普通はね、こういうのは組織ごとに掴んでいる情報に差が出たり、多少の誤情報が混ざったりするものなのよ」

 

 工作が甘いわね、と楽し気に笑う真夜だが、それは複数の組織に跨って機密資料を閲覧できる状態でなければ確認不可能な脆弱性であろう。それだけのことが可能な人物がバックに付いている、という言外の情報を、達也は聞き逃さなかった。

 

「それを踏まえると、彼は恐らく調整体ね。軍に配属……いいえ、"出荷"されるまで一度も研究所を出ていないのだとすれば、カバー以外の情報が全くないことも納得が行きます。その魔法力にも関わらず、二十八家のどこも身に覚えがなかったこともね」

 

 五輪家はちょっと怪しかったけれど、と何の気負いもなく伝えてくる真夜。出荷、という言葉選びを受けて、深雪だけが顔色を悪化させた。

 

「師族会議の合意は正しかったということですか」

 

「ええ、残念ながら」

 

 どこかの家が抜け駆けしただけならよほど楽だったのだけど……とわざとらしく「頭が痛い」ジェスチャーをして見せる真夜は、しかし明らかに楽し気だった。

 

 達也の言う通り、件の戦略級魔法が発動された直後、即座に緊急の師族会議が招集された。新たに用いられた戦略級魔法師について、十師族の誰も、その存在を把握していなかったためである。

 

 魔法発動から数十分の段階で開始されたオンライン会議は、当初の2時間ほどが状況連絡と発生した津波の「実況」に費やされ、やがてそれが大陸に致命的な被害をもたらさないことが分かると、今度は4時間のインターバルを開けて対面での「犯人捜し」が実施された。

 

 十師族は現代魔法の管理者を自認している。国内の魔法師へ最も強い影響力を持つのは魔法協会ではなく彼らであり、その力は時に勤め先の上司や軍の上官をすら優越する。その力の源泉は、魔法力が遺伝によって生まれることによる血縁の支配だった。

 

 十師族は国内の現代魔法師ほぼ全員を把握している。そこから生まれる強烈な血統主義・縁故主義でもって強力な圧力団体であり続け、魔法師の人権を奪うような政府の方針を抑止する。そうして彼らは、兵器の身から脱却した。

 

 ゆえに、新たな戦略級魔法の存在――彼らは本来の"アビス"の性質を知悉しており、かなり序盤の段階で"それ"がほとんど別物の魔法だと確信していた――も、その使い手の情報も一切把握できなかったというのは、十師族にとって極めて重大な事態であった。

 

 軍が十師族とそれが管理する血筋によらず戦略級魔法師を「製造」できるという事実は、今後の政治的パワーバランスに致命的な影響をもたらしかねない。その重要度は、つい先ほどまで義勇軍を率いて戦闘中だったはずの一条剛毅がこの会議に自ら参加していることからも伺い知ることができる。

 

『老師、お気を確かに! おい、誰か控室にお連れしろ!』

 

『失礼を承知で伺うが、あそこで会見中の五輪澪殿は間違いなくご本人なのか?』

 

『先に言わせていただきますが、今回ばかりは四葉は完全に無関係です。分かっていれば姉を沖縄に行かせたりなどしなかった』

 

『四葉殿に同調するのは業腹ですが、我が七草家も潔白を主張させていただく』

 

『七草殿、輩出した家が"黒"であるかのような言い草は――』

 

 上から八代雷蔵、一条剛毅、四葉真夜、七草弘一、二木舞衣。

 

 これにあまりの取り乱しようで途中退場してしまった九島烈を加えた6家の代表は、今回の「事件」に一切関わっておらず、まさに寝耳に水の対応であった。――四葉と七草については自前の情報網で朧気ながら動きを把握していたが、それでも蚊帳の外にいたのは確かだった。

 

 一方、この場で浮足立っていなかった三矢元、五輪勇海、六塚温子、十文字和樹の4名は、それぞれ何らかの形で(三矢は裏でつながっている岬家が、五輪は澪が、六塚は第六研究所出身の桝田が、十文字は同じ研究所出身の十山つかさが)その製造・運用に協力していた者たちだった。

 

 そして同時に、これら4家はそのまま、十師族の中で国防軍との繋がりが強い順の4家でもある。そのことはすぐに他家当主に察知され、とりあえず「十師族すべてがまったく無関係」という最悪の事態は回避できた。

 

 だが、「血」の出所については最後まで結論が出ず、結局「何らかの手段で回収した十師族の遺伝子情報を用いた調整体だろう」というふわふわした予測が合意されるにとどまったのだった。

 

 そして今。四葉の情報網を使った再捜査によって、彼らの出した答えは取り敢えず合っていたらしいことが分かった。

 

「ふふ、皆ずいぶん慌てていたわね」

 

 十師族体制の危機を前に各家は大騒動だったが、真夜からすればあまり関心がなかった。

 

 四葉は「兵器としての魔法師」というあり方に忠実だと言われる。常に自らの強化に余念がない一方で、他家と協調路線を取ることは稀な一匹狼だ。

 

 実のところ、彼らは「大漢崩壊」という抑止力によって政府から雑に扱われることを防げるので、群れなければ政府に対抗できない他の十師族より一段高い所にいる。

 

「さて、達也さん。四葉家としては、件の戦略級魔法師に対しては静観します。その上で、個人として関わる分には私からは何も言いません」

 

 改良型のアビスは複数の国家を容易に破壊しうる魔法だが、こちらには指先ひとつで地球を爆散させる魔法師がいる。真夜の精神的優位は揺るがなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 要するに「何もしなくていいよ」という指示に対し、達也は恭しく腰を折って答える。ほんの一拍遅れて、深雪がそれに続いた。

 

「お礼なんていいのよ。それじゃあ、風間さんにもよろしく言っておいてくださいね」

 

 最後にそう付け足して、通話は切断された。

 

「――参ったな、完全にお見通しだ」

 

 達也がわざわざこの話に首を突っ込んだのは、彼が陸軍の特殊部隊「独立魔装大隊」に入隊することが決まり、その兼ね合いで「新たな戦略級魔法師」と不意に接触する可能性があったためだ。少なくとも、それにかこつけて自分から情報を集め、可能であれば接触するつもりでいた。

 

 ――沖縄のあの日。レフトブラッドと呼ばれる軍人たちの裏切りによって銃撃を受けた司波深夜と深雪を、達也は「再成」を用いて回復させた。

 

 その後蜂起は鎮圧され、その場に現れた風間少佐に達也は義勇軍として大亜連合軍の掃討に加勢する意思を表明。そのまま揚陸艦の到着が予想される沿岸へと向かったのだが、結局敵軍は現れなかった。

 

 波打ち際に次々と打ち上げられる、船舶の残骸と思われる瓦礫の山。おびただしい数の武装した死体。沖からの風に乗ってほんの微かに届くオゾンの匂い。そして、達也の「眼」にのみかろうじて感じられた、沖合での魔法の痕跡。別動隊の侵攻が迫っていると聞いて駆け付けた風間たちを出迎えたのは、それだけだった。

 

『当該戦線の敵兵力については、我々海軍の別動隊が既に殲滅を完了させている。軍機につき、これ以上の情報は開示できない』

 

 3秒ほどの放心から立ち直った風間が海軍の作戦本部に問い合わせた際の返答がこれだ。もちろん、沖合に展開させている艦隊以外の兵力を海軍が用意していたとは聞いていないし、戦闘中にすら解除されない軍機など早々あるものではない。

 

 だが少なくとも敵軍が既に壊滅していたことは事実であり、風間たちにできたのは、死体の山の中で辛うじて息のあった1人を捕虜として連れ帰ることくらいであった。

 

「お兄様、では、やはり」

 

「ああ。あの別動隊を壊滅させた魔法師は、"鉄仮面"だと思う」

 

 隣でずっと不安そうにしていた妹の言に答え、同時にその手を握る。

 

 ついこの間まで兄を邪険に扱っていたのに、今やこんなにベッタリになってしまっている。一度死んで蘇って以来随分な変わりようであったが、少なくとも愛する妹に想ってもらえるのは嬉しかったので、達也は何も言わなかった。

 

「大丈夫だ。別に敵対する訳じゃない」

 

 達也は――というより四葉家は、この時に別動隊を壊滅に追いやった謎の魔法師と、直後に戦略級魔法を使った謎の魔法師を同一人物と考えている。その疑惑は、真夜によって提供された情報によりさらに確信に近いものとなった。

 

 ただ、達也はその素性について探るつもりはあっても、敵対するつもりはなかった。

 

(深雪には言わなかったが、恩人でもある訳だからな)

 

 帰還後、深夜の傍にずっと付いていた桜井穂波から人気のない場所に呼び出され、達也は叱責を受けた。

 

 この時予測されていた別動隊の戦力は、高速巡洋艦2隻を含む艦隊だった。大亜連合の戦闘艦には大出力のフレミングランチャー……つまりレールガンが標準装備されていて、遠距離から迅速かつ大量に榴弾を放り込んで沿岸を制圧する戦術が想定されている。

 

 その火力が仮に健在だったなら、明らかに達也たちに耐えうるものではなかった。

 

 いざとなったら彼女は、自分の命と引き換えにしてでも達也を守りに行くつもりだったのだと。達也にとって人生で初めてかもしれない「自分の為を思った叱責」を、穂波によるビンタの痛みと彼女の涙目を、達也は明確に覚えている。

 

「でも、せっかくお役目を全うするチャンスだったのに、何もさせてもらえなかったのだけは……ちょっと癪ね」

 

 ――それが命を燃やし尽くす事だと知って尚、本気で寂しそうな顔をしていた穂波に、達也はかける言葉を持ち合わせていなかった。




これにて書き溜めを使い切ったため
以降の更新は不定期となります。
ご承知おきください。

国防軍とのつながりの強さランキング(主観)
1位:三矢家  軍と組んで武器商人をしながらの海外調査が任務
2位:六塚家  調整体関連技術の出所、研究所としても積極的軍事利用の方針
3位:十文字家 性質上軍部中枢や暗部とパイプ有、十山家の存在
4位:五輪家  澪一人の功績で十師族入り、事実上海軍の戦略兵器
5位:四葉家  パイプはあるが秘密主義的でお互い深入りせず
6位:七草家  情報部に自前の部隊所持
7位:二木家  言及なし
8位:八代家  研究の性質上非核アピールのため軍との無関係を公言
9位:九島家  烈が陸軍を裏切って十師族体制を構築したため不仲
10位:一条家  事実上の地方軍閥であり軍と利益競合
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