(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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32 第三試合

 第一高校は放課後も比較的活気がある。

 

 昭和時代の詰め込み教育をも超えるペースでカリキュラムが進行するため、21世紀初頭と比べて拘束時間が長い。普通の授業が平日7限・土曜4限の日程で、原則として部活動か委員会への全員参加が規定されている。完全下校時刻より早く下校する生徒は稀だ。

 

 昔と比べ宿題という概念が希薄になった一方で、高校生くらいになるとかつての大学教養部相当の、自分で興味のある授業を選択して研究し、レポートを提出したり試験を受けたりという形式の授業が多くなってくる。

 

 また、毎年行われている論文コンペに参加するため、授業とは別で教員の指導を受ける半ばゼミのような制度も存在しており、魔法大学という次なるキャリアを見据えるならば、生徒は自然と勉強・部活漬けにならざるを得ない仕組みが出来上がっていた。

 

 そもそも、現在の高校は全員が必ず卒業する場所ではなく、義務教育を完了してとっくに「社会人」であるはずの人間が勤労の義務を留保して行く場所だ。国民は一秒でも早く働き出さなければならない、という戦時中の感性はまだまだ現役で、勉強する気がないなら働きに出ろ、と学校側はいつでも突きつける準備ができている。実績のない学生にモラトリアムを与えられるほど、現代の情勢は豊かではないのだ。

 

 そのため、早めにヒマになる時があっても、部活中の友人などと帰りを合わせるため、宿題を片付けたり校内でだべったり、魔法の練習をするなどして時間を潰すことが一般的になっている。

 

 ただ、この時期は部活勧誘期間がまだ始まっていないため、新体制となった各部活動は慣らし運転をしつつ、部室で勧誘計画を立てることが多い。風紀委員などは「嵐の前の静けさ」と揶揄する、一年で最も静かな放課後だ。

 

 ――だというのにこの日、放課後の演習室は今までにない熱気に包まれていた。

 

 人数だけで言えば、数日後から始まる部活動勧誘期間の方が確かに大規模。だが集まっている人間の熱気では、あるいはそれを上回っているかもしれなかった。

 

 原因は、ある2つの「決闘」が同時期に重なったためだ。

 

 新たな風紀委員候補となった司波達也対、生徒会副会長・服部刑部少丞範蔵。2科生初となる風紀委員就任を賭けた一戦、しかも相手は入学以来模擬戦無敗のオールラウンダーで、沢木碧と並んで二年生最強の一角と言われている。

 

 誰も、「勝ち負け」が問題ではないと思っていた。

 

 言うまでもなく「服部が勝つ」という前提で。司波達也がどの程度食い下がれるかが大事なのだと。もし「いい勝負」が出来るようなら、二科生初の風紀委員としては満点合格だろうと。

 

 だから集まった面子も、それなりに事情に詳しい者たちばかり。風紀委員と生徒会メンバーだけだ。

 

 だが、番狂わせは起きた。

 

 結果は達也の圧勝。ほぼノータイムでの瞬殺で、間近で見ていた一部の者たちにしか何が起こったか分からないほどの絶技を、達也は披露したのだ。

 

 かくして、達也は満場一致にて生徒会推薦枠で風紀委員に任命され、ここに二科生初となる風紀委員が生まれた。

 

 めでたしめでたし、と言いたいところだったが、この日は珍しいことに、演習室の利用申請がもう1件、立て続けに入っていた。

 

 千葉家の娘であるエリカと、壬生紗耶香との一戦だった。

 

 二科生同士の対戦カードだからといって、これを低レベルなケンカと断じるものは、少なくともその場にはいない。

 

 片や中三時点の剣道全国二位、片や"剣の魔法師"と謳われる百家本流「千葉家」の次女。知る人ぞ知る二人の戦いは、部活連を中心に武闘派の生徒たちを数多く釘付けにした。

 

 勝負は一瞬。だが、1秒にも満たない交錯のなかで行使された技術の"濃さ"は、話を聞きつけて見物に出向いていた部活連会頭・十文字克人をも唸らせるものだった。

 

「……ごめんなさい、骨が折れているかもしれない」

 

「いいわ。千葉の娘に……手加減させなかったってことだもの」

 

「うん、センパイ強いよ。千葉エリカ(千葉流印可)に本気を出させたんだから。あたしが保証する」

 

 紗耶香の手首は青紫色に変色している。剣道で言うところの「小手」を食らい、竹刀とは言え打ち付けられた*1ためだ。一度は手元を押さえて蹲った紗耶香だが、10秒ほどすると痛みが引いてきたのか、何事もなかったように立ち上がった。エリカが心配したような事態にはならず、どうやら内出血で済んだらしい。

 

 紗耶香はエリカに掛けて貰った言葉が響いたのか、自分の手と腕をまじまじと見つめている。

 

 方法はどうあれ、彼女は自分の実力を正しく突き付けられ、それを理解させられた。今は難しくても、原作通り自分の過ちを経験として受け入れられるようになる日もいつか来るだろう。

 

「じゃあ、この場は解散ってことで――」

 

 顛末を見届け、一段落ついたところで話を終わらせにかかった創一朗だったが、その背中をちょいちょいとつつく者がいる。

 

 振り返った先では、恐らく肩を叩こうとして手が届かなかったのだろうエリカが、「あたしあたし」とでも言いたげに自分を指差している。

 

 決闘を無傷で終えた彼女は興奮冷めやらぬといった様子で創一朗を挑発し、創一朗はそれにため息で返した。

 

「……どうしてもやるのか?」

 

「当たり前でしょ。それとも何? こんなに誘ってる女の子を無事に帰すつもり?」

 

「そりゃ色気じゃなくて剣気だろ」

 

 確かにエリカの頬は上気していたし、目は潤み、息も荒かったが、それは闘争本能によるものだ。直前の戦闘で昂っているのだろう。

 

 あるいは、身内以外では初めて見るほどの強者である創一朗へのアピールという部分もあったかもしれないが、少なくとも本人にその自覚はなかった。

 

「えっ? 榊主任も戦うんですか!?」

 

「む、止めるべきなのだろうが……参ったな、正直気になるカードだ」

 

「元特殊部隊という話だが……」

 

 上から七草真由美、渡辺摩利、服部範蔵。特に真由美は、表情どころか全身で「私聞いてないんですけど!?」を表現している。

 

 そのやり取りを見てか、解散しかけていた野次馬たちが続々と会場へ戻り始めた。

 

「守衛の榊主任」が高レベルの戦闘魔法師であることは公表されているが、具体的な強さを知っている者はこの場にいない。

 

 もとより、魔法師はその魔法力を貴ぶ関係上、相手の魔法の実力を知りたがる傾向にある。大人になれば遠慮や礼儀を学び慎みを見せる彼らだが、今ここにいるのは高校生。ある意味では、最もむき出しの「魔法師らしさ」が集まる場所だった。

 

 榊という名と国防軍出身という経歴から、古式魔法師じゃないかと当たりを付けていた者もいたが、「数字」や「属性」という分かりやすい指標を苗字に持たない創一朗は、生徒たちにとって謎に包まれた存在だ。

 

 特に、この場にわざわざ剣道VS剣術の"異種格闘戦"を見に来るような武闘派にとって、「謎に包まれた守衛さん」の実力を見る機会は、見逃せないチャンスに他ならない。

 

 期待に満ちた視線が創一朗に集まっていく中、その人だかりをかき分けて一人が歩み出た。

 

 十文字克人だ。持前の威圧感でもって、ただ歩み出ただけでざわめきを鎮めた彼は、とても高校三年生とは思えない重厚感を伴って一言だけ問いかけた。

 

「予定の内ですか?」

 

 それは、一言「予定外だ」と言えば今からでもこの観衆を解散させるという助け舟だった。

 

 それまでの熱気が嘘のように静まり返り、視線が集まる。勢いに流され始めている真由美に代わって、たった一言で場の空気を掌握して見せた。

 

 事実、彼の影響力と威圧感ならば、ここからでも観衆を解散させることは可能だろう。選択肢を明確にした上で克人は、どうするのかと問うたのだ。

 

「……2戦目までが予定された段取りです。連絡に行き違いがあったようで申し訳ない」

 

 だが、創一朗は一瞬の逡巡を見せた後、この模擬戦を「計画通りである」と認めた。ここまで来たら無理に実力を隠すより、適当に相手して満足してもらった方がいいとの判断による。

 

 なお彼は「行き違いがあった」と言ったが、最初から模擬戦の許可は二試合分取られている。

 

 七草家の真由美としてはすぐにでもお帰り願いたかったが、生徒側の強い希望かつ両者合意の上で自習に臨むとあっては、生徒会長の真由美として横槍を入れる訳に行かなかったのである。ただ先ほど、「その辺察して十文字くんの助け舟に乗ってくれるわよね? ね!?」という熱視線を、創一朗が黙殺したというだけのことだ。

 

 ただでさえ生徒の権限は強く、会長の裁定ともなればそれ自体が判例法に近い効力を有するゆえ、明確な犯罪行為でもなければ文句を言えないのが生徒会長という立場であった。

 

 克人が睨みを利かせている手前、その場は表立って盛り上がりはしなかった。だが静まり返っていた観客たちの「おぉっ」という小さなどよめきと、期待に満ちた視線が創一朗に向けられた。

 

「だ、そうだが」

 

 克人はあっさりと引き下がり、この場の全権を有する真由美に水を向ける。

 

なんでこんな事に……はぁ、もう分かりました。やるからには徹底的によ。では続けて、榊創一朗主任 対 千葉エリカさんの試合を始めます。十文字くん、審判お願い」

 

「ああ」

 

 真由美と克人の宣言に、観客たちはにわかに活気を取り戻す。武闘派ゆえに(だからこそ)三巨頭+服部沢木+司波兄妹が揃い踏みしているこの場面で妙な気を起こす者はいないが、その三巨頭がお墨付きを出せば演習室はたちまち大盛り上がりである。

 

 創一朗は現在、警備員としての制服である薄青色のワイシャツとスラックスに、ミッドポイントのロゴが入った黒色の防弾チョッキとバイザー付きヘルメットを装備。腰には特化型CADを格納するホルスターが付いており、さらに手首にも汎用型CADが巻かれている。

 

 3号警備(現金輸送車の警備)並の重装備だが、本来魔法の不正使用を相手するならこれでも軽装だ。学生たちのように制服姿で軽率に魔法を撃ち合うのは、ある意味で平和な世の中に生きる証である。

 

「千葉は武器アリでいいぞ」

 

 軽く準備運動をしながら、創一朗は警棒やらスタンガンやら余分な武装を外し、CADだけ持って演習室の中央に立った。

 

「いいの?」

 

「性別とか年季とか、色々差がデカいからハンデだ。お前の得意でやってやろう」

 

 先の試合、エリカは目にもとまらぬ自己加速術式で壬生紗耶香を叩き伏せたばかりだ。それを審判として見ていてなお、創一朗は何の気負いもなくそう宣言した。

 

「言うじゃん。負けてから言い訳しないでよ?」

 

「割とこっちのセリフだろ、それ」

 

 挑発にも似た台詞をやり取りしながら、二人が向かい合う。

 

 エリカは先の決闘に引き続き学校指定の体操着で、伝統的な剣道着と防具を用意してきた紗耶香と違い、決闘用に生徒会が用意しているプロテクターを使用している。流石に制服(タイトスカートとローファー)で飛んだり跳ねたりしない程度の分別はあったようだ。

 

「用意はいいな?」

 

 先ほどと同様であるためルール説明は割愛され、最低限の確認と共に克人が二人の間に入る。

 

「では、はじめ!」

 

 合図と同時、エリカの姿が掻き消える。

 

 自己加速術式と慣性軽減、古武術の縮地法を合わせ、相手の想像を超える速度と急激な緩急でペースを乱していく。

 

 エリカの兄が使うこれは最高時速120キロに達すると言われている。エリカのそれも実速度こそやや劣るものの、天性の空間把握能力と戦闘センスによって、極めて対処の難しい変幻自在の剣戟を実現していた。

 

 つまるところ今この瞬間、エリカの実力は"幻影刀(イリュージョン・ブレード)"こと千葉修次と大差ない。

 

 それは褒め言葉になるはずだ。兄にして世界有数の剣豪と同レベルの実力というのは、その一端にすら生涯かけても到達できない武人が掃いて捨てるほどいる領域の話だ。彼女には間違いなく天凛があったし、実際この時点で観客のほとんどがエリカの姿を見失っていた。

 

 ――ただ、相手が悪かっただけだ。

 

「ほい、ほい、ほいっと」

 

 エリカの神速の3連撃を、簡単なスウェーだけで躱していく。

 

 創一朗は数年前、対魔装特選隊へと配属される前に当の千葉修次と手合わせの機会を得ている。

 

 鉄槌があっては勝負にならないからと使用禁止の条件を負って臨んだその勝負で、創一朗は持ち前の視力と身体強化の性能だけで白星をもぎ取っていた。

 

 そもそも鵺シリーズは、屋内戦を念頭に置いて設計された白兵戦用の調整体魔法師だ。「深淵改」がなまじ戦略級魔法だから印象がそちらに偏りがちなだけで、彼の得意は一貫して()()()()()()にこそある。

 

「っ!」

 

 エリカが驚愕しながらも次の一撃を振りかざし、創一朗は正面から彼女とすれ違う。

 

 創一朗がそのまま2歩ほど歩いたところで、エリカはさらなる魔法を発動させた。

 

 無効化した慣性重量を刀に乗せて叩き切る、「山津波」のダウンサイジング版だ。型通りに使うだけでも反射神経が求められるそれを、エリカは土壇場でアレンジして繰り出せる域に至っている。

 

 大上段から叩きつけるような一撃を、これまたひらりと躱す創一朗。

 

 大技を繰り出し隙が出来るかと思いきや、腕を下ろした姿勢からエリカの身体が突然持ち上がり、斬撃はVの字を描いて跳ね上がる。

 

「迅雷斬鉄」。刀から剣士までを一個の集合概念として定義し、接敵から斬撃まで一連の決められた動作を完璧に実行する移動系魔法だ。概念としてはセルフ・マリオネットに近く、流れや勢いを無視して速度が与えられるため後隙を潰すのには確かに適切だった。

 

「おっと」

 

 意識の外から振り上げられたはずの竹刀を、創一朗はやはり軽々と躱した。

 

 そもそも、想子と霊子の活性度合いを見極めて魔法の「おこり」を観測可能な創一朗は、エリカの動きの中に魔法発動のためのキー……古式で言うところの「印」が巧みに織り込まれていることを把握している。

 

 ごく単純で弱い移動魔法と加重魔法を筋肉の補助に使って効力を最大化していることさえ見抜く創一朗の目にかかれば、そのタイミングで刀が振り上がることは不自然でもなんでもない、予定調和の出来事であった。

 

 

 一方、人前で使うべきでない秘剣を2つも使った挙句手玉に取られているエリカは、得物が真剣でないというだけで完全に本気だ。特に山津波などは、そのまま頭に当たっていたらヘルメット越しかつ竹刀でも死にかねない威力なのを隠そうとすらしていない。

 

「このっ……」

 

 エリカはさらなる次の手を打つため構え直し、そして気づく。

 

「――ぇ」

 

 

 

 

 竹刀がない。

 

 

 

 

 

 それに気づいたエリカが顔を青ざめさせるより早く、彼女の背後から首筋に衝撃が走る。

 

 もちろん、創一朗によるものだ。

 

 べし、と絶妙な力加減でエリカの首筋を叩いた彼は、叩くのに使った――()()()()()()()()()()()()竹刀を適当に弄っている。

 

 

「そこまで」

 

 

 克人が試合終了を宣言した時点で、何が起こったかを正確に理解している生徒はほとんどいなかった。

*1
武器使用可ということでお互い防具は付けていたが、魔法の撃ち合いを前提とする以上ほとんど無意味であり、本質的には近代ドイツの学生決闘と変わりない




千葉エリカ強化パッチ
・この時点での山津波使用
・迅雷斬鉄使用
・型による魔法のショートカット発動(独立魔装大隊の柳と同様の技術)
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