新たな戦略級魔法開発の許可が下りた。
元々、俺の古巣こと「白い地獄」でも理論的には可能とみられ、ゴーサイン一つでいつでも実装可能な状態にあった案の一つである。千葉エリカとの模擬戦で俺の手札が殺傷方向に寄りすぎているのを痛感したのだ。
今までは言われたとおりに相手を殺して回れば良かったし、そういう方面の器用さは山田さんや龍征さんに任せればいいと考え確殺・必殺に拘ってきたが、単独で監視任務を任された手前「出撃イコール皆殺し」ではなくなることも多くなるだろう。
そこで、俺は日曜を利用して春日部にある国防軍所有の魔法実験施設にこもり、研究チームから上がってきた仮の魔法式をひたすら試して使用感を報告している。
ちなみに、
というか、あまり成果を出せていない魔兵研がM機関主導で合併されるという話もあると聞いている。上は来る十師族との抗争に備え、陸海軍がそれぞれで魔法研究機関を持っている非効率な事態を改善したいらしい。
「発動確認。照準誤差0.02%」
「重力場観測、正常に進行中」
「異常値観測されません」
閑話休題。
視界の先、分厚い強化ガラスで区切られた向こう側は、巨大なコンクリート製の柱が林立し、野球場で使うような投光器で煌々と照らされているのに向こう側の端が見渡せないほどの空間が広がる。
ここはかつて首都圏外郭放水路と呼ばれた巨大地下構造物だ。21世紀を通じて増改築を繰り返された末、老朽化によって閉鎖・解体されたことになっているが、その実大規模魔法の実験施設として大戦末期から秘密裏に運営されている。
魔法戦力、とりわけ戦略級魔法の開発には、監視衛星に見つからない大規模な地下実験施設が必要だ。多くの国は核実験施設をこれに代用している一方、軍事目的の核兵器を終ぞ保有しなかった日本では20世紀に作られた遺物が転用されるケースが多かった。
「
「解除確認。ターゲット確認します」
――「
一番の相違点は、効果の対象が「点」ではなく「面」であることだ。
元来、俺の「鉄槌」はいわゆるPKだが、内実は「破城槌」と同様に「負荷がかかっている状態」に対象物の情報を書き換える魔法だ。発動が早い代わりに作用点を視認する必要があり、範囲指定や細かな出力の調整などの応用が利かなかった。ONとOFFしかなく、ONになった瞬間力いっぱいぶっ放すことが、人間を超えた発動速度の源泉でもあった訳だ。
一方で、今度の「
これまで単体での指定しかできなかった「鉄槌」に範囲の概念を持ち込むことができたのは、吉祥寺真紅郎の発見した基本コードである「加重系統プラスコード」の概念と、トーラス・シルバーもとい司波達也が発明した飛行魔法の二つがあればこそだ。
学術的な部分は省くが、基本コードを使うと「状態」ではなく「作用」を書き加えることができる。「加重がかかった状態にする」ではなく「加重をかける」になる訳だ。結果は同じでも、過程が異なる。
情報改変は単発なので、継続的に変化させ続ける変更に弱い。だがこれなら、「加重をかけ続ける」改変ははるかに簡単だ。そこへ、達也の開発した魔法効果継続のノウハウを入れる。なにも伊達や酔狂でフォア・リーブス株を買いあさってた訳じゃないんだ。株主優待と政治的圧力で揃えた飛行デバイス120個、こういう時に役に立ってもらわなきゃ。
これらを解析・模倣することで、今まで瞬間、せいぜい数秒程度までしか作用できなかった「鉄槌」の持続化に成功したのだ。
「20G計測。出力増加停止しました」
「効果時間計測開始します」
今回、俺は普通の椅子に座った状態で魔法を使っている。CADは専用のバズーカみたいな代物で、隣に置かれた本棚サイズのワークステーションに色とりどりのケーブルで繋がっている状態だ。
フルセットで60kgってところだろうか、あちこち基板やらコンデンサやらがむき出しでまだまだ試作品といった風情だが、既に車のトランクに載るサイズ感になっており「セイレーン」の時ほど大それた設備は使っていない。いちいち「加重がかかった状態」にエイドスを書き換えていく従来のやり方と比べて、ただ「加重を与える」とだけ書き加えればいいので、劇的に動作が軽くなったのだ。
この軽さは対象を一点とする際には発動がちょっと早くなる程度の役にしか立たないが、これが町一つ覆うような広範囲になると真価を発揮し、「セイレーン」を使ってもエラー落ちする計算量が台車で運べるサイズのワークステーション1台で賄えるレベルに変貌、実用化の目処が立ったという訳だ。
「魔法演算領域、活動危険域です」
「セーフティを発動しろ」
「セーフティ発動――効果消失を確認」
「フィードバック確認されません。"
脳みその内側がジンジンと鈍い痛みを伝え、倦怠感と吐き気がピークを迎えた頃、CADに搭載されている緊急安全装置が作動し、魔法がキャンセルされる。ちなみにだが、俺の身体はほとんど底なしと言っていいくらいサイオン量が多いらしく、無茶したとしてもサイオン切れを起こす前に魔法演算領域の方が焼け付いてしまうのが常だ。そのため、自分でもどのくらいのサイオン量を抱えているのか正確には測定できずにいる。
「ふー……あーしんど」
半ば投げだすようにCADをどかすと、頭の痺れるような痛みを誤魔化すように机のスポドリをひったくって一気飲みし、準備されている冷却剤で額をアイシングする。椅子は新幹線で寝てる人レベルのリクライニング具合に。
「どのくらい持ちました?」
「3時間26分31秒。過去のデータと合わせると、実戦投入は3時間までが妥当ね」
そのまま隣でデータをまとめていた桝田さんに問いかけると、即答で数値が返ってきた。流石は研究者、話が早い。
効果範囲:最大半径10㎞。
最大加重:20G。
最大効果時間:3時間。
仮眠や休憩を挟んで何回か試した結果をまとめると、「無人地帯」の効果はこのように表せる。単体相手かつ瞬間的になら100万トン超の出力を出せる俺だが、範囲技・持続効果になるとまだまだ効率がよくないようだ。
20G環境下ではほとんどの建物は崩壊するが、実は人間は25Gくらいまで耐えられると言われており、建物の下敷きになったり、倒れ方が悪くて頭をぶつけたりしない限りは理論上死ぬまでは行かない。これは戦略級というより、部屋一つとか戦車一両、船一隻を対象に中身を動けなくするのに使う想定だ。1対1の模擬戦などでも、相手が動き出す前に重力で縛ってしまえば勝負アリとなる。
一方、街ごと巻き込んで使うような広範囲攻撃の際は、重要な建物が壊れず、立っていられない程度に人間の動きを阻害する範囲として4G程度での運用が想定されている。最近の建物、特に都心のビルや軍事施設はどこも戦火を想定してかなり頑丈に作ってあるので、この程度ならいきなり崩れたりはしない。
ただしこれ単体では領域に入ったら最後、味方も増幅された重力の影響を受けることになる。
そこで再び出てくるのが、司波達也の発明した汎用飛行魔法である。
あれの本質は常駐型の重力制御魔法だ。1Gを0Gにするのと、20Gを0Gにするのは変数をちょっといじれば同じ術式で対応可能。そもそも根っこに同じ技術が使われてるんだから親和性が高いのは当然と言えるだろう。
施設あるいは人命は保ったままその場にいる人間たちを重力によって拘束し、実質無人化した都市に飛行デバイス装備の魔法師部隊(独立魔装大隊か対魔装特選隊を想定)を突っ込ませて制圧する。
魔法師がいない限り勝負にもならないし、いたとしても相手は想定外の状態で重力を中和しながら戦うことを強いられる。動けるのは魔法師だけなので、効果範囲内は「無人」という寸法だ。ぶっ放すだけでいい深淵改と比べるとかなり面倒くさいが、都市を無傷で占領したいという軍人の夢をかなえるための欲張り魔法だから仕方ない。
「凄い……これが……」
――そして、桝田さんの隣で感心しきりなのが、この魔法開発の立役者こと吉祥寺真紅郎だった。
「いいデータは取れました?」
「は、はい! あの、敬語じゃなくて大丈夫です」
「あそう? じゃあ失礼して……わざわざ来てもらって悪いね」
彼は本来なら九校戦で達也のライバル面して出て来る片割れだ。まあ、現役でトーラス・シルバーやってる司波達也には及ばないにしろ、13歳で魔法理論に新発見をもたらす才覚は本物だ。
もともと真紅郎が所属している金沢魔法理学研究所と海軍M機関は何かと協力することも多い仲。「無人地帯」の開発のため、根幹の一角をなす「加重系統プラスコード」の発見者に調整を手伝ってもらえるよう、鎌倉のお爺ちゃんにお願いしておいた。
研究に伴って、吉祥寺とそのバックにいる一条家には俺の「正体」に関わる情報が一部開示されている。無論、彼らもこれが最高機密であることは承知の上だろう。
「いえ……"榊さん"、沖縄戦の活躍は伺っています」
ただ、いくら獅童の爺さんの権力をもってしても、こうあっさりと協力してくれたのは不思議だった。
「僕は、佐渡で両親を亡くしました」
「……話には聞いてるよ」
だから、沖縄の話を持ち出されて、少し納得が行った。
「世の中から戦争が無くなるなんて、とても僕には想像できない。国防軍は間に合わなかったけれど、あそこには戦場があったんだ」
「……」
俺は何も言わない。あの時、一条剛毅は義勇軍を組織する前に現地最高司令官の酒井に部隊を回すように要請していた。
酒井伝に要請を聞き届けた統合参謀本部は、大急ぎで連隊規模の人員をかき集めて佐渡に送り込んだ。
ただ、部隊が到着した時には、もう義勇軍による敵方の撃退が完了していた。
「僕は身寄りをなくした後、一条家に世話になっている。故郷を守ってくれたのも、貴方方じゃなく一条家と僕たち義勇軍だ」
結果として一条家は地元の熱狂的な支持を得て、魔法師一族では他にないレベルで庶民人気がある訳だが、それは裏を返せば「国防軍より一条家の方が信頼できる」と北陸の人間は認識しているということ。
軍は佐渡を見捨てた訳じゃない。何もしなかった訳でもない。それでも、結果として一条家率いる義勇軍だけが活躍した事実は、「国防軍は守ってくれなかった」という風評とセットのものだ。
鎌倉の爺さんの受け売りだが……彼ら自身にそのつもりがなくても、今一番軍閥化に近い十師族は四葉でも七草でもなく、一条家だ。
「だから、僕は将輝と一緒に故郷を守るつもりでいる」
彼を助けに行かなかった俺には、何かを言う権利がない。
「でも」
真紅郎は覚悟を決めた顔つきで、力強くこちらを見つめる。
「もし力及ばなかった時は。僕らが皆殺しにされた後、必ず奴らを滅ぼしてほしい。これはそのための力だ」
吉祥寺真紅郎は、次の侵攻でも決着が着くまでに国防軍は間に合わないと確信している。それは恐らく、盟友たる一条将輝にすら見せたことのないだろう、彼の一番暗い側面かもしれなかった。
きっと多分に当てつけも含まれていただろうが、俺たちは反論の言葉を持っていない。なにせ実際、間に合わなかったんだから。
「最大限の尽力を約束する」
――ここまで言われて、上の命令次第では約束を破らなければいけない身分が少しだけ恥ずかしくなった。
この先、これくらいの熱意や執念はいくらでも裏切る時が来るんだろうな。今から気が重いよ。
「……帰られましたね」
「10分休憩の後、第二フェーズ試験を開始します」
真紅郎が一通りの議論やデータ解析などを終えて帰宅した後も、俺たちは研究所に残っていた。
彼はこれで「無人地帯」の全てを見たと思っているだろうが、残念ながらM機関はそんなに善良じゃない。さっそく裏切りその1だ。
「CADチェック完了。システムオールグリーン」
「"
使用するCADもさっきの「余所行き」ではなく、真紅郎がいる間は別の場所に隠しておいた「セイレーン」だ。わざわざここで実験をするために横須賀で保管していた艦載型を持ってきたらしい。
――この魔法の開発許可を貰うにあたり、鎌倉のお爺ちゃんには「二つの隙を解決します」と言った。非殺傷技の不足と、広範囲攻撃技の不足だ。
当然、この魔法には
「反重力観測開始。記録正常」
桝田さんの合図に合わせ、俺は再びCADを起動し、起動式を読み込ませる。
悲鳴にも似たノイズと共に、セイレーンが魔法式の構築を補助。膨大な量のサイオンが流し込まれ、十数秒かけてゆっくり魔法が形になると、コンクリの床面に無造作に置かれていたマネキンや缶ジュース、石、鉄パイプなどの物体がひとりでに浮き上がり、やがて天井めがけて「落ちていく」。
「-2G……-3G……」
計器の数字を読み上げる女性の声が響く。そう、これこそが「無人地帯」の真の効果、負の加重だ。今は実験に耐えられるよう施設自体を特別頑丈に改造しているため中身だけが影響されているように見えるが、普通に外で使えば「地面」そのものが上に落ちていく光景が見られたはずだ。
確かに真紅郎のカーディナルコードは重要な役割を果たしている。だが白い地獄の研究員たちは、発見からの2年ほどでそれをもとに更なる研究を進め、既に「加重系統マイナスコード」の発見に成功していた。
「-20G到達確認。反転開始してください」
「了解。反転開始」
俺のCAD操作に呼応して、浮き上がり天井に押し付けられていた瓦礫たちがその力を失った次の瞬間、今度は凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。
「20G反転確認。実験成功です」
殺傷モードの「
マイナス方向へも20Gまで対応している訳だが、-20Gくらいになるとクレーター状に地面が抉り出され、埋設されている地下鉄やシェルターなんかも大量の土砂と一緒に上空へぶっ飛ばされることになる。こういう高低差の大きい技だと効果範囲が球状なのが良くわかる。
瓦礫が天井にジャマされなければ最大10キロ上空まで吹っ飛ぶとして、そこから20Gで地面に叩きつけられたら……終端速度ってどうなるんだろう? 少なくとも、平地に展開した機甲部隊や車列、地下道含む都市を粉々にするには十分な破壊力が出るに違いないし、生き残った所で巻き込まれた大量の土砂で生き埋めだ。
文字通り「誰も生かして帰さない」から「無人地帯」。深淵改と違って射程までは考慮できなかったので十数キロまで近づかなければいけないのが欠点だが、陸上への攻撃手段としては十分だろう。
司波達也の発明をガッツリ軍事利用することに関して懸念はあるが、それで勝率が落ちるくらいならガンガン取り入れた方がいい。俺たちが十師族に強く出られているのは、俺の戦闘力ありきな所があるのだから。
「国軍の到着が間に合わず、地元有力者の私兵が代わりに侵略者を撃退した」って普通に国を割る案件ですよね。