出発早々、燃料満載のタンクローリーに突っ込まれるという大事故に巻き込まれる羽目になった第一高校選手団だが、出発が早かったこともあり昼前には目的地であるホテルに到着していた。
これだけの大事故……否、状況から見て魔法師を標的としたテロ攻撃の可能性が高い事案である。自衛のためとはいえ高ランクの魔法*1を複数回にわたって使ったことも含め、通常であれば向こう2~3日は家と警察署を往復する日々が続くところであるが、少なくとも選手たちはロクに拘束されることもなくホテルで荷下ろしに勤しんでいた。
早い段階で伏せるよう指示があったことから、そもそもバスの外を見ていない生徒も多くおり、選手たちの中では「何やら自動車と接触しかける事故があったらしい」という程度の情報しか行き渡っていない。
多くの生徒は初日から前途多難だなぁ……と思いつつも、特に違和感なく荷ほどきに勤しんでいた。
懇親会は夕方からで、翌日は1日オフだ。この時点ではまだ競技まで日があるため、観光気分で荷物を転がしている生徒がほとんどを占める。
「あれは事故ではなかったと……!?」
「じゃあ、やっぱり事故じゃないんだ」
だが、例外もいる。
ホテルに着くと同時に別れ、それぞれ自分の兄と合流した司波深雪と榊白巳は、それぞれ別の角度から情報を有する司波達也、榊創一朗両名から事情の説明を受けていた。
魔法が車の中から使われたことを見抜いていた達也は、犯人が魔法師であり、これが故意のテロ行為であることを見抜いていた。
「あの車の挙動は不自然だったからね。調べてみたら案の定、魔法の痕跡があった。犯人は運転手、自爆攻撃だよ」
一方で創一朗――九校戦会場の警護という名目で会場に潜入している――は、国防陸軍情報部の伝手によってもっと詳細な情報を得ている。
「例の人間主義絡みだろうな。運転手の身柄は公安経由でこっちに回してもらった。流石に死んでて今は解剖待ちだが、桝田さんの見立てでは大亜連合製のジェネレーターである可能性が高いらしい」
深雪は敵の卑劣さに顔をゆがめ、白巳は想定を超える敵の行動に無表情のまま警戒を強める。
二組の距離はそれなりに離れており、特に白巳側は遮音フィールドと人払いの結界まで展開していたため気に留める者はない。
それゆえ、周囲の目なども考慮して詮索をそこそこに切り上げた深雪たちと違い、白巳たち二人の会話は深掘りを続けた。
「ジェネレーターって戦車並に高価なんでしょ? こんなもったいない使い方するかな?」
白巳の指摘通り、現在裏社会に流通しているジェネレーターは非常に数が少なく高価だ。銃よりも強力で、戦車や戦闘機などと違ってかさばらず維持費がかからないため資金の流れから居場所を推測するのが困難で、適当にスーツでも着せておけばボスの近くに護衛として置いておけるという特性は軍隊よりむしろマフィア向きという言説もある。何より、日本による"ドッキリ津波事件"は兵器市場における魔法のプレゼンスを急騰させた。
今や魔法による脅威には魔法でしか対抗できないことが常識になりつつある。この世情で"魔法兵器"たるジェネレーターの需要がうなぎ登りになるのは当然と言えた。
ジェネレーターは生産性が悪いらしく供給量は限定的で、ここ数年は常に世界中の犯罪組織や反政府勢力が取り合いをしている状態だ。現在の推定末端価格は新ソ連製のアルマータⅢシリーズ*2主力戦車を部隊単位で揃えられるレベルに達すると見積もられている*3。
――余談だが、かの「ドッキリ津波事件」を経て最も価格が高騰した兵器は「アンティナイト」である。軍事物資として厳しい輸出規制がかかっている一方、以前よりイラン高原産やチベット産のものが現地の犯罪組織や国際法を無視した政府によってブラックマーケットに流通していることが問題視されていた。
ここ数年では特に沿岸部在住の富裕層が「お守り」として買い求めるようになり、その相場は以前の10倍以上にもなっている。金さえ払えば転ぶ人間はいるもので、近年ではアステカやマヤの遺跡から産出される、つまりUSNA産のアンティナイトが現地の麻薬カルテルによって組織的に盗掘・密売される事態が起こっており、リーナ率いるスターズは麻薬戦争ならぬアンティナイト戦争に出づっぱりなんだとか――
「もったいないか? 白巳の対処が間に合わなければどうなってた?」
閑話休題。そんなジェネレーターをこんな局面で使い潰したことに納得できない白巳に対し、創一朗はいたずらっぽく告げる。
「魔法の相克のこと? そうなってからでも
「そりゃお前だからだろ? 向こうは相手を魔法が使える高校生の集団と思ってるんだ、そんな歴戦の軍人みたいな真似をされるとは想定できない」
そもそも、
「実際、ジェネレーターが2体や3体暴れたところで一高生の主力クラスなら問題なく倒せる。不意打ち大質量攻撃の補助に回すのは効果的なやり方だ。対テロ戦部隊出身者か、あるいは本職のテロ屋が入れ知恵してるな」
そこからプロファイルされる「敵」首脳の人物像はこうだ。
「一般的」な魔法師を想定した上ではかなりの効果が期待され、ひいては対魔法戦闘を念頭に置いた作戦を立てられるが、本当の最先端技術を持っている訳ではない者。実戦経験豊富な、しかしあくまで理論に軸足を置いている参謀あるいは技術者タイプの人間。
――種を明かしてしまえば、原作知識によるカンニングを応用しての「
「……わかった。私は何をしたらいい?」
その懸念がある程度伝わったのか、白巳はそれまでの態度を改め、真剣さを見せて創一朗に指示を乞う。
「命令に変更はない。俺は外から、おまえは内から、怪しい素振りを見せた連中を片っ端から潰していく。さっきのタンクローリーみたいにな」
そのゴリ押し極まりない命令は、テロリスト側と創一朗たちの「優先順位」に差があることから編み出されたもの。
「俺たちの敗北条件は、司波兄妹に加害の手が届いてしまうことと、俺たちのアキレス腱があの二人だと知れること。だが
「うん」
「政府はこれを機に国家総動員法に基づく報道規制と思想統制を復活させたい、そこで"制御できる範囲の悲劇"をお求めだ。俺たちの役目は、テロを誘発させてから下手人を捕らえること。極論、あの二人以外はいくら巻き込まれても問題ない」
創一朗の示す方針は、重要な護衛対象である2人以外は捨て駒に使うという過激極まりないもの。彼らが守っているのは司波兄妹であって、一高生徒全体ではないからだ。
一方でこのような巻き添えの危険が大いにある作戦が決行されたのは、上が司波達也という脅威を正しく認識していない証左でもある。というより、司波達也という怪物の戦闘力の高さを理解しているために、「テロリストにつつかれたくらいじゃかすり傷一つ負わないだろ?」という慢心が存在していた。
実際、戦力分析という意味でその見立ては正しい。達也は合理主義者で、わざわざ今の身分を捨てるような真似はしないだろうという推測も正しい。
だが彼には、妹のためなら文字通り「何でも」してしまう危険な側面がある。深雪にかすり傷一つでも影響が出た日には、文字通り何が起きるかわかったものではない。
この世界では、なまじ達也が本気になる場面が少なかったためにその破綻が問題化することがなかった。軍の人々は達也の至って常識的な人柄を先に知り、
現に今、普通に考えれば「生徒を狙ったタンクローリー」一発の時点で中止の判断もやむを得ない程度には物騒な状況になっているにもかかわらず、何事もなかったかのように準備が進められているのは、政府上層部からの開催圧力によるところが大きい。
彼らはあずかり知らぬことだが、この同時刻に真由美と克人は主催側の重鎮である九島烈に呼び出され、大会中止に動くべきか意見を求められている。だが、これは政府の圧力がある以上「中止」ではなく「一高のボイコット」という結果にしかならないことが最初から決まっていて、ゆえに真由美たちが首を縦に振れないことは既に(状況を制御している政治屋たちの間では)読み切られており、大勢に影響を及ぼすことはない。さしもの十師族の権力とて、「本物」の政財界の重鎮どもを前にして出来る事には限りがあった。
「とは言え、それはあくまで最悪条件だ。おまえは引き続き、露骨になりすぎない範囲で司波深雪を守り、本人を狙った攻撃の類は必ず阻止しろ。俺も予定通り、マルチスコープで会場全体を監視しておく」
マルチスコープは複数の視野からものを見られる、いわば目玉を増設する魔法であるため、広域の監視に向いた魔法だ。だが視覚が拡張されても入ってくる情報を処理するのは脳であるため、あまりにも広範囲の情報を収集したところで見落としがボロボロ出て実用に堪えない。テレビを3台ならべて番組を3つ同時に見たとしても、内容を覚えて居られるのは精々1つが限度なのと同じだ。
だが創一朗は改造人間だ。本人の資質の問題で勉強が苦手だから忘れられがちだが、彼には脳が二つある上、機能自体も最大限に拡張されている。ある程度護衛対象が絞れているなら、ホテル周辺と競技会場を全域監視するくらいは訳なく可能である。
「おまえの機密レベルはそんなに高くない、そこが俺との差別化点だ。
白巳が軍関係者であり、調整体魔法師であり、そして司波兄妹の護衛のため第一高校にねじ込まれているという事実は、十師族クラスの情報力で調べればすぐに分かることで、もとより大した隠蔽工作が行われていない。
兄である"鉄仮面"と違い、その出自がバレたとしても国防に与える影響は限定的と見積もられ、ゆえに彼女には武装・魔法使用の制限がほとんどない。このアドバンテージを以て、間接的支援に徹するしかない創一朗の代わりを果たす。それが白巳の任務だった。
「了解。じゃあ、競技の方も手加減しなくていいんだね?」
白巳は今までの無表情を改め、ほんの少しだけ好戦的な笑みを浮かべて問いかける。
その様子に成長を感じて表情が緩むのを自覚しながら、創一朗は妹の頑張りにGOサインを出した。
「もちろん。おまえは国防軍の最新兵器なんだ。それと司波深雪がぶつかるように試合が組まれるのは
鉄仮面と司波達也は、国防軍と十師族、お互いのイレギュラー的最高戦力同士による決戦だった。
榊白巳と司波深雪は、お互いの制御可能な技術の範囲で作られた表向きの傑作同士による性能品評会だ。舞台とルールは違っても、周囲の熱の入れ方は変わりない。"これ"も立派に、白巳に課せられた任務の一つであった。
「ん、がんばる」
兄から
「あれ、榊主任!? 来てたんですか!」
ほぼ同時に人払いの結界を解除すると、さっそく創一朗の図体が目に留まったのか、近場の生徒たちが集まってくる。
「ああ、こっちの警備も依頼されててな」
「現役の軍人さんがいるといろいろ角が立っちゃうからね」
隣では白巳が訳知り顔(いつもの無表情だが、どこか誇らしげ)で説明を補佐している。
そこにさっきまで任務のブリーフィングをしていた剣呑さは全く見られず、創一朗は流石の切り替えの早さに内心感心していた。