2095年8月3日。
九校戦はこの日から開幕し、10日間にわたって競技が行われる。
こう書くとスケジュールには余裕があるように見えるが、6競技×2(本戦・新人戦)を一気に片付けるため、実際のところかなり詰め詰めになる。
初日はまず、本戦スピード・シューティングとバトルボードの予選だ。
「"エルフィン・スナイパー"だ!!」
「真由美ちゃーん! 俺だー! 結婚してくれー!!」
0年代のオタクみたいな歓声を背負って競技場に登場した七草真由美は、今季3連覇が懸かっているスピード・シューティングの絶対王者。
この日、原作知識的にも情勢的にも大した問題は起きないと見て、創一朗は観客席周辺を適当にぶらつく……ふりをして不審者を捜索。
いっぽう白巳は、司波兄妹とその友人たちにくっついて観客席に陣取り、真由美の無双ぶりを見物していた。
「マルチスコープとドライ・ブリットの合わせ技……魔弾の射手。すっごい精度」
会場に出ている無数の出店やキッチンカーの中から、ナインティワンアイス*1のキャラメルリボンを大小2段重ね*2している白巳のコメント通り、真由美は軽々と予選を突破すると、決勝トーナメントからの対戦型ルールでも持ち前の全方位攻撃をもって対戦相手を圧倒している。
「視線の通らない筈の場所に銃座を作り出しての乱射、それが百発百中……」
「競技だからまだいいが、これを市街戦や塹壕戦に持ち込まれたらと考えると背筋が寒くなるな」
隙がねぇと慄いているレオを尻目に、達也が魔法について解説を入れる。実況解説が揃って隙が無いとはエリカの言だった。
「でも、ドライアイスってそんなに殺傷力出るかな? 強度的には石膏並だし、相手が重武装だと厳しくない?」
「今はクレー相手だからそのままだが、軍事利用想定なら硬化魔法もセットだろう。射程の短さは魔弾の射手でカバーするとして、寒冷地では威力が出ないのが欠点か」
ドライ・ブリザード等の二酸化炭素を弾体に用いる魔法は、二酸化炭素を冷却して固めた後、余った熱エネルギーを運動エネルギーに変えて撃ち出す方式だ。そのため外気温が高いほど初速が上がる一方で、氷点下の環境では殺傷力をカバーするために追加の加速魔法が必要で使い勝手が悪くなる。達也の言及はその部分に触れたものだ。
「そこまでするならミリオン・エッジでよくない? フレシェット弾とかキャニスター弾で応用利くし」
「あれは事前準備の上で弾を持ち歩かないといけないから使いどころが限られる。タスラムのように対象を選ばず弾に出来るなら別の用途もあるだろうが……白巳、お前かなり語れるな」
「お兄の妹ですから」
余談だが、思ったことが口から出るタイプである一方かなり聡明で頭の回転が速い白巳と理屈屋で説明したがりな所がある達也は相性がいいらしく、この数か月で白巳は比較的適当に扱って問題ないと見た達也から(深雪を除けば)女子陣唯一の「お前」呼びを受ける立場にいる。
見立て通り白巳はそのことについて全く気にしていない様子で、達也の解説を受けて頭に浮かんだ疑問を都度差し込んでは遠慮なしの議論にもつれこむという流れを頻繁に見ることが出来る。時折、特に雑な扱いを受けている時に限ってほのかが羨まし気に見つめてくることがあるのだが、白巳にはそのあたりの機微はよくわかっていなかった*3。
閑話休題。白巳は第一高校への編入まで兵器としての教育を受けていたため、国防軍兵士としての軍事的知識、およびそれと魔法を絡めて運用するという分野に限れば専門家レベルの知見を有する。
魔法開発のプロである達也とも一面でならやり合えるレベルの知識と経験により、彼女が国防軍の調整体か何かだと感づいている達也から感心をもぎ取ることに成功していた。
「はぇ~……」
「何? その反応」
一方、他の面々は全く話について行けず、途中から諦めて競技に集中し始めていた。そのおかげで、今の短い会話だけで国内外の十師族クラス3家の家伝が、当然のようにスペックを知っている前提で持ち出されたことに気づかずに済んだのである。
なお、七草真由美はそんな応援席の事情を知ってか知らずか、圧倒的な好成績で勝ち進み、あっさりと本戦優勝を果たしたのだった。
◆ ◆ ◆
同日。達也が訪れたのはホテルのある一室。生徒用に貸し出されていない、
生徒の立ち入りが禁止されている廊下の先には別のエレベーターホールがあり、そこのエレベーターを使わなければ目的の階にはたどり着かないようになっている。
エレベーターの扉が開くと、ホールを警備している兵士がいる徹底ぶり。並の士官用ホテルでもここまではしないという警備体制を経て、達也はようやく目的地に到着した。
「一体何が起こっているんですか?」
達也らしくもなく、開口一番にこの台詞が飛び出す。
「……まあ、掛けろ。話はそれからだ」
達也の視線の先には長机が会議室の要領で2×6にくっつけられており、合わせて10人の男女が座っている。
代表して答えたのは、上座に座っている独立魔装大隊の隊長、風間少佐だった。
「やっ、演習ぶり~」
軽く手を上げて歓迎したのは、達也の所属とは別部隊の女性下士官だった。確か、海軍対魔装特選隊の――
「岬曹長。ご無沙汰しております」
「お邪魔してるよ」
岬玲のほかに山田准尉、江藤軍曹、遠山曹長もおり、特選隊側は実働フルメンバーといった格好。
独立魔装大隊側も風間少佐を筆頭に山中軍医少佐、柳大尉、真田大尉、藤林少尉と幹部が勢揃いしており、ここに(株)ミッドポイントから創一朗ともども派遣されている風鳴詩も含めた大所帯だ。
「……ミッドポイントはPMCという建前はどうしたんですか?」
「建前だって分かってるんじゃん。そういうことだよぉ」
「時々、自分が"トゥルーマン・ショー*4"をやってるんじゃないかと疑いたくなりますよ」
ヒラヒラと手を振って悪びれもしない詩に、達也は内心げんなりしながら皮肉を飛ばして席に着く。
創一朗が見たら「ここだけで国防軍の魔法戦力8割は集まってるんじゃないか」と軽口を叩くだろう物々しい光景を見ても、達也の表情は動かない。
「まさに、特尉の察している件についてだ。確保した情報を伝達しておこうと思ってな」
達也が席に座ると、風間がその場を仕切って会話を始める。
それは、海軍対魔装特選隊からの「情報提供」というテイの、達也向けの事情説明だった。
一発目のタンクローリーの段階で隠し通せないと見て、勝手に動かれるくらいなら素直に事情を説明した方がいいだろうという"鉄仮面"もとい創一朗(会場警備に出づっぱりのため不在)の判断による。
「……という訳で、問題の運転手は大亜連合製のジェネレーターだった。敵の目的や正体は依然不明だが、妨害行為や攻撃がこれだけで止まるとは考えにくいというのが我々の結論だ。これは日本の国防体制に対する挑戦であり、また貴重な魔法戦力を徒に危険に晒すことは著しく国益を損なうと言わざるを得ない。予測される攻撃目標が演習場内であることも考慮して、本件における捜査権は国防軍が引き継いでいる」
なお、魔法絡みの事件であることと国外からの武力攻撃事態に準ずる状況を理由として対魔装特選隊がゴリ押しで法執行機関に割り込んでいるのが実情であり、国家運営の観点で言うと不健全極まりない状態に陥っている。これまで数々のテロ事案を力ずくで解決してきた彼らの政治的影響力は非常に強く、こういう「面倒な案件」は率先して彼らに丸投げする風潮すら、最近は生まれつつあるのだった。
「我々は協力を惜しまない。今日は来てないが、この会はそもそも"鉄仮面"の発案だ。ウチの隊長は君を非常に重視している。だから動く時はせめて一声かけてくれ、ってさ」
そう締めくくったのは、飄々とした口調の割に雰囲気から緊張感が漂っている山田准尉。階級的には準士官なので特尉として士官相当の達也より下の階級だが、この場の最年長であり誰より軍歴が長いため指摘する者はいない。
対魔装特選隊の方が全体的に階級が低い傾向にあるが、これは同じ特殊部隊でも、組織的に有能な魔法師を指揮や育成に携わらせて戦力拡大を図っている独立魔装大隊と、在り物の特記戦力を必要な場所に投射することに特化している対魔装特選隊の戦術思想の違いから来るものだ。
だが、達也が気づいたのはそこではない。なにも彼は、藤林少尉の淹れた紅茶を1杯ごちそうになってそそくさと退出しただけではないのだ。
(どうも、陸海のスタンスに差異がある)
「選手になることがあっても軍事機密の魔法は使うなよ」と念押しするに留まった独立魔装大隊と、「不審者捜しをするなら協力を惜しまない(だからお願いだから勝手に動かないでくれ)」と明言して終始可能な限りの誠意ある対応を心掛けたように見える対魔装特選隊。
身内と外部組織の扱いの違いだと言われればそれまでだが、現場の人間はともかくとして、上層部レベルまで達也の、もっと言えば四葉家の脅威を正確に把握しているのは、外部のはずの海軍の方のような気がしてならなかった。
(あの模擬戦以外にも何かを知っているのか?)
一瞬思索に沈みそうになった達也だが、考え込むまでもなく、海軍の方はあの「鉄仮面」がかなり大きな権限を持っていることに思い至った。
(……やれやれ。偉くなったものだな、俺も)
その少し後、海軍特殊部隊の全体を挙げての対応(そして恐らくは、最大限の警戒)のことを"当然の評価"と認識している自分の自惚れに思い至り、達也の口から苦笑が漏れた。
22:15追記 ナインティワンアイスの創業地について修正。