(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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52 折衝

 創一朗の「説教」から1時間も経たないうちに、スピード・シューティング新人戦の予選が開始された。

 

 選手たちは順番に大会運営委員によるCADチェックを受け、その後出番が来るまで控室で待機だ。

 

 チェック場所は大会用に設営された天幕で、簡易的な設営に見合わず専用の機材が運び込まれており、謎の紛争地帯感を醸し出している。

 

 今日は北山雫の出場日だ。当然、現場には技術スタッフである司波達也の姿もあった。

 

 達也は運営委員に小銃型のCADを預けると、流れ作業的に機械にセットされる様子を自分の「眼」でも確認していた。

 

 

 その時、達也の端末に1件のメッセージが入った。

 

(……榊主任から?)

 

 それはロクに暗号化もされていない平文で、「数分後に達也のいる天幕へ国防軍の部隊を突入させる」旨が堂々と記載されている。

 

 具体的な行動指示はなく、達也を逮捕するための動員ではない旨、決して不利益は及ぼさない旨、ターゲットを逮捕するタイミング的に巻き込んでしまうことへの謝罪で文面のほぼ9割が占められている。

 

(律儀なんだか嫌味なんだか……)

 

 持ち前の速読で5秒とかからず長文のメールを読み終えた達也が内心呆れようとしたところで、彼の「精霊の眼」がこの天幕を囲うように展開する集団の存在を捕捉する。

 

(これは……警備にしては大所帯すぎる。メールにあった部隊か)

 

 達也がそれに気を取られかけたのとほぼ同時。

 

 チェックのために機械にかけられているはずのCADへ、不自然なノイズが流れ込んだことを「眼」が捉えた。

 

「……!!」

 

 だが、達也が大会委員の腕を掴もうとするのと、天幕周辺の包囲に突入の動きがみられたのは同時で、達也はやむなく、周囲の警戒へとリソースを割くことにする。

 

「国防軍だ! 全員両手を上げて膝を突け!!」

 

 直後、ドカドカと7~8人の兵士たちが天幕へと踏み込んでくる。

 

 だが、達也の驚きは彼らが入ってきたことではなく、彼らそのものに対して生じていた。

 

(全員が魔法師、しかもこの体内構造と組織の歪さ……強化人間、軍の人造サイキックか! それがこの人数……)

 

 全員が防弾チョッキとヘルメットの重武装で、顔も揃いのバイザーによって隠されているため背格好くらいしか分からない。どうやら男性も女性もいるようだが、総じて非常に体格に恵まれているように見え、男性陣に至っては平均で190cm以上ありそうだ。

 

 さらに彼らは、全員がM4カービンの後継にあたるアサルトライフルで武装している。しかもただの突撃銃ではなく、銃身下部のピカティニー・レールに装着されているデバイスはパっと見ではグレネードランチャーのようだが、歴とした特化型CADだ。

 

 その上、目立たないところに付けられているが彼らは全員がアンティナイトを装備していた。総じて対魔法師を想定した人員なのが見て取れる。ただしこれらは達也の眼だから分かったことであって、普通にしていれば「()()()()()()()」にしか見えないだろう。

 

「……何事ですか?」

 

「許可なく口を開くな」

 

 ちょっとしたいたずら心でつい混ぜっ返してしまった達也のツッコミを、班長と思しき兵が一喝。彼もまた体格に優れていたが、どうやら創一朗ではないようだ。

 

 なお、達也は超法規的措置に基づくとはいえ国防陸軍の士官である。それを相手にこの態度を取れるということは、事情を知らされていない下っ端か、あるいは高レベルで知らないふりのできる練度の高い部隊という証左になる。

 

 実際、彼らは後者。国防海軍・対魔装特選隊、その第三実働小隊だ。普段から監視役として張り付かれている創一朗とは同組織の別部隊であり、隊員は主に創一朗や白巳ほどの性能を発揮できなかった「鵺シリーズ」の調整体で構成されている。

 

 達也自身、陸軍の似たような部隊である独立魔装大隊の所属だ。陸軍全体から実力者を引き抜いてきて編成しただけあり、既に数でも質(魔法力)でも彼ら特選隊を追い抜いていると言える。

 

 現に彼らは達也が「視」る限り、魔法師としての実力は二流以下。にも関わらず達也が正直に動きを止めたのは、なにも創一朗による「予告メール」を素直に受け取ったからではない。

 

 集団戦の連携と装備の充実度、つまり「兵士」としての実力において彼らは、明確に独立魔装大隊を上回っていたからだ。

 

 さらに達也は天幕の布越しにここへ向けられる照準を感知し、警戒レベルを引き上げる。どうやら踏み込んだ隊員の誰かもしくは全員がカメラを装備していて、その映像をもとに布越しで狙撃を試みている兵士がいるらしい。

 

 およそ600メートル離れた士官用ホテルの一室。高層階のラウンジを借り切って窓を開け、即席の狙撃陣地が構築されていることを、達也の「精霊の眼」は感知している。

 

 彼らが用意しているのは狙撃銃(7.62mm)対物ライフル(12.7mm)ではなく、通常は戦闘ヘリや歩兵戦闘車などに搭載される小型のフレミングランチャー(レールキャノン)である。

 

(APFSDS弾……人間相手に、いや()()()()()なら有効な選択肢ということか)

 

 そもそもオーバースペック、普通に考えれば味方を退避させた上で榴弾で吹き飛ばすのに使う。だが、実際に銃口の中に装填されているのは強固な装甲を撃ち抜くためのAPFSDS弾だ。最新世代の主力戦車でもなければ装甲で受けきるのは不可能だし、障壁魔法で防ぎ切るにはそれこそ十文字家や桜シリーズ並の出力が必要だろう。

 

 ――魔法師に有効な戦法は、意識の外からの狙撃。

 

 目の前の兵士が「普通の武装」であることに油断した魔法師を、隠し持ったアンティナイトと大口径狙撃銃で殺すという明確なドクトリンに基づく運用。この時点で、乗り込んできた兵士たちの練度について達也の評価は「独立魔装大隊と同レベル以上」にまで引き上げられていた。

 

(……下手に逆らうべきではないな)

 

 やむなく、達也は言われた通り投降。その間にも、部隊による捜索は続いている。

 

「目標確保! 検査急げ!」

 

 隊長と思しき男の号令を受けて、後方で待機していた2人が入ってくる。

 

 この2人は非武装の代わりにアタッシュケースを抱えており、その場のテーブルでそれを開くと、中は蓋をするように機械の操作盤が入っている。持ち運びを主眼にした検査機器によくある構造であった。

 

 1人が機械のセッティングをしている間、もう一人が検査中のCADを慎重に取外し、この2人が持ってきた機械から伸びるケーブルに接続し直す。

 

 達也としてはせっかく調整したCADをベタベタ触るなと言いたかったが、彼らが検査しようとしているだろう「異物」がCADの中でうごめいているのを、達也の眼もはっきりと捉えている。ここが軍の基地内であることも考慮すれば、悪事の鎮圧のため警官ではなく軍人が飛んでくるのは何もおかしな所がない。

 

 下手に動いて探られてもまずい。事態が落ち着くまで、静観の構えを取ると決めた。

 

「電子金蚕確認!」

 

 その直後、検査機器に何かが引っかかったのか、2人組の片方が声を上げる。達也は電子金蚕とは何か知らなかったが、その声と同時に運営委員としてチェックをしていた男がびくりと震えたのを見逃さなかった。

 

「お前にはテロ幇助の疑いが掛かっている。大人しく来てもらおう」

 

 選手のCADへの細工が明るみに出た。物証まであるのだ、大会委員たちは最早観念して連行されるしかない訳だが、ここで部隊の一人がつらつらと喋り出した。

 

「これは電子機器の操作を狂わせる兵器で、第三次世界大戦中に中華戦域で多く用いられた。現在は主に大亜連合の裏市場で取引されている」

 

 それはまるでこの場の人間に事態を説明するかのようで、その場の人間の頭上に「?」が浮かぶ、その瞬間。

 

「――間違いありませんね? ()()()()

 

 最後の一言により、場に再び緊張が走った。

 

 直後、それまで何もなかったはずの一角――否、()()()()()()()()()()()()()()その場所に、一人の老人が現れる。

 

「なんだ、気づいておったのかね」

 

 九島烈。

 

 十師族体制を作り上げた張本人であり、90歳を目前にした今なお魔法界に圧倒的な影響力を保持する元「世界最巧の魔法師」がそこにいた。

 

 彼はなにも、ずっとそこに居た訳ではない。騒ぎを聞きつけ、そっと現場に潜入していたのだ。

 

「お戯れを……」

 

「これだけの暴挙を許しているのだ。肝くらい冷やして貰わねば元が取れんよ」

 

 うっかり撃ってしまったらどうするつもりだ、という抗議の視線をスルーして、烈はおもむろに問題のCADを手に取る。

 

「さてこの異物だが、確かに電子金蚕で間違いない。大戦中、これの正体が分かるまで随分苦労させられたものだ。最近の検査機器というのはよくできているな」

 

 烈は簡単にその正体を看破して見せ、皮肉たっぷりな口調と裏腹に少し懐かしそうにすらしている。これにますます顔色を悪くしたのは運営委員の男だった。

 

「状況から見て、CADのチェック中にこれを紛れ込まされた、ということでいいのかね?」

 

「仰る通りです、閣下」

 

「君に聞いているのではない」

 

 隊長の返答を一喝して、烈が向き直った先は司波達也の方であった。

 

「君は、第一高校の司波君だね。おい君、彼の拘束を解きたまえ」

 

 烈のつけた注文に、拘束を担当している兵士は一瞬躊躇する。

 

「……その生徒の拘束を解け」

 

 隊長による助け舟を受け、達也はようやく拘束から解放された。

 

「ありがとうございます」

 

「私はなにもしておらんよ。それより、事の顛末について説明してくれたまえ」

 

「は。状況ですが、閣下のおっしゃる通りです。検査機器を介し、CADに何か異物のようなものが混入するのを私の目でも捉えていました」

 

 達也の「証言」を受けて、烈はこの日初めて笑みを見せた。

 

「ふむ、状況は承知した、最早こうなっては私でも庇い立てはできんし、するつもりもない。軍による大会運営委員の一斉捜査を突っ撥ねることはできんだろう。だが九校戦の日程に遅延・中止を出すのは軍としても本意ではあるまい?」

 

 兵士たちは何も答えないが、それは図星だ。烈が介入してこなければ、大会委員だけ連行して試合自体は多少の遅れ程度で強行する予定だった。

 

「もとより、ここは軍の敷地内。具体的な捜査は軍に任せる。だが……司波君はそろそろ競技場に戻りなさい。CADは予備を使うと良い。状況が状況、再検査の必要はなかろう」

 

 烈が天幕の奥で取り押さえられている壮年の男――大会委員長――にちらりと視線を寄こすと、委員長は顔を真っ青にしてウンウンと頷いた。

 

 それは、この不祥事について軍が大会委員の捜査をすることについて口を挟んだりはしないが、それによって九校戦スケジュールに大きな影響を与えるのを避けるため、事実の公表はしないということ。

 

 この宣言はこの場で最も権限を有する九島烈による「裁定」であり、そこに異を唱えられるものはこの場にはいなかった。

 

「異論なければ、この場はひとまず良いだろう。ああそれから」

 

 その場を締めようとした烈は、おもむろに特選隊を指揮している兵士へ顔を向ける。

 

「遠隔で指示をしている()()()()にもよろしく言っておいてくれたまえ」

 

 今度は達也が驚く番だ。

 

 最初に届いたメール以外、鉄仮面――つまり榊創一朗の関与は確認できていない。

 

 どこかで見ている可能性は考慮していた。だが、精霊の眼をもってしてもその形跡は確認できていないのだ。

 

 この老人には一体どんな探知能力が――

 

「……いつから、お気づきに?」

 

「強いて言えば、君のその反応を見た直後だな」

 

「は?」

 

 対する烈の答えは、極めて単純なものだった。

 

「これだけの横車を押す作戦、首謀者が手を離せるとは思えん。その上であの狙撃手、自前かつ高度な情報伝達手段があると言っているようなものだ。あとは推理と当て勘で()()をかけた。魔法は便利だが、時にこのような隙を生む。君もこの業界で長生きしたければ覚えておきたまえ」

 

 ポーカーフェイスの練習が足りんな、と悪戯っぽく笑う老人は、齢90を前にしてもなお底知れなさが健在であった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「本当おっそろしいなあの爺さん……」

 

 戦慄したのは、複数の偽装手段と古式魔法による隠蔽を介してリアルタイムで情報を受け取っていた創一朗である。

 

 実際、山田仕込みの隠蔽は、まっとうに探す気がないとはいえ司波達也にすら気づかせない完璧なものだった。彼は逐一ではないにしろ事の成り行きを見守っていて、状況が悪化するようなら追加で口出しする気でいた。

 

「ま、これで最悪は回避したな」

 

 達也なら確実に気づくだろうとは思ったが、最悪雫が見捨てられる可能性を考慮して無理矢理にでも軍を投入した。

 

 この試合で新魔法が使われる、というのは未だ達也陣営しか知らないことのはずだが、運営委員は事前申請を通じてある程度のことを知れる。情報はそこから漏れたのだろう。

 

 原作ではバトル・ボードやミラージ・バットにて事故を起こすために用いられた電子金蚕だが、被害を最大化するのならスピード・シューティングの新人戦、つまりこの直後の競技で雫が使う新魔法「能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)」が観客席で発動してしまうよう細工するのが良い。

 

 奇しくも、あの魔法が人間に対して使用された時どういう事態が起きるかは、原作でこの約2年後に証明される。見る者が見れば、魔法の概要を知っただけで暴走の基幹に選ぶ判断は当然と言えた。

 

 判明したのがギリギリのタイミングだったために達也に迷惑をかけてしまったが、誠意ある説明をすれば納得が得られると、少なくとも創一朗は信じている。

 

「さて」

 

 創一朗は一息つくと、眼前で()()されているジェネレーターに目を向ける。

 

 開催前に一高のバスを襲ったのとは別個体、今日の会場に爆弾を所持した状態で観客席に紛れ込んでいたものだ。

 

 これ以外にも3体の「動く死体」が回収されており、本来ならば雫のCADの暴走によって能動空中機雷が暴発、何人か血袋にされたところに合わせてこのジェネレーターたちが自爆攻撃を敢行する手はずだったと思われた。

 

「山田サン、状況どうです?」

 

「かなり腕がいい……というか臆病な術師だね。自爆は止められたけど、恐らく別の術師を中継している上に、僕が辿り始めた段階で中継点の術師を殺している。流石にそこから先は辿れなかった」

 

 山田はそう言いながら、ジェネレーターの体表面に刻印されている自爆の術式を解体している。物理的ではなく、古式魔法に基づく魔術的な方法で。

 

 どうにもあと一歩で捕まえ損ねている状態ながら、相手の思惑は防げている。

 

 状況は一進一退のまま、九校戦は後半に差し掛かろうとしていた。




孫のことで耄碌するまではガチで有能な爺さんです。
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