代わりに投稿ペースは上げていく予定。
ミラージ・バット決勝。
普段から(飛び回る女子高生目当てで)九校戦でもダントツの人気を誇る競技であるが、この日の会場は異様な熱気に包まれていた。
立ち見席まで超満員、予約の必要なVIP席も全て売り切れ、この試合を見るためだけにホテルのラウンジさえもごった返している。
ホテルに溢れている連中は特に、宿泊者専用のラウンジに入るためだけにこのシーズンど真ん中の高級ホテルを予約したことになる。そこまでして現地に見に行くだけの価値がその試合には認められたということだ。
普段の客層は、生徒の関係者以外だと業界関係者、有識者、九校戦オタクが1割、青田買いや技術研究狙いの会社員や研究員、軍人が1割、単にエンタメとして楽しんでる層が8割と言ったところ。だが今は、難しい顔をしながらどこかと通話している人間や、持ち込める範囲で出来る限りの装備を持ち込み何かを計測しようとしている者、部下らしき男に先導されて現れる壮年から初老の男性、軍服や白衣のまま駆け付けたらしい男女、明らかに堅気じゃなさそうな外国人などなど、明らかに「ガチ」の層が割合を増していた。
この傾向はアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝でも見られたものだが、その時は魔法関係のお偉方が揃っていただけで、客入りの大半はシンプルに盛り上がりを聞きつけた一般客だった。
今集まっている者たちの目当ては、圧倒的な実力の元で行われる飛行魔法の運用データ、あるいはそれを使用するためのCADの稼働データだろう。
九校戦はもとより、富士演習場で実施されることもあって「日本の軍事パレード」や「第二の総火演」と呼ばれることもある。
この冷戦下で、日本は周囲の大国と比べると国力の割に軍事力が低い。それは第三次ではなく、もうひとつ前の大戦で調子に乗った挙句こっぴどくやられて以来の伝統だったが、それにしても世界大戦を生き残った大国としては常備軍が少なかった。
かつてよりアメリカの影響力が大きく減衰している極東アジアの地で日本が未だ独立を保っているのは、その国防戦力の大半を実質的には魔法戦力に頼っているから。これは国内でも公式には認められていないものの、もはや公然の秘密であった。「魔法師は民間人」という建前は、他のスローガンと同様に実態が違うから声高に叫ばれるのである。
その魔法超大国日本が高校生魔法師の品評会をやるのだ。当然、世界は彼らを「10年後の主戦力」として見ている。今年は特に、「何故か」やたらと警備が厳しかった。普段なら問題なく大会運営に紛れ込めていた諜報員の類が軒並み摘発されてしまっており、国民の好戦性を政府が煽っているとの情報も掴んでいた諸外国は突然の転身に警戒を強めた。
そこへ、アイス・ピラーズ・ブレイクのあの試合だ。「十師族」という世界的なブランドの外側からあれほど強力な魔法師が2人も飛び出したことは、世界の軍事アナリストや軍関係者に強烈な印象を与えている。なにしろ軍部の謀だったので、国内の十師族当人ですら驚いていたくらいだ。海外に与えた衝撃はそれ以上である。
3年前の「ドッキリ津波事件」の下手人「鉄仮面」は、秘匿されているが四葉家の一員だろうという説が世界的には有力となっている。これは証拠を抱えている訳ではなく、十師族自身も身に覚えがないらしいという情報と、そのレベルの秘密主義を実践できるとしたら四葉家しかないという消去法による。
その点、アメリカは直接戦闘を経験してデータを蓄積した結果、新ソ連では自分たちで似たようなの(ベゾブラゾフ)を作り出した経験から、それぞれ「創一朗は未知の技術で作り出された調整体の可能性が高い」という推定に至っている。
これは2095年当時の「競走馬の要領で血統にて魔法技能を蓄積していくのが最善」という学術上の通説に逆行するような結論だった。「俺の考えた最強の調整体」は各国でとっくに試したところであって、その今のところの最高傑作である新ソ連のベゾブラゾフが台頭した時、そのあまりの効率の悪さと、それでも実用化を強行してくる新ソ連の強引さに各国は恐れ戦いたものだ。
例えるなら、たった一度回すだけでもウン億円かかるガチャだった。期待される最高性能(ピックアップ)こそ悪魔的な魅力を持っていたが、その排出率は非公開で恐らく天文学的な低確率、天井もなし。ハズレとして排出されるのはよくて寿命が短いだけの並の魔法師か、微弱な念動力が使えるだけのサイキックもどき。
そういう代物に課金をするにあたっては、独裁国家の築いた挙国一致体制が味方した。アメリカの経済力でこれをやれていたら、USNAは日本の魔法力に後れを取らなかったとする研究もある。大統領が決めても民意が許さなかっただろうから、全ては仮定の話だが。
ともかく、当時強力な指導者の下で中興を果たしていた新ソ連が、またしても国を傾けるほどの資材と金銭を投じて、その「ガチャ」を気が遠くなるほど回しに回し、回し、回し、回して、その果てにようやく「すり抜けSSR」であるところのベゾブラゾフを引き当て、その力でUSNAスターズに伍して来たのだ。
鉄仮面は、「ピックアップ」そのものだった。
つまり日本は「ピックアップ」を狙って引き当てるほどの調整体技術か、世界第二の大国新ソ連を疲弊させるレベルの投資を素知らぬ顔で実践できるほどの国力、あるいはその両方を隠し持っていたことになる。
USNA国防総省とCIAなどは、「本当にそんなことが可能なのか」と半ば恐慌状態で対抗策を議論している。アメリカはなまじ創一朗が調整体であるという情報を掴んだから、「量産可能かもしれない」と考えているのだ。
逆に新ソ連は、「鉄仮面が部隊単位でいるのはブラフや影武者の類で、実態としては自国と同じ一点豪華主義、あとは良くて劣化版だろう」と見抜いている。とはいえ、その評価基準は自国のベゾブラゾフなので、これもまた正しく把握できているとは言いづらい。
この話には教訓がある。魔法師は、たとえ所属を割り出せても、血筋を割り出せなければ何もわかってないのと同じということだ。普通は家族構成を調べるくらい簡単だが、間に軍が入って、さらに調整体ともなるととたんに調べるのが難しくなる。
創一朗の「バックボーンがない」というバックボーンは、実際には「十師族複数の遺伝子情報をいいとこどりして生まれた調整体」という、枯れた技術の水平思考に近い産まれであるにも関わらず、周辺諸国をこれだけ混乱・大騒ぎさせるに至った。世界の魔法技術がどれだけ血族至上主義に染まっていたか分かろうと言うものだ。
3年前の沖縄海戦当時はまだ、「あれほどの使い手は十師族以外からは出てこないはずだ」という無意識的な偏見によって、彼らは目を曇らせたまま安心していられた。
だがこれからは違う。「日本の軍事力は十師族に留まらない」。それは日本を仮想敵国とする周辺諸国にとって悪夢のような報告だった。
その前提があった上で、極め付きにミラージ・バット予選で飛び出した飛行魔法。高々1ヵ月かそのくらい前にトーラス・シルバーが発表したばかりの最新技術である。
片や王道のシンプルな術式を圧倒的魔法力で使いこなし、片やそこからさらに改良を加えた術式で、空中に足場があるかのような軌道を生み出した。
当然だが、これは高校生の大会で出てきていい技術ではないし、最早これを「学生のスポーツ大会」とみなす者は一人もいない。
頭の回る諜報担当者はこう考える。
トーラス・シルバーが陰で協賛、あるいは参戦してるんだ――
厄介なことに半分ほど当たっているこの推論により、世界中の魔法・軍事・学術・果ては政府の眼までも九校戦に向けられるに至る。
「日本は沖縄海戦を受けて軍拡(魔法師増強)に本腰を入れていた。これはその宣言であり、国内外に向けた成果報告である」
各国機関はのちに、この年の九校戦をそのように分析した。
ただし、司波達也=トーラス・シルバーだけのせいでもない。だけというか、この事態を引き起こした主犯は海軍特務「M機関」だ。
M機関はトーラス・シルバーを利用する形で、九校戦という舞台を世界最先端技術の飛び交う軍事演習に変えてしまったのである。
「予想以上に注目されているな……」
観客席が殺気立っていることは、選手サイドの達也たちにも当然のように伝わっていた。
「問題ありませんお兄様。むしろ、お兄様の技術と成果をより多くの人々の眼に焼き付ける機会です」
同じ決勝出場者の中には始まる前からガチガチに緊張している者もいると言うのに、深雪はまるで気負う様子を見せない。文字通り「達也しか眼中にない」彼女にとっては、観衆がゼロだろうが10万人だろうが何の意味も持たなかった。
達也が見ているか、そうでないかである。後はせいぜい、友人たちを考慮に入れるかどうかくらいだ。
「そうか」
目立ちすぎてしまっては四葉家の隠蔽工作が破綻しかねないわけだが……少なくとも、四葉家現当主は「アイス・ピラーズ」での「制約」解除を許可している。今更何か言ってくることもないだろうと判断して、達也は無粋なことは言わなかった。
もっとも、彼の妹への甘さを考えれば、たとえ本家からのお叱りや一族の戦略を破綻させることが目される場合でも、妹の意向に異を唱えることはなかっただろうが。
「相手も飛行魔法の使い手だ。油断はするな」
代わりに、新たな「ライバル」として台頭した一色愛梨への警戒を口にした。
同年齢を相手に妹が負けるとは毛ほども思わない。シンプルなスペック同士のぶつかり合いなら必ず勝てると確信しているし、客観的に見てもその推測は正しい。
だが、勝負のファクターはそれだけではない。トーラス・シルバー……自分が発表して1ヵ月しか経っていない飛行魔法をモノにしてきたということは、公式発表前から何等かの形で技術を知り、練習を重ねていたに他ならない。ただ「使う」どころか術式を個人に最適化までして「使いこなし」てくる様は、明らかに1ヵ月の急造ではない確かな練度を感じさせるものだった。
少なくとも達也は、技術の出どころについて心当たりがある。海軍M機関だ。
FLTの株式は、3年ほど前に設立された新興投資銀行によって市場流通分の大半がかき集められ、当初想定されていなかった「四葉家と無関係の主要株主」が出現するに至っている。出資者の顔ぶれは当然公開されていないが、そこに榊創一朗=鉄仮面本人が含まれるらしいことは、各国と四葉家のある種偏執的な努力によって判明していた。
飛行魔法の発表によってFLT株は連日ストップ高で、今や世界最大手クラスの魔法関連企業と時価総額でやり合うまでに成長している。ちょっとした国を数年間運営できる含み益を叩き出した件の投資銀行は、今や投資界隈の伝説だ。
実際の所、いくつかの資産運用会社やファンド等を通して株式全体の大部分を四葉一族とそのスポンサーが抱えているため、現在以上の買収拡大は事実上不可能であり、経営に目に見えた影響が出るようなことはない。計算上、四葉家の資金力はこの伝説の投資銀行のさらに6~7倍ということになる訳で、それを明確にされてしまったのが目下の問題点か。
ただ、株主への配当として分配される自社製品の優先・先行購入権や試供品提供などを最大限利用され、分かっているだけでも120個の飛行デバイスが公式発表前の段階で社外に流出している。
行先が軍だろうことは察しがついていたので、軍の息がかかった選手がこの場で飛行魔法を出してくる可能性も考慮はしていた。ただ、達也の想定でのその役は白巳であったが。
予選で一色愛梨の暴れようを見た時は、仮面の下でしたり顔になっているだろう監視者を思い浮かべて――実際には、彼の背後組織が独断でやったことなので濡れ衣である――苦笑し、その後「第一研究所=金沢魔法理学研究所は海軍M機関と繋がっている」という重大な事実が匂わせられていることに気付いた。
世に出してしまった手前、軍が画期的な新技術に興味を示すのは当たり前であるし、「これと”鉄槌”を組み合わせたら凶悪な魔法が産まれるな」と開発中に思いつかなかった訳でもない。その材料となる基本コードの研究も、一通り全て試した上で「基本コードだけでは実現し得ない効果の魔法もある」という観測事実を得るに至っているわけで、当然加重系マイナスコードの存在は達也の脳内でも把握済である。
これらの事前情報により、達也は飛行魔法が軍から出てきた時点で、既に対魔装特選隊の内部で「飛行魔法を応用した戦略級魔法」が作り出されたか、それに近いレベルまで研究が進んでいるだろうことを予見していた。
「もちろんです。お兄様のお顔に泥を塗るような真似は致しません。勝利のみをお届けします!」
「そういう話では……まあいい」
達也はそこで一旦言葉を切り、深雪の眼を見る。
「気負わなくたって、おまえなら勝てるさ。暴れてこい」
「――っ、はい!」
激励の言葉としてはありきたりだったが、誰より達也がかけた言葉だというだけで、深雪にとってはどんな睦言よりも心を震わせるものだった。