拙作「やっぱ呪術界ってクソだわ」に引き続きの支援絵ご提供となります。
・榊創一朗
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・榊白巳
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この場を借りて厚く御礼申し上げます。
司波家。
普通の一軒家と呼ぶにはかなり広いこの家は、書面上は司波兄妹の父親、司波龍郎のものだ。時価総額ウン千億円の大企業の役員(取締役開発本部長)だけあって内装も中々のもので、豪奢でこそないがそれは露骨な豪華さが嫌いなだけだ。予算と相談している間に仕事していた方が稼げる人間に特有の思い切りの良さが随所に現れていた。
結果として、外観は豪邸とまでは呼べないが、地下室にCADの大型調整設備まで備えた小型研究所と呼ぶべき設備がそろっている。
しかし実際には、彼は愛人宅に入り浸りで滅多なことでは帰ってこない。現に、ふたりの入学式の時ですら、電話一本でほぼ嫌味のような挨拶をよこしてきただけだった。
結果、達也と深雪は高校生にして実質的に兄妹2人暮らしをしている。
この日、達也たち兄妹はどちらも家にいたが、珍しく二人は別々の部屋で別の仕事をしていた。
深雪は自室でチャットを繋ぎ、同級生たちと勉強会。夏休みも終わりが近いため、宿題の片付けと最終チェックのために集まっているのだった。
一方の達也は、朝から1階の回線を使ってFLT経営陣とオンライン会議をしていた。在宅勤務である。
深雪の方はともかく、達也が会議に出席するようになってもう4日目だ。議題は変わらず、飛行デバイスの販売引き合いについて。
販売不振という意味ではない。注文が
特に国防海軍からのそれは圧倒的な金額・物量で、FLT社の向こう数年分の生産力を全て振り向けてようやく納品し終えるくらいの大量発注であった。おまけにどこから予算を捻出したのか3年間の独占購入特約まで希望していて、それを踏まえても破格と言っていい金額の提示がされている。
要するに国防海軍は、「相場にかなり上乗せした金額による買い占め」という
そもそも彼らは既に飛行デバイスを確保、リバースエンジニアリングから独自改造・独自生産まで一通り済ませているので、わざわざ飛行デバイスを手に入れる必要性はない。
ただ、周囲に飛行デバイスを与えないことで国防軍の技術的優位を維持するために、底が知れないと言われる海軍M機関の年間予算を全ツッパする勢いで資本を投下してきている。世界一国防費が高いと言われるUSNA海兵隊と資金力で綱引きができているのだから、その本気度がうかがい知れると言うものだ。
そして、注文元が国防軍というのも話をややこしくした。意図して国内向けの販売量を抑えれば、日本に売らずにより安い値段で外国に売る売国企業になってしまう。一方で国内にしか売らなければ、当然世界に向けて(九校戦という舞台で)派手にデモンストレーションしておきながら一般販売しないんかい、という話になる。
では突っ撥ねてしまえばいいかと言うと、彼らは新興の投資銀行を経由して十数%にもなる株式を保有している。これは四葉家が保有していない=市場に流通している株式のほぼ全てであり、それほどの大口株主の機嫌を損ねるのはマズいと役員の中にも親軍派が出て来る始末。
販売方針について協議するため、九校戦以来FLTの経営陣は盆休み返上で会議室に缶詰の日々が続いていた。
しまいには開発者・技術者として達也も牛山ともども会議に呼び出されるようになっており。
直系の上司に当たる父親の顔も見飽きて来た頃、結局連邦議会を動かして臨時予算を確保してまで予算のつり上げ合戦に勝利した米軍が更なる積み増しをし、契約妥結と相成った。
長期間にわたってオークションじみた価格のつり上げ合戦を経ただけあり、FLT側の暫定利益率は脅威の75%を叩き出している。今回決まった商談だけで、直近4年分の総売り上げに近い売上が立つ見込みだ。
(どうにか丸く収まったか……まったくM機関め、面倒な真似を)
流石の達也も悪態が出るほど長きにわたった会議を終え、コーヒーでも淹れて妹の様子を見に行こうかと考え始めた頃。不意に自宅のインターホンが来客を告げた。
「お久しぶりです、穂波さん」
その
そして主人の世話の合間に、高校生2人暮らししている司波兄妹の様子を見に来てもいた。
「ええ。達也くんも元気そうで何より。深雪さんは?」
「上で勉強中です。呼んできましょうか?」
正確には、同級生とチャットを繋いで勉強会。今頃は勉強は二の次になっているかもしれないが、それを指摘しない程度の風情は達也にも存在した。
「いいえ、そこまですることはありません」
「わかりました……その、御加減はいかがですか?」
「あはは、立場が逆転しちゃったわね。見ての通り、ピンピンしてますよ」
穂波は今年で33歳になる。生来童顔な質らしく、見た目は20歳そこそこにしか見えないが、第一世代の調整体としては「
小さいうちは魔法の暴発事故を起こしやすく、思春期には狂気に陥りやすく、成人したらしたで突然死のリスクに晒される調整体魔法師は、40歳まで正気・健康体・魔法力の三拍子を維持したままでいられることはほとんどないと言われている。
それは穂波も例外ではなく、普通の魔法師なら50歳過ぎから始まるような加齢による魔法力の衰えが既に始まっている。彼女の十八番だった障壁魔法は、3年前までは艦砲射撃にも耐え十文字家のファランクスにも匹敵しうると言われたが、今では簡易的な防弾チョッキ程度の信頼性しか持たない。
「昔みたいに前線で
本人の言う通り、月に1度ほど現れては楽しそうに達也たちの世話を焼いている姿は、「独り立ちした息子が心配でしょっちゅう様子を見に来る母親」のようで、病気がちでまともに母親らしいことのできない実母、それをいいことに愛人宅に入り浸って帰りもしない実父に代わって世話を焼いてくれる穂波には、達也たちも多少なり心を許している部分があった。
実際、二人が生まれる以前から
「……なーんて。強がってみても、達也くんには分かっちゃうかしらね」
「…………自分に予知能力はありませんよ」
その回答自体が、穂波の未来を暗示するものであった。
普通に生まれた魔法師なら、早くに魔法力が枯れてもその後の人生を普通の人間として生きられる。
だが魔法力の枯れた調整体は、往々にして遠からず「寿命」を迎える傾向にあった。
「でも、身体が元気なのは本当ですよ? さ、今日は私がお掃除とお洗濯を代わりますからね」
寂しげに笑う穂波。
――彼女は既に、ガーディアンとしての任務が務まる身体ではない。それでも任を解かれていないのは、主である深夜の方が最早、回復の見込みがない状態だからだ。
心身を壊して戦闘魔法師を引退してからの深夜は、四葉家の中で役割のない、微妙な立ち位置にいた。
当主の姉であり、全盛期の実力を誰もが知っているため邪険にされることはない一方、組織を率いなかった彼女には、ガーディアン制度の発足と共に傍に仕えた穂波以外、直属の部下が付かなかった。
見かけ上、主従としてドライな関係を通した二人だったが、その絆は確かなものだったと四葉の人間は知っている。
たった一人の腹心を深夜から取り上げることが彼女の心に余計な負担にならないように、魔法力が事実上なくなった今も特例として、深夜の傍に仕えることを許されていた。
「そうだ、今日は達也くん達に紹介したい子を連れて来たんです。さ、ご挨拶なさい」
「あ、えとっ、
「……っ!」
穂波の陰から現れたのは、彼女を一回り小さくしたような瓜二つの女の子だった。
「桜シリーズ第二世代、血縁上は、私の姪っ子に当たります。今は見習のこの子に仕事の引継ぎをしているんです」
私にはもう、時間がないから。
穂波は口には出さなかったが、達也にはたしかにそう聞き取れた。
◆ ◆ ◆
数日後、郊外のとある病院。
現在でも医療大国として名高い日本でも、魔法師と彼らに特有の病についての研究はまだまだ発展途上と言える。
それでも、各地方最大規模の総合病院となれば、魔法関連の症状を専門に診られる部署が(多くは、十師族の支援によって)成立している。このことは世界的に見ても例のないことで、魔法師が軍病院や研究所以外でも医療を受けられることはしばしば世界を驚かせている。
特に、この病院は最先端の技術が集うと言われる場所……と言われているが、正確には少し違う。魔法演算領域のオーバーヒートや調整体魔法師の突然死問題など、現状でも解決されていない諸問題の研究機関であると同時に、そのような重篤な患者を受け入れ、所謂緩和ケアを行うホスピス的役割も持っていた。
「ご無沙汰しております、お母さま」
同時刻。シンプルながら配慮の行き届いた、一見すると病室とは思えないような部屋に、司波深雪は訪れていた。
介護用ベッドの力を借りて半身を起こし、深雪の方を向き直った女性は、”お母さま”という呼び名に比してかなり若そうに見えたが、同時に頬はこけ、身体は痩せ衰えて骨と皮ばかりになり、顔色も悪い。元気だった頃は相当な美貌の持ち主だったのだろう、という面影が残るのみだ。
司波深夜。四葉家当主である真夜の双子の姉にあたり、深雪を母として育てた女性だった。
「九校戦ではお見事でした」
深夜はぎこちなく深雪のほうを見やると、娘の勝利を祝った。
「ありがとう、ございます……お母さま」
深雪は表情が歪むのを抑え、何とか礼を返す。
深夜の顔は、概ね病室の入り口側を向いているが、深雪の顔を捉えてはいない。この数日の間に、深夜はほぼ視力を失っていた。映像越しとはいえ九校戦を観戦できたこと自体、奇跡的だと主治医は説明している。
今は小康状態だが、ふっと寝落ちでもするかのように呼吸や脈拍が止まったことが何度もある。演算領域のダメージが脳幹にまで影響を及ぼしている状態、いつどのタイミングで目覚めなくなってもおかしくない末期症状であった。「次何かあれば乗り越えられない」と宣告されて、もう1ヵ月以上が経過している。
「さ、あなたの口からも聞かせて?」
掠れた声で、意識もどこまで正確か判然としない病状になって、深夜はかつての厳しさが鳴りを潜めていた。
今はまだ深雪のことを認識できているが、間違いなく認知症的症状が出ている今、深夜がいつ家族を認識できなくなるかは分からないとも、主治医らにより見解が出ている。実際、こうして何度か見舞いに来ているうち、深雪は2度ほど妹(真夜)に間違われたことがあった。
「私は……アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝いたしました」
深夜は病状がいよいよとなってから、娘の活躍を聞くのを好んだ。
娘と妹を混同しながら、あるいは最早区別がついていないかも知れなかったが、少なくとも話を聞いている時は、微かな笑顔を絶やさなかった。
――「魔法を使い過ぎると脳に過負荷が生じて最悪死ぬ」ということは経験的に知られているが、具体的にどのようなメカニズムでそれが起こるかは未だ解明されていない。
数々の学説の中には、このようなものがある。
一般に言われる「魔法の才能」とは別に、「一生涯で使える魔法の総量」とでも言うべき未確認の能力が存在していて、それを使い切ってしまうと、実年齢が若くとも脳が「老衰」を迎えて機能を停止してしまうと。
一般の魔法師は出力と限界量が適正なバランスに収まっているから、よほど無茶な使い方をしなければ生きているうちに限界量を超えることはないが、例えば調整体の中には「限界量」が増えないまま魔法の出力だけを伸ばされているケースがあり、そういう個体は本人も自覚しないうちに、自然にはあり得ないスピードで「老衰」への道を驀進した結果若くして死ぬことになるのでは、と。
深夜は、若年時からの度重なる魔法の過剰行使により心身を壊し、成人してからほとんどの時間を療養して過ごしている。
この説が正しければ、40代であるはずの彼女の最期が、老衰を間近に控えた老婆のそれに似ていることも辻褄が合う。
「――深雪さん」
ひとしきり話を聞き終えた頃、深夜が突然深雪の話を遮った。
それまでになく真剣な様子に、深雪は思わず姿勢を正し、言葉を待った。
「あなたが道を選びなさい。四葉は、きっと遠からず試される」
何に試されるのか。どんな選択肢があるのか。失敗したらどうなるのか。
予言めいた、つかみどころのない言葉だった。しかし、深雪が道を選ぶということは、四葉家の舵取りができる立場=当主になれということだ。
「はい、必ずや」
聞きたいことはいくらでもあったが、深雪はただ、その言葉をかみしめた。
ただ、深夜に最早、その決意は届かなかった。
「あぁ……真夜が心配だわ……」
彼女の心はどうやら、三十数年前のあの日に戻っている。
「ごめんなさい……真夜……わたしは……あなたの心を救ってあげられなかった……わかって、あげられ、なか……った……」
うなされるような譫言が止むと、深夜はがっくりと脱力した。
その様子が、ただの「寝落ち」や「気絶」のそれと何かが違っていると、何度も見舞ってきた深雪はすぐに気づいた。
「お母さま、お母さま……っ!?」
2095年8月31日。
本来の歴史よりも1年あまり遅れて、司波深夜――旧姓・四葉深夜は息を引き取った。
脳機能の著しい低下と、それに起因する多臓器不全。死因として一言に纏めるならば「老衰」と呼ぶほかにないと、担当医たちは苦々しく結論した。
葬儀は近親者のみで執り行われたが、夫である龍郎を筆頭に、達也たちの父方の親類は誰一人現れず。子供たちが未成年であることを考慮して、喪主は妹の真夜が代行した。
深夜の葬儀や種々の手続きで慌ただしい日々が過ぎ去るよりも早く。
まるで主人の後を追うかのように、桜井穂波もまた「ある朝起きてこなかった」と称されるほどに突然で、静かで、安らかな最期を迎えた。
彼女ら主従の死が、都合よく何かの出来事のきっかけになったという事実はない。
だがちょうどこの時期を境に、世界は目に見えて日常の姿を失い始めたと、後世の歴史家は考察している。
これにて夏休み編は終了、次回からは横浜騒乱編をお送りします。
あるいは、間に資料集的な回を挟むかもしれません。
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