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戦略級魔法が飛び交う10日の間、大亜連合も状況を座視していた訳ではない。
侵攻艦隊の壊滅と深センへの戦略級魔法攻撃の段階でようやく国家主席の重い腰が上がり、政府は停戦交渉に乗り出した。
だがこの時点で日本側は対話の姿勢を排しており、報復が始まった段階で在日大亜連合大使館は「テロリストの拠点」として国防軍が封鎖している。
ならばと外交使節を乗せて飛ばした政府専用機は大亜連合から出国する前に撃墜されてしまい(戦後に問題になったが、日本政府は関与を認めていない)、やむなく首相間ホットラインが作動したのが11月5日のことだ。
ただ、この期に及んでも国家主席はかなり強気だった。
戦略級魔法によって予想される沿岸部への被害は甚大、海上戦力の8割以上と制海権を喪失した。既に日本側の特殊部隊が潜入しているとみられ、政府専用機撃墜に代表されるように本土の制空権もおぼつかなくなってきている。
少なくとも大亜連合は攻勢能力の一切を失い、日本は敗北がほぼなくなっている。これから行われる攻撃の苛烈さを考えれば、降伏を検討しなければならない戦況だ。
だが大亜連合に詳しい者、為政者たちの判断は違う。
中華という大国はここからが強い。
戦時体制への移行に伴って首都機能は既に重慶に移転されている。陸軍も侵攻に使った部隊を除く大半が内陸へ避難しており被害はほぼない。民主制ではないので、クーデターなどで政権が倒れない限り国家総力戦の継続が可能だ。
国家主席は中華というデリケートな統一国家の舵取りを長年続けてきた男だ。少なくとも保身にかけては世界レベルの能力を有する。攻撃軍が失敗したことを知った時点で逃げを打っていた。
国民の半分を失い、海と港を失い、最悪は山奥に根差すいち軍閥にまで成り下がろうとも、国家主席の立場と権勢が維持できれば当人にとっては問題ない。彼は自分にそう言い聞かせた。
そのために気を配るべきは東夷ではなく国内の反乱だ。徹底的な監視と統制、そして北の異民族から学んだ苛烈な粛清、恐怖政治をもってクーデターや暗殺さえ防げばよい。どの道割れていた国ならば、敵が減っただけマシかもなと強がって、国家主席は続々と届く被害報告を黙殺した。
ただ、この状態からでも勝ち筋があったのは事実だ。
何やら勇ましいことを言ってるが、日本の戦略級魔法「深淵改二」は内陸への攻撃ができない。
となれば沿岸部が壊滅した後はにらみ合いになるか、上手くすれば日中戦争の再演になる。
戦略級の被害を足掛かりに日本が攻めてくれば、徹底した焦土戦術でもって日本の兵站を破壊し、2000万の民兵とゲリラで泥沼に引きずり込み、日本の厭戦感情がピークになってから講和をふっかけるという策だ。
当然のように首脳会談はまとまらなかった。前提が違うのだから当然だろう。
次に国家主席は新ソ連と密談した。新ソ連側が軍事パレード直前で多忙だったこともあり、対応はモスクワ時間の早朝6時前となったが、一応繋がった。
国家主席が持ちかけたのは、つまり「国家として新ソ連に全面降伏する」という奇策。
お互いに宣戦布告していないので日本への降伏が国家丸ごとの絶滅を意味すると思われる今次戦争において、インド・ペルシア連邦および東南アジア同盟も相次いで侵攻を開始する中、新ソ連だけは律儀に宣戦布告をしている。
宣戦布告があるということは、国際法上の戦争行為ということであり、降伏という落としどころが存在するということだ。
無条件降伏からの属国化あるいは傀儡化により、今の大亜連合全土を新ソ連の影響圏内とすることで日本からの干渉を遮断する。
もちろん、これをやってしまえば国家主席は傀儡国の王へと地位を貶められることになるが、手段として保持しておくべきだと判断された。
文字通りの売国提案であったが、新ソ連は大真面目に応対していた。
このまま中華というパイを切り分けるとすると、沿岸部は日本、南側はインド・ペルシア連邦、島嶼部は東南アジア同盟が持っていく可能性が高い。
大亜連合は資源大国であり、穀倉地帯でもある豊かな土地だ。それを独り占めできる可能性が高いとなれば、あの日本を敵に回すことを差し引いても魅力的な提案だった。
とはいえ新ソ連は、今の戦争が終わった後の世界秩序を「日米ソの3極による大冷戦構造」と見ている。アメリカもとい西欧の脅威に注力したい新ソ連としては、日本と事を荒立てて第五次大戦の引き金を引くようなことはしたくない。議論は長引いた。
その最中。モスクワ時間6時すぎに、突然大亜連合側からの通信が途絶した。
あまりに突然のことであったので、新ソ連側は当初回線の不具合を疑った。まず自前の機器や通信設備を調べ、問題ないとわかる前にモスクワを大きな地震が襲った。
数分後、衝撃的な報告が新ソ連首脳部にもたらされる。
――重慶で立て続けに巨大な爆発。
日本の仕業だということは当然誰もが理解していたが、何をどうやったのか、誰一人として理解していなかった。
当然、この蛮行を国際魔法協会が許すはずもなく、ユーディトは2に戻っていたデフコンを1に再引き上げして調査団を結成。
世界はついに核兵器が使用されたと確信したが、後に出された彼らの結論は肩透かしなものだった。徹底的な調査が行われたものの、核兵器使用の痕跡を見つけることはできなかったというのだ。
同種の状況には一応前例が存在する。ブラジル軍の戦略級魔法「シンクロライナー・フュージョン」がそうだ。
水素プラズマの雲を双方向から激突させて核融合を起こすこの魔法は、いわゆる「きれいな水爆」と同じ原理の爆発であることを理由に、核兵器に相当する原理と威力を有しながらも国際魔法協会による規制を免れ続けている。
とは言え、かの魔法で出せる威力は精々が核兵器程度だ。重慶だった場所は不格好なクレーターと何かの燃えカスが散乱しており、つい数時間前まで人の営みがあったことなど全く感じさせない荒涼たる有様が半径数十キロに渡って続いている。同じなのは結果だけで、過程は全く違うものと推測された。
幾つも行われた大規模攻撃のうち、重慶での大爆発は地震という形で全世界に観測され、すぐに爆発規模の計測が開始される。世界が核兵器を疑ったために、皮肉にも計測完了までの早さは人類史上でも類を見ないものだった。
爆発から2時間後には、スイスとスウェーデンの研究機関が相次いで声明を発表。
クレーターの形状や位置関係から、爆発は周辺の空中約1000メートル、12か所で同時に発生したものと推測され、推定威力はTNT換算で約25メガトンとはじき出された。これは12発の合計ではなく、1発1発の平均値である。
つまりモスクワの通信が断絶したあの瞬間、重慶はTNT換算で計300メガトンという未曾有の大爆発によって消し飛ばされていたのである。
人類がこれまで手にした最強の兵器は旧ソ連が開発した水素爆弾「ツァーリ・ボンバ」で、威力は最大でTNT換算100メガトン(実験時には50メガトン)。それを3発撃ち込んだのと同じ威力があったということだ。
現代の核ミサイルは、低威力の弾頭を3~10発同時に装填してそれぞれ別の目標を狙わせるMIRVという形式が一般的となっている。
確かにこの直前、大亜連合の防空網を突破して極超音速の飛翔体が到来するのが確認されている。しかしその飛翔体は通常の大陸間弾道ミサイルよりも小さく、とてもこれほどの核弾頭を乗せられるようには見えず、結局ICBM説は立証されなかった。
つまりこれは戦略級魔法「マテリアル・バースト」によるMIRV攻撃であり、飛翔体の破片12個(平均1250グラム)を一斉にエネルギーに変換することでもたらされた爆発なのだが、各国首脳陣は未だそこまで理解できていなかった。
理解できていたのは、日本の内陸への攻撃力は人類史上未曾有であることと、直前に使用された全力のトゥマーン・ボンバが破壊半径、破壊力、恐らくは早さ手軽さも、すべての指標において下位互換となったこと。そして、これまで想定してきた日本の対内陸攻撃能力の全てがハッタリだったということ。
重慶臨時政府および軍司令部は日本……と言うよりUSNAの核攻撃やヘビィ・メタル・バーストを想定して堅牢な地下構造物の中に位置していたが、これはあまりにも破壊力が高すぎて建築でどうにかなるレベルを完全に超えている。彼らがどうなったかは火を見るよりも明らかであった。
この頃の重慶は疎開してきた富裕層、移転してきた政府関係者、官僚、それらを防衛するための陸軍などで限界以上に膨れ上がっており、中心市街の人口だけでも4000万人に迫る過密状態だったと予想されている。そのうち9割が爆発の影響で「消滅」、1割が傷や障害を負い、政府要人とその周辺人物が軒並み戦死。せっかく移転されていた首都機能は一瞬にして瓦解することとなった。
そして恐ろしいことに、この時起こっていたのは大爆発だけではなかった。
重慶から約300キロ離れた大都市、成都でも半径20キロメートルにわたって建物や道路、電柱、人などが突如として浮き上がり、空中に滞留したのち叩きつけられる怪現象が発生している。
地下構造物や建物の基礎なども丸ごと浮き上がらせる謎の攻撃は、何より円形に広がる成都の都市構造により、魔法攻撃に特有の正確な円範囲による影響をもろに受けた。
こちらも重慶と並んで内陸の巨大都市であり、重慶に対し副都心のような立ち位置を獲得していただけに、これまた3000万程度の人口を抱えていた。そのうち、生きて損害を報告できたのはおよそ2割、外縁部に居て効果範囲から漏れた者たちだけだ。
人間への被害で言えばこちらの方が酷い。巨大とは言えただの爆発だった重慶では遠方になるほど熱線や衝撃波の威力が小さく、地下などにいた人間に生き残りもそれなりの数出たが、成都では均等かつ根こそぎ上空にかち上げられ、そして自由落下の十倍を超える速度で叩き落された。
効果範囲外が飛んできた瓦礫の影響くらいしか受けていないのと対照的に、範囲内はケーキの入った箱を振り回したかの如き様相だ。
火球と熱線で蒸発した重慶爆心地と違い、瓦礫の山の中で遺体が原型を留めていたのも見かけ上の凄惨さに拍車をかけた。粉砕されたビル群の瓦礫からどこからともなく火が上がり、やがて都市全体を覆う大火災が発生したことで、大亜連合当局どころか後に占領しに来たインド・ペルシア連邦軍もうかつに近寄れない状態になっていたと伝わる。
一方、北京では都市全体を覆いつくすほどの落雷が降り注いだ直後、生み出された大量のオゾンにより町全体が青に染まった。
首都機能は移転した後とは言え、未だ要地として厳重な警備と巨大な生産力・統治能力、そして2000万の人口を有する一大拠点だったはずの北京は、たった2分で人間の生存が許されない大地と化したのだ。
霹靂塔によりあらゆる電子機器・通信機器を破壊された都市は、その機能を一時的に全て失い疑似的に電化以前の時代に戻る。換気扇どころか病院機能さえ麻痺した所に、ダメ押しとばかりに大量のオゾンが生成された。
高濃度オゾンは強い腐食性と糜爛性を持つ猛毒だ。特有の薄青色が眼に見えるほどの濃度になると目や呼吸器が爛れるどころかそもそも息ができずにせき込むことになり、そのまま昏睡、死に至る。
オゾンの重さは空気の約1.5倍。足元や地下に流れ込み、換気装置の死んだシェルターや地下施設を効率よく窒息させていく。建物の高層階にいた者は無事で済むかもしれないが、降りたが最後青い霧の中で死ぬことになる。解毒手段を持つ魔法師やガスマスクを装備している軍と警察の一部だけが呼吸する権利を維持していた。
何より、これらの魔法は電子機器こそ破壊するが建物にはほとんど影響を及ぼさない。しかもオゾンは太陽光や水に触れると急速に分解される不安定な物質なので、日差しの強い日か一雨くれば解毒は完了してしまう。
当然、重慶や成都と異なり北京には制圧のため独立魔装大隊ら特殊部隊が投入されている。ムーバル・スーツには対BC兵器機構が標準装備されているので、高濃度オゾン下でも問題なく作戦行動が可能だ。
大混乱を通り越して地獄絵図となった市街地を彼らは悠々と進み、ろくな戦闘も起こることなく重要拠点を次々と制圧した。
世界にとって北京の出来事は既知の戦略級魔法であったものの、それは恐怖を緩和することになり得ない。なにしろ霹靂塔もオゾンサークルも、日本の魔法ではなかったはずだ。
この短期間にラーニングしたのか、あるいは食らった魔法を模倣する術者がいるのか。各国は頭を抱え、新ソ連が予定していた軍事パレードのことなどすっかり考慮から外れていた。
――それでも義理としてモスクワに集まった要人たちを待ち受けていたのは、日本のデモンストレーションはまだ始まったばかりだという事実であった。
・威力に上限がない
・やりすぎると巻き上げた粉塵で核の冬が来る
・遠隔地から複数同時照準できる
となればやるしかないなって(MIRV化)