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かつて杞の国の人々は、空が落ちてくるのではないかと恐れ、憂えた。
それらは決して「杞憂」などではなかった。
今、立て続けの落雷とともに、窓の外には「空」が落ちてきている。
青い空が、青いままで。
――北京市在住のある男性の遺書より抜粋。原文は伝統的な漢詩の形式を取っており、中国文化の一端を示す希少な現存資料として、2100年時点ではワシントンの博物館に収蔵されている。
2095年11月7日、モスクワ。
既に厚手の防寒着がないと外に出たくない気温となり、チラチラと雪が舞っている。
寒さ自体はロシア人にとって平常運転だったが、今日はそれとは別で町全体がピリピリとした空気に包まれている。
この日は赤の広場で軍事パレードが行われる日だ。例年盛大かつ厳粛に行われ、国家の威信を示すその催しを成功させるため、あたりは連邦軍による最高度の警備体制下に置かれている。
既に会場には連邦各国や東欧の友好国の要人たちが集められ、10時のパレード開始を待っていた。
お得意の情報封鎖の賜物で市民たちは
大亜連合の内陸都市にして事実上の首都となっていた重慶が謎の大爆発で消し飛んだ。
副都心として機能していた成都が瓦礫の山に変わっている。
本来の首都だった北京が霹靂塔と思われるEMP攻撃とオゾンサークルと思われる毒ガス攻撃によって壊滅した。
各国が偵察衛星や当事国に無断で飛ばしていた無人偵察機などから得た情報は、各々の軍部と首脳部を震撼させるに足るものだ。
開戦後も秘密裡に連絡を取り合っていた新ソ連は、険悪とは言え隣国としてなんだかんだ密な連絡網を有していたために被害状況をいち早く知る所となった。
政府首脳部――閣僚どころか関係省庁の役人と全人代議員が建物ごと蒸発しており連絡が取れないのである。
彼らとて大漢の悲劇は知っているため、開戦以来避暑地や別宅への移動は可能な限り避け、内陸の都市部で厳重な警護のもと集まっていたのが裏目に出た形だった。大亜連合の政府機能が初めて致命的打撃を受けた瞬間である。
そして、このことは何も大亜連合に限った話ではない。各国はどこも、日本が内陸攻撃能力を持っていると予見していなかったのだ。
正確に言うとUSNA軍の参謀部だけは「NSAからの
外交政策から国防体制まで全てがひっくり返り、閣僚たちは何人もストレスで倒れ、誰も閲兵式どころではなかった。
それでも強行するしかなかった。
強行できると、信じていた。
「驚かせてごめんなさい。モスクワの皆さま、そしてご観覧の皆さま、ごきげんよう」
午前10時。
共産党書記長が登壇しているはずの場所に立っていたのは、堂々と日本語で挨拶を繰り出す
◆ ◆ ◆
日本側からしても、7日の大攻勢は大仕事であった。
何しろ0時から数えて5種類もの戦略級魔法をまとめて使用しなければならないのだ。
しかも使用予定の
大亜連合の広さと標的である成都の内陸ぶりを考えると、かなりのハードスケジュールが予想された。
そこまでしてまとめての戦略級魔法使用に拘ったのにはいくつかの理由がある。
内陸への攻撃能力をプレゼンすることがまず1つ。ここまでの攻撃は深淵改二に頼った沿岸攻撃に終始しており、他は他国の魔法を頼ったりダム破壊という間接攻撃に頼ったりしている。「日本が実は内陸をも魔法攻撃できる」という事実を最大限有効に使うには、出来るだけ短いタイムラグで一気にやってしまうのがよい。
そして、使用する戦略級魔法それぞれに外交上の意味があるということ。
無人地帯は創一朗の偉業、史上初となる「2種類の戦略級魔法を使いこなす個人」の演出に必要だし、霹靂塔は大亜連合を克服したことを示す絶好のカードだ。オゾンサークルは「下手なことをすると戦略級魔法をパクられる」という英豪への掣肘として必須で、
この無茶を実現するため、国防軍は「秘密兵器」を持ち出した。
旧茨城県某所、宇宙開発の頓挫と第三次世界大戦勃発により計画が凍結されていた試作マスドライバーである。
USNA航空宇宙軍との共同研究により建築されたローンチ・リング形式のそれは、地上に設置された円形のレールを回りながら電磁気力で加速し、第一宇宙速度まで達したら発射用のレールに切り替えて放り投げるという、粒子加速器とレールガンの合いの子のような設計だ。
技術的にはとっくに実現できているが、世界大戦に伴う宇宙開発競争のストップによって膨大な電力を投じてまで宇宙にモノを放り投げる必要がなくなってしまい、以来無用の長物として維持費を圧迫するだけの存在だったこの兵器に、
ふざけているようにしか聞こえないが、大真面目な計画だ。計画頓挫の大きな要因は需要の消失である一方で、再利用が出来なかったのは着地の衝撃で荷物が粉々になるからだった。角度の調整自体はそう難しいことではない。
中に魔法師本人を乗せてしまえば、中身の腕前次第で迎撃対策から軌道の微調整に着陸まで自由自在。少なくとも鉄仮面ならば、ものの数十分で3300キロ離れた成都まで到達可能となれば、使わない手はなかった。
かくして創一朗はいよいよ核弾頭のような扱いを受け、人類史上もっとも速いスピードで移動した個人になりつつ成都へと飛び込むことに成功したのだった。
そして、マスドライバーによる移動を聞きつけた陸軍により、作戦にはもう1段階が追加される。
創一朗を打ち出す際、当たり前だが生身を剥き出しで放り出すわけではない。普通は特殊な断熱セラミックと金属の複合材で作られている射出用コンテナを使うが、今回は魔法でそのあたりをカバーできるからと、代わりにボタン一つでバラバラに散って着地を邪魔しない仕掛けが施された。
そこで陸軍からのオーダーにより、その外殻に刻印魔法と分解魔法による細工が施されることになった。
――司波達也は
創一朗の分離後にバラバラに散ることになる外殻の重量は合計で100キロ以上。司波達也によるマーキングと超遠隔照準により、そのうち小さめの部材12個を同時に起爆することが決まった。それ以上の威力を出してしまうと、巻き上げられた粉塵が世界の空を覆い尽くす「核の冬」のリスクが無視できなくなるためだ。
外装の刻印魔法は分離後の部材をいい具合に飛び散らせる補助魔法で、創一朗がサイオンを流して発動させる手はずだ。まずマスドライバーは重慶と成都の間あたりを目標として射出。目標地点上空でコンテナから創一朗を分離、本人はそこから成都まで自分を「鉄槌」で飛ばすという経路になった。
重慶上空まで到達した金属塊は落下をはじめ、地上から1000メートル程度に差し掛かったら「サード・アイ」で状態を監視している司波達也がマテリアル・バーストによってエネルギーに変える。
極超音速での弾体到達とMIRV化された爆発はこのような絡繰りによって生み出され、同時に成都まで「飛んできた」創一朗も、装備した携帯型セイレーンシステムによって問題なく無人地帯を発動させた。
ちなみに、自力で3000キロの帰り道を移動するのは流石に辛いということで、郊外の航空基地を特選隊に占拠させて接収した輸送機での帰還となった。この時、ついでとばかりに魔法演算領域のオーバーヒートを起こした魔法師や負傷兵などを集めて本国に帰還させている。
同時刻には、北京に到着していた対魔装特選隊第一実働小隊による霹靂塔とオゾンサークルの使用も完了。全ての準備が整った。
――この日、11月7日には新ソビエト連邦の軍事パレードが予想されている。既に日本側は、新ソ連への報復としてこのパレードを台無しにして「格付け」を済ませるとして新たな作戦を立てていた。
社会主義国らしく毎年国威を懸けて行われ、東側の各国要人が集結するその会場を、四葉家の人員で乗っ取るのだ。
四葉による大漢崩壊から30年が経った現在でも、精神干渉魔法への対抗策は事実上魔法しか存在していない。
そのような分野でも世界最先端を行く……というか、他の国では完全に禁止されているか素養の持主がいないかのどちらかでまともに研究されていないというアドバンテージを活かし、その場の注意を数分にわたって引き付ける。
発表内容はこうだ。
まず、今行われている戦略級魔法攻撃と、戦略級魔法師を用いた
世界初、2種の戦略級魔法を使いこなす海軍のエース、「鉄仮面」こと榊創一朗。
内陸攻撃の要にして世界最強の攻撃能力を持ち、プレゼンター真夜の息子でもあるという
誘拐されるも無傷の生還を果たし健在、
古式の名門にして十師族のドンの孫、霹靂塔を見て真似する天才的センスの持主
(携帯型セイレーンシステムを使っているとは言え)オゾンサークルの完全な再現に成功し、もって家の名誉が回復され数字付きへ復権を果たした
これに加え、無人地帯の使い手として榊白巳が、「
後ろ2人については、白巳は「セイレーンシステムとオーバークロックをフル活用すれば理論上は使用可能」で、将輝も「玲の演算領域共有とガトリング・キャストで爆裂を使用すれば」戦略級相当の威力になるからという理由でそれぞれ戦略級魔法師扱いとなっている。
あながち嘘でもないがかなり「お手盛り」な評価だったことは公然の秘密であり、後の公式記録でもダム破壊の件は戦略級魔法扱いになっていない。
なお、未成年が多く含まれることを理由に澪以外は素顔非公開を通している。明かされたのは存在と魔法名、それと名前だけだ。
そして場の人間が何も言えずにいる間に、日本国の主権と独立を侵害する者には同種の攻撃を躊躇わないという宣言と警告。
――そして最後に、日本の魔法師の国際魔法協会からの脱退、そしてインド・ペルシア連邦・東南アジア同盟・トルコからなる新たな地域統合体の結成を発表。
各国はEUのように国家としての独立を保ったまま経済、安全保障、教育、何より魔法技術の統合と発展をはかるとし、これが戦後に訪れる新秩序の基軸となると宣言した。
新陣営の参加国は継続して歓迎されると締めくくられたその言葉を残し、四葉真夜は元から居なかったかのようにその場から消え去った。
残ったのは数字で表れる結果だけ。
――この演説を完了するまで、またまんまと逃げおおせるまでの過程で、四葉家はもちろん会場を警護していた軍人、各国の要人、魔法師、居合わせた民間人に至るまで、ただの1人も死ななかった。
独裁者の面子を愚弄することにかけて余念なし。
マスドライバーを持ってきたのは空軍、弾頭(創一朗)を担当したのは海軍、外殻をマテリアル・バースト用に改造したのが陸軍。三軍合同の作戦です。