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2095年11月8日、日本国防軍は最後に大連と武漢を戦略級魔法によって攻撃した。
ただでさえ昨日の攻撃で大混乱だった大亜連合は、数少ない無傷の都市だった武漢が消滅したことでついに組織的抵抗が瓦解。地域間の統制が完全に取れなくなり、政府機能が崩壊した。
開戦当時、日本側が戦略目標として指定していた大亜連合の主要都市はいわゆる副省級市・特区・直轄市として知られる大都市に属国(大亜連合高麗)の2か所を合わせた23都市。
このうち沿岸部に位置する上海、天津、杭州、広州、廈門、深圳、香港、マカオ、大連、青島、寧波、ソウルは「深淵改二」で水没した。
比較的内陸側にある武漢、成都、西安、南京、北京、重慶はその他の戦略級魔法の影響で壊滅している。
済南は戦略級魔法の直撃こそ免れたが青島攻撃の余波で半壊状態だ。
ハルビン・長春・瀋陽(奉天)を中心とする満州の都市圏は戦略級魔法の被害を受けていないが、これらの都市はこの一週間で新ソ連軍による侵攻を受けて制圧されている。つまり今無事な大都市は釜山くらいなものだ。
また、上陸に備えて沿岸部に待機していた陸軍主力は一連の攻撃に巻き込まれ、この時点での残存兵力は全土で約70個師団あったといわれているものの、実際に戦闘した記録があるのは北方の国境に張り付けられていた6個師団と、南方で
とはいえ、この時点での死者数は推計3億あまり。甚大な被害であるが、人口7億5千万を誇った大亜連合の人民はまだ半分以上残っている。
生き残り、しかし中央政府の統制を失った人民が取った行動は、大きく三段階にシフトしていったと言われている。
まずパニックになり、次に立て直しを試み、最後に北へ移動を始めた。
パニックについては語るまでもないだろう。11月3日あたりからは当局の情報封鎖も意味をなさなくなりはじめ、7日にはその政府首脳が丸ごと焼き払われたことで生き残った都市はどこも「次は自分だ」という恐怖が支配し、ただでさえ物流網や通信網が断絶状態になる中で人々は恐慌に陥った。
自宅に引きこもる者、内陸部へ避難を試みる者、自ら命を絶つ者、暴動を起こす者などが一通り刹那的な行動をし終えた頃、彼らは渋々と状況を前に進めるための行動を検討しはじめる。暴れたところで腹が減るのは変わらないと気付いてからは早いもので、各都市は近隣の生き残った町々とネットワークの再確立を試みる。
そして新たな問題に突き当たる。どう計算しても当座の食料が足りない。
時は11月、農村部はすでに収穫を終えて各種農産物を出荷してしまった後だ。その多くが流れ込んでいた大都市と沿岸部は町ごと消滅してしまっており、そもそも物流網もハブの役割を持っていた大都市がなくなって機能停止状態だ。
やむなく郊外の倉庫や工場の在庫を当たろうとした段階で、人々はようやく気付く。
日本の魔法師部隊による破壊工作で、それらをピンポイントで焼き払われている。
絶望感から来る暴動を乗り切った彼らに待っていたのは、食料を巡る「生存競争」であった。
そうしてどうしようもなくなった頃に、噂話という形で耳元で囁かれるのだ。
「黒竜江省は無事らしい」
――そのプロパガンダは、もちろん南京で暴れた黒羽家の新たな仕込みでもあったのだが、実はそれだけではなかった。
◆ ◆ ◆
2095年11月11日。
この頃になると、日本が主導する「戦後秩序」に向けた周辺各国とのすり合わせが大詰めに入っていた。
日本時間11日正午、日本は自らを盟主として作り上げた新陣営「ユーラシア同盟*1」の全加盟国――日本、インド・ペルシア連邦、東南アジア同盟、トルコ*2――と、交戦当事国である新ソビエト連邦の代表者を横浜に集めて首脳会談を開催した。
戦後アジアの秩序回復に向けた国際レジーム*3を規定するためとして開催された、第二次世界大戦でいうところのヤルタ会談に相当するこの集まりは「横浜会談」と称され、ほぼ全アジアの国家代表が一堂に会することとなった。
ただし政府機能が瓦解している大亜連合は代表者不在により不参加で、当事国不在のまま中華が分割されていく様子はかつての帝国主義時代を彷彿とさせる。
その場で日本政府が提唱した「戦後秩序」は概ねこのようなものだ。
まず、旧大亜連合の領土は日本が全土併合する。
だがこれはあくまで名目上の処理で、実際に日本側が進駐・支配するのは釜山と北京、そのほか政府の指定するいくつかの直轄地に限られる。
そのほかの地域については、満州と華北を新ソビエト連邦、チベットを含む西南と西北部をインド・ペルシア連邦、中南と華東を東南アジア同盟という具合で三分割し、それぞれの名義で99年間
現地での統治については各国に一任されるが、日本は自ら破壊した都市機能・資源採掘能力の回復のため支援・協力・投資を惜しまない。その代わり、租借料として毎年定額の金銭に加え、産出された資源の一部は日本に納めること。
治安維持の範囲で軍隊を駐留させてもいいが、現地人で軍隊を編成するのは禁止。また境界紛争など大きな問題が発生した場合は日本が仲裁する。
3地域を横断的に監視・監督する機構を作り、各国は代表者を選出して一年に一度会議を実施する。統治方法の再検討や境界線の引き直し、境界を越える事業などの話し合いは原則ここで実施すること。
不毛の大地を押し付けられたように見えるIPUだが、チベットの魔法資源と巨大なアンティナイト鉱脈を確保した形になり、日本直轄地として指定されているラサ周辺と共同開発することで大きな利益が見込まれる。また、インドは自国主義が強い国柄のため、人口密集地を与えるよりインド人を入植させて発展させたほうが上手くいくという見通しもある。
沿岸部の昔は繁栄していた地域及び資源地帯の多くを確保した東南アジア同盟は、日本の資本力の元で開発を進めていくことで莫大な国力を獲得できる見通しだ。最も「おいしい」部分を最も忠実な「子分」に配分するという日本側の目論見も含まれる。
そして新ソ連には、資源的・生産力そして都市機能が残ったままという即時的な利益が分配された。今は水没しているが大連も含まれるため、彼らの欲しがる不凍港……というか黄海へのアクセス権まで与えてしまったのはやりすぎではという論もある。
一見すると新ソ連が有利なように見えるこの配分だが、キモは各国によって租借料のレートが全く違うという部分だ。
うま味の少ないIPUの土地では支援で赤字同然の良心的な価格を提示している一方で、東南アジア同盟へは将来発展すれば地味に高額になる程度に、そして新ソ連へは暴利もいいところに。
そう、この租借地案はIPUや東南アジア同盟にとって友好の証(飴)であるのと同時に、散々ちょっかいをかけてきた新ソ連にとって賠償金に相当する存在であり、互いの立場をはっきりさせる不平等条約(鞭)である。これを呑ませる必要があったから、軍事パレードを乗っ取ってまで新ソ連を恫喝する必要があったとも言える。
会議は終始日本の総理大臣がしゃべり倒すだけで、時折各国代表がぽつぽつと質問するだけに終わり、ほぼ全面的に日本が提唱した案が素通りしている。
少なくともこの件においてIPUは「棚ぼた」で国境紛争を解決した挙句土地が手に入ったホクホクの立場で、東南アジア同盟は逆立ちしても「深淵改二」に逆らえないので日本に媚びることに余念がなく、新ソ連はさっき叩き伏せられたばかりで反抗する余力がなかったためだ。
日本から散々愚弄されて何もやり返せなかった新ソ連は、この屈辱的な条約内容を呑むことで北海道上陸のツケを払わされることとなった。
この会談は日本主導による戦後勢力圏の確定の趣が強かったため、後の時代では「日本がアジアの覇権国にして第三の超大国として確定したのはこの会談から」と称されることが多い。
大亜連合を瓦解させ、新ソ連を屈服させた日本は、ついにこの瞬間新たな超大国として世界に現れたのである。
◆ ◆ ◆
これを踏まえて、この頃の大亜連合で生き残った都市人口の動きに立ち戻ってみよう。
――前述のとおり、この頃日本が投入した魔法師部隊が何の仕事をしていたかと言うと、各地に展開して要人の暗殺……ではなく、特に内陸部を標的とした物流網の破壊を徹底していた。
統合軍令部の究極的な作戦目標は、かつて四葉家が為した「国墜とし」の威容を日本国全体に付与することで、戦後秩序に独立した一陣営を築き上げることにある。
作り上げられた作戦は確かに四葉家のゲリラ戦術を参考にしたものであったが、最大の効果と効率を実現するべく、中身はほとんど別物に挿げ替えられている。
たとえば前提の違いとして、政府首脳部や有力者などは戦略級魔法攻撃で都市ごと吹き飛ばすため、いちいち斬首作戦に頼る必要性が薄い。
また工業力・発電能力というのは沿岸部に集中するのが常であり、首都機能の移転が進んでいる現在でも国力の約2/3は深淵改二による破壊半径の中にある。
また都市が消失することで付随して大量の物資と物流ハブが消失することになり、リソースの分配能力が著しく減退すると見積もられる。誰が何を持っていて、どこへ送るべきか知り・指図できる者が居なくなるためだ。
時は11月。国内の農作物の収穫はほぼ完了しており、あとは集積・分配して各地へ流通するばかりとなっている。軍はこれらに目を付けた。
対魔装特選隊など最重要の魔法師以外は、なにも噂話の流布やSNS工作やビラ配りばかりやっていた訳ではない。主任務は食料と物資を徹底的に叩いて回ることだった。
今ある物資を破壊すれば、周辺に存在するすべての国と交戦状態にある大亜連合には物資の入手経路が存在しない。その状態でひと冬越させることで、絶対的な食糧不足を起こさせるのだ。
中でも活躍したのが、陸軍魔人兵士研究所(魔兵研)製作の人造サイキックと六塚家有志を中心とする特殊工作班、通称「
魔法によって生み出される火災は魔法でなければ沈静化が難しく、単独で大工場をまるごと操業停止に追い込んでしまえる手軽さから、彼らは潜入・逃走を補助する戦闘魔法師と二人一組で内陸のあらゆる施設に送り込まれ、そのほとんどで修復不能レベルの大火事を起こしている。
倉庫の多くは都市に付属するので戦略級魔法の影響で消し飛ぶことが多く、個別具体的な対処が必要なのは専ら郊外にぽつんと存在しているタイプの大規模工場や倉庫、貨物駅など。特に「エネルギー」と「食料」の二本に絞って集中的な破壊が行われた。
深淵改二によって沿岸の大都市を丸ごと消失させ、残った地方都市レベルのインフラ網を魔法師部隊が丁寧に潰して回り、後には電気もガスも水道も奪われ近世レベルまで文明の後退した小都市と、農村と、それらの社会では到底養いきれない膨大な人口だけが残る。
そして、この30年で人類が克服していたはずの飢餓と厳冬が目前に迫った時、耳元で囁かれるのである。
「黒竜江省は無事らしい」
この噂話は、「現地人を追い出して自前の人員と設備で入植をやりたいインド・ペルシア連邦」、「資源採掘から農作まで現地人を余すことなく使い切りたい新ソ連」、「民族自体できれば絶滅してほしい日本」、三国の思惑が一致したことで生み出された超国家プロジェクトの趣を持っていた。
南から攻め込んできているIPUは基本的に最低限の住民を残して人口を北へ追いやっていたし、踏み絵を兼ねて前線で「アグニ・ダウンバースト」まで使って見せた東南アジア同盟軍もそれは同様*4。そこに日本が送り込んでいた魔法師部隊による宣伝工作もあり、そもそも食糧不足で都市にとどまっていられなかったことも手伝い効果は絶大だった。
結果として生まれた難民は推定約1億人にもなり、おそらくは単一国家から生まれた難民団として世界最大規模であろうと推測される。当初計画では新ソ連国境なりシベリアのどこかなり、日本のあずかり知らぬところでこの世から消えてもらう手筈だった彼らだが、幸いにして分割案の策定と新ソ連の承認が間に合った。
当初の予定よりもずっと多くの人間が新ソ連主導の開発計画に参加し、国策である食料や資源の大規模輸出による外貨獲得を支えたと言われている。新ソ連式の「支える」というのがどういうものであるかはお察しのとおりである。
――もっとも、軍による組織的抵抗ができなくなったのをいいことに現在進行形で増員され続けている魔法師が物資を破壊し続けている現状、「厄介払い」を済ませた程度では各地の食糧不足は全く改善しない訳だが。
あとは少数部隊での物流破壊と海路の完全封鎖を維持し、少しでも食料があれば燃やし、集結・都市再建の気配が見られたら遠隔で魔法を叩き込んで潰す。
最初の戦略級魔法で3億を殺し、後退した文明レベルと徹底した海上封鎖・物流破壊によって3億を餓死させ、1億を難民として他国に押し付け、残った5千万を最低3つに分割統治。これが統合軍令部の計画の全容であった。
田舎者、国防軍が抱えてた「強すぎて表に出せなかった人造サイキック」の皆さんが大活躍してます(参照:魔法科高校の優等生1話)。あのレベルの火事起こせるやつが何十人も軟禁されてたと考えると、解き放たれた現地の様子もおおむね想像がつきますね。
一方の本土に上陸した東南アジア同盟軍、ちょび髭と愉快な仲間たちに対するルーマニア鉄衛団みたいなことしてます。
アレと違うのは「間違っても日本の機嫌を損ねてはいけないのでメチャクチャ忖度してくれてる」という理由でいたって理性的に暴走してる点ですね。