「何故わからん! 今が好機だ!!」
机を叩く音が響き、参加者たちの前に置かれているコーヒーカップを揺らす。
地球寒冷化に伴う植物資源への壊滅的被害のため、天然の木材という概念は一般人にとって想像上の産物になって久しいが、この部屋の会議机はマホガニー材の分厚い天板が贅沢に使われている。
正真正銘のアメリカ産、天板1枚でビバリーヒルズに家が建つとさえ称されるそれは、ホワイトハウスの地下会議室、所謂シチュエーション・ルームの机という大役にふさわしい高級感を発揮していた。
「お言葉ですが大統領閣下、わが軍では作戦成功を確約できません」
苛立ちを露にした初老の男性――
その彼が、持って回った言い回しだが、要するに自分たちでは無理だと言ったのだ。事態の深刻さは、シチュエーションルームで缶詰になっている誰もが理解していた。
「ご懸念は理解しています大統領閣下。日本は強くなりすぎました。もはやかの国は太平洋を囲む同盟国ではなく、合衆国の安全保障と相容れない脅威。ナオヒサ・シドウなるフィクサーが地獄から蘇らせた大日本帝国です」
すかさず同調したのは国防長官。なお、安全保障と相容れないというのは、USNAの覇権が及ぶところにいないという意味だ。この表現が使われたのは新ソ連の発足を防げなかったとき以来である。
彼らがこうして雁首をそろえているのは、ひとえに日本と大亜連合の間で起こった紛争が予想外の展開を見せているせいだった。
国防長官のつけているスイス製の自動巻き腕時計が深夜12時、日付がまた変わったことを示す。目下3徹目に突入している彼の意識が正しければ、これでここに集められてから短針が4周した。
その間他の外せない用事で中座する者や着替えを取りに帰った者、倒れて担ぎ出された者などでメンバーの入れ替わりはあれど、一連の名前のないプロジェクトがずっと続いている。
長丁場の会議をやる文化ではないUSNAでこのような異常事態が起こっている理由はひとつ、日本が見せた内陸攻撃、日本国防軍呼称「マテリアル・バースト」の常軌を逸した破壊力のせいだ。
USNAは持ち前の技術力によってこの魔法の威力をつぶさに観察しており、発動直前に飛来していた超高速の飛翔体の存在から初めに「純粋水爆を戦略級魔法と偽っている」という説が出され、次に「質量をエネルギーに変換する魔法」という仮説が出されるに至っている。
ただし、これは根拠があるわけではなく「観測された程度の予兆からあの威力を生み出すならそうとしか考えられない」という消極的な理由ではじき出された試算だ。
そして、もしこの仮説が正しい場合、マテリアル・バーストの威力の上限は誰にも予想不可能となる。
ただでさえ魔法という分野は属人的な部分が非常に大きく、他人が使うそれの威力上限を見定めるのは困難を極める。少なくとも合衆国首脳部は、かつて旧ソ連が弾道ミサイル開発に成功したとき以来となる「ある日突然ワシントンが焼き払われるリスク」に直面することとなった。
そこでUSNA大統領は臨時でアメリカ国家安全保障会議を招集し、ひとつの問いを立てた。
――今行われている戦争に介入し、先制核攻撃を含む合衆国の軍事力を用いて日本を無力化することは可能か?
冒頭のやり取りが、その回答にあたる。
「確かに日本の防空体制は我々から見れば穴だらけです。わが軍が配備している大陸間弾道ミサイルのうち、今すぐに日本を標的にできるものは約2000発。この4分の1でも発射すれば日本の主要都市を軒並み焦土化し、国家機能を破壊することは容易でしょう」
「ならば!」
戦略軍司令官の言に、大統領は食らいつこうとして制止される。
「大統領閣下、日本の戦力の中核は先の"会見"で発表された7人、いいえ、タツヤ・ヨツバとソウイチロウ・サカキの2人です。最初の核攻撃で彼らを両方とも殺害できなければ、反撃によって合衆国は致命的な被害を受けることになるでしょう。"日本国の破壊"は可能ですが、それは"合衆国の勝利"を意味しません」
リレーするように発言を引き継いだ国防長官が、各情報機関が上げてきている戦力予想を総合して述べる。
「反対に、大亜連合と比べてもわが国は巨大であり、仮に日本が米本土攻撃を企てたとしても、太平洋諸島のいずれかの基地は生き残り、報復核攻撃を実施できます」
「そうだ、大亜連合は核保有国だろう。連中の核はどうなった」
「指令の元を絶たれた時点で大半は沈黙したと思われます。残りも混乱している間に日本軍か国際魔法協会のどちらかに制圧されました」
大統領に問われて、該当する情報を持っていたCIA長官が返す。
「土台、独裁者というのは猜疑心が強い。核という一発逆転の手札を独立した指揮系統に任せることはできませんし、それができる者は反乱を起こされて指導者になれない。死の手とやらの存在だって疑わしいものですな、お優しい魔法協会会長にはこの辺りの人情がわからんようですが」
この中では大統領と並ぶタカ派、統合参謀本部議長が皮肉たっぷりに合いの手を入れた。
ユーディト・エフレイムと彼女が組織した監視団は、事ここに及び離反者や脱退者を続出させながらも「核による惨禍の防止」という理念を守り抜き、戦略級魔法によって破損した核関連施設の防護と修復、周辺での避難誘導や人道援助、そして無差別報復を実施すべきか議論していたいくつかのミサイル基地を制圧している。
彼女が日本に対し「交渉」という手段にとどまったのは、それがあくまで戦略級魔法という手段であり、制止の大義名分を持たなかったから。
逆に言えば、それが「ただの核」に過ぎないならば彼女は正当防衛だろうと制圧を躊躇わないくらいの強引さ、あるいは平等さと実行力を有している。それくらいでなければ世界大戦中に一度も核を使わせないという離れ業は実現不可能だ。
彼女ら国際魔法協会は、多くの場合で交戦当事国にとって「反撃するな」と言っているのと変わらない状況を作り、今までは「全勢力平等に核戦力を使わせない」「ユーディトという特記戦力をどこも敵に回したくない」「すべての魔法師が団結していたように見えた」という3点のためそれでも回ってきた。
今は違う。
「余計なことを……」
大統領は呻く。今まで持ちつ持たれつやってきた国際魔法協会だが、その限界が露呈しているのは明らかだ。現に問題の日本が魔法協会脱退を表明しているし、彼らの言い分は「核戦力の抑止に傾倒するあまりこの戦争勃発を防げないばかりか、霹靂塔を看過したことで戦略級魔法の応酬を実質的に後押しした」として自国の絶滅政策の責任までかぶせる勢いである。
もはや彼女らでは、戦略級魔法という新たな脅威が出現した今の世の中では抑止力足りえない。第二次大戦で国際連盟が機能を失い、第三次大戦で国際連合が瓦解したのと同じように、第四次大戦で国際魔法協会はその役目を終えたのだと、シチュエーション・ルームに詰めた彼らは理解していた。
「この際です。核攻撃に関わる世論や国際社会の反応は横に置くとしても、核は無作為な100万人を殺すための兵器です。狙った1人を殺すためのものではない。デッキブラシで歯磨きするようなものです」
図らずもそれは、冷戦終結後2000年代に合衆国が直面していた対テロ問題と似た予測であった。
USNAや日本という国家機能は核戦力で破壊できても、国家に支援されたテロリストが核兵器を保有したら誰にも止められなくなる。
だからUSNAやユーディト・エフレイムは躍起になって核兵器を取り締まってきたし、そのためなら多少の無茶は押し通してきたわけだが……戦略級魔法という新たな大量破壊兵器の台頭により、それ以前のパワーバランスはもはや意味をなさない。
「その言い草だと、精密攻撃も難しいわけだな」
そして、第三次世界大戦前夜の米軍が得意としていた「精密誘導弾や特殊部隊を用いたピンポイント攻撃で指導者層などの重要人物をかたっぱしから暗殺していく」戦法も、対象が戦略級魔法師では実現が難しいと彼らは理解する。
なぜなら、現行のUSNAにおける軍事ドクトリンに基づけば、魔法戦力には魔法戦力をぶつけるのが基本だ。
多少ならともかく、圧倒的に質で上回っている相手に食らいつくための戦術を、さっきまで世界王者だったアメリカは持ち合わせていない。
「残念ながら。魔法師は自らにシールドを展開できますし、酸素供給等も対応できることがあります。戦略級魔法師ともなれば精密誘導弾や狙撃銃程度の火力では暗殺も困難です。現状のわが軍が持ちうる火力では、彼ら7人の最終的な無力化は可能でも、反撃を受けずにそれを実現するのは不可能と判断いたします」
大統領の言に、今度は魔法師部隊「スターズ」の副隊長――ベンジャミン・カノープスことロウズ少佐が応じた。
「……シリウス少佐。スターズの全軍を使っても、あの7人を殺しきるのは無理か?」
同じく「スターズ」総隊長であるアンジー・シリウスも、一応は(仮装行列で見かけをごまかした上で)この会議に出席している。
彼女はあくまでプレイヤーで政治や戦略は門外漢だ。このような場では陸軍士官学校卒業生で名門・ロウズ家出身のカノープスが代行するのが常で、いきなり発言を求められたリーナは、こういう時のために練習しているポーカーフェイスの裏でカノープスにしかわからない程度にうろたえた後、何事もなかったように答えた。
「我々は軍人ですので、やれと言われればこの命にかけて最善を尽くします。しかし彼我の戦力差を率直に申し上げれば、スターズ全軍を使い潰したとしても"鉄仮面"1人を殺せるとも確約できません」
「スターズの戦力は日本に劣っていると?」
続く大統領の鋭い視線にも、リーナは動じない。
「
スターズ総隊長、隔絶した魔法力を理由に15歳にして少佐待遇で米軍に囲いこまれている彼女は、本名アンジェリーナ・クドウ・シールズ。日本の戦略級魔法師九島光宣のはとこだ。
そのリーナの魔法力に米軍の誰も追いつけないという事実は、そのまま日本本国の血筋のレベルの高さを証明している。
それがわかっているから、会議室の面々は顔を覆うことしかできなかった。
「となれば……欧州だ」
ただ、最も過激な手段を提案していたのが大統領なら、無理と言われて一番切り替えが早かったのも彼だった。
戦後、大亜連合を食らいつくした日本は必ずや合衆国と利益を競合させるだろう。そして、日本に格付けを食らったといえど新ソ連の脅威が消えてなくなったわけではない。
極東にはもうパイがない。新ソ連は沿海州からウクライナまで、自称ユーラシア連合は日本からトルコまでが勢力圏だ。となれば各勢力が影響力拡大のため次に手を出す土地は決まっている。
「欧州ですな」
「ええ、欧州でしょう」
西EUという西側の玄関口、東EUという東西どちらとも会話ができる便利屋、そして未だに新ソ連への服従を拒否している北欧同盟。
第四次は人類史上初めて欧州が中心にならなかった世界大戦だが、第五次は火薬庫が火薬庫らしいところを見せ、第一次のころよろしくグレートゲームの盤面になるのだと早くも決まりだしていた。
「奇策が無理なら正攻法だ。ロンドンに連絡をつないでくれ」
同時に、大統領は決意をした。
指示出しを受けて、ちょうど通信機器の近くにいた補佐官が対応する。
「は。ウエストミンスターですか?」
「いや、グリニッジだ。魔女に茶会を開いてもらおう」
役目を終えつつある魔法協会だが、その権威は――特に戦地から遠い欧米では――いまだ健在だ。
「いつも欧州が日本車対策でやってる戦法に倣って、戦略級魔法禁止条約を打ち上げたい。EUと新ソ連を引き込んで日本の後進性をアピールするんだ。我々は使えないんじゃなく、使わないんだとな」
どうやら大統領の見据える先では、すでに第五次世界大戦が始まっているらしかった。
「それと、あの魔女にはイギリス政府との連絡役も頼みたい」
「同盟関係の強化ですね?」
意図を読み切れず、国務長官は確認を込めた相槌を打った。
「いや。これからは冷戦よろしく陣営戦になる。新ソ連より早くユーラシアに橋頭保を作りたい。目標は西EUと組んでの地域統合体発足だ」
アメリカ-ヨーロッパ連合でAEUなんてどうかな?
大統領の一声に続く形で、会議室に詰めていた面々はあわただしく動き出した。
対応に苦慮し、動きが遅れに遅れていた巨人がようやく目を覚ました瞬間である。
踊ったけどかなり進んだ。
7:15追記:一部加筆。