ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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電脳のリベンジ・プログラム
① アリス・イン・サイバーランド


「要するにさあ、この世界って幻想(ファンタジー)なんだよ」

 

 藪から棒に、カギヤは言った。

 カギヤという少年が普段から品性と知性に欠けた物言いを繰り返すのは、彼の知人(フレンド)なら例外なく知る所である。

 けれども今回はそれらに加えて脈絡にさえ欠けていたので、話しかけられたロゼの返事は普段にも増して辛辣にならざるを得なかった。

 

「ナニ?アンタ、 遂に現実(リアル)の脳味噌までコンピュータウイルスに感染されたワケ?」

「なんだそりゃ、ンな訳ねーだろ常識的に」

「それは良かった。けれど常識を語るなら、もうちょっと文脈ってモノを考えるコトね」

「いーじゃんそういうまだるっこしいのは。文脈無視して即本題・即消費がイマドキの流行り、一行目で興味を惹かなきゃブラバされちゃう寂しい時代だぜ? んでさあ――」

 

 まだ続けるのか、とロゼは抗議の視線を送るが、カギヤが気付いた様子はない。

 彼はそういう男であった。気分屋で自分勝手でお喋り中毒。放っておいたらそこらの壁にでも話しかけだすに違いない、とロゼは確信していたので、口を閉じさせるのは諦めて続きを聞き流すことにした。

 そんな彼女の態度には気付いていないのだろう、カギヤはたっぷり200ページ引っ張った事件の犯人でも言い当てるみたいに、実に重大そうな口調でこう言った。

 

「――『高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』。100年前、どっかのSF作家がそう言ったらしいとオレは小耳にサンドした」

「クラークの三法則ね」

「多分それ。で、オレってばそのクラゲ?のオッサンスゲーなーって思ったのよ」

 

 隣で呆れ顔をするロゼに気付いているのかいないのか、カギヤは続ける。

 

「だってさ、オレらが()()()()で使う『プログラム・ツール』って、ファンタジーの魔法と超似てるだろ? 設定したパスワードを『詠唱』し、事前に決めたショートカットコマンドという『儀式』を経て、ツールっていう魔法を『発動』する。つまりこの電脳世界は、実は夢溢れるファンタジーの世界で……オレたちハッカーは、そんな世界の魔法使いってワケよ!」

 

 ああ、それはロゼをして戯言に違いない言説であったが――『高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』という一点においては、彼の言う事には一定の正しさが認められた。

 何故ならば。

 そう判断するしかない光景が、この世界では毎日のように繰り広げられているのだから。

 

 

 時は西暦2074年。

 インターネットサーバー上に構築された仮想空間にて、プログラムは独自の進化を遂げていた。

 

 それは最新の「科学」にして、真に「魔法」のような技術。

 言葉ひとつで武器を呼び。

 透明な鎧と半透明の壁がその凶刃や魔弾を防ぐ。

 正に電脳(デジタル)幻想(ファンタジー)の融合した世界。

 

 名を、電脳世界〈CLONE(クローン)

 これはそんな電子の異界における、「科学(まほう)」の使い手たちの物語である。

 

 

 

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「はっ、はっ……!」

 

 走る。

 靴底が地面を蹴る感触が妙にクリアで単調だ。

 走る。

 なびく髪の暴れる感触も、頬に風の当たる感触も無い。

 走る。

 酸素を必要としない()()()()()は、どれだけ足を速めようとも呼吸を乱すことも鼓動を乱れさせることもない。だから今私が息を切らしているのは、単純に胸からせり上がってくる恐怖のせいだ。

 揺れる視界の端にはUI。すれ違う人影は上手くモデリングされた3Dアバター。

 違和感、違和感、違和感。現実に慣れた意識が感じる小さな違和感が濁流となって飽和して、チカチカと脳内で乱反射する。

 まるで夢だ、と頭の奥がそう呟く。

 夢と(うつつ)。どちらが「この世界」により近い形容なのかを考える余裕は、今の私には皆目無かった。

 何故なら。

 

『待て!』

『追え、そっちに行ったぞ!』

「……っ!」

 

 息を呑み走る、走る。

 背後からの恐ろしい怒声に押されるように、狭い路地裏を我武者羅に。途中壁や無関係らしい(アバター)とぶつかった気がしたが、よろめく間もなく逃走する。

 逃げる為に、走る。

 

 ――何故。どうして。訳が分からない。

 

 頭の中でぐるぐると回る疑問の声は、しかし数倍量の恐怖の叫びに掻き消された。私にとって多人数に執念深く追いかけ回されるというのは、例えその理由がよく分からずとも十分に恐怖体験だったから。

 あるいは生物の本能とでも言うべきか――仮想の世界の中、違和感だらけの肉体は、それでも恐怖のままに止まることなく走り続ける。目的地もなく、土地勘もなく、表通りから遠い路地裏の奥へ奥へと追い詰められていることに薄々気付いていながらも。

 

 終わらない逃走。体感ではそう思っていても、それはきっと数分間の出来事だったのだろう。

 何故なら何度目かの角を曲がった先には、永遠の不在を証明するように、これまでとは違う光景が広がっていたから。

 つまり。

 

「行き、止まり……」

 

 目の前には壁。左右にも壁。見上げた遥か先にある四角く切り取られた仮想の夜空は、牢獄の天窓そのものだった。即ち、手を伸ばしても届かない、決して辿り着けない唯一の出口(きぼう)絶望(かげ)を際立たせるだけの、残酷であまりにか細い希望(ひかり)

 気付けば私の足は止まっていて。

 はっとして背後を振り返れば、袋小路に追い詰められた私を更に奥へと押し込むように、人影たちが押し寄せて来ていた。

 

『こっちだ! 追い詰めたぞ!』

『集まれ! 絶対逃がすな!』

「……!」

 

 ひゅ、と千切れた息が口から漏れる。ぶつけられるようながなり声は"元の声"を悟らせない為のボイスエフェクトがかかっているせいで、乱暴な言葉遣いが更に不気味な響きを帯び、私の心を恐怖に揺らした。

 

『よくも散々逃げ回ってくれたなぁ、お嬢ちゃん。イヤ、中身が野郎ってことも()()じゃあり得るか』

 

 差し込む月光が追手の姿を照らす……否、この世界において、闇はただ背景の色でしかなく、彼らの姿は最初から明確であった。ただ、今の今まで恐怖に呑まれた私が彼等を見ようとしなかっただけだ。そんな現実逃避すら、絶体絶命のこの状況は私に許してはくれなかった。

 

「……っ」

 

 やむにやまれず、あるいは幾ばくかの覚悟を以て。

 追跡者たちを、見る。

 

 ――改めて見た彼等は、闇から切り出されたようだった。

 路地裏の奥に群がって来た複数のアバター、それらは皆一様に黒いコートと黒い帽子という無個性で不気味なコーディネートでその素性を隠していた。否、素性を隠す、というのは少し違う。なぜなら彼等はその背格好や体格まで一様で差異が無く、規格の統一されたロボット、あるいはゲームの(エネミー)キャラクターのようであったからだ。だがその此方ににじり寄ってくる所作、息遣い、漏れ聴こえる声だけがエフェクトで隠しきれない欲望に濡れていて、どうしようもなく"中"の人間を強調していた。

 

 黒づくめの人型達――そんなアバターが3人、5人、10人。やがて出来上がった真っ黒な人垣(かべ)は、私にとっては四方の内で最も威圧的であった。必然、見えない圧力に押されるように後退るが、すぐに背が壁に当たって足が止まった。

 がたがたと体が震える。

 どうして、と彼等に訊ける勇気は私には無い。そもそも、ただでさえ全てが意味不明で、何に対して問いを溢せばいいのかも分からないのだ。私に出来たのはせいぜい「なんで私が」という言葉を頭の中で無限に繰り返し呟くだけ。それは神への祈りにも似て、どこまでも無力で無様だった。

 

 そんな私を前にして、当然のように状況は悪化し続ける。

 

『よし、ツールを構えろ! 念の為負荷系で動きを止めてから連れて行く!』

『1人攫うだけで3000万C(クレジット)……ヒヒ、うまい話もあったもんだな』

 

 黒装束たちが外套の中から腕を出せば、彼等が持っていたものも明らかになった。

 「銃」。正確には、半透明で光る、銃のカタチをした何か。

 この距離で私に分かったのはその大雑把な見た目と、此方に向いた沢山の銃口から飛び出して来るだろうものが無害な訳がないだろうという直感だけ。

 ――銃口。欲望の匂い。

 細部さえ異なれど根本は現実と変わらないそれが、逆に私の心をほんの少しだけ冷静にさせた。向けられるそれらを前に思うことはただひとつ。

 

「(……逃げないと)」

 

 でも、どこへ?

 あの狭い路地を三度塞いで余りある人垣を抜けるのは論外だ。間をすり抜けようとしても絶対に途中で掴まるし、それ以前に恐ろしくて近寄れない。

 あるいは、牢獄の天窓じみた空目指して壁をよじ登れば……そんな空想で、眼前の追手たちから目を逸らすように上を向く。壁に掴まれるような取っ掛かりが無い事など先の一瞥で分かっているのに、それでも無様に足掻くように。

 けれど、やはり。壁はどこまでも高く無機質で、取っ掛かりのひとつも無いのは誰の目にも明らかだった。四角く切り取られた空は先にも増して遠く高く、翼を持たない私を嘲笑うよう。

 

 路地裏に満ちる月光は最早、冷たくて無慈悲な絶望(ひかり)でしかなく。

 嗚呼、だからこそ。

 私の目にはその"希望(かげ)"が、やけにハッキリと写ったのかもしれない。

 影、即ち。

 

「あれは……人影(ひと)――?」

 

 四角く切り取られた夜空の中。行き止まりの壁の上、建物の屋上の縁。

 星の代わりに浮かんだ俗っぽい立体映像(ホログラム)広告を背に、その怪人(アバター)は立っていた。

 逆光で影になったシルエットの中、虹色に光るふたつの虹彩(ひとみ)と支離滅裂な挨拶を携えて。

 

「今北産業、俺様水産――おっとコイツは分かり易い、前言撤回説明不要! 代わりにクラッカーでも鳴らしてくれ、『主役が遅れてやって来た』ってな!!」

 

 楽し気な少年の声で紡がれた支離滅裂な言葉と共に、鬼火のように揺らめく虹色の双眸が愉快そうに眼下を睥睨する。

 ――闇に浮かぶ、虹色。赤橙から黄緑に繋がり、青藍紫からまた赤に戻る、流れるように色を変える虹色は、炎のように影の上で揺れる、揺れる。

 その妖しい光に魅入られたか、あるいは意味不明な口上に言葉を失ったか……動きを止めた世界の中、彼はなんでもないように、屋上から身を投げ出した。

 

 落ちて来る――落下は一瞬。

 ふわり。その姿が音もなく路地裏に降臨し、私と追手との間を塞ぐ。ばさりとたなびく上着の端がマントのように視界で踊る様は、まるでスーパーヒーローが空を飛んで駆けつけて来たような。

 

 そして彼は、私の方に振り向いて、その楽し気な声音で早口に。

 

「やあやあ初めまして金髪少女。ぱっと見どうやらお困りの様子、助けて欲しいってんなら言ってくれ、猫の手よりは役に立つこと請け合いだぜ? ことこの電脳(ネット)の世界において、俺みたいな『ハッカー』の手ってのはな」

 

 終始意味不明の言動は頭に入って来ない――何故ならその男には()()()()()()から。フードの下に広がるのは真っ黒な闇。その中に三角形を張り付けたような虹色の目と口だけが鬼火のように浮かんでいる様は、スーパーヒーローどころか敵役の怪人そのものだ。

 けれど、その目。赤黄緑に青紫とサイケデリックに色を変える虹の色は現実(リアリティ)を嘲笑うかのようで……偽物に見えないよう取り繕った作り物だらけの世界の中で開き直るが如く、やけに潔いものに写った。

 

 そんな、フードを被った怪人の乱入劇に、やっと正気に戻ったらしき黒装束のひとりが問う。

 

『……何者だ、おまえは』

 

 誰何の声、私も抱いていたその疑問に、しかし正体不明の怪人は顔すら向けずに冷たく答える。

 

「正義の味方。少なくともオマエ等よりは、な。悪いが今立て込んでるんで、詳しいプロフィールは公式サイトをチェックしてくれ」

『は、はぁ?』

 

 問いの答えも意味不明。明らかな説明不足。

 だがそれにも理由があった……そう、何故なら怪人は黒装束らに背を向けて、ずっと私を見ていたのだから。まるで何かを待つように、ただじっと。

 

『ええい、もう良い! 奴ごと撃つぞ!』

 

 黒装束たちが再び銃を構え直す。無数の銃口が此方を向く。欲望が、敵意がぶつけられる。

 それでも……怪人は目と口だけの顔で軽薄に笑った。

 不気味に無遠慮に馴れ馴れしく――私に笑いかけ、軽口で問うた。

 

「さあどうする? アイツら、上手に『待て』が出来るほど賢そうには見えないぜ?」

「……っ」

 

 不気味な姿の怪人が何を律儀に待っているのか、私にはもう分かっていた。

 笑いかける虹色の視線が問うている。

 道化師じみた口上の内で問うている。

 問うて、私の答えを待っている。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 そして。つまり。だから。

 私は。

 

「助けて、ください……っ!」

 

 喉をつかえさせていた恐怖を何とか1秒間だけ押し出して、見知らぬ怪人(ひと)にそう願った。

 瞬間。

 虹色の瞳が一層輝き、同色の口元が堪えきれぬとばかりに弧を描くのを見る。

 ――怪人が笑う。不気味を超えて不敵に笑う。そして彼は私を背に庇い、銃を構えた追手たちに向き直り。勝気な声と態度で以て、私の懇願に呵々と応じる。

 

「任せな新規依頼者様。今回はなんと初回特典で料金無料! 更にウチはアフターサービスまで完全完備でね。アンタが救いようの無い悪人でも無い限り、事件解決まで全力全霊で守ってやるぜ」

 

 その時になって、やっと。私は縋り付いた藁の、その背の小ささを理解した。

 怪人の背は大人のそれより一回りも小さい少年のソレ。そんな彼に向けられた銃口は、敵意は、とても一息で数えられぬ量で。

 嗚呼、それなのに何故、彼は私を庇うのか――。

 

 そして、賽は投げられた。

 

『撃て!』

 

 激を合図に、銃火閃く。

 放たれたのは閃光。稲妻を思わせる光の弾丸が、群れを成して我が身へ迫るのを見る。

 迸る銀光(たま)たちが標的たる私達に喰らい尽くまでのその一瞬、瞬きの刹那――殺到する閃光を前に、しかし私は確かに聴いた。私の前に仁王立つ少年の口が、素早く何言かを紡ぐのを。

 

展開(ロード)――」

 

 そして――。

 

 バチィッ!!

 電流が空気を焼くのに似た音を立てて、弾丸の群れは激突した。自らの軌道上にあったものに牙を突き立てた。

 しかし……弾丸が喰らい尽いたのは私の体でも、ましてや少年の体でもなく。

 少年の、真っ直ぐ前に伸ばした掌のその先。路地裏の両脇いっぱいに広がった、半透明の壁のような――。

 

「バ、バリア……!?」

 

 ――魔法のバリア、としか言えないようなソレは、少年が広げた掌の先を中心とするように展開されているようだった。当然その半透明の壁の正体を知っているだろう少年は、彼女の言葉に反応して、

 

「いやコレは電脳防壁(ファイアウォール)って言って……まあ似たようなもんだな、うん」

 

 と、否定とも肯定ともとれない生返事。

 どこか間の抜けた声の少年とは裏腹に、事態は未だ切迫していた。

 

『う、撃て!』

 

 バリアの向こう側で轟く再びの怒号、再度放たれる閃光の弾丸、その連射。

 しかしそれはまたしても、少年の構えた半透明の壁に阻まれ断末魔の音と共に霧散する。

 

 傘だ、と思った。

 雨粒が傘を破ることなど出来ないように、弾丸はバリア――少年曰く『電脳防壁(ファイアウォール)』に当たり前のように敗北する。

 そう思えば途端に、連続する銃撃音が雨音のような軽さを纏った気さえした。

 

 銃撃が止む――(バリア)、健在。

 放った弾丸の全てが防がれたことに、黒装束たちは少なからず動揺したようだった。

 

『馬鹿、な。この量の負荷(Dos)弾をどうやって……』

「ま、ウチの防壁技師(プログラマー)は超一流なんでな。オレでも突破に苦労するんだ、そこらの市販品モドキじゃ勝負になんねーよ」

 

 天地がひっくり返ったのを目の当たりにしたように愕然とする彼らの前で、しかし少年は当たり前のようにそう言って。

 

「でもスゲーのは『電脳防壁(ファイアウォール)』だけじゃないんだぜ? 次はオレお手製の電脳兵装(プログラム・ツール)を見せてやるよ」

 

 少年の掌の先、展開されていたバリアが消える。しかしそれは抵抗の終わりを意味しない――寧ろその真逆。それは苛烈にして壮絶な、少年の反撃の始まりだった。

 

 ゆらり、構える掌は虚空を掴むように。

 そうして少年(かれ)は、ぽつり唱えた。

 

「行くぜ――限定解除(pass unlock)"Crackers rang out"

 

 声は変わらず喜色に満ちて、されど鉄のような無機質さを伴って路地裏に残響する。

 ソレは朗々と、燃え盛る火炎のように熱く。

 ソレは淡々と、凍てつく氷が如く冷たい声。

 嗚呼、つまり。

 

「――演算領域80%まで開放、電脳防壁(ファイアウォール)4層を並列内部展開――」

 

 ソレは正しく詠唱であった。

 少年が語り掛けるは眼前の敵でも背後の私でもなく、(ただ)「世界」。

 即ち、世界を覆う法則(ルール)に則り、世界を形作る機構(システム)に己の指示を実行させる命令文(コマンド・ボイス)

 無機質で機械的なその響きは、けれどどうしようもなく御伽噺の魔法の呪文(マジックスペル)に似て。

 

電脳兵装(プログラム)/出力(ロード)型式(モード)[対電脳犯(カウンターハック)]――」

 

 紡いだ(しゅ)で束ねるは光。月光を払い薄闇を裂く金の光条。

 否、ただの光ではない。ソレはアルファベットの連なった英文字列(コード)からなる電脳機構(プログラム)。この世界の法則(システム)に直接干渉できる"力ある文字"。

 少年に呼ばれて現れたるは、そんな"力ある文字"で構成された電脳戦用違法出力攻勢電子武装。

 其の通称()を、電脳兵装(プログラム・ツール)

 

「――Ex.CARIBUR-404(エクスカリバー・ロストナンバー)、起動」

 

 黄金の剣、来たる。

 路地裏に満ちる月光を斬り払うかの如く、その文字列(つるぎ)は煌々と、少年の右手の中に顕現した。

 

 その堂々たる様に誰もが言葉を失う中。

 絢爛極まる黄金の剣を持つ少年だけが、朗々と敵対者に言い放つ。

 

「さあ、覚悟はいいな悪党共。楽しい楽しい電脳戦(パーティー)の始まりだ――!!」

 

 戯曲の名台詞を謳い上げるかの如き声と共に。

 少年は剣士の如く踏み込み。

 製作者(あるじ)より勝利の名を与えられたその(プログラム)は、今翻り電子の世界に残光を刻む――!

 

  SLASH!!

 

 横一閃――その黄金、鮮烈に闇を裂く!!

 少年が剣を振るい黒装束の最前列を薙ぎ払ったその光景の鮮やかさといったら、私の胸を覆っていた恐怖と言う暗雲さえたちどころに斬り払う程で。

 だから、直接胴を両断された黒装束達が耐えられる道理など無いと直感した。

 

『ガ……!』

 

 その想像が現実となったかのように、金の剣に斬られた黒装束が体を引きつらせ短く呻く。声が歪んでいるのは苦痛故か、それとも。

 斬られた3人の黒装束が皆一様に動きを止める――その(アバター)から『ERRER』と書かれた真っ赤なホログラム・ウィンドウが大量に吐き出されるのは、どこか出血の光景(さま)に似て。

 しかし、剣撃が齎した効果はそれで終わらない。

 己の内から飛び出た血色の赤に塗れたアバターたちは、最後にぶるりと大きく輪郭を歪ませると……それを最後に爆発するように、あるいは空気に溶けるように消滅したのだ。

 陽炎のように消え去ったアバターたち、そして残骸の如く舞うポリゴンの欠片(パーティクル・エフェクト)と目に焼き付いた赤色に、私は思わず呟く。

 

「死、んだ?」

「ちょ、人聞き悪い事言わないでくれるか!? コレは肉体攻撃(アタック)じゃなくて電脳攻撃(ハック)! PCに負荷かけて強制排出(ログアウト)させただけだっての!」

 

 焦ったのは突如殺人者の疑いをかけられた少年だけでなく。

 

『さ、3人やられた!?』

強制排出(イジェクト)だと……DoSか、それともまさかデータ破壊……!?』

『クソ、撃て! 撃つんだ!』

 

 驚愕から立ち直った黒装束たちが再び銃を向ける。

 だが引き金が引かれるよりも、少年が動く方が早かった。

 

「オラ、必殺『気を取り直して斬り』!!」

 

 余りにも酷い技名と共に振るわれた二刀目、虚空に黄金の軌跡を刻む袈裟切りが、発砲よりも(はや)く黒装束のひとりを捉え、先と同様にそのアバターを世界から消滅させる。剣筋も口上も出鱈目なのに目に残るのは、それほど剣が美しいからか。

 

 とは言え流石に多勢に無勢。

 黒装束たちの放った銃弾、その数発が攻撃直後で回避などできない少年のアバターを捉える。

 被弾――それが少年に齎すダメージを想像(イメージ)し、私の口から悲鳴が飛び出そうになり。

 

 しかし。銃弾を受けた少年のアバターは出血じみた真っ赤な『ERRER』ウィンドウを吐くことも、その(アバター)を消滅させることも無かった。予想外の展開によって悲鳴が引っ込む私とは逆に、銃を構えた黒装束のひとりが驚愕を口にする。

 

『ツールが効かない……!?』

「残念でした、そこらの奴とは内部防壁(インナーウォール)のデキも違うんだぜ、斬りィ!」

 

 反撃が黒装束の1人を消し去り……それで趨勢は決定した。

 無双する少年と、奮戦虚しく1人また1人と消えていく黒装束たち。余りにも一方的な展開に、私は呆気に取られて固まった。

 

 剣が黒装束を消滅させるのはまだ理解できる。"剣"という形状、そしてその剣閃の見惚れる程の鮮烈さ。アレで斬られて無事である方が不可解だ、と私は強く感じていた。

 だが……反撃に放たれた弾丸が――剣と同等以上に危険を感じさせる攻撃が少年を穿っても、彼がよろめきすらしないのは如何なる道理か。何発の弾丸を身に受けようと、少年はあの血を思わせる『ERRER』ウィンドウのひとつも出さず動き続ける。己の一刀で数多のソレ(『ERRER』)を生み出すのにも関わらず、だ。

 

 その理由を暴く間もなく。

 気付けば暗い路地裏は、先の喧騒が嘘のように静まり返っており。戦闘という名の嵐が去ったこの場に残っていたのは、たった3つのアバターだけ。

 つまり私と、虹目の怪人少年と、黒装束の最後の1人の3(にん)だけだ。

 

 死屍累々――斬られたらしき(アバター)は消滅して残っていないが――の状況の中、最後に残された黒装束は、真っ赤な『ERRER』を体から迸らせながら下手人へ喘ぐように問う。

 即ち、黄金の剣を携えた無貌の怪人に。

 

『お、オマエは一体何者なんだ……』

 

 そんな息も絶え絶えの二度目の誰何に、少年がニヤリと笑ったのが顔を見ずともなぜだか分かった。

 少年は笑う。勝気を超えて陽気に笑う。そしてなんだかどこかで見たことがあるような決めポーズを取りながら、声高々に名乗りを上げる。

 

「誰だ何だと訊かれたら、答えてやるから音に聞け! オレは――」

 

 しかし。

 少年が高らかに名乗り口上を諳んじるよりも、最後の黒装束が真っ赤な『ERRER』ウィンドウを全身から吐いて消滅するほうが先だった。

 

「ああっ、聴いてから消えろよ! 折角名乗り練習したのに!」

 

 思わず情けない声を出す彼は……背に庇った私の存在を思い出し、ぎこちなくこちらへ振り向くと、「げふん」と誤魔化すように咳払いをひとつ。

 敵意こそ感じないものの未だ正体不明の彼はしかし、そんな私の疑念を感じ取ったのか、それとも中断させられたものをすぐに再開したかったのか――なんとなく後者な気がする――彼は改めてとでも言うように、声高に名乗りを上げ直した。

 

「改めて、オレはハッカー集団(チーム)Hack&Luck(ハック・アン・ラック)のリーダー[KAGIYA(カギヤ)]!! ――それで、アンタの名前は?」

 

 なまえ、名前。それは記憶を探るまでもなく、ずっと視界の左端に。

 

「――[Alice(アリス)]、です」

 

 諳んじた文字列が私の名前。この世界での、仮の名前(ユーザーネーム)

 

「おっけーアリス。それじゃ自己紹介も済んだことだし、早速契約の話をしよう」

「けい、やく?」

「初回特典で料金無料とは言ったが、そんな都合の良い話がネットに転がってるワケないだろ? 無料(タダ)なのはあくまで『料金』だけ、『報酬』はソレとは別口だ」

 

 『カギヤ』と名乗った少年が被っていたフードを下ろすと、その顔を覆っていた真っ黒な闇が、影が消えるように姿を消した。

 闇の下から現れたのは――人間の少年の顔。瞳孔と髪の縁が先と変わらぬ虹色であるという以外は何の変哲もない普通の顔になった少年は、ずいと私の目を覗き込み笑う。

 

「――ところでお客さん、Xter(エックスター)戦闘力(フォロワー数)は幾つかな?」

 

 虹色の目を持つ電脳の悪魔は、悪戯っぽくそう言った。

 

 

 それが、私と彼等〈Hack&Luck(ハック・アン・ラック)〉との出会いでした。

 けれど。

 この出会いが後に、電脳世界じゅうを巻き込んだ大事件を引き起こすことになるなんて――今はまだ、知るよしもなかったのです。

 

 

 

WORLD END CRACKER

-The Cybernetic Revenge Program-

 

 

 

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