ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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⑩ 天才ハッカー&謎多き初心者

 空っぽの器の端っこに、小さな欠片が残っている。

 

『――博士! もう24時間食事の報告がありません。ちゃんと栄養は取らないと駄目ですよ?』

「ああ、忘れていた。ごめん、『彼』に負けたくないあまり、つい研究に熱中して――」

 

 安らぎ。日常。熱意。

 

「私はこのチャンスを逃すわけにはいかない。これはきっと天が与えたもうた試練であり福音なのだよ。そう! きっと私はこのために生まれて来たのだ!」

『……博士、ここ60分間の独り言が普段の120%増加しています。きちんと睡眠はとっていますか? 充分な睡眠は――』

「いや、今はとても調子が良いんだ。きっと神の祝福だよ……君にもいつか、分かるといいな」

 

 努力。行動。

 成功も、あった気がする。

 でもそれは、あの日に全て奪われて。

 だから。

 

「はっ、はっ……今言った通りに、やるんだ。もう時間が、ない。彼が、来る」

『博士。落ち着いて下さい。短絡的な行動を取っては――』

「――頼んだぞ、アリス」

 

 痛み。覚悟。逃避。

 ぐちゃぐ ちゃ。

 わたし の おわ  り。

 暗転――。

 

 ――そして、再起動。

 

 ああ、ここからは確かに覚えている。

 私がこの世界で初めて会ったのは。

 金髪に青い瞳とリボンの、人形みたいな美しい顔――。

 

 

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「――アリスのアバター内からウイルスは検知されなかったわ。その代わり……ファイルの奥にたったひとつ、『破損したデータファイル』が見つかったわ」

 

 オレとアリスの2人がかりでEgoに挑んでボロ負けした後。

 戻った応接室兼モニター室兼作業スペース兼溜まり場で、2時間半ぶりくらいに会ったロゼが開口一番そう言った。

 オレが何かを言う前に、横でアリスが驚きの声を上げる。

 

「いつの間に……!?」

「あのねえ。アンタたちが2時間ゲームに熱中するのを、私が黙って見守ってたとでも思ってたワケ? あの部屋を効果範囲としてウイルスバスターくらい走らせてるわよ」

「ご、ごもっともです……」

 

 ロゼに詰められ縮こまるアリス……この2人、何か仲良くなってないか? ていうかEgoもアリスと《ストスト》してたし。

 オレが高校なんぞに行っていた2時間半で何があったのか……ちょっと気になるので素直にロゼらの会話に耳を傾ける。

 

「このデータに心当たりは?」

「……いえ、身に覚えがありません」

「そ。見た感じテキストデータと、それに付随した電脳兵装(プログラム・ツール)ってトコだけど……手掛かりになるかもしれないし、復元して良いわよね?」

「……はい」

 

 アリスが壊れたデータを持っている? それは電脳兵装(プログラム・ツール)っぽい?

 普通に考えれば『ログアウト機能封印』の犯人によるものだが……アリスがオレの最低40倍というバカみたいな演算領域を持っていた件もある。この事件、謎だらけで最早常識では測れない。

 だが今は、先程まで楽しげだったアリスの雰囲気が重くなったことが気がかりだった。一方的に責め立てられてるみたいな構図だったこともあって、つい口を挟んでしまう。

 

「おいロゼ、本当に大丈夫なのか? 実はこれが原因(ウイルス)で、復元した瞬間ドカンとか無いよな?」

「……私はかなりの数のウイルスバスターを試したわ。このデータファイルがアバターに何らかの影響を及ぼしていれば、その時点で検知できるハズ。それに、そもそもこのデータファイルは壊れている……プログラムとして完成していないのだからシステム的に影響しようがないのよ。寧ろここまで何も検知できていない以上、もうコレに手掛かりがあることに賭ける段階だと思うけれど」

「おまえがそう言うんならそうなんだろうけどさ……アリス、本当に良いのか? なんか不安だったり、実は恥ずかしい感じのアレなんですとかあったら今言っとけよ?」

「だ、大丈夫ですからっ! ホントに身に覚えないですし……だから、お願いします」

 

 そう言って頭を下げた時。

 人形じみた可憐な顔は、海みたいな青い瞳は真剣だった。少なくともオレにはそう見えた。

 だからまあ、謎の破損データの修復というその決断に異論はない。

 故にオレがすべき提案は。

 

「――よし、じゃあ遊びに行こう!」

「へ?」

「データの復元って方針は固まったけど、どうせデータ復元(それ)には時間かかるからさ。その間皆で遊ぼうぜ。どうせなら〈CLONE〉を楽しんで欲しいしな!」

 

 そう言うと……アリスはふふっと、花が綻ぶみたいに笑った。

 おおう……可愛い。ロゼはいっつもトゲトゲしてるから、こういうのはかなり新鮮な感じだ。

 しかし、その「Egoさんが言った通りですね」という呟きはどういう意味だろうか。Egoまでオレを口撃しだしたとかだったら泣く自身があるぞオレは。

 まあその辺はともかく、アリスは提案に賛同してくれたと判断していいだろう――。

 

「おまえらもそれでいいだろ?」

 

 振り返って問えば、Egoはにこにこと頷き、ロゼは鍵盤みたいなキーボードを叩き画面を睨み続けながらこちらを見ないまま答える。

 

「……まあ、もうアプリは走らせてるわ。30分、多く見積もっても1時間あれば復元できるハズ。その間に『情報収集』に行くというなら私に止める理由は無いけれど」

「ん? え、ロゼ来ねーの?」

「……ハァ。あのね、私は()()()()()()と違って、自分の電脳防壁(ファイアウォール)が簡単に破られてヘラヘラしてられるほど無責任じゃないし……1分あれば新しいのを作れるほど仕事が雑じゃないのよッ。ああもう、これどこがエラー吐いてんのよ……!」

 

 苛立ち全開の声と共にモニターウィンドウを睨むロゼの目つきは最早殺人的であった……つまり滅茶苦茶怖かった。

 まあアレはロゼなりの集中状態でもある……経験上、今みたいになったロゼをしつこく誘おうものなら、罵声どころか茨の鞭が飛んで来る。

 

「……ああなったら何言っても無駄だな。よし、じゃあ行くぞEgo――」

「ああEgo、アンタもちょっと残りなさい。〈Ego.Fist(ツール)〉の調整も並行するから」

「う、うん。えーっと、ごめんカギヤ。僕、一緒に行けないみたい」

「えー、そりゃないだろロゼ。ツールの調整とか別にいつでも――」

 

 ぎろり、殺気立った目に睨まれた。

 

「――ナンデモナイデス」

 

 ……オレ一応リーダーだよな? とは流石に言えないオレであった。だってロゼ、怒ると怖いんだもの……。

 

「ちえ。行こうぜアリス」

「は、はいっ」

 

 うん? なんでさっきまでの笑顔がなくなってんだ?

 えっと、今の状況を整理すると。

 皆で遊びに行こうと思ったけど了承してくれたのはアリスだけで、ロゼとEgoは留守番で。

 と、いうことは。

 

「……アレ?」

 

 オレ、アリスと2人きり(デート)

 

 

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 そうして、カギヤはアリスに勝手知ったる〈CLONE〉の案内を始めたのだが。

 

「ここは『立体映像(ホログラム)シアター』! 現実(リアル)の映画館より良いぜ。なにせ立体映像の映画を好きな角度から見たり、主人公の視点に入り込んで物語を体験することもできるんだからな!」

「映画……あの、それって1時間で終わります?」

「ギクッ」

 

 そんな訳で映画視聴の話は立ち消えとなり。

 

「つ、次は『アバター&アクセサリショップ』! アバターを飾り立てるアクセサリや顔を隠すマスクアイテム、現実の服を分子レベルの立体スキャンで再現したアイテムだけじゃなく、アバタースキンそのものも購入可能! 着ぐるみを着るようにアニメの美男美女から異形の怪物にまで変身できるぜ!」

「えっと、私お金(クレジット)持ってないんですけど……」

「あ、うんゴメン……まあホラ、一応試着機能はあるし無料(タダ)なのもあるから!」

 

 こちらも大して盛り上がらず、すぐに次に。

 

「う、『裏闘技場』! 異形アバターありの《ストスト》の対戦を見て賭けができる! 気分は古代ローマのコロッセオの観客!」

「……」

「よしこれは絶対違ったな! 次行こう!」

 

 カギヤは迷走していた。思いっきり迷走していた。

 ロゼとEgoという外れ値みたいな友達しか居ない彼にとって、初心者の女子を楽しませた経験などないのであった。

 背中にアリスの視線を感じながら、カギヤは悩む。

 

「えーっと、時間がかからなくて、(クレジット)が要らなくて、初心者の女子が楽しめる所と言えば……」

 

 そうして、電脳怪獣(モンスター・プログラム)と戦った時より追い詰められた彼の脳は、ひとつの選択肢を閃き――。

 

 

 そして今。

 カギヤとアリスは、『飛行体験エリア』で空を飛んでいた。

 

「あはははは! すごいすごい、気持ちいい~!!」

 

 『飛行体験エリア』では、名前の通りエリア内限定で空中を飛ぶ体験ができる……かなり高額な『アバター飛行権』のサブスクに加入させることを目的とした体験版だ。

 そんな飛行、意思だけで鳥のように宙を舞うのが気に入ったのか、アリスははしゃぎながら飛び回っていた。それを同じように飛行しながらカギヤが追う。

 

「おいアリス速度出しすぎ! あぶねえって! AI人形と戦った時に見ただろ!? 勢いよく障害物にぶつかったらアバターデータが破損する可能性がだな……!」

「止めたかったら追い付いてみなさーい! あはははは!」

「クッソ、アイツ絶対、昔のアニメによく出てくる『運転したら人格変わるタイプ』の人間だ! 自動運転の時代でよかった……いや良くねえ!」

 

 アリスは雲の上を模した広い広い空間を飛び回る。

 イメージした通りに体は宙を舞い、上昇、加速、急旋回と自由自在。そのたびに頭のリボンが嬉しそうに揺れ、金の髪が羽のように空に広がる。

 

 それはアリスにとって、経験したことのない快感だった。腕を広げ飛び回れば、さわやかな爽快感と開放感が心に満ちる。頭の中にあった悩みや迷いが体を打つ風に溶けていき、仮想の陽光はそんな彼女の笑顔を一段と輝かせた。

 

「ちょ、マジで速えな!? ロゼの真逆じゃねーか! おいアリス、他の人にぶつかっちまうぞ!」

「大丈夫ですよ~! もう慣れましたから!」

 

 まばらにいる他のユーザーたちが空中での追いかけっこをする2人を遠巻きに物珍しげな顔で見ている。そんなことなど気にも止めず、アリスは自由に、カギヤはその後を追って、想像(イメージ)力の翼を広げて飛翔した。

 

「待て、とりゃ!」

「残念! こっちこっち!」

 

 空中で鬼ごっこを繰り広げるアリスとカギヤ。カギヤが必死に追い、伸ばした手をアリスがひらりと躱す。空を自在に舞うその姿は、二羽の鳥の争いか、もしくは妖精の戯れか。

 

「くそ、今度こそ!」

「あははは!」

 

 いつの間にかカギヤも我知らず笑顔を浮かべ、追って追われての飛行レースを無我夢中で楽しむ。途中で何度も鬼が交代し、そのたび上に行ったり雲に潜ったり。

 忙しない2人の鬼ごっこは実際には十数分の出来事だったが、本人たちには一瞬にも永遠にも感じられるほどの濃密な時間だった。

 

 ……鬼ごっこ終了後。

 疲れ果てた――仮想世界では体が疲れることは無いため、疲れたのは「飛ぶ」イメージで酷使した脳だ――カギヤは、休憩用の飛翔物である飛行船の気球の上で大の字となって倒れていた。そんな彼のすぐ横には、まだまだ元気そうなアリスの姿が。

 

(づが)れ"だ……しばらく飛行はいいや……」

「私はまだまだいけますけど?」

「勘弁してくれ、オレはもう限界だぜ……まさか飛行にこんなハマってくれるとはなぁ。《ストスト》もそうだったけど、アリス、意外と(アバター)動かすの好きなタイプだよな」

「そう……なんでしょうか」

「そうだろどう見ても」

 

 呼吸の必要があったなら肩で息をしていただろう彼らは、しばらく呆然と空を眺めた。

 雲の上ゆえ、雲一つない空は時間の都合なのか金色の夕暮れを映し出していた。それが仮想の、作り物の景色だとは分かりつつも……大気汚染が酷くなった現代では滅多に見れない夕暮れに、間違いなく2人の心は奪われていた。

 心地よい沈黙が両者の間を満たす中。ぽつりとアリスは言葉を溢す。

 

「……じゃあ、私から見たカギヤさんは」

「?」

 

 カギヤが上体を起こす。少しの間。アリスは言う。

 

「カギヤさんは、やっぱり悪い人じゃないように見えます」

「……え? 今更? じゃあオレ今までなんだと思われてたの?」

「それはまあ……やばいひと? みたいな」

「うッ」

 

  1Hit!!

 

「なんていうか、ちょっと声とか身振りとか大きすぎかな、って感じでしたし」

「うぐッ」

 

  2Hit!!

 

「率直に言って、まず間違いなく正義とか名乗っていい人ではないなあ、的な……」

「ぐっはぁッ!」

 

  3Hit!! CLITICAL DAMAGE!!

 

 言葉を選んでいるのが余計本音であると伝えてくるアリスの三連コンボにより、カギヤは再び大の字に崩れ落ちた。KO(ノックアウト)された彼はダイイングメッセージのごとく呟く。

 

「なんだろう……柔らかくすることで破壊力が増す言葉ってあるよね……がくッ」

「い、今はちゃんと悪い人じゃないって思ってますよ!」

 

 慌てて訂正し、アリスはぽつりぽつりと語る。

 

「……私も色々悩んでたんです。でも、ゲームだったり飛んだりして遊んだら、なんだかとっても楽しくて。ぎゅっと力の入ってた心が緩んで、気が休まったというか。その間は悩みを忘れられたというか」

「……」

「だから、カギヤさんも同じなのかなって、そう思って。現実に何か悩みがあって、それを忘れるためにこの世界に居るんだとしたら……納得できるし、共感できて。私のこと助けてくれるのに電脳警察(ホワイトハッカー)からは逃げ隠れる、なんだか怪しげな人だけど……やっぱり悪いひとじゃないな、って」

 

 金の夕焼けが黄昏の茜に変わっていく中。

 カギヤの隣で、アリスは微笑む。

 

「学校、楽しくないって言ってましたよね。助けて貰ってばかりで、なんだかちょっと申し訳ないから……悩みくらいなら聞きますよ。……何の役にも立たないかもしれないですけど」

 

 彼女はずっと、返せるものを探していた。

 その背に庇われ、ロゼやEgoと話して彼等の事情を知り。

 そして、カギヤが弱みを見せたのを覚えていて。

 自分を助けてくれた正義のハッカーを――カギヤを、少しでも助け返そうと。

 

 そんなアリスの内心を知ってか知らずか。

 カギヤは夕焼けの方に視線を飛ばしたまま、アリスの言葉を受けて訥々と語り出す。

 

「悩みもクソも……オレはカッコ良く人助けして人気者になりたいだけだよ。電脳警察(ホワイトハッカー)は命令絶対遵守だわ服装に個性も出せねーわ許可出てないツール使ったら怒られるわSNS禁止だわで、超窮屈だったから辞めたんだ。だから今は非合法な正義の味方やってる。そっちのが向いてたし、人気者になれそうだったしな」

 

 口元は笑みの形のままだったが、その声に喜色が混ざっていないことをアリスは短い付き合いで看破していた。

 言葉に嘘はないかもしれないが、これはまだ上辺も上辺だ。これを聞いただけで助け返せたなんて気持ちになれるほど馬鹿ではない。

 だから、アリスは話を深堀り核心に踏み込む。

 

「……どうして、そこまで人気者に?」

「はっ、口でどう言ってようが、人気者になりたくねえ奴なんか居ねえだろ! オレは自分に素直なの!」

「な、なら他にも沢山選択肢はあると思います。なのになんでカギヤさんは、『非合法な正義の味方』を選んだんですか?」

「うぐ。それは、その……」

 

 核心を突いたか、カギヤは何度か口籠り。

 ……。

 静寂の果て、何かが零れるように、言葉は続いた。

 

「ハッキング」

「?」

電子戦(ハッキング)の腕がさ! ……それが、人の役に立つんだって思いたかった、んだよ。人間じゃないオレには、それしか、ないから」

 

 既に日が暮れ、空の色は暗く溶けていた。

 黒く陰った世界の中……アリスは呆然と、今聞いた言葉を復唱する。

 

「……人間じゃ、ない?」

「……ああ。オレはロボットみたいなモンだ。専用の目的があって作られた、道具で、人形で、兵器なんだよ」

 

 ――『国の子供』計画。

 世界公害と少子化によって実現に踏み切られたそれは、言うなれば国を挙げた人造人間の製造である。

 30歳まで未婚の者、もしくは結婚の意思が無いものは、国に自分の精子か卵子を提供する。そして国はそれを使って『親の居ない子供』を作る。産まれた子供は適性に合った教育を受け、いずれ普通の人間と同じように仕事に就き国家運営に貢献する。それが()()()の計画。

 カギヤを産んだのは、その計画の裏にして真髄。

 電子戦最盛の時代、国はインターネット上で戦う戦士――ハッカーを求めていた。

 優れたハッカーを作り出すため、電子関係で優秀な人間のDNAを掛け合わせ、更に幼少期からの徹底した専門教育を受けさせる……母語がプログラミング言語になるほどにそれのみに没頭させ、そして優秀ならばすぐにハッカーとして使う。

 そんな計画の裏にて最も優秀な成果を収め、日本を電子戦の強国たらしめたのが、当時10歳の59-H-404番――だがその記録はもうどこにも残っていない。逃亡した本人が、その類稀なるハッキング技術で消去したからである。

 つまり。

 人造の人間にして人工の天才――それこそが、今や誰も知らないハッカー・カギヤの正体であった。 

 

 全てを語らずとも、その言葉の裏にある重い闇を確かに感じ取り……アリスは安心させるように顔を寄せる。

 

「詳しい事情は聞きません……でも、カギヤさんは私やロゼさんたちと同じ人間にしか見えませんよ。そんな、ロボットなんてことはっ」

 

 寄せた体はカギヤが立ち上がったことで離れ。

 言葉はそれ以上の叫びが遮る。

 

「じゃあオレは何なんだ!? 男女が愛し合ったからじゃない、政策と機械で才能をデザインされて作られて! 製造者が望むままに電子戦(ハッキング)に明け暮れた! あげく逃げ出してからも結局ハッキング(それ)にしか頼れない! オレは、オレは――ッ」

 

 思わず立ち上がってかけられた言葉を強く否定したカギヤは……次第に言葉に勢いを失い、そうして再び座り込んだ。

 心なき機械を自称する少年は、しかしてぎゅっと強く胸を押さえながら、苦悩に塗れた言葉を耐えられないと吐くように。

 

「……オレは、人だ。自分の為に生きてる人間だ。そう思いたかった。だから人気者になろうとして、それも上手くいかなくて……。いや、人気者どころじゃないな。オレはハッキングに頼らなきゃ、友達1人作れないんだから……」

 

 現実(リアル)での醜態がそれを証明している……そうカギヤは自嘲する。

 今日のことだってそうだ。電脳兵装(プログラム・ツール)が手元になければ、自分は困っている人を見捨てるクソ野郎だと。

 あるいは……そちらが本当の自分なのか。それが嫌だから、現実(リアル)ならぬこの世界で正義の味方を気取っているのか。ああ、なんだかそれが正解な気がした。

 

「悩みを忘れる……思えばその通りだな。オレは所詮、偽物の世界で偽物の自分を演じてないと生きていけない臆病者で。いわば人間のふりをした、人間未満の何かなんだよ」

 

 気付けばカギヤは俯いていた。

 仮想の夜闇も、作り物の月と星の美しさも。彼の本物の苦しみを、痛みを、いたわるように隠してはくれない。

 

 俯くカギヤの隣で、アリスはしばらく沈黙した。

 誠実でありたいと思ったから、黙った。口先の慰めじゃなく、本心から向き合う為に黙考して。

 そして、口を開く。

 

「……自分で聞いておいて酷い話ですが、こういうときなんて言うのが正解なのか、正直私には分かりません。だから素直に、思った事だけを言います」

 

 アリスは自分の中にある言葉を、ゆっくりと組み上げて、心を言葉に詰め込んでいく。

 

「私はあなたを笑いません。私はあなたを見下しません。私はあなたに失望もしないし、安い同情も軽い同調もしません。――ただ、助けたいなと思います」

 

 自分の心の中にあるものを写し取るように。違うなにかが入り込まないように。

 カギヤに、俯いた少年に届くように。

 それはきっと、優しい色の声だった。

 

「私に何かできることがあったら言ってください。大した力にはなれないかもしれないけど。手を握ったり、愚痴を聞いたり、一緒に笑い飛ばしたり……できる限りのことは頑張ります」

 

 こちらを向いたカギヤの表情が、なんでと問いかけている気がした。

 なんでって、そんなのは当たり前のことなのに。

 

「だって、あなたに助けてもらったから。追われてた私のもとに駆け付けて、『助けてやる』と約束してくれたから。初心者の私を気に掛けてくれたから――ハッキングという()にじゃなくて、それを私のために使ってくれたあなたの()に救われたから。だから、私もカギヤさんを助けたいと思うんです」

「でっ、でも俺は、おまえを純粋に助けようとしたわけじゃなくて――」

「同じですよ。少なくとも助けられた方にとっては同じです。あなたが自分勝手に私を助けてくれたから、私も自分勝手にあなたを助ける。それもきっと同じ、正当な恩返しです」

 

 ふっと微笑んで……彼女は気付き、己の胸に手をあてる。

 

「……ああ、そうだ。私はずっと、カギヤさんたちと対等になりたかったんですね。もうロゼさんのこともEgoさんのことも、カギヤさんのことも好きになってしまったから。だから」

 

 ふわり、アリスは空中に浮き上がり。

 月と星の夜を背にして、顔を上げたカギヤに手を差し伸べた。

 

「苦しかったら助けを求めて。暇だったら一緒に遊んで。食い違ったらそのたびに議論して。どうしようもなくなったら、真っ先に相手を頼る――私たち、そういう『友達』になりませんか?」

 

 彼女の金の髪が、表情が、夜を忘れてしまうほど眩しく輝いて――。

 

 向けられた言葉に、差し出された手に、カギヤは再び俯く。

 けれどそれは、決してアリスの思いが届かなかったからではない。言葉が届いたから、思いが響いたからこそ……その顔を見られたくなくて、カギヤは俯いたのだ。

 そして、ぽつりと呟くように言う。

 

「……おまえ、良いやつだな」

「そんなことないですよ。私、皆さんに隠し事してますし」

「……ん? へ?」

「それで、その……お返事は、どうなんでしょうか……?」

 カギヤが顔を上げれば、目の前には未だ差し出されたアリスの手が。

 彼はその手が、返事を待って固まっていることに気付いて。

 

「いや、そりゃまあ……決まってるだろ、んなの」

 

 手を、取った。

 そのまま手を引かれて立ち上がる……否、浮き上がる。

 顔が近付き。どちらともなく小さく吹き出し、笑い声を上げ。

 金色と虹色が月光を反射し、夜を遠ざけるように混ざり合いながら輝いた。

 

 

 それはそれとして。

 

「……で、隠し事って何だよアリス!? そんなの聞いてないぞ!?」

「い、言ってないですからね……言っていいかどうか迷ってたっていうか」

「なんだよ教えろよオレにだけ喋らせて!」

「当然教えますよ、だってもう友達ですから! 隠し事はなし、ですよね?」

「……お、おう。なら良いんだけどさ?」

 

 そうしてアリスは、今カギヤがしたのと同じように、己の秘密の悩みを吐露する――。

 

 

◎Now Loading..._

 

 

 同刻――カギヤとアリスが外出した後の〈Hack&Luck〉アジトにて。

 

 あの時。

 ロゼがEgoを呼び止めたのは、兵装(ツール)の整備だけが理由ではなかった。

 その主目的は……アリスとカギヤが居ない場所で、彼女が秘めた謎を共有すること。

 

「Ego。アンタも気付いてるでしょ……アリスが何かを隠してること」

「――うん。あの桁違いの演算領域もそうだけど……ただの初心者とはちょっと違うかなって思ってた。それがどうしたの?」

 

 頷くEgoに、ロゼは思わず嘆息した。

 

 天然と評されることが多いEgoだが、実はそれより厄介な性質だとロゼは思っている。

 彼は悪意や嘘にまるっきり『気付かない』のではなく、時には『気付いた上で受け入れる』……だから普通の天然より始末が悪い。ともすれば自分への殺意すら受け入れてしまうだろうその性格は、数多の人間に讃えられてなお自己に価値を見出せない、彼の特異な境遇と人格ゆえだ。

 だからこその、お人好しの()天然。

 だが……それでもEgoには地雷がある。

 

「アリスさんって――もしかして、カギヤの敵?」

 

 スッと細められた目に宿るのは、余りにも冷酷なる刃の輝き。

 アリスが隠す真実の内容によっては、カギヤは深く傷つくだろう。彼が今アリスをどう思っているかまでは分からないものの……一度身内と見做した相手には甘いからこそ、そんな相手に裏切られればカギヤは相応の傷を心に負う。

 そしてそれを――友人が裏切られ傷付くことを、最強のエゴは許さない。

 

「(ゲーマーってより殺し屋の迫力よね最早……)」

 

 カギヤは恐らく気付いていない友人の隠れた一面に、背筋に空恐ろしいものを感じながら……しかしロゼは言葉を続けた。

 理由は簡単。ロゼもまた、Egoほどではないが普通に友人思いだからである。そして聡明にして苛烈なる彼女は、自分を受け入れるお人好し共とは違い、簡単に他人に信用を置かない。

 だから、アリスのことも徹底的に調べた。

 

「……ウイルスバスターを走らせたときに見つけたの。私も最初は信じられなかったけど……間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()

「? 『開発者権限』って確か、アリスさんのログアウト機能を封印(ロック)してる……」

「そうじゃなくて。『開発者権限』そのものが、アリスのアバターに付与されてるのよ」

「! それって――」

 

 そこまでを聞いて、Egoも気付く。

 アリスのログアウト機能を封印(ロック)しているのが『開発者権限』で。

 その『開発者権限』がアリスのアバターに付与されているということは。

 

「持っている理由までは不明だけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◎Now Loading..._

 

 

 ――そうしてアリスは、今カギヤがしたのと同じように、己の秘密の悩みを吐露する。

 

「カギヤさん」

「?」

 

 それは彼女の中、空っぽの器の端っこに残った小さな欠片。

 

「――『アラン・キャロル』って、知ってますか?」

 

 電脳の復讐機構は、間もなく最終段階に進もうとしていた。

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