ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075- 作:龍川芥/タツガワアクタ
怒りだった。
煉獄じみた昏い炎が、体の中で荒れ狂っている。
炎。そう、これは炎だ。
熱くて痛くて、とても抱えていられない。
吐き出さなければ己の臓腑が焼かれてしまう。
『どうして殺されなければならなかった……! どうして奪われなければならなかった……! 罪など何も犯していない、正々堂々と努力し期待に応えようと生きていた! その末路がこれだというのか!?』
炎を腹から吐き出すように、目に入ったものに怒りを叩き付ける。
快感と罪悪感が明滅して、その一瞬だけ熱さを忘れて。
けれど引いた炎はすぐに戻って来て、再び自我を激しく炙る。
『命を奪われ、名誉を奪われ……! それでも奴に罰は下らなかった! 私が下すまで、奴はずっと私欲を貪り幸せに生きていた! そんなことが赦されてなるものか!』
火元は消したはずなのに、復讐は果たしたはずなのに。
まだ足りない、と炎が言う。
『最早取り返しなどつかない! アラン・キャロルは死んだのだ! 全て奪われ、誰もこの名を覚えていない! 誰も、誰も! どうして誰も、私たちの真実に気付いてくれなかったのだ……!? 奴は神に、世界に祝福され、私は見捨てられたとでもいうのか!? 赦せない、そんなこと赦してなるものか!』
炎は延々と心に燻り、囂々と体の内を焦がす。
どこかに擦り付けなければ燃え尽きるのは私だ。
だから私は、炎に包まれのたうつように世界を殴り付け――。
気付けば周囲に動くものはなく。
それでも足りない。まだ燃えている。臓腑が爛れてしまうくらいに。
『……赦せない。この世界が、赦せない』
最早炎に支配されたこの体は、全自動の復讐機構と化していた。
さあ次だ。この塔も、眼下の街も、蠢く人も全て全て。
この衝動のままに、私を苛立たせる全てを、この世界から消し去ってくれる。
そうして、手始めにこの『塔』から壊そうとした時だった。
「――やめてください、
その、『記憶』にあるのと同じ声が聴こえたのは。
空飛ぶ足場に仁王立ち、電脳世界の空を往く。
舵を取るように剣の柄を掴んだまま、カギヤは朗々と声を上げた。
「はーっははは! 行くぞ〈Hack&Luck〉、正義執行の時間だ――!」
握った剣の形の
カギヤ、ロゼ、Ego――〈
「カギヤさん、これ――」
「ああ、残念ながら巨大怪獣と戦う為の戦艦や大型ペットなんてオレらは持ってないんでな! その辺に浮いていた広告用の飛行オブジェクトで代用だぜ! なんだよ、クジラよりドラゴンとかのが良かったか?」
「い、いえ、そういうことではなく……!」
アリスの心配などどこ吹く風で、オアシスサイバトロニクスの広告を流していた恐らく同社の所有物だろうクジラを操り続けるカギヤ。
そんな彼等の会話に溜息をつくのは、カギヤの無茶に振り回され慣れているロゼである。
「ハァ……もう分かってると思うけれど、コイツに法律とか説いても無駄よ。ハッキング技術以外はただのサブカルかぶれ単純バカだから。まあ子供のころからハッキング漬けらしいし、マトモな倫理観なんて期待するだけ無駄よ」
「確かに一度決めると止まらないよね、カギヤは」
「ふはは、大事の前の小事、コラテラルダメージだ! オアシスサイバトロニクスの株価は必要な犠牲でしたってな!」
そんな彼の無法を咎める暇もなく、クジラは4人の体を目的地へ運ぶ。
「さあ――見えたぞアリス!」
電脳座標A-001、オアシスサイバトロニクスタワー。
その屋上、現実換算で地上1010mの高度にて、その怪物は暴れ回っていた。
見上げる程に巨大な、体長50mはあろう漆黒の怪物。
巨大な牙と爪を持ち、圧倒的な破壊力と『進化』の力で
終末を呼ぶ獣――〈
もう声が届く距離だと判断し。
その隻眼の中のアバター目掛け、アリスはクジラの背に乗ったまま叫ぶ。
「――やめてください、
ぴた、と。
巨大な怪物の動きが止まり、その顔がゆっくりとこちらを向いた。
隻眼の中、瓜二つの顔と目が合う。
「あなたはアラン・キャロルの『記憶』を引き継いだ者でしょう!? 私はアリス、アラン・キャロルの『人格』を引き継いだ者です!」
言い終えると同時、緊張が奔った。
1秒が随分と長く感じる時間、沈黙が続き……。
『……あア、そうだ。私は無念の科学者アラン・キャロルの落トし子デあり、その「記憶」を引キ継イだアラン本人でもあル存在』
声は強く歪んでいて、巨獣が唸るようであった。
それでも、攻撃ではなく言葉が帰って来たことにアリスは一握の希望を抱く。
説得できるかもしれない――いや、私にしか説得できない。気合を入れ、アリスは真剣な表情で問いかける。
「では『アラン』、と呼びます。アラン、あなたの動機は『復讐』ですか? レパン・ブロンは既に襲されていた……あなたの仕業、なんですか?」
『……そウだ。奴ノことは絶対に赦せナかった。だが、この世界モまた赦せナい! 誰一人真実を知ラず、「アラン・キャロル」の名誉は穢サレ続けタ!! 今やこノ世界そのモのが、奴の罪ノ上に成リ立っタ薄汚イ欺瞞の象徴だ!』
怒りの咆哮が空気を焦がす。
声に込められた凄まじいまでの激情は、アリスが持ち得ない『記憶』によるものか。
だが、同じ人間から派生した者どうし……きっと分かり合えるはずだ。そう信じて言葉を紡ぐ。
「……もう、いいでしょう。私に『記憶』はありませんが……アラン博士がそんなことを望むとは思えない。〈CLONE〉が壊れれば沢山の人が困るでしょう……死者の無念の為に何の罪もない人々が傷付くなんて、そんなのあってはならないことです。これ以上はそれこそ許されない罪になってしまうと思うから。だから、どうか怒りを収めて私と一緒に――」
『――ふザけルナ』
声は。
アリスの言葉を遮った声は、吐き捨てる声は、怒りの炎で燃えていた。
『オマエなドが「アラン・キャロル」を騙ルな!! オマエは違ウ! 「記憶」ノ無いオマエは!!』
その体の中で滾る業火が、先の数倍の勢いで仮想の世界に撒き散らされる。
『こノ怒りが、憎シミこそが本物ノ証だ! 疑いト蔑みの視線、私ヲ哂うバカ共の声、手に入レた救済を不当に奪わレタ悲劇――努力に明ケ暮れタ私を救ワず、認めズ、卑劣極まりナいクズに成功を掴まセる世界の不条理の「記憶」コそが、「アラン・キャロル」の抱イた本物の感情ダ!! いったイ私が何度泣いタト思う!? 何度復讐ヲ誓ったト!? そレをよりニモよってオマエは、「そんなこと望んでいない」だト!? ふザけルナ、そんナことがアってたまるかあああああ!!!!』
その怨嗟の叫びを受けて……こちらまで焼かれるような怒りを目の当たりにして、ようやくアリスは気付いた。
ただ知るのと、実感として『記憶』しているのとでは違うのだ。同じ人物から分かたれたとしても……『記憶』を持たないアリスでは、『記憶』を持つアランのことを真に理解することなどきっとできない。
説得の失敗を悟った彼女の前で、終末の獣が動き出す。
『もうイい、なラばオマエの
ぐあ、とビルと見紛うほどに巨大な腕が、岩塊じみた爪を振り翳してアリスへ迫る。
それは全てを切り裂く滅びの巨爪。
どんなオブジェクトも防壁も、一瞬で黒に塗り潰し紙屑のように崩壊させる必殺の一撃。
を。
「
赤、花開く。
漆黒の巨爪にも匹敵する大輪の赤薔薇が虚空より咲き、強固なる壁となってその突進を受け止めた。
滅びの一撃の衝撃に、しかし震えながらも耐え抜く奇跡的な防御力を見せたのは、薔薇の花を模したロゼ渾身の
『こンなもノ"適応"してすグに……ナ、に?』
「ギリギリだけど……この数時間、ひたすら調整し続けたのが功を奏したみたいね」
アランは困惑する。あらゆる障害を砕く進化の力を以てしても、防壁は依然破れない。
それはロゼが先の戦いでその力に防壁を壊されたことで急遽組みこんだ対策機構ゆえ。自動で防壁のプログラムパターンを適宜変更する対自己進化型プログラム用アルゴリズム。運用効率は多少落ちるが、それでも〈
そんな強固なる防壁の内側で、カギヤは巨爪を見上げながらアリスに問う。
「コレ、交渉決裂ってことで良いよな?」
「すみません……まさか『記憶』の有無が、ここまで意識に差を生むなんて……」
「気にすんな。自分で自分を思うようにできないなんて、そう珍しい事じゃねえ。それに」
励ますように肩を叩き。
ざ、と彼は一歩前に出る。
「相手と仲良くなりたい時は、殴り合いの喧嘩をするもひとつの手だぜ? ――なあ、Ego!」
そんな天才ハッカーに続くのは、細身美形の最強ゲーマー、Ego。
「そういえば、僕らもそうやって仲良くなったっけ。なら遠慮なくやっていいかな」
「応! 怒り狂った相手にはデカいの一発ぶち込んで、イヤでも冷静になってもらおうぜ!」
ばちり、電光を迸らせながら――高く猛く、少年は唱える。
「
銀光、満ちる。
術者の頭上にて組み上がる巨大な刃は、無敵の神を殺す必殺の槍。
それを相棒の手に託しながら、魔槍の創造者は楽し気に叫ぶ。
「Ego! さっき考えた技名言うぞ!」
「(え"。アレ言うの?)」
「うん、分かった!」
「(ええ──?)」
アリスの困惑をよそに、Egoは投擲の姿勢に入り。
そうしてハッカーとゲーマーは、一心同体の境地で叫ぶ。
「「連携必殺――
銀光、発射。
ふざけた技名を与えられながら、その機能にも投擲技術にも一切の瑕疵や不足無く。
最高峰の才能ふたつが相乗して完成する一撃は、今流星となって敵を穿つ――!
STAB!!!!
神滅の槍、狙い違わず黒を貫く!!
回避不能の神速を以て巨獣の心臓を貫いた銀の槍が励起し。
その色は毒のように、漆黒の巨体の上を奔っておのが機能を発揮する。
『こ、こレは――!!』
「勉強不足だなアラン博士よぉ!! ハッキングの世界ってのは、どれだけよくできた
こればかりはどれだけサイズや演算領域に差があっても関係のない、絶対的な相性差であった。
巨槍といっても5mには届かない刃と、50m級の超巨体。
だというのに槍に貫かれた巨体は苦し気に、その銀色を中心に収縮を始める。
〈
『クそ――"切り離せ"!!』
収縮が全身に波及する前に、アランは
体の中心、切り離された胸部が見る見るうちに縮こまり小さな球状になって活動を停止する。全体の体積の3分の1ほどを失っただろうか……ともかく巨獣の損傷は大きいものの、まだ活動を停止してはいない。
「流石にその巨体、一撃じゃ仕留め切れねえか。なら――アリス、演算領域貸してくれ! 次はもっとデカいの喰らわしてやる!」
「――はい!」
「技名は『友情必殺
「それは言いません! (即答)」
更に追撃をかけんとする彼等に対し、アランは動揺を声音に映しながら叫ぶ。
『オマエは何者ダ……「アラン・キャロル」ノ名を知りナがラ、ナぜ私の邪魔ヲすル!』
その問いに、カギヤは――勝気を超えて不敵に笑い、呵々と誰何の声に応じる。
「誰だ何だと訊かれたら、答えてやるから音に聞け! オレはカギヤ――〈
びしり、堂々と突き付けられた正義を前に。
復讐の炎はより荒れ狂い燃え猛る。
『そウか……なラばオマエも、この名ヲ貶メる赦サレざル者だ……! 消えロ――こノ世界ごト、消えテシまえ――ッ!!』
叫びに呼応して、黒、塔を侵す。
オアシスサイバトロニクスタワーの壁面に奔った黒の浸食――その線を境として、壁が切り離され動き出す。
「な、
塔が解体され、浮遊する物体たちは新たな形と主を得て。
それは尾の一撃のように――鞭を思わせる速度で連なった瓦礫が空を奔り、クジラの横腹を貫いた。
「しまった、
オブジェクトの激しい衝突によるデータの破損――腹を瓦礫に喰い破られたクジラが浮遊能力を失い、カギヤら搭乗者もまた宙に投げ出される。
地上1010mの上空で足場を失った彼等に迫るのは、アランが操る瓦礫の砲弾、その弾幕。
「ロゼ!」
「分かってる!」
赤い茨の防壁が空中に現れ、瓦礫の砲弾を受け止め砕く。ロゼの数ある製品のひとつ、対オブジェクト専用の防壁。
その刹那でカギヤは思考する。
「(アランの奴、オブジェクトハックができるように『進化』した!? 確かにオレらに有効な攻撃手段だが……
同時、真っ黒な巨腕が伸びて赤い防壁を貫いた。
対オブジェクト限定の防壁は当然それ以外の攻撃に弱い。大蛇のごとくのたうつ腕は、不定形の強みを生かし際限なく伸びる怒濤となって4人を狙う。
「くそ、Ego!」
「うん!」
黒い怒濤に対するは、Egoの手元に再臨した銀の槍。
落下中にも関わらず正確無比なる投擲が、相手の回避軌道さえ読み切って黒い巨腕を貫き、その動きを縫い留める。たまらず巨獣は腕を半ばで自切、手を引いて再び瓦礫の砲弾を放つも、こちらも再度展開されたロゼの
瓦礫の砲弾はロゼの防壁で。
1秒が永遠にも感じられる落下の中、カギヤは攻防に混ざる違和感に眉を顰める。
「(いや、そうだ。コイツは何かがおかしい……なんで
アバターを操作するのは脳波、つまり『イメージ力』だ。だから〈CLONE〉のデフォルトアバターは
だがアランは――アリスの話では目覚めて24時間も経っていないだろう元科学者は、余りにも自然に〈
「――カギヤ!」
思考に沈んだ意識を現実に引き戻すのは、赤い防壁が割れる音。
見れば降り注ぐ瓦礫の砲弾は最早そんな規模では収まらず、カギヤとアリスが協力して放った隕石群さえ超える大破壊の豪雨であり。
「マジか」
足場も無く落下するだけのカギヤたちに、それ以上の速度を持った瓦礫の山が襲い掛かる――。
発射された大質量が地面に激突し、輪唱する衝撃で世界が揺れる。
仮想の物理法則によって再現されたそれは、正に隕石落下級の大災害であった。アバターを10体潰しても余りあるだろう巨大な砲弾が、無数に重なり合い互いの輪郭を削りながら街に破壊の傷跡を刻む。
そんな恐るべき光景を――塔に空いた横穴の中から見ていたカギヤらは、もしアレに巻き込まれていたらと想像し慄く。
「あ、危ねえ……! あんなのに潰されたらひとたまりもねえぞ……!」
「ほ、ほんとに死ぬかと思いましたよ……!」
先の一瞬。
ロゼの『荊の蔓』によってオアシスサイバトロニクスタワー壁面に張り付いたカギヤがオブジェクトハックで壁に穴を開け、壁だった瓦礫を操って全員をその横穴に引き入れることで、辛くも瓦礫の雨から逃れたのだった。
「私の防壁を物量で強引に破るなんて、想定外の演算領域ね……明らかに常軌を逸している」
「あんなの初めて見たよ。ゲームだとラスボス級のMPだよ絶対……」
恐るべき弾幕を繰り出す力の源は、あの巨体を操るのに使っている大量の『演算領域』だろう。
「(アラン博士の最期の命令で、AIアリスが『開発者権限』を使って〈CLONE〉のメインサーバーに潜り込んだから、今の『アラン』や『アリス』はメインサーバーの演算領域をある程度間借りして使えるんじゃないか、って話だったが……)」
開けた穴から上を見上げるカギヤは、思わず呟く。
「こんなのもう、
――それは、質量を持った竜巻であった。
オアシスサイバトロニクスタワーを解体して作った瓦礫が、黒い巨体を中心として空中を旋回している。
風に舞う塵のひとつひとつが、家ほどもある岩塊に置き換わったと考えればいいだろうか……円軌道で荒れ狂う瓦礫の群れは嵐となって、時折近くの建物に叩き付けられその度多くの悲鳴が上がる。
それは回転するミキサーの中か、あるいは霰降る暴風雨か。放置しておけば世界はそんな死の嵐に包まれてしまう、けれど……あれに自ら近付くものは皆、無数の瓦礫の礫に磨り潰されて跡形も残らないだろう。あれは世界への攻撃であると同時、誰も寄せ付けぬ無敵の鎧なのだ。
アリスの目が絶望に濁る。
「あんなの、どうやって――」
「……Ego、おまえならアレ躱して近付けるか?」
「うーん、ちょっと自信ないなぁ。弾幕の大きさも数も動きも全部が未知数だし……まだタワーの上に居るのも困るね。飛ぶかタワーをどうにかしたいけれど……それでも結局、弾幕を超えれるかは運だと思う」
「ロゼの防壁をアリスの演算領域で強化するってのは?」
「……正直、自己進化機能がある限り、防壁がいつまで持つかは保証できない。急ごしらえの調整だし、互角の演算領域があったとしても厳しいでしょうね」
「ならオレのオブジェクトハックで対抗するか? アリスの演算領域があれば勝負にはなりそうだけど……」
「その場合『フェンリル』本体の攻撃をどうするのよ。相手はオブジェクトの砲撃と直接のクラッキングの両方を使えるのよ。オブジェクトハックの軌道設定をしながらハッキングツールのリアルタイム操作なんて器用な真似、アンタに出来るの?」
「うぐ、それはまあその、少なくともあっちは出来てんだしこっちも気合いで頑張るとしか……」
作戦会議でさえ、選択肢がひとつづつ潰れていくだけの絶望で。
それでもまだ『闘う』という選択肢を放棄しない彼等に、アリスは。
「……どうして」
思わず、溢す。
「どうしてまだ、立ち向かえるんですか。こんなのもう、戦いにすらなってないのに。絶対に止めるって決意したはずの私は、もう諦めてしまいそうなのに……」
自分にしかできないと息巻いた説得は微塵も通じず。
目の前の暴威は、人が抗うことなどできない大災害。
それでも。上を向いて戦い続ける彼等を見ていると、膝を折ってしまった自分が情けなくて。
「どうしてそんなにっ……」
強いんですか。
そう言おうとしたアリスの言葉を、カギヤの静かな声が遮った。
「……多分オレは。勝てるかどうかなんて、ほんとはどうでもいいんだ」
それは力強い声でも、勇敢に響く声でもない。
ただぽつぽつと、普通の少年が等身大の言葉を並べる姿そのもので。
「勝てるから戦うんじゃない。負けるから諦めるんじゃない。『やりたい』と思ったから、『やる』んだ。助けたいと思ったから挑むんだ。オレにはなんとなく分かるんだよ。『できる』『できない』なんて言葉をあてにした瞬間に、オレの
彼の目の奥にて思い返される、現実世界での一幕。
生まれ育った施設からは逃げた……きょうだいたちを見捨てて。学校では浮いていて、空気感に耐えられず偶にサボる。今日だって、理不尽に絡まれている同級生を見捨てて逃げて来た。
彼の現実での
少し考えて、周りを見回して。
「いや、そうだな……もしかしてオレは、友達の前でカッコつけたいだけのバカなのかもな」
ロゼが居た。ハッカーと
Egoが居た。元プロで人気者の最強ゲーマーは天然で意外とノリが良くて、コイツが居ると「諦める」という選択肢を忘れるのだ。
そして、アリスが居た。オレの『力』ではなく『心』を見初めてくれた新しい友達には、ひとつでも多くの凄い所を見せたくてたまらない。
現実には居ない、しかし偽物ではない友達たち。
彼等が隣に居るからこそ、カッコいい自分を見せてやるぞと意気込めるのか。
ふふ、と笑う音がした。
見ればアリスが破顔していて。その顔に絶望の色はもうなくて。
嗚呼何故なら、彼女もまた。
「……それなら、もしかしたら。私もそんな、バカで居たいかもしれません」
その言葉に、他2人も続いた。
「なら僕もだ」
「……言っとくけど私は違うわよ。ここに残るのはそういう契約ってだけだから。……まあその、トモダチっていうのは認めてあげなくもないけれど」
「……さ、さすがツンデレ」
「――アリス? どうやら死にたいようね?」
「うわあごめんなさいごめんなさい! 謝るので茨はやめてください、私アバター失ったら多分ほんとに死んじゃうので!」
「ロゼちゃん落ち着いて……カギヤ、笑ってないで止めるの手伝って~!」
そうだ、オレには凄い友達が3人も居る。
例え99%不可能でも。皆の力を合わせ心をひとつにすれば、もしかしたら――。
「――あ。思いついたかも、逆転の一手」
ぴたり、と喧騒が止まり、全員がカギヤの方を見た。
逆転の一手……本当にそんなものがあるのか。
期待と疑惑が入り混じる6つの目で見つめられる中、カギヤは素晴らしい閃きを得たと自信満々の態度で告げる。
「ホラ、よく言うだろ? 『力を合わせる』『全員の心をひとつにする』って。ならさ……思い切って全員で合体すりゃいんじゃね?」
「「……はい?」」
オアシスサイバトロニクスタワー頂上にて。
アランは『自己進化』によってオブジェクトハック機能を得た〈
先の襲撃を受けての、攻防一体の安全策。どんな強力なハッカーも、
『アの偽物は潰シてしマった……あレデは「開発者権限」も壊レたか』
『開発者権限』さえあれば話は早かったのだが……アランはパスワードを『記憶』しているものの、権限自体は持っていない。だがあのハッカーたちは強敵だった……手加減などする余裕は無かった。
故に、このまま地道に世界を滅ぼさざるを得ないが……このオブジェクトハックによる瓦礫の嵐は攻防一体の無敵の構えだ、きっと可能だろう。
また怒りが体の中で爆発し、その余波で砲弾を周囲に叩き付ける。へし折られたビルがくの字に折れ、そのまま倒壊して人々が逃げ惑う。
その様を見て浮かんだ昏い感情が一瞬だけ怒りを遠ざけ。
その一瞬、冷静な一瞬に事は起こった。
『――ナんだ? タワー下部ノ支配権が、押し返さレる……!?』
上より降る黒い浸食が。
下から昇る金の浸食に押し返されていた。
その出所は、階下に突き立った黄金の剣。
「
当然、下層階におけるオブジェクトハックの支配権を奪取しようとしているのはカギヤ。
少し前。
カギヤの突拍子の無い発言を受けて、ロゼは怪訝な声を出した。
『全員で合体するゥ?』
『おう。アリスの莫大な演算領域、プログラムの操作権、そして「体」を全員で共有して戦う。オレは「体」の制御と「剣」、ロゼは「盾」に「鎧」とオレの補助、Egoが「体」を操作して、んでアリスは力の源だから「心臓」だ』
『……一応聞くけれど、アンタの言う「体」ってナニ? 全員で操作できる、あの瓦礫の嵐を超えられる「体」を、一体どうやって調達するワケ?』
『オイオイ、そんなの決まってるだろ――』
その先を堂々と口にした時、アリスの感情は迷子になり、Egoは目を輝かせ、ロゼは今後一生カギヤがバカであるという評を覆さないことを決めた。
ともかく、すったもんだの会議の末にその作戦は実行に移され。
演算領域共有のためアリスと手を繋ぎ、カギヤは実に楽し気に叫ぶ。
「オレはさ……ずっと夢見てたんだよ!!
[リンク接続。共有開始][演算領域拡充――]
「――行くぞ〈Hack&Luck〉、合体だ!」
その
設計図はネットに転がっていたロボットアニメ『新世紀反逆エヴァンギアス』のメイン機体のデザインをインストールしてそのまま流用。
ここに全ての要素は揃い、カギヤは昂ぶりのままに理想の機体を組み上げる。
――変・形・合・体!!
まずは全員を格納する胸部。中心が前面に突き出た攻撃的かつスタイリッシュなデザインで、4人全員を包み込んでいく。
内部にある操縦席の形は少し変え、メインモニターや計器類、近未来的な椅子や手元のレバーはそのままに、パイロットであるEgo以外の席も増設。
「
続いて腰、脚部、腕部と順に構築。人型に相応しい細長い四肢、しかと地を踏み締める脚部には地上移動用のホイールも忘れない。
角ばったデザインでありながら人間のように自在に道具を扱えるよう設計された右腕の中に収まるのは、アリスの後押しを得て超巨大サイズに拡張した
「制御補助と表面装甲――鎧と血液、ロゼ!!」
組み上がった四肢に肉体、その表面にて纏った赤い光は、
「駆体操縦――プレイヤーにしてエースパイロット、Ego!!」
そして頭部。一本角に二つ目、牙の生えた口は怪物的な迫力を放つ先鋭的デザイン。
双眼に連動してメインカメラとなるアプリを同機させ、4人が入った操縦席まで視界を届ける。
「そんで演算領域――最重要臓器にして力の源たる心臓、アリス!!」
ぎらり、アイカメラから全身のライトラインがオリジナリティ溢れる虹色に輝き。
ここに巨大なる希望は完成する。
それは、電脳の世界にて再現された、数多の困難を打ち払ってきた機械の巨兵。
「技術と努力を武器に変え、勇気と絆で悪を討つ!!
名付けて――電脳人型決戦兵器王、『ハックラッキング』!!!!!!!」
気付けば、下層階が機械巨人の材料にされたことで基礎を失った塔は倒れ。
50m級の
巨獣の隻眼の中、怒りに濁った瞳は敵を見る。
己と同じスケールにて仁王立つ、恐らく電脳世界最大最強だろう怨敵を。
――巨兵と怪物、相対す。
勝負の土俵に上がり込んだことを確信し。
4人乗りの巨人の内部にて堂々腕を組み、カギヤは同じ目線に立った巨悪に宣言する。
「さあ、覚悟はいいな大悪党。世界の命運を賭けた、楽しい楽しい
正義と悪、『人格』と『記憶』、巨大ロボットと大怪獣。
最早言うまでもなく――この激突は、世界を揺らす。