ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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④ 〈Hack&Luck〉 前編

 ――[指定の目標を確保した。引き渡し場所を教えて欲しい。]

 

 裏サイトを介してその連絡が来たのは、懸賞金を懸けてからほんの数時間後の事だった。

 送り主はそこそこ名の売れた電脳犯罪者(クラッカー)。実績は確かで、調べた限りでは取引を反故にした経歴もない。ハッキリと目標のアバターを捕らえた様子を写す写真(スクリーンショット)も添付されている。

 

『どうする?』

『どうするべきだ?』

『随分早いが、怪しくはないか?』

『報酬を騙し取ろうとしているのでは?』

『こちらも金に余裕は無いぞ?』

『だがサイトの管理人が連絡を取り次いだということは、偽情報ではないと判断したということ』

『それにこの電脳犯罪者(クラッカー)の擁する組織が1時間ほど前に誰かを追っていたという情報がSNSや掲示板で散見された。その時に捕らえたと考えると辻褄は合う』

『スクリーンショットに加工の形跡もない』

『信用していいのでは?』

『いざとなったら「奥の手」もある』

『決まりだ』

『決まりだな』

 

 慎重な話し合いの果てに、全員一致でそう決まった。

 否……どれほどのリスクがあろうとも、同じ望みを持つ同志である以上、きっと否決にはならなかっただろう。

 半年前の摘発。それに伴う資金繰りの悪化と、優秀な人材を失ったことによる『研究』の鈍化……手詰まりだった我々に、()()()が示してくれた可能性。

 アリス。我々にとっての新たな知恵の実――罪と理解して尚唆しに抗えぬ禁断の果実。

 それを摘み取り皮を剥いで貪ることに、もはや躊躇いは、無い。

 

『偉大なる変革の前に多少の犠牲は付き物だ』

『これ以上の足踏みは許されない』

『世界の為に、我々がやるしかないのだ』

『そうだ、やるしかない』

『やるしかないな』

 

 そうして、我々は集結した。

 

『『『全ては大いなる進歩の為に――』』』

 

 ――その為なら、きっと全てが赦される。

 

 

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 電脳座標(C-アドレス)C-343。

 アリスは薄暗く広い、殺風景な四角い空間に足を踏み入れた。左右と背後、彼女を逃がさないような配置でその脇を固めるのは、()()()()()()()、黒いフード付きの外套で顔を隠した者たち。

 入って来た扉が閉じると同時、空間の奥の人影が声をかけて来た。

 

『時間通りだな』

『ああ、時間通りだ』

 

 変声アプリを通した声でアリスを――否、彼女を捕らえた電脳犯罪者(クラッカー)を出迎えたのは、5、6人ほどのアバターの集団。

 そのアバターたちは性別も体格もバラバラだったが、白衣を羽織りガスマスクで顔を隠しているという点が全員に共通していた。菌や汚れの存在しない電脳世界では飾り以上の意味を持たない白衣とガスマスクには同様に『脳と電流』を組み合わせた独特のマークが描かれている点からも、彼等が同じ集団に属していることは何となく理解できた。

 

「(――怖い)」

 

 アリスの顔面が恐怖で蒼白に染まる。もしも現実なら呼吸が浅くなっていただろう。

 怖い、怖い。何故こんなにも自分は震えているのだろう……嗚呼そうか、彼等のあの恰好は、()()()を思い出してしまうからだ――。

 そんな彼女の心情に構わず話は進む。

 

『では早速取引を開始しよう……彼女をこちらに受け渡せ。報酬の振り込みはその後、彼女が本物であることを確認してからだ』

了解(アア)、異論ハナイ」

 

 こちらも変声アプリ越しの声で、アリスの右隣に居たアバターが同意する。そのまま彼はアリスを引っ立てるようにガスマスク連中の方へと歩き出した。相手側からも一名が代表して前に出、両陣営の中心点で合流する。

 緊張の瞬間。アリスの身柄がガスマスクのアバターへ差し出される……。

 

忠告(オイ)、逃ゲラレナイヨウ気ヲ付ケロヨ」

『ああ――』

「ナーんて、な!」

『――は?』

 

 どすり、と。

 変声アプリを通していた声が少年の愉快気な声に変わったと思った時には、アリスの身柄を引き取ろうとしていたアバターの胸に、黄金の剣が突き刺さっていた。

 

『『!!??』』

『ガ、ごレ、は――』

[警告:不正アクセス検知][警告:負荷許容値超過][警告:][警こk、zz][ERRER][ERRER][ERRER――]

 

 どさり、黄金の剣に突き刺されたアバターが動きを止めて膝を突き、血のように『ERRER』ウィンドウを吐きながら消滅する。

 その蛮行によって空気を凍らせた下手人は、()()()()()()をしていたアリスを庇って彼女の前に立ち、驚愕するアバターたちに剣――Ex.CARIBUR-404(エクスカリバー・ロストナンバー)の切っ先を突き付けた。

 ばっ、と被っていた外套を脱ぎ捨て――正確にはアクセサリタグから外して――正体を現した顔無き正義のハッカー・カギヤは、鬼火の目と口で呵々と笑う。

 

「さーて、ちょっとお時間いいかい、まんまとエサに釣られちまった極悪人のミナサマよぉ! 安心しろ、報酬金(カネ)はいらねえ! その代わり、なーんで大枚叩いてまで初心者ひとり攫おうとしてんのか、全部洗いざらい『教えて貰う』ぜ!」

 

 同時、彼の背後でロゼとEgoも正体を現す。

 彼等〈Hack&Luck(ハック・アン・ラック)〉は目論見通り、アリスに懸賞金を懸けた黒幕を手が届く距離に納めることに成功したのだ。

 

 これこそがカギヤの作戦であった。

 相手がアリスの身柄に懸賞金を懸けた悪人たちなら……当然、アリスを『餌』にすれば誘き出せる。

 

 だがそれを悟らせない細工によってか……明らかに()()と違う姿の(アバター)たちが現れたことに、ガスマスクたちは動揺を隠せない。

 

『貴様、裏切ったのか……いや違う、誰だオマエは!?』

『我々と連絡(コンタクト)したアカウントは確かに[巴库(バー・クー)]という電脳犯罪者(クラッカー)のものだったハズだ!』

「そりゃ正真正銘本人のアカウントで連絡したからな。ったく、ちゃんと気を付けなきゃダメだぜ? アカウントを使う『中の人』が本人かどうかなんて、画面の向こうからじゃ分かりゃしないんだからさ」

 

 詳しい作戦を知らないが故に首を捻るアリスの様子に気付いたか、カギヤは小声で捕捉する。

 

「ホラ、あの四つ腕野郎……アイツのXter(エックスター)のアカウント奪っといたんだよ。手癖が悪いもんでね」

「(あ、あの時……!)」

 

 電脳兵装(プログラム・ツール)。相手のデータに不正に干渉する電脳世界の魔法の武器。

 それをカギヤはバー・クーに突き刺し、撃破している。電脳兵装(プログラム・ツール)が相手の持つデータに干渉できるなら……あの時にアバターを排除しただけでなく、SNSのアカウントをも『乗っ取った』のか。

 そんな早業のハッカーは、手元に現れた複数枚のウィンドウに視線を走らせ呟く。

 

「――なるほど、アンタらの組織名は〈電人研究会〉、ね」

『!』

 

 それは、正真正銘ガスマスク集団を表す名であった。カギヤは先の不意打ちの時、やはり早業によってその情報も奪っていたのだ。

 

「ロゼ、〈電人研究会〉で検索頼む!」

「1万C(クレジット)

「ロゼ様!」

「……はいはい」

 

 カギヤに頼まれ、不承不承と言った具合でロゼが検索プログラムを走らせる。

 数秒で収集された情報を纏めると、こうだ。

 

〈電人研究会〉。自立思考性高性能AI――命名『電人(electriandroid)』の発明を掲げる小規模の民間研究サークル。けれどその電脳法を無視した()()によって半年前に摘発、電脳警察(ホワイトハッカー)と現地警察の協力によってメンバー3人が逮捕(BAN)された……その後の情報は見当たらないわ」

「サンキュー。つまり……アンタらがアリスを狙ったのは、その『研究』関係ってことかな?」

 

 もう、言い逃れの余地は残っていなかった。

 

『……そう。我々は「電人」の発明を目的とした組織だ。〈CLONE〉によって急激にネットが発展したのに対し、AI技術は未だブレイクスルーを迎えられていない。アバターに押し込み人の模倣をすることは出来ても、現段階のAIは「自立的行動」ができず、人に命令されなければ動くことができないのだ。そんなものは「人」とは呼べない……故に我々は進化させる! AIを新人類――「電人」へと!』

「へーそうなんだよかったね。でもオレが知りたいのは、その『研究』とアリスにどんな関係があんのかってことだけ――だっ!」

 

 血の滲むような悲願の叫びを聞き流し、カギヤは黄金の剣を片手に突進。

 一番手前に居たガスマスクのアバターを一呼吸の間に斬り伏せようとして――瞬間、相手が開いた立体映像(ホログラム)ウィンドウから、ぶわりと黒い何かが飛び出して来た。

 

「っ、なんだぁ!?」

 

 うねり膨らむ煙のような黒の暴威に、カギヤは思わず剣を引き後退する。

 その牽制の間にガスマスクのアバターは仲間の所まで走ると、彼等〈電人研究会〉は全員横並びになって互いの手を握った。繋いだ(アバター)(アバター)を繋ぐように、キィン、と光の線がその手の上を走る。

 

[リンク接続。共有開始][演算領域拡充:現在421%]

「(アレは……演算領域の共有か!)」

 

 ずるり、と。

 今や完全に持ち主のファイルから抜け出した黒の巨体、その巨体を挟んでカギヤとガスマスク越しの目が、合う。

 

『我々に電脳戦の能力はほとんどない……だが研究に必要な「()()()()」には事欠かないのでな。強力な電脳兵装(プログラム・ツール)さえあれば、ホワイトハッカーとも渡り合える!』

 

 知らない言葉に訝ったのは、この場でたった1人の初心者――アリス。

 

「『演算領域』……?」

「アバターが持つ処理能力……つまり、使ってるパソコンがどれだけ高性能か、ってコトよ」

「ゲームでいう『魔力(MP)』みたいなものだよ。多ければ多い程色んな電脳兵装(まほう)理論値(デバフなし)で使えるし、複数種類を同時に使用したりもできるんだ」

「言ってる場合か!? 来るぞ!」

 

 呑気に解説を挟む緊張感のない仲間たちにリーダーは叫ぶ。

 彼等の前では、今にも漆黒の巨躯が完成を迎えようとしていた。

 

[プログラム作動][演算領域確認][リミッター解除, 演算領域最大値で演算開始][システムLOKI起動][仮想実体構築プロセス53%, 94%――完了][防壁システムオールグリーン][兵装展開80%, 82%――][命令待機中][命令待機中]

 

 システムメッセージを矢継ぎ早に吐くソレは、体高3m・全長5m程の、見上げんばかりの威容であった。

 全身の色は黒。体表を蟲が這うように蠢くのは、この世界の法則(システム)に直接干渉できる"力ある文字"。即ち、その四肢も爪牙も尾も瞳も、英文字列(コード)からなる電脳機構(プログラム)からなるもので。

 今データファイルから抜け出し仮想の肉体を現したのは、自立行動型電脳戦用疑似電子生命体。

 其の通称()を、電脳怪獣(モンスター・プログラム)

 

 ――〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉。

 

 蠢動する四つ足で地を踏み締めた人造の巨狼を盾に、ガスマスクのうちの1人が叫ぶ。

 

『お互いAIによる自立行動を研究していたことで()とは多少の伝手ができてな。我々は買ったのさ――かの悪神を名乗る愉快犯から、最強の電脳怪獣(モンスター・プログラム)を!』

 

 その製作者は、叫ぶ彼等〈電人研究会〉ではなく――。

 

 

 時間は少し巻き戻り、今より数分前。

 カギヤは事前にアリスに語っていた。

 

『作戦前に、「相手がこいつらだったらヤバイ」ってヤツらを教えとく』

 

 それは、天才を自称する己にとっても、決して一筋縄ではいかない相手の名前。

 

『まず、無数の下部組織を持つ電脳世界最悪の電脳犯罪者(クラッカー)集団(チーム)Gold/ash(ゴールド・アッシュ)。次に正体不明・規模さえ不明の大組織匿名希望(アノニマス)。そんで一番ありえそうなのが、電脳犯罪者(クラッカー)ギャングLag-na-røk(ラグナロク)所属、天才電脳プログラマーにして電脳世界(CLONE)最凶の愉快犯――』

 

 

 ――[L^o^ki(ロキ)]

 

 それが、数分の間を開けて風評に追いついて来た、電脳の魔狼の生みの親の名であった。

 

「ロキのクソ野郎、相変わらずタチの悪い犯罪者にばっかプログラム流しやがって……! ったく、ココで思わぬ強敵登場って、随分wktkだな展開だなオイ!」

 

 忌々し気に吐かれた名、数分前に訊いたばかりの忌み名を前にアリスが動揺するのは無理からぬことであった。

 

「今『ロキ』って……カギヤさん、大丈夫なんですか……!? 逃げ――」

「バカ言うなアリス。ヤバイってのは『勝てない』って意味じゃなくて、『()()()勝てない』って意味だぜ」

「で、でも……」

「いいかアリス、よーく覚えとけ。困難に対して立ち向かわずすぐ逃げる奴は二流、ギリギリまで何とかしようと足掻くのが一流だ。んで――なんだかんだ勝っちまうのが()()()、つまりオレたち〈Hack&Luck〉! 今からそれを見せてやる!」

 

 啖呵を切った少年の前で。

 その電脳怪獣(モンスター・プログラム)は、完全起動を迎えていた。

 

[命令入力完了][全自動制御システム起動][プログラム実行開始――]

 

 ヴン、と黒に埋もれた血色の瞳に光が燈る。

 敵意に濁った獣の視線に似た、しかしどうしようもなく無機質な双眸を見て――カギヤは勝気を超えて愉快気に笑い、右手の剣へ命令を送る。

 

電脳兵装(プログラム)/出力(ロード)型式変更(モードチェンジ)[対兵装(ツールハック)]――」

「(カギヤさんの剣の色が、銀色に――?)」

 

 朗々と放つ呪の効果は、敵肉体(アバター)を効果的にハックするようチューニングした剣の性能を、形はそのままに敵兵装(ツール)特攻の性能へと変更させるもの。

 勝利の名はそのままに、悪魔討つ銀光を新たに宿した剣を構え、カギヤは堂々突撃する!

 

「行くぜ、Ex.CARIBUR-404(エクスカリバー・ロストナンバー)〉!!

『やれ、B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉!!

 

 同時、黒き威容も地を蹴っていた。

 巨獣は音なく咆哮し、獲物を狩る肉食獣そのものの動きで仮想の世界を疾駆する――。

 大型トラックもかくやの巨躯は、爪を備えた長い四足を躍動させ……カギヤの真横をすり抜けて、威容に立ち竦むアリスの元へ。

 

「げ!? 勇ましい事言っといて結局アリス狙いかよ!」

 

 思惑を外されたカギヤはすぐさま踏ん張りブレーキをかけるも、仮想の慣性によってその高い背に追い縋ることはできない――故に、彼は叫んだ。

 

「――ロゼ!」

「分かってるわよ」

 

 カツン、と。

 踵で床を鳴らす音と共にアリスの前へ歩み出たのは、〈Hack&Luck〉の防壁技師(プログラマー)にして顔の上半分をヘッドギアで隠したツインテールの少女、ロゼ。

 ふわり、彼女がゆるやかに薙いだ細腕の下に、鍵盤じみたキーボードが生まれ。

 迫る漆黒の魔狼を前に、しかして少女は優雅に詠う。

 

限定解除(Pass unlock), "Escort customers out."――薔薇庭園(ROSE GARDEN)展開(expansion)

 

 桃色の唇が美声を紡ぐその様は、当然心を持たぬ獣の足を止める事などできず。

 そして疾駆する黒き獣は、邪魔者にその牙を突き立てんと(あぎと)を開き。

 ――カツン。

 華奢な体が巨獣に砕かれんとする刹那にあって、靴が床を踏む音が静謐に響く。指揮者が演奏の始まりを告げんとするようなそれは、ロゼがその踵を踏み鳴らした音。

 静かさで以て騒がしさを蹴散らすようなその冷たい響きと共に、水面に波紋が広がるが如く、赤き燐光が少女の足元から立ち上り――。

 

「――花壁(Flower Wall)

 

 赤、花開く。

 巨獣すら小型犬に錯覚させるほどの大輪の赤薔薇が虚空より咲き、強固なる壁となってその突進を受け止めた。

 巨体激突の衝撃に、しかし花弁の一枚とて揺らがない鉄壁以上の防御力を見せる薔薇の花を模した赤き壁は、ロゼ渾身の電脳防壁(ファイアウォール)

 英文字列(コード)が連なった壁にて脅威を押し留めた少女は、壁一枚隔てた獣の顔に微塵の恐れも怯みも見せず、いつも通りの冷たい声でぶっきらぼうに言い放つ。

 

「私は()()()()と違って、調子の良いコトも借り物の格言も言わないけれど……プロとして契約は守る。だから防壁技師(プログラマー)ローズヴェルトの名に懸けて、貴女を護るわ、アリス」

 

 同時、その指先が鍵盤を子気味良く叩き、次なる赤が虚空に咲く。

 

(Thorns)

 

 奔るは荊、血を吸ったように赤い蔓の群れ。

 ギチリ、と。

 鞭のようにしなった赤い茨が、巨獣の首に腕に脚に絡みつき、その巨体を後ろへと押し戻す!

 

[――][妨害検知][判定:命令実行困難][行動原理再設定――]

「遅い」

 

 ズルズルと地を後ろに滑る巨狼が茨を引き千切るよりも、ロゼの指がキーボードを叩く方が一拍早い。

 

生垣(Hedge), 花畑(Flower Field)

 

 ズア、と地面から四角い壁がロの字型に伸び、後退していた黒い巨体の四方を覆う。更にその足元に生まれた花の群れから蔓が伸び、脚を体を縛り付けて地面に縫い留める。

 四方の檻に足を絡め捕る蔓の鎖。されどその防壁技師(プログラマー)は茨の女王――苛烈なる彼女の『防御』は、この程度で終わりではない。

 タタタン、と白い指先が踊り。

 顕現するは女王の花園、その最奥――逃げ道なき真紅の薔薇の迷宮。

 

「座標指定完了――薔薇迷路(Rose Maze)!」

 

 幾重にも重なる半球(ドーム)状の防壁、赤い薔薇と茨の蔓で構成されたようなソレが、フェンリルの巨体をすっぽりと包み込み封じ込めた。内部で藻掻き暴れ回る黒狼の足掻きは、しかし防壁の迷宮に幽かなノイズを産むだけで、それ以上の致命的な破壊に繋がらない。

 複数人の演算領域を使った電脳怪獣(モンスター・プログラム)は、Egoの言葉を借りれば『ロゼよりも多くの魔力を使った魔法』のハズである。なのに1人分の『魔力』――『演算領域』しかないロゼの防壁の方が勝つのは何故なのか。それは言わば、武術の達人が膂力で勝る相手に打ち勝つような――そういう類の力量差があるということなのか。

 そんなアリスの注視の様子をどう解釈したか、カギヤが宝物を自慢するような顔で振り向き解説してくる。

 

「スゲーだろアリス。アレがロゼの十八番、『複合型プログラム』だ! 複数の兵装・防壁を内包したプログラムを常時起動することで、必要な時に必要なプログラムを通常時より遥かに素早く起動できる……あいつの職人技じみたプログラミング技術あっての技なんだぜ!」

「えーっと……」

「ゲームで言う所の『自己強化(バフ)技』だね。あの状態のロゼちゃんは言葉ひとつで色んな種類の魔法(わざ)が使えるんだ」

「いや、一応手元操作で座標指定とかやってるからな? あくまでそう見えるってだけで」

「そうなの? 僕はプログラムの事は詳しくなくて……例えが間違ってたらごめんね」

 

 仲間自慢にEgoも加わりなんだか緊張感が薄れた〈Hack&Luck〉陣営と違い、〈電人研究会〉の方は予想外の展開に動揺が広がっていた。

 共有した演算領域の殆どを〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉の運用に回している都合上、手を繋いだまま他の攻撃などを繰り出せない彼等は、せめてもの抵抗か頭と口を仲間内で回す。

 

『あのロキの電脳怪獣(モンスター・プログラム)をこうも容易く……!? あいつは一体何者だ! ロキと同格のプログラマーとでも言うのか!?』

『あ、あのアバター……まさか!』

『オマエ、何か知っているのか?』

『は、はい……あのアバター、我々が利用した例の裏サイトで見ました! 8000万C(クレジット)の賞金首!』

『!』

 

 メンバーの1人は、裏サイトにてアリスに懸賞金を懸ける時にその顔を見ていた。8000万Cというサイトでも屈指の懸賞金額故に目立つ、ツインテールの特徴的な華奢な少女のアバターを。

 

『気になったので調べてみたんです。あの女は裏では有名でした……高額な懸賞金に釣られ奴を捕まえようとした電脳犯罪者(クラッカー)は軒並み返り討ちにされ、今や誰もその首を追おうとはしないという……! 確か、異名は――』

 

 

 ユーザー名[Rosevelt(ローズヴェルト)]。

 彼女は若くして腕の立つ高名なプロの防壁技師(プログラマー)であり、また己の製作したプログラムを駆使する電脳戦の名手でもある。

 彼女はとある不当な理由で懸けられた懸賞金のせいで電脳犯罪者(クラッカー)の襲撃を幾度となく受けるも、たった一度を除いてその悉くを退けて来た。

 鉄壁、女王、赤い茨……彼女を形容する言葉は数あれど、最終的に呼ばれる名は常にひとつ。

 手を伸ばせばタダでは済まない、無数の茨によって武装した只一輪の紅き薔薇。

 即ち、『絶対不可侵(アンタッチャブル)』。

 電脳防壁技師(プログラマー)――絶対不可侵(アンタッチャブル)ローズ。

 

 

 苛烈にして可憐な気高き少女は、フン、と器用にも上品に鼻を鳴らした。

 そんなロゼの手によって赤薔薇の檻に閉じ込められた怪物を見て、カギヤは銀剣を持った腕を回す。

 

「さーて。完全に捕まえたっぽいし、そろそろオレの出番かな――」

 

 ロゼが電脳戦に用いるのは専ら電脳防壁(ファイアウォール)が主体であり、つまり『防御』や『拘束』には優れていても、ハッキングによる『攻撃』の力は専門ではない。故にハッカーたる『攻撃』の力に優れたカギヤは、身動きが封じられた黒狼にトドメを刺すか、それとも攻めの手を失った〈電人研究会〉を直接攻撃しようか、と迷いながらも歩を進め。

 声帯持たぬ黒き獣が、檻の中にて無機質に呟く。

 

[確認][Cレベル以上の脅威確認][ロック解除][コードB-I, 起動――]

 

 瞬間。

 ばちり、赤と黒、接触した部分に火花散る。

 バチバチと撓む壁、砕ける花弁。黒が激しく脈動し、うねり、巨獣が声なき咆哮と共に……薔薇の防壁を、喰い破る。

 

[適用][コードB-I起動, 適用][コードB-I起動]

 

 一枚が砕けた後は早かった。

 腕が茨の蔓を引き千切り、爪が豆腐のように壁を破る。肩が押した天蓋が割れ、振り回された尻尾で檻が散り、黒き牙がぶちぶちと薔薇を引き裂く。

 

「な――」

「ウソだろ!? いくら5人分の演算領域を使ってるとはいえ、ロゼの電脳防壁(ファイアウォール)を突破するかよ!」

 

 自力で堅牢なる拘束から脱した魔狼……その無機質な瞳が睨むのは、やはりアリス。

 黒き風、吹き荒ぶ。

 巨体は慮外の俊敏さを以て無力なる少女を強襲し。

 退魔の銀剣が間に合わぬと瞬時に悟ったカギヤは、アリスの横に控えたままのそのアバターの名を呼ぶ。

 

「Ego!」

 

 牙を打ち鳴らしながら黒き顎が閉じられ。

 ふわり。

 気付いた時にはアリスは横抱きにされていて、黒狼の噛み付きは空を切った。

 上を見れば、そこにあったのはマスクで下半分を隠して尚端正なるEgoの顔……その流麗な出で立ちゆえか、『お姫様抱っこ』なんて言葉が脳裏に浮かんだ気さえする。

 いつの間にかアリスを抱えて攻撃を躱したらしいEgoは、そのまま優しく彼女を下ろし柔和に笑いかけると。

 

「――うん、任せて」

 

 長い藍の髪を翻し、電脳怪獣(モンスター・プログラム)の方へ一歩踏み出す。

 あるいは、アリスはその無謀を止めるべきかと迷う。柔らかい雰囲気、おっとりしたマイペースな口調に、性別さえ判然としない骨張った肉体。いくら電脳世界とはいえ、怪物と独力対峙するには、彼は余りにも頼りなく思える。

 しかし……彼女は確かに見た。敵の方に向き直るEgoの表情には既に柔和な笑顔など影も形もなく、只、抜き身の刃にも似たゾッとする程の美しさだけがあり――。

 

 性別不詳の彼あるいは彼女は、一切の無駄口を叩かず淡々と……けれど奥底では青く燃えているような、怜悧な声色で武装を呼ぶ。

 

限定解除(pass unlock)"Egoist switch ON"電脳鎧/限定起動(アイテム・セット)影響範囲選択:腕部(タイプ・アームグローブ)――Ego.Fist(エゴ・フィスト)

 

 がちん、と。

 鳴らした両拳を中心に、その両腕を青い光が包み込んだ。瞬間生み出された兵装は、その両腕の肘までを覆った飾り気のない手甲(ガントレット)か。

 

 その肘先までを覆う手甲(ガントレット)型の電脳兵装(プログラム・ツール)は、Egoの唯一の『無敵判定』。カギヤとロゼの合作たる鉄壁の鎧は、あらゆるツールにの浸食(ハッキング)に耐え、万能たるDos系の攻撃で触れた相手の――あるいはプログラムと繋がった持ち主の演算領域を削る。

 ツールに覆われた腕部分以外は無防備かつ、一撃の干渉力もごく僅かなその兵装を両手に……構えは無形、だらんと両手を下げたままの棒立ち。

 だというのに――妙に堂に入っている。何となく、そう思う。ぴぃん、という擬音が似合うほどの姿勢の「強さ」は、やはり日本刀のそれに酷似している気がした。

 薄氷(うす)く、鋭利(するど)く、強靭(つよ)い……そういう妖気じみた雰囲気を、その立ち姿は放っている。

 だがやはりと言うべきか。黒狼と相対してしまえば、その背は比べようもない程に小さく柔く脆そうで。

 果たして同じことを思ったか、フェンリルは彼を一顧だにせず、再びアリスを狙って飛びかかっ――

 

 ――拳が。

 神速にして精妙たる青の拳が、黒狼の頬をしかと捉えていて。

 膂力など皆無たろう細身の腕は、しかしその恐るべき迅さで以てか――己より二回りは大きい巨体を、軽々と数メートル以上殴り飛ばす!!

 光景が目から入り脳を廻った時には一連の動作全てが終了している、そういう類の早業であった。

 ぞわ、と背筋が泡立つような心地。気負いのない残心の構えですら、今やどうしようもないほど美しく、そして目が離せぬほど恐ろしい。

 

 だが、黒狼の転身も早かった。

 地にその前脚が着いたと思った時には、黒き巨躯は軽々と翻り再びアリスへと――。

 

 迫る、ことは出来なかった。

 その眉間に突き刺さった青き拳打が、更に一歩黒き巨躯を後退させたからだ。

 ザザ、と四足で踏ん張った怪物の体表が衝撃にか揺らぎを見せ。

 たったの二撃、時間にして3秒にも満たない一瞬で……意思無き電脳の怪物は、細身の人間を脅威と認めたようだった。

 

[妨害検知][判定:命令実行困難][行動原理再設定]

「そうだ、おいで――僕と、()()()

 

 戦地にあって尚も崩れぬ涼しい声色は、しかし隠しきれぬ蒼炎の戦意を奥に秘め。

 それを挑発と受け取ったか、電脳怪獣(モンスター・プログラム)は青き戦士へと牙を剥く。

 瞬間、爆発するような勢いで放たれた人喰いの顎の噛み付きを、Egoは地面を蹴り反動で下がるような動きで大きく後退し、体一つ分の余裕を持って回避。

 その大きな動作を隙と見做したか、肉厚な爪を持つ巨狼の腕が、漆黒の落雷もかくやの勢いで降り下ろされ――。

 つい、と。

 余りにもあっけなく、青い(かいな)に受け流された爪が地のみを砕く。

 降った一撃が落雷ならば、それは正に流水の回し受けであった。振る巨腕の横から手のひらを添え、攻撃軌道と垂直に押して軌道を逸らす……言ってしまえばそれだけの、しかし人外じみた動体視力・反射神経・肉体制御がなければ成し得ない超絶技巧。

 だが、その技量に感嘆する暇を、彼は与えてなどくれない。

 

 前腕踝、鼻先、顎、眉間、右眼球。

 あるいは目で捉えられるのがそこまでで限界だったか。最低でも五発の拳の打撃が魔狼を打ち抜いた――そんな凄烈なる青の軌跡を、見る。

 嗚呼、先の爪撃を落雷に例えたことは恥ずべき短慮であった。何故なら今Egoが放ったこれこそが、真に(いかづち)の名に相応しき連打……残光を辛うじて捉えられる程の、鋭利極まる疾風迅雷。一呼吸の間に放たれた連撃には、反応は当然、実際の衝撃すらも遅れて巨体を流れる。

 ズシャア、とまたフェンリルは後退した。今度は、二歩。

 人の矮躯にて怪物を押し返す……そんな偉業に、しかして湧かず驕らず歓ばず。

 青き拳の彼はやはり涼し気に、そしてどこかマイペースに呟く。

 

「ふぅ。この感じなら大丈夫そうだけど……カギヤに安心して斬って貰うためには、もうちょっと行動パターンが見たいかな」

 

 再び襲い来る獣の突進を前に、しかしEgoは子犬が戯れてくる程度の気負いしか見せずに腕を振るった。

 

 そんな、怪物の猛攻をいなし反撃するEgoの様子を見て、カギヤが文字通り目を輝かせなら声を上げる。

 

「どーよ、スゲーだろウチの最終兵器は!」

「……アンタね。今のうちに防壁の脆弱性の洗い出しくらいしなさいよ」

「イイじゃん友達(ダチ)自慢するくらい! それに、ロゼ(おまえ)の凄いとこ紹介したのにEgoのはやらないって不公平じゃん!?」

「……あっそ。好きにすれば」

 

 防壁の出力を止め分析の方に演算領域を回しているロゼと、そんな様子すらなくただ歓声を上げ始めたカギヤ……そんな2人と違い、アリスは紙一重の攻防に何度も肝を冷やしていた。

 何故なら。

 

「あ、あの……Egoさんはなんで『電脳防壁(ファイアウォール)』を使わないんですか!?」

 

 幻想(ファンタジー)の『魔法』にこそ例えているが、電脳兵装(プログラム・ツール)電脳防壁(ファイアウォール)は所詮、ファイルさえコピーすれば誰でも使える『道具(プログラム)』であることをアリスはとうに知っている――当然、使用に際してある程度の練度の差はあるだろうが。

 なのにEgoはあれ程の猛攻に晒されても、全く電脳防壁(ファイアウォール)を使う気配がない。確かに敵の猛攻を見切り捌く技術は驚嘆に値するが、初心者のアリスには防壁の方が確実な対処手段に見えるが故の疑問である。

 そんな疑問に答えるのは、〈Hack&Luck〉リーダー・カギヤ。

 

「あー、Egoは防壁を使わないんじゃなくて使えないんだよ。あいつの演算領域じゃ、強めの電脳兵装(ツール)を1個起動するのが限界だ。それ以上は処理が重くなってアバターの動作に影響が出る」

「そんな、どうして……」

「ちょっと重めの事情がある奴でね。まあそれが無くても、あの電脳怪獣(モンスター・プログラム)はロゼの防壁を破るほどの奴だ、今更並のバリアなんか出したって紙も同然だろうぜ。でも」

 

 カギヤは真っ直ぐに、Egoの戦う姿を見ながら宣言する。

 

「大丈夫――防壁なんてなくても、『Ego』がやられるワケがない」

 

 その言葉を証明するように……青い影、閃く。

 3m級の巨体の突進をすれ違いざまの背面飛びで躱し。アバターの全能力を引き出す人間離れした身軽さのまま空中で転身、その背に拳を数発入れたのち黒狼の背後に着地する。斬撃もかくやの勢いで振るわれる尻尾も、馬のそれに似た後ろ蹴りも、Egoがひらりと半身を逸らすだけで間一髪当たらない。

 自由で捉え所のない素早さは、するりと障害をすり抜ける風の如く。

 

 かと思えばEgoは空を蹴った狼の右後ろ脚を両腕で掴み、そのまま一切の躊躇なく()()()()。丸太のような黒い脚が想定外の動きに火花を散らし、捩じ切れた先がポリゴンの群れに離散して搔き消え。

 そういうプログラムだからなのか、すぐに再生していく脚を無視して、青い影は巨体の下をすり抜けて首元へ。更に動きの最中右前足の肘関節に手刀を叩き込み損壊・脱力させている。

 止まることなく走った青い閃光は、そのまま目的の首元に辿り着き。態勢の崩れた巨狼を更に押すように、左頬に痛烈な一撃を叩き込む。

 

 ――双掌打!!

 

 仮想の世界に再現された高度な物理法則、その数少ない穴のひとつ。一切のタイムラグなく左右の拳を対象に当てれば、両方の拳に同じ計算が適用され、その合計威力は片腕のみの場合の2倍となる。

 その理を見事に再現した人智超越の一撃が、慮外の衝撃を以て遂に怪物を地に転がした。

 

 その猛攻に揺らめく髪は、燃え盛る青い炎に例えられるべきか。

 あるいは相応しき形容は、不壊にして万象を砕く巨岩のソレか。

 風。水。炎。岩。雷。光。あるいはそのアバターは人型にして、自然の全ての脅威と美を有するのかもしれなかった。

 

 ズゥンと地に沈む黒い巨体に、そしてそれを為した人外の動きと美しき姿に、信じられないとばかりに目を見開くアリス。

 そんな彼女に、カギヤはけらけらと笑いながら己の友を紹介(じまん)する。

 

「Ego。あいつはさ、滅茶苦茶強いプロの『ゲーマー』なんだよ。あ、今は()プロか」

「ゲ、ゲーマーって……それ、ただの『ゲームをする人』ですよね!? それがなんであんな、冗談みたいに強いんですか……!?」

「実に良い質問だ説明しよう。《STREET(ストリート) STORM(ストーム)》、《BOTG》、《RoR》……〈CLONE〉における電脳ゲームってのは、その大半が自分のアバターをキャラクターとして流用できるようになってる。普段使いのアバターとゲームの自キャラの『操作感』が違うとユーザーが寄り付かないからな。つまり――強い電脳ゲーマーは、ハッカーやプログラマーよりも遥かに『アバターを動かす』のが上手い……もっと言えば『戦うこと』自体が抜群に上手いんだ」

 

 オレらにあんな芸当はできねー、とハッカーが指さす先で、倒された魔狼がゆっくりと立ち上がる。

 度重なる拳の衝撃と欠損再生に演算領域を使い鈍くなった動き……それが元通りに回復していく様にもEgoは焦りを感じない。その特徴や行動パターンという知識――経験値の蓄積を実感しているからだ。

 やはり、彼は戦闘中とは思えないのんびりとした口調で呟く。

 

「うん、いい感じ。そろそろカギヤを呼ばないとなぁ……僕の兵装(ぶき)じゃ大したダメージは与えられないし」

 

 その言葉の通り、彼の兵装(こぶし)はどちらかというと防御寄りの性能であり、干渉力――攻撃力自体は低い。故に彼の本来の役割はサポートであり、カギヤがその干渉力の高い(ツール)を当てる為の援護を行うのが勝利への近道である。

 豊富な電脳ゲーム経験も相まって既に動きを見切り始めた相手だ、なるべく早くそうするべきなのだろうが……。

 

「でも――もうちょっと楽しんでも、いいよね?」

 

 普段の温厚なヒトの顔、その内側から、猛獣じみた我欲(エゴ)に濡れし貌が覗く。

 

 

 ユーザー名[Ego(エゴ)]。

 元GhostGaming(ゴーストゲーミング)所属プロゲーマー。主に『格闘ゲーム』と『FPS』を得意とし、公式戦()()()()個人8割、団体6割……負け数のうち半分は不戦敗とも言われる異常なる戦績で、電脳ゲーム史に燦然と名を刻む伝説的人物。若くして偉大なる記録を打ち立て、そして若くして理由も告げず引退した、今なお語り継がれる謎めいた伝説の電闘士(プレイヤー)

 彼は誰より速く、誰より正確で、誰よりも強かった。

 誰より努力家で、誰より天才で、誰よりも結果を出した。

 閃光、流星、最終兵器……彼を形容し讃える言葉は数あれど、誰もが認めるのは常にひとつ。

 勝負に絶対は無いと皆理解していながら尚、彼はその称号を与えられた。

 即ち、『最強』。

 最強のゲーマー、Ego(エゴ)

 

 

 あるいはそのプログラムに心があれば、眼前の存在に恐怖したかもしれない。

 刃物じみた鋭さで流れた長い髪の隙間から覗く、爛々と輝く青の瞳。マスクで隠した口元は、しかしその下の口がありありと弧を描いているのが分かる。

 捕食者の如き表情が、神速にて躍動する全身が、声なき声で叫んでいる。

 電脳の世界に生を見出したエゴイストの、狂わんばかりの闘争への(よろこ)びを。

 

 黒き威容の怪物へ。

 青き人型の怪物が、昂る闘志のままに襲い掛かった。

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